百人一首(16〜18番歌)

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からくれなゐに水くくるとは


3月11日は、東日本大震災の日です。
お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。

先日、「歌会始」の記事でも書いたのですが、和歌は、日本のあらゆる伝統文化の中心をなすものです。
相手の心を察する、その察するところに思いやりがあり、おもてなしの心があります。
物事を額面通りに受け取るのではなくて、言葉にない部分を互いに察しあう。
そこに日本の伝統文化の、ある意味核心があるのではないかと思います。

さて、今回は、16番、17番の在原行平、業平兄弟と、18番の藤原朝臣の3首です。
この3首も、伝えたい思いは、表面上の言葉ではなく、言葉の奥にあるのですが、この3首はなかでも、意味のとりやすい歌であろうかと思います。

=========
16番歌 中納言行平
 立ち別れいなばの山の峰に生ふる
 まつとし聞かば今帰り来む


 たちわかれ
 いなはのやまの
 みねにおふる
 まつとしきかは
 いまかへりこむ
=========

昔は、飼っている猫などがいなくなると、この歌を短冊に書いて、猫の餌箱の下におき、猫の帰りを待ったりしたのだそうです。
いったんいなくなった人や動物が、また戻って来てくれるようにとの「おまじない」に、この歌はよく使われました。

この歌を詠んだ在原行平(ありわらのゆきひら、818~893)は、第51代、平城(へいぜい)天皇の皇子である阿保(あぼ)親王の子です。
続く17番歌の在原業平の異母兄にあたります。

ご皇族ですから、もともとは苗字がなかったのですが、8歳のときに父親の阿保親王の奏請によって、兄弟とともに在原朝臣(ありわらのあそん)姓を賜与され、臣籍降下しました。

この歌は行平37歳の折りに、因幡の国守に任ぜられて、これから任地に赴こうとする際に詠んだ歌です。

最初の「たち別れ」は、接頭語の「たち」に「別れ」と続き、「断ち別れ」、「立ち別れ」など、まさにお別れを意味します。
「いなはの山の」は、「因幡の山の」と行き先を示すと同時に、「山に往(い)なば」、つまり山に行ってしまったならば、という二つの意味に掛けられています。

「峰に生ふる」は、「山の峰に生えている」です。
「まつとし聞かば」は、「山の峰に生えている松」と、「待っていると聞いたならば」と、これまた二通りの意味に掛けられています。
「今帰り来む」は、すぐに帰ってくるよ、です。

通解しますと、「いよいよ任地の因幡に出発します。お別れです。因幡の山に私が行ってしまっても、因幡の山の峰に生えている松が、待っていると聞いたならば、いますぐにでも帰ってきますよ」といった意味になります。

むつかしいのが、「松、待つ」の掛詞です。
「待つ」が都の人で、その都の人が私を待っている、私を必要としてくれているのならば、すぐにでも帰って来ますよ、というのは、ある意味、わかりやすい部分であろうかと思います。

ところが、それなら「因幡の峰に生うる松」は、何を言わんとしたのでしょうか。

その答えのヒントになるのが、詠み手の名前を「在原行平」ではなく、あえて「中納言行平」と役名にしているところです。
中納言は、官位です。つまり職業人として、行平は、この別れの歌を詠んでいるわけです。

まず「たち別れ」は、これまでの人間関係を「断つ」、そして「別れる」、そこに明確な決意が込められています。
これまでの一切のしがらみを捨てて、新たな任地に赴くわけです。

そしてその新たな任地では、「峰に生ふる松」となろうとの決意が、まず述べられています。
松は、ご存知の通り、砂浜や崖地などの痩せた土地でも、立派に成育します。
何があっても、その土地で風雪に堪え、立派に勤めを果たし、まさに「骨を埋める覚悟」で、その任地に赴く。
それが古来変わらぬ、転勤族の覚悟です。

この歌を詠んだときの行平は、37歳です。
まさに働き盛りの壮年です。
いまでいったら、大手企業や官庁の本社の部課長級の人です。
本部にいて辣腕をふるっていたものが、ある日、それは派閥争いに敗れてのことか、定期異動によるものかはわかりませんが、地方支店勤務を命ぜられる。

職業人として、ひとたび赴任を命ぜられれば、その任地にまさに骨を埋める覚悟で赴きます。当然です。
行平も、当然、その覚悟でいます。
だからこそ、「峰に生ふる松」となろうと言っています。

