日本人と森



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神宮の森の植林風景
神宮の森の植林-1


東京・渋谷で「明治神宮の森」となっているところは、かつて練兵場があったところです。
ちなみに昔は、四谷区でした。
練兵場が閉鎖されたとき、日本はどうしたかというと、そこを森にしました。
だからいまは「神宮の森」です。

明治神宮の森に植林した当時は、日本国内では早成する杉や松が盛んに植えられた時期でした。
けれど当時の人たちは、神宮の森には、杉や松、檜などの針葉樹は植えずに、椎(しい)の木や樫(かし)の木、あるいはくすの木などを植えました。

なぜでしょうか。

実は、杉や松のような針葉樹は、亜硫酸ガスに敏感です。
だから昔の人は都会で育てるのを可哀相と考えたのです。

そこで、広葉樹を植えました。
広葉樹というのは、背の高い針葉樹林の下に生えます。
森では、針葉樹が上空を覆い尽くしますので、地上低くには日光があまり届きません。
そのなかで少しでも光合成を行ないたいから、葉が広い。
ですから、広葉樹は、針葉樹の陰にならない、直接日のあたるところなら、少々空気が悪くても元気にに育つ。
大昔から、木や森と仲良しだった日本人ならではの発想です。
そんなわけで、神宮の森には、椎や桐などが植えられました。

植樹をするということになったときには、当時まだ日本領土であった樺太や台湾、朝鮮半島からも、13万本もの苗木が寄せられました。
こういうときに、ChinaやKoreaがよくやるのが強制徴発です。
上からの命令で、およそ考えられないような無茶苦茶な強制徴発が起こる。

ところが日本では、そのようなことは起こりません。
民衆がキチンと教育を受け、明治神宮への日頃の感謝の思いから、自発的に苗木や、大木を寄進したのです。
ちなみに本当の善意で集まるものと、強制徴発によってデタラメに集められるもの。数だけ見てたら、その違いに気が付くことはありません。
けれど、人の善意という意味で、そこには天地ほどの違いがあります。
そして、そういう善意の苗木が、いまは中共となっている、かつての満州からも、ちゃんと寄せられていたのです。

集められた苗木は、一本一本、全部手作業で植樹しました。
その善意の苗木たちが、いま、神宮の森になっています。

もともと神宮の森のあたりに自生していたのは、椎や、樫、楠などの広葉落葉樹ではありません。
椿(つばき)や榊(さかき)などの常緑小高樹でした。
実は、これら椿や榊が、戦後68年経ったいま、ようやく樹々の下に自然にもどってきました。

木は、何もない地面がむき出しの状態のところに、いきなり繁殖したりしません。
このことは、造成した後に空き地になったところなどに、何年かして草がボウボウに生えても、なかなか木が生えないことを見ても、あきらかです。

何も植物の生えてない荒れ地を裸地といいますが、そこに最初に生えるのは、背の低い一年生の雑草たちです。
それが何年か続くと、だんだん背の高い草が生えるようになり、最後にはススキなどの根のしっかりした草が生えるようになります。

それが何代も(つまり何年も)繰り返されると、だんだん地味が肥えてきて、ようやく木が生育できる環境が整います。

木は、はじめに低木林が自生をはじめ、次いで松や白樺などの背の高い陽樹林が生育します。
陽樹林は、草たちよりも深く根を下ろしますから、土壌が深く厚くなります。
そして森ができることによって、小動物達もそこで生活を始めます。

そして陽樹林が育つと、森の内部は上空を樹々がおおい、地上近くには日光が届きにくくなります。
そして地表は湿気を帯びてきます。
そうなると、陽のあまり届かない暗い地表でも繁殖できる種類の樹木が育ちはじめます。
これが陰樹(いんじゅ)で、クスノキ、カシノキ、ブナ、シイ、ツガなどがその代表とされています。
これらの樹々の特徴は、葉が広い。
先ほども申し上げたように、太陽の光が届きにくいから、すこしでも太陽の光を吸収しようとして、葉が広くなっているわけです。

