停車場と第二の鎖国

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「停車場にて」の舞台となった上熊本駅
上熊本駅


二つのお話をご紹介したいと思います。
ひとつは、明治の中ごろのお話、もうひとつは平成15(2003)年に起きた、どちらも実話です。

まずは、明治のお話から。

〜〜〜〜〜〜〜
ある日のことです。
強盗で逮捕された犯人が、裁判のために、列車で護送されることになりました。

事件は四年前のことです。

熊本のある家に、深夜、強盗が押し入りました。
家人らを脅して縛り上げ、金品を盗みました。
警察が追跡して、強盗犯は二四時間の内に逮捕されました。
そのとき、犯人は盗品をまだ処分できていないままでした。

ところが逮捕されたはずの犯人が、警察官に連行される途中で、護送する警察官を殺害して逃亡したのです。
当初、犯人の行方はまったくつかめませんでした。

=======
やまと新聞の動画コラム「ねずさんのひとりごと」です。
今週から週二本の配信となりました。
 ↓ ↓
http://www.yamatopress.com/column/pg40.html

■第5回 ねずさんのお気に入り!
「世界に誇る縄文文化のおはなし」

■第6回 日本が誇る「戦艦大和のおなはし」

======


けれど、たまたま福岡の刑務所を訪れた熊本の刑事が、四年もの間、写真のように脳裏に焼き付けていた犯人の顔を、囚人たちの中に見つけたのです。

「あの男は?」と刑事は、看守に尋ねました。
「窃盗犯でありますが、ここでは草部と記録されております。」

刑事は囚人のところに歩み寄ると、言いました。
「お前の名前は草部ではないな。熊本の殺人容疑でお尋ね者の、野村禎一だ」

犯人の野村は、すっかり白状しました。
そしてその場で、再逮捕となりました。

さて、その犯人が護送され、駅に到着するのを見届けようと、ある外国人ジャーナリストが出かけました。
駅には、かなりの人が詰めかけていました。

ジャーナリストは思いました。
人々が怒り、騒動があるかもしれない。
報道によれば、殺害された巡査は周囲からとても好かれていたとのことです。
巡査の身内の者も、見物人の中にいる。

熊本の群集たちだって、とてもおとなしい人たちではありません。
戦地にあっては、その勇猛果敢さは日本一の勇名を馳せている人たちなのです。
それだけに、警備の警官も、多数配置されているはずでした。
彼の母国なら、それがあたりまえのことだったからです。

ところが、その外国人ジャーナリストの予想は、最初から外れてしまいました。
駅のホームにいたのは、普段と変わらぬ乗降客たちだけです。
警官隊の配備もありません。
まるっきり、日常のままだったのです。

列車がやってきました。

外国人ジャーナリストは、改札の外で、五分くらい待っていました。
はじめに警部が改札から出てきました。
続けて犯人が現れました。
その二人だけです。

犯人は、大柄で、粗野な感じの男でした。
顔はうつむき加減でした。
後ろ手に縛られていました。
その異様な姿に気付いた、乗降客達が、周囲に野次馬となって群がりました。

犯人と警部の二人が、改札口の前で、立ち止まりました。
そして、警部が叫びました。

「杉原さん!杉原おきびさん、いませんか?」

見ている外国人ジャーナリストのすぐ近くで、「はい!」という小さな声がしました。
声の主は、子どもを背負った細身で小柄な婦人でした。

この人は殺された巡査の妻でした。
背負っているのは、まだ幼い息子です。

警部が手を前後に振るしぐさをすると、群衆は、静かに後ろに下がりました。
犯人と護衛の警官のためのスペースが出来ました。
その小さな空間で、子どもを背負った未亡人と殺人者とが向き合って立つことになりました。


あたりは静まり返っています。

警部が、未亡人にではなく、子どもに話しかけました。
低い声で、はっきりと。
その一言ひとことがは、明瞭に聞き取れました。

「坊や、この男が四年前にあんたのおとうちゃんを殺したんだよ。
あんたはまだ生まれてなくて、お母ちゃんのお腹の中にいたんだなぁ。
あんたを可愛がってくれるはずのおとうちゃんがいないのは、この男の仕業だよ。
見てご覧らん」

