百年後の常識



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ラストサムライ-1
(映画:ラストサムライより)


日本は古代から現代にいたるまで、ずっと天皇を中心とした治政の国家です。
ですから、鎌倉幕府も足利幕府も織豊時代も徳川時代も、それらはいわゆる政権交替であって、日本の国のカタチは変わっていません。

そうはいっても、たとえば江戸時代は、諸藩のことを「国」とよんでいました。
国という字は、日本国という意味と、上野国、下総国というように、諸藩やそれぞれの地域という意味の、両方に使われていましたが、これは「国」という字が、ある程度の独立した行政単位を示す意味で用いられていたからです。

そしてそれぞれの国は、各「家」が、これを統治していました。
その「家」の最大のものが徳川家で、日本列島のだいたい3分の1くらいを領土として所有し、圧倒的軍事力と経済力、そして政治的影響力を行使していました。
これが江戸幕藩体制です。

徳川家の幕藩体制構築にあたっての理念は、兎にも角にもこの国から「いくさ」をなくすことでした。
ですからそのために、全国の諸大名の配置も変えたし、大名には江戸に人質を置くことを強制し、さらには参勤交代を義務づけて、諸大名の財力と抵抗力を削ぐということも行われていました。

その「参勤交代」が、実は秀吉の時代の朝鮮征伐に、全国の大名がいくさ仕度で九州にまで狩り出されたことの変形であるというお話は、先日書かせていただきました。
こうした徳川の政治体制によって、日本の民衆は、いくさのない、江戸270年の太平の世をすごすことができました。
家康は、なによりも「いくさ」のない世の中を希求し、そしてそれを完全に実現したわけです。

それにしても、徳川家の平和への願いは徹底していました。
たとえば、全国の武士たちがヒゲをはやすことまで、事実上これを禁じています。
男がヒゲを生やすのは武威を張り、徳川の天下に危害を及ぼす目的を持ったものだ、というのです。

ですから江戸時代の武士たちは、ヒゲを伸ばさなかったし、幕末の志士たちも当時の写真をみれば、誰もヒゲを伸ばしていません。
明治になってから、諸外国との兼ね合いから、一時的に政府のお役人などがヒゲを伸ばすようになりましたが、それも大正、昭和には廃れ、ですから大東亜戦争の頃の軍人さんや閣僚などをみても、誰もヒゲを伸ばしていません。

幕末から明治にかけての日本の最大の願いは、欧米列強と対等な関係を築くというところにありましたが、そのために鹿鳴館を開設したり、宮中のおもてなし料理をフランス料理にしたりと、日本はまさに涙ぐましい努力をしていたわけで、その延長線上に、欧米の閣僚や高官たちがヒゲを伸ばしていることから、日本も明治の一時的にヒゲを伸ばしただけのことです。

けれどそれさえも、明治の終わり頃に不平等条約が解消されると、日本の閣僚も軍人さんも、一般の民衆も、ヒゲを伸ばすことをやめています。
明治の後年から昭和初期にかけての日本の強さは、まさに世界を震撼させたほどのものですが、どれだけ強くても、日本の願いは常に平和そのもの、いくさのない世の中にあり、武威を張ることを是とはしていなかったということが、そのような姿からも見て取ることができます。
そしてその伝統は、やはり徳川270年の治政にあったといえます。

その徳川幕藩体制が崩壊したのは、外圧によるものでした。
その外圧のなかで、とりわけ大きなきっかけとなる影響を持ったといわれているのが、ペリーによる黒船来航でしたが、そのペリー来航について、あたかもペリーが突然やってきたために、日本中が大慌てしたようなことを書いている教科書などがあります。
が、これは間違いです。

実際には、米国からペリー艦隊が、日本に開国を求めてやって来ることを、ペリーが米国を出発したことからはじまって、何隻の艦隊で来るのか、乗組員は何名か、大砲の数はいくつか、船名は何と言うのか、どういうルートでやってくるのか、いまどこにいるのか等、それこそ台風情報じゃないですけれど、幕府も、全国の諸藩の武士たちも、つぶさにその情報をとっていました。

問題は、そのペリーがどこに入港するかで、もちろん幕府は長崎に来させるつもりでいたのですが、それが東京湾(江戸湾)にやってきてしまった。
江戸湾にやってきたということが問題になったのであって、外国使節が来たということが問題になったのではありません。

