天下の公民(1:おおみたから)



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『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人! 第二巻: 「和」と「結い」の心と対等意識』

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日本の歴史のターニングポイントというのは、大きく2つあります。
それが「7世紀」と「19世紀」です。

7世紀に何があったかというと、Chinaという外圧によって、国内が統一され、大化の改新が行われて日本が天皇のもとに統一されたという出来事です。
19世紀に何があったかというと、欧米列強という外圧があって、日本が再び天皇のもとに統一されたという出来事です。
そして19世紀に行われた明治維新にはじまる日本の統一は、実は7世紀の大和朝廷の仕組みを、形を変えて日本の体制に復元した、というものです。

そこで7世紀に行われたこと、つまり、天皇のもとに日本が統一されたというできごとを考えることは、同時に19世紀の維新を知ることにもつながるということができます。
なぜなら、日本の歴史はずっとつながっているからです。

その7世紀に起きたこと。それが天皇を政治的権力者ではなく、政治的権力者(いまで言ったら内閣総理大臣以下の閣僚、少し前なら武家政治の中心者である将軍など)に、その権力者に「権力の認証」を与える「権威」としたことです。

たとえば、Chinaの皇帝というのは、権力者であり、人民に対する絶対の支配者です。
そしてその支配者としての権力は、天の神から与えられます。天の神が、「おまえはもう統治者として不適格だ」とお怒りになると、そこで革命が起こって、別な家系にその権力者を移します。これが易姓革命です。

こうした統治形態は、Chinaに限らず、世界中で行われていたことです。
たとえばフランスのルイ王朝など、まさに絶対王政といわれる統治形態、これなども、ルイ家の政治権力は、神によって認証され権威付けられるという形をとっています。

似たようなことは、いまでも行われていて、たとえば米国大統領も、もちろん民意によって選挙で選ばれますが、その選ばれた「人」が、大統領という「権力者」になる前には、神による「認証」が行われます。
「認証」があって、はじめて統治者として認められる。

ところが日本における天皇の存在は、7世紀においても、19世紀においても、またそれ以外のどの時代においても、天皇が権力者であった時代はありません。
天皇は、政治を行う者に「認証」を与える「権威」としての存在です。

つまり、日本では、大陸や西欧でいう「神」の位置に、天皇がおわす、という形をとり、その形が完全にわが国に定着したのが、7世紀であった、ということです。

ではなぜ天皇が、諸外国でいう天の神の位置におわすかというと、その原点が神話にあります。
アマテラスオオミカミからの血の血脈が皇統です。
つまり神の血をひく直系の子孫が天皇であるわけです。
そして血統をもつ天皇が、神のもとに政務を司る者に権威を授ける。
そういう仕組みが7世紀に完全にわが国に定着したわけです。

そして、ここから大事なポイントなのですが、このときに、実はもうひとつ、ものすごく大きな出来事、しかもそれは世界にも類例のない、ものすごいことがわが国で起こっています。

それが何かというと、一般の民衆が「公民(おおみたから)」とされたことです。
みなさんは「公地公民制」という言葉を聞いた頃があろうかと思います。そこで使われてる「公民」です。

その「公民」とは何かというと、実は、天皇の民ということです。
そして将軍とか、大政大臣とか、関白とか、内閣総理大臣とか、様々な権力者の形はありましたが、それら施政者としての権力者は、その「天皇の民」を預かる立場となった、ということです。

つまり、日本における統治者、つまり、大名や将軍や関白や、身近なところでは、部長さんや課長さんや社長さんにいたるまで、人の上に立つ者は、絶対的権力者や支配者ではなく、「天皇の民」すなわち「公民」のたちの生活を守るために、「公民」たちを預かっている立場、と規定されたわけです。
そして預かっている政治権力者も、同じ「天皇の民」つまり、「公民のひとり」だと規定されたのです。

そしてこれこそが、わが国の精神文化の源流となっています。
つまり、一寸の虫にも五分の魂という気概が、一般庶民の精神の根底に常に存在し続けているということです。

大陸や西欧では、そうはいきません。
君主はまさに絶対権力者であって、言うことを聞かないものに対しては、まさに生殺与奪の権力を持っています。
王が命令して、言うことを聞かなければ、一族郎党皆殺しなんてことも、普通に行われるわけです。

最近でも「王様ゲーム」なんてのがあるのだそうです。
ジャンケンで王様になった人は、それ以外の人に対して、なんでも好きな命令ができる。命令された側は、絶対にそれを聞かなくちゃ行けない。
けれど、ゲームであっても、日本人なら「そんなのヤダヨ」と平気で断ったりしてしまう。というか何か違和感がある。