警部は犯人の顎に手をやり、しっかりと彼の目を向けるようにしました。

「坊や、よく見てごらん、こいつを!
怖がらなくていいから。
辛いだろうが、そうしなくちゃいけない。
この男を見るんだ。」

母親の肩越しに、坊やは怖がってでもいるかのように、眼を見開いていました。
しゃくり泣き始めました。
涙があふれてくるのが見えました。

でも坊やは、しっかりと、言われたように男をじっと見つめていました。
まっすぐに。
卑劣な犯人の顔を、ずっと覗き込んでいました。

周りの人たちも息を呑んだようになっています。

そのとき、犯人の表情がゆがむのが見えました。
後ろ手に縛られているにもかかわらず、彼は膝の上に崩れ落ちました。
顔を地面に打ちつけて、人の心を震わせるような、しゃがれた声でしばらく泣いていました。

「済まない! 許してくれ!
坊や、堪忍しておくれ!

憎んでいたからじゃねぇんだ。
怖かったばかりに、ただ逃げようと思ってやっちまったんだ。

俺がなにもかも悪いんだ。
あんたに、まったく取り返しの付かない、悪いことをしちまった!

罪を償わなくちゃならねぇ。
死にてぇだ。
そう喜んで死にます!
だから、坊や、お情けと思って、俺を許してくだせえ!」

男の子は、静かにまだしゃくり泣いていました。
警部は肩を震わせている犯人の男を引き起こしました。

黙りこくったままだった人々は、左右に分かれて道をあけました。
そのとき、群衆が、すすり泣きを始めました。

様子を見ていた外国人ジャーナリストは、銅像のような表情をした護送の警官がそばを通りすぎるとき、それまで見たことのない、おそらく世界中のほとんどの人がかつて見たことのない、そして再び見ることはないであろう、日本の警官の涙を目撃したのです。

人だかりが、潮が引くように少なくなりました。
ジャーナリストは、そこに取り残されました。

彼は、この場の不思議な教訓について考えました。

犯人は、ここで、犯罪のために遺児となり、未亡人となったという明白な結末を目の当たりにしました。
そして心情的に犯罪の意味について悟りました。

ここで犯人は、死を前にして自責の念にかられ、ひたすら許しを乞いました。
そこには、一途な後悔の念がありました。

そしてここには、怒りだせば、この国の中では最も危険といえる熊本の人々がいました。
ところがこの人たちは、激しい怒りではなく、罪についての大きな悲しみに、胸を塞がれました。

まわりにいた人々は、後悔の念と恥を知る、人生の困難さや人間の弱さを純朴に、また身にしみて経験したことで満足しました。
そしてその場であった出来事に感動し、何もかも理解し、赦しました。

このエピソードのもっとも重要な事実は、それがきわめて日本的であることにつきます。
そして、犯人が悔い改めたのは、彼自身も持っている、子に対する父親の心情に訴えたからです。
子どもたちへの深い愛情こそが、あらゆる日本人の心の大きな部分を占めている。

日本で最もよく知られた盗賊の石川五右衛門に、つぎの話があります。

ある夜、殺して、盗みを働こうと人家に忍び込んだときに、自分に両手を差し伸べている赤ん坊の微笑みに、五右衛門はすっかり気を奪われてしまいました。
そして、この無邪気な幼子と遊んでいるうちに、自分の所期の目的を達成する機会を失ったというのです。

これは、日本では「信じられない話」ではありません。
警察の記録には、毎年、プロの犯罪人たちが子どもたちに示した同情の報告があります。

地方新聞に載った、数ヶ月前の凄惨な大量殺人事件は、強盗が睡眠中の一家七人を文字通りに切り刻んだものでしたが、警察は、一面の血の海の中でひとり泣いている小さな男の子を発見しました。男の子は、まったくの無傷だったといいます。