こうして、しばらくは、松やスギなどの陽樹と、クスノキやブナなどの陰樹が交じった森になります。
けれど、地表が湿り気を帯びた地層だと、陽樹は新たに生育できにくくなるため、森は次第に陰樹林となっていきます。
陰樹林内でも、陰樹は生育できるからです。
これが森の極相(クライマックス)です。
そして広葉樹は、落葉しますから、落ち葉をバクテリアが食べ、そこに腐葉土ができあがり、森の貯水力も高まり、土壌が豊かになり、地上には森林性の草本も生えるようになるわけです。

植物遷移の図
植物遷移の図


上の図では、極相林となるのに、200年以上としてあります。これが林の場合です。
広大なエリアの野山全体が森となるためには、自然だけの力では、4〜5千年の時が必要です。

日本の国土は7割が森林に覆われています。
けれど大東亜戦争が終わったとき、日本は、森林をなんと30%も失っていました。
戦争によって石油の入手が困難だったから、もっぱら木々を伐採して熱を得るしかなかったのです。

森は、いちど死にはじめると、復活は困難です。
ところが、いまでは、日本の森林は、元通りに戻りました。
なぜ70年もしないうちに元に戻ったかというと、植林したからです。

大東亜戦争が終わったとき、昭和天皇は全国を行幸して廻られました。
それは国民に、ふたたび立ち上がるための勇気を与えるためですが、もうひとつ、陛下は全国の行幸の先々で植樹をしてまわられたのです。
陛下が、ご自分の手で植林されるのです。地元の人たちは、これを黙って見ているわけにはいきません。
そこで戦時中に失われた森、禿げ山になっていた山々に、村中みんなで植林を興したののです。
その結果、日本の森はもとの広さに戻りました。
《参考記事:昭和天皇行幸》
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-1322.html


朝鮮半島は、いまでこそだいぶ山々に緑が茂るようになりました。
けれど、日本統治前は、その山々はほとんど禿山でした。
下にある写真は、1880年代のソウルの南大門大通りの様子です。
遠くに見える山々に木がまばらにしか生えていない様子が見て取れます。

1880年代のソウルの南大門大通りの様子
1880年代のSeoul 南大門大通り


朝鮮半島では、いまから1万2000年以上前の遺跡は数十カ所あるのですが、7000年前から1万2000年前までの5000年間に、半島に人類がいたことを示す痕跡としての遺跡がありません。
つまり、人が住んでいなかった。
理由は、諸説ありますが、私は、森林の枯渇が原因だったという説を支持します。

人は生活のために火を使いますが、そのために木を伐ります。
木は、伐ったあと、ちゃんと植林してあげない限り、すぐには生えてくれません。
森に木々がなくなると、そこに小動物もいなくなり、果実もなくなり、貯水能力を失った山は、大雨が降る度に、平野部に土砂を流します。
つまり、平野部での農業などもできなくなるわけです。

おそらく、1万2000年前まで朝鮮半島に住んでいた人たちは、森を伐採して木を失い、食べ物もエネルギーも失って、土地を捨てて去っていったのでしょう。
そして朝鮮半島に人が戻るまでに緑が戻るには、5000年の長い時を必要としたわけです。

その朝鮮半島も、2世紀頃になると、人口が増えてきました。
ただ、太古の昔と違ったのは、三韓に別れて互いに争い、部族同士で殺し合いばかりやっていたことです。
これは酷い話です。
けれど互いに殺し合って人が減った分、森が喪失されるのに時間がかかりました。
それでも約1800年の間に、朝鮮半島では、禿げ山ばかりになってしまっています。

