カレーライス

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カレーライス


先日のことですが、どうにも体調不良というか、元気が出なくて集中力もなくて、熱があるわけでもないのに、おかしいなあと思いつつ、晩ご飯にカレーを食べたら、いきなり元気モリモリになりました(笑)。
いろいろなスパイスの入ったカレーは、いってみれば漢方薬膳食みたいなもので、きっとカラダに良いのでしょうね。

そのカレーですが、もともと生まれたのはインドのタミール地方です。
ちなみにタミールというのは、スリランカ島の対岸あたりの地域で、稲の発祥の地ともいわれています。
前にも書きましたが、古代タミール語と、日本語には、なぜか共通する単語が多く、たとえば稲は、ine です。 姉は ane 、兄は ani 、話すは fanasu などなどです。

おもしろいのがお祓(はら)いをする「祓(はら)う」で、これが「par-avu」、さらに「ya」が太陽で、「moto」が本、なので、「ya-moto」が、太陽の昇る東の方角のもととなり、これを漢字で書くと「日本」、そして読みが「yamato」、なにかつながりがあるのかもしれません。

そのタミール地方で使われていたソースが「kari」で、そのタミール地方を含む全域を英国が支配して英語の「curry」ができました。

日本に最初にこの「curry」を紹介したのが福沢諭吉で、諭吉は安政7(1860)年に「増訂華英通語」という英和辞典を出しているのですが、この辞書の「curry」に、「コルリ」とカタカナが付されています。
その「コルリ」を実際に食べて評釈を最初に残したのが文久3(1863)年に幕府の遣欧使節団のひとりだった三宅秀(みやけひいず)です。


この人は、のちに東大で最初の医学博士を務めた人で、のちの貴族院議員になっています。
ちなみに三宅秀のお父さんが、三宅艮斎(みやけごんさい)で、江戸の蘭方医ですが、手塚治虫の曾祖父の手塚良庵らとともに江戸の「お玉が池種痘所」の創立をした人です。
「お玉が池種痘所」は、神田岩本町2丁目7番にこの跡地の石碑が立っていますが、この種痘所がのちに医学所と名前を変えて、やがて明治にはいってから旧前田家藩邸跡地に移り、東京医学校となり、さらに東大医学部となって現在に至っています。

幕府の遣欧使節団といえば、エジプトに立ち寄り、スフィンクスの前で記念撮影した写真が有名ですが、この写真の中のひとりが三宅秀で、行きの船の中でインド人のシェフからこのカレーを出され、「飯の上ヘ唐辛子細味に致し、芋のドロドロのような物をかけ、これを手にて掻きまわして手づかみで食す。至って汚なし」と日記に書きのこしています。

その後、横浜の誰もいない静かな海岸に、突然、幕府の手によって貿易港と街並が建設され(一週間で街並ができたといわれています。ものすごい早さです)、そこに暮らす英国人を通して、日本にカレーライスが紹介されました。

カレーライスを実際に食べたことを紹介しているのが東大総長を三度勤めた元会津藩家老家の山川健次郎で、彼は、明治4(1871)年、米国に国費で留学に向かう船中で、ひどい船酔いのために何も食べられなくなり、無理矢理胃袋に詰め込んだのが、カレーライスであったと日記に書いています。
ところがこのときも、カレーのドロドロが視覚的に耐えられず、カレーだけ残して、お米のライスだけを食したか。
ちなみに冗談ですが、茨城県水戸市といえば、水戸黄門様が有名ですが、その水戸に名物「黄門カレー」があるとかないとか。もしあっても、たしかに食指は動かないかもしれません。

カレーのレシピを最初に残したのは、明治5(1873)年に出版された西洋料理のレシピ本、「西洋料理通」と「西洋料理指南」です。
おもしろいもので、このときのレシピは、味付けにカレー粉を用い、小麦粉でとろみを出すところまでは良いのですが、ネギは、タマネギではなくて、長ネギを使用、そして肉には、なんとアカガエルを使用しています。
ちょっと遠慮したいかもです。

ちなみにタマネギが使われていないのは、当時の日本では、タマネギがまだ栽培されていなかったことによります。
タマネギはもともと中央アジアが原産ですが、東ヨーロッパには伝播したものの、東洋にはほとんど伝わらず、日本には江戸時代にやってきましたが、なんと食用ではなく、観賞用植物として伝えられています。
タマネギのどこを鑑賞したのかまではわかりませんが、あのまるい姿が喜ばれたとも思えず、実際、その後、観賞用としても、食用としても、全く日本では広まっていません。

