マレー沖海戦と日本



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日本軍機の攻撃を受け回避行動を行う
プリンス・オブ・ウェールズとレパルス
プリンス・オブ・ウェールズ


ほんとうは、10日の記事にすべきだったのですが、すこしずれてしまいました。12月10日は、マレー沖海戦の日です。

よく、戦艦大和は、航空機によって沈められた。時代は航空機主体の時代に変わっていたのに、日本は空母を作らず大艦巨砲主義の巨大戦艦大和を作り、結局、米航空体によって大和は沈められた、といった話を耳にします。
私も学生時代、学校の先生から、大鑑巨砲主義に傾倒した日本がアホだったと教わりました。
しかし、これは違います。デタラメです。

世界最初に航空機をもって戦闘態勢の戦艦を沈めたのは日本です。
これにより世界も日本も、戦争の態様が変わったのです。
つまり、日本が、変えたのです。
それが、マレー沖海戦です。

マレー沖海戦は、大東亜戦争開戦の2日後である1941年12月10日にマレー半島東方沖で、日本海軍の航空部隊(一式陸攻、九六式陸攻)と、大英帝国東洋艦隊の間で行われた海戦です。

この戦闘で日本は、英国海軍が世界に誇る、当時の技術における世界最強戦艦を撃沈したのです。

航空機で戦艦を沈めたという先例なら、タラント空襲、真珠湾空襲などもあります。
けれどそれらは、停泊中の戦艦を航空機で叩いた、というものです。

当時の停泊中の戦艦は、エンジン機関が停止していますから、主要な武器が使えません。
人に例えれば、睡眠中みたいなものです。
体が動かない。

ところが作戦行動中の戦艦というのは、まさに全身が鋼鉄の要塞です。
対空防衛力、対潜防御力、攻撃力いずれをとっても、とてもじゃないけれど、蚊蜻蛉(かとんぼ=航空機の蔑称)くらいで倒せるようなシロモノではないとされていたのです。

とりわけ、当時マレーにいた英国戦艦は、14インチ(35.56cm)砲を10門装備、さらにポムポム砲と呼ばれる対空砲を全身に装備しています。
ボムボム砲は、1分間に6000発もの弾丸を発射するというすさまじい兵器です。

英国は2年も前から、ヨーロッパ戦線でドイツ・イタリアの航空機に空襲されていたのです。
ですから十分に対空戦の経験を積んでいたし、さらに英国がこのときマレーに派遣していた戦艦プリンス・オブ・ウェールズは、当時の技術で世界中のどの戦艦も敵わないし、どんな航空機攻撃をも撃退しうる、20世紀最強の暴君とも呼べる最強戦艦だったのです。

日本が攻めてきたところで、まさに鎧袖一触で打ち払えるだけの強力な艦隊だったし、だからこそ英国首相のチャーチルは東洋にある英国領土の植民地利権を守るために、この最強艦隊をマレーに派遣していたのです。

しかもそれまでの世界の海戦で、作戦行動中の戦艦を航空機が沈めた、という事例はまったくありません。
当時の世界は「作戦行動中の戦艦は、航空機で沈められない」というのが常識だったのです。

そして現実に、動いている戦艦が航空機によって沈められたという事例は、今日までの世界のあらゆる海戦で、今日ご紹介するマレー沖海戦と、終戦間際に圧倒的な航空機をもって戦艦大和が撃沈された坊ノ岬沖海戦(1945年4月7日)、同様に大多数の航空機をもって戦艦武蔵が沈められた捷一号作戦(1944年10月24日)の3例しかありません。

そしてこの三つの海戦のうち、あとの二つが昭和20年に、まるで雲霞のように空を覆いつくさんばかりの航空機で日本の大和、武蔵が叩かれ、しかも船が沈んだときに、海上に逃れた抵抗できない乗員達にまで航空機からの銃撃と虐殺が行われています。

ところが日本が昭和16年に行ったマレー沖海戦では、日本は限られたごく少数の航空機で、当時の世界最強戦艦を同時に二隻沈めたのみならず、乗員達の退避のための十分な時間を与え、乗組員たちの命を永らえたのみならず、戦域を逃れて漂流後に沈んだ英国海軍の将兵までも救助しているのです。

