女殺油地獄



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女殺油地獄


享保6(1721)年8月7日、およそ300年前の今日ですが、大阪の竹本座で、近松門左衛門の人形浄瑠璃「女殺油地獄(おんなころし あぶらのじごく)」が初演となりました。
近松門左衛門といえば、曾根崎心中や国性爺合戦、心中天網島など数々の大ヒットを飛ばした江戸中期の人気劇作家で、しかもこの「女殺油地獄」は、近松門左衛門が脂の乗り切った晩年の作品です。

さぞかし連日長蛇の列の大人気となったかと思いきや、なんとまるで売れませんした。
しかもこの作品、その後もずっとお蔵入りしたままでした。

再び世に出たのは、明治も終わりの明治42(1909)年になってからです。
坪内逍遥(つぼうちしょうよう)が「近松研究会」でこの作品をとりあげ、この年に歌舞伎で再演させて、なんとか復活を試みたのです。
しかも明治のこのときの舞台も、はたまた不人気で上演打ち切りとなりました。
大正13年には映画化までされていますが、これまたあまり人気が出なかったようです。

ところが戦後になると、昭和27(1952)年に人形浄瑠璃で再演されるやいなや大人気を博し、昭和24年には坂東好太郎で映画化されてヒットを飛ばし、昭和32年には新珠三千代、昭和59年には松田優作と小川知子主演、平成4年には樋口可南子主演、平成21年には藤川のぞみ主演など、テレビ・映画で都合7回も上映されています。
また舞台でも市川染五郎の代表的人気舞台として、圧倒的支持を得るようになりました。

江戸から明治にかけて、まったく人気のなかった作品なのに、戦後になったら、突然人気が出る。
いったい何がそうさせたのでしょうか。

筋書きやに変化はありません。
ということは、変化したのは、観客の側です。
つまり観客の側に、何かの変化があったということです。
では、それはいったい何でしょうか。

「女殺油地獄」のストーリーは、次のようなものです。
=======
大阪天満の油屋の店主、河内屋徳兵衛は、番頭あがりで店主になった人でした。
なので店主でありながら、養子なので、なにかにつけ、遠慮がちでした。
それを良いことに、義理の息子の与兵衛は増長し、店の有り金を持出しては新町の遊女に入れあげていました。いわゆる放蕩者となっていたのです。

あまりの放蕩ぶりに、さしもの母も呆れて、徳兵衛とともに与兵衛を勘当してしまいます。
けれど小遣い銭に事欠いては不憫だからと、むかえの油屋の豊島屋の女房お吉が、密かに与兵衛に銭を与えます。
ところがそんな親切も遣い果たしてしまった与兵衛は、遊ぶ金欲しさに、高利貸しから金を借ります。
それもなんと、義父の偽判を用いてのことです。
しかも返せない。

高利貸しからの借金を返せなければ、きつい取立を受けるのは、いつの時代も同じです。
追いつめられた与兵衛は、豊島屋のお吉に急場しのぎの借金を申し込むのですが断られてしまう。
にっちもさっちもいかなくなった与兵衛は、ついにお吉を惨殺し、店の掛け金を奪います。

そして何食わぬ顔でお吉の三十五日の法要に出席した与兵衛は、たまたま天井でネズミが暴れたことで、殺しの現場で与兵衛がお吉の血潮を拭った借金の証文が落ちてきて、犯行が露見します。
そして直ちに召し取られてしまう。
========

この「女殺油地獄」の最大の見せ場は、タイトル通り油屋の店内で行われるお吉殺害のシーンです。
油屋ですから、周囲に油のはいった樽がいっぱい置いてあります。
お店のなかでもみ合ううちに、油のはいった瓶(かめ)が倒れます。
床じゅうが油だらけになる。
そのなかを、、刃物を持って殺そうとする狂気の与兵衛、殺されまいと逃げまわる恐怖のお吉、二人が油でツルツルと滑りながら、特に人形浄瑠璃では、およそ生身の人間では考えられないほどに、滑るシーンが描かれていて、葛藤する。


