文明の衝突

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鹿鳴館の舞踏会
鹿鳴館の舞踏会


ある米国黒人が言ったそうです。
「俺たちの祖先は人じゃない。奴隷だ」

この言葉には、たいへん大きな意味があります。
「人ではなかった」というのです。

アメリカには二種類の被征服民が存在します。
ひとつは、みなさまご存知の通り、黒人たちです。
彼らは、奴隷となることで、人種を保持し、つなげました。
ただし、現在米国にいる黒人の方々は、肌の色が黒くても、ほぼ100%白人との混血種です。

もうひとつは、アメリカインデアンたちです。
アメリカインデアンたちは、白人の奴隷となることを断固拒否しました。
そして戦いました。
その結果、彼らは、死滅させられました。
彼らは、もともと北米大陸に800万人の人口があったと伝えられています。
けれどいま、北米大陸に現存するインデアン種は、たったの35万人です。
そして全員、白人との混血種です。

文明の衝突という言葉があります。
平成8年(1996)に出版された、米国の政治学者サミュエル・ハンチィントンの著書のタイトルで有名になった言葉ですが、この本の衝撃は、あまりに強いものでした。
それは、異なる二つの文明が衝突したとき、それは「どちらか一方が消滅するまで戦いが続く」ことを意味するものだったからです。



戦いの結果は、どちらかの文明が完全に滅びてなくなるまで続きます。
そして滅びる側のは、文明も種もなくなるか、世界秩序の中で劣位・・・つまり下位に置かれる(奴隷化する)ことで文明が滅んで種だけが生き残るか、そのどちらかの選択しかないというわけです。

上の例でいえば、文明も種も滅んでなくなったのが、アメリカインデアン。
文明が滅び、言語も失われたけれど、種だけが混血して生き残ったのが米黒人種ということになります。

他にもあります。
かつて南米には、スペイン、ポルトガルがやってきました。
そしてアルゼンチンやウルグアイは、完全に白人だけの国家になりました。
そこには先住民の文明も、種も、痕跡さえなくなっています。
そこでは先住民族たちが、ほぼ完ぺきに抹殺されたのです。

同じ南米でも、エクアドルやペルー、ボリビアなどには、原住民系の顔立ちの人たちが数多くいます。
けれど彼らは、支配階級が白人の純血種、そして先住民系の人たちは貧困な被支配層となっています。
そして、100%白人種との混血です。
そして先住民たちが、かつてもっていた文明は、言語習俗習慣さえ、完全に消えてなくっています。

このことは現代においても、わたしたちの目の前で繰り広げられています。
中共漢族によるチベット、ウイグル、女真族に対する民族浄化と称する混血の推進と文明と血の消去がそれです。

これが文明の衝突です。
文明の衝突は、片方が完全に絶滅するまで続けられるのです。

日本は、もともと多文化共生を目指す社会です。
東亜のはずれにある島国の日本には、かつて様々な種がやってきました。
有色人種もいたし、白人種もやってきました。
けれど、そうした様々な人種や文明が、日本という国でひとつに溶け合い、融合し、それぞれの良いところを活かしあって、日の本にひとつになり、日本というひとつ屋根の下に暮らす家族となって、新たな文明を長期間に渡って築いてきたのが日本であり、日本文明です。
日本は多神教国ですが、それは同時に多文化共生国であることをも意味しています。

その日本に、かつて、異文化排除をもらたす征服民族の脅威がやってきました。
日本は、多文化共生社会と種を維持するために、国内の大改革を成し遂げ、むしろ積極的に彼らの文明文化を取り入れ、学び、努力して彼らと「対等な国」つくりを行いました。

その最初の出来事が7世紀の大化の改新でした。
Chinaに新たにできた軍事国家「唐」の大帝国の脅威の前に、彼らの文明を積極的に取り入れ、学び、国内の大改革を実現したのです。

その大改革によって構築された体制は、約千年続きました。
途中に、政権は貴族政権、武家政権と様々に変化しましたが、その基本となる統治体制は、ずっとそのまま保持されました。

ところが19世紀に、欧米列強の脅威がやってきたとき、日本は、二回目の大改革の必要に迫られました。
文明の衝突に勝ち抜き、日本の文化文明と種を保持するため、むしろ積極的にその脅威の根源となっている欧米の文化を学び、取り入れ、彼らと対等な国家の構築を図りました。
明治維新です。