警察によれば、犯人らが子どもを傷つけまいとしてかなり用心した確かな証拠があるという。

~~~~~~~

このお話は、ラフカディオ・ハーン(Lafcadio Hearn、小泉八雲)の、「AT A RAILWAY STATION」というお話です。日本では「停車場にて」という題名で紹介されているので、お読みになったことがあるかもしれません。

舞台となった駅は、いまでも「上熊本駅」の名称で存在しているそうで、当時は「池田駅」という名称で九州鉄道の終点駅として建てられた駅でした。

小泉八雲は、この駅で実際にあった出来事をもとに、上記の「停車場にて」を書いたと言われています。

ちなみにこの駅、明治29年には夏目漱石が、五高に赴任するためにこの駅に降り立ち、それを記念して、いま駅の前には漱石のブロンズ像が建てられています。

平塚八兵衛(ひらつかはちべえ)さんとおっしゃる方がいます。
大正2(1913)年にお生まれ、茨城県土浦市ご出身の警視庁の敏腕刑事だった方です。

この方は、「落しの八兵衛さん」と異名を持ち、戦後の数々の重大事件(吉信ちゃん誘拐事件、帝銀事件、下山事件)などの捜査にあたり、事件を解決に導いた辣腕刑事として有名な方です。

吉展ちゃん誘拐殺人事件では、犯人の小原保に対し、粘り強い取り調べによってアリバイを崩して、自供に至らせました。
犯人の小原は、死刑執行の直前に、
「私は今度生まれるときは真人間になって生まれてきます。どうか、そのことを平塚さんにお伝えください」と言い残した事も有名な話です。

八兵衛さんは、「落しの八兵衛」という異名だけでなく、「鬼の八兵衛」「捜査の神様」などという異名でも知られています。

ただいえるのは、かつての日本では、条理を尽くし、人情に訴え、鬼にもなれば仏にもなる、そういう人情家の刑事さんが、犯人の心に訴えることで、犯人の氷のように固まった心を解きほぐし、犯人逮捕に至った、そういう事件が多々あったし、いわゆる犯罪者であっても、そうした日本的心を、心のどこかにちゃんと持っていた、ということです。


現代日本に目を移します。

同じく福岡です。
平成15(2003)年6月20日、Chineseによる福岡一家四人殺害事件が起こりました。

Chinese留学生3人が家宅に侵入し、
工事現場から盗んできた鉄パイプで家にいた奥さんの後頭部をいきなり殴りつけたあと、
顔を前に向けて横から額を殴り、
さらに左目周辺や頬を殴り、
全身をめった蹴りし、
二階で失神していた子供(女の子)を担ぎ下ろして、
父親の目の前でいたぶったり殴打しながら、リンチを加え続け、
最後は「用がなくなった」として絞殺。

夫は土下座して、「娘だけは助けてくれ」と言ったけれど、彼らはこれを嘲笑し、
夫の首に白いビニール紐を巻き付けて絞めたあげく、
気を失った夫を浴槽に浸けて溺死させた、という凄惨な事件です。

ところがこの事件に関しての逮捕されたChineseの犯人らは、
日本でのChineseの犯罪率は日本人や中国よりずっと低い(嘘です)
なんでChineseがたった一回殺人しただけでChineseに偏見持つのか(事件の凄惨さは尋常ではない)
日本にいるChineseだって日本人に殺されてる(そのような事実はありません)
日本人はこんなちっぽけなことを拡大してChinese全体を差別してる(ちっぽけではありません)
量刑が不当(正当です)であるのと称して、
なんと事件を最高裁まで持ち込んで争いました。

さしもの最高裁も、昨年(2011年)10月20日に、上告を棄却して、死刑判決を言い渡していますが、まさに盗人猛々しいとはこういうことをいいます。

さらに、この事件が起こった当初、週刊誌等が、むしろ被害者家族や親族の私生活を中傷する報道を行い、まるであたかも被害者の方に問題あり、という報道を行いました。

これに対しては、怒った被害者側親族が、メディア数社に対して名誉毀損の民事訴訟を起こし、
「フライデー」(講談社)は、880万円の損害賠償を、
「週刊新潮」(新潮社)には、770万円の損害賠償を、
「週刊文春」(文藝春秋)には、1100万円の損害賠償額の支払いを命じています。

日本の正義はどこへ行ったのだ!と問いたいし、それ以上に、Chinese(同様のことは南北朝鮮人や在日朝鮮人にもいえるのだけれど)という連中が、まるで日本人とは異なる価値観、異なる思考をする民族であるということを如実に物語っているといえると思うのです。

彼ら特ア人に共通して見受けられる特徴は、相手の立場に立った「反省」を持たず、常に自分の立場でみた目先の「損得感情」しかない、という点です。