これも以前に書かせていただいたことですが、江戸湾は、当時の江戸の町に食料を運ぶ、メイン海上ルートです。
江戸には250万人の人が住んでいます。
その250万人が、毎日、朝晩二食の食事をするわけです。
つまり1日あたり500万食です。

もしペリーが、1ヶ月江戸湾を封鎖したら、1億5000万食分の食料の供給が止まるのです。
そんな備蓄は、幕府にだってありません。
ということは、江戸市民が飢えて死ぬという結果をもたらすのです。
だから「たった四杯で夜も寝られず」というくらい、幕府は慌てました。
それだけのことです。

では、ペリーが原因でないなら、攘夷運動は何故起こったのかというと、直接の引き金は、むしろ阿片戦争にあります。
強大な東洋の大帝国であるはずのChinaの清王朝が、欧米のごくひとにぎりの艦隊の軍事力の前に、あえなく敗北してしまった。
敗北した清王朝では、白人たちがChineseたちをまるで家畜のように扱ってる。
その脅威が、日本にも迫っている。
そういう事実を目の前に突きつけられて、それでも平和ボケしているのは、現代日本人くらいなもので、当時の武士たちは、ものすごい危機感を持って、「日本はどうするんだ?」となったわけです。

そういうところに、ペリーが幕府の制止をふりきって、いきなり江戸湾に侵入してきたわけです。
阿片戦争と同じ光景が、現実の課題となったのです。

これについて、「当時の武士たちは、どうして鉄の船が海に浮かぶのかと驚いた」などと、アホなことを書いている学者や小説家がいますが、悪いけれど鉄の船なら、信長が本願寺攻めのときに作っています。
日本人にとって、そんなものはさしてめずらしいものでもない。
もちろん、黒船がやってきたとき、弁当持参で物見遊山の黒船見物に出かけた庶民が多くいましたから、そうした中には「あんな真っ黒い鉄の船が、どうして海にうかぶんじゃろうか」などと、半ば驚き、半ば大喜びしていた人たちもいたことでしょう。
そうした人々と、当時の施政者たちを混同するのは、ちょっといきすぎた話です。

もっというなら、おなじく幕末に日本にやってきたロシアのフリゲート艦ディアナ号は、駿河湾で沈没していますが、これと同じ船を、またたくまに伊豆の船大工たちが作ってしまっています。
同じ船を造ったということは、それくらいの船をつくる技術も、当時の日本にはすでにあった、ということです。
技術そのものについては、なにも驚くこともなかった。
ただ、蒸気で動く船というところについては、たいへんな驚きと興味を抱いたというのが、現実の話です。

なるほど江戸時代、日本は鎖国していました。
ただ、鎖国していても、武士たちは海外の諸情報を実はつぶさにキャッチアップしていました。
その情報力は、むしろテレビや新聞といったメディアが駆使できていながら、偏向情報しか与えられずに、あきめくらになっている現代日本人よりも、はるかに鋭敏なものであったといえるかもしれないくらいです。

さて、欧米列強による植民地支配の恐怖を見せつけられた日本人は、欧米の夷敵を打ち払うためには、国内が藩ごとに独立していては、この国は守れないのではないかという強烈な問題意識を持ちました。
実際、長州、薩摩はそれぞれ独自に黒船に戦いを挑み、あっという間に粉砕されてしまっています。
ならば、このうえは幕藩体制を完全廃止し、国民総力戦が可能な統一日本政府を構築するしかない・・・というのが攘夷派となり、幕藩体制のまま、統一政府化すべきだというのが佐幕派となって戊辰戦争になりました。

そのなかで、会津藩が、どうして最後まで頑強に抵抗したのか。
それは「藩主の松平容保が、婿養子だったからそうせざるを得なかったのだ」などと、これまたアホな見解を書いている本や小説がありますが、これまた大きな間違いです。

殿様がおかしなことを言い出せば、殿様を座敷牢に押込めてしまうというのが、江戸時代の武家の習慣です。
つまり、会津藩が頑強に抵抗したのは、殿様のご意思というだけのものでなく、藩をあげての意思であったということです。
ではなぜ、会津藩士たちが、そのような見解に至ったか。

これについては、西郷頼母が、はっきりと書きのこしています。
要約すると「武家は民を守るためのものであり、民が安心して暮らせるように仕向けるのが武家の役割である。国を護るために戦うのは、まさに武士の仕事であって、そのために民をつかうなどということはもってのほか」というわけです。