これが日本国内で広く流通するようになったのは、札幌大学でブルックス教授がこれを栽培し、「少年よ大志を抱け」で有名なクラーク博士が、これでカレーライスを広めたことによります。
当時の北海道大学では、米食は禁止とされましたが、「但し、らいすかれいはこの限りにあらず」と規則で定められていました。

なんかの未来小説に、世界中の人々が宇宙ステーションの中で暮らす中で、日本人だけが「米食わせろデモ」をして、世間を騒がせるという描写がありましたが、なるほど日本人から米をとると、とたんに寂しくなるのは今も昔も未来社会も同じで、北海道大学の学生たちも、米の飯が食いたい一心で、らいすかれいに飛びついたわけです。
そんなことから、カレーに使われるジャガイモにしても、タマネギにしても、北海道はいまでも産地で、特にタマネギについては、いまも国産タマネギの5割が北海道産です。

カレーライスが普及する最初のきっかけになったのが、明治6(1873)年のことでした。
この年、陸軍幼年学校が、食堂の昼食メニューに、カレーライスを採用したのです。
栄養満点のカレーライスが、陸軍幼年学校の子供たちに喜ばれたことはいうまでもありません。

ただ、当時の洋食レストランでのカレーライス1食の値段が、だいたいいまで言ったら8,000円くらいの超高級食で、食材は全部輸入品だったわけです。
いいかえれば、いかに旧帝国陸軍が子供たちの教育に熱心だったかがわかろうというものです。

海軍でも、明治41(1908)年には、レシピが公開され、艦船内での食事に正式に採用となります。

というわけで、明治時代には、たいへんな高給食品だったカレーライスですが、これが一般化しはじるきっかけを作ったのが、大正15(1926)年のハウス食品でした。
この頃になると、カレーに使う食材の多くが日本国内で生産されるようになっていたのですが、それでもまだ、カレーは庶民にはなかなか手が届かず、ごく一部のお金持ちしか食べられない食品で、国内での普及には至りませんでした。

これが大きく変化するきっかけとなったのは、実は、昭和11(1936)年に起きた二二六事件です。
この年の2月26日から29日にかけて、陸軍の青年将校ら1,483名の兵を率いてクーデターを起こしたのですが、このときの鎮圧部隊の陣営が、帝国ホテルの裏の空き地に張られました。
そして帝国ホテルにその部隊のための炊き出しの依頼があったのです。

最近は2月下旬でも暖冬で、比較的暖かですが、当時の日本は2月といえば、冬まっさかり。
この日も大雪が降って、底冷えのがしていました。
帝国ホテルのシェフは、すぐ食べられて体が暖まるものということで、カレーライスを作ることを思いつきました。
雪の中、明日は仲間と戦わなければならないかと緊張している鎮圧部隊の兵たちに、この熱いカレーライスは忘れられない味となります。
そしてこれを食べた兵たちによって、東京の洋食屋さんにあったカレーライスが全国に広まっていったわけです。

こうして陸軍によってカレーライスは全国に広がり、いわば国民食のような姿になっていくのですが、ところが昭和16(1941)年には、大東亜戦争が勃発します。
国内で英語を使うことが禁止され、カレーライスはこの時期「辛味入汁掛飯(からみいりしるかけめし)」と呼ばれるようになります。
もっとも海軍は、そんなことにおかまいなく、相変わらず「海軍カレー」で通していました。

ところが戦時中のことです。
カレー粉を作るために必要なスパイスがなかなか手に入らない。
そこでヨモギの粉などで代用したり、生薬を配合したり、様々なカレーの代用食が「辛味入掛飯」として登場したのが、この時期でもありました。

戦争が終わっても、物資の不足はいかんともしがたい状態が続きます。
これに変化が起きたのが、昭和30(1955)年で、カレーのメーカーがカレー教室を全国各地で開いて、主婦にカレーを教え、さらに昭和35(1940)年には、テレビでのCMがはじまり、カレーの生産と消費が急速に高まりました。

小学校の給食にもカレーが採用されるようになり、カレーライスは、いわば国民食となって、おおいに発展しています。

ちなみに、台湾の方もカレーライスが大好き。
ついでにChineseもKoreanも、カレーライスが大好きだそうです。
いずれも日本が伝えた食文化です^^

そういえば、ライスカレーが正しいのか、カレーライスが正しいのか。
昔、ククレカレーのCMで、「ライスが多けりゃライスカレー、カレーが多けりゃカレーライス」ってやってたけど、ほんとかな(笑)

カレーライスひとつにも、歴史があります。
私たちは、木の股から生まれたのではない。
まして日本は、神話の時代から脈々と続く世界最古の歴史と伝統と文化を持った国です。

元気を出していきましょう!!

