キムチのお話



ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!第二巻「和」と「結い」の心と対等意識
2014/04/12発売 ISBN: 978-4-434-18995-1 Cコード:C0021 本体価格:1350円+税 判型:四六 著者:小名木善行 出版社:彩雲出版 注文書はコチラをクリックしてください。
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唐辛子


日本人は誰しもカレーライスが大好きですが、それを日本の「伝統食」だなどとは思ってる人は誰もいません。
日本人は、カレーはインド生まれだと誰もが知っているし、本家インドカレーも美味しいと楽しむし、味をさらに日本化することで、さらに美味しくして、ただみんなで喜んで食べているだけです。
昔、日本のカレーライスを食べて、「あまりの美味しさにインド人もびっくり!」などというCMもありましたが、あくまでそれは工夫の問題であって、カレーを日本生まれだなどと言う人は、おそらく子供でも、いません。

これと比較するのもおかしな話ですが、実はキムチは、朝鮮族にとって外来文化です。
そもそもキムチは朝鮮半島の伝統食ではありませんし、使われている唐辛子も白菜も、朝鮮原産ではありません。
キムチが現在のような辛味の強い真っ赤な食品として朝鮮半島に定着したのは、実は日韓併合後のことです。

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キムチの主役の唐辛子は、そもそも南米のチリ産です。
だから唐辛子ソースのことをチリソースといいます。

もともと唐辛子は、南米のチリで、現地の人たちが、すりつぶして下剤として使っていました。
それをコロンブスが薬品としてスペインに持ち帰り、そのスペイン人によって、ほとんど日をおかずに日本にもたらされたのが、戦国時代の終わり頃のことです。

ですから当初は日本でも、唐辛子は、漢方薬と呼ばれていました。
ちなみに江戸時代初期まで、外来の薬品や薬草は、それがChinaからのものであれ、スペインやオランダからのものであれ、すべて「漢方」です。
オランダのものだけが、蘭方とされるようになったのは、江戸中期以降のことです。

そもそも漢方薬の「漢」という国は、3世紀初頭には滅びてなくなっています。
それを日本人が丁寧に「漢」と呼び続けたのは、日本人がただ律儀なだけのことです。

唐辛子は、薬品として、秀吉の朝鮮出兵のときに朝鮮半島に伝わりました。
これをキムチの発祥としている本などもありますが、違います。
この頃の唐辛子は、あくまで下剤や寒さ対策の塗り薬でしかありません。食用ではないのです。
秀吉の朝鮮出兵から、80年ほどあと、日本でいったら江戸中期にあたる1670年に書かれた朝鮮の料理本の「飲食知味方」に、漬け物としてのキムチは出て来るのですが、ここに唐辛子を用いたものは、ひとつも書かれていません。
そこにあるのは、ただの漬け物です。

朝鮮半島で唐辛子を用いた料理が登場するのは、江戸時代後期にあたる文化6(1809)年の「閨閤叢書」で、ここには漬け物に、千切りにした唐辛子を少量入れることが書かれています。
日本でも、浅漬けに少量の唐辛子を千切りにして入れますが、要するにそれとおなじものです。

キムチがいまのような辛味主体のものに近いものとして書かれているのが、「林園十六志」で、これは文政10(1827)年の書です。
ではなぜ、文政年間に、あの辛いキムチが広がったのか。
これに実におもしろい歴史があります。

江戸の町の両国に薬研掘(やげんぼり)というところがあります。
ここの町名がどうして薬研掘というかというと、これが読んで字の如くで、お堀の形状が、漢方医が使う「薬研(やげん)」に似ていたからなのだそうです。

薬研
薬研


この地名からなのか、その薬研掘界隈には、不思議なことに薬屋さんや薬品問屋さんが集まりました。
また薬屋さんが近いからと、漢方医たちもここにたくさん開業しました。
いまでも調剤薬局などは病院の近くにありますが、それと同じです。