大鑑巨砲主義だとか、日本軍に知恵がないとか、少しはまともに歴史を勉強しろといいたくなります。

さて、大東亜戦争の開戦は、そもそもがChina事変に端を発するものです。
そしてChina事変で日本に敵対していたのが、蒋介石率いるChina国民党で、なぜ国民党が日本と対抗し得たのかというと、米英がマレー経由で蒋介石に軍事支援物資を送っていたからです。

軍事的には、この援蒋ルートを叩かなければ、日本に勝機はない。
そのためには、日本は、陸軍をマレーに進行させ、同時にその補給のため、マレー沖の制海権を把握する必要がありました。

逆にいえば、当時マレーを植民地支配していた英国にしれみれば、日本にマレー沖の制海権を渡すわけにいかない。
そこで起こったのが、マレー沖海戦です。

英国側は、昭和16年12月8日の日米開戦の6日前である12月2日には、英国最新鋭戦艦プリンス・オブ・ウェールズ、巡洋戦艦レパルス、その他駆逐艦4隻で構成するG艦隊をシンガポールのセレター軍港に入港させています。

つまりこれはどういうことかというと、英国はすでに日本が戦争を挑んでくる事を、事前に十二分に察知していた、ということです。
もっとはっきり言えば、英国は、日本が攻めて来るように仕掛け、来たところを撃破してやろうと、事前に待ち構えていた、ということです。

みなさん、このブログで何度もくり返していますが、戦争というのは、軍事バランスが崩れたときに起こります。
百パーセント勝てると思うから戦争するのです。

China国民党の兵力は210万、日本陸軍は外地派遣できる兵力が15万。
だから蒋介石は、日本に勝てると踏んだし、マレーでの英国も、世界最強軍艦の配備で、日本海軍など鎧袖一触で、あっけなく大勝利できると踏んだから、日本を追い込み、戦争に巻き込んだわけです。

いいですか、みなさん。
日本が真珠湾攻撃を行って、大東亜戦争を開始したのは、12月8日です。
ところがマレーでは、その前日である12月7日に、英国東洋艦隊が、トーマス・フィリップス海軍大将司令長官の指揮のもとZ部隊を編成して、シンガポールを出航しているのです。
目的は、日本の輸送船団を破壊するためです。

一般に、日本の攻撃開始は奇襲攻撃とされていますが、これで奇襲でもなんでもないことがわかります。
網を張り、待ち構えている中に、日本は飛び込まざるを得なかったのです。

にもかかわらず、日本がいかにも奇襲を行ったかのように言われるのは、それが実際に奇襲だったのではなくて、あまりに日本の進撃が早く、米英は十分準備して待ち構えていたのにもかかわらず、彼らが日本にいかにもあっけなく撃破されてしまったことによります。

マレー沖海戦で、日本の輸送船団を警護していたのは、金剛と榛名です。
両艦とも近代化の改装こそ受けていますが、艦齢は27年を越えている老朽船です。
最近の自動車は、当時と比べてかなり耐久性の面で向上していますが、それでも27年オチの車となると、いい加減、ボロボロです。
兵装や装甲の厚さも、巡洋艦程度の実力しかない船です。

これを、英海軍は、世界最強の戦艦二隻を含む最強艦隊で出迎えようというわけです。
最新鋭艦の戦艦プリンス・オブ・ウェールズは、当時の英国王ジョージ6世の兄王であるエドワード8世の即位前の名前をいただいた船です。
いかに自信満々の船であったかがわかります。

同行するもうひとつの戦艦レパルスも、建造年月こそウエールズより古いものの、装備はウエールズと同じです。
しかも、それまでにドイツ軍航空機による爆撃を何度も受け、それらを完全に撃退してきているという実践経験の豊富な戦艦です。

普通の常識で考えれば、余程のアホでも、ここまで戦力が違えば、日本の輸送船団は完全壊滅させられると確信できます。

さて、では日本はどうしたかというと、とにかく輸送船団を護衛しなくちゃいけない。
ですからサイゴン(いまのホーチミン)にある航空基地から、航空機(九六式陸攻59機、一式陸攻26機、計85機)を発進させます。
海上の戦力が乏しいのです。
空から補わなくちゃならない。