ここが「女殺油地獄」の鬼気迫る名場面です。
ところが、ここがまさに印象的な名場面だったからこそ、江戸や明治の人々には、この物語がまったくウケなかったのです。

殺しのシーンだから、ということではありません。
殺しのシーンでいうなら、四谷怪談にしても、番長更屋敷にしても、あるいは赤穂浪士や曾我兄弟にしても、そういうシーンはあります。

ただ、それら作品に共通しているのは、主題が殺し合いそのものにはなくて、「不条理を働いた者が、最後は条理によって成敗される」という、いわば勧善懲悪な筋書きです。
そしてここそが、「女殺油地獄」ともっとも異なる点といえます。
なぜなら「女殺油地獄」は、殺しのシーンそのものが、作品の最大の見せ場であり、主題になっているからです。
つまり不条理そのものが題材化され、描かれているのです。

もうすこし詳しくみてみると、四谷怪談は、夫の伊右衛門によって不条理な殺され方をしたお岩さんが、化けて出て、最後は伊右衛門を成敗しています。
番長更屋敷は、お揃いのお皿を割ってしまったお菊さんが、不条理にも殺害されてしまうのですが、化けて出ることで最後は自分を殺した主家を滅ぼしてしまいます。
赤穂浪士も、不条理を働いたとされる吉良上野介(あくまでも芝居の上です)を、浅野内匠頭の家臣らが条理によって成敗しています。
曾我兄弟も、不条理によって殺された仇を、条理によって討っています。

ところが「女殺油地獄」は、放蕩という不条理を働く与兵衛が、不条理にもおむかえのやさしくて人物のできた若奥さんを不条理にも殺してしまう。
つまり、不条理の二乗です。
最後は逮捕されたとはいっても、与兵衛がその後どうなったかはわからない。これまた不条理です。
つまり「女殺油地獄」では、最初から最後までが不条理だけの構成なのです。

こういった設定は、現代の小説やドラマ、映画なら、それなりにウケそうな気もします。
ところが江戸から明治にかけての日本社会では、たとえそれが高名な近松門左衛門原作であっても、まるで受け入れられませんでした。

物語というものは、舞台にせよ映画にせよ、あるいはこうした文章にせよ、そこに「共感」があるからヒットするといわれています。
共感は、すなわち感動を呼び、感動は連鎖するから客が入るのです。
逆に共感がなければ、そこに感動はなく、感動がなければ連鎖もありませんから、舞台は人が寄り付かなくなり、舞台も商売ですから、そういう作品はお蔵入りするしかなくなるわけです。

「女殺油地獄」の場合、そこに共感はありません。
あるのは狂気と恐怖だけです。
けれど怪談とも違います。

江戸から明治にかけての人々が舞台に求めたのは、「どんな不条理でも、最後は条理が勝つ」という点にあったのではないかと思います。
怪談でさえ、最後には殺されて幽霊になった側が勝つ。

ところが「女殺油地獄」は、どこまでも不条理です。
そして不条理そのものが美学のように演じられる。
そしてその美学が、230年間も人々にまったく受け入れられなかったのに、戦後の日本人には受け入れられたのです。
だから「女殺油地獄」は、戦後いきなりの大ヒットとなりました。

そこには、大東亜戦争を戦った日本人、そして勇敢に戦ったのに、勝つまでは我慢しようと、贅沢を絶ってみんなが本当に頑張ったのに、そんな仲間たちの命を失った・・・つまり外地にいる人も、内地で銃後を守った人たちも、みんなが条理を保とうと戦ったのに、不条理にもそれが破れてしまった。そんな感傷が、結果として最初から最後まで不条理しかなく、狂気と恐怖が支配する「女殺油地獄」を、世に受け入れさせたといえるかもしれません。

「女殺油地獄」が書かれた享保年間というのは、八代将軍吉宗が享保の改革を行った時代です。
享保年間は20年続きますが、この時代を象徴するのが、先日も書きましたが、犯罪者の少なさです。
とりわけ江戸では、伝馬町の牢屋に入った犯罪者が、20年間で0人です。
お役人がさぼっていたわけではありません。
犯罪を犯す人がいなかったのです。

「女殺油地獄」も、実際にあった事件を題材にしたとはいいますが、実際にあったのは、若旦那が郭(くるわ)通いにウツツをぬかして、店のカネに手をつけて追い出されたというだけの話です。殺人事件そのものは、近松門左衛門の創作です。

