カンブリア紀の生命体は、いずれもまるでSF映画に出て来るエイリアンのようです。
どれも最強を誇るかのような生命体で、まさに「強さ」を目指した生命体の種のオンパレードでした。
想像を絶するような様々なエイリアンたちが、生き残りをかけてプレデターたちと殺し合う。
まさにそんな状況でもあったのが、カンブリア紀です。
カンブリア紀は、地球上に現れた生命体が、生き残る上でのもっとも良いカタチを求めた壮大な進化の大実験です。
このことを、ある学者さんは、「生命体が進化のためにどうしたらもっとも生き残れるのかを試行錯誤するために、あらゆる形を試した壮大なデザインコンテストの時代」だと喩(たと)えました。
なるほどそうかもしれません。
けれど、そうして生まれたカンブリア紀の様々な生命体は、最後にはことごとく死滅しました。
そして生き残ったのは、もっとも「ひ弱」そうに見えた脊椎動物だけでした。
そしてその脊椎動物が、いまの地球上の生物へと進化しました。
この脊椎動物の名前は、「ピカイヤ」といいます。
なんだか、なめくじかイカのような軟体動物みたいなカタチをしていますが、ちゃんと背骨を持っています。
ピカイヤ

この脊椎が、実は海中で生活していた生命体が海から陸上動物へと進化するための重要な役割を担ったとされています。
なぜかというと、脊椎が海から摂取していたミネラルを骨にして蓄え、体に提供する役割を担ったからだといわれています。
そしてこのピカイヤが、いま地上にいるすべての背骨を持つ生き物の祖先となりました。
ですから羊も猿も、そして人類も、もとをたどせば、このピカイヤが原始の姿だったわけです。
それにしても、どうしてカンブリア紀に登場した生命体のなかで、もっともひ弱な生き物であったピカイヤが、最後に生き残ったのでしょうか。
これについては、実に様々な説があります。
そのなかの代表的なものが、ダーウィンの進化論です。
ダーウィンの進化論は、弱肉強食、弱い生物は強い生物たちに滅ぼされ、強い生物たちは、その強さ故に互いに殺し合いをして自滅していったと説きます。
ダーウィンの進化論は、その後20世紀に入ってから、社会科学に援用され、人類社会も弱い者は淘汰され、強い者だけが生き残るなどといわれました。
その典型的なものが共産主義思想です。
社会のすべては「対立と闘争」によって成り立つという。
同様にカンブリア紀についも、それぞれの生命体は、互いに対立し闘争し、結果強いものだけが生き残ったというわけです。
ところがこれだと、どうして「一番弱い」脊椎生物だけが最後に生き残ったのかの説明がつきません。
なので、ダーイウィン型の進化論をとる学者さんたちは、「もし、進化をもう一度やり直したとしたら、同じ結果にはならない。絶滅してしまった生物の方が、もしかしたら今度は生き残るかもしれない。生物がいまのようなカタチになったのは、何らかの偶然のもたらした結果でしかない」と説いています。
要するに、ピカイヤが最終的にカンブリア紀を生き残ったのも、単なる偶然の産物でしかない、というのです。
けれどそうだとすると、生物学はもはや「科学」ではなくなってしまいます。
なぜなら科学は、何回実験しても同じ結果になる、つまり反復可能性が認められて、はじめて法則となるからです。
法則がない、つまり反復できないものは、科学とは呼びません。
進化には、もうひとつ、別な説があります。
それが「共生論」です。
「共生論」は、生物は互いに共生することで生き残る、と説きます。
カンブリア紀についていえば、自分だけが生き残ろうとして、甲冑に身を固めた生物や、目を5つも付けた生物は、それぞれが「自分だけ」の生き残りを図ろうとした結果、共生できなくなり、自滅したと見ます。
カンブリア紀のエイリアンやプレデターたちが排他的な強さを求めたということは、周囲の敵を滅ぼし、自分だけが生き残ろうとした行動です。
つまり環境そのものを、自分に都合が良いように変化させようとしたわけです。
その結果、互いに殺し合いが起こり、地球環境の変化にも対応できず、結果、自滅してしまったわけです。
これに対し、もっとも弱い脊椎動物であるピカイヤは、弱いがゆえに自ら環境に適合し、気がつけば、最後まで生き残っていた、と説明しています。
実は、この説明だと、偶然の要素はなくなり、反復可能性が生じます。
つまり、こちらの説明の方が、「科学的」なのです。
似たような絶滅の話で、恐竜の絶滅があります。
恐竜たちは、我が身を守るために巨大生物に進化しました。