そして運良く、英国東洋艦隊を発見します。
各攻撃隊は東洋艦隊主力めがけて殺到しました。

戦いは、熾烈なものでした。
航空機による攻撃を、完全撃退してきた実績を持つレパルスと、それをさらにひとまわりも強化したプリンスオブウエールズが相手なのです。
しかもボムボム砲が、弾幕で空を覆いつくす。

この戦いで日本側は、陸上攻撃機未帰還3、帰投時の不時着大破1、偵察機未帰還2、その他30機以上に深刻な被害を受けます。
飛び立った半数が深刻な被害を受けたのです。
どれだけたいへんな戦いだったかわかります。

そしてその大激戦の結果、日本はなんと、戦艦プリンス・オブ・ウェールズと、巡洋戦艦レパルスの両方を撃沈し、沈没させてしまうのです。

この戦いで、ウエールズ撃沈の報告を聞いた英国チャーチル首相は、「あの艦が!」と絶句し、「戦争全体で(その報告以外、)私に直接的な衝撃を与えたことはなかった」と著書の第二次世界大戦回顧録で語っています。
それだけ、「絶対沈まない船」のはずだったのです。

この戦いでは、まず戦艦レパルズが沈みました。
次いで戦艦ウエールズが、大破します。

ウエールズの艦長のトマス・フィリップス海軍大将は、日本の航空隊に向け、乗員を退艦させるので、30分時間をほしい、と打電しました。

日本の航空隊は、これをのみました。
おかげでウエールズの乗員たちは、巡視船エクスプレスに乗り移ることができたし、レパルスの乗員も捜索する時間が与えられ、エレクトラが571名、ヴァンパイアが、レパルスの艦長と従軍記者を含む225名を救助しています。

その間、日本の攻撃隊は空で待機です。
英国軍の救助活動の間、いっさいの攻撃行動をしないで、空で待機したのです。

当時の飛行機は、いまの時代にあるようなハイブリット・タイプでも省エネタイプでもありません。
空で待機していれば、燃料が減り、その減ったところに敵機が攻めて来たら、帰投するガソリンさえもないまま、撃ち落とされなければならなくなるかもしれないというリスクを追うのです。

それでも日本の航空隊は、待ちました。
なぜでしょう。

ウエールズの乗員が全員退艦したあと、トマス司令官が、ひとりデッキに残ったのです。
彼は海の男です。
やはり、艦とともに死を選んだ。

日本の航空隊は、それを見届けると、上空で全機整列し、一機ずつデッキ前を通過して、トマス艦長に最敬礼をして、別れを惜しみ、敬意を払います。
トマス艦長も、最敬礼で応答しました。

マレー沖海戦の翌日、一機の日本機が、戦闘のあった海域に再度飛来しています。
何をしにきたのでしょうか。

その機は、海面すれすれまで下降すると、現場海面に花束を投下して去って行きました。
敵となり、味方として死んで行った同じ海の男達の敢闘に、弔意を表したのです。

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大東亜戦争の真実


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コメント

職務経歴書の事務

No title
とても魅力的な記事でした。
また遊びに来ます!!

鷺草

貴重なお話をありがとうございました。
ねずさん、貴重なお話をありがとうございました。
大変感動いたしました。
航空機が機動中の戦艦を沈めた例は、歴史上たった三つしかない。その史上初の快挙を
成し遂げたのが我が日本だったとは!
そして、敵である船員達が避難・救助される猶予をきちんと与え、鑑と運命を共にした
敵の船長に対して最大限の敬意を示していたなんて‥。
なんだか泣けてきました。こういう良いお話こそ、歴史の授業で熱く語られるべきでは
ありませんか?
私たちは、「戦前の軍隊はとにかく酷かった。兵隊をちゃんと人間として扱う民主主義の
アメリカとは違い、ひたすら殴ったり怒鳴ったり力で従わせ、陸軍上層部はどうしようも
ない連中が揃っていて、戦争末期になると無謀な作戦でただただ大勢の貴重な兵隊の命を
失わせた。馬鹿だ、大馬鹿だ、負けて当然だったのだ。あの軍隊が存続するくらいなら、
むしろ日本は負けて良かったのだ。負けたからこそ、戦後、アメリカの手助けのお陰で
日本は民主国家として正しい道を歩む事が出来たのだ。」と、このような見方で歴史を
教わってきました。
国営放送であるNHKでさえも、そのような見方で戦前を振り返る特集番組を放映していました。
(それを見終えた私の母が、日本は負けて良かったんだねと言ったことが、私にはちょっと
ショックでした。昭和一桁生まれで戦前を知る母に、そんなふうには言って欲しくなかったのです。
でもそう思うように仕向けたような番組の作りでした。)

