快傑ハリマオ(1/3)



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今日は台風の影響もあって雨が降っていますが、夕方には小降りになるようです。
ですので、東京・小平市の私の講演は、18時より小平市中央公民館で予定通り開催します。
1 日時 9/15 18:00〜20:30
2 場所 小平市中央公民館 2F 講座室2
     小平市小川町2-1325
3 テーマ 
 「“従軍”慰安婦の嘘」
 「南京大虐殺の嘘」〜私たちは今、何をすべきか〜
4 資料代 1000円
5 講師 ねずさんこと、小名木善行
6 主催 誇りある日本の会
7 協賛 愛国者市民団体新日の丸友の会、英霊の名誉を守り顕彰する会、黒田裕樹の歴史講座、国民運動草の根神奈川、真正保守草莽会、相州さくら会、多摩さいずかわら版、桃下村塾、日本の心をつたえる会

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ハリマオ
怪傑ハリマオ


さて、今日から、3日連続モノで、ハリマオを特集してみようと思います。
実はこのお話は、4年前に一度アップしているのですが、先般、これをリニューアルして「ねずブロメルマガ」に掲載したところ、多方面から「感動した」、「とてもわかりやすかった」とのお声を頂戴しました。

そこで、同文を、このねずブロでも掲載してみます。
ねずブロメルマガ」の記事は、3回の連続ものでしたので、こちらでも、同様にしてみます。
たいへん重要な何かを、きっとこの実話から得られるものと思います。

なお、ねずブロメルマガは月840円の有料ですが、ご興味のある方は、是非、ご購読なさってみてください。
文章は、毎回、たいへん読みやすいものとなっています。
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快傑ハリマオ(1/3)

ウルトラマンや仮面ライダーが流行るよりずっと以前、少年達の心を奪った主人公が、「黄金バット」と「快傑ハリマオ」でした。
「黄金バット」空想上の人物ですが、「ハリマオ」は、実は、実在した人物です。
本名を谷豊(たにゆたか)といいます。
谷豊は、妹を支那人に惨殺され、復讐のために三百人ほどの地下組織を持つ義賊となり、支配者である英国人や支那人を襲い、奪った金品は私有せず庶民に与えた人物です。
マレー人になりきっていたけれど、陸軍中野学校出身の藤原機関員神本利男に日本人であることを覚醒され、日本軍のマレー作戦に協力し、三十歳でお亡くなりになっています。

谷豊は、明治四十四(1911)年、理髪店を営む父、谷浦吉の長男として生まれています。
豊が生まれてまもなく、一家はマレーシア北東部のクアラ・トレンガヌという大きな街に移住しました。
ここは美しいマレーシアの島々への玄関口として、いまでも多くの日本人観光客が訪れる地です。

けれど「教育は日本で受けさせたい」という親の意向で、豊は、大正五(1916)年、五歳のとき、ひとり日本に帰国しました。日本で祖父母の家に滞在し、福岡市立日佐小学校に入学しました。

小学校を卒業した豊は、大正十三(1924)年、再びマレーシアへ戻っています。
マレーの友人たちと一緒にタコを作って揚げたり、ボクシングをしたりして、楽しい青春を過ごしました。

天性の運動神経と、気の強さで、彼は喧嘩がものすごく強かったそうです。加えて喧嘩っ早い。
豊のまわりには、いつも人が集まっていたそうです。そして十九歳でマレー人のワンシティさんと結婚。イスラム教に改宗しました。

昭和六(1931)年、二十歳になった豊は、祖国の役に立つために立派な軍人になろうと単身、日本に帰国しました。
ところが身長が足らなくて「丙種合格」となりました。
「丙種合格」というのは、要するに不合格ということです。
祖国のお役にたちたいと願う豊にとって、このことは、かなりショックだったようです。

やむなく豊は、福岡のアサヒ足袋で働くようになり、その後、福岡市内の鉄工所に就職しました。
この頃、豊は、仕事を終えると美野島や柳町の飲み屋によく出かけていました。兵役に就けなかった寂しさもあったのでしょう。繁華街でよく喧嘩をしています。
小柄で細い豊は、相手に舐められるのだけれど、サッと懐に飛び込んで、相手の腹や顎を強打します。たいていの相手はこれで一瞬でノックアウトされたそうです。

給料をもらっては、友人たちと博多に飲みに出かけてました。博多には気になる女性もいたようです。
豊は、当時自分名義の田を六畝相続で持っていたのですが、これをいつの間にか売り払いました。
一部は飲み代になったけれど、そのお金のおおくは、まるごと貧しい家庭の友人に恵んでいます。