なぜ犯罪が少なかったのかといえば、人々がひとりひとり、みんなでちょっとずつの我慢をして、条理を保とうとしたからです。
そしてそんな「条理を保つ」ことが、日常化されたあたりまえの社会だったからこそ、「女殺油地獄」のような「不条理」だけを題材にしたような作品は、たとえどのように舞台を美しく飾ったとしても、たとえそれが大御所の呼び声高い近松門左衛門の作品であったとしても、人々は眉をひそめ、敬遠したといえるのではないでしょうか。

そしてこの傾向は、幕末から明治期まで、ずっと続きました。
明治初期に来日した英国人の紀行家イザベラ・バードは、日本で盛大なお祭りを視察したときのことを、次のように書いています。
=========
警察の話では、港に2万2千人も他所から来ているという。
しかも祭りに浮かれている3万2千の人々に対し、25人の警官で充分であった。
私はそこを午後3時に去ったが、そのときまでに一人も酒に酔ってるものを見なかったし、またひとつも乱暴な態度や失礼な振舞いを見なかった。
私が群集に乱暴に押されることは少しもなかった。
どんなに人が混雑しているところでも、彼らは輪を作って、私が息をつける空間を残してくれた。
=========

たった25人の警察官で、3万2千人の人に対応し、しかも事件も事故もまったく起こらなかった。
日本はそういう社会だったのです。

明治時代に東京市長(昔は東京は“市”でした)を勤めた後藤新平は「江戸の自治制」という研究書を書いていますが、そのなかで、「なぜ江戸社会が犯罪のない社会であったか」ということについて、江戸時代の人々が「きわめて人々の徳性(とくせい)が高かったから」と述べています。

「人々の徳性が高い」というのは、「民度が高い」というより、もっと上の状態にあることを示します。
それだけ徳性の高い住民たちだったからこそ、たとえ舞台などの芸事でも、あまりにも不条理なものは、かえって敬遠されたわけです。

これからの日本を考えるとき、世界中の人々がこれからもっともっとたくさん日本にやってくるようになろうかと思います。
世界中の人々がある程度の豊かさを得ることができるようになったこと、人々の交流が盛んに行われるようになったこと、そして世界中の人々から、日本が魅力的な国になればなるほど、日本にやってくる外国の人は増えるものと思います。

思うにそのとき日本人は、日本人としての徳性を放棄し、民度を下げるという選択をするのが正しい道なのでしょうか。
それとも日本人らしい高い徳性を維持し、ますます民度をあげることで、世界中の人々に良い影響を与える国となっていくことが、これからの日本にとって、あるいは世界にとっての正しい選択なのでしょうか。

選ぶのは、私たち国民です。
そして日本の未来は、とっても厳しい言い方をするようだけど、いまを生きるいまの日本の大人たちの双肩にかかっていると思うのです。

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コメント

特亜消尽

江戸時代の状況を現代風に理解したら、御祭の警備(三万人規模)の警官が所轄交番+近隣交番+本署派遣程度の人数で無事故警備が出来たのに現代は機動隊全隊を動員しないと無事故警備が出来なくなっていると云う訳ですか?
江戸時代に道徳レベルを戻そうとしたら①徐特亜=在日特亜人追放+入国禁止②入管厳格化=特亜人(血統的)入国禁止+前科外国人排除③サヨク追放が必要ですな。

ゴルゴ31

戦後の東京という街は、己の都合しか頭にないチョーセン系の人間(?)とソレに感化され同化してしまっている日本人と「二十四の瞳」の登場人物のような生粋の日本人が混在・共存(?)している、あるいはさせられてしまっている不思議な街。というのが、タクシー運転手をしている私の感想です。

よって、「女殺油地獄」が戦後に大ヒットしたということは、この感化同化系(韓ドラ韓グル玉入れに夢中になっている人達も含む)の人達が相当多いということになりますね。~あくまでも私個人の偏見ですが・・~