補食者もいれば、植食者もいましたが、どの種も自分の生き残りのために共生ではなく、巨大化の道を選んだわけです。
なるほど襲撃してくる天敵よりも巨大なら、それは有利です。
この巨大化は、現代の地球環境では生じ得ないとされています。
酸素濃度が低いからです。
酸素濃度が高いと、巨大化が可能になります。
しかしその巨大化によって、酸素を生む植物を一定以上に食い尽くしてしまうと、今度は身体を維持できるだけの酸素が地上になくなってしまうのです。
似たような話で、古代のChineseと、現代のChineseが人種が違うという、おもしろい話があります。
黄河文明の遺跡から出土する人骨のDNAを調べてみると、それらはモンゴロイドではなく、なんとコーカソイド、つまり白人種だったというのです。
これは東大の植田信太郎、国立遺伝学研究所の斎藤成也、中国科学院遺伝研究所の王瀝(WANG Li)らによる古代Chinaの人骨のDNA分析研究の成果です。
研究の対象となったのは、
1 約2500年前の春秋時代の人骨
2 約2000年前の漢代の臨シ(中国山東省、黄河下流にある春秋戦国時代の斉の都)遺跡から出土した人骨
3 現代の臨シ住民、です。
これらの人骨から得たミトコンドリアDNAの比較研究の結果によると、三つの時代の臨シ人類集団は、まったく異なる遺伝的構成を持っていました。
どういうことかというと、Chinaにはもともと揚子江のほとりに、稲作を行うモンゴロイドが住んでいたのですが、ある日、黄河の流域に、大型の動物を追ってやってきたコーカソイド(白人種)が住み着くわけです。
白人種たちは、大型動物を捕って食べますから、大型の武器を持っています。住まいは竪穴式住居です。
モンゴロイドたちは、農耕文化ですから、武器ではなく、クワやスキを手にしていて、武器を持ちません。住まいは、食料保管のために高床式住居です。
その武器を持たないモンゴロイドのところに、ある日、武器を持った白人たちが現れる。
法のない時代に、武器を持った者たちは、武器を持たない者たちの前では、まさに超人です。
モンゴロイドたちは襲われ、食べ物を奪われ、女性たちは強姦されたことでしょう。
そんなことをされたら、モンゴロイドたちだって黙っていません。
復讐のために武器を手にして、コーカソイドたちに戦いを挑みます。
互いに殺され奪われた恨みがきっかけの戦いです。
戦いは凄惨をきわめたことでしょう。
こうして春秋戦国時代が始まります。
双方の種は、互いに大軍を率いるようになり、凄惨な殺し合いと強姦が起こる。
結果として、白人種とモンゴロイドの血が混じり、彼らの外観は、数の上で圧倒的多数であるモンゴロイドに近いものとなりました。
このことは、南米の歴史によく似ています。
アルゼンチンやウルグアイは、白人種によって先住民族のモンゴロイドがほぼ完ぺきに抹殺されたため、いまでは外見は完全に白人種の国家となっていますが、エクアドルやペルー、ボリビアなどは外見はモンゴロイドの住民たちの国となっていますが、彼らは100%白人種との混血です。
この違いは、要するに先住民族の女たちが手当たりしだい強姦されたあげく子を産む前に全部殺された国と、手当たり次第強姦されたけれど、それが全部には至らなかったという違いです。
南米が白人種によって征服された時代は、銃の時代です。
けれど、China大陸で白人種とモンゴロイドが争った時代は、いまから4000年ほど昔で、まだ弓槍の時代です。
カタチとしては、エクアドルやペルー、ボリビアなどと同じく、外見はモンゴロイドになったわけです。
面白いのは、現代の臨シ住民のDNAです。
彼らの中には、ミトコンドリアの中にだけ、コーカソイドのDNAが発見されます。
これが何を意味しているかというと、ミトコンドリアのDNAは、母親から娘にしか遺伝しません。
つまり、現代ChineseのDNAには、ミトコンドリアの中だけに、白人種のDNAが含まれているのです。
これが何を意味するかというと、要するに血の気の多い、コーカソイド系の人を殺すことを何とも思わない男たちのDNAは、殺し合いの結果、自滅してしまい、結果として女性から女性に遺伝するミトコンドリアDNAの中にだけ、大昔の征服者であるコーカソイドのDNAが残っているわけです。
いまでもChineseは、先天的に殺し合いが好きな民族ですが、これは彼らがまさにコーカソイドとモンゴロイドの種の殺し合いの中で、生き残ってきたDNAを持つ民族だから、ということができます。