気風(きっぷ)が良くて、頭が良くて、喧嘩が強くて、あたたかくて色男。豊のまわりには、いつも友人が集まっていました。

ちょうど、それとおなじ頃・・・・・。

マレーシアでは、在マレーの支那人たちが、いたるところで排日暴動を起こしていました。
支那人の気質というのは、戦前も戦後も変わりません。彼らは要するに中華思想が根っこにあるわけで、それは、東亜は、すべて支那が世界の中心の国であり、周辺国である日本やウイグル、チベットなどは属国である、という思いこみです。

ですから欧米はハナから敵対国だから支那を侵略してくるのは、ある意味仕方ないことだけれど、自分たちより格下の日本が支那より強かったり経済力があったりするのはケシカランと考える。どうみても非常に次元の低い観念だけど、人間というのは、とかく次元の低い感情ほどムキになるし熱くなるものです。

支那人たちは、マレー国内で暴徒の集団を作り、日本人を襲いました。各所で、日本人の営む商店や家屋を襲い、金品を奪い、男を殺し、女を強姦し、残酷な方法で殺害しました。

昭和七(1932)年十一月、マレーシアの小さな床屋だった谷家も、支那人の暴徒たちによる襲撃にあいました。
襲撃の少しまえに、谷家では、一家の大黒柱だった父親が急逝していました。ですから谷家には、母と、妹のシズコと、弟の繁樹しかいません。

この日母は、たまたま出かけていて留守でした。
弟は英語学校に行っていました。
家には、たまたま病気で寝込んでいた妹のシズコひとりが残されていました。

支那人たちの暴動がはじまったとき、弟の繁樹は英語学校からの帰宅途中でした。
近所の人の「逃げなさい!」という声を聞いて、あわてて近所の歯医者さんの家に駆け込みました。
歯科医の窓から、彼は信じられない光景を目撃しました。
支那人の暴徒たちが、手に少女と思われる血まみれの「生首」をぶら下げて歩いていたのです。

暴徒が去ったあと、繁樹は自宅に戻りました。
そこで彼が見たもの・・・それは、荒らされ、血まみれとなった室内と、首をねじ切られた妹の惨殺死体でした。

支那人のこうした残虐性というのは今も昔もかわりがありません。いまでもウイグルやチベット、法輪功等に関して同様の集団による暴行が公然と行われています。
このときも支那人の暴徒たちは、妹の首をねじ切り、持ち去り、手に持ったり、まるでサッカーボールのように蹴り転がしていたそうです。
記録にはないけれど、もしかすると幼い妹は暴行もされていたのかもしれない。

夜になって、繁樹と隣家の歯科医は、妹の生首を奪還してきました。
そして泣きながら首と胴を縫い合わせました。

あまりの衝撃的な事件です。
事件後、生き残った母と弟は、マレーの家を引き払って日本に引き揚げてきました。

当時は、いまのように携帯電話もなければ、郵便事情も整っていない時代です。日本にいて何も知らなかった豊は、帰国した母親から、この事件の顛末を聞きました。
そのときの豊の気持ち・・・、察して余りがあります。

大切な妹を、大好きな可愛い妹を、自分のいないときに異国の地で、生きたまま首をねじ切られたのです。
どんなに痛かったろう、どんなに辛かったろう。
救うことができなかった、助けてやることができなかった。
悔しくて、悲しくて、どうしようもなくこみ上げる気持ち。

豊は、復讐のために冷たく血を冷やしました。
彼は昭和九(1934)年七月、単身マレーシアへ向かいました。

マレーのクアラ・トレンガヌへ帰ってきた豊は、昔の家の近くで理髪店を営みました。
店は結構、繁盛しました。豊は床屋を営むかたわら、妹殺害の犯人探しをしました。
妹を殺した支那人は、逮捕されていました。
裁判にもかけられました。
けれど結果は「無罪」、そしてその後は消息不明になっていました。

なぜ?と思うかもしれません。
この時期、マレー国内の経済は・・・それは今もだけれども・・・支那人の華僑が牛耳っていたのです。
そしてマレーという国の形がどうあれ、支那人たちは支那人の理屈で動きます。簡単にいえば、カネで買収して裁判の判決を無罪にしてしまっていたのです。

※明日の記事に続く

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コメント

No title
ねずブロでハリマオのお話に目を通すのは2度目です。

ネット巡りで偶然辿り着き、目にした東条英機さんの話に感動し、メルマガ登録をして、ハリマオのメルマガを読んでまた感動したのを思い出しました。

しかし当時は色々と集中できない時期で、よく読んだつもりが覚えてない所もチラホラ。なので今回、この実話のお話を再び読む事ができてよかったです。

まず何より、日本人で、そうも遠くない昔に、このような人物がいたなんて驚きです。盗むのは白人とシナ人の金持ちばかりで、盗んだ物は貧乏な一般人に渡す…まるで昔の時代劇や漫画みたいな世界!しかも殺しをしない…

