権利と通義

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先日、このブログで、日心会中部で11月4日に戸塚宏先生をお招きして講演会を行うというお知らせを挙げましたが、その戸塚先生からの受け売りの小話をひとつ。
それは「権利」についてのお話です。

ある日のテレビ討論の番組で、売春をしていた女子中学生が他の出演者から責められていました。
ところがこの女子中学生、周囲から何を言われても、キョトンとしていたのです。

で、この女子中学生の発言の番が回ってきた。
そのとき彼女が言ったのが、

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「で、あたし、誰か、人に迷惑かけた?
誰か被害受けた人いるの?
いないでしょ?
私が何をしようが私の勝手じゃん。
私にだって権利があるんだから!」

彼女のこの言葉に、それまで彼女を責め立てていた周囲の者は、誰も言い返せなかったそうです。
1分間くらいの沈黙が続いた。
しかたなく番組は、コマーシャルに切り替えた。

さて。
みなさんなら、この中学生に何と言い返しますか?


戸塚先生は、この例え話をひいて、そもそも「権利」という言葉が誤訳であると喝破されました。
そこからすべて、こうした間違いが起こっているというのです。

どういうことかというと、「権利」という語は、英語の「Right」の翻訳語です。
「Right」を「権利」と訳したのは、幕末から明治にかけて活躍した秀才、西周(にしあまね)です。

西周(にしあまね)は、30代で徳川慶喜のブレーンを勤めたほどの秀才だった人です。
文久2年にはオランダに留学し、明治にはいってから機関紙「明六雑誌」を発行して、西洋哲学の翻訳や紹介を幅広く行いました。
藝術(芸術)、理性、科學(科学)、技術、哲学、主観、客観、理性、帰納、演繹、心理、義務などは、どれも西周の翻訳語です。

彼は「明六雑誌」の創刊号で、「洋字ヲ以テ国語ヲ書スルノ論」という論文を掲載し、概略次のようなことを述べました。

たとえば、英語の「philosophy(哲学)」を、「フィロソフィー」とカタカナ語で用いるのではなく、翻訳語としての熟語(哲学)を創作する。
なぜそうするかといえば、外国語を外国語のまま紹介したのでは、専門の学者にはそれでいいかもしれないが、その心とする語彙が広く世間に普及しない。
欧米の概念は、欧米の言葉で学ぶだけでなく、その意味や意図を、我が日本のものとしていかなければならない、というのです。

英語の言葉を、単にそのままカタカナ語で用いるのでは(最近はそういうカタカナ英語が氾濫しているけれど)、その意味は広く世間に伝わりません。
欧米の哲学や科学力を日本の日本人の知識としていくためには、語彙に即した日本語を造語していかなければならい。
そうすることではじめて、外国の概念や哲学が日本人のものになる、というのです。

これは、まさにその通りだと思います。
「リテラシー」などと言っても、何のことかわからないけれど、「識字」と日本語で書けば、書き言葉を正しく読んだり書いたりできる能力を指すということがわかるし、
ネットリテラシーといえば、ネット上に反乱する情報を正しく読んだり理解する能力ということが理解できます。

西周(にしあまね)は、こうして英単語のひとつひとつを、和訳し、造語していくという作業を、ずっと続けられた人であるわけです。

そしてその西周が「Right」を翻訳した言葉が「権利」だったのです。

ところが、この「権利」という訳に、福沢諭吉が噛み付きました。
「誤訳だ!」というのです。
そして福沢諭吉は、ただ反発しただけでなく、
「『Right』は『通理』か『通義』と訳すべきで、『権利』と訳したならば、必ず未来に禍根を残す」と、厳しく指摘しています。

なぜ、福沢諭吉は、そこまで厳しく噛み付いたのでしょうか。
理由が2つあります。
ひとつは、「権利」には能動的な意味があるが、「Right」は受動的な力であること、
もうひとつは、Rightには「正しいこと」という意味があるけれど、「権利」という日本語にはその意味が含まれていないこと、です。

「私がリンゴを食べる」というのが、能動です。
「リンゴは私に食べられた」というのが受動です。

「Right」を「権利」と訳せば、個人が自らの利益のために主体となって主張することができる一切の利権という意味になります。
けれど、英語の「Right」には、そんな意味はありません。
一般的通念に照らして妥当なものが「Right」です。
つまり、「Right」は、個人の好き勝手を認める概念ではなく、誰がみても妥当な正当性のあるものが「Right」の意味です。