要するに幕末戊辰戦争は、国民皆兵論か、あくまでも武家専従論かの違いがもとになっているとみることができます。
武士は民のために平素から腰に二本の刀を差しているわけです。
その武士が、いざ戦いとなったら、農民や町民たちに武器を持たせて闘わせ、自分たちはその裏でのうのうと生きるなどということは、武家としての一分が立たない。
そんなものは卑怯者のすることであると、これが武士の筋ですし、その意味で会津や二本松は、まさに武家としての筋道を最後まで通して戦ったわけです。

もっとも、いわゆる農民兵については、幕府もこれを用いて陸軍を編成したりしていますから、幕府内でも様々な議論はあったわけで、そのあたりが話をややこしくしています。
けれど、戊辰戦争が、単に尊王攘夷と鎖国佐幕の争いというだけの話ではなかった、そこに思想哲学の戦いがあったということは、もうすこし学校などでも教えてよいものなのではないかと思います。

ただ、国を守ると言う戦力という意味においては、結果からみれば、国民皆兵の方が、もちろん戦力的脅威となりうるわけで、その意味においては、戊辰戦争は、「筋」より「実力」が勝った戦いといえるかもしれません。

こうして新たな政治体制として構築されたのが、大日本帝国です。
ですから大日本帝国は、なによりも実力を重んじました。
戊辰戦争の敵であっても、新たな政治体制の中に、必要な人材をどんどん取り込みました。
明治政府は、実力本位の政府であったわけです。
もちろん薩長閥のような不条理も内包しています。
けれどそういうことは、人の世では、ある程度仕方のない部分でもあります。

明治政府の実力主義の考え方は、四民平等の政策となり、そして日本人としての白人種との対等意識と相俟って、世界に向けて人種の平等を高らかにうたいあげる日本の政策となりました。
そして日本は、世界の有色人種を植民地として支配する白人国家に対して、真正面から戦いを挑んで行くことになるわけです。

教育の根本にあるべきものは、人間としての品格を育てるということです。
いまは亜流とされている歴史観も、あと数年したら間違いなく日本の主流となると思うし、100年後には、世界の常識となっていくであろうと、私は思います。

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コメント

takechiyo1949

書籍購入費を仕分けされました(泣)
電車の自動ドアーは、大正15年9月28日(1926年)に、京浜線(京浜東北線)で採用されたのが初めてだと聞きましたが、記憶にはありません。

子供の頃に住んでいた田舎では、まだ蒸気機関車が走っていました。
新しくなったな?と思ってもディーゼル車でした。
ドアーは勿論手動。

都会に出て、初めて自動ドアー車に乗り、とても感心したものです。
蒸気機関に驚いた江戸時代の方々の気持ちは分かります。

今でも時々『ドアーは半自動になっています。ボタンを押して開閉願います』との放送はあります。
酔っ払って終点まで行ってはいけませんね。

さて、久し振りに小学生の社会科教科書を読んでみました。
日本は一方的にアメリカとの戦争を始めた?
日本は資源を求めてアジアの国々を占領した?
想像はしてましたが、今もまだこんな書き方なのですね。
親は、吾子の教科書を読まないのですかね。
てか、親も同じだった?

私が小学生の頃は、戦地帰りの教師がいましたから、こんなに教えを受けた憶えは無いのですけどね。

百年後?
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東雲

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越智富夫

過去を救済せよ!
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全ての人間には様々な言い分があります。また同じ人間でも成長に応じて価値観も変わって来ます。同じ本を読んでさえ、その時々に感想なり、発見なりが違って来ます。一筋縄ではいかないということ。

歴史とは学ぶためにあるもの。歴史の評価を一定にすることは余り意味がない。歴史の評価なんて、時代によってくるくる変わる。大体、現代の我々に過去のどんな時代が意識共有出来るだろう!

私に限って言えば、こんな「甘ちゃん」でぬくぬくと育ち、何の人生の辛酸、有為転変も味わってない者には、絶対に不可能だ!あり得ない!
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ほとんどの人が、自分の目先のごく限られた範囲の狭い世界の住人だ。日本や世界、また古代から近現代まで、そこに生きた全ての人の思いに心をいたす余裕などない。悲しいかな、それが現状です。

我々はそれをやろうとしています。一人一人の思いに応えて行くしかありません!それが「過去を救済する」ということにつながります。
道のりは遠いです。迂遠(うえん)と言ってもよい。

百年後にはどうなっているのでしょうね?しかし、百年後とは、今日、今、この瞬間から始まっているのです!そしてまたこの道は、我が先人達が歩んだ道です!次代の人達にバトンタッチするまで、歩み続けましょう!