寛永2(1625)年といいますから、徳川家光が三代将軍に、まだなったばかりくらいの頃、この江戸の両国薬研掘に、中島とくえもんという人が薬種商の「やげん堀」を開業しました。

この頃の江戸で流行っていたのが、お蕎麦屋(そばや)さんです。
なにせ簡単にツルツルっと食べれてお腹がふくれるから、気の短い江戸っ子には大流行でした。
そこで、とくえもんさん、この蕎麦の薬味(やくみ)に、唐辛子が使えないものかと考えたのです。

ところが唐辛子をすり潰しただけでは、ただ辛いばかりであじけない。
そこで唐辛子に、麻の実、青しそ、山椒、黒ゴマ、白ゴマ、みかんの皮を入れて、一緒にすり潰したものを、開業の翌年「七味唐辛子、やげん堀」として売り出したのです。

なんと、これが大ヒット!
なにせ風邪の妙薬で元気が出て、しかも蕎麦汁(つゆ)に入れると美味しい。
またたくまに、とくえもんさんのお店は大繁盛するし、徳川家光の菊の宴に献上したら、これが家光にいたく気に入られて、なんと徳川家の「德」の一字まで賜って、おかげで名前もあらため、中島德右衛門。
このお店は、代々続いていて、いまでも七味唐辛子本舗となっています。

江戸で流行ったものは、全国に波及します。
蕎麦やうどんに、唐辛子をちょっと入れておいしくいただくという習慣は、こうしてはじまりました。
ただし、その唐辛子は一味ではなく、七味です。
唐辛子は、日本で、七味になることで、一般の食用に供されるようになったということを、ひとつ押さえてください。

そして江戸中期、第11代将軍家斉の時代、その襲封祝賀(将軍就任の祝賀)のために、第12回朝鮮通信使が、日本にやってこようとしました。
あくまでも、「やってこようとしました」。文化8(1811)年のことです。

この朝鮮通信使というのは、隣国からの慶賀の使者という意味においては、ありがたい存在だけれど、なにせ相手は儒教の国です。自国を立派に見せるためにと、いちどきに600人からの一個大隊でやってきます。
それが朝鮮半島から対馬を経由して、福岡に上陸し、そこから半年がかりで陸路はるばる江戸までやってくるわけです。
対馬から先の旅費は、祝賀を受ける側、つまり日本側の負担です。一回の通信使で、100万両(約6億円)の接待費がかかります。

当時の幕府の経済力からしたら、金額自体はたいしたことはありません。
勅使下向の接待は毎年のことですが、同程度の経費がかかります。

問題は、朝鮮通信使が、そこが日本であることをまったくわきまえず、沿道の民家を襲って農作物や鶏を泥棒するし、大声で騒ぐ。
さらに指定された旅館では、そこいらにある器物が軒並み泥棒される。
宿泊させれば翌朝には、朝の大きな御用を、日本人ならちゃんと厠でするのに、彼らは彼らの国の風習で、一斉に街道の路上でこれをする。
600人が路上でするのです。
どんなに後始末が大変だったことでしょう。

要するに、野生の猿のような野蛮人たちが、延々江戸までやってくるわけで、これは民衆にしたら、たいへんな迷惑なのだけれど、いちおうカタチは国賓です。粗略には扱えない。

そんなわけで、毎度迷惑千万な使いだったわけで、ついに徳川家斉は、この朝鮮通信使について「易地聘礼」といって、江戸までやってこさせるのではなく、対馬藩で挨拶を受けるだけの簡便な方法に切り替える(ようするにカンベン(勘弁)してほしいということ)よう求めました。

こうしてやっとのことで第12回朝鮮通信使は、対馬藩足止めとなったわけです。
この足止め成功によって、対馬藩はなんと2万石が加増されています。
どんなにホッとしたか、ということです。