日本人とは、基本的なアイデンティティが異なるのです。

目が二つあり、鼻の穴が2個あって、人の顔に似ているといっても、猿は猿であって人間ではない。
それと同じだけの「違い」が、彼らと日本人の間にあります。

ところが、戦後67年、特ア人たちが日本国内に住み着き、日本の常識をさえも歪めています。
もちろん、中には、謙虚に日本に学び、日本を愛し、彼らの祖国の本当の意味での発展を願う誠実な人たちがいることも事実です。
同様に、日本人でも、特に戦後の左翼的価値観に染まった人たちの中には、いまどきの民主党議員同様、まるで自己中に特化したような情けない連中も多くいます。

ただ、それでも多くの日本人の心の中には、やはりいまでも日本人としてのまっとうな意識、精神が残っていると信じたい。

特アの人々には、おもしろい特徴があります。
犯罪を犯すとき、必ず複数で行動するのです。
それは盗っ人としての信義があるからではありません。

裏切りに対する報復があるからです。
報復が怖いから、いっそのこと、連れ立って行動する、となります。

仲間の誰かが裏切り、どこかに消えれば、彼らはその家族に報復する。
法や道徳はそこにはありません。
日本ではヤクザでさえ、対立する組織構成員の家族にまで危害を加えることはないのに、です。

この傾向は、ビジネスの場でも同じです。
彼らは常に徒党を組み、そのグループに所属する者は、常に「報復が怖い」から上に言われた通り仕事をします。
「より大きな利益が得られると思うから言うことを聞く」のです。
飴とムチが、極端な形で行使される。

日本人のように、
「信義があるから、相手に恥じないように仕事をする」
「弱きを助け、強きをくじく」
「率先して良い行いをし、悪はこらしめるべきだと思う」
などという概念はまるでありません。

先般、落としの八兵衛さんが自供させた犯人が、冤罪判決を勝ち取った事件がありました。
八兵衛さんの前では、八兵衛さんの持つ正しい心に打たれて涙を流した犯人も、八兵衛さん死後は、「やっぱりやってなかった」などと供述を翻す。
服役期間が長い重大犯が冤罪となれば、国から法外なカネをふんだくれるからで、単なる損得の論理でしかないです。

日本人と特ア人では、いざというときの行動のパラダイムがまるで異なる。
このことは、私達は、国家として、はっきりと肝に命じるべきです。

国際親善は、もちろん大切なことです。
互いの民族の違いを相互に理解し、交流を深め、未来の発展に向けて、互いに協力しあう。
そのことは、とても大切なことです。

けれど、100年付き合って、ありとあらゆる恩恵を施し、それでも尚、歯向かい、反日こそ正義とする国や民族と、我々は付き合う必要はありません。

私は、特定国について、日本は「第二の鎖国」をすべきと考えます。

江戸時代のように、オランダだけとの通商を行うという鎖国ではありません。
特定国を除いた、他の親日的な国とは、胸襟を開いて真剣かつ真面目におつきあいする。

けれど、反日に凝り固まったような国家国民については、一切鎖国して門戸を閉ざす。
私は、それが何より「日本のため」であり、「世界のため」です。

実は私は、秀吉の朝鮮出兵のあと、徳川幕府が鎖国した理由も、巷間言われているキリシタン対策などではなく、特ア対策だったのではないかと思っています。

むしろ、その方が、時期的にも内容的にもしっくりくる。
もちろん、ChinaやKoreaとの間に、ごくわずかな交流を認めていたという点はあるのですが、逆にいえば、なぜ西欧だけでなく、ChinaやKoreaに対してもきわめてわずかな国交を残すのみにしたのかと考えてみると、むしろ鎖国の主眼は特アとの交流拒否を図ったと考えた方が、正解に思えます。

そして平安時代、江戸時代と我が国が日本文化の花を咲かせた時期は、いずれも特アとの関係を絶っていた時期でもある。

日本が日本を取り戻すためには、もしかするとそれが一番良い方法といえるのかもしれません。


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コメント

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そう言えば平清盛の伊勢平氏はシナとの貿易の見返りに大量のシナ人を日本に引き入れていたようです。当時のシナの王朝は日本より先進国でしたが、シナ人が大量に入国したら色々と問題があったのではないでしょうか。平家が悲惨な最期を遂げたのは平家が驕っていたからばかりではない気がします。

M.K

滋賀県長浜市園児殺害事件