梅子

興味深い記事をありがとうございます。
子供の頃は「勧善懲悪」の時代劇を親と一緒によく見ていました。お決まりのストーリーですが、見ていて心地良いんですよね。。
悪いものは必ず罰を受ける。悪い事をしたら必ずばれる。悪いことはしてはいけない。善人は必ず報われる。当時の制作者がそういう思考だったのでしょう。

ところが現代は…勧善懲悪は子供が見るヒーロー戦隊かアニメくらいでしょうか。
作り手が成り済まし日本人になった影響でしょうか?
反日マスコミ、今すぐにでも解体して欲しいです。

ラベンダー

ねずさん、こんばんは(^-^)/

条理と不条理ということでの作品のご紹介ありがとうございました。

ねずさん独特の解説でした。

歌舞伎の「女殺油地獄」をYouTubeで見てみました。
こんな残酷なシーンでも美しかったし、芸術と感じる演技でした。
また歌舞伎を見に行きたくなりました。

junn

GHQ発禁図書「大東亜戦争とスターリンの謀略-戦争と共産主義」
http://oncon.seesaa.net/article/4412858.html

あ太郎

もういい加減、原発を再稼働させないとヤバイんじゃないか?

電気料金値上げで、せっかくのアベノミクス効果が失速してしまう。

野党もマスコミも、電気料金値上げの危険性については何も言わないね。

junn

慰安婦の像に「ノー」をつきつけた
米国在住の日本人たち

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/38397

おかざき

スレ違いですが
日本企業の内部文章が中国のネットに漏洩し閲覧をされている件
企業のシナ人から漏れていると思われませんか。
企業と被雇用者の契約、倫理感の欠如がみられます。
企業との関係より『家族』の利益が優先、っておかしい。
法や倫理より目の前の利益が優先する、その為なら何をしてもいい。

そんな国とは付き合えないと思う。
シナから日本企業は撤退すべき。(もちろん朝鮮とも断交)
ビジネスをやめても大きな損害にはならないと思う。
いつまで日本は、企業は、私たちは騙され集られるのでしょうか。
いい加減に目覚めましょう。

電光石火

備えあれば憂いなし2
すいません。表現が甘過ぎたので、訂正させて頂きます。「安らかにお眠り下さい」と合掌します。

電光石火

備えあれば憂い無し
先日、世界的に有名なアニメ監督の宮○氏の憲法改正に反対の発言に対して、大変に失望しました。というより、かつてない程の強い憤りを覚えました。現在の日本は、「今、そこにある危機」を通り越して、危機が強引に鍵を壊して自宅の扉を開けてしまった状態です。確かに、彼の作品は幻想的な画が多く、美しく見えます。何よりも、彼の作品を愛するのは、多くの子供達です。彼の理想とする世界が実現したら、日本の子供達は、どうなってしまうのでしょうか?中国や朝鮮半島や他の共産圏、独裁国家の子供達と同じ様になってしまう事を分かっていないのでしょうか?思想の違いとはいえ、空恐ろしい事です。私は、その彼の空恐ろしい思想に「安らかにお休み下さい」と合掌しますっ。

ポッポ

不条理という言葉は、常識が通じないということで、言い換えれば正しいことが通じないと解釈すれば良いのでしょうか?

李王朝に国を統治する能力がなく、日本に併合を依頼した朝鮮が初代の統監である伊藤博文を暗殺しておいて、暗殺者の安重根を英雄とする。また、日本は植民地ではなく併合としたため、教育を初めとして社会インフラを日本並みとしなければ羽目になった。この事を各マスコミは植民地にしたなどと日本を加害者として描いていますが、日本は朝鮮を併合としたために多大な資本を注入していたことを忘れています。
欧米の植民地の宗主国は、自国が植民地に対して取った政策を日本がしていないことを知らない、または知らないフリをして、日本を彼らと同じと思い込み、日本を悪し様に言う。
日本の併合政策は失敗で、植民地として扱うべきでした。
もっとも、植民地として扱った台湾は、今も親日国です。・・・・・不条理だと思いますが、台湾の方々は、日本の統治前には戦闘的な部族で、どちらかというと原始的な生活をしていたような気がします。
でも、台湾の方は、生活はともかく民度が高かったと思います。