この第12回朝鮮通信使の際に、お土産(みやげ)となったのが、当時、日本国内で大流行していた七味唐辛子でした。
食事の際に、ちょっとおつゆに七味を入れるだけで、食事がめちゃくちゃおいしくなる。
「これは何か」と聞かれて、帰りのお土産に持たせたのが、七味唐辛子と、唐辛子の実です。
おかげで、その後の李氏朝鮮王朝の貴族の高級食品として、唐辛子が大流行する。

けれど、この段階では、朝鮮では、あくまで唐辛子は貴族の宮廷料理としてだけのものです。
なにせ庶民は食事の際に箸(はし)もスプーンも使わない。

実は朝鮮半島で、一般の庶民が食事の際に、箸やスプーンを使うようになったのは、明治43(1910)年以降のことです。
それまでは、朝鮮半島における庶民の食事は、インド式(手づかみ)です。

このように書くと、「そんなはずはない。日本文化は食事の作法まで、Chinaから朝鮮半島を経由したものだし、箸も朝鮮が日本に教えてやったものだ」という反論がどこかから聞こえてきそうですが、それが事実がどうかは、下の写真を見たら、一目瞭然です。

この写真は、日韓併合の少し前の平壌辺りの庶民の食事の写真ですが、お椀はあるけれど、どうみても箸もスプーンもありません。

日韓併合前の朝鮮庶民の食事(平壌)
日韓併合前の朝鮮庶民の食事-1


日本が朝鮮を統治した時代、朝鮮総督府が何度も出したお布令に、「路上脱糞禁止令」があります。
それまでの半島には、トイレがなく、路上脱糞があたりまえの習慣だったのですが、これではあまりに衛生面でよろしくない。

そこで朝鮮総督府が路上脱糞を禁止したわけですが、ところが人間、食べれば必ずもよおすわけで、ところが路上では禁止されてしまっている。
そこで朝鮮ではじまったのが、室内で穴を掘り、そこで脱糞するという習慣でした。

穴が満タンになると、そこに土をかけ、室内の別な場所に別な穴を掘って、そこでする。
これを何年か繰り返しますと、室内の縁の下が全部有機物になり、地面が自然発熱してたいへんに温かくなる。
その生暖かいところに野菜を入れた甕(かめ)を、頭だけ出して埋め、その中で漬け物をする。
すると、おいしい漬け物ができる。

ところが雨が降ると、雨水があふれる。
甕の中に、その・・・有機物の汚水がはいる。
こうなると、せっかくの漬け物に、妙な臭いがついてしまいますし、しばらくすると甕の中で回虫の成虫が泳ぐようになります。
そこで臭い消しと、回虫の成虫を殺すために、甕の中に唐辛子をどっさりと入れるようになり、これがいまのキムチになったわけです。(ちなみに、回虫の卵は唐辛子を入れても死にません。)
おかげでキムチは各家庭ごとに味が違い、特に美人女性のいるお宅のキムチは美味しいのだそうです。私はまったく食べる気がしませんが。

もうひとつ、キムチに使われる白菜です。
これも、白菜が一般に栽培されるようになったのは、名古屋の野崎徳四郎が大正時代の初め頃に栽培に成功したことがきっかけです。
それまでは白菜は、畑での栽培はされていないし、食用としての普及もしていません。

ちなみに、どこの国のどんな食材でも、食用化されてから何百年も経ちますと、必ず、その食材を様々に加工した食品が出回るようになります。
牛の乳が、チーズになったのもそうですし、大豆や米や小麦などは、もうびっくりするくらい様々な形に加工されて食されています。
ところが白菜は、漬け物か水炊き用に使われるくらいで、あまり凝った加工はされません。
つまり、食用になってから、日が浅いということです。

さて、こうしてキムチは、日本から渡来した箸文化と、唐辛子、これに日本の統治時代の「路上糞便の禁止令」に、大正時代の白菜の普及が加わって、いまのカタチとなりました。

つまりキムチは、朝鮮の伝統食などではぜんぜんなくって、ほぼ、大正時代にいまのキムチのカタチとなった、非常に歴史の浅いものにすぎません。
要するに、キムチはあくまで「朝鮮名物」であって、「伝統食」ではないのです。

韓国の歴史教科書では、オクレていた日本に、あれも教えてやった、これも教えてやったなどと、様々な文化を日本に教えてあげたのだと記載しているそうですが、さて、日本が韓国から教わったものって、何があるのでしょうか?