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コメント

takechiyo1949

カレーにもこんな歴史あり!
私もカレー大好き人間!
嫌いな方っていますか?

社用で来日した中国公民を近所のカレー屋に案内。
『カレーはインド料理なのに何で日本の国民食なの?』
カツカレー美味しそうに頬張りながら彼は聞きました。
「英国人の紹介だし、カレーは英語だから、インド料理じゃ無くて、英国の船来品?って思ったかもね」
半分想像で答えましたが、なるほど!って顔してました。

私が訪中時は、現地の我国メーカーのカレー屋さんに入り浸りです。
中国にしては少々お高い?
でも、現地人も大勢いました。
家庭で作るより「外食がいい」って感じですかね。

カレーにもこんな歴史あり!
とても勉強になりました。
楽しい話題を有難うございます。

投資の入門

No title
とても魅力的な記事でした。
また遊びに来ます!!

-

No title
お蕎麦屋さんの黄色いカレーやカレー南蛮って、蕎麦ツユの出汁が効いていて美味しいですよね。
実はインドの沿海部やスリランカのカレーには、鰹節の製造過程で「なまり節」と言われる、半生の鰹節に相当するものが、出汁を兼ねて入れられているそうです。
この地域のカレースパイスの配合が、イギリス(東インド会社)経由で日本に伝えられ、日本ではSB食品の「カレー粉」として販売されました。
つまり鰹節の出汁に一番良く合うカレー粉が、偶然とは言え日本でお蕎麦屋さんのカレーに使われていると言う事になります。

昔のカレーレシピで「アカガエルの肉」を使ったとありますが、当時は鶏肉が高価だった為に、代替品として入れられていた様です。その後アメリカから「ウシガエル」が導入されて使われていますが、飼育場から逃げ出したウシガエルが日本の生態系を壊し続けているのは何の因果なのでしょうか…?ちなみに味は鶏肉と大して変わらないそうです。

他に日本でカレーに加えられる変わり種としては、茨城などの「納豆」や、茨城・和歌山の「梅干し」などがあります。
その「納豆」「梅干し」はスリランカにも類似の食品が存在し、カレーの隠し味として常用されています。カレーの味に深いコクを与えてくれる必需品だとか。
日本人の祖先の多くは海のシルクロード(地中海~紅海・インド洋~南・東シナ海)を経由して来た海洋民族ですから、味覚が似ているのかも知れませんね。

皇国の住人

No title
確か、東郷元帥も英吉利式のカレーを海軍に持ち込んだ御一人
ではなかったかと思います。(記憶違いかもしれません)

またまた、話がそれてしまうのですが、東郷元帥がバルチック
艦隊と一戦を交えた後の甲板の足跡の逸話は、何度読み
返してみても決して色あせることなく、読み返す度に心が
引き締まります。東郷元帥は護国の神となられましたが、
戦に殉じた英霊もまた、らいすかれいを食していたことに
思いを馳せると、わたくしにとっては唯の国民食には思えなく
なってまいります。

カレーライス、正しくは、やはり、らいすかれいではないでしょうか。
ライスカレーでもなくて、飽くまでも、らいすかれいです。


また、靖国に参ろうかと思います。

団塊の世代の後輩

No title
口にするだけでも汚らわしい隣国らのことでイライラしていた中で突然大好きなカレーのお話、ほっこりした気分にしていただきありがとうございました。そこで私もちょっとした面白話しを・・数年前私の若き知人(武道の弟子)が海上保安学校に入学しました。知人は文化系専攻の学生にて保安学校の受験項目は基本的に理工系なのですが、なんと巡視船で調理をする主計を対象とする試験問題は文系となっていたのです。映画“海猿”ヒットの影響もあり倍率はかなり高くなっていたのですが見事これに合格!そして意気揚々と入学した学校の調理課には・・映画“南極の料理番”の原作者である主計教官が待っていました。最初の授業の説明が終わった後、その教官は「他に何か質問のあるかたは?」と問いかけました。で、知人はすかさず挙手をし「先生!先生の本を読ませていただきました、とても面白く感動いたしました!」「そうか、読んでくれたか!では君は始めから私の授業は合格だよ!」「ハイ、ありがとうございます!!」・・他の学生が唖然とする中、知人は見事ポジティブに厳しい一年間の学校授業&訓練をクリアし、シナ船が出没する尖閣に8度出動、東北大震災救助活動にも出動、さらに初級幹部試験に合格し呉市にある海上保安大学校で一年間の研修を受けた後、今は霞ヶ関にある本庁に勤務しております。私がたたき込んだ武闘能力をかわれ管区に一チームしかない特別警備隊にも所属しておりましたが尖閣出動の経験が逆に災いし、現場の武闘を主勤務とする警備隊から離れました。しかしこうした経歴を持つ知人が初級幹部として本庁に勤務することは、現場保安官達が安心して勤務出来る体制を本庁側から支えてくれるものと信じております。・・で、カレーのお話。もう一組私の従弟海上自衛官からの情報、護衛艦献立にて毎週金曜日がカレーの日だそうです。それは艦勤務になると曜日感覚がなくなるのを防ぐのが目的のことにて、旧海軍からの伝統だそうです。・・で、海上保安庁巡視船は?と知人に尋ねたら・・巡視船出動期間は護衛艦の期間より短いため(最長で10日間)帰投につく夜のメニューをカレーにしているそうです。「カレーで明日帰るぞ!(笑)」・・長文、失礼いたしました。

