日の丸のお話



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日の丸のお話


一 白地に赤く 日の丸染めて
  ああ美しい 日本の旗は

二 青空高く 日の丸揚げて
  ああ美しい 日本の旗は


ご存知、日の丸の歌です。
澄み切った青空に、へんぽんと翻(ひるがえ)る白地に赤丸の日本の旗は、これほどシンプルで、かつ美しい旗は他にないと思います。

この旗を、戦前の日本の軍国主義の象徴などという人がいますが、勉強不足も甚だしいことです。
日の丸と我が国の歴史は、昭和に入ってからとか、明治以降とかのほんの150〜160年の底の浅いものではありません。
公式な記録として日の丸が日本の記録に現れるのは、平安時代初期の延暦16(797)年に編纂された「続日本紀」です。
そこには大宝元(701)年の正月元旦の朝賀の儀に「日像の旗」を掲げたという記述があります。

ちなみに奈良時代のはじまりが、和銅3(710)年ですから、大宝年間というのはその前、飛鳥時代の出来事、ということになります。
ざっと1300年以上の歴史があるのです。

もっといえば、公式な式典である朝賀の儀に用いられたということは、実際にはそれ以前からこの旗が民間部門で一定の権威をもって使用されていたということですから、そう考えると日の丸の歴史はいったいどこまでさかのぼるのだろうかと、なんだかワクワクしてきます。

現存する最古の日章旗としては、後冷泉天皇より源義光(新羅三郎)へ下賜された日の丸の旗があります。
これは甲斐源氏宗家の家宝としていまに伝えられているものです。

同じく中世の日章旗とされるものとしては、奈良県五條市(旧西吉野村)の堀家に伝わる後醍醐天皇下賜の日の丸の旗もあります。

ちなみに甲斐源氏というのは、武田信玄の家系です。

この旗は、新羅三郎義光の父頼義が、後冷泉天皇(1045-1068年、第70代)から下賜された「日の丸御旗」と呼ばれるもので、甲斐武田家が源氏の直系、武家の棟梁の家柄を示す旗でもあります。

甲斐武田家の家宝の日章旗
甲斐武田家の家宝の日章旗


ちなみに、この新羅三郎の兄貴が源義家(八幡太郎義家)で、こちらが源氏の嫡流となります。
義家の孫が源義朝で、平治の乱で平清盛らに破れた義朝は、尾張国野間(現愛知県知多郡美浜町)で入浴中に襲撃され、死亡します。
そして生き残った義朝の子供である源頼朝源義経らが挙兵し、後年、平家を滅ぼす。

この平家との戦いの中で、寿永4(1185)年2月にあったのが、讃岐国屋島(現高松市)で行われた屋島の戦いです。
この戦いで有名なのが、那須与一が射落とした扇の的のお話でした。

ちょっと紹介しますと、夕刻、両軍が休戦状態となったとき(海が夕凪で波が静かになる)、海に浮かぶ平家側の陣営から、美しく装った麗しい女性が乗った小舟が現れ「竿の先の扇の的を射よ」と挑発します。

源平合戦の激しい戦いのさなかに、こうしたみやびなシーンが現実に行われるというのが、日本の歴史の実に優美なところで、諸外国の戦闘潭には、なかなかこういうシーンはでてこない。

小船に立てた竿の先は、波に揺られて、ゆらゆらと動いています。
的を外せば源氏の名折れです。

那須与一と屋島の戦い
平家物語絵巻-1


義経は、弓自慢の畠山重忠に命じるのだけれど、さしもの重忠も揺れる的には自信がありません。
そこで重忠は、下野国(栃木県)の武士、那須十郎を推薦します。
けれど、十郎は日中の戦で受けた傷が癒えず、弓を射れない。
そこで、兄者に代わって引き受けたのが、弟の那須与一です。

那須与一は六間(約10.8m)ほど海に馬を乗り入れると、弓を構えます。
的までは40間(約72m)ばかりあります。
射損じれば、源氏に恥をかかせたことになる。
腹をかき切って自害するしかない。

彼は「南無八幡大菩薩」と唱えると、狙い定めて鏑矢をヒュンと放ちます。

矢は、浦にひびく長鳴りをして飛びます。
そして竿のてっぺんにある扇の要ぎわを一寸ばかり残して、見事に射切ります。
扇は、真紅をひらめかせて空たかく舞いあがり、春風にひともみふたもみもまれて、海へおちる。

両軍の歓声がこだまするなか、扇は夕日に輝く海に、漂う。

この物語は、平家物語で「扇の的」と呼ばれる名場面なのですが、この事件が実際にあったという証拠には、いまでも京都の三十三間堂に、このときに与一が放った矢が、大切に保存されています。
与一の矢は、他の矢より、ちょいとばかり長い。
まさに芸術品のような品格のある矢です。

さて、このとき、平家側が竿の先にくくりつけていた扇、これが日の丸の扇です。
このときに使われた扇と同じデザインの扇が、いまでも靖国陣社などで、売られています。
いま、私の机の隣の本棚に、その扇(もちろん模造品)が飾ってありますが、いまから800年もの昔に、こうして日の丸が、源平合戦に登場していることは、歴史を思うと、なんだか感慨無量です。