けれど同時にその一方で、「私の帰りを待っていると聞いたならば、すぐにでも戻ってきましょう」と歌っているわけです。
自分を本社でまた起用してくれるというのなら、トンボ帰りで再び帰って来て思う存分腕を振るいたい。
それもまた、同じ思いのなかに共存します。

任地に行くのが嫌だとか、そういうことではないのです。
任地には、まさに「根を生やす覚悟」で赴くのです。
けれど、それと同時に、本社にいて自分の能力を思う存分発揮したい。
この思いは、相互に矛盾するものなどではなくて、同じ働く男の心中に共存する誇りであり、夢であり、プライドでもあります。
実際に、同様の経験や気持ちを持ったご経験のおありの方も多いのではなかと思います。

この二つの思いを、「断ち別れ=立ち別れ」、「松=待つ」、「今帰り来む」と短い言葉のなかに、ぎゅっと押込めた、それがこの在原行平の歌です。


=========
17番歌 在原業平朝臣
 ちはやぶる神代も聞かず竜田川
 からくれなゐに水くくるとは


 ちはやふる
 かみよもきかす
 たつたかは
 からくれなゐに
 みつくくるとは
==========

17番歌は、平安の色男、在原業平です。
在原業平は、昔から美男子の代名詞のようにいわれる人で、相当モテモテだった人のようです。
日本三代実録には、
 体貌閑麗 放縦不拘
 略無才学 善作倭歌
と業平を紹介しています。
意味は、「見た目もよく、物腰が優雅で、性格は自由奔放、学問はそれほどできるほうではないけれど、良く善い歌を作る」です。

百人一首の歌カルタでも、兄貴の行平は、いかにも「おっちゃん風」の姿に描かれているのですが、業平の方は、いかにもといった感じのやさ男に描かれています。

ちなみに、いま「東京スカイツリー駅」となっている東武鉄道の駅は、以前の名前は「業平橋駅」でした。
江戸の初め頃、ここに業平天神社があって、そこに業平塚があったことから、その名が残っていたのだそうです。
東京の新名所として「スカイツリー」ができた事で、駅の名前が変わってしまったのは、すこし残念な事に思います。

さて、この歌ですが、この歌は「屏風歌」といって、屏風に描かれた絵の脇に和歌を付けたものです。
古今集の詞書には、「二条の后の春宮(とうぐう)の御息所(みやすどころ)と申しける時に、御屏風(みびゃうぶ)に龍田川に紅葉流れたる形(かた)を描きけるを」とあります。

二条の后は、藤原長良(ながら)の娘の高子(たかいこ)のことで、この方は清和天皇の女御(にょうご=天皇の側室)です。
その二条の后が、春宮(皇太子)の御息所(=皇子を生んだ女御)だった頃に、后の屏風に竜田川に紅葉が流れている様子が描かれているのを見た業平が、この句を添えたものです。

たいへんに視覚的色彩的な歌で、上下の句から何かを想像するというよりも、むしろ歌そのものの美しさをそのまま観賞するという読み方の方が楽しめる歌といえようかと思います。

「ちはやぶる」の「千早(ちはや)」は、「いち=激い勢いで」、「はや=敏捷に」を縮めたもので、「ぶる」は「ふるまう」を意味します。
その「ちはやぶる」が、「神代」にかかっていて、「神代も聞かず」と続きますから、「はげしく動いた」というよりも、「さまざまな不思議な事が起こったという太古の神々の御代にさえ聞いた事がない」といった意味となろうかと思います。

で、何を聞いた事がないというのかというと、奈良の斑鳩(いかるが)の里にある竜田川(たつたがわ)が、「唐紅(からくれない)色に、川の水を「くくり染め」、つまり「絞り染め」にしてしまったというのです。

つまり、紅葉が竜田川に流れ、川が真っ赤に染まっている。
その様子は、まるでさまざまな不思議な事が起こったという太古の神々の御代にさえ聞いた事がないほど見事なものだなあ、というわけです。
まさに、豪華絢爛、屏風絵そのものの世界です。

ちなみに「からくれなゐ」というのは、唐の国の緋色のことです。
これを「唐の国」だけでなく、「韓の国の緋色」と訳している人もいるようですが、残念ながら韓は、この場合、関係ありません。
そもそも、日本と唐は、国交を持ち、留学生の交換等を行ってきましたが、当時の韓は、たいへんに国が貧しくて、日本と唐の中間地点にあって、単に盗賊を働いていただけの泥棒国家です。
そもそも染料としての緋色もありません。