さらにいえば、「Right」には、正義という概念が含まれます。
要するにひらたくいえば、誰がみても正しいといえる一般的確実性と普遍的妥当性を兼ね備えた概念が、「Right」なのです。

ところがこれを「権利」と訳すと、子供の我がまままでが「権利」だと勘違いされる。
お父さんはテレビでプロ野球の試合を観たいのに、子供がお笑い番組を観たいといえば、それは子供の権利であり、むりやりお父さんがチャンネルを野球に変えれば、それは子供の権利の侵害にあたる、などという、もっともらしい「間違い」が起こる。

だから福沢諭吉は、「Right」を「権利」と訳すのは、「誤訳だ!」と猛烈に抵抗したのです。
では、福沢諭吉は、「Right」を何と訳したかというと、彼はこれを「通理」と訳しました。

この「Right」という単語は、米国の独立宣言にも出てきます。
〜〜〜〜〜〜〜
They are endowed by their Creator with certain unalienable Rights,
that among these are Life, Liberty, and the pursuit of Happiness.
That to secure these rights,
Governments are instituted among Men,
deriving their just powers from the consent of the governed,
〜〜〜〜〜〜〜〜

直訳すると次のようになります。
〜〜〜〜〜〜
すべての人は生まれながらにして平等であり、すべての人は神より侵されざるべき「Right」を与えられている。
その「Right」には、Life、Liberty、そしてthe pursuit of Happinessが含まれている。
そのthe pursuit of Happinessを保障するものとして、政府が国民のあいだに打ち立てられ、統治されるものの同意がその正当な力の根源となる。
〜〜〜〜〜〜

つまり、「Right」は「神から与えられているもの」なのです。
それを「権利」と訳すと、次の文節である「そのRightには、Life、Liberty、そして幸福の追求が含まれている」が違う意味になります。
なぜなら、Life(人生)も、Liberty(道義)も、the pursuit of Happiness(幸福を追求)することも、個人個人が神の意に反していても「権利だ」と言えるようになるからです。

けれど文意は明らかに、Life(人生)も、Liberty(道義)も、the pursuit of Happiness(幸福を追求)することも、神から与えられた「Right」の内訳と書いています。
これでは意味が非常にわかりづらくなります。

ですから福沢諭吉は、この「Right」を「通義」と訳しました。
そうすると米国独立宣言の文章は、次のようになります。

〜〜〜〜〜〜〜
すべての人は生まれながらにして平等であり、すべての人は神より侵されざるべき通義を与えられている。
その通義には、人生、道義、そして幸福の追求がが含まれている。
その幸福の追求を保障するものとして、政府が国民のあいだに打ち立てられ、統治されるものの同意がその正当な力の根源となる。
(福沢諭吉訳)
天ノ人ヲ生ズルハ億兆皆同一轍ニテ、之ニ附与スルニ動カス可カラザルノ通義ヲ以テス。即チ其通義トハ人ノ自カラ生命ヲ保シ自由ヲ求メ幸福ヲ祈ルノ類ニテ、他ヨリ之ヲ如何トモス可ラザルモノナリ。人間政府ヲ立ル所以ハ、此通義ヲ固クスルタメノ趣旨ニテ、政府タランモノハ其臣民ニ満足ヲ得セシメテ真ニ権威アルト云フベシ
〜〜〜〜〜〜〜〜

要するに「Right」というのは、神から与えられた「一般的確実性と普遍的妥当性を兼ね備えた正義」を言うのです。
自分勝手が許される「権利」ではない。

「Right」を「権利」と訳すから「権利と義務」とか、よけいにわかりにくくなるのです。
「Right」が通義なら、「権利と義務」の本来の意味は、
「一般的確実性と普遍的妥当性を兼ね備えた正義と、これを享受するための義務」となります。
意味が、ずっとつかみやすくなる。

そうすると、冒頭の中学生の少女の売春行為も、未成年者の売春行為自体が「正義」ではないのだから、実にとんでもないことで、問答無用で、「あんたは悪い。だからやめなさい!」と言えるようになるわけです。

つまり、日本における権利意識の大きな間違いは、そもそもの誤訳から始まっている、というわけです。
権利という言葉自体が誤訳であり、通義が正しい訳とすれば、権利意識という単語は、通義意識となります。
通義なら、一般的確実性と普遍的妥当性に裏付けられた正義ですから、通義意識は「一般的確実性と普遍的妥当性に裏付けられた正義のための意識」となり、「Right」の語感を正確にとらえたものとなります。