日韓併合のあと、日本が設置した朝鮮総督府は、朝鮮半島内で5億9千万本の植林を行いました。
これは当時の朝鮮人ひとりあたり25本という、とうほうもない数です。
他にも民間ベースの植林が行われました。
結局、日本統治時代に植林された数は、10億本という数になりました。
いまの韓国や北朝鮮の山々が緑なのは、そのためです。


サウジアラビアといえば、中東の砂漠地帯として有名です。
けれどはるか大昔は、ここも稔り豊かな緑の大地でした。
ついた名前が「エディエン」です。「エデンの園」です。

エディエンでは、イブがリンゴを食べたために神から楽園を追い出されたと言い伝えられています。
イブは女性です。女性は食事を作るために火を使います。
火=赤=りんご、です。
火をつかうことによって、森が失われ、そこが砂漠化しました。
ついには人が住めなくなり、人類は他のエリアに移動せざるを得ませんでした。
そしてサウジは、いまでも砂漠です。


イスラエルも、荒涼とした砂漠地帯です。
けれど、先般ご紹介したマサダ砦のあたりも、戦いのあった2000年前は、緑の大地でした。
《参考記事:マサダ砦の戦いと尖閣問題》
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-1021.html


Chinaも、いまでは黄砂の舞う砂漠地帯です。
けれど、もともとは、そこも緑の大地です。
China大陸も植樹すれば緑豊かな大地になるのです。
おもしろいもので、Google Mapの航空写真で、日本や朝鮮半島、Chinaを観ると、いかに日本の緑が濃いかわかります。

内蒙古の風景
植林したところだけに樹木が生え、他は禿山です
内蒙古の風景



現生人類が誕生したのが、いまから15万年ほど前だと言われています。
世界中に人類が散ったのは、いまから5万年前のことだという説もあります。
ところが日本では、12万年前の石器が発見され、人工的に加工した石器としては、3万年前に作られた世界最古の磨製石器が出土しています。
土器も世界最古で、1万6500年前のものが日本で発掘されています。

それが、世界全体の人類史と、どのように結びついていくのかは、今後の研究が待たれる問題です。
ただ言えるのは、日本には12万年前から人がいて、1万6500年前には土器文化があった、ということです。
土器を作るには、火を使います。
燃やすのは木です。
それだけ発達した文明があり、火を使いながら、日本が砂漠化しなかったのは、日本が温帯というばかりではありません。
植林文化があり、森と共生して暮らしてきたからです。
ですから、8千年前には漆などの栽培も行われています。


戦後、高度成長以降の私たち日本人は、この森を次々に開拓し、住宅やマンションにしていきました。
木で作られる住宅も、セメントで作られるマンションも、どちらも「死んだ材料」で作られるものです。

耐用年数は、せいぜい数十年から、数百年です。
それを作る人も、住む人も、せいぜい生きても100年。
しかし森は、数百年から数千年、ときには万年にいたるまで、命をつむぎ、育て、私たちに必要な酸素ときれいな水を供給してくれます。

戦国時代の日本は、実は世界の鉄砲総数の約半分を保有する鉄砲大国でした。
鉄砲は鉄でできています。
作るためには大量の火力が必要です。
そのためには、大量の森林資源を伐採なければなりません。

けれど戦国大名たちは、決して禿山(はげやま)を作りませんでした。
同時に植林をしたのです。
戦国大名たちは、そういう土木林業の育成も同時に行ったのです。

もちろん、日本が高温多湿であり、山間部の土地の栄養価が高く、森林の生育に適した環境にあるという一面もあります。
けれど、日本の山間部の土地の栄養価が高いのは、それだけ長い期間、日本人が森を大切に守り通してきたからに他成りません。
いくら高温多湿な温帯地方であると言っても、森は植林し、ちゃんと面倒をみてあげなければ、なってしまうのです。

そうやって森を大事にしてきた日本は、植物への感謝を忘れなかった国でもあります。
欧米や朝鮮半島、China等では、食事の火を得るために木を伐採し、土地の砂漠化を招いたり、禿山を作ったりしていることと比べると、そこには天地ほどの差があるといえます。