この業平の歌を鑑賞するにあたって、ひとつ忘れてはならないのは、日本が神代の昔から綿々と続く文化を保持し続けた国である、ということです。
唐も韓も、王朝の交替の際に先代までの文化を全否定していますから、神話と歴代王朝との連続性が切れてしまっています。

ですので「ちはやぶる神代も聞かず竜田川」という上の句には、奈良斑鳩(いかるが)という場所も含めて、そこには、神代の時代から綿々と続くわたしたちの国の歴史、伝統、文化があり、その文化の上に立って、「からくれなゐに水くくる」と詠んでいるわけです。
語感も良いし、歌だけでも屏風絵の美しさが、なにやら想像できる、ある意味、たいへん分かり易いです。

よく「天才歌人」と称される柿本人麻呂は、歌風からしても天才というよりも、実はものすごい努力の人です。
人麻呂の歌は、一首一首の歌が、まるでよくできた一冊の推理小説の名作もののように考え抜かれていて、しっかり読み、かつ考えないと、その歌の真意がなかなかわからなかったりします。
その一方で、歌意がわかったときには、ものすごい衝撃が読み手に伝わるという特徴があります。

これに対し在原業平は、さらさらっと、分かり易くて美しい歌が多いです。
これこそむしろホンモノの天才歌人といえる卓越した才能の持ち主であったといえようかと思います。

人麻呂が、努力努力で寝ないで必死になって良い歌を考え詠んでいるのに対し、業平は、まさに当意即妙、自然体でいて、その場の思いつきで、誰にでもすぐに意味のとれる歌を即興で読み、しかもその歌が美しい。これが業平の特徴です。

伝説によれば、業平は見た目も美しい人であったとか。
美男で、頭もよく、才能に恵まれ、何をやってもソツがない。
そういう、なんだか産まれたときから何でも持っている、そんなスーパーマンみたいな人って世の中にいます。
業平は、そういう人のひとりであったのかもしれません。
この歌は、そんな業平という天才歌人を、まさに象徴した歌に思えます。

古来、女性にはそういう男性は、まさに人気だし、男性からしてみても、そういう最初から何でももっていて女性や子供たちにありとあらゆる幸せを与えることのできる人生は、男からみても理想です。

けれど現実には、ほとんどの人は、努力して、努力して、それでもうまくいかなくて、歯を食いしばって、努力して、願いに手が届かなくて、どっか妥協しながらも、それでもあきらめきれずに、また努力して、うまく行ったと思ったら誤解され、悲しみあって、涙をこらえてまた努力して、そんな繰り返しです。
神代の昔から、多くの人の人生は、そんなことの繰り返しです。

だからこそ、逆に業平のように、はじめからすべての才能に恵まれた人が、歴史の中に光るのかもしれません。

 ちはやぶる神代も聞かず竜田川
 からくれなゐに水くくるとは

ほんと、すごい才能です。

ただ、紀貫之は、古今和歌集の仮名序において、業平の歌のことを「その心あまりて詞たらず、しぼめる花の色なくて匂ひ残れるがごとし」と、ちょっと厳しい評価をしています。
ただ、「しぼめる花の色なくて匂ひ残れるがごとし」とは、実によく言ったものだと思います。

ところでモテ男の業平は、実は小町も落そうと狙いました。
そこで贈った歌が
 秋の野に笹分けし朝の袖よりも
 あはで寝る夜ぞひちまさりける

秋の野に分け入ったときに、朝露で袖が濡れてしまうけれど、あなたと逢わないで寝る夜は(あなたと逢えない淋しさで)袖が濡れてしまいます。それくらい淋しいのですよ、と、こうやったわけです。
すごいラブレターです。
これならどんな女性でも、イチコロかもしれません。

すると、小町から、すぐに返事が来たそうです。
 みるめなきわが身を浦と知らねばや
 離れなで海人の足たゆく来る

あなたは、私を得物がないのにしつこく海にやって来る海人のようですわね。
さしもの業平も、小町の前に撃沈でした。


===========
18番歌 藤原敏行朝臣
 住の江の岸に寄る波よるさへや
 夢の通ひ路人目よくらむ


 すみのえの
 きしによるなみ
 よるさへや
 ゆめのかよひち
 ひとめよくらむ
===========

在原の行平、業平兄弟の歌に続くのは、業平の奥さんの妹の旦那、藤原敏行朝臣(ふじわらのとしゆきあそん)です。
藤原敏行朝臣は、小野道風が、空海と並ぶ書家と褒めたという逸話の伝わる人で、能書家としても名高い人です。