Chinaにおけるこうした流れは、カンブリア紀のような1億年という途方もない長い時代の流れではなく、約4000年という短期間に起きた現象ですが、この流れを俯瞰してみると、もしこれを対立と闘争という淘汰論(進化論)で語るとするならば、勝ち残るのは強いコーカソイドでなければならず、現代Chineseの外見も、コーカソイド系(白人系)とならなければならないことになります。
ところが実際に生き残ったのは、モンゴロイド系の外観です。
つまり、弱い方が生き残ったわけです。
これは実におもしろい変化といえます。
なぜなら、対立と闘争という淘汰論で説明のつかないことが、共生論なら、簡単に説明がついてしまうからです。
つまり、闘争し対立し殺し合う種は自滅し、共生する種が最後には生き残る、ということを示しているからです。
生物の進化は、社会科学に応用され、ダーウィンの進化論に始まる対立と闘争による社会の進化ということを基軸とした社会主義、共産主義国家として、まさに力の正義を振りかざして猛威をふるったソビエト社会主義共和国連邦は、大正11(1922)年に成立し平成3(1991)年に崩壊しました。
わずか69年の短い国家でした。
いま、生き残っている社会共産主義国は中共と北朝鮮ですが、中共が建国からすでに64年、北朝鮮が65年です。
おそらくこの両国とも、あと4〜5年で国家が崩壊することでしょう。
つまり、大切なことは、「対立と闘争」ではない、ということなのです。
いっけんひ弱に見えたとしても、「共生」を大事にする種が、結果として生き残る。
だからこそ、「共生」を根っこに置く日本は、建国以来2700年経っても、いまだに日本のままです。
このままいけば、カンブリア紀の1億1000万年を生き残ったピカイヤみたいに、日本は1億年、その後の時代もだから5億年(?)でも存続し得るかもしれません。
「共生」の文化というのは、それだけの、実は「強さ」とは違う「勁(つよ)さ」があるのです。
「勁(つよ)い」という漢字は、「疾風知勁草(しっぷうにけいそうをしる)」という語が有名です。
嵐があっても、柔らかな草は、風になびいて倒れない。
そのことから、「疾風知勁草(しっぷうにけいそうをしる)」は、「嵐にあってこそはじめてその人の志の強さがわかる」という意味に使われます。
ですから「勁(つよ)い」は、「強い」と違って、しなやかさの持つ、つよさを意味します。
ただし、ひとつの大きな水槽の中に、アジとサメを一緒に入れておいたら、サメはアジを全部食べてしまい、アジは絶滅してしまいます。
「共生」を国是とするだけに、日本には、多数の外国人がはいってきています。
なかには、一部の不逞なChineseやKoreanのように、まさに「俺が俺が」の弱肉強食を国是とし、みずからの欲望のためには、他の犠牲をなんとも思わないような者たちも、たくさん入り込んできています。
戦前もそうでしたし、戦後も同じです。
私たち日本人は、相手が誰であれ、どこの国の人であれ、誰もが温かく受け入れようとします。
その温かさを逆手にとって、傍若無人な振る舞いをする連中も、当然あらわれるわけです。
そして悪いことには、彼らはまるでもとからの日本人のような顔をして、日本に住み着いています。
それはまるで、悪魔が人間のふりをして、人間社会に入り込むのに似ています。
そのときに大切なことが2つあります。
ひとつは、悪は断固としてゆるさない、という私たち日本の、そして日本人の固い決意です。
そしてもうひとつは、私たち日本人自身が、そして日本という国そのものが、私たちの国がもつ、素晴らしさやすごさを、しっかりと理解し、認識し、記憶し、そこに固い信念を持つことです。
大東亜の戦いも、強い種である白人種が、有色人種と対立し、闘争し、排他独占的に支配した植民地の時代を、日本という多文化共生を是とする種が打ち破り、植民地の解放を実現し、勝利した戦いでした。
なるほど日本は、国中が焼け野原となるという酷い眼にあいましたが、結果として日本人は混血種ともならずに生き残り、世界に冠として、いまだに、世界に多大な良い影響を与え続けています。
これからの時代、グローバリズムの流れに乗って、ますます多文化共生の必要性は高まって来ようかと思います。
なかには「地球市民」だとか、いきなりぶっ飛びのファンタジーを言い出す評論家や議員、大学教授などがいますが、残念ながら、いま私たちが生きているこの世に、「地球市」なる「City」は存在していませんし、地球憲法もなければ、地球六法も存在しませんし、地球議会や地球内閣、地球大統領もこの世にはありません。
私たちの生きている現実は、国こそがMAXの共同体です。