桜子

No title
カレーにも歴史があるのですね。
そう言えば何時だったか、ピザ発祥の地は韓国、はたまた、世界の四大文明よりも前に韓国には文明が存在してたとか何とか、ネットで見た記憶があります。
失笑ものでしたがね。

ま、世界で一番古い文化があるだとのたまうのですもの、カレーなんて明日には韓国発祥の地になっているかもですよ。

お隣、世界に誇れる物を何かお持ちでしたっけ?
ああ、有りました、「嘘」発祥の地、お隣の今や軍事大国と称する国も同類ですが、、、卵が先かヒヨコが先かの違いだけです。
これなら皆さんうなずかれるのでは?

そう言えばもう一つ有りました、何とは申しませんよ、他国にまで来て稼がれているもの、そして他国が迷惑しているものです。
別に謎かけではありませんよ(笑)

で、「捏造、慰安婦展」ですが、なりふり構わずの妨害工作、すればするほど、「ああ、よほど知られたら困る事があるのだな」と思われるでしょうに、その事すら理解できない輩。
やっかいですね。
 
反論があれば、正々堂々反論すべきですよ、こうこうしかじかとね。
今までそんな意見も聞いた事も無いし、文面も見たことありません。
出せるはずありませんよね、歴史に嘘はないのですから。

人間、嘘だけはつきたくないですね。
因みに家もカレーです(笑)

sinar

カレーとラーメンはもはや日本食
さいきんではチャーハンも仲間入りさせてあげたい。高速パーキングエリアの常食ですね。
逆に鉄道エリアでは「うどん・そば」が主力の座を譲らず。微笑ましい住み分けだなと思います。もちろん両方とも好きですが。
ラーメンについては昔読んだ短編集に中支から帰ってきた兵士の話がありました。その方はラーメンが大好物で「本場のお味は如何でしたか?」の問いに
「向こうにはそんなものありません。多分新橋の烏森辺りが発祥の地、なんでしょう」
もはや国籍不明?なラーメンに対し、カレー(ライス)は素性がはっきりしていますね。調べるまではインドから直接伝わって来たものと思ってましたが、これ英国からなんですね。英国も日本と同様カレー好きが多いとか。彼らはフレーバーを好む様で、日本ではゲテモノ扱いのカレーラムネ(!)も彼らは喜んで受け入れるみたいです。
私が子供のころはカレーライスはゼイタク料理、月に1~2回の楽しみでした。それが進学して、学食では安い主力メニューはカレーライス。あれと思いましたが気付いたら毎日カレー、なんてこともありました。
TVのCMもカレールーのが多かった気がします。オリエンタルのCMでは優しそうなお母さんがカレーを作り、それを家族みんなが美味しそうに食べて、うれしいなと思ってたら何と、自分の分が無くなってた、なんてのを覚えてます。子ども心にもお母さんって大変なんだなと感じた次第ですが、その優しいお母さんが「悪女」役で成らした松尾嘉代さんだったと判り二度目のビックリ。そんなことを思い出します。
「黄門カレー」聞いたことがあります。どうも水戸・勝田地区の都市伝説の様ですね。いかにも水戸っぽらしい、他国の人を煙に巻いた冗談でしょう。ただ、納豆入りカレーというのは本当にあるみたいなので注意が必要です。どちらも大好物ですが、さすがに一緒に食べようとは・・・(笑

今井雅之

【神動画】俳優の今井雅之がTVの生放送で韓国を大批判
【神動画】ニッポン・ダンディ 2013.09.26(木曜日)
http://www.dailymotion.com/video/x158jf0_%E3%83%8B%E3%83%83%E3%83%9D%E3%83%B3-%E3%83%80%E3%83%B3%E3%83%87%E3%82%A3-2013-09-26-%E6%9C%A8%E6%9B%9C%E6%97%A5_news&start=1465