さて、この日の丸ですが、室町時代になると、足利幕府が推奨した海外交易船であるご朱印船において、日の丸は「日本国籍」を示す商戦旗として公式に用いられています。

勘合貿易船 船尾に日の丸があります
勘合貿易船 船尾に日の丸があります


この朱印船は、遠くベトナム、タイ、マニラ、マレー、フィリピンまでも出かけていて、ベトナムには73回、タイには55回も遠征して国際貿易を行っています。
この時代は、ヨーロッパでも大航海時代の走りだった時代ですが、日本も同時代に大規模な交易事業を営んでいたわけです。

戦国時代になると、日の丸は、天下一の武将の御印とされるようになります。
有名なところでは、元亀3(1573)年に、静岡県浜松市北区三方原のあたりで行われた、武田信玄と織田信長との戦い(三方原の戦い)で、両氏とも、本陣に日の丸を立てていたというのは有名な話です。
両陣営とも、日の丸を立てることで、「我こそは天下一の武将なり」と宣言していたわけです。

さらに時代が下り、江戸時代になると、徳川幕府は延宝元(1673)年に御城米廻船の船印として「日の丸」を指定しています。

そして幕末の黒船来航の翌年である安政元(1854)年には、幕府は正式に「日の丸」を海外派遣用の船舶における日本船旗として、日の丸を指定しています。

また万延元(1860)年の、幕府渡米使節団は、米国のブロードウェイで、日の丸の小旗を振って歓迎を受けています。

ちなみに、明治維新の際の戊辰戦争では、薩長土肥の官軍側が錦の御旗、幕府方は日の丸を背負って戦っています。

そして戊辰戦争が終わり、明治政府が誕生すると、明治新政府は明治3(1870)年の太政官布告第57号の「商船規則」で、日の丸を「御國旗」として規定し、日本船の目印として採用しています。

以降、日の丸は日本の国旗として定着するのですが、さてその明治3年のことです。

日本に着任したフランスの大使が、フランス国として正式に(なんと「正式に」です)政府代表を立てて、明治政府に「日の丸を500万円(当時の金額)で売ってほしい」と依頼してきたのです。
時は、ちょうど普仏戦争(ふふつせんそう)の最中の出来事です。

普仏戦争というのは、は、第二帝政期のフランスとプロイセン王国(後のドイツ帝国)の間で行われた戦争で、プロイセンの勝利に終わっています。
このたいへんな時代の最中に、フランスから公式に要請があったわけです。
要は、フランスはそれほどまでに日の丸に惚れ込んだ、というわけです。

明治3年といえば、当時の日本の国家予算の年額が2千万円くらいだった時代です。
要するに国家予算の4分の1という大金で、日の丸のデザインを買いたいと言ってきたわけです。

まだできたばかりの明治政府は、まだこの時期、戊辰戦争の戦費の償還やら、兵士達への保障金など、財政はまさに火の車、この時期の明治政府にとって500万円は大金中の大金です。
(いまでいったら10兆円くらいのお金)

政府内部でも大激論が起こるのだけれど、結局明治政府は、「国旗を売り渡す事は、国家を売り渡す事」として、この申し出を断っています。
当時、500万円という大金の誘惑を断ち切ってまで、明治の元勲達は「日の丸」の歴史と伝統と誇りを守り通したのです。
実に素晴らしいことと思います。

せっかくここまで書きましたので、戦時中のこともひとつ書いておこうと思います。
それは硫黄島の戦い(昭和20(1945)年2月16日~同年3月26日)のことです。

この戦いで日本軍は、20,933名の守備兵力のうち20,129名までが戦死しています。

一方米軍は、28,686名が死傷しています。
大東亜戦争における日米の島嶼での戦いで、米軍の地上部隊の損害が日本を上回ったこれが唯一の戦いです。
それだけ壮絶な戦いでもあったわけで、このため第二次世界大戦における欧州と太平洋の米海兵隊に与えられた名誉勲章の、実に4分の1以上が、硫黄島侵攻部隊のために与えられています。

そして大戦後に制定された米軍の海兵隊記念日は、硫黄島の戦いで米軍がすり鉢山に星条旗を立てた日でもあります。
米国立アーリントン墓地にある米国の戦争記念碑は、硫黄島の戦いで掲げられた星条旗をかたどったものとなっています。

アーリントン墓地


けれど実は、米軍がすり鉢山に立てたこの旗は、その日の夜に摺鉢山守備隊の日本兵がこれを奪還し、そこに日章旗を掲げていたのです。
米軍は、この日章旗を引きずり下ろし、火炎放射器で焼きました。

そして、再びそこに星条旗を掲げています。
けれど、その二度目の星条旗も、日本側の守備隊は奪い取り、今度は、やや赤茶けた色の日の丸の旗を、そこに掲げました。
この旗も、三度、星条旗に変わり、その後、日章旗に戻ることはありませんでした。

このときの様子を、当時17歳の通信兵だった秋草鶴次さんが手記に記しています。(「17歳の硫黄島」秋草鶴次著)