戦国大名の間で流行ったのが、茶道です。
茶道は、緑の中に草庵を営み、そこで、正装して、威儀を正して行います。
武器も持たない。そこでは酒も飲まない。
座る姿勢も、あぐらではなく、正座です。
そこで、苦い抹茶をすすります。
なぜそんなことをしたのでしょう。

それは、おいしいお茶をいただくとわかります。
安い抹茶はただ苦いだけですが、良い抹茶は、いちど飲んだらわかるのだけれど、濃厚な新緑の香りがします。まさに森の香りです。

つまり緑の中で草庵を営み、酒も飲まずに姿勢を正してお茶を飲んだのは、あらためて緑の息吹を体内にとりいれることで、自然との一体化や調和を図る。そして同時に森に感謝する。
だから、正装して、威儀をただしてお茶をいただいたのです。
茶の道は礼節の道といいますが、なぜ礼なのかといえば、その根底には自然への感謝の心があるからです。

私たち戦後の日本人は、なにかとっても大切なことを忘れてきたのではないでしょうか。
大切なことを忘れ、戦後の日本人は、森をずっと粗末にしてきました。
昔の人は、家を建てると、敷地に木を植えました。
そこには木を大切にする心があります。
最近の人は、家を建てても、あまり敷地に木を植えません。
敷地が狭いということもあるかもしれません。
植木をすると、手間がかかって、面倒という理由もあることでしょう。
では、昔の人は、どうして敷地に木を植えたのでしょうか。

庭に木を植えましょうと言っているわけではありません。
戦後の区画整理で、第一種住居専用地域に指定されたところの多くは、以前は田んぼだったり、林だったりしたところです。
そして住居専用地域に指定された当時は、そこはまさに新築の家が建ち並ぶ高級住宅街であり、若い小学生くらいの子供のいる核家族が住むところでした。

けれどいま、その第一種住居専用地域は、建っている家は老朽化が進み、住んでいる人も子供達は大人になって出て行ってしまい、あとには住宅ローンの残債を年金で払い続けなければなららないお年寄りだけが住んでいます。

あと50年経ったら、そこはどうなってしまうのでしょうか。

米国などには、その実例があります。
かつては高級住宅街だったエリアが、いまでは、ヒスパニック系など移民達が住むスラム街になっています。
お金持ちたちは出ていってしまったのです。

日本はどうでしょう。
あと50年したら、かつては第一種住居専用地域に指定され、高級住宅が建ち並んで笑顔があふれていた地域が、不法移民達が、老朽化した家を勝手に占有して暮らしているスラムにしてしまうのでしょうか。

米国のように国土が広い国と日本は違います。
日本は、あくまで、いまある土地や森や田畑を大切に育んでいかなければならない国です。
私たちの先祖たちは、歴史や故事に学びながら、それらを大切にしてきました。
だからこそ、日本は、いまだに森のある国でいます。

目先の政治課題も大切です。
いまは、参院の逆転現象があるから、ある程度やむを得ない部分もあろうかと思います。

ただ、先々は是非、国家百年の、あるいは国家千年の未来を見据えた国益を守る政治を実現していっていただきたいと思います。
イナゴの大軍に水源地まで買い占められ、得体の知れないケモノたちに御神木まで勝手に刈られるようなことは、絶対にあってはならないことだからです。

お読みいただき、ありがとうございました。

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コメント

takechiyo1949

森林は宝物
今って「早送り」の時代ですよね。
すぐに結果を出さないと「効率が悪い!」と文句を言われます。
秒速で1億円稼ぐ?
そんな生業の方々にしてみれば…植樹?林業?チャンチャラオカシイのでしょうか。
森を切り倒しメガソーラー?
実にとんでもないことです。