韓国による旭日旗、竹島、靖国、東京五輪開催嫌がらせに激怒

古希のネトウヨ

No title
子供の頃 関西ではライスカレーと言っていました。
とにかく辛かった。 辛いもの苦いものは今でも苦手ですが カレーは好きでした。
今も ゴルフに言った時の昼食はなんの迷いもなくカレーです。
カレーが元気が出る食べ物とは知りませんでしたが 何故か午後の成績の方が良い傾向にあります。
 ただ付け合わせの定番 ラッキョウと福神漬けには手を出しません。 絶対に 国内産でないと確信しているからです。
 カレーにしてもラーメンや餃子にしてもぱくりと言えばパクリでしょうが 日本人の手にかかると何でもとたんにクオリティーが高くなり食べ物であれば 元々の日本食のようになってしまいます。 それも 高級品ではなく 極々庶民的 一般大衆の衣食住全てについて言えるところが凄いです。
 パクッても 劣化コピーしかできない所とは天と地の開きです。 激辛食品を食い続けると 脳細胞がやられるのではないかと。
 そうだ今日の昼は 辛すぎないカレーにしよう。

上田隆男

No title
カレーライスの話興味深く拝読しました。我家は父が海軍兵学校卒の軍人でしたので、母が戦時中も良くカレーを作っていました。ジャガイモの多いねっとりとした味でしたが。
昭和28年、東大に入り駒場の学食では30円のカレーが美味だったことが思い出されます。その後、学食ではカレーが定番であったようです。
同じ時期、時々訪れた叔父の家では、叔母がカレーパンをご馳走して呉れた記憶があります。田舎から出て来た者にとって、カレーパンはご馳走以外の何物でもありませんでした。

越智富雄

カレーなる一族
カレー大好きです!疲れている時、カレーを食べると、元気が出ます。ねずさんのおっしゃる通りですね!
私が子供の頃は、母親はカレー粉の缶詰と小麦粉を使って、カレーライスを作ってくれました。今は、レトルトカレーです。母と私の二人暮らしなので、お鍋でカレーを作ることはなくなりました。近所のスーパーで一人分57円で買えます。
私が交通事故で入院中、唯一の楽しみは病院の食事でした。カレーは一ヶ月に一食だけ。それだけにとても心待ちにしていたものです。同室のお一人などは、一週間前から「カレー、カレー、カレーが食える~」と言い続け、いよいよ明日がカレーの日という時、その方だけ食事制限がかかり、別メニューとなってしまいました。とても気の毒に思ったものです。それでも、その方は諦めきれず、医者の目を盗んでカレーを食べてやろうと、その病院のレストラン2つと売店を回ったのですが、全て売り切れ。その日の夜は、その方の寝言「カレー、カレー~」が呪文のように響き渡っていたものです。
以前は、カレーの中に肉が入っていないと、カレーを食べた気がしなかったものですが、今は肉が入っていると気持ち悪くなります。今は、野菜カレー専門です。
今や、カレーは日本人の国民食。子供も大人も大好きなカレー。でも、子供にはあまり辛いカレーは与えない方がいいと思います。以前、コンビニで店長をしていた時、売れ残った20倍のレトルトカレーを自分のポケットマネーで買って、勿体無いから食べようとしたのですが、辛いために、泣きながら食べた思い出があります。辛いというのは味覚ではありません。痛覚です。辛いものが過ぎると味覚が鈍感になります。日本の青少年には、日本人らしい細やかな味覚の持ち主になってもらいたいものです。
カレーにはウコンが入っています。カレーらしい黄色を付けるためだけのものらしいですが、今やウコンだけで商品展開されています。カレーを食べて元気になるのは、ウコンが入っているせいもありますかね。どんどんカレーを食べましょう!

魔除けに牛島辰熊

朝から元気を頂きました。
昨夜は帰りが遅かったので、黒豚カレーとかいうレトルトかっこんで寝ました。

よ~し、まだ胃袋に残っているであろうカレー力活かして今日も一日頑張るぞ~~!!!( ̄^ ̄)キリッ
…って今日は日曜だった(^o^; 
二度寝するか(-_-)zz‥
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小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
連絡先: nezu3344@gmail.com
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出身:静岡県浜松市
住所:千葉県野田市
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「明治150年真の日本の姿」、「日本と台湾の絆」、「奇跡の将軍樋口季一郎」、「南京事件は4度あった」、などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。
日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
《著書》
『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』
『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦
『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』
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