証拠動画

■終戦直後の朝鮮進駐軍を現代に再現!

■終戦直後の朝鮮進駐軍を現代に再現!

■男組【大阪でまたまた集団シバキ!一人を寄ってたかって…】10/26

http://www.nicovideo.jp/watch/sm22141298?ref=ranking_video_top

【保存推奨・消したら増えるよ】多分、「日韓断交デモ」前に駅で待ち伏せしていたのだと思います。
冒頭、「いい加減な被害届だしてんじゃねーぞ、この野郎ぉ!」 
※YouTubeより転載→http://www.youtube.com/watch?v=iSeC9ylqAJo&feature=youtu.be (削除された模様)


読者

160年前と同じ危機に、日本は直面しています。
いつも警鐘をありがとうございます。
 先日のエントリーに関する事で失礼します。どうしても考えがまとまらなかったもので。
 タイトルに書いた国難を安倍政権が克服してくれるはずだ・・・
と私も思っていましたが、どうも最近「変だ」と思わざるを得ません。私は工作員などではないですよ。ただ意見です。長年の自民党支持者として諌めるべき事は書かねばと思っています。
 新聞によれば小学五年から英語の必修化、いずれ三年からという事です(いずれ一年からになるでしょう)
 いくつか実例を見ています。個人差はあるのかもしれませんが
幼少からの英語教育は人格を破壊しますよ。訳のわからない英語・日本語ごちゃ混ぜの言葉を一方的に喋るだけの子供が近所の英会話教室から出てくるのも毎日見ます。
 思考は言語によってなされるものです。その言語はまず「正しい日本語」でなければなりません。その上で「英語で考える」ことができるのです。言葉を覚える段階で英語必修とは何と言う恐ろしいことでしょうか。陰謀論には与しませんが、(取り返しのつかない)一種の社会実験なのか?と思いたくなります。
 また小泉自公政権以降の新自由主義政策は、事実として地元の共同体を破壊し、困窮者を大量に生みだしました。
 同級生でも、地元の商店や町工場を継いで地道にやっていたのが成り立たなくなり、職がまるで見つからず、自民党支持者だったはずが悔しさを抑えて共産党議員に頭を下げ、生活保護を受給する羽目になった・・・というのが何人もいます。
 近所の呉服店も和菓子屋も皆、潰れました。これで「郷土愛」を教育するとはご冗談を・・・と思ってしまいますが、結果として自民党は「反貧困運動」「派遣ユニオン」等の左翼にいわば燃料投下しているのです。共産党もです。化石左翼らを見事によみがえらせてしまいました。
 もう徹底的なお叱りを受けることは覚悟でこの記事を紹介いたします。
 TPPに加入すれば米国の悪徳弁護士が大挙して流れ込んできます。そのときどうなるか・・・という指摘です(最新の記事です)表示されない場合は貴ブログ表紙右のリンクより「まさか右翼と呼ばないで」に直接アクセスしてみてください。
 24・25日の記事もご参照下さい。こちらは法務省民事局に巣食う赤色官僚どもの恐ろしい策謀を暴いています。
 お気に召さない内容のコメントとは思います。また長くなってすみません。ご批判は覚悟の上です。
 小生は一番の国士にして保守の方は平沼赳夫先生と信じておりますが、いまは安倍政権を支えねばならないと言う以外の選択肢を探すのは困難という事は承知しております。
 だからこそ生意気ながら苦言を呈させていただきました。