明治維新のはじまりは、嘉永6年(1853)の黒船来航である・・・と、このことは、誰もが同じ認識であろうと思います。
学会においても、そういう認識です。

けれど、「では明治維新のゴールはいつなのか」という点に関しては、学会においても諸説あります。
明治政府の樹立をゴールとするもの、大日本帝国憲法制定をゴールとするもの、明治44年の条約改正をゴールとするもの等、さまざまです。

明治維新を、内政という面で見るならば、なるほどそのような見方ができようかと思います。
ただ、明治維新を日本文明と西欧文明の「文明の衝突への応答」とみるならば、実は、まだその衝突状態は続いているともいえるのではないかと思います。

なぜなら、日本が不平等条約を解消して、欧米諸国と完全に対等な独立国となり得たのは、嘉永6年の黒船来航以降、実は、たった3年間しかなかったからです。

高村光太郎が、真珠湾攻撃を寿いで詠んだ詩があります。

========
「鮮明な冬」
 高村光太郎

黒船以来の総決算の時が来た
民族の育ちが それを可能にした

長い間こづきまわされながら
なめられながら しぼられながら

仮装舞踏会まであえてしながら
彼らに学び得るかぎりを学び

彼らの力を隅から隅まで測量し
彼らのえげつなさを満喫したのだ

今こそ古にかへり 源にさかのぼり
一瀉千里の奔流となり得る日が来た

われら民族の此の世に在るいわれが
はじめて人の目に形となるのだ

ひよどりが鳴いている 冬である
山茶花が散っている 冬である

だが昨日は遠い昔であり
天然までが我にかえった鮮明な冬である
=======

有名な詩ですが、ここに「仮装舞踏会まであえてしながら」という一文があります。
これは鹿鳴館のことを指していることは明白です。

日本がここまでして「彼らに学び得るかぎりを学び、彼らの力を隅から隅まで測量し」たのは、まさに日本の独立自尊を保持するためです。
そしてそれが具体的には、不平等条約の解消のためでもありました。

その不平等条約は、2つから構成されています。
ひとつが関税自主権、もうひとつが治外法権です。

このうち関税自主権については、明治44年に日本は自主権を回復しました。
これがひとつの日本の不平等条約解消の節目になったということは、事実です。

ただし治外法権は、その後も残りました。
もちろん、外国人が日本の領土内のどこででも犯罪を犯しても日本がそのことの罪を問えないという点に関しては、明治時代に解消しています。

ところが、いわゆる「外国人居留区」内における治外法権は、その後も維持されていたのです。

これが具体的にどういうことかというと、たとえばいまの東京都新宿区の大久保界隈は、コリアタウンになっています。
そのコリアタウン内で、日本人女性が強姦され、日本人男性が暴行を受けたり殺害されたりしたとしても、日本国政府には、その犯罪者に対する捜査権も逮捕権も、裁判権さえもない。
そう考えたら、この治外法権が、どれだけとんでもないことか、ご理解いただけようかと思います。

こういうことが、神戸や横浜などの「外国人居留区」には、その後もずっと保持され続けていたのです。

この「外国人居留区における治外法権」が、完全に撤廃されたのは、なんと昭和17年のことです。
つまり、大東亜の戦時中のことです。

そして昭和20年の終戦、そしてGHQによる占領統治によって、再び日本は、治外法権の国となりました。

さらに昭和22年には、日本を属国とするための、日本国憲法が施行されました。
そしてその日本国憲法は、いまだに日本の憲法となっています。
つまり、日本は、相変わらず不平等な地位におかれたままになっているわけです。

このことは、国連においても明らかなことです。
国連憲章において、日本は、いまもなお、敵国のままです。

これが何を意味するかというと、国連憲章というのは、国際秩序を定めたものである、ということです。
そしてその国際秩序は、五大国(米、英、仏、ソ、China)が、世界の警察と軍事を取り仕切る国であり、その他の国は、その五大国に従う。
そして五大国およびその他の国々は、敵国を常に監視し、戦いを続ける、という世界秩序構造にあるのが、国連秩序構造である、ということです。

このことを簡単に図式化すると、
=======
【国連による世界秩序】

「五大国」=世界を取り仕切る警察
  ↓
「加盟国」=その警察に協力し、その協力の代償として連合国に護ってもらえる諸国
  ↓
「敵国」=五大国と加盟国が連携して叩きのめす対象国
=======
となります。