仏教ですか?
仏教は、韓国発祥ではありません。
陶磁器ですか?
陶磁器は、日本では縄文時代から長くつくられています。
キムチですか?
もともとは漬け物でしかありません。しかも発酵食品文化というのは、日本古来の食文化です。
文字ですか?
ハングルを朝鮮族の公式な文字として採用したのは日本です。
他に何がありますか?

あ、ありました!!
チャリンコ(自転車)、パシタ(情婦)、チャカ(拳銃)・・・他に何かありましたっけ?


※この記事は、2013年12月17日の記事をリニューアルして再掲したものです。



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コメント

配達人

No title
初めまして。他のサイトから「キムチの起源」と言うリンク先でここに来ました。初めて知った事が多く勉強になりました。キムチが沢庵に比べるも無く歴史が浅い食べ物だったのは知らなかった事と七味唐辛子より後しかも明治時代に生れた伝統食でなく一地方の名物に過ぎなかった・・・なるほどです。

>チャリンコ(自転車)、パシタ(情婦)、チャカ(拳銃)・・・他に何かありましたっけ?

朝鮮起源であるが朝鮮で滅び今では日本でしか見られないモノが有ります。それは『パチンコ』です。
 日本では国民的賭博、対して起源の韓国では政府が完全禁止し廃業。国際的にみても強いギャンブル依存症になり易く警告されてる。
もう日本でも完全禁止にして韓国にパチンコ台送りつけて欲しいです。

-

No title
漬物は温かい場所では酸っぱくなって美味しくならないのでは?
それはともかく私の聞いたキチム誕生秘話はちょっと違っています。李氏朝鮮の貴族階級である両班は庶民からの収奪を欲しいままにしておりました。もちろん食べ物も好き放題に略奪します。困り果てた庶民はとても食べられたものではない強烈な味の食物を考案します。それがキムチだったというものです。庶民は両班が唯一奪わないゲロゲロなキムチを食べて過酷な世界を生き延びたというものです。

-

No title
キムチや朝鮮通信使について、こんなに酷くて汚い話を初めて聞くことになるとは思いも寄りませんでした。コメント欄の皆様もとても落ち着いていらっしゃるので、周知の事実だったのでしょうが、キムチが今でも日本で評価されているのが信じがたい程の不潔さです。世界各地で輸入禁止措置がとられるのも道理です。しかも成立が近代…よくユネスコで部分的とはいえ申請が通ったものです。

不潔な朝鮮食品を長い間食べさせられていたにも関わらず、報道規制ゆえに、国民は何も知らされて来なかった(今もそうですが)訳で、洗脳の恐ろしさを再認識しました。海外で知り合った韓国女性が、妊婦の悪阻にはキムチがいいと自慢げに話していましたが、虫下しを常用する朝鮮では、それも当然なのかも知れないと感じました。朝鮮半島に関する常識は疑ってかかれ、ですね。

しかし、笑うに笑えない問題として、歴史の真実を追求する事ができないのは、我が国も同じではありませんか!歴史教育は未だに拙劣であり、我が子は公教育で正しい歴史認識を身に付ける事すらできないのです。次の世代に正統な国史を学び研究する環境を整える事、国のあり方を正しい道筋に戻す事が、私たちの世代の責務だと痛感します。国会図書館法を改悪するという悪夢のような話も、阻止しなければなりませんね。