junn

No title
日本国内の神社、仏閣、歴史的西洋風建築物、日本建築、その他ご神木の被害が大変なことになっています。

”一部”です。

2009年
2月 神奈川県伊勢原市 高森神社 本殿・拝殿、八坂神社の本殿が全焼
岐阜県笠松町 無動寺の光得寺内の住職宅が全焼
奈良市大和田町 白龍神社が全焼
兵庫県姫路市 光久寺 重要有形文化財の本堂(護摩堂)が全焼
神奈川県相模原市 石楯尾神社の休憩所・車庫が全焼
3月 奈良県天理市 出雲建雄神社拝殿の格子戸など7箇所焼損
岐阜県大垣市 正林寺 本堂・庫裏が全焼 幕末の掛け軸他焼失
   神奈川県小田原市 赤沢観音堂が全焼
4月 岐阜県揖斐川町 天聖大神社 神主の知人が放火、全焼
9月 福島県会津坂下町 諏訪神社 本殿・拝殿・参集殿など全焼
10月 埼玉県春日部市周辺で5箇所連続放火
    越谷市稲荷神社全焼 ・ 春日部市谷原香取神社の本殿拝殿全焼    春日部市 稲荷神社床焦げ ・八坂神社本殿全焼 ・備後須賀稲荷     神社、拝殿全焼
2011年 
1月 神奈川県厚木市 浅間神社全焼 賽銭箱裏側から火
3月 岐阜県大垣市 白鬚神社が全焼
8月 千葉県成田市 宝徳寺観音堂 全焼
9月 京都市 三縁寺の本堂全焼
11月 静岡市 美濃輪稲荷神社が全焼 清水次郎長ゆかりの神社
12月 東京都千代田区 靖国神社楼門の一部焼ける

2013年
1月 福井県美浜町 西誓寺本堂が全焼
    富山県魚津市 火の宮神社の社殿が全焼
    和歌山市 普門寺の本堂全焼
    福島県白川市 天神神社、本殿などが全焼
2月 東京都八王子市 千代田稲荷大明神の拝殿が全焼
3月 神奈川県座間市 栗原神社の神楽殿・民家2棟が全焼
4月 福島県飯舘村 山津見神社が全焼
    熊本県玉名郡 片峯菅原神社の本殿・物置が全焼
    東京都高尾市 千代田稲荷大明神の拝殿全焼 
5月 東京都三鷹市 井の頭公園内の親之井稲荷尊神社から出火 放火の疑い
  長野市 八幡神社 拝殿・神殿が全焼6月 大阪府富田林市 正受寺と前住職の住宅が全焼
7月  愛知県安城市 法蔵寺の一部が燃える
  岩手県盛岡市 瀧源寺の本堂全焼
8月  愛媛県松山市 宝厳寺が全焼、国指定重要文化財「木造一遍上人立像」が不明
9月  茨城県ひたちなか市 湫尾神社の本殿拝殿 全焼 ・ 金砂神社の本殿拝殿 全焼
 愛媛県松山市 厳嶋神社 拝殿・神輿が全焼
 靖国神社 トルエン持参の韓国人男が放火目的で侵入 
10月  神奈川県川崎市 「天照大神」本殿・神輿など全焼 


膨大な被害が発生しています。(それでも、ただの抜粋です)

このままでは、日本の大切な宝がどんどんなくなってしまいます。

ビザなし渡航も、考え直していただかないと。

虎さん

北海道新聞は反日か
皆さん今晩は、道新にクレームをつけておきました。

子ども新聞に、
真珠湾は日本が攻撃をして、アメリカとの戦争を始めた場所です。

この記事では日本がいきなり、この野郎真珠湾をぶっ壊してやる
って純真、無垢な子供達に教えているとしか取れませんよね。

で、TELいれときました。
なんか元気の無い声で、ハイわかりましたとさ。

部数が減って潰れてしまえ。って言いたかったけれど私は気が弱くて言えませんでした。

左より真ん中になって欲しいですね。
お願いします。

-

No title
日本人は今こそ福沢諭吉を読むべき。
そんな風に思います。

為末 大 twi

不条理の受け入れ方
競技をやり始めて最初の頃は横一線でライバル達と争っていても、段々と年齢を重ねていくと、敗れて去り、敗れて去りと、徐々に減っていく。
勝ち続けるという事は誰かを負かして諦めさせるという事も含んでいて、それでも僕は僕が最も努力しているから勝っていると思っていた。

24歳で始めてアメリカに行った時、ハードルを始めてたった1年の16歳の少年に負けた事があった。
学校に通いながら一日1時間の練習でそれでも僕を追い抜いていく人間をみて、もしかして人間には持って生まれたものがあるのではないかというのを考えるようになった。

僕が倒してきたライバルは、本当に僕よりも努力していなかったのだろうかと悩むようになった。
もしかしたら僕よりも努力した人間もいるかもしれない。それでも勝つ事はできなかった選手がいる。誰かが引退して声をかけられるたびに、背中が重くなっていった。