「住之江」は、大阪の住之江区で、当時はこのあたりは海岸です。
その海岸の岸に、寄せてくる波に、夜の波が掛かっています。
ですので上の句は、
「住之江の海岸に寄せては返す波、夜の波さえも」といった意味になります。

下の句は「夢の通ひ路に、人目を避けるように」と続きます。

愛する人と、夢のなかでも一緒にいたい。
そんな愛する人へのつのる想いは、まるで、くりかえし寄せては返す波のようです。
けれど、あなたは私の夢の中にさえ、なかなか逢いに来てくれない。
それは人目を避けているせいなのですか?
この歌は、そんな愛の焦燥感を歌った歌といわれています。
けれど、ほんとうにそうなのでしょうか。
それだけの歌なのでしょうか。

というのは、この時代は「通い婚」の時代です。
男性が好きな女性の家に通う、そういう時代です。
夢の中の往来であれ、逢いにでかけて行くのは男性の役割で、女性ではありません。
つまり、人目を避けるのは、それは男性の側のことであって、表の往来に出る事のない女性の側が「人目を避ける」必要はありません。

ということは、この歌に詠まれている「夢の中でさえ、人目をはばかる」というのは、男性の藤原敏行の側の事情であることがわかります。
藤原敏行本人か、誰か別な人かはわかりませんが、寄せては返す波のように、つのる思いに身を焦がしているわけです。

そしてその男性は、意中の女性を、いますぐにでも手に入れたいと願っています。
ところが、なんらかの事情があって、その男性は、その思う女性を手に入れることができない。
それだけじゃなくて、たとえ個人の夢の中でさえも、その女性のことを想う事は、人目をはばかられる。
その男性が恋する相手の女性は、そんな女性なわけです。

男と女というのは、不思議なものです。
身分や立場の違いを超えて、「好きになってしまう」ということは、よくあることです。
そしてこれまた古来、不思議なことに、「いけないこと」と思えば思うほど、余計に情熱が燃え上がってしまう。これまたよくあることです。

けれど世の中には、守らなければならない秩序があります。
だかこそ、たとえどんなに「寄せては返す波のような」激情にさいなまれたとしても、その想いは「夢の中」だけにとどめておく。それが、たとえどんなにせつないものであったとしても、「夢の通ひ路人目よくらむ」なのです。
それが「大人の恋」です。

「無法松の一生」といえば、岩下俊作の小説『富島松五郎伝』の原作で、映画や演劇でかつて大ヒットした作品です。
この小説は、福岡県の小倉(現在の北九州市)の荒くれ者の人力車夫である無法松が、戦友であり、先に戦死した陸軍大尉吉岡の未亡人母子の将来を思い、身分差による己の分を弁えながらも無私の献身を行うという物語です。

世の中の秩序を大切にしようとする理性と、理性を度外視しても愛してしまう心の葛藤は、秩序を重んじなければならないということが、世間の常識として、たかい道徳観に支えられた社会であればこそ、ドラマにもなり、絵にもなります。

藤原敏行の生きた時代は9世紀、松五郎の時代は19世紀です。
そこには千年の時の差があります。
けれど、千年前も千年後も、日本人はそういう秩序を、ひとりひとりが大切に育んで来た、そういう社会をずっと築き、守って来たということなのであろうと思います。