スワンツァイ

白菜栽培
> いずれにしても白菜を半島に伝えたのは、ニックキ日帝であることは間違いありません。

白菜を食べるようになったのは、半島の方が早いようです。山東から北京、満洲に掛けては白菜の大産地にして大消費地なので、近接する半島に入っても不思議ではありません。
冬に白菜を漬物にして乳酸発酵させるのは中国北方で広く行われている風習です。半島のキムチももともとは白かったといいますから、要するに同じものでしょう。起源主張する半島人に中国人が怒るのも無理はありません。
日本での白菜栽培は苦労が続き、昭和初期の段階でも異国情緒を感じさせる野菜だったとか。というのも日本には菜の花やカブが溢れかえっていましたが、白菜はこれらの近縁で普通に栽培するとすぐに交雑してしまい、「白菜の種」が採れないためでした。そのために当時、白菜の種は中国からの輸入だったそうです。

K3

いつもながら
いつもながら大変興味深いです。

拡散させて下さい。

嫌韓流の作者がしばき隊や在日をここ最近かなり批判してます!
嫌韓流の作者がしばき隊や在日をここ最近かなり批判してます!
https://twitter.com/sharinyamano

山野車輪 @sharinyamano
6月18日
「どう見られるか」って部分は、在日側は割と気にしていたはずなんだがなぁ。
デモには女性と子供を前面に出して、ヤクザっぽい人たちは表に出ないように気遣っていた。
裏が見えなかったからこそ恐怖心を与えることにも成功していた。なのに、裏の連中を表に出しちゃっているからなぁ。

山野車輪 @sharinyamano
6月18日
ニューズウィークの記事読んだ。中立の立場で書かれていて、中立の立場から見れば、
しばき隊側のほうが悪質に見えるし、事実、悪質でしょ。
そもそもトップが生活保護の不正受給で逮捕されてるし。中指たててるし。

山野車輪 @sharinyamano
6月10日
反差別などと宣っている連中は、犯罪や不正の指摘を「差別」とレッテルを貼る印象操作を行なっている。
「差別」レッテルに弱い日本人の性質を突くもっとも卑劣なやり方。だがいずれ本性はバレる。
すでにその兆候は表れている。自滅・自爆というカタチで(苦笑。

山野車輪 @sharinyamano
5月28日
在日問題に関する言論の自由は未だ封じ込められているが、もう少しだと思う。
悪辣な問題・事件が頻繁に起きているわけだし。在日を嫌う人たちが彼らの何を嫌っているかというと、
自浄作用の無さと道徳精神の無さ。道徳の問題だ。今は道徳精神持つ側が持たない側に「差別」とレッテル貼られている状態。





愛信

政府が燃料電池車に補助金、価格は25年ごろハイブリッド車並みへ
政府が燃料電池車に補助金、価格は25年ごろハイブリッド車並みへ
http://jp.reuters.com/article/marketsNews/idJPL4N0P02IB20140619

 水素革命が加速する、燃料電池自動車や自家発電用の水素発電の本格導入
を目指し、30年ごろには水素発電所の稼働も計画する。

詳細は
【燃料電池の掲示板】
http://www.aixin.jp/axbbs/kfn/kfn0.cgi
【燃料電池タイトル一覧】はこちらをクリックして下さい。

ななな

唐辛子の辛さ
一説によると、唐辛子というのは産地によって辛さが変わってしまうらしく、日本産の唐辛子はメキシコのハラペーニョやカリブのハバネロに続いて比較的辛いという。他方、朝鮮のものはあまり辛くないのだとか。そういえば、半島は消費量が多いはずなのに七味唐辛子に相当する代表的なチリパウダーがないような気が…。知らないだけかもしれないけど。

愛宕

No title
初めまして、色々な驚きと共に勉強させて頂いております。
ありがとうございます。
「易地聘礼」をうっかり辟易と読んでしまいましたが
もしかして語源でしょうか?