米軍がすり鉢山に星条旗を立てた翌日の早朝、秋草通信兵は、すり鉢山の頂上に日章旗がへんぽんと翻っているのを見たのだそうです。
そして「守備隊は頑張ってるな」と、思わず感涙にむせんだ。
栗林中将も、報告を聞いて、その場に出てきて、山頂の日の丸を見ています。

そしてその日の丸が降ろされ、また星条旗に。
そして翌日、やや赤茶けて、白地のところがやや黄ばんだ日章旗が、そこに翻っていた。

ひとめみて、その日の丸が、守備隊員たちの血で書かれたものだと気がついたそうです。

私達の父祖は、そこまでして、日の丸を守ろうと戦ってくれたのです。
そしてその日の丸に象徴されているのは、祖国日本です。

では、何のためにそこまでして硫黄島で戦ったのかといえば、硫黄島を米軍に落されたら、米軍はそこを基点とて、B29で本土空襲をすることがわかっていたからです。

空襲されるところは、東京であり、横浜であり、名古屋であり、大阪であり、広島、福岡、長崎、仙台であり、そして太平洋に面している都市全てです。

ですから硫黄島で、守備隊が、一日でも長く踏みとどまって、米軍の占領を遅らせること。
遅らせれば遅らせるほど、ひとりでも多くの都市部の日本人が、田舎に疎開し、空襲を逃れることができるのです。
あるいは都市部に残るとしても、それだけ深く、たくさんの防空壕を掘って、命を長らえることができるのです。

そしてそのおかげで、戦後、私達が生まれ、いま生きています。
ということは、私達がいま生きているのは、誰のおかげなのでしょう。

辛い、苦しい戦いで、命さえも失ってまで戦い抜いてくださった若き日の父祖がいるから、いま私達は、この世で息をしていられるのです。

そのことに、感謝はないのでしょうか。
人として、ありがたいことと思う心はないのでしょうか。
それこそ人間として、あたりまえの心なのではないでしょうか。

その心を失い、感謝の念すら抱かず、歴史や史実さえも無視して、ただやみくもに日の丸は軍国主義の象徴だとか主張するというのは、いったいどこの国の人なのでしょうか。
そのような発言をする人に、人の心はあるのでしょうか。

日の丸のデザインは、赤丸が太陽を象徴しています。
太陽は四界を照らし、光は一直線に進みます。
赤は赤心といって、嘘偽りのない誠実な心(=真心)を意味します。
ですから私達は、真心の民なのです。

赤丸は、四方を照らす明るい太陽のもと、まっすぐな心、誠実な心、真心で、ひたむきに一直線に進もうとする心をあらわしています。
真っ直ぐな心です。

そして丸は、輪=和をあらわします。
日本の別名は「大和」です。
大和は、「大きな和」です。
つまり日の丸の丸は、大きな和、大和の心です。

そして背景となっている白字は、汚れなき心、至誠、私心なき心、純粋、純白です。

「穢れのない真っ直ぐで純真な真心で、和をもって四方を照らす」
それが日本の国旗に込められた意味であり、日本人の心です。

ちなみに、日の丸は、その寸法が詳しく決められており、図にすると次のようになっています。

日章旗の制式
日章旗の制式


要するに、国旗の縦横は2:3
赤丸は中央に。そして赤丸の大きさは縦軸の5分の3と決められています。

そもそも、国旗というものは、「自国、他国のものに関わらず敬意を表わす」というのが世界の常識です。

なぜかというと、これが大事なのですが、「国旗はその国の所有物と見做される」からです。
つまり、我々がどこかの国の国旗を侮辱したり、踏みつけたり、焼いたり、引き裂いたりするようなことをするということは、我々がその国の所有物を勝手に処分したというふうに看做されるのです。

ですから例えば、我々が外国の国旗を焼いたり破いたりすれば、それは自分が東急ハンズで買ってきた、あるいは自分で染めて作った外国旗であったとしても、その国の所有物を毀損した、とみなされることになるのです。

さらに日本では、刑法第92条で、外国国旗損壊罪が規定され、2年以下の懲役又は20万円以下の罰金を課せられるだけでなく、当該国から賠償責任を追及される可能性すらあるのです。

国旗と言うものは、それほどまでに尊厳が保障されているものなのです。

ですから、昨今どこぞの国で公然と日本の国旗を焼いたり引き裂いたりしているケースが報道されていますが、これに対しては、まずはその国が、実行犯を逮捕しなければならない。
なぜなら、他国の財産を勝手に処分し侮辱を加えているからです。
そしてその国が、実行犯を逮捕処罰しないならば、それは当該国に対する、国家としての宣戦布告を意味することになる。

明確な犯罪を犯し、これを放置している国家は、世界のルールを守れない蛮族です。
蛮族なら、その蛮族が人類としてのルールを守れるようになるか、すくなくとも守ると約束するまで、殲滅殺戮されても異議はない。それが本来の国際ルールです。
甘くはないのです。勘違いしちゃいけない。

さて、せっかくここまでお話しましたので、日本の国旗に対する反対意見とされているものについて、具体例をあげて、説明をしておこうと思います。
10項目あります。
反対意見については、下のURLのページを参照させていただきました。
http://www.ne.jp/asahi/box/kuro/report/hinomaru.htm