さて、次の19番歌は、女性の伊勢の歌です。
18番の藤原敏行が男性の慕情なら、伊勢は、女性の側の慕情です。

 難波潟短き蘆のふしの間も
 逢はでこの世を過ぐしてよとや

さて、この歌にはどんなドラマがあるのでしょうか。
続きは、また今度。

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コメント

そま

No title
更新有難うございます
楽しく読ませていただきました 業平に肘鉄をくらわす小町は粋な女 お高くとまってるというより母親的な目線なのかなと感じました みるめなき・・・ですがねずさんの解説がなければ私には恥ずかしながら意味が汲み取れなかった といってどうしてその様な意味になるのか未だに理解できぬ情けなさです 浦の意味合いや足たゆくがわからない 自分で考えろ!はいそのとおりですね ですがやはりねずさんに教えてもらいたい
 松五郎は良かった 三船が祇園太鼓を叩くシーン 未亡人に似たポスターを手に入れたあと訪問した未亡人に見られぬようわざわざ包めて隠すシーン ぼっちゃんが自分から離れていくのを寂しそうに見やるシーン 印象的な場面に心打たれました
未亡人役の女優さんも有名な方でした 名前を度忘れしましたがなんともいえぬ上品さ上手さでした 大胆で暴れん坊の松なのにこの未亡人の前ではまるで12歳のいたいけな子供です 悲恋物語 身分の違い 成る程 しかしそれ以上にこのアホな松の酒に逃げるしか方法を思いつかないピュアな心が歯がゆく愛おしい 激情を対比させる雪原のシーン 見方によっては喜劇ではあるけれど 松 それ以上苦しむな そう言ってやりたくなる
 
 和歌とはちょっとずれましたね 失礼をお詫びして また期待してます 

-

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mari

No title
多くの別れが発生した三月十一日という日に行平の「たち別れ」の歌に出会ってしまうと、そこで身動きがとれなくなってしまいました。
いなくなった人や動物が戻ってくるようにという「おまじない」に使われていたんですね。古今様々な思いを背負ってきたというのも分かるような気がします。

「ちはやぶる」の表現力は凄まじいですね。頭のてっぺんから足の爪先までカラフルで、雅な生命力に溢れています。言の葉でここまでできるとは。
ねずさんの facebook のカバーも今、業平ですね(^^)あの歌、すごく好きです。私は勝手に恋の歌だと思っていますが(スイマセン)

次回も楽しみにしています!

世田谷プリンセス

[知人メール転載]拡散と抗議をお願いいたします。
韓国汚染東京大学文科系の帰化未帰化在日韓国人教員職員は
日本国予算を流用し
・東京大学大学院人文社会系研究科韓国朝鮮文化研究専攻修士課程博士課程=韓国朝鮮文化研究室
・東京大学現代韓国研究センター
を設け
英国・米国・ドイツ・オーストリア・スイス・インド・モンゴル・東南アジア諸国・日本国の同盟関係を破壊し
日本人と同民族のモンゴル・ブリヤート・フィンランド・エストニア・ハンガリーを無視し
異民族韓国の日本国侵略工作を助長

上記2つ廃止し東京大学モンゴル・ブリヤート・フィン・ウゴル研究所設立&帰化未帰化在日韓国人教員職員解雇採用禁止の要求先―葉書も
113-8654文京区本郷7-3-1東京大学総長濱田純一F03 5689 7344・5463 0359・5841 2228
首相安倍晋三F03 3581 3883・5510 0654
文部科学大臣下村博文
文部科学副大臣櫻田義孝
文部科学副大臣西川京子
文部科学大臣政務官上野通子
文部科学事務次官山中伸一
自民党全員

by長野県J

junn

No title
シルクロード日誌
http://blog.silkroad-j.lomo.jp/?eid=1322095

第94回東アジア歴史文化研究会「中国史の真実を語る」(宮脇淳子氏講演要旨)
http://e-asia.blog.ocn.ne.jp/blog/2013/02/94_61d1.html

-

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古希のネトウヨ

No title
君が代が国歌といわれる前は、和歌のことを国歌といったそうです。
絶対に他の国には真似のできない日本の伝統文化です。だからこそ皇室がずっと守ってきたのです。というか、皇室の大事な任務なのです。
しかし、我々国民はその大事なことを疎かにしてしてきました。
昔、寺子屋で教えたようなことを、現代人は忘れてしまって、こうして、ねずさんの解説抜きには読み解くことができない哀れな状態になってしまっています。
我々は、漢字使用を廃した国の事を嗤いますが、我々もそう褒められたものじゃないと思います。
やたら、意味不明なカタカナ語はあふれかえっていますが、わずか戦前の文章を読むのさえ苦労していることに愕然とします。
カタカナ語を駆使することも日本人の器用さではありますが、日本人が美しい大和言葉の音を取り戻すことも重要かと思います。
先日の新聞に、元NHKのアナウンサーの加賀美さんが、百人一首を詠み、解説も加えたCDを出したとか。
一度手に入れて聴いてみたいものです。