そして日本は、その「敵国」として、いまなお、国家非常大権を持てず、竹島に代表されるように、連合国から明確に国家主権の及ぶ地域として特定されている竹島さえも、隣国に軍事占領されながら、手も足も出せず、日本人が一生懸命働いて得た富みは、まるごと、他国に吸い上げられるという状況が続いています。

李承晩ラインを、韓国が勝手にひいて、日本人漁民を勝手に逮捕拘束し、死者までだしても、当時の国際世論は、日本の味方にはなりませんでした。

これは、誰がどうみても、韓国の非道です。
しかも韓国は、大東亜の戦いの頃には、日本であり、連合国と戦った民族です。
ところが、連合国によって、新国家を形成してもらい、しかも当時は朝鮮戦争のさなかで、連合国に味方してもらって、北と戦争をしていたわけです。

そして連合国は、なんとかして、日本に再軍備させ、朝鮮戦争に参戦させようとしていました。
これが、突然、サンフランシスコ講和に至った理由です。
にもかかわらず、李承晩は、日本が再武装して参戦してきたら、自分個人の地位が危うくなることを心配して、日本に対する嫌がらせとして李承晩ラインをひき、筋の通らない竹島の領有を主張し、日本漁民を拿捕したわけです。

誰がどう見ても、これは非道以外の何者でもないのですが、戦時中につくられた国連秩序のうえからは、韓国は、連合国(つまり国連)の庇護下にある国です。
これに対し、日本は「敵国」です。
それが国連秩序です。

ですから、サンフランシスコ講和まで用意して、日本を朝鮮戦争に狩り出そうとした米国の思惑は、その秩序の上からは、単なる御都合主義と写ったし、だからこそ、吉田内閣が言を左右にして占領統治基本法である日本国憲法を盾にとって、朝鮮戦争参戦を拒んでも、さしものアメリカも、無理強いはできなかったし、結果としてサンフランシスコ講和条約を、朝鮮戦争参戦という見返りなしで結ばざるを得なかった。

けれど、その代わり、日本は、占領統治基本法体制のまま、戦後68年間、ずっと置かれたままになったわけです。

そのことを、見事に立証してみせたのが、実は東日本大震災でした。
東日本大震災が発生したとき、アメリカは、即時、米軍を日本国内に進駐させました。
見かけ上も、たてまえも、「オトモダチ作戦」という体のいい言葉ですが、当時、菅内閣は、米軍の被災地への上陸を拒否したという経緯があります。

国家を代表する内閣が拒否したにも関わらず、米軍は、それを完全無視して、「ハーイ、オトモダチ、オトモダチ〜〜♡」といって、勝手にガンガン、日本に上陸したわけです。

このことは、被災地にとっては、とても良いことでしたし、米軍の行動は、たいへんにありがたいこととして、歓迎すべきことです。
ですので、この「被災地への米軍上陸」は、ありがたいこととして、感謝すべきことですし、実際それによって、多くの命が救われたわけですから、これまた、甚大な感謝を捧げるべきことです。

そして、このことは、同時に2つのことを、わたしたちにしっかりと考えることを要求しています。
ひとつは、国家には「平時」と「非常時」があるということ、もうひとつは、戦後の日本は、世界の国々と「対等な国」ではない、ということです。

占領統治基本法である日本国憲法は、あくまでも連合国が日本を統治するにあたって、平時における国の在り方を規定した、アメリカ人によって書かれた法律です。

「平時」というのは、通常の法が機能する状態です。
その状態においては、日本国憲法が規定する、三権分立も、主権在民も、戦争放棄も、それなりに正常に機能します。
けれども、法が及ばない「非常時」においては、それら「平時法」は、まったく機能しません。

大規模震災が起こり、国家非常事態に陥ったとき、三権が分立していては、内閣が行政権を駆使して治安維持と災害波及をなんとかしてとどめようとしても、常に議会はその行為について、ケチをつけ、紛糾するし、何より迅速な意思決定が損なわれます。
加えて、内閣の緊急対応について、後日逐一司法によるチェックが入るとなれば、なおのこと、行動は阻害されます。

早い話が、大規模震災が起こって、街が壊滅して、瓦礫の山となったとき、非常事態対応ができるだけの装備も訓練も、警察にも消防にもありません。
頼りになるのは、軍隊だけですが、その軍隊の存在を憲法が否定しているというならば、内閣はその軍隊(自衛隊)の派遣さえも本来のタテマエの上からはできません。