「2006年2月17日9時5分頃、長浜市の水田の中を通る市道上に、幼稚園児と思われる男児と女児が血だらけで倒れているのを通行人が発見し、119番通報した。女児はすぐに死亡が確認され、男児は搬送先の長浜赤十字病院で亡くなった。

2人は近くの幼稚園に通う共に5歳の園児と判明。滋賀県警では、2人の体に十数カ所以上の刺し傷があったことから殺人事件と断定し県内全域に緊急配備を敷いた。

その後、11時頃現場から遠く離れた大津市内の湖西道路の真野インターチェンジで、大津警察署が敷いた検問に不審な白い車がひっかかり、車内を捜索したところ車内は血の海となっており、血の付いた包丁が落ちていたことから、運転していた女に事情を聞いたところ、2人を殺したことを認めたため、殺人の疑いで緊急逮捕した。逮捕されたのは、死亡した2人の園児の同級生の中国人の母親。

容疑者は取り調べに対し、自分の子が園内でいじめられていると思い犯行を決意したと動機を供述した。容疑者は中国黒竜江省通河県五四村出身。」(Wikiより)

匿名

被害者
事件が起こると被害者に問題があったかのようにマスコミは、騒ぎたてますけど被害者も弁護士や相談する人がいないと泣き寝入りになります。
私も 裁判でも起こしたらと何度も進めましたけど親戚や友人に嫌がらせがあった例もあるので泣き寝入りに終わった人もいます。
私もおかしなことで振り回されて警察署の生活安全課に相談に行ったら 相手も気が付いたのか ぴたりとやめました。
嫌がらせでは、なかったんですけど自宅の玄関まで 来てたんですから用事もなく帰るなら 建造物侵入になりますから怖くなったんでしょう。
電話やパソコンの履歴を興信所や探偵を使って調べてやると平気で言う人もいますけど 電話の履歴やパソコンへの書き込みは、裁判所や警察の令状がない調査できないことになってます。

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No title
実は、平安時代も鎖国していたのです。原因は、帰化人、つまり特亜人。彼らが、反乱や暴動を起こすので、時の朝廷は音を上げて、国境を閉鎖し、使節も追い返し、壱岐や対馬へ兵力を配置して、帰化人を厳重な監視下に置き、関係を断ち切ったのです。
地方の豪族が、特亜勢力と結託して、朝廷へ弓を引く事件も発生しました。
こうした状況を見れば、鎖国は当然の帰結でしょう。
平安時代は、決して平安ではなく、また平安貴族たちも危機意識を持って、国際情勢に目を光らせていたのです。

船田伸二

No title
ねずさんの鎖国と呼ばれている政策は、シナ韓国と付き合わないということだったといる指摘は鋭いと思います。16世紀の終わりに日本はいくさという形でシナ朝鮮を深く知る機会があったと思われます。その結果、この2カ国と付き合っても日本に悪い影響しかないと悟ったというのはかなりありそうなことです。21世紀の今でさえ、この国々は世界最低レベルの道徳しかない。その当時は今よりもっと低いレベルだったと思われます。17世紀に家康はシナ朝鮮ではなく、東南アジアに直接日本人町を作り、西洋とより直接付き合おうとする。おそらく西洋と付き合うことのプラス面を意識していたのでしょう。また、東南アジアのほうがシナ朝鮮より日本としては付き合いやすかったと思われます。その後、アジア侵略をすすめる西洋の正体を知り、その大波に巻き込まれないために長崎のみを窓口とはしましたが、西洋の文物の受け入れは江戸自体もずっと続いていた。その蓄積があったからこそ、明治維新以後の急速な西洋化が可能だった。ただその急速な西洋化に伴う、西洋の日本侵略を防ぐためにまわりの国々をも西洋化させなくてはならなくなった。日本一国では守れないぐらい西洋のアジア侵略も深刻化していた。その結果、西洋の侵略とアジアの守旧派と戦った。最終的には戦争には敗れたものの、西洋の侵略を退け、アジアの守旧派を取り除いた。理科系は西洋のやり方で、文科系は西洋の人を大切にするという考えをとりいれつつも日本古来からのものを守った。これが今の世界のそれぞれの国の生き方となった。
シナ韓国はこの日本の行った革命にの果実を得ている。しかし、日本は67年間我慢して共存共栄をやってきたが、いまだシナ韓国は自分が世界の中心という原始的思い込みのため、最大の援助国日本を国際社会の中で抹殺しようとしている。もはや日本がシナ韓国と協力しようとする時代は終わった。日本はシナ韓国と徐々に付き合いを減らし、反日が間違った原始的自分中心の意識からきていることを理解させることに身をもってわからせるしかない。また、日本人一人ひとりが日本を守るため、シナ韓国の人々と論戦しなくてはならない。つまり、戦火を伴わない経済、文化、情報、科学、軍備あらゆる戦いが激化せざるを得ない。いわば第二のシナ韓国限定の鎖国時代であると同時に、言論戦の時代が始まった。