龍のお歳子

ごめんなさい、そしてありがとう
やっと気付けました。
表裏一体、なんですね。
私は裏で、貴方は表。
私が月で、貴方が日。

そんな事も解らずに、今まで、能書きを垂れていました。本当にごめんなさい。そしてありがとうございます。

心を入れ替えます。やり治します。一から。
戻ります。もと来た道を綺麗にしながら一歩ずつ。

申し訳ございませんでした。多くの方に御迷惑を、お掛けしてしまいました。また正道を、一緒に歩かせて下さい。

少しずつ綺麗にしていきます。

ありがとうございました。

ポッポ

No title
東日本大震災からもう3年、復興への道はまだはるかと思いますが、被災者の方達が少しでも元気になられますように。



菅義偉官房長官は10日午前の記者会見で、従軍慰安婦問題への旧日本軍の関与を認めた河野洋平官房長官談話について「見直すことは考えていない」と明言したそうです。
それで気になるのが、先日の予算委員会に参考人として出席された石原元官房副長官の発言後に、検証すると言ったことです。

ここは日本ですから、国民は自国に都合の良い話にする結果を、期待していません。正しい検証と、それに基づく歴史認識が必要だとしているのです。
いわゆる従軍慰安婦については、韓国の主張する強制的な慰安婦20万人がいたのか? いなかったのか? また、河野談話は正確な歴史資料に基づく発言だったのかの検証を、実施することが求められているのです。

これについて、アメリカが検証の中止を求めるのならば、ケネディ大使に誠実に説明して、中止の要求を排除していただかねばなりません。
アメリカは、国家として正しいことに誠実であると、認識しています。

朴槿恵大統領がいわゆる従軍慰安婦問題について、各国に宣伝して回っているのは周知の事実ですが、これが真実であるのか否かは、日本の国と日本人の誇りに大きく影響をもたらします。

それの検証が許されないのであれば、極めて不当であり、日本人はアメリカが正しいことを求めず、自国の都合を優先する国家だと考え、信用できる国家であるのかそうでない国家であるのかを、考えなければならないのです。
日本は海外にいる日本人と日系人に、誇りを持って生活しただく義務があると思います。



愛国日本!反日撲滅 様

働かない人が多い理由は、その人が働かなくても、食べていける環境にあるからだと思っています。
自分なりに、一生懸命に仕事をしていたら、どんな仕事でも、結構しんどかったです。
職場仲間と明るく楽しく過ごしたいと思って、これに腐心したこともあり、仲良くわいわいとやったけれど、仕事は余り結果が出なかったような気がします。
工場のラインに、入ったこともあります。あのときは、それなりにわいわいと楽しかった・・・・・・長いこと仕事をしていたら、いろんな事があります。周囲の人との巡り合わせが、大きかったのかもしれません。
結構、危険と言われる仕事もやりましたし、極めて楽な仕事もやりました。

工場のラインは、人を人扱いにしないと思われるでしょうけれど、開発の人だけでは、会社は成り立ちません。製造の人がいて、初めて会社がなり立つと思います。

良い職業だと思うときは、他人様に感謝の言葉を言われるときです。
それから、どんな仕事でも自分が誇りを持って出来るときは、素晴らしい仕事をしていると感じることが出来ます。
もっとも、職業に貴賎は無いと言っても、なかなかそれを感じることの少ない職業も現実はあると思います。しかし、社会はその仕事が必要なのです。その必要なこと自体に、誇りを持つことは大切だと思います。

こんなことを言っている私ですが、一応、夢があって就職しました。
甘いものでは、ありませんでした。
転職を繰り返したあげく、飯を食べるためにこれなら多分出来るだろうと就職して、(自分で、これをやりたいではなかったです。)それでもともかく、やれることには努力はしたつもりです(内部では、出来ないことも多かったです。)。

自分でやりたいことをやって、努力したらその成果が出せて、自分で満足して辞められたら、これほどの幸せはないと思います。しかし、私にはずば抜けた才能はなかった上に、ずば抜けた努力もしたとは言えないのでしょう。
これが平均的なところかなと、思っています。

それから、努力をすることは大切です。
上司は自分の努力を見ていたし、(後でそれを知りました。)自分も部下の努力を見ていました。
他人は、以外に努力する姿勢を見ているものです。