実際、東日本大震災においては、陸自の幕僚長には災害派遣の権限さえなく、幕僚長が辞表を胸に、出動命令を出したという事実があります。

さらにいえば、竹島を韓国が勝手に軍事占領した、そのような事態は法の想定する事態ではありません。
そうした法の想定していない事態に際して、日本のいまの法は、何の対処もできません。

また、尖閣にChina漁船が侵入し、その漁船が海保艦に体当たりをしてきたとしても、それに対して事前に迎撃をすることができません。
なぜなら、それが、法が想定している平時の事態ではなくて、非常事態だからです。
そうした非常事態への権限は、いまの日本では誰も持っていません。

また自衛艦に、あからさまな体当たりというテロ行為が行われても、それに対する対応ができません。
法が想定した事態ではないからです。

もっというなら、ペルーで日本大使館が襲撃され、ペルー駐在の世界中の大使やその家族、子供たちまでが人質になるという事態が発生しても、日本政府には、総理大臣が、木村屋のアンパンを120個差し入れることくらいしか、現実に対応ができない。
日本国憲法には、国家の非常時において国や国民を守るために必要な規定が、何もないのです。

そしてこのことは、ふたつめの問題、すなわち「日本は世界の諸国と対等な国家ではない」ということを証明しています。
なぜならもし万一、東京や大阪などの大都市に、他国からいきなりミサイルを撃ち込まれても、日本には何もできない国だからです。

李承晩ラインという非道によって日本人漁民が他国に拿捕され殺害されても、北朝鮮によって日本の国土内で日本人が拉致され、殺害されても、あるいは明らかに日本の領土である竹島を軍事占領されても、あるいは日本の海自艦に、他国の船が体当たりテロをしても、あるいは自衛艦に漁船が体当たりテロをかましても、あるいは、外国にある日本の大使館が襲撃されても、日本には何もする権利がない。

いまのところ、まだアメリカが日本占領統治を続けていますから、まだマシなようなもので、すくなくとも、国連(連合国)の五大安全保障理事国の中には、中共政府もその一角となり、また国連(連合国)の事務総長は、なんとあろうことか韓国なのです。

もし、中共、北朝鮮、韓国などが、米国に代わって日本統治に名乗りをあげてきたら、いまの国家非常大権を放棄した日本国憲法では、まったく対処ができないのです。

いまが、安全、安心だから、未来もずっと安全で安心だとは限りません。
未来を担うわたしたちの子供や孫の時代において、わたしたちの子孫たちが、今以上に、安全と安心と繁栄を手にするためには、わたしたちは、しっかりと事実を踏まえて考え、行動していかなければならないと思います。

列強との不平等な関係の修復。そのためにわたしたちの先人は、大日本帝国憲法をつくり、苦しい戦いを戦い抜き、国を護るために多大な犠牲をはらいながら、日本を諸外国と対等な関係にしようと努力を続けてきました。

そして振り返ってみれば、徐々に不平等な関係を修復したとはいえ、幕末以降、日本が完全に諸外国と対等な関係になったのは、戦時中のわずか3年間のことでしかありません。
そしてその不平等な関係は、幕末の黒船来航から160年を経たいまもなお、継続中なのです。

高村光太郎の詩にある、
「長い間こづきまわされながら
 なめられながら しぼられながら」
という状態は、いまもまだ続いています。
わたしたちが、日本を取り戻すための戦いは、いまなお続いているのです。

わたしたちの祖先は、わたしたちの国が持つ多文化共生社会を護るために、大化の改新を成し遂げ、また自主憲法としての大日本帝国憲法を制定し、他国からの文明の脅威に対しての応答を成し遂げてきました。
そして69年前に大きな敗戦を経験し、世界秩序の上からは、たいへん残念なことに最下位の「敵国」という状態におかれて、いまに至っています。

大局的にみると、これからの世界は、欧米文明圏と、中華文明の衝突の時代にはいっていくと思います。
この衝突は、共産主義と自由主義の衝突以上の大規模な衝突となっていく可能性を秘めています。
いまの世界は、そうした衝突を避けるために、あたかも日本をスケープゴートにして別に敵国とすることで、目先の衝突を避けているかのようにも見えます。