震災後に、ある陸上部の少年と話をした。

彼が言った言葉が今も心に残っている。”どうして真面目に生きていたのに、僕のお母さんが津波で流されたのか今のよくわからないんです”僕は何も言えずに、目も見る事ができずに、聞くしか無かった。

世の中は不条理に出来ている。真面目に生きた人が津波で流され、努力しても報われるとは限らず、いつ自分が死ぬかすらも選べない。
自分が何に生まれつくかを私達は選べず、自分を受け入れて因果の無い世界を生きていくしか無い。

【終わり】
パラリンピアンの広告がある。
右足を失った女性が前を見据えて立っていて、こう書かれている。
”失った右足を嘆いて生きるのか、残った左足の可能性を見て生きるのか。
私は後者を希望と呼ぶ”不条理を受け入れた上でそれでも希望を見る事が尊いのだと私は思う。

twi

『日本人はなぜ存在するか』
『日本人はなぜ存在するか』は、小熊英二さんの『日本という国』と合わせて高校生や大学の新入生が読むのがいいと思った。面白いのは歴史学者の書いた前者がより社会学的に読めて(再帰性成分の高さ?)、社会学者の書いた後者が歴史学っぽく読めること。

與那覇潤さんの『日本人はなぜ存在するか』(集英社インターナショナル)が面白かった。
社会学勉強する人が一度は「は?」ってなるだろう再帰性について非常にわかりやすく説明されている。社会学入門にもなるとてもいい本だと思いました。

-

與那覇さんの新刊『日本人はなぜ存在するか』は、地方公立大での全学向きの教育実践として読むと、「ハイコンテクストなものをローコンテクストに翻訳する能力」はむしろ教える側にこそ試されている。
その意味で、本書はすぐれて「翻訳」論であり、直接法による「第二言語習得論」なのではないか。

道産子

北海道新聞が大嫌い さま。
私も北海道新聞が大嫌いです。
卓上四季の下劣さには閉口する日もあります。
また、それを書き写す専用のノートを書店で売っているのも呆れます。
そして学校の教材にもなっています。
新聞も悪ければ、北教祖による教育も悪い。
北海道の子供たちは、競争の少ないおおらかな環境で逞しさも育めないまま大人になろうとしています。

博多のオバァ

本筋
いつも 筋道たて解りやすい 解説をありがとうございます  【難解な事を子供から年寄りに至るまで わかる様に伝えるのは難しいんだぞ…】 【書いて解らねば絵で絵でわからくば読んで わからせてくれ】と 神道最高位の方からご指導頂きました 立派な語彙を並べると本当に (お偉さんでいらっしゃる)……… ですが難解な 宇宙哲学 宇宙物理は 日常の日々の中に因果応報 法則として活きています    既に 隣国では現れ初めました 法則(筋道外れた行い)…(受けた恩を知らず返さず)…自分さえよければ)(恨みつらみの汚い想い)これらのエゴは誰のせいでもなく自身の想いから必然と破滅自滅むかう…法則は万人に通じるため…他国にも働きますが 私自身にも働きます日々の想いに気をつけ行動です……… この先  【 日本人的思考が 世界を牽引する】   の思いに揺らぎはありません 知るにつけ 仕事を通し 社会還元する との想いが強くなりました

団塊の世代の後輩

No title
近代の偉大なる先人の方々・・勤王も佐幕の方々はその時その時代に自らをかえりみず、我が国の将来を思い必死に考え、行動されたものと推察いたします。その尊い自己犠牲の上にアジアにおいて我が国だけが“白い悪魔ども=欧米列強”に対抗できうる近代国家となり、孤独な戦いに追い込まれ、戦闘に敗退し、しいては思想にまで干渉される有様となってしまいました。ただし、この腐った売国思想は明らかに“火事場泥棒”甘い汁を吸い続けようとするシナ&朝鮮どもの所業に間違いありません!今こそ立ち上がれ日本人!!負けるな日本!!

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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
連絡先: nezu3344@gmail.com
電話:080-4358-3739
出身:静岡県浜松市
住所:千葉県野田市
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「明治150年真の日本の姿」、「日本と台湾の絆」、「奇跡の将軍樋口季一郎」、「南京事件は4度あった」、などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。
日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
《著書》
『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』
『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦
『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』
『誰も言わない ねずさんの世界一誇れる国 日本』
最新刊
『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』
『ねずさんの世界に誇る覚醒と繁栄を解く日本書紀』

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