〜〜〜〜〜〜〜
<意見1>
戦前、日の丸は日本の国家主義・軍国主義の象徴であった。従って日の丸はナチスのハーケンクロイツと同じものである。ドイツでは戦前の反省からハーケンクロイツは廃止され、法律で禁止されているので、日本も国旗も新しくするべきだ。

<回答>
まったくの勉強不足な論説でしかありません。
ナチスのハーケンクロイツは、ドイツ民族の旗ではなく、ドイツに生まれたナチス党の党旗です。
日本の日の丸のように千年の歴史を持つものとは意味合いが異なります。
まして戦前の日本は国家主義でもなければ軍国主義でもありません。
戦前の日本は大東亜主義であり、人種の平等を高らかに主導した国家であり、軍事力の行使も限界までこらえ、我慢した上でやむなく行使したものです。

<意見2> 
日の丸に反対している人は少数だが、その数は無視できない数字だ。また「何となく賛成」という人とは対照的に、反対している人の多くははっきりと拒否している。国のシンボルである国旗や国歌について、国民の意見が分かれているのは悲しいことだ。反対している人に押しつけるのではなく、国民全員が納得できる国旗や国歌を新たに作るべきだ

<回答>
大多数のために小を切り捨てるのは、多数決を旨とする民主主義の意思決定のイロハのイの字です。

<意見3> 
愛国心や民族主義はくり返し戦争の原因になってきた。戦争になったとき、必ず政治家は国民に愛国心を強制する。ナショナリズムと軍国主義は深く結びついていて、それを別のものだというのは無理がある。


<回答>
根本から間違いです。
人や国を愛する心、自身の所属する民族を愛する心は戦争よりも和を求めます。
和を乱すことは、すなわち社会を乱すことです。すなわち愛国心や民族愛を否定するところに戦争が起こるのです。

<意見4>
国旗や国歌はナショナリズムとして悪用されることも多い。確かに、植民地から独立したばかりの国などでは、国旗や国歌が人々の心を支え、支配者に抵抗し、国をまとめていくよりどころになる。しかし、愛国心をあおることで、自分の国が最もすぐれているような錯覚を起こさせ、まわりの国を侵略したり、支配したりすることも多い。戦前の日本やドイツがその典型的な例だ。

<回答>
国旗や国歌は自己の所属する国土や民族への愛の象徴です。家族を愛し、友を愛し、地域を愛し、国を愛する心を否定することのほうが、異常です。
また、歪んだ愛国心で日本を侵略したり、日本の領土を実効支配している例は、日本ではなく中共や韓国のことなのではないでしょうか。

<意見5> 
近年、ユーゴスラビアでおきた内戦は政治家がナショナリズムをあおりたてたことが原因だ。それがきっかけで、異なる民族同士が憎しみあい、殺しあうという悲惨な状況に広がっていった。その中で、民族の国旗や国歌は互いの憎しみをあおる働きをしていた。政治家が国民に愛国心を強制し、国旗や国歌を押しつけるというのは、非常に危険な状況だ。

<回答>
日本では、政治家が国旗や国歌を押し付けているのではなく、日本の民衆が国旗や国歌を愛しているのです。
それを上にあるような「少数意見」で、政治によって歪めようとすることのほうが、よほど危険な状況です。

<意見6> 
オリンピックやサッカーのワールドカップで、日の丸を振り回し、ナショナリズムをあおるのは決して良いことではない。確かに、「がんばれニッポン」を連呼し、ナショナリズムをあおれば盛り上がる。ヒトラーや以前の共産主義国がスポーツを政治の道具として利用してきたのもそのためだ。しかし、選手は自分自身のために競技をするのであり、「お国のために」戦う兵隊ではない。国旗を振り回し、国ごとにメダルの数を競い合うような国際大会はスポーツ本来の姿をゆがめてしまう。
 
<回答>
スポーツ選手は、自分のための戦いであるのと同時に、多くの応援してくれるみんな、ささえてくれているみんなとともに、そこで戦っているのです。そのみんなの象徴が国旗であり、国家です。とりわけ我が国の日の丸に象徴されているのは、大きな和であり、みんなの真心です。
応援してくれているみんな、試合でがんばっている選手、そのみんなの気持ちの統合の象徴が日の丸なのです。その日の丸を否定するということは、みんなの気持ちを否定することです。そのほうがスポーツマンとしても、応援団としても、はるかにおかしいし、恐ろしいことです。

<意見7>
愛国心というのは、国民一人一人が心の中にそっと持っていればいいものだ。自分が愛国者であることを声高にとなえたり、他人に愛国心を強制したりするべきものではない。まわりから、愛国者であることを強制される社会というのは恐ろしい社会だ。

<回答>
周囲から愛国者であることを強制されない社会の方が恐ろしい社会です。
隣人を愛さないで良い、極端にいえば、隣人通しでいがみ合う社会が良い社会であるとは、おそらく世界中の誰も考えません。


<意見8>
確かに、日の丸や君が代が好きな人は大勢いる。しかし、そのことと学校のような場での強制とは話が違う。日本では、日の丸や君が代について、過去の歴史から抵抗を感じている人も大勢いる。にもかかわらず、一方的に日の丸や君が代を強制するのは「思想の自由」に反している。