そしてここまでくると、「人権擁護法案」などというとんでも法案も、要するに「人権=人の持つ権利」という誤訳の上に誤解を重ね、さらに「Right」を曲解したところから生じている無教養と身勝手が招いた「とんでもない法案」であることがわかります。

つまり、人権なるものの本来の意味が、「人の通義」すなわち「国民の一般的確実性と普遍的妥当性に裏付けられた正義」であるとするならば、ごく一部の在日外国人の利権のために、他の多くのまともな日本人の生活が犠牲になるなど、もってのほかとわかるわけです。

ここは日本人の住む日本なのです。
日本は日本人のものであって、外国人のものではない。
日本人としての通義は、日本人のためのものであって、外国人のためのものではない。
あたりまえのことです。

一般的確実性と普遍的妥当性に裏付けられた正義の中にこそ、Life(人生)も、Liberty(道義)も、the pursuit of Happiness(幸福の追求)もあるのです。
そして、その一般的確実性と普遍的妥当性に裏付けられた正義を実現するのが、政治の役割なのです。

戸塚先生はかように、常に言葉の定義に立ち戻って考えるという、たいへん勉強になるお話をなさいます。

よろしければ、ご都合のあう方は、11月4日の日心会中部主催の名古屋での戸塚先生の講演に、どうぞ、お運びください。

題名 日心会中部講演会
講演 戸塚宏先生(戸塚ヨットスクール校長)
日時 11月4日(日曜日)13時30分~16時
場所 名古屋市西生涯学習センター第2集会室
  (名古屋市西区浄心1-1-45)
参加費 500円

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コメント

ここんとうざい

事実誤認ではないですか?
この記事では、西周の「洋字ヲ以テ国語ヲ書スルノ論」について
「欧米の哲学や科学力を日本の日本人の知識としていくためには、語彙に即した日本語を造語していかなければならい」
と書いてありますが、実際に周が書いたのはこんなことです。

「翻訳文の学術語などは,今の字音の漢語のように,訳さずに用いるべきである。器械産物などにいたっては無理に訳さず,もとのことばのまま用いるべきである」

「哲学」という訳語をつくったのは西周ですが、周の考え方についてこの記事では誤解があるようです。

-

No title
権利と西周を検索していて当ページに辿り着きました。
誤訳についての説明は面白い内容でした。

ただ、女子中学生を大勢の大人がこれが正しいことだと言って
責め立てるなど決して褒められたものではありません。
女子中学生が敵対的な反応になるのも当然かと思いますけど。

ベルナデッタ

悲しいです
ねずさま

毎日楽しみに拝読しております。ありがとうございます。
この女子中学生のお話は、とても悲しいです。
どうして、自分を大切にできないのでしょう?
周囲の人から、大切にされたことがないのでしょうか?
だとすれば、あまりにも悲しすぎます・・・。
今からでも誰かから大切にされ、自分を大切にできるようにと願わずにはいられません。
このような子どもが一人でも減るように、切に願います。

ガトー

No title
反論出来ないって無能なのか出来レースなのか。
少女売春したら買った方に迷惑だし売った方だって病気を撒き散らす危険だってあるし、親や親戚だって世間にばれたら恥ずかしい思いもするでしょう。
管理職なら能力を疑われるし、脅しが入れば一家離散なんてこともありえる訳です。
幾らでも問題があるのに言い返せないなんて、逆に害悪の強い番組ですね。
権利を訴えるなら、通義はあるのかと公平性をとりあえずやり返し焚き付けるようにします。
善い話しでした。
今日は突発の用事で講演に行けませんでした。
非常に残念です。

空満

ありがとうございます
ねずさん、こんばんは、いつもありがとうございます。

この中学生の女の子は、自分の事を大事な存在なんだって、思わせて貰えて来なかったんじゃないでしょうか?