森を造るには最低でも五十年…或いは百年以上も掛かりますから。
それでも我國は森を大事にし続けてきました。

自身の死後
どんな森になるか
どんな大木に育つか
どんな使われ方をするか
想いを巡らせながら植える

我國の人々は植物への感謝を常に忘れませんでした。
私達は、何があろうと森林を粗末にしてはなりませんね。

読者のひとり

裏山に昭和天皇皇后行幸啓の碑!
我が家の裏山(151m)の頂きにもあります!
調べてみるとS33年のことのようです。
こんもりとした自然公園として子供の頃から親しんでいた低い山です。
今日の記事を読んで感慨深いです。
天皇陛下の求心力で日本の緑が復活していったこと有難いことです。

我が家の庭もたくさんの植木で盆と正月前は剪定が大変です。
お隣さんは落ち葉に文句をつけてきます。
世知辛い世の中だと思います。
新しい住宅は庭もコンクリで花壇すらない所多いですね。



越智富雄

大和を再び沈没させないために…。
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その時の、宇宙戦艦ヤマトに関するコメントで、「沖田や土方の名が出て、近藤の名が出て来ないのは、司馬史観の影響か!」などと息巻いてしまいました(あくまで、TV放映のシリーズ1での話で、その後の映画版は含みません。悪しからず)。
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新選組局長・近藤勇の最後の名が、「大和」だったのです。詳しくは、大久保大和(おおくぼやまと)。
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戦艦大和は沖縄救援ならず、海の藻屑と消えました。その後、日本は敗戦を迎えました。
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今、沖縄は大変なことになっています。米軍基地の問題が、こじれにこじれて、そこへシナの魔の手が忍び寄っています。沖縄の独立だの、シナへの帰属だの、行き着く先は結局、地獄です。
沖縄が独立、そしてシナの属国となれば、日本(やまと)の沈没が再び起こってしまいます!
今、沖縄を救えなければ、取り返しのつかないことになります。日本全体で沖縄に取り組みましょう!
沖縄は、断じて日本です!沖縄は日本の要害です。絶対に無くしてはならぬ場所です!
沖縄は、今や、日本の浮沈に関わる、日本の急所となってしまいました。沖縄県人に友人・知人のいる方、是非、その人を説得してください!
大和の沈没を阻止せよ!日本(やまと)は、浮上あるのみ!以上。

団塊の世代の後輩

No title
嘘つき韓国、嘘つきシナどもの火事場泥棒デマ戦術、さらには先の大戦で無差別大量虐殺を犯したアメリカ野郎どもが、何の反省もなく我が国政権に圧力をかけ売国民主どものやった腰抜け外交を継続させようともくろんでいます、無用のトラブルを避けるため阿倍総理もやむなく愚かな先輩どもの声明に同意するコメントを出さざるおえませんでした・・・しかしここで今の自民党政権に見切りをつけて何が出来るのでしょうか?もともと悪いのは卑怯者のシナ、南北朝鮮、アメリカなのです!とりあえず政治家が外交上やむなく頭を下げても、日本人全てが「我々の先輩方が正しかったのだ!悪いのはシナ、朝鮮、アメリカなのだ!」という確信を持ち、毅然とした態度を保ち続ければ最後には正義の日本が勝利するのです!頑張りましょう!!!

-

No title
米国で慰安婦のロビー活動が相当行われているそうですが、ロビー活動によって左右される米国議会もなさけないですが、教育から経済までありとあらゆる分野で日本の世話になっているにもかかわらず、日本を貶めることばかりする南鮮に天誅はくだらないのでしょうか。植林までしてあげた日本の優しい心もむなしい限りです。