まるでカンブリア紀の大爆発と同じように、いま世界には様々な国家が誕生しています。
なかには、モンスターやエイリアンのような国さえもあります。
そのなかを蹂躙(じゅうりん)されることなく生き残るために、私たちに何が必要なのか。
ピカイヤは、「共生」というキーワードによって、カンブリア紀を生き延びました。
ただし、食べられて絶滅してしまっては、「共生」どころではないのです。
死滅しないためには、私たちは、日本をしっかりと学ぶ。
そのために私たち自身が、日本という国をしっかりと理解し、日本を護るという固い決意と信念を持つ。
そういうことこそが、これからの時代の日本人に、ますます求められて来ると思います。

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コメント
takechiyo1949
しかし…いつも「へ~!」っとしか思いません。
コメント欄には様々な反論があります。
どれもこれも「…と思う」って範疇ですよね。
観てきた訳ではありませんから、進化論をどう考えるか?
各々の勝手な判断でいいと思います。
それよりも、誰もが等しく迎える死に向かって今をどう生きるか?を考えたいと思うのです。
悪は断固としてゆるさない!との固い決意!
我国を理解し認識し記憶し固い信念を持つ!
上記はねずブロの切り取りです。
この言葉に尽きると思います。
2019/11/13 URL 編集
-
ですが、
>要するに、ピカイヤが最終的にカンブリア紀を生き残ったのも、
>単なる偶然の産物でしかない、というのです。
>けれどそうだとすると、生物学はもはや「科学」ではなくなってしまいます。
>なぜなら科学は、何回実験しても同じ結果になる、
>つまり反復可能性が認められて、はじめて法則となるからです。
>法則がない、つまり反復できないものは、科学とは呼びません。
この考え方は間違っていると断言できます。間違いと言うよりも、科学者とは認識がずれてるというべきかもしれません。
まず、ここで言う「偶然」は「たまたま事故に遭った」とか、そういう運が絡んだような「偶然」ではなく、「環境が変わった結果、その環境に適した性質を持った生物がたまたまいて、生き残り、子孫を残し易かった」という、生物のDNAが関わるような非常に科学的な意味です。
ですから実験であっても、カンブリア紀と全く同じ環境、生物、時間を用意すれば、地球の歴史が示しているように、再びピカイヤがほぼ確実に生き残るはずです。
そしてもう一つ。上で「再びピカイヤが『ほぼ確実に』生き残るはず」と書いたことにも繋がってきますが、「科学は、何回実験しても同じ結果になる」というのは、数学、物理学、化学のように、問題と回答が一対一の場合にのみ該当します。
生物学の場合、同じ種類の生物であっても「個体差」があり、「病気にかかり易い人と、そうでない人」というように、回答が個体の数だけ存在します。なので、生物学では「全体の50%以上にそれが当てはまる場合、そういう傾向がある」という意味でそれを「法則」と呼びます。
よく勘違いされるのですが、生物学者が「AがBなのは、Cだからだ」と言った時、これは断定しているのではありません。本来の意味は「AにBという傾向があることには、Cも関係している可能性がある」という意味です。実際には、B2やB3の傾向があるAもいるでしょうし、C以外にC2やC3も関係していることも十分考えられます。しかし、人にこんなこと言っても理解してもらえないのです。
人にわかり易く説明すると、「AがBなのは、Cだからだ」という表現になるのであって、それが全てではありません。
「強いものが生き残る」と言う科学者も、決して「共生」を否定はしていないと知っておいて下さい。
2016/01/14 URL 編集
通りすがり
大きな変化は種の生命を維持できないということで。
で、ドーキンス氏自身は他の進化論を全て否定していますので、カンブリア爆発があったとすると進化論は全滅って事になりかねないんですよね。
2013/10/29 URL 編集
ドレッドノート
数々の試練を乗り越えて来れたのは、日本人の本性です。
幕末から敗戦まで、それからの復興、石油危機、超円高、最近のレアアース問題、全て自力で乗り越えてきました。
今度は在日と特亜の問題でしょう、でも一番の敵は売国日本人でしょう。
こいつが一番賢い。
2013/10/29 URL 編集
越智富夫
誠に、ありがとうございました。
感動して、涙が出ました。
日本人は、チームワークの美があり、
また究極の個人技もずば抜けている!