自分の事、当然のように、平気で粗末に扱って、可哀想で、胸が締め付けられました。

私は、こんな風に思ってしまう子供が、一人でも減るように、頑張りたいです。

自分も、日本も、大事な存在なのだと、解って貰えるように、頑張ります。

これからも、色々とお教え下さい。よろしくお願い致します。

kumago

言葉を制するものが、思考回路を操る
まさに本質を突く指摘です。なんとしても、権利という誤訳を排除しなければ!税金、という単語だっておかしい。人が作る物語の素材である言葉を正し、日本の覚醒速度を上げよう!

gout

No title
勉強になりました有り難うございます。
ネットに反乱⇨ネットに氾濫
だと思います。

名無しさん@ニュース2ちゃん

No title
孔子も言葉と意味の乖離から国家は滅びると言いました。
国家を立て直す一歩を「名を正す」と言うそうですね。
正しくそれを良く現したエピソードだと思い、感心しました。
又、戸塚先生が話されたという権利の誤訳に関わる説明が大変わかりやすく大変勉強になりました。 ありがとうございます。

中途半端ですみません

追加です
だいたいからして、本当に卑劣な環境下で逞しく育っている子の発言ではないと感じます。
発言や態度のどこをとっても、極貧で弟妹を養うために仕方なくとか家庭を支えるためとか完全の孤児として育ってそういう生き方しか知らなかったとか、いうような悲劇のケースでは全くないように思われます。
どこをどこから見ても「わがまま」の延長線上にあるんですよね、言動が。
これが私の、件の学生に対する心証です。

中途半端ですみません

この中学生の誤認
「他人に迷惑をかけていない」と考えていること自体がそもそもの間違いです。
明らかに社会に迷惑をかけているのです。
咎められるということはそういうことです。

みちお

No title
 宗教観の問題ですね。
別にカトリックとかプロテスタントとか、仏教で言うのなら臨済宗とか天台宗というようなちゃんとした宗教でなくてもいいです。ある程度社会に受け入れられるものなら、自分個人で独自に頭の中で作り出した創造神でもかまいません。
善悪とか道徳というものはとどのつまりそれぞれの人間における宗教観に基づくもの。「神が存在しないならば、発明しなければならない」と言ったのはヴォルテールでしたっけ。記憶違いならごめんなさい。ともかく独自の宗教観がなければ善悪・道徳などというものが理解できるわけがありません。
この中学生にはそういう宗教観が全くないのですよ。
自分個人で独自に頭の中で作り出した創造神でもかまわないというのは、本来神というのはそれぞれの人の心に存在するものと考えているからです。日本の神社に何故鏡がおいてあるか。それはそれぞれの人の心の中にこそ神が存在すると考え、己が心に恥じるところはないかを考えるためでしょう。三種の神器(八咫鏡・八尺瓊勾玉・天叢雲剣)に鏡(八咫鏡)があるのも同じでしょう。いつぞやねずさんが海軍兵学校「五省」を取り上げていましたが、私も江田島に行った際、この言葉に深く感銘を受けました。
1、 至誠に悖る勿かりしか
1、 言行に恥ずる勿かりしか
1、 気力に欠くる勿かりしか
1、 努力に憾み勿かりしか
1、 不精に亘る勿かりしか
私にはとてもとても…。しかし、これに一歩でも近づきたいとは考えています。
しかし、この中学生には全く理解できないでしょうね。「自由には責任が伴う」「妊娠・性病の危険」「家族や周囲への迷惑」ということから教えていくしかないでしょう。

-

No title
これは面白い。
人権擁護法案も人的通義擁護法案であるなら公権力の暴走はできませんね。

桜子

No title
権利、権利と義務も果たさず、と言うか人間としての常識も分らず「人に迷惑をかけなければ何をやってもいい」という様な風潮がまかり通っているようです。
近年特にその傾向がみえます。
それもこれも人間として生きる上で一番大切な「人間としての常識」が欠落している事に他ならないと思います。
権利を語る前に人間としての常識を学ぶべきです。

教育を変える事により人間としての常識、道徳心を養う事が先決かと思います。
この事が分ればおのずと周りが見え、人間としていかに生きるべきか、そして優しい心、思いやりの心が生まれてきます。
結果、権利とは?、我欲だけの権利とは?も見えてくるのではないかと思います。
教育を変えない限りこの傾向は続くでしょうね。

-

No title
戸塚先生は私が尊敬する一人です。
戸塚先生は権利には正しいの意味はないと言われていますが、これには少し異論があります。
権はもともと棒ばかりの重りのことです。この重りを正しい位置に持ってこないと棒ばかりが水平にならず正しく計れません。ですから権には正しいという意味も含まれています。
福沢諭吉は権利を権理とも訳しています。通義ではあまり語呂がよくないので「権理」とすべきだと思います。

匿名

善悪の判断
この女子中学生は、善悪の判断を教えられずに育ったんでしょう。
未成年で飲酒 煙草 売春も 善悪の判断が分からない障害者のような子供が多いし空気が読めないとか言う人の子供が平気でやってたこともあります。
善悪の判断を教えない親は、子供にやって良いか悪いか考えさせると言いますけど 善悪の判断は、親が教えないと とんでもない子供が育つのです。

terag3

まさに、That's right ですね!
私はこのたびのお話ではじめて「権利」は、rightの誤訳で
あると知りましたが、辞書を引いてみても権利とは繋がり
ません。

このような誤訳が今まで何故、罷り通っていたのか不思議です。

日本の政治家は、このことを知っているのでしょうか?