愛信

元空幕長の田母神閣下が立川駅北口で1100から街頭演説中
元空幕長の田母神閣下が立川駅北口で1100から街頭演説中
https://twitter.com/kanaism/status/479448729993228288/photo/1

【関連情報】
【東京都知事選挙辻立の掲示板】
http://www.aixin.jp/axbbs/ktr/tgs.cgi

田母神新党が活動を開始しているようです。 
日本人社会の破壊を阻止するために皆で応援しよう。
 愛国系有権者の総力を結集した大政党となり、日本に安全・安心と自由な
社会を作る為に活躍してもらいたい。

詳細は
【新党勝手連の掲示板】最新版
http://www.aixin.jp/axbbs/ktr/ktr.cgi
【新党勝手連タイトル一覧】最新版はこちらをクリックして下さい。

昨日の中国うなぎといい、今日の朝鮮漬けといい、しな朝鮮は本当に日本に関わらないでほしいですね。
太閤秀吉は朝鮮征伐で全部滅ぼして欲しかった。
マッポや、チャカが朝鮮語とは初めて知りました。もう絶対使わない。そんな言葉。
ねずさん又お邪魔しますね。

junn

No title

ポッポ

No title
SFの小説家に、豊田有恒氏がおられます。
豊田氏は、昔は大の朝鮮好きで、これが高じてキムチを自宅で山のように作っておられました。テレビでも特集された程です。
それが30年位前になるのでしょうか、大きく変わられました。
韓国に愛想が尽きたのだと思います。
最近では、「どの面下げての韓国人」を出版されていますが、韓国人のことが判りやすく記述されていました。



明日、安倍内閣はいわゆる従軍慰安婦について、日本維新の会の山田宏氏が質問した事柄についての、検証結果を発表します。
本件については、国会に参考人として出席された石原元官房副長官のこともあり、十分に正しい内容だと考えています。しかし、その後に、アメリカのオバマ大統領がこのことについて、過去を正直かつ公正に認識しなければならないと発言しました。
オバマ大統領の言葉に影響されることなく、正直かつ公正に検証された結果を公表されるものだと信じています。
もし、韓国やアメリカの影響があったなら、日本維新の会か田母神新党に期待する他はないと思っています。


しかし、性奴隷などとアメリカに衝撃を与えて嬉々としていた、日本弁護士会には日本のことを考えている弁護士はいるのでしょうか?
各地の弁護士会で、10年間に31人の韓国籍の弁護士を調停委員に推薦し、裁判所に断られたとのことですが、日本国の裁判所ですから日本人を採用するのは当然だと思います。

日本国の公務員は、日本人に限るように定めていないことが不思議です。
日本国の公務員は日本人に限るとの国籍条項を追加する必要があると思います。
また、この国籍条項は、公務員(一般職及び特別職)だけでなく、選挙関係者、教育関係者、人権擁護委員、民生委員、児童委員、裁判関係者、公証人、公安関係者だけでなく、公共放送及び民間放送関係者も含む必要があると思います。



朝鮮通信使については、誠実に事実を世界遺産に登録すれば良いと思います。
朝鮮通信使は日本に対する朝貢使であり、これを幕府の命により各藩が応接したものです。
江戸城に入城するときは裏口で(琉球の使節は表門)、沿道からは鶏を盗む。朝鮮に水車を作る技術がなかったため作り方を聞いて帰ったけれど、100年経っても完成できなかったのです。
考えてみれば、両班の猫車の写真を見ましたけれど、車輪がやたらと小さかったから、喜んで乗っていられる代物ではありません。