カミーユ

No title
天草四郎は人買いでしたよね。
豊臣秀吉は、日本女性が売られているのに気付き鎖国した。
と記憶してます。
今検索して以下のが出てきました。
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/2869029.html
なぜだか、天草四郎は美少年だった。
と思わせられてる時がありましたよね。
洗脳って恐いですね〜。

ポッポ

No title
「第二の鎖国」、いいですね。
日本を敵国とする国とは鎖国し、親日国と通商を行うのは素晴らしいです。
しかし、実際には、今の日本は全く逆の方向に向かっています。みなさん、TPPには反対されますが、日中韓FTAのことはどう考えられているのでしょうか? 日中韓FTAは野田政権の下、着々と進められているのに、新聞を見ても、テレビを見ても反対意見を見ることは、全くありません。その間に、準備委員会の準備が進んでいます。
私は、日中韓FTAの締結に反対します。

中国と韓国、両方とも反日的と言うよりも、完全に敵視政策を取っています。政治と経済は別と言いますが、とんでもない。
日本は政治と経済は別と考えていても、中国のどこが別ですか? 常に直結しています。だって、中国から日本の書籍が消えているのでしょ。中国からの観光客が止まったのは、何故です。もっとも、日本からの観光客も激減しているようですが、マスコミは報道しません。
李明博大統領はありもしない、いわゆる従軍慰安婦問題を何故あると言い続けるのか。天皇を侮辱するのか。
冗談ではありません。

韓国は日中韓FTAを画策する前に、既に米韓FTAを締結済みです。
日中韓FTAを締結すると、日本からの輸出品を韓国の完成品に組み込めば、現在よりもコストダウンができるでしょう。この場合、日本の完成品は現在よりも厳しい競争にさらされます。
日本もTPPに加入する方が、工業製品の輸出に有利だと思っています。
農業は一戸当たりの面積は少ないけれど、機械のできない手間をかけることはアメリカにできない。努力することで、輸出に道を開くことだって可能だと思います。

ところで、池上彰氏の学べるニュースで竹島の問題を説明しています。
しかし、日本に帰属するという理由の説明は、全く不足しています。李承晩ラインと日本の島根県への編入を言っただけで、それ以前のことには全く触れていないから、視聴者にはもう一つ説得力がありません。これは、朝日放送ですから当然なのでしょう。

にっぽんじん

北朝鮮への最大の制裁
北朝鮮が欲しいのは日本の金です。しかし、拉致問題があるため日朝国交正常化はありません。拉致問題の解決のために色々な制裁をしています。が、中国がある限り制裁は骨抜きになります。北朝鮮は日本の金を必要としないのでしょうか。国交が正常化すれば何の苦労もなく日本から多額の金が入ると考えています。日本と言う金のなる木を放す事はありません。

北朝鮮に対する最大の制裁は、今生きている拉致被害者を日本に返還しない限り未来永劫国交の正常化はしないという日本の意思を示す事ではないでしょうか。50年後には拉致被害者の救出はありません。

今でなければ意味がないのです。拉致被害者の生還がない限り、北朝鮮との国交の正常化はないと何故政府は言わないのでしょうか。それでも北朝鮮が応じないぼであれば、日本の金が北朝鮮に渡ることは未来永劫ありません。国交正常化が日本にとって良いのか疑問です。関わりのない方が日本の国益になります。

サキ

思い出した【コピペ】
「クリスマスプレゼントが生んだ悲劇 横浜老夫婦強盗殺人事件」

神奈川県横須賀市郊外の丘陵地に、一戸建て住宅が建ち並ぶ。
正月休み最後の日曜だった03年1月5日午後10時50分、
老夫婦2人暮らしの家に、勝手口の鍵をピッキングで破って3人の中国人が侵入した。

隅子さんは、男たちと廊下で鉢合わせした。
殴られ、手足を縛られ、タオルを口に詰め込まれた。薄れる意識の中で、
中国語の怒声にまじって、剛さんの悲鳴が聞こえた。

小一時間して意識が戻り、縛られたまま寝室に行くと、剛さんはベッドの上で冷たくなっていた。
布団に顔を押し付けられ、鼻に付けていた酸素吸入用チューブも外れていた。
肺気腫だった剛さん。窒息死だった。
隅子さんもタオルを取ると、のどの奥から血があふれ出た。
タンスから5万6000円と、剛さんから贈られたネックレスなど46点 (時価141万円相当)がなくなっていた。