<回答>
そう思うなら、日本から出て行くことです。
日本が嫌いなら日本にいていただく必要はありません。

<意見9> 
学校での日の丸・君が代の強制は行き過ぎだ。君が代を歌わなかっただけで、生徒がどなられたり、教師が謹慎させられたりというのでは、戦前の国家主義のようだ。

<回答>
戦前の国家主義云々ではなく、国家国旗というものは、当該国の象徴です。
それを否定するということは、当該国家を否定しているということで、否定するような人に我が国にいていただく理由はありません。
日本からは、世界中にむけて航空便も船便もあるので、お好きな国に出て行かれることです。
けれど、出て行った先のその国で、当該国の国旗や国歌を否定したとき、あなたの命があるかどうかは、保障の限りではありません。

<意見10>
アメリカ人の星条旗への思いは、たんに愛国心と言うだけでなく、「民主主義」や「自由」への思いも込められている。アメリカは様々なところからの移民で成り立っている国だから、国旗や国歌はそういう国民をまとめていくためのシンボルになってきたからだ。それに対して、日本の場合、国の成り立ちがまるで違う。そのため、日の丸は「民族主義」や「国家主義」のシンボルという性質が強い。星条旗と日の丸を同じように論じるのはおかしい。
 
<回答>
日本は米国よりも、はるかに歴史の古い国です。
もっと史実勉強してください。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜

以上が、私の回答です。
それぞれの<意見1〜10>をお読みいただいておわかりいただけようかと思いますが、こうした<意見>なるものは、いわば現行犯の泥棒が警察官に向かって「お前が泥棒だ」と言っているのと同じです。
声は大きいかもしれないが、言ってることはデタラメです。


さて最後に、冒頭に「日の丸の歌」の歌詞を掲げましたが、この歌詞は、発表当時の元歌は、次のようなものでした。

一 白地に赤く 日の丸染めて
  ああ美しや 日本の旗は

二 朝日の昇る 勢い見せて
  ああ勇ましや 日本の旗は


「朝日の昇る勢いの勇ましさ」
素晴らしいです。

皇国日本の陽を再び大空に昇らせたい。
私は、本気でそう思っています。

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コメント

高橋勝則

No title
初めまして。
日本国の国旗についてさまざまに調べている中で、
あなたのサイトに辿りつき、
これ程までにまとまっている事に感激いたしました。

そして、その中で風に靡く日の丸の写真を拝見し、
是非私が創設したグーグルのコミュニティーで
使わせて頂きたいと思いました。
使用不許可の場合は速やかに削除致しますので、
その場合は、不許可の一言で構いませんので、
その旨お伝えいただければ幸いです。
宜しくお願い致します。

太陽の昇るくに

世界最古の国旗と国歌
日本の国旗や国歌が法律で定められたのは1999年になってからの話ですが、
「日の丸」や「君が代」の歴史はとても古く、
軍国主義と関連付けるにはいささか無理があります。

稲穂の国として大自然の恵みをもたらす太陽の存在は特別なもので、
一千年以上も昔から使われてきた「日の丸」が軍国主義を象徴しているとなると、
源平合戦のあった平安時代、もしくは大宝律令が制定された飛鳥時代ごろから
軍国主義が象徴されてきたことにつながります。

また古今和歌集に載る「君が代」を平安時代の貴族達は
軍国主義を象徴するために詩を暗唱していたのでしょうか?


特亜以外の海外において日章旗で日本人の身の安全が保障される場合があります。
自衛隊廃止を強く主張してきた気違いピースボートであっても
ソマリア沖で海上自衛隊に護衛され安全に航海できたように、
日章旗を侮辱するキチガイであろうとなかろうと
海外では日章旗により日本人の身の安全が保障される場合があります。

ハギノ

No title
こんばんは。私は幼い頃日の丸の歌をよく歌っていました。
幼稚園や小学校低学年位までは普通に歌われていたのに
いつの頃から歌われなくなったのでしょうか?
近所でも祭日には国旗掲揚している家がたくさんあって懐かしいです。

硫黄島の話は青山繁晴さんの「ぼくらの祖国」で知りました。
一日でも米軍の本土空襲を遅らせる為戦ってくれた日本軍の真実を知り、愕然としました。

意見8に対し、私もねずさんと同じように言ったのですが、なぜかむっつり黙ってしまって回答がありません。日本に居たいけれど日の丸を排除したいだなんて到底日本人とは思えませんでした。

最後に先日ねずさんの動画拝見しましたが、品があり素敵な日本人男性だと思いました。私の率直な感想です。
野田総理の書いた字を見たことがありますが、小学2年生じゃないのと思う位幼稚でがっかりしました。テレビで町村氏、石破氏、石原氏の字も見ることが出来ましたが美しいとは言い難く残念でした。

_

No title
突拍子もない上に関係無い話で申し訳無いのですが (そのうえ概出かもですが
コピー本と言いますか
本を量産してばら撒くって言うのは有りなんでしょうか
正しい情報を広めるために

申し訳ないことに言い出しっぺの自分には何も出来そうに無いのですが

でもこんなコメント書いちゃったら監視が強まったりしちゃいますかね・・・?