ねずさんのこのブログを拝見するようになって、自虐的な思想や歴史感がいかにこの国を支配
しているか、それを痛感するようになりました。敗戦によって、不自然に首根っこを押さえられ
無理矢理頭を下げさせられているのに、誰もその状態が不自然だと気づいてはいないのですね。
卑屈で自虐的なことが当たり前の精神状態だと思い込んでいる。これは実に恐ろしいことです!

日本人よ、目覚めましょう。
私は以前は自民党支持者ではなかったのですが、この国の誇りを取り戻したいという、安倍首相の
熱意・本気度に感銘を受け、今ではとても応援しています。
いつも素晴らしい記事を載せてくださる、ねずさんにも大変感謝しています。
多くの人に読んでいただきたいブログです!

虎さん

No title
ねずさん、おはようございます。
日本人の武士道精神世界に誇れる考え方ですね。マレー沖の海戦、日本の雷艦長の英軍救助、知りませんでした。
日本民族というのは人種偏見という概念がないのに比べて、白人にしてみるとカラードは人間として認識していなかったのですね。
海戦で漂流している兵隊を容赦なく機銃掃射を加えたことでしょう。
残念ですがこれが当時の常識でいかに日本人の精神性が世界稀なことがわかりました。
こうゆう話を美化するつもりはありませんが、我々が教えられてきたのは
日本国の一方的な侵略戦争という形の教科書がいかに特亜によって、捻じ曲げられ、今までの政権が無策に言われるまま放置してきたことが、問題
でしたね。
教科書を考える会において日本人がもう少し元気が出るような内容に改めた本によって、日本の未来を背負って立つ子供たちが育つよう、安倍政権にお願いします。
戦後七〇年近くにわたって特亜によるゴリ押し的に国内をかき回されましたが、今回の政権によって少しずつではあると思いますが、正常な教育がなされると思います。
中山成彬先生、義家先生達に大いに活躍してもらい、教育界を正常な形に戻してください。
そして、先人たちに恥ずかしくない国に再生し、世界をリードしていく
人材を輩出していこうではあ~~りませんか。

ねず

No title
うたのすけさん、まさにそこです!
歴史を批判したり馬鹿にしたりするのが、戦後左翼の一番わるいところです。
歴史は学ぶためにある。
そこから学び、次代に活かすことが、歴史を学ぶ後世の私達の使命だと思います。

うたのすけ

No title
そうです。これからは航空機戦の時代だと初めて理解したのは日本です。そして戦艦大和は、ハイテクノロジーと美意識との見事な調和であって、これこそ日本的感性の最たるものだと思います。
しかし、日本人のあまりにも倫理的な態度は、情報の盗み取りを軽視し、これが敗戦の一原因になったと思います。
これを教訓として、今後われわれは国際社会でどうあらなばならないか、考えなえばならないと思います。

宮崎一区民

追記
真珠湾強襲の際、皆に共通した想いは「遂にやったのだ!」だった様です。 仲間と共に身を奮わせ感激する漫画も描いてありました。 書き忘れてたので追記しときます。

宮崎一区民

続・感想文 ~叔父の卒業文集より
ありゃりゃ今宵はマレー沖ですか… しからば真珠湾・マレー沖・シンガポール等々皇軍絶好調時に書かれた感想文をも紹介せねばなりますまい。(少々面倒ではあるがw)