3カ月後、中国人の陳厚忠受刑者(54)と陳財福被告(42)が、強盗致死容疑で県警に逮捕された。
もう1人の行方は分かっていない。事件の中心人物とされた厚忠受刑者を、隅子さんは知っていた。
剛さんは約40年間、川崎市内の小学校で教員生活を送った。
オーストラリアの日本人学校の校長も務めた。
退職後は留学生に日本の文化を教えたこともある。 「人類は皆友達」が口癖だった。

02年夏から自宅脇でがけ崩れ防止の工事が始まった。
中国人の作業員も数人いた。夫妻はお茶やミカンを度々差し入れた。
お返しに、中国人たちは隅子さんの買い物袋を運んだり、ごみ出しを手伝ってくれた。
その中に、厚忠受刑者がいた。

クリスマスイブも中国人は働いていた。
剛さんの発案で、のし袋に2000円を包み、一人一人にプレゼントした。
隅子さんは「あの厚忠がうれしそうに受け取った顔をはっきりと覚えている」と話す。
しかし厚忠受刑者の笑みには、別の意味があった。「この家は金持ちだ」。
この時、強盗に入る標的が決まった。

あ太郎

No title
尼崎の事件、やはり通名報道か。


山本ぽんすけ

No title
心の荒んだ社会はなぜできるのでしょうか?
周りの人に卑怯でひとの善意につけこんで、相手をつぶしてしまうような人がいたらどうでしょう。その割合は最初は多数派ではなかったとしても、一定以上の割合でいたとしたら、自分は良心をもって生きていきたかったとしても、そんな甘い考えでは、そこを付け込まれて不幸に落とし込まれてしまいます。自分を守るためには、自分も同じような人間になるしかなくなるでしょう。
そういう状態が長い年月続いたら、国全体が、卑怯で人間の屑のような人ばかりになっていくでしょう。
そうなったら、その卑怯というのはその国の文化であり、人々がもつ共通の価値観になります。いったんそうなったら簡単には変えられません。
その国で生まれた子供は大人の価値観を身につけて大人になっていきます。そういう文化の下では、少数の人を教育して、その人たちだけが良心をもつようにできたとして、その人は周りにつぶされていくことになりますから、結局それで国が変わるということはありません。もしその文化を変えたいのなら、国民全体をいっときに変えなければなりませんが、そんなことは不可能です。

そんな国を隣国にもつ国はどうしたらいいでしょうか?
そういう国は100年200年くらいの期間ではその国の体質を変えられないことを自覚して、いつか分かり合えるように努力していこうなどと幻想をもたないようにすることです。

日本は良心をもった人が多数を占める国ですが、それでお花畑になってしまっては、そこを付け込まれて国が潰されます。
だから、世界の現実も真正面から見据えて、それに対処できるような精神性も身につけていかないと仕方がないと、覚悟を決めないといけないと思います。もちろんそんな国になりたくはありませんが、警戒と現実の問題への対処ができるようになることは必要なことです。

山本ぽんすけ

No title
古代から文明国家が周辺の蛮族に滅ぼされてきました。
蛮族といっても軍事的には強く、兵器もそれなりのものを開発できていたケースもあったでしょう。しかし、やはり世界史の中心にいる文明国家の方がはるかに科学技術はすぐれていたはずです。
科学技術が優れているのになぜ、蛮族に負けたのでしょうか?

文明国家になって、平和が続き平和を享受している内に、危機感が欠乏していき、闘う気力がなくなり、平和ぼけして、ついには現実の危機が目の前にきても対処もできなくなり、そこに付け込まれて、自分たちより文明の劣った民族に滅ぼされることになってしまうのだろうと思います。

蛮族は失うものもないから、相手がもたもたしている間に、相手が和平を望み、しかるべき対処をしない間に、どんどんと相手を侵略する準備を進めていって、時がきたら遠慮容赦なく、相手を攻め滅ぼします。

自分たちは戦いたくないと思っていても、その気持ちは蛮族相手には通用しません。そんな思考をとったが最後、その蛮族は敵の弱腰を見抜いて、相手に情報戦を仕掛けて、油断させ、相手を自分たちの都合がよいように操作することができるようになり、最後は、苦もなく攻め滅ぼるようになるでしょう。

名無しさん

No title
>実は私は、秀吉の朝鮮出兵のあと、徳川幕府が鎖国した理由も、巷間言われているキリシタン対策などではなく、特ア対策だったのではないかと思っています。

この指摘にハッとさせられました。今までこのような視点を持ったことはありませんでした。言われてみればなるほど宜なるかなという感じです。