こいつ何言ってんだと思ったら消しちゃって下さい なんか目が冴えちゃって、でもボーっとした頭で書いたコメントなので

御目汚し失礼致しました

hehehe

No title
記事とは関係無いのですが、シナの現状があったので。
シナのこんなの良くとれたと思います。
フィリピンとかカンボジアのは結構有名ですが。

ゴミ捨て場でゴミ拾い、必死に生きる幼い子どもたち(中国)
http://www.zaeega.com/archives/54151104.html

中国・貴州省貴陽市の烏当区東風村のゴミ捨て場では、
多くの子供が大人に交じりゴミを物色しているそうです。
まだ幼いながら、子どもたちは少しでもお金になりそうな
ものを探し出そうと、悪臭に耐えながら籠を背負い懸命に
ゴミをかき分けます。中には期限切れの物を拾って食べたり、
期限切れの牛乳を拾って飲んだりする子や、捨てられた
オモチャで遊ぶ子もいたそうです。

愛国無罪

日の丸は世界で唯一の美しい旗
日の丸ほど一切の無駄な装飾のない美しい旗は他にありません。どこの国の旗も、殺した敵の生首だの剣と銃だの血と闘争だの、野蛮で下劣なシロモノばかりです。その中で唯一日の丸だけでしょう、愛と美にあふれた人間賛歌なデザインの旗は。
この美しさが理解できない輩は、精神が奇形なんでしょうね。無様なことです。



>進学で上京するまで沖縄に住んでおりました。
>小学生の頃は毎年担任の先生が校歌のコピーを全員に配って、
>音楽の教科書の一番最後に載っている『君が代』のページに貼り付けさせていました。

先日の沖縄の‘10万人反対集会’で、(沖縄人をおちょくる目的で)その集会場に旭日旗を持ち込んだvipperがつるし上げを食らった、というスレッドがあります。
沖縄の反日な異常性は変わらないようで、つくづく嫌気がさします。

bonjin

国旗の話(動画) 紹介
ねずさん、こんにちは。
いつも楽しく見させてもらってます。紹介。
名越先生の国旗の話
http://www.youtube.com/watch?v=Iw32nVhvh_A
daily motionから(カッテニ)輸入

よければ見て下さい。

桜子

No title
国旗は国のシンボル、自国の国旗に敬意と誇りを持つ事は当たり前の中の当たり前。
国旗に対し、他国から(勿論特亜)ああだのこうだの言われるのは世界中探しても日本だけ、ましてや日本国民の中で日の丸反対だの何だのと言ってること事態すでに異常です。

日本の国旗に対する反対意見とされている10項目に関してですが、誠にその通りだという正論を述べられ回答されているので、何も申し上げる事はありません。
が、一言いわせて下さい。
意見1から10を読んだのですが、どうも国旗にしろ国歌にしろ国が国民に対し、さも強要してる様な書き方がされているのが気になります。
どうして1~10の様な発想になるのか理解不能です。

1から10の意見書だけを見たら、覚醒されてないお花畑さん達、まして自虐歴史を教え込まれているお花畑さん達が見たら思わず「うん、うん」と頷くでしょう。
本当に恐ろしい事です。
史実を勉強すればこんな事すぐにおかしいと気がつくはずなのですがね。

子供達に自虐歴史、嘘の歴史を教えているという事は、だから日本の国旗はどうだ、日本の国歌はどうだと教育の場で公然と、それこそ強要してるのも同じです。

世界の国々は自国の誇りを教えても、こんな馬鹿な嘘の歴史、自虐歴史を教えている国は世界中探してもありません。
世界の失笑ものです。

要は、国旗、国歌のみならず、全ての原因を作ったのも戦後の長きに於いて、おかしいものはおかしいと、ハッキリと言って来なかった日本政府、また国民のせいでもあります。
で、今こうして全ての問題が噴出、ならばこれまでの過ちを二度としないのが政府、国民の義務ではないでしょうか。
しかし、現政府があれでは成る物も成りません、国民が立ち上がるしかないという事です。

よしじい

No title
聖徳太子が遣隋使に託した親書に[日出づる国の天子より、日の没する国の天子へ、つつがなきや」と書いて、隋の皇帝が気分を害したというエピソードがあります。日本と言う国名は日の本ということですが、日本から東は果てしなき海であり、文明世界では日本から日が昇ることは地理的事実として、自他共に古くから認めてられていたことで、したがって日の本の国の象徴として、日の丸のデザインが古くから使われたことはごく自然なことです。
日の丸のシンプルで美しいデザインは、描かれてみれば「なるほど」でフランス人も羨ましがるわけですが、世界の誰も思いつかず日本人だけがずっと使っていました。それは、太陽は自分たちの国から昇るという地理的条件が日本では当たり前だったからでしょう。世界中の国が、日の出の方角には別の国があるという認識を持っている中で、日の出の方角にはもう何もない、という日本人の感覚はきっと特異なものなのでしょうね。
良い国旗ですが、あまり余計な意味づけはしないほうが日本人らしくさっぱりしていると思います。

amawari 300winmag

文部省唱歌 那須与一
1 源平勝負の晴れの場所 武運はこの矢に定まると
那須の与一は一心不乱 ねらい定めてひょうと射る 2 扇は夕日にきらめきて ひらひら落ちゆく波のうえ 那須の与一の誉れは今も 屋島の浦になり響く