日本においては、支配者は、絶対君主と異なり、公民を預かる人です。自分もみなと同じ公民のひとりです。
ですから、みんなの意見を聞いて、みんなの意思をとりまとめて、みんなの協力を得てことを前に進めようとする。

主君が「俺はエラいんだ」などと思い込んで、横暴な働きをすれば、家臣たちが集まって相談し、「主君押込め」といって、主君そのものを廃絶してしまう。
江戸時代の伊達騒動や、上杉鷹山の押し込めなどが有名です。
なぜそんなことが起こるかといえば、主君は、絶対権力者ではなく、常に公民を預かる立場の人だからです。

日本で、「えらい人」というのは、絶対的権力者を意味しません。「えらい人」は「偉い」のではなく、「エライ人」つまり、みんなのために汗をかく、しんどい責任を与えられた人という意味を持ちます。

これを大陸的「偉い人」と混同すると、日本の歴史は見えて来ません。
日本は、あくまで庶民が全部天皇の民であって、施政者から商店主にいたるまで、その天皇の民を責任をもって預かっている立場だからです。

このことは、いいかえると、日本はすでに7世紀の昔に究極の民主主義を実現していた、ということです。
人が人を支配するのではなく、みんなのために働くことが施政者の役割、と規定され、それが日本人の精神として定着しているからです。

こんな制度を築き上げた民族は、7世紀という時代を考えれば、世界中どこを探してもありません。
このことは、ある意味、人類史の奇跡といえるかもしれない。

さて、このことがいまの政治の話とどう繋がるのか、この続きは明日の記事に書きます。


※この記事は2013年1月の記事の再掲です。

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コメント

junn

No title
興国の書と亡国の書 名著の解読学
http://oncon.seesaa.net/article/93787353.html

 三島由紀夫が一九七〇年十一月二十五日に市ヶ谷(陸上自衛隊駐屯地)のバルコニーから檄を飛ばして三十年。日本の滅亡を直感する三島の「憂国」は基本的には的中したことになります。

 三島の訴えたのは二点。一つは皇室を尊崇する精神の欠如であり、もう一つは尚武の精神の枯渇であり、この双方の回復でありました。

 ルース・ベネディクトではありませんが、「菊」の尊貴と「刀」の武勇なくして、日本の存立はありえない。とすれば、戦後日本の、皇室を守ることと領土を守ることの国民精神の衰退と堕落に対する三島の絶叫を三十年を経たいま検証してみたいのです。

 後知恵ですが、日本が憲法第九条の改正をすべき最後のタイム・リミットは、やはり一九七〇年だったような感じがします。この一九七〇年に日本が「吉田茂路線」という経済至上主義を変更して、経済と道徳(尚武)とのバランスある合体路線にしていれば、経済の発展による日本の国家としての腐敗や堕落は―経済の発展のみでの国家の存立など船で空を飛ぶようなもので不可能―防止できたはずです。

 経済の発展は、精神の腐敗や堕落を導いても、国家を未来に永続させていく生命力を喰らい尽くしていくからです。

 だから国家は経済の発展を図るとき、同時並行的に国民の道徳や倫理をその分さらに磨き上げ、向上させる必要があるのです。三島由紀夫の天才的な直感はこのことを透視して、一九七〇年の自決となったのではないか、と憶測しています。

 日本人の国防意識が、一九七〇年を境に大きく変化していくからです。一九六九年ごろまでは日本の一般国民の核武装論者は五十パーセントもいたんです。

 それが七〇年から減っていき、いまでは私を除き(笑)、ゼロに消えました。六〇年代までは憲法第九条改正論者は実際には圧倒的多数でした。

 国会議員だけが、三分の二以上でなかっただけです。防衛庁を国防省に昇格させることも国民の過半数が支持していました。国防軍を補充する地方の老人・少年・婦人を核とする「郷土防衛隊」―スウェーデンやイギリスにあるHomeGuards部隊―設置の法案すら、自民党は国会に提出する準備をしていたのです。

 これらの一連の国防政策正常化の動きの全てが、一九六五年に、一九六三年の「三矢研究」(ソ連の北海道侵攻を想定した防衛研究で、戦術核なしにはそれを撃退する方法がない等の結論になっている)を岡田春夫代議士(社会党)が暴露し、これに動転した当時の佐藤栄作首相が「ソ連の脅威」と「日本核武装」の二点を全面否定する旨を国家で答弁し、これが原因となり、それから五年を経て、日本国中から完全に消えていったのです。