アントニオ猪木氏が、北朝鮮を訪問してきました。
その後の発言で気になったのは、アントニオ猪木氏が講演で「拉致問題が解決したら、我々は幸せになりますかね?」と発言されていることです。
そして、日本の拉致名簿は数字がどんどん変わり、日本で死んでいる人もいる。そういった名簿を提出して 解決しようとしても、北朝鮮側からしたら「そんないい加減なことを言ってくるなよ」となるとも、発言されています。

拉致をされたこと自体が問題であり、このため拉致をされた被害者が今もいることが、家族を苦しめています。そして、拉致の被害数が変わるのは、当たり前でしょう。小泉首相が初めて北朝鮮に行ったときは、拉致を認めさせることから始まったのです。そして、これをやっと認めさせたのです。
北朝鮮はそのとき、拉致被害者を日本に提出しましたが、その資料は正確だったのでしょうか? 遺骨も捏造した、出鱈目な偽物でした。

それだけではないです。
先日の報道でも、元北朝鮮兵士は日本海で漁船を拉致し、乗組員の内1名は連れ帰り、他の乗組員は船と一緒に沈めると言っていました。この事件は、日本においては海難事故と思われていたのですが、類似の事件は他にもあるのでしょう。

日本に拉致の全貌が分かるはずがありませんし、被害者(拉致された方と亡くなった方)の詳細が判るはずもない。知っているのは、犯罪者だけです。そして、この事件は国家による日本への侵略事件です。
「拉致問題が解決したら我々は幸せになりますかね?」は、北朝鮮の希望でしかありません。
アントニオ猪木氏には、猛省を促したいと思います。
同じ日本維新の会の同志ではありますが、中山恭子氏ならばこんなことは考えられなかったと思います。

国民は国家のために、税金を納めます。
国会議員は国家の方向を誤らず、よりよい方向に導くために存在すると考えますが、その最も基本的なことは、国家の領土の維持と、国民を安全を保つことです。
拉致事件は、国土に北朝鮮の正規兵が上陸し、日本国民を拉致した国家による侵略事件です。軽く考えられたら、国民は安心な生活を送れないのです。

1949

テレビの内容も画面もおかしい?
スレちがいですが^^日頃思うところを・・・・・
最近のテレビは番組の内容もですが画面に要らない情報があり過ぎ
色使いも多過ぎです。それと話していることを何故文字でいちいち
流すのか?耳の聞こえない人の為なら文字放送切り替えて見えるよ
うにすればいいと思う。つまり映画の字幕もそうですが文字を読ん
でしまうから喋っている人間の心を察知できない訳です。
人は言葉だけでなく相手の目や口元、その息づかいで相手の言わん
とすることと相手の心を読むことが出来るのだと思う。それと画面
の脇にスタジオのゲストや司会者の顔を出す・・・・
これが非常にうっとうしい。美しい自然や外国の光景などに芸人の
間抜けな顔が出てくると興ざめです。我が家では四角い紙を貼って
しまいます(笑^^昔はこんな画面は無かったんだが・・・・。

 名無し

大東亜戦争に不条理を感じるのはあの戦争がもたらした功績をきちんと教えていないからではないでしょうかね。
祖国植民地化阻止、アジア諸国の独立促進、白人帝国主義の終焉など。
これらの歴史的な意義をアメリカに押し付けられた歴史観で覆い隠されてしまったことで、我々の大部分は大東亜戦争を不条理極まりない、全く無意味な戦争と捉えてしまっている。
不条理な作品がウケる社会というのは、どこか人々が歪んでいて不健全なのではという気がします。
日本の歴史を取り戻し、大東亜戦争の意義をきちんと教えていくことがやはり大事だと思います。そうすれば、女殺油地獄もまたウケなくなったりするかもしれませんね・・・。

団塊の世代の後輩

「勧善懲悪」は大好きです、人はこれをVSOP=ベリイスペシャルワンパターンといって笑いのネタにしますが「勧善懲悪のどこが悪いのだ!」と私は逆に凄みます。武道は自分の正しさを守る武器として続けてきました。「悪い奴らをぶん殴れ!、その前に自分の力を見せつけろ、正しい者が強ければ世の中は平和なのだ!」以上、不条理は大嫌いです、たとえそれが芸術というオブラートで覆われていても自分のポリシーに合わないからです。