日本人は無上の宝物だ!
大御宝(おおみたから)とは、
本当によく名づけたものだ!
我が大君に最大の感謝を送ります。
私も、現在の居場所で一所懸命、
最高のパフォーマー(実演者)になります。
それが皇民(おおみたから)の勤めですから!
2013/10/26 URL 編集
koukenz
ひさしぶりにコメントします。2つの日本人だら、日本人にしかできない動画をみちけました。すでに、御存知でしたら、ご勘弁ください。
1)大学生が演じた新体操が世界で大絶賛
http://www.youtube.com/watch?v=q4i9o1m6EIo&feature=player_detailpage
2)スタジオ大興奮、彼はサイボーグ 「マトリックス」のシーン海老名健一君
http://www.youtube.com/watch?v=l0B0DnlXlII
2013/10/26 URL 編集
junn
2013/10/25 URL 編集
越智富雄
日本人は、「神」の意思を実現する「実行部隊」。
「天使」のような民族、それが「日本人」。
どなたかがコメントでおっしゃっておられました。
「日本に日本人として生まれて幸せです!」と。
全く同感です!
共生こそ、日本再生、ひいては地球再生の鍵です!
ねずさんのご意見に、全く賛成いたします!
日本人は世界を支えて来たのだと実感します。
その為に必要なものは、智慧と、勇気と、無私の愛。
三つとも、今の私に一番欠けているものです。
私にとっては、ハードルが高いかもしれない。
しかし、日本人として遅れを取るわけにはいきません。
諸先輩方を模範として、一生懸命ついて参ります!
ねずさんのブログを、これからも熟読させて頂きます!
2013/10/24 URL 編集
ポッポ
私一人でも、この30年位のあいだになんやかんやとあったのですから、地球とその上に住む生物には、本当に色々とあったのでしょう。大型の恐竜が全滅するなど想像できなかったのですが、事実ですから・・・・・
私は時々、地球がりんごのように思えます。
片や直径1,3000kmでもう一方は直系10cmですから全く違うように思えるでしょうけれど、地球の中心には内核、次は外核、次は下部マントル、次はマントル、次は上部マントル、次は地殻、最後は地表となるのですが、地殻と地表を合わせた厚みはせいぜい30kmです。りんごの中は芯にある種、次に果肉、そして皮ですが、皮の厚みは0.3mm程度です。
地球の地殻とりんごの皮の厚み、直径と比較すると両方とも0.5パーセント程度で、似たようなものだと思えてくるのです。
地球の外側のわずか0.5パーセントに、60億人の人間を始めとする様々な動植物や、大地と海があって、毎日活動をしています。私は、りんごを見るとついにやにやしています。
2013/10/24 URL 編集
愛信
緊急拡散!!!!!!(婚外子相続、非嫡出子についての法改正案)
http://politiceconomy.blog28.fc2.com/blog-entry-2469.html
【国政に対する要請書】はこちらからもできます
http://www.aixin.jp/ysk.cgi
2013/10/24 URL 編集
愛信
http://blog.goo.ne.jp/nekogatarobo/e/135dd18ecebfe0d05da537e1b3681790
民放社員の平均年収は、1千5百万円とか言われる。自らの努力と才
覚で高給を手にするのは当然である。 だが、国民の財産である電波を、
国際的に見て非常に安い価格で独占的に利用して高給を得ていると
したら、それはおかしな話だ。
捏造報道、偽装報道、隠蔽報道を繰り返す反日売国テレビ局・マスコミの
内情がこの様な特別に優遇された電波利用料に支えられている。
古い記事ですが概要は変化していないでしょう詳細は【リンク先】で確認
できます。
【マスコミ隠蔽の掲示板】最新版
http://www.aixin.jp/axbbs/kzsj/kzsj4.cgi
【マスコミ隠蔽のタイトル一覧】最新版はこちらをクリックして下さい。