『大東亜戦争所感』
皇記二千六百年祭の余韻未だ覚めやらぬ昭和十六年十二月八日に、長らく日本に敵性を如実に示しし英米に対し宣戰の大詔が喚発せられたり。 その時我等の感激は最高潮に達した。 再びあの日の様な感激を味ふ事は一生涯あり得ないであろう。 
日本に生を受けた者は皆その感激に打たれたが、それは連隊指令部や海軍人事部に於ける国防献金に長蛇の列となり、或いは八百万神に戦勝を祈願する等々全国津々浦々に至るまで感激絵巻を展開した。 振り返れば彼等が日本に魔手を延ばして既に百年もの間、東亜民族の一員なる故に被りし屈辱が今更の如く蘇って来る。 ベルサイユ会議、ワシントン軍縮会議、浅間丸事件、通商条約破棄、そして大東亜戦争直前には資産凍結令を公布され、最早戦争を不可避とする事は出来なかった。(中略) ‥故に皇軍一度戈を取るやハワイ攻撃を手始めとして各地に於いて連戦連勝し、かつては英米が馬蹄形包囲陣もしくはABCD包囲陣と豪語せし抵抗線も遂に破れてしまった。 今や戦果は、北はアリューシャン南はマダガスカルまで及び、往時にはユニオンジャックを翻へして対日包囲陣の牙城であった要塞都市シンガポールも皇軍に抗する事能はずして破れ今では帝国軍政下の港として重要な役割を果たしてゐる。 
更にはマレー、比島、ジャワ、スマトラ、ビルマ等の如く軍政着々として進み、白人列強は世界の至る所でその威栄を失墜させてゐる。 まさに“驕れる者久しからず”の感深いものがある。 
しかしながら相手はかつて七つの海を支配せし老大国イギリスであり、持てる国を以て自任せしアメリカだ。 我々は長期戦を覚悟せねばならぬ。 
配給・空襲何のその。 シッカリやるぞ!

~以上、大野君当時15才の大戦初期における感想です(因みに先コメ欄に書いた“東亜の現勢”の松浦さんは戦死されてますが、大野さんはひょっとしたらまだ御存命かもしれないので、御返事頂けたら光栄です)  ‥もっとも叔父や松浦さんが出征した頃は最早絶望的でした。 当時を生きた全ての先人に感謝と追悼を捧げます。 
なおコメで武士道の話が出てましたが、最後に大西君(当時15才)のこんな詩を↓
【敵機をば みるみる中に 射ち落とし 少しの誇る色も無し】

空満

今日もありがとうございました
ねずさん、今日も良い記事をありがとうございました。
とても勉強になりました。
今まで、どんなに日本が愚かだったかという事しか、聞いて来なかったのですから。
祖先は偉かったのですね。


もうすぐ、義士祭ですね。
境の先生は、今年もまた泉岳寺まで歩いて下さるでしょうか。


赤穂市の大石神社前には、47士の石像が新設されていますが、
皆、中国人の顔をしています。

聞くところによると、
予算をけちって、中国に発注したとか…

新たに証拠にさせられないといいのですが…

ポッポ

No title
マレー沖海戦に海軍航空隊が失敗していた場合、プリンス・オブ・ウェールズとレパルスは金剛と榛名を相手に戦うことになったでしょうが、金剛の製造国はイギリスで、榛名は日本製でも金剛の姉妹艦でした。
海軍の戦力は、軍艦の性能に左右される部分が大きいと思いますので、訓練によって百発百中の砲一門は、百発一中の砲百門に同じと言えども、勝つのは難しかったと思います。

ところで、自民党が総選挙に勝利した暁には、元海上保安庁の一色氏が一部を公開された尖閣諸島における中国船衝突事故のビデオを、全部公開していただけないでしょうか?
いまさら、公開する必要はないという方もおられるでしょうが、国民に開示する必要は無いのか、否かを確認したいと思います。

ゆすりたかり

子供手当て500人分を申請した韓国人w
*********************************
韓国籍がダントツ1位でナマポGET!
*********************************

■生活保護受給者213万人超…5カ月連続で最多更新 9月時点で
産経新聞 12月12日(水)13時20分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121212-00000550-san-hlth

■国籍別生活保護受給世帯数(写真:産経新聞)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121212-00000550-san-hlth.view-000

韓国朝鮮2万7035世帯でダントツで1位
韓国籍の総人口は39万人

読者

残念ながら、
この、日本の武士道を理解する友愛的英国人はわずかでした。
後の日本降伏後、英軍は日本軍捕虜を士官・兵・下士官問わず
虫けらの如く殺しています。
そしてほんの23年前、先帝陛下崩御の際も英国の高級紙から大衆紙
にいたるまでが「ジャップ」の表現を用い、読むに耐えない中傷記事を
デカデカと載せた事は今も決して忘れてはいません。
これが世界か・・・と言わざるを得ません。
名著「アーロン収容所」(会田雄二・中公新書)が参考になると思います。確か以前貴ブログで取り上げていただいた事もありました。