木花知流

No title
いつもありがとうございます。
涙なしには読めませんでした。

進学で上京するまで沖縄に住んでおりました。
小学生の頃は毎年担任の先生が校歌のコピーを全員に配って、
音楽の教科書の一番最後に載っている『君が代』のページに貼り付けさせていました。

どうしてだろうと思っていたのですが、今考えると『君が代』を隠して見えなくするためだったんですね。

子どもには、国家の成り立ちを知り、真実を知る権利があります。
わたし達が国家を知りたいと願うのは、赤子が父母を求めるのと同じです。
父なくして、母なくして、一人で生きていくことは誰にもできません。
知る機会を、どうか子どもから奪わないでほしいと思います。

我々日本人が国家を愛したとき、大きな和は日本だけを包むものではなく
世界を導くものとなると確信しています。

沖縄を守り、日本を守ることは、世界を守ることにつながると
いつも思っております。

きくりん

西条八十
 日の丸の旗の歌が、こんな所にもあります。
 西条八十さんの歌です。
 日本と日本語と子供を愛する歌です。

 「強くあれ子供達」 西条八十

 立ってる 立ってる 社の大杉
 稲妻ひらめく嵐の中でも 大雨篠つく真闇の夜でも
 撓まず挫けず 千年 万年

 立ってる 立ってる 旭の御旗は
 大砲小銃はためく中でも
 血の波さかまく屍の上にも
 怯まず 騒がず 光にあふれて

 立ってろ 立ってろ 日本子供よ
 貧しく生まれて父母亡くとも ひもじく悲しい涙の時にも
 弱るな 負けるな 希望を仰いで
 
 最後の章は、昨年の震災で親御さんを亡くした子供達へ、読んで聞かせたいです。
 「弱るな、負けるな、希望を仰いで」

沙耶香

No title
国旗の扱い方、外国の旗と並べる時は左右どちらが上位か、半旗の掲げ方はどうするかなどの事を日本の学校では全く教えていませんね。
何故海外では国旗を燃やして抗議するヤツがいるのかも本当の理由が分からないんですね。
それが究極の侮辱に当たることが日本人には分からない…
悲しい事です。

だからオリンピックなんかで実に気軽に日の丸に寄せ書きなんて出来るんです。
いや、書いてる人は全く侮辱してる意識は無いのは分かりますけど、海外の人からみたら「どうして日本人は自分の旗に『落書き』するんだ?」って理解に苦しむそうです。

この寄せ書きも本当はダメなんだって事も教えていかないといけませんね。

hehehe

No title
韓国からテロ予告ですよ。
排斥の理由ができますね。
破防法適用になるといいんですが。

【活貧団】 在日同胞愛国青年たちよ!第2の安重根になり東京で五敵(写真)を処断せよ
http://asianews2ch.livedoor.biz/archives/17172500.html

あつし

No title
こんにちは
毎日の更新、お疲れ様です。

私は小学生の頃、プラモデルを作るのが大好きでした。
零戦などの軍用機が特に好きでした。

塗料を塗りながら丁寧に作っていくのですが、
特別に好きな工程がありました。

それは最後の仕上げに日の丸のステッカーを貼る時です。
それは自分の中で、日本の飛行機になる瞬間です。

濃緑色の機体や翼に、白く縁取られた日の丸。
何て美しいのか、と子供ながらに思ったものでした。

有形無形に日本の国土や伝統文化がこんなにも美しく、
素晴らしいのは長い歴史の中で、誰もがみな
国を愛でてきた国民性があるからだと思うのです。
祖先が国を愛してきたその積み重ねだと思うのです。

左翼の言論、知識人は、愛国心を感じる感性が無いのでしょうね、
愛国心を軍国主義とか、ナショナリズムとか
そんな偏狭な理屈で推し量って欲しくないものです。

ところで、
日本の学校には「日本語」と言う教科ありません。
「国語」という教科です。
それと同じく我が国歴史は、「日本史」ではなく、
「国史」という教科名であるべきです。

現在の日本史のように、史実の記述ではなく、
国史は、
国体、国柄、天皇&朝廷と権力者の関係、近代史に
おいては、欧米帝国主義、人種差別や植民地主義と
戦ったことを学べる教科であって欲しいですね。
またまっとうな歴視認識も書かれているべきです。
今回の日の丸の歴史なんかも学べると良いですね。

水雷艇

No title
アメリカ国旗が自由と民主主義の象徴だと思っている人が本当にいるのですか!?…あれは、戦闘機の撃墜マークのようなもので、平和に暮らしてきたインディアンやハワイの人々の土地を奪って州を増やしてきた、侵略の象徴ではないですか?
フランス国旗でも、今では「自由・平等・博愛」の象徴などと言ってますが、明らかに後付けの理由であって、実際はオランダ国旗以降、欧州各国の三色旗は、戦争時の識別記号にすぎません。
それでもフランス国旗の色とバランスは、個人的には素晴らしいと思います。さすが、デザイン感覚が洗練された国です。そのフランスが、日の丸を欲したというのは、彼らの優れた感覚の表れと言えると思います。
いずれにしても、世界各国どこの国よりも古い歴史と意義、美しいデザインを持つ日の丸を、心から誇りに思いますね。