2013/10/24 URL 編集
アジア
2013/10/24 URL 編集
コージ
草原への進出の背景には森林面積の急激な減少が
あったと思います。
上記の私のコメントは「NHKスペシャル 地球大進化」から
引用させていただきました。
私が思うに、急激・極端な環境変化で、人類が死滅するおそれは
十分にありえることだと思いますし
人類の中では、ぎりぎりまでシブトク生き残るのはシナ人かも知れません。
それでも我々は、生きている間に
「どのような社会を理想として、それに向かって努力し、
日々を懸命に生きる」義務があると思いますし
そうならないように最善を尽くすべき責任があると思います。
人的な環境への負荷を減らし、それでもやってくる自然の
変化に備え、人類のバックアップともいうべき
宇宙進出を実現できたらいいと思います。
そのような時代が来るまで、日本の国づくりの志を
実践保存していくのが現代日本の在り方ではないでしょうか。
2013/10/24 URL 編集
shengxin
最初に思ったのは、古事記にでてくる「ヒルコ」みたいと。
一見骨も何にも無いみたいですが立派な脊椎動物なのですね。
で、海に流されて・・・
たまに古事記は地球の生成過程を書いてるんじゃないかと思うときがあります。
日本列島の成り立ちとか、適当に言ったにはきちんとしてますから。
進化論というのは全てが正しいとは思いません、逆に退化で生き残ったのもいるかもなんて思ってしまいます。
共生の前に自己保存があってそれから共生ができると思います。
まず自分を守れなくては滅びるしかありません。
国も同じ。自国を守れない憲法などおかしいよ。
2013/10/24 URL 編集
-
今回のお話は人類の在り方など確かにそうですし、成る程と考えさせられました。
ただ、私個人は進化論説は信じていませんし、海から派生したものが本当に人類の祖先となりうるのか…そのあたりは一般的に言われている話は何処かイマイチ納得出来てません。
共存も確かに生き残るとは思いますが、私は環境の変化についていけたものだけが生き残るのだと思います
例えばお話にもありました恐竜など、数千年前まで生きていました。 一般的にはあまり出ない話ですが、人類は恐竜と共存していました。しかし何故大半の恐竜は滅んでしまったか…
当時の地球の急激な変化についていけなかったからだと思うのです
これからの人類も環境変化についていけるものだけが生き残れるのだと思います
故意に変化させたりする輩はいますが…日本は、日本人はそんな輩には負けないと信じてます
2013/10/24 URL 編集
コージ
私の好きな話題です。
ピカイアから魚に進化した後も、獰猛な捕食者から
逃れるために、大型生物が入ってこれない「浅瀬」へ
活路を見出し、その環境に適応するために「ヒレ」を
「手」のように進化させたのです。
浅瀬では水が干上がりやすいので「肺」を獲得し
陸上進出を果たします。
陸上進出した生物群も多様に進化し
あるものは大型の捕食生物になります
大恐竜時代です
弱者である我らの祖先は恐竜が活動できない
「夜行性」で一億年ほどしのぎます
恐竜絶滅後も(正確には鳥類への進化)
大型鳥類や大型化した哺乳類から逃れるべく
「樹上生活」を余儀なくされ、それが「掴む手」へ進化を
即し、果実や木の実をライバルより早く見つけられるように
「色彩感覚」を進化させる
やがて樹上を捨て草原へシフトするのですが
「直立歩行」と「脳の進化」へとつながります
人類と生命の歴史は強者の歴史ではないということです
弱者は生活の場を捨て、新しい環境への適応を
余儀なくされ、その都度おおくの犠牲を払いながらも
生き延びてきたということです。
願わくば、我ら日本人の未来が世界と生命と供することを
切に願います。
2013/10/24 URL 編集
団塊の世代の後輩
2013/10/24 URL 編集
hirocbrs
反復性がないのは当然で、他に地球と同じ組成と環境の星があればそこに人類が誕生するのが科学的、、なわけはないです。
また、進化論は共生と対立するものでもありません。
2013/10/24 URL 編集