硫黄島

こんにちは
大日本帝国が誇る戦艦大和が建造されたのが1936年。それが最後の戦艦建造です。

しかし、米国と英国は大和に対抗するため、1940年代に入ってから、巨大戦艦を次々に建造しています。

大艦巨砲主義は、むしろ欧米の方です。

日本海軍は米国の空母を叩くことに必死になっていました。

つまり、空母こそが真の戦力であり、脅威であると理解していたのです。

だから、大和にせよ、本土防衛の守護神として温存していました。

逆に、米国は、大和が出撃して来ないことから、多くの戦艦を戦闘に投入することなく、まさに、宝の持ち腐れをしました。

通りがけ

「黒ボールペンで憂さ晴らし♪」
(通りがけ)阿修羅推敲版http://www.asyura2.com/12/senkyo140/msg/725.html#c112
>このところ、マスゴミは気でも触れたかのように、自民圧勝の世論調査ばかり流しています。
>これこそ、公職選挙法違反じゃないでしょうか。(トッペイさん)
http://blog.goo.ne.jp/ikariyax/e/072a65a2113f490fd5b996d2c90c4078

天下り(甘下痢とも書くw)法匪(放屁ともいうw)奇形司法にかかると裁判所でタレ流すのは

【くれよんしんちゃんこまわりクン判決 】

犀番長
「ぜーんぜん無問題むーもんだーい。無罪方面(放免とも書く)から心証(身上:小原庄助が朝風呂でつぶしたヤツ)びんびんきてますので半ケツは死刑!じゃなかった無罪!(キリッ)」

傍聴人
あっへー、わっけわーからんいーしばー
(全員ひっくりかへる)

(そこで犀バンチョーすかさず)
これにて本ちゃいばん(茶番とも書く)はケッ審!エンガチョ~(冤罪と書く)。
・・・・・・・
是が非でも今度の平成天皇24年12月16日には黒ボールペンもって最高裁裁判官国民審査に行き、国民主権の直接行使民主主義で投票用紙に力いっぱいオール×印真っ黒けのけーに刻み込んで帰りましょう。

「はぁ~、スッキリした~♪」になること請け合いです。

terag3

海の武士道「敵兵を救助せよ」
このたびのお話の「マレー沖海戦」の翌年2月28日には
スラバヤ沖海戦が行われています。
その時に、日本海軍戦艦に撃沈されたイギリス海軍の駆逐艦
「エンカウンター」ともう1隻のイギリス巡洋艦の乗員たち
400名以上が漂流していたところへ日本海軍駆逐艦「雷」が
これを発見し「雷」の工藤俊作少佐は、彼ら敵兵たちの溺者
救助を部下に命じ「雷」の乗員の2倍以上の敵兵を救助した
話は「海の武士道」-敵兵を救助せよーという恵 隆之介著
に詳細に書かれています。

この話は以前から知っていたのですがたまたま12月23日
に横須賀市で、恵 隆之介氏の講演会が行われることになり
その著書をアマゾンドットコムから取り寄せて読んだばかり
だったのです。

この実話は、読んでいるうちに感動の涙で目がうるみ途中で
何回か休まなければ読み続けることが出来ないくらいでした。

その時に救助された「エンカウンター」のサムエル・フォール
少尉は、無事に母国へ帰還して外交官となって活躍されてその
功績により「サー」の称号を授与されたといいます。

そのサムエル・フォール卿は2008年12月7日に67年前
に命を救ってくれた工藤艦長の墓前で御礼を言うことが出来た
そうですが、その行動をイギリス大使館とイギリス海軍が全面
的に支援したそうです。

フォール卿は「日本の武士道とは、勝者は奢ることなく敗者を
労り、その健闘を称えることだと思います」と述べたそうです。
この著書は、DVD付きで育鵬社から出版されています。