民主党政権下において、朝鮮王室儀軌を韓国にプレゼントしてしまいました。
日本は今、対馬宗家文書の返還を、要求しなければならないと思います。

-

No title
> 江戸っ子は、「七色」とか「薬研堀」と略して呼んでいました。

ほー。S&B食品などが海外で売っているバージョンは、"Nanamitougarashi"というのだそうです。先祖がえりかな。

山桜花

雅楽でも正確な日本
雅楽のワークショップに参加する機会がありました。
「左舞は唐楽、右舞は高麗楽」
「日本古来の物ではなく中国・朝鮮から伝わってきたものです」
と、おっしゃっていました。

両国でははるか昔にすたれてしまった舞であり、
唯一日本だけが千年以上も途切れなく伝えてきたのだ、という事実を
きちんと伝えて欲しいと思いました。

日本人の正確を期そうとする謙虚さにも、ほどがあります。

-

驚愕の事実!
私が耳なじみのある言葉では、チャリンコ、マッポ(警察)、チャカ(拳銃)といったところでしょうか。朝鮮語とは知りませんでしたが、マッポやチャカなどは捕まるようなことをしていたからかなと思ってしまいます。
キムチ誕生のくだりは壮絶(?)ですね。
気持ち悪いけど、あまりの適当さ間抜けさに脱力し、少し笑ってしまいました。まさに驚愕の事実です。

渡邉宏二

No title
うろ覚えですが、日本で使われていた朝鮮語には他に
「タンベ」(煙草)
「てっかり」(マッチ)
「マッポ」(お巡りさん)
「オートン」(タクシー)
などがあったと思います。

ゆず

朝鮮通信使
朝鮮通信使については以前こちらで事実を知りましたが、最近、厚かましい韓国は日本と共同で朝鮮通信使を世界文化遺産に登録しようとしてますね。

そんなものに乗るか!と言いたいところですが、対馬はどっぷり韓国に侵されていて、昨年は中止になったアリラン祭も仏像が帰ってこないにも関わらず今年はやる気でいるので、コレにも便乗しそうで怖いです。

オッペケペ

七色唐辛子
元祖「やげん堀」は現在浅草の仲店にあるようですが、本来発祥の地である江戸両国では、「七色唐辛子」と呼ばれていました。
ですから江戸っ子は、「七色」とか「薬研堀」と略して呼んでいました。
それが、京都、長野善光寺に伝わり、三大唐辛子になったようで、各々レシピが微妙に異なります。
当時は単なる薬味ではなく、漢方薬的な使用もされていたようです。
基本的に風邪に良く、元祖江戸式は、どちらかというと下痢タイプ。長野や京風のは便秘タイプや妊婦の嘔気に適するみたいに。
「七味唐辛子」という呼称は、関西風とのことです。
しかしこちらの方が一般的になってしまい、元祖の店「やげん堀」までもが「七味~」と称するようになってしまい、江戸っ子としては残念です。
しかし、今でも両国薬研堀で営業している老舗「大木唐辛子店」では、「七色~」と称しています。
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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
連絡先: info@musubi-ac.com
昭和31年1月生まれ
国司啓蒙家
静岡県浜松市出身。上場信販会社を経て現在は執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」を運営。
ブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。Youtubeの「むすび大学」では、100万再生の動画他、1年でチャンネル登録者数を25万人越えにしている。
他にCGS「目からウロコシリーズ」、ひらめきTV「明治150年 真の日本の姿シリーズ」など多数の動画あり。

《著書》 日本図書館協会推薦『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』、『ねずさんと語る古事記1~3巻』、『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』、『ねずさんの世界に誇る覚醒と繁栄を解く日本書紀』、『ねずさんの知っておきたい日本のすごい秘密』、『日本建国史』、『庶民の日本史』、『金融経済の裏側』、『子供たちに伝えたい 美しき日本人たち』その他執筆多数。

《動画》 「むすび大学シリーズ」、「ゆにわ塾シリーズ」「CGS目からウロコの日本の歴史シリーズ」、「明治150年 真の日本の姿シリーズ」、「優しい子を育てる小名木塾シリーズ」など多数。

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