桜子

No title
拝読させて頂き思うのですが、ねずさんの心のブログ、その奥の深さに何時も感銘を受け自分の薄っぺらさを思い知らされています。

今日の題材「日本人と森」ですが森に例え、今までの日本人、そしてこれからの日本人としていかに生きていくかという事を教えてくださっていると思います。

私なりの解釈ですが、木も心も同じではないでしょうか。
心の土壌も無いところに、いきなりこれが心ですよと言われても?マークがつくだけです。

>何も植物の生えてない荒れ地を裸地といいますが、そこに最初に生えるのは、背の低い一年生の雑草たちです。
それが何年か続くと、だんだん背の高い草が生えるようになり、最後にはススキなどの根のしっかりした草が生えるようになります。
それが何代も(つまり何年も)繰り返されると、だんだん地味が肥えてきて、ようやく木が生育できる環境が整います。

つまりこれこそ二千七百年もの長きに渡り人間として生きて行く環境作りをされて来られ、日本国を育て、累々と守り続けてくれた御先祖様達だと思います。
そのおかで今の私達日本人がいます。

今その土壌が侵され、そして名も知れぬ雑草で覆い尽くされ、おまけに木が育つ大切な水(教育)さえ汚染され、見事なまでの大木も瀕死の状態、それが今の日本です。

>森は、いちど死にはじめると、復活は困難です。
ところが、いまでは、日本の森林は、元通りに戻りました。
なぜ70年もしないうちに元に戻ったかというと、植林したからです

まだ今なら間に合います、気がついた時が始まりです。
日本という森を枯らさない為に、元の日本を取り戻す為に我々が出来る事から始める、それが大切なのではないでしょうか。

愛信

No title
「民主党公開大反省会」2013年5月11日『YouTube』
http://youtu.be/PKbbDMlIRoM
(動画)

古希のネトウヨ

No title
日本は木と水の国だと思っています。
戦後間もない 小学生の頃 瀬戸内海の周囲のはげ山を緑化するために 学校を上げて一日近くの山に 萩の実の採取に行ったことがあります。 各自で布袋を用意して遠足気分で山の中を走り回った記憶があります。 
その頃聞いた説明は はげ山にいきなり植林してもだめなので 繁殖力の旺盛な萩の実を蒔き 土留めや土壌改良をするのだと言うような解説だったように覚えています。
私は 今日本の山野に生い茂る木は人の手によって植えられたものだと思っています。 
昔話に 大国主命だったか 全国に木を植えて歩いた或いは種を配ったと言うような伝承があったように思います。 それは 今の神武朝以前の話で縄文と言われる時代のことだと思います。 それ以来日本では 木を植え続け 木を利用して世界に冠たる木造の構築物や生活用品を創造してきたのです。
しかし 儲からないからという理由で 山が荒れ始めて久しい。 自然を護るのだから 山に手を入れる必要はないんだ等と馬鹿なことを言ったお役人がいたことを思い出します。 そうではなく 日本の山や森や林はみんな人工のものだと言った方が良いのでは。
話は変わりますが 2.3日前に常陸の国風土記が出来て1300年を記念しての展示会を見てきました。
そこで印象深かったことは 倭建命と水との関わりの伝承が各地にあり その清らかな水辺では 暑い夏になると近隣の男女がそこでピクニックをしたという記事でした。
 太古 日本では人々木と水を大切にしてゆったりと暮らしていたことに改めて感動しました。
 なのに いまその水も汚されようとしている。 
奪い尽くし 食い尽くして再生産と言う事を知らない 汚れた連中をこの列島内に蔓延らせてはいけない。
自然とも人とも共生する独特の日本文化を護り 出来れば世界に広めてゆかなければならない。
 キリスト教的なものの世界支配はそろそろ終わるのではないでしょうか。
今年の植樹祭は鳥取県だそうですが 鳥取大学農学部は昔から砂丘の緑化に取り組んできました。 その技術は世界の砂漠の緑化に貢献できるのではないでしょうか。
もっとも 植林の意味から教えなければならないでしょうけれども。


 