当時の日本軍はそういう武士道を重んじていましたが、それに
比較して米海軍はどうだったかと言えば、ゼロ戦の乗員が撃墜
されて海上を漂流している際に米海軍の兵隊は艦の側面にまで
漂流して来たゼロ戦搭乗員を情け容赦なく拳銃で射殺しました。

戦艦「大和」撃沈後の数少ない漂流者にも情け容赦なく戦闘機
が銃撃を加え虐殺しています。
日本が戦った戦争を美化するなと、サヨクの日本知識人は言い
募りますが義憤に堪えません。
長文で失礼いたしました。

chas

No title
いつも充実した史実の記述を書いてくださりありがとうございます。
うちの子の学校に来て、先生を教育してくれませんか?と言いたくなる現状を嘆いています。
そういえば、なりあき先生・・・。
以前YouTubeでお話をうかがって、大変感銘を受けた覚えがあります。
しかし、今は義家先生推しです。
というのも、維新の会の橋下は大変危険だと感じるようになったからです!
我が家は平塚、河野太郎さんは当選確実なので、わたしの票は宮崎に送りたいくらいですが。
そして比例は自民党へ。

貼り付け

問題の画像
13世紀に描かれた日本の山賊の絵の中に白人が

1人金髪の外人のような兵士が存在する。ように見える。風変わりな帽子で、鼻も高い。色白で赤ら顔で、腕もとなりの侍よりずっと長く、西洋人の特徴が見事に現れている。

はたしてこれはどの絵のものだろうか?
これは日本の真実を物語る絵巻か? 日本の秘史なのだろうか? どの合戦か?
出展が明記されていないので、分からない。

種子島に来た、スペイン人の時代、これは16世紀ということになっているが、日本の北方領土のさらに北には、昔からロシア人が住んでいたわけだから、北方経由でロシア系白人が、今のフィギュアのプルシェンコ

画像は以下で
http://quasimoto.exblog.jp/

団塊の世代の後輩

No title
本日もよいお話をありがとうございました。日本軍の律儀さは武士道が根底にあり、それに近代軍隊にも反映されたものと推察されます。しかしながら戦争は勝たなければ全てを失います。生き残った日本人は骨抜きにされましたがその子、孫である世代はボチボチ目覚めなくてはなりません!!正義は勝ってこそ正義なのです!!

ひで

No title
この話は何度読んでも涙が出ますね。日本人ってすごい!と感じる話です。
それと、戦争には本来ちゃんとしたルールがあることが理解できます。
あくまで戦力を失くすのが目的であり、人を殺害するのが目的ではない。

-

No title
今より遙かに律儀で礼儀正しかった戦前の日本人が戦いに赴き、戦ったあとには、きちんと礼を尽くした。そうした父祖の姿を思うたびに安堵と申し訳なさの入り交じった思いが胸に迫ります。
そうした自分たちの姿を戦後教育でゆがめて伝えられ、日本のために戦ってくださった方達はどれほど切ない思いをされたことでしょう。今を生きる私達もご先祖様に及ばずとも、精一杯の努力をして日本を立て直し、子供達に胸を張れる国を残さねばなりませんね。
こうして、それを伝えてくださるねずさんに心から感謝します。
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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
連絡先: info@musubi-ac.com
昭和31年生まれ。浜松市出身。上場信販会社を経て執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」を運営。またインターネット・ブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。「歴史を学ぶことでネガティブをポジティブに」という理念を掲げ活動する。古事記・日本書紀・万葉集などの原文を丁寧に読み解き、誰にでも納得できる日本論を発信。

《著書》日本図書館協会推薦『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』、『ねずさんと語る古事記1~3巻』、『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』、『ねずさんの世界に誇る覚醒と繁栄を解く日本書紀』、『ねずさんの知っておきたい日本のすごい秘密』、『日本建国史』、その他執筆多数。

《動画》「むすび大学シリーズ」、「ゆにわ塾シリーズ」「CGS目からウロコの日本の歴史シリーズ」、「明治150年 真の日本の姿シリーズ」、「優しい子を育てる小名木塾シリーズ」など多数。

講演のご依頼について

最低3週間程度の余裕をもって、以下のアドレスからメールでお申し込みください。
むすび大学事務局
E-mail info@musubi-ac.com
電話 072-807-7567
○受付時間 
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