そうした衝突を避けるためにも、日本が2千年以上にわたって築き上げて来た多文化共生社会の仕組みや仕様は、今後、もっと研究されて良いものだと思うし、衝突を避けるための答えも、まさに日本という国の中に、その答えがあるように思います。

武力を用いて人が人と殺し合うことほどの不幸はありません。
そうした事態を避けるためにも、わたしたち自身が、わたしたちの国をよく知り、そしてその情報を世界に向けて、もっと大きく発信していくことが、今後、ますます重要性を増してくるのではないかと思います。

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コメント

takechiyo1949

2月からの連投…ごめんなさい
マンションの大規模修繕の目玉は「鳩対策」でした。
鳩も生き物だから考える筈です。
大金を掛けても完璧な対策は無理だろうな~と思いながら専門業者を呼びました。
面白い話を聴きました。
『鳩の喧嘩』
二羽の鳩を閉じ込めると喧嘩を始め、際限なく殺し合う…負けた一羽が絶命しても攻撃を続け、体をバラバラにしてしまう…容赦無しだそうです。
なんで?
業者は言いました。
鳩は爪も牙も無いし、相手を追い掛け回しての攻撃力もありません。
だから、広い場所では群れて、一見仲良く行動しています。
鳩達は自分の事を「弱い奴」だと思っています。
しかし「条件」さえ整えば、忽ち「暴力の塊」になります。
攻撃した経験が無いから「ここまで」の抑制心も無いのです。

鳩は「平和の象徴」ですよね。
そんな習性を聴いて、とても驚きました。

人間様はどうでしょうか。
裸の自然界では鳩と同じ。
自分は弱い!
虐げられている!
だから何をしてもいい!
人間の根本的な本能って?
もしかしたら「暴力を抑制する心」など持って無い?
だから、際限無い残虐行為をする?
そう言えば…おとなしい人ほど意外と危ない!
そうも言いますよね。
おとなしい我国も怒れば恐い!かな?
『文明の衝突』
改めて読んで、人の二面性を考え込んでいます。

takechiyo1949

正しい母語教育の維持を
『国連』って機能していません。
戦勝5カ国の拒否権は最悪です。
公平な裁定など出来る筈はありません。
更に金の問題もあります。
日本の拠出金は11%~20%以上で、それを長期負担させられています。
しかるに…日本は「常任理事国」にもなれず、強力な発言力もありません。
国連公用語は次の6言語です。
・英語(10億)
・仏語(1.5億)
・露語(3億)
・中国語(13億)
・スペイン語(4億)
・アラビア語(1.5億)
次の言語は拒絶されてます。
・ヒンズー語(7億)
・日本語
・ポルトガル語
・ベンガル語
こんな不合理と不公平が罷り通っているのが国連です。
全く納得できません。

『文明の衝突』という著作物を目にしたのは随分前のことになります。
日本の文化と世界観。
その独自性は「二千年来の母語の植民化を許さなかった」からだと思います。
正しい母語教育の維持継続!
心から願っています。

-

No title
 いろいろ始まっています。
助かろうとそれぞれの国が必死です。
事が終わって、
変わらぬ日常が有ってくれたら最高です。

古希のネトウヨ

No title
羽生君が素晴らしい。
私はついにTVは見ていないが、漏れ聞くところによると、彼は最初から「日本」「日本人として」等、日本を連呼している。
安倍首相は「日本男児」と称賛したそうだが、正にあの姿は美しい日本の男ではある。
日本を信じれば金メダルも取れるのだ。
日本の現状は危険に囲まれているが、国民が日本人としての誇りを失なわなければ、滅びることはないと確信している。日本の最大の武器は、日本に誇りをと信念を持った国民が、家族の様にまとまることである。
法律があろうがなかろうが、日本人の生命財産を守ることは正義である。
日本は良い国である。このことを拡めよう。

団塊の世代の後輩

No title
森羅万象、物事は単純明快!嘘で塗り固めた野蛮国(米国も含む!)らにはいつの日か天罰が下り、消滅するに決まっている!そう信じて頑張るのみ!以上!!

栄二

いつも更新楽しみにしてます
何故か、涙がとまらない。悔しさからだろうか不甲斐なさからだろうか。

自分はまだ36歳、若輩者ですが心から祖父を祖父の戦友を信じていられる。
これは、幸せなことです。

これから日本を取り戻す為の日本民族を取り戻す為の、自分達の闘いがはじまる。
頑張ろう日本!!