日和

No title
マスコミはひどい記事をかいて裁判で負けても謝罪しているのを見かけない。大声で言ったもん勝ちのどこかの国の人間のようだ。損害賠償をはらい続けてつぶれたらいいのに。私も鎖国には賛成です。嫌な思いをして嫌な国と付き合う必要はないし精神衛生上大変悪い。

Jiken

同感
良い話を聞かせていただきました。
日本精神と特亜人の身勝手な心とは根本的に違いますね。
国際親善・交流・友好、開国、グローバリズム等、
反日が国策の特亜に限っては当てはまりません。
付き合えば付き合うほど虚しいだけです。
義理も人情も謝意もなく、損得勘定だけです。
極悪犯罪も多発します。(その傾向が強い人種です)
私も特亜限定の鎖国に大賛成です。
親日国とのお付き合いで十分やっていけるはずです。
金儲け主義の企業や商社が媚中親韓やってます。
これが一番大きいガンだと思います。

v-82極東のガラパゴスジャパンで行きましょう。
英語では、
Modern(contemporary) national isolation
でしようか。

momo

掘削船ちきゅう
東日本大震災の直後に、掘削船ちきゅうが震災前に
震源地付近に居た事、ちきゅうの研究者が「これで人工地震を起こして」
ってインタビューで答えているのを見ましたが、昨日は
そのちきゅう号が日本のとある地方で子供達に講演会をしていた
そうですね。確かNHKだったと思うのですが、子供達に
「頑張ってたくさん掘削してください!」みたいなことを言わせて
その映像を流していましたが、それって、

日本の子供が言っていたじゃないか!沢山掘って人工地震を起こしてって!自業自得じゃないか!日本が自分でやったんだよ。

って後で本当に日本を人工地震で狙った人達が弁解できるように・・・・・って作戦の為の映像の仕込みだったとか、言わないですよね?

あの地震、http://quasimoto.exblog.jp/19030388/
にも書かれていますが、やはり、本当は何だったのか、
徹底的に調べる必要がありそうですね。

再検証という名前で、片山さつきさんのブログコメントにも
投稿しておきました。国会でも、またその他の人々も
ベンジャミンフルフォード氏のような内部事情を持っている
と主張する人たちも集めて、多角的に分析すれば何かが
分かると思いませんか?

TOOY

全くそのとうり・・
特定国家=特亜三国との「鎖国」対応すべきです。
この連中が、日本海を隔てるとしても隣国である事が
日本国の最大の不幸である事は、今更の事実であり。
何が不快って、朝っぱらからの「NHK教育」の番組が
韓文字の学習などという、胸くそ悪くなる画面を
ザッピングで目にした後で、ねず氏のこのブログを読んで
激しく同意いたした次第です。
ちなみに、「NHK第一」は現在「妖怪輿石」の面が流れています。。
せっかくの休日なのに。。。 最悪です。
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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
連絡先: nezu3344@gmail.com
電話:080-4358-3739
出身:静岡県浜松市
住所:千葉県野田市
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「明治150年真の日本の姿」、「日本と台湾の絆」、「奇跡の将軍樋口季一郎」、「南京事件は4度あった」、などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。
日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
《著書》
『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』
『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦
『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』
『誰も言わない ねずさんの世界一誇れる国 日本』
最新刊
『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』
『ねずさんの世界に誇る覚醒と繁栄を解く日本書紀』

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