これ、余り役に立たなかったと思います。しかし、飯を食えて、初めて自分の周りを見ることが出来ると思っています。

世田谷プリンセス

[知人メール転載]拡散と抗議をお願い申し上げます。
【帰化未帰化在日韓国人TBSテレビへ廃業要求しよう!葉書も】

TBSアナウンサー安住紳一郎:TBSは韓国語ができないと出世できないんですよ

そもそも
日本財産の電波を使用する各テレビラジオ放送局が
@帰化未帰化在日韓国人が株式20%前後保有し
@帰化未帰化在日韓国人を雇用し
@韓国や帰化未帰化在日韓国人のために放送し
@韓国や帰化未帰化在日韓国人の反日宣伝工作に加担すること
は放送法違反かつ日本国憲法違反だわ

廃業要求先
107-8006港区赤坂5-3-6(株)TBSテレビ
代表取締役会長井上弘=韓国人
代表取締役社長石原俊爾=韓国人

放送免許剥奪要求先
100-0014千代田区永田町2-3-1首相官邸
首相安倍晋三F03 35813883・55100654
100-8926千代田区霞が関2-1-2中央合同庁舎第2号館
総務大臣新藤義孝F0352535190
総務事務次官岡崎浩巳F新藤と同じ
総務省情報通信国際戦略局長阪本泰男F03 5253 5721・5930・5937←←←韓国語常套句「戦略」
総務省情報流通行政局長福岡徹F03 5253 5741・5752・5745・5779・5794・5800・5811
総務省総合通信基盤局長吉良裕臣F03 5253 5848・5863・5889・5940・5914・5946

by長野県J

ひろし

朴大統領は、わが国の首相との会談を拒んでいますが、実を言うと日本人の大多数は来たくないなら、来なきゃいいじゃん!と想っています。

にっぽんじん

韓国撃沈極秘電文
「なかったことをあった」「あったことをなかった」「出来ないことを出来る」「全て他人の責任にする」儒教原理主義国家韓国が火病を起こしそうな竹島に関する極秘電文をアメリカの「テキサス親父」ことトニー・マラーノ氏が入手し、公表しました。

詳細は下記の資料を読んで下さい。きっと韓国が火病を起こします。マスコミの沈黙が不思議です。

マッカーサー電文

「李承晩体制下では日本の領土とされてきている竹島を力ずくで占拠している」

李承晩政権が倒され新政権が成立した1960年に、マッカーサーが国務次官補を通じて在韓米大使に、韓国の違法な竹島占拠と漁民拿捕をやめさせ、日韓関係を改善させるようにとの勧告文を送っていることが明らかになった。(「テキサス親父日本事務局」発表による)

これが電文のコピーです。
http://www.sdh-fact.com/CL02_1/106_S4.pdf

読みにくいので、タイプしたのがこれです。
http://www.sdh-fact.com/CL02_1/107_S4.pdf

テキサス親父事務局で日本語訳もしてくれています。
 http://hassin.org/01/wp-content/uploads/Mac.pdf



世田谷プリンセス

いつもお世話様になっております。知人メール転載。拡散と抗議をお願い申し上げます。
「福岡県マーメイド」
長崎県帰化在日韓国人職員と左翼思想[韓国思想]洗脳長崎県知事中村法道は
・日本国民の血税(国税、地方税)を破産寸前韓国釜山広域市へ救済流用し←日本国憲法違反
・韓国人大量呼び込み日本国人口侵略のため
H26.3下旬長崎市で長崎県(知事:中村)と釜山広域市(長:許南植)は友好交流関係締結予定

【韓国人・共産シナ人の日本国への内覧(観光)と入国緩和(査証免除・査証緩和)と移民推進(留学・研修・就業・定住・永住・特別永住・帰化)=帰化未帰化在日韓国人の日本国人口侵略工作】

航空便廃止&長崎県帰化在日韓国人職員採用禁止解雇の要求先
850-8570長崎市江戸町2-13
長崎県知事中村法道T095 824 1111
長崎県議会T095 894 3622・3632・3634
議長渡辺敏勝=「改革21新生」(民主)
副議長中山功=「改革21新生」(民主)
自民愛郷23「改革21新生」17公3共1

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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
連絡先: nezu3344@gmail.com
電話:080-4358-3739
出身:静岡県浜松市
住所:千葉県野田市
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「明治150年真の日本の姿」、「日本と台湾の絆」、「奇跡の将軍樋口季一郎」、「南京事件は4度あった」、などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。
日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
《著書》
『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』
『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦
『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』
『誰も言わない ねずさんの世界一誇れる国 日本』
最新刊
『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』
『ねずさんの世界に誇る覚醒と繁栄を解く日本書紀』

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E-mail nezu3344@gmail.com

電話  080-4358-3739

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