-

田舎の中山間農林村地域に住まう者です。

最近、後継者がいないから、という理由で田畑が宅地化され、後継者もいない、超高齢化、過疎化のはずなのに、誰が住むのかもわからないマンションやアパート等が次々と建設されるという不思議な現象が起きています。

以前、小学校の副読本の話がありましたが、こういう現状を間近に見ると、本当にその必要性を感じます。

地元不動産屋のボンボンが、少しかじった経済学から、少し先のインフレでも夢見ているのでしょうか。

その知識を得ることができるように、立派に成長できたのも、先達が守ってきた地域の歴史、伝統があってのこと。

しかし私自身、つい最近まで歴史と伝統を語ることを、何かしら格好が悪いことのように感じていました。

そう思えるよう、学校教育を受けてしまったんですね。

水間政憲氏のブログで、中山斉彬さんが地元地方紙に叩かれていることを拝読しました。こうした地方の農村部まで入り込んだ反日勢力の狡猾さ、しぶとさ、強かさに改めて驚嘆すると共に、これに対抗するためには子どもたちの教育の在り方、何よりも私たち自身の再教育の在り方を真剣に考え、実践することが、一番の近道だと思いました。

急がば回れ。これも有り難い先達の教えでしたね(笑)

-

涙、涙の「東條英機の霊言」
東條英機が流す無念の涙・・・

・憲法を改正すべきなのか?
・中国の軍事的脅威にいかに立ち向かうか?
・日本がアメリカに主張すべきことは?
・満州国は日本の傀儡であったのか?
・靖国参拝の意義とは?
・従軍慰安婦や南京大虐殺の真実は?
・東條英機は今、どのような境遇にあるのか?

◆今、なぜ、東條英機なのか?

・日本が滅びないためには、憲法改正が必要です。護憲派や韓国、中国、
アメリカからの“雑音”を跳ね返し、憲法改正を実現していくためには、
自虐史観を払拭し、日本人としての自信と誇りを
取り戻さなくてはなりません。

本霊言は、そのために極めて重要な、すべての日本人必聴の霊言です。

収録会場は、霊人の激誠の涙に、心を揺さぶられました。

◆本当に、日本は悪い国だったのか? 太平洋戦争70年目の真実が今ここに

◆靖国参拝はいかにあるべきか?

◆今こそ、自虐史観にピリオドを打つ時!

◆聞け!命がけで日本を護り散っていった
300万人の英霊たちと 東條英機の魂の叫びを!

東條英機が
「なぜ、日本は戦争に突入したのか。開戦前夜の日本の置かれた状況」
について語ります。
本霊言を拝聴することで、私たちの歴史認識は正しいか、
戦後教育に毒されているのではないかということを実感できます。
霊言に立ち会った聴聞者の多くが涙した霊言ですので、是非ご拝聴下さい。

【開催場所】
幸福の科学 支部・拠点・精舎
http://blog.goo.ne.jp/sakurasakuya7/e/dad90fd086a259ebc713536091b2b580