日本はこの誤訳で根本的な大きな間違いを犯している訳です。
国民運動として是正すべきではないでしょうか??

にっぽんじん

シナを黙らせる
クリントン国務長官が訪中時にシナに警告したかどうかは定かでありませんが、アメリカに教えたくない対中6策をシナのネットユーザーが書いていました。実現の可否は別として成程と思われる6策を紹介します。

(1)中国の政府高官が所有する海外の銀行口座の残高を発表し凍結
(2)米国のパスポートを持つ中国人官僚の名簿を公表
(3)米国に住んでいる中国人高官の家族の名簿を公表
(4)ロサンゼルスにある「妾村」を一掃
(5)米国在住の中国人高官の家族をグアンタナモ刑務所に収容
(6)中国国内の失業労働者などの不満分子に武器を提供。

今のシナの政治状況を捉えた賢作です。これを告げられればシナ政府も悩むこと請け合いです。同盟国の日本は(2)(3)の情報を欲しいものです。

みるる

No title
権利権利と何でも権利の主張で我儘になって譲り合いが出来ない人が増えてるように思います

少女の言葉が原因で多くの人が迷惑受けたはずです
学校の名誉に傷が付き
同級生たちは白い目で見られ、ある事ない事が噂になっていたでしょう
家族にだって迷惑をかけたと思います

子育て中

「ごちゃごちゃ屁理屈言うな」・・・でよろしいのでは!!
「迷惑がかかってない?」
ばか者!!!
何故すぐ言い返せない!!
・・・・・と思うのですが。
一人の不心得もののせいで、周りのきちんとした少女までも
色眼鏡で見られることになります。
もしかしたら、勘違いをした奴が大切に育てられた
少女に対して間違った行動に出るかもしれない。

「権利がある」
そんな言葉は、ちゃんとした教養やマナーを身につけてから
口にしなさい。
半人前が何をほざいている。
これでいいのではないかと・・・・思うのですが。

最近は「子供の目線で」とか何とかいって、説明して聞かせる
子育てのようですが「いけない事は、いけない」でいいのです。
小さいうちは、理屈抜きで教えたほうが良いと思うのですが。

BB

質問
権利も通理も造語である以上何とでもなるはずです。誤訳に端を発しているから道徳が乱れた。。。。。とするのはどうかと思います。我々の言葉の持つ意味も道徳も英語の持つそれに依存する必要はありません。従う必要もないはずです。権利、という言葉に「神から与えられた」「通念として正しい」という意味を持たせるよう努力していくべきなのか、その少女に何も言い返せなかった大人たちに言い訳を言葉の定義に求めないようにすべきなのか悩みどころではありますが。。。。。
少なくとも誰にも迷惑を掛けなければ何をやっても良い、という考えは日本的ではないことは日本人として理解できると信じたい。その少女はまだ未熟なだけで。

-

No title
今回の記事『「権利」ではなく「通利」「通義」の福沢諭吉訳の事』は、「憲法制定」の際にも、必要不可欠、極めて重要なポイントであると思います。「憲法制定」を目指す国会議員の方々は、絶対に知っておいて頂きたい事です。

-

No title
確かにおっしゃる通りです。rightは正しいじゃあなかったのかなあ。そうすると権利はなんでも正しいことになるのかなと薄々変な感じを持っていましたが、確かに一旦日本語になってしまうとつい日本語の意味に引きずられてしまいます。今すぐ思い浮かびませんが、この手の原語の意味とずれた翻訳語はたくさんありますね。
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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
連絡先: nezu3344@gmail.com
電話:080-4358-3739
出身:静岡県浜松市
住所:千葉県野田市
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「明治150年真の日本の姿」、「日本と台湾の絆」、「奇跡の将軍樋口季一郎」、「南京事件は4度あった」、などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。
日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
《著書》
『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』
『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦
『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』
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