愛国日本!反日撲滅!

信じる事と考える事
今回の記事での想いを実現させるには、と考えてみれば、私は「考える」という事がもっとも大事だと思っています。加えて最善を考え、その上で最良を考える事が肝要であると思っています。それをしなければ最悪な状況を、遅かれ早かれ招くと思っています。全て「思っています」としましたが、私はこれは断定しても良いと感じています。

恐らく、ねずさんを始めとした保守の方々が常々「考えてほしい」といった言葉を発せられている事からも、同じ様に思われているのではないかと推察しています。なので私は、そういった方々は、「日本を良くしたい」と心の底から想っておられるのだろうと信じています。

ですが私は、そういった方々の言動までは信じていません。そういった方々を信じるからこそです。だからそういった方々の言動がおかしいと思った場合、それについて考える事が出来ます。あの言動はどういう意図を持って発せられたのかと。これは既に「諌言」という制度として昔は使われていたそうです。今でも古くから在る場等では用いられているかもしれません。

以前、某テレビ報道で教育に体罰は必要か否か、という風な発言を求められた私が信じかつ尊敬する方が、体罰に対して否定的な発言をされました。私はそれに対しおかしいと思ったので考えてみました。結果、その方の立場とテレビという媒体でその発言の影響を受ける人、また現状の日本の道徳観の低下、そういった部分を鑑み、その方の立場ではこれが最良なのかなとしました。実際その限りかどうかまでは解りませんが、その方への信が揺らぐ程の事ではない、と考えたから一応の答えが出たのだと思います。

つまりは、信じるとは、人を信じて言動は観る事であるかと思います。そうすれば、その人が道を踏み外したり疑問に感じる言動をした時に、その言動から意図を推し量ることが出来ます。そして、これには常に考える事が必要になってきます。考えるという行為は何かしらの信念がなければ疲れますし面倒です。誰かの言動を信じてそれに従っている方が楽です。その従う相手が我国の天皇や、それに習い古来より我国でその土地々々を治めていた様な方で在れば十分に機能するかと思います。

しかしながら、現状の日本では、それは正常に機能しないシステムと成りつつ在ります。インターネットの普及による国民の覚醒が物語っているかと思います。皆自分自身で考え始めています。そういった方々は、恐らくは自身の人生において、それに気付くキッカケ、そのキッカケに気付き考える為の試練を受けている筈です。なんのキッカケもなしに、何の試練もなしに、「考える」という行為は興りません。特に平和な時ほどそれは顕著です。例えそれが偽りの平和でもです。

そしてこの負の連鎖の発端は、恐らくは、長らく続いた我国の鎖国と、それに伴う長期の平和で在り、それが結果的に明治維新となり、地理的に重要で在るが故に保身が働いた朝鮮半島への甘やかし、そして現状の国内外問わずの反日の蔓延に繋がっている事が見えてきます。これを批判する訳でも歴史を非難する訳でもなく、歴史から学ぶという観点で振り返れば、全ては「保身」から来ている事が伺えます。

ねずさんが同じ様に思っておられるのかどうかは解りませんが、記事内で、明治維新の始まりは学会では黒船来航だと、紹介されています。ですが私はそうは思いません。

確かに表面的な動きが在ったのは黒船来航時かもしれませんが、その布石となったのは、長らく続いた「保身」からくる鎖国による、国同士の交わりを絶った事で得た長期の平和ではないでしょうか。その長期の平和の中では戦乱も在ったかと思います。しかしその結果、江戸時代の様な今から見れば極楽浄土の様な平和を得たのではないでしょうか。

ここまでは私は万全だと思います。ですが、その極楽浄土の様な平和の下、平和下こそ戦乱への心構えを堅持する必要が在る、それを怠れば再び戦乱を招く、それ徐々に薄れていったからだと私は思います。恐らく、ここで平和を謳歌するのではなく、その平和の下、より一層世界の平和の為に尽力する事が最良だったのではないかと私は感じています。それが出来なかったのは、地球という今で見れば広いようで狭い空間で、戦乱が絶えない他国と交わる事を止め、自国のみで完結してしまったからの様に伺えます。その結果、黒船来航という現象が堰を切って、そこから溢れ出した現象が明治維新で在ると私は見ています