-

No title
いつも拝見させて頂いております。
やはり戦後の精神面の処理がきちんと出来ていないのではないかと思いました。
日本国とは何か、日本人とはなにか、どういう国にしなければいけないか、
どういう生き方をするか、日本人としてのプライドなど哲学が必要だと思います。
その上で本当にアメリカからの精神的にも経済的にも独立し、
もう一度日本人としてのプライドを取り戻せるように、
胸を張って日本人として生きられる国にしなければならないと思います。
日本のODA政策のおかげで宇宙ロケットを飛ばした中国、
スワップ協定でサムスンが亢進し破れたシャープやソニー、
国債を買い支えているおかげでつぶれずに済んでいるアメリカ等々。
もっと政治家や官僚にはしっかりして欲しい。
自分の懐や権力ばかり気にしている政治家や官僚はいらない。
そんな風に思います。
日本万歳と言える国になって欲しいです。

れいさき

ちょっと涙でました
感慨深いお話ですね。
ご先祖さまに恥じない生き方をしていかなければと思いました。

ところで受信料で騒がれているNHKですが、特亜寄りの報道や韓国人ばかりの番組表、日本人の戦争犯罪的なドキュメントドラマなど、これが国営放送なのか?とゆう疑問でいっぱいです…

今ではスポーツ以外はほとんど見なくなりましたが、テレビ各局どこの国のテレビ放送なんでしょうかね(>_<)

そろそろ安倍自民叩きが始まりそうです。
日本国を守れる方々には報道に負けないで頑張って欲しいですね!!

ひがしかん

ちょっとだけ追加のお話を
更新お疲れ様です。

今回のお話は、私も「報道2001」で櫻井よしこ氏のお話として伺いました。
その中で、ここにはない面白いお話をいくつか。

・牛若丸(源義経)が弁慶に「来い来い」と挑発して見せた扇が日の丸の柄であった
・那須与一が射た平家の日の丸は「赤地に白丸」であった、だからもし平家が勝っていたら日の丸は赤地に白丸だったかもしれない
(今回のねずさんのお話の絵では白地に赤丸になってますね。どちらが本当なんでしょうか?)

余談になりますが、以前あった君が代のお話ですが、県歌「信濃の国」を抱く長野県出身者として大変腑に落ちるものでした。
長野県と筑摩県が合併して出来た現在の「信州」をひとつにまとめる歌として、音楽の授業でしっかり習わされたものでした。
(余談の余談ですが、長野県出身者は出自として「長野県」という言葉は使いたがりません。「信州」「信州人」という言い方を好みます。)

今回のお話も為になりました。次回更新を楽しみにしております。

硫黄島

こんにちは
私も一つだけ反論です。

<意見5>
近年、ユーゴスラビアでおきた内戦は政治家がナショナリズムをあおりたてたことが原因だ。それがきっかけで、異なる民族同士が憎しみあい、殺しあうという悲惨な状況に広がっていった。その中で、民族の国旗や国歌は互いの憎しみをあおる働きをしていた。政治家が国民に愛国心を強制し、国旗や国歌を押しつけるというのは、非常に危険な状況だ。


に、対して↓↓

その理屈ならば、日の丸や君が代に反対することで民族対立を招き、戦争になるのではないか?つまり、君達自身が戦争の引き金をひいている。それでいて『戦争は良くない』とは、滑稽でしかない。
自分自身を見てみよ。日の丸や君が代に反対して好んで対立しているではないか?
そんなに戦争を回避したいのであれば、まず、自ら率先して日の丸や君が代に反対するという「刀」を捨ててみてはどうか?
それができずに戦争だの対立だのと危惧するのは、もはやギャグでしかない。


こんなところです。私は完全にギャグだと思いました(笑)

上田隆男

No title
最初「日の丸の歌を見た時、私の記憶違いかと吃驚しましたが、最後で納得しました。私が覚えているのは「ああ美しや・・」の方です。何時から変わったのかなど、野暮なことは言いませんが、戦時中を含め、春の小川」などのように、歌詞を勝手に変えることは止めるべきだと思います。
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小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
連絡先: info@musubi-ac.com
昭和31年生まれ。浜松市出身。上場信販会社を経て執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」を運営。またインターネット・ブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。「歴史を学ぶことでネガティブをポジティブに」という理念を掲げ活動する。古事記・日本書紀・万葉集などの原文を丁寧に読み解き、誰にでも納得できる日本論を発信。

《著書》日本図書館協会推薦『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』、『ねずさんと語る古事記1~3巻』、『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』、『ねずさんの世界に誇る覚醒と繁栄を解く日本書紀』、『ねずさんの知っておきたい日本のすごい秘密』、『日本建国史』、その他執筆多数。

《動画》「むすび大学シリーズ」、「ゆにわ塾シリーズ」「CGS目からウロコの日本の歴史シリーズ」、「明治150年 真の日本の姿シリーズ」、「優しい子を育てる小名木塾シリーズ」など多数。

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E-mail info@musubi-ac.com
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