-

条理から不条理へ の逆
いつも有意義なお話ありがとうございます。

仮定を言っても仕方がないのですが、もしこの物語を400年前、500年前に披露することが出来たら、観客はどう反応したのだろうかと考えてしまいます。大東亜戦争と違って、戦争当事者の数が少ないから下々の庶民にはやはり不人気となるでしょうか。そうであれば、戦国時代の武士に限定してみれば、平均的な反応はどうなるだろうか等と考えてしまいます。

 江戸・明治期⇒現代の観客のメンタリティの変化が生じたのであれば、その逆も起こっていた時期があるはずで、徳性の高い国民を目指すにしても、現代人が参考とすべき変化は16世紀末~徳川吉宗の時代に至る過程が参考とすべき示唆の富んだ変化を起こしているかもしれませんね。

 勝手な思い込みですが、戦国時代を日清日露~大東亜戦争と重ねあわせ、元禄時代と昭和後期を重ねあわせ、現在を徳川吉宗の時代前夜と見立てる事は無理があるでしょうか? ねずさんのおっしゃる通り、今後200年の徳性は現代人の選択にかかるのです。

名無しのネズミ

スレチですみません
おはようございます。
お辞儀 びっくりしました・・コンスって あれ韓国のお辞儀だったんですね。
私は接客業を長く数カ所でやっておりましたが
西◎では もう30年以上前から あれを教え込んでいました。
その昔 堤王国だったときは 3種類の定規があって それを背中にあてられて
練習させられました。びっくりとともに 真っ青。。。
その頃から 地味に地味に洗脳してたんですね。
思いだしてみれば 丸◎は そのようなお辞儀は当時はしてなかったと
思います。無くなってしまいましたけど。

ヨー◎ドーは10年少し前 私が勤務していた頃は 開店挨拶の時に
店長などは きちんと日本式だったように記憶しています。
そんな風に肘はらないでとか 注意をしてた記憶があります。
今はわかりません。

あと この笑顔を見てほしいの写真を見たとき
義父の兄を思いだしました。私は写真でしか見たことはありません。
昭和20年6月20日に沖縄で戦死しております。骨箱には どこぞの石かも
わからない石が3個ほど入って来て それがお仏壇にずっとそなえてありました。
出征する時に置いて行った 爪と髪の毛も。
もう何年も前に 50回忌の時に ようやく全部お墓に治めました。
あとちょっとで 終戦だったのに。25歳でした。96で亡くなった義祖母は「未だに
帰って来る気がする」と寂しそうに笑っていたのを 昨日のように思いだします。
義祖母も亡くなって20年近くたつのかしら・・・せめて天国であえているといいなと思います。

谷内口 博

いつもありがとうございます。
この日本人の高い徳性というのはなんなんでしょう。
確かにイザとなると震災などでの人々の振る舞いに他所とは
違うなと思うことはあるのですがしかし在日などの行為は
さておいても日本人も落ちたなと思うことが多いです。
勿論私自身もそうなのですが。この江戸期における日本人が
逆に異常なのではないでしょうか?
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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
連絡先: info@musubi-ac.com
昭和31年生まれ。浜松市出身。上場信販会社を経て執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」を運営。またインターネット・ブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。「歴史を学ぶことでネガティブをポジティブに」という理念を掲げ活動する。古事記・日本書紀・万葉集などの原文を丁寧に読み解き、誰にでも納得できる日本論を発信。

《著書》日本図書館協会推薦『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』、『ねずさんと語る古事記1~3巻』、『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』、『ねずさんの世界に誇る覚醒と繁栄を解く日本書紀』、『ねずさんの知っておきたい日本のすごい秘密』、『日本建国史』、その他執筆多数。

《動画》「むすび大学シリーズ」、「ゆにわ塾シリーズ」「CGS目からウロコの日本の歴史シリーズ」、「明治150年 真の日本の姿シリーズ」、「優しい子を育てる小名木塾シリーズ」など多数。

講演のご依頼について

最低3週間程度の余裕をもって、以下のアドレスからメールでお申し込みください。
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