はっちょもん

心の植林
私達の集落は区民で維持している区有林があります。

昔は集落でのきまりがあり、雑木などは自由に切り出して蒔木に使ってもいいことになっていたそうです。
松茸やきのこも所有者に関係なく狩ってもよかったのです。

また、所有者の決まってない奥山を「分け山」として集落民の全戸に分配登記して所有しています。
年に2回「区総出」で山林の手入れと植林、林道の整備をしてきました。

最近は分収造林事業の累積債務超過で補助事業の撤退など、今後の林業推進計画の抜本的改革をしなければならない時期にきています。

経営体質も重要ですが「国民の心に緑の感謝を植え付けていくこと」こそ重要なことだと思います。

Belinger

No title
◯ 世界史に見られるランドパワーとシーパワーの戦略VOL82
 江田島孔明

 今回は、今後の文明のあるべき姿について、考えてみたい。

 西欧で起きた産業革命以来、文明のモメンタムは、シーパワーに主導された「利益の追求」によってなされた。それを資本主義と呼んでありがたがってきたわけだが、弊害として、共同体の喪失や自然環境の破壊が起きた。
 過去の文明の衰亡には、家族や地域の助け合いや相互扶助の欠乏というのは決定的に影響していた。日本もそのパターンにはまりつつあるのである。さらに西欧近代の自然科学を基盤とした進歩、競争するだけのベクトル、モメンタムは結局文明を衰亡させる。
 かっての地中海沿岸が緑深き沃野だったのが、開発により緑(レバノン杉)を失いやがて滅びた。翻って日本の江戸期など山林開発に禁制を設け、枝一本は腕一本、一木は首一つといった重大な罪に問い、しかし260年の安定を維持したことの対比は重要である。
 シーパワーは危機に際して、新たな枠組みを作ることによって先へと進み、未来を切り開いてきた。その先進性、開明性は今後「利益」、「個人」、「進歩的発展」から、「環境」、「共同体=個人ではなく他者との絆」、「持続的発展」へと向かうであろう。

(中略)

 さらに、地域が今後の重要な社会集団となることは疑いなく、企業も社員の地域活動を積極的に後押しすべきである。地域の青少年と中高年の交流の場を設け、青少年の夢、未来に対して、中高年がバックアップし、積極的に投資する枠組みを設けるべきである。

 華僑や金融資本がバイタリティーを失わない、真の理由はこのやり方を歴史的に維持することにより達成される世代間の連帯にある。この実現により、そのほとんどが中高年に所有されている、日本の1200兆円といわれる金融資産は有為な投資先として、次世代を担う「人」の育成に回るのである。無意味な金融商品で浪費するよりはるかにましである。

(中略)

 日本人の精神性を語る上で、神道的多様性(八百万の神々)という思想は重要である。それぞれがそれぞれに貴いものを持ちながら、みんなで一緒に調和しつつ、しかもその全体が最適になる社会をつくるのだという発想が、日本人の原点にある考え方のだ。 

 砂漠の神を戴く一神教及び金融資本にフリーハンドを与えた結果、部分最適と個人の利益が極大化した結果、世界環境は重大な危機を迎えている。彼ら自身のパラダイムで現代の諸問題は解決できない。

 新たなパラダイムは我々日本人が提案して示していかなければならない。日本こそが、ランドパワーを内部に包摂し、しかもシーパワーの論理性をも兼ね備えた文明を世界に示しうる。

 多神教に依拠する縄文と弥生の頃から、日本の歴史は両者(ランドとシーの両パワー)の「対決から止揚」というパターンをとった。近代のパラダイムを相克することは、世界に唯一の「多神教シーパワー」日本にしかできない。

 現代において、日本こそが人間と自然や社会の発展を高い次元で両立させているのであり、基盤である最古、最長の文明の縄文が一万年以上に渡って自然と調和を保ち持続的発展を遂げた意義を、再度見直さなければならない。

 今後、日本は金融資本と直接、間接に向き合っていくだろう。そうした中で、金融資本が日本を飲み込むか、または、日本が金融資本を飲み込むかが、世界史の転換点になっていくだろう。

 今こそ世界レベルでシーパワー諸国に日本の文明史的意義を訴え、理解、実践させるべき時なのである。「環太平洋連合」樹立の真の意味はここにある。
以上
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小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
連絡先: nezu3344@gmail.com
電話:080-4358-3739
出身:静岡県浜松市
住所:千葉県野田市
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「明治150年真の日本の姿」、「日本と台湾の絆」、「奇跡の将軍樋口季一郎」、「南京事件は4度あった」、などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。
日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
《著書》
『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』
『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦
『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』
『誰も言わない ねずさんの世界一誇れる国 日本』
最新刊
『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』
『ねずさんの世界に誇る覚醒と繁栄を解く日本書紀』

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