正に、自分達が子供の頃に憧れた、英雄の話に心躍り、そして、その背景にある過去や、病の悲劇に心打たれました。
ヒーローっていたのですね。しかも同じ日本人に…


それと、先日のメルマガ「思いやる心」のお話も、とても感動しました。

祖母伝手ですが、
特攻前に終戦を迎えて、帰ってきた祖父が一度だけ「俺は一度捨てた命だから」と小声で言っていたという話を思い出します。どんな気持ちで言った言葉なのか

今も昔も、同じ様に生きて、笑って、泣いて、本を読んだり、釣りをしたり、自分達となんら変わりない、しかも年下の男達が、

どんな気持ちであの場所にいたのか、どんな葛藤のすえ、本当は生きていたいけど、愛する人たちを、日本を守るために、自分の命を捧げようと決意したか、

松の木に刻まれた彼らの足跡の話…、とてもとても、胸がしめつけられるような気持ちで一杯になりました。

僕達は、彼らの勇気に生かされているのですね。
改めて、そう実感する事が出来ました。


ねず先生、いつも僕らに新しい知識を、正しい歴史を教えてくれてありがとうございます。

akio

No title
マレーシアには、数年暮らしたことがありますが、人口大半のマレー系住民(約65%)は総じて、親日的です。

一方、人口比率約24%の華僑・華人(特に華人系学校で学んだ人間)は、反日的な部分を今でも持っています。

マレーシアで発生する反日的なデモは、全て華人によるもので、シナ側と連携しているものと思われます。

もともと大戦時まで英国植民地下で、うまい汁をすっていたのが華僑・華人で、アジアを開放しようと英国と戦った日本へは、反抗の動きを取っていたようです。

そういった状況の中でのハリマオの活躍、続きを期待しています。

ポッポ

No title
ハリマオの漫画は、「少年マガジン」を友達に見せて貰っていました。
テレビアニメの際の挿入歌も、わずかに覚えています。真っ赤な太陽、燃えている。果てない命の、尊さを~、だったと思います。
しかし、ハリマオが義賊となる前のことは、知りませんでした。

中国と韓国には、オリンピックの開催についても色々とやられました。
開催が決まったとたんに、すり寄ってくる様子が垣間見えます。でも、今までの反日行動は忘れてはいけません。・・・・・・倍返しです。
とりあえず、韓国食品の輸入時における食品検査フリーパスの中止と、中国食品の全品検査をする必要があります。国民の健康を維持するために、定年延長による再任用職員、又は過員を生じる職場から配置転換をすることで、これの担当者を増員すれば良いのです。

やす

F機関
F機関のスケールの大きさと崇高な理念は、今もってしても驚きです。
藤原機関長の著書「F機関」には、ハリマオが、“人間”谷豊としても描かれていますね。ハリマオの素顔を知るよい著書だと思います。

ひろし

ねずさん、いつもありがとうございます。
ハリマオは実在の人物なんですね。知りませんでした。 次回も楽しみです。 今日は希少な日曜休みなので、近所の氏神神社に伺い感謝を捧げました。 とても清々しく、さっぱりしました。やはり日本は、良いですね。

団塊の世代の後輩

No title
以前にもお知らせいただいた「鬼畜=シナ」のお話。やつらはシナ共産党のためなら反吐がでるほどウソの公言を繰り返し、我が国をおとしめるのが常套手段です。これに対抗するには真実の公言をウソの何倍も発信しなければ、お人好しの日本人は皆あのハトポッポ売国元首相のように洗脳され、公害垂れ流し大国=シナの奴隷と化してしまいます。こころして怪傑ハリマオの真実を細読いたしましょう!!!・・それにしても子供の頃わくわくして見てたテレビのハリマオ、けん銃の打ち方は今にして思えば滑稽でしたが・・
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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
連絡先: nezu3344@gmail.com
電話:080-4358-3739
出身:静岡県浜松市
住所:千葉県野田市
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「明治150年真の日本の姿」、「日本と台湾の絆」、「奇跡の将軍樋口季一郎」、「南京事件は4度あった」、などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。
日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
《著書》
『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』
『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦
『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』
『誰も言わない ねずさんの世界一誇れる国 日本』
最新刊
『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』
『ねずさんの世界に誇る覚醒と繁栄を解く日本書紀』

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