これら歴史を批判・非難するつもりは毛頭在りません。ただ、私はこう考え、ここから学ぶべきだと感じました。歴史から学ぶべきだと感じました。

念の為、それらは全て、もしかしたら、物凄く長いスパンで考えた上での選択だったのかも、という事も考えられますが、いずれにせよ、保身に限らず人の「楽・欲」が関わると、いずれその時選んだ「楽・欲」のツケは返ってくる事が伺えます。それらは事の大小多少を問わずです。そのツケが許容できる範囲で在るか否か、それを戒めているのが道徳ではないでしょうか。正しい道を外れれば当然、元の正しい道に戻る必要が有ります。そこに道がなくとも元の正しい道が解っていれば路を造って戻れます。道徳を重んじ護れば、道から外れる事もなく、その苦労は有りません。

以上を踏まえれば、今私達が受けている試練は、全ては道徳から外れた事による事象で在る事が見えてきます。そして我国の特性、道徳観、護るべきもの、それは神道と武士道が対で在る状態に他有りません。これが最も目指すべき最善の形であると私は思います。思いますとしましたが、断言しても良いかと感じます。

それを踏まえて私は、毎日考えています。深く深く、考えに考え、その時々の最善と最良を考えています。大抵は答えが出ますが、それは私が知り得る情報を元にした答えでしか有りません。基本的に社会の上部・中央に居られる人の方が正しい情報を元に正しい判断が出来るかと思います。つまり、私以上にねずさんなら、ねずさん以上に安倍総理なら、というのが通常ですが、安倍総理以上にねずさんが、ねずさん以上に私が、という場合も在るかと思います。特にネットが普及した今、我々の方がつぶさに反日やら売国やらの工作を目の当たりにする事も可能です。時間が取れるからという事も有りますし、いわば被害を直接被る当事者だからです。実際経験してみないと本当のところは見え辛いものです。

以上を踏まえ、私が深く考え続けた結果、現時点での、ひとつの答え・結果に辿り着いています。

それは、平和な時こそ争いで得た教訓を忘れず、それを堅持する必要が在り、古来より我国が護ってきたものでも在るということではないでしょうか。それが現状は衰退の一途で在るように感じます。昨今、多少盛り返しているようにも見えますが、上辺だけの様に感じます。

我国では、先人からの恩恵を賜り、信じていれば良い状態でも成り立っていたのではないでしょうか。しかしいつからか、それが慣習となり、それが災いし先に述べたような歴史を辿ってしまったのではないでしょうか。

世を治めるのならば信じさせ、その余剰で国を育む事に力を注いで貰う方が良いとは思います。ですがそれはあくまでも、悪意なき世、もしくは悪意に対する術を確立している様な世でのみ通用する考えだと私は思います。

近頃、和歌に物凄く深い意味が在るという事を、このねずさんのブログで教わりました。その意味を知るには深く考える事が重要で、つまりは古来より我国は「考える」という事が重要だという事を知っていた筈です。

それを踏まえ、現在では情報伝達、発信、受信、それらの技術が目まぐるしく発展しています。ある程度は誰でも簡単にそれを享受できます。昔と今とを比較し分析すれば、昔は一部の人間(支配層)だけが「考える」だけで成り立ったものが、今ではそれが仇と成り、多くの考えない人々が「楽・欲」へと傾いています。考えない状態では「楽・欲」へ向かうのは必然です。生物で在るが故の性です。

それを抑制するのは道徳ですが、自ら考えない者が、平和下では、その道徳を疎んじる事は歴史を振り返れば見えてきます。世に「楽・欲」の元が増せば尚更、さらに諸外国と交われば尚更であり、それはいずれは悪の世へと繋がります。

我々の世は善と悪の世の狭間で在ろう事が解ります。我々次第で、この世は、いわゆる天国にも地獄にもなるのです。そして絶対な善の世・天国とは我々の望む共存ではない筈ですし、悪の存在しない世など在り得ません。なぜなら悪とは人の「楽・欲」が度を越えた結果であり、人が存在する限りは無くなる事のないものだからです。それを理解せずに善の世を築こうとすれば、悪が滅びるまでやらなければ成りません。

そもそも悪は平和下ほど芽生えやすいものです。だからそれを刈り取る仕組み・制度と言ったものが必要であり、それが神道と武士道が対で在る状態なのだと私は思います。それができない状態で争うから争いが耐えないのです。

この部分は何を差し置いても最も重きを置いて改善すべき点だと私は思います。思いますとしましたが断定しても良いかと感じています。

このまま「考える」という行為を蔑ろにし続けてしまえば、情報伝達技術の発展が進めば進むほど、人は「楽・欲」へ流されて行く筈です。再度言いますがその先は悪の世です。非常に長いスパンで見なければ解り辛い事ですが、遅かれ早かれ、そうなる筈です。その最善は、又は最良は何時如何なる時か、深く考え、最善を知り最良を選択する準備が出来ていなければ成らない筈です。

教育・道徳も大事です。経済も防衛も勿論大事です。ですがいずれを持ってしても、考えない大多数の国民が、現状のまま考えない状態では、イザというとき悪意に利用されてしまいます。これは世の歴史が物語っています。私達は学ぶべきです。そして何よりも我国の国民に対しては、「信じる事と考える事」についてを考える様に促す必要が在るかと思います。

その手段の一つに神社が在るかと思います。私はこれが最善で在ると考えます。なぜなら神道と武士道に触れられ、かつ、お祈りが出来るからです。祈るとは考える事です。そして祈りとは自己の欲の外で在れば在るほど強くなります。その強さは強靭な意志となり精神を向上させます。その祈りは行動に現れ実現に向け努力する様に成ります。祈りが届いたとか、願いがかなったという現象は、自身の強い意志・精神から来る努力に他成りません。

最後に、考えない状態の国民だからと言って、世論を操作して信じさせて善に持っていって改善されても、それはまた今と同じ状態を産む布石にしかならないように私は感じます。この誤った感覚を正さなければ、日ノ本はこの世の悪に呑まれてしまう様に感じます。私は既に目を覚まし始めた保守層も、もっと深く考えるべきだと思います。それがキッカケとなり今だ目を覚ましていない方々の目を覚ます事に繋がると感じます。

いつもながら長文で失礼しました。より多くの方に目を通して頂けると幸いです。人様のブログですが、ここは私が述べている事を考えてくれる方が多く集う場で在ると感じる故、お許し下さい。

kuma

No title
お疲れ様です
スペインによるインディオの人々への残虐な仕打ちはここに書くのもケッタクソ悪いほどで、スペインの非道に比べたらナチスのやったとされていることなど児戯に等しいものです。
そのスペインが安土桃山時代に日本にも触手を伸ばしかけていたが、当時の日本の軍事力を目の当りにして断念したそうです。
当時のイエズス会宣教師の本国への報告書では「鉄砲の数が尋常ではなく、武士の強さもすざまじい、よって侵略は困難である」と記されていたそうです。
やはり軍事力がないと対話のテーブルにつくこともできませんから日本もっと軍事力を強化する必要がありますね。

トミー・ハート

本来の「日本」を取り戻せ!
日本国憲法の中に「日本」は無い!
まず、憲法の中に日本の国体を示せ!
本当の「日本」再生はそこから始まる。

はっちょもん

インディアンの呪い
「インディアンの呪い」

タバコはアメリカインディアンが呪術をするときに吸っていたそうです。
白人がアメリカ大陸に侵略してから後にヨーロッパ大陸にタバコが拡がり白人もタバコを吸う習慣になったようです。

タバコは健康を害し、肺ガンなどの原因とされ死亡するほどの害悪があります。
多くの殺害犠牲で文明をも抹消されたインディアン族の呪いが「タバコ」です。
(勝手な自論ですが)

タイの修行僧(日本のお坊さんも)はタバコを吸います。
お釈迦様の教義では「お酒を飲んではいけません」という「戒」を修行としています。
だから修行中にはお酒は飲みません、しかしタバコは「戒」になっていないので吸います。
お釈迦様の時代にはタバコは無かったので「戒」にはなっていません。

私は、お酒は大好きですがタバコは吸いません。

日本は昔から、良くない文明を早くから察知して国民を護ってきたのですね。
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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず

Author:小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず
連絡先: nezu3344@gmail.com
電話:080-4358-3739
出身:静岡県浜松市
住所:千葉県野田市
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんのひとりごと」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「明治150年真の日本の姿」、「日本と台湾の絆」、「奇跡の将軍樋口季一郎」、「南京事件は4度あった」、などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。
日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
《著書》
『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』
『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦
『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』
『誰も言わない ねずさんの世界一誇れる国 日本』
最新刊
『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』
『ねずさんの世界に誇る覚醒と繁栄を解く日本書紀』

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