 佐藤栄作こそ「吉田路線」をより過激にした張本人でした。

-

授業で習う江戸時代と「おおみたから」
ねずさんのブログではじめて「おおみたから」という言葉を知り、また数々の立派なお役人(武士)を知りました。
どなたかがコメントされていたように、私も百姓は「生かさず殺さず」で常に過酷な年貢で苦しめられたと習いました。
しかし実際はそんな話では説明のつかない立派なお役人が存在しました。私の地元にも、民を守った立派な庄屋さんの話が語り継がれています。
江戸時代にあっても、民を「おおみたから」とする考えは日本人の芯に根付いていたのではないかと思います。
早く学校の社会科で、まともな本当の日本の歴史を教えるようになってほしいものです。

とおりすがり

No title
ケント・ギルバート氏「創作された『歴史』の修正を主張する時期に来た、反撃せよニッポン!」

≪慰安婦問題に限らず、日本の近現代史では後から創作された話が、世界では「正しい歴史」として認識されているケースが多々ある。 代表例は日本が東南アジア諸国や中国大陸で「侵略戦争を行った」という話である。

はっきり言うが、これは戦後占領政策の一部としてGHQ(連合国軍総司令部)が世界中に広めたプロパガンダである。慰安婦問題と 同様、真実とは異なる嘘が、今や「歴史的事実」として認識されている。

GHQの最高責任者だったダグラス・マッカーサー元帥自身が後に「日本の戦争は、安全保障(自衛)が動機だった」と米上院の特別 委員会で証言したのは、彼の懺悔とも受け取れる。

しきりに「侵略戦争」や「歴史認識」などの言葉を用いて日本を責めたてる国は、GHQのプロパガンダの恩恵を最大限に受けた国である。

戦後、アジア諸国で唯一、驚異的なスピードで復興を果たして先進国となった「優等生」は、近所の「不良」から見れば心底妬ましい存在 であり、ゆすり・タカリの格好の対象だった。

GHQの思惑通り、罪悪感を刷り込まれた優等生は、不良にせがまれて金を払い続けた。結果、不良は少し裕福になったが、妬ましい 優等生に対して感謝の気持ちなど持つはずがない。現在は優等生が過去の真実を知り、「今までよくもやってくれたな!」と言い始めることを最も恐れている。

最初に嘘をついて、これを広めたのはGHQだから、嘘が暴かれることを、わが祖国・米国も喜びはしない。しかし、来年は戦後70年だ。 そろそろ、日本は近現代の間違った歴史認識の修正を堂々と主張すべきである。今こそ反撃せよ、ニッポン!

■ケント・ギルバート 米カリフォルニア州弁護士、タレント。≫
http://blog.livedoor.jp/kiriritto/archives/1013880761.html

-

7世紀の前からゆっくり公知公民を実施する下地はできていたと思います。
日本人には本当に絶対権力者なるものに馴染まず、皆で意見出し合って協力し合うようになっています。
多少のいざこざはあったとしても太古より平和な社会を築きずっと続いてる国は日本だけですね。
素晴らしいです。

ポッポ

No title
七世紀の大化の改新は、蘇我一族がもう少しで日本の天皇制度を乗っ取るところだったと思います。蘇我一族を滅亡させた後に行われた改革は、公地公民制を初めとして天皇と民の関係を明確にしたと思います。
不勉強なのですが、大化の改新の後に半島で日本・百済と唐・新羅の戦いがあり、百済が滅亡しています。この頃も、日本は大変だったのですね。



中国の小笠原諸島の珊瑚密業について、海上保安庁は2隻の密業船を拿捕しました。
小笠原諸島だけでなく、日本の領海に産する珊瑚を密業する無数の中国船に対して、海上保安庁は必死の努力をされていますが、いかんせん100隻以上の密業船はその数が多すぎて、現在の巡視船だけでは余りに無力だと思います。
話は飛びますが、観光産業において中国からの観光客は、国全体は貧しくとも人口が13億人もいるから、富裕層もそれに応じて多くいるため、購買力が大きいとされています。しかし、その富裕層の人口の多さと同様に不法な輩も人口13億人に応じて存在しています。そして、小笠原諸島へ密業に来る漁船の不法乗組員も無数にいるのです。ですから、その漁船におおっぴらに五星紅旗を掲げ「一攫千金」(に近い言葉)が書けるのです。
これは、善悪を考えていない集団で、彼等は密業が違法であるとの認識がなく、日本領海であることに躊躇せず珊瑚を盗ります。
これに対応するには、長期的には護衛艦に協力を求めるだけではなく、巡視船を倍増(これに応じて職員も増加)しなければならないと思います。

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No title
江戸時代、土佐を代表する国学者・鹿持雅澄に師事した細木庵常という庄屋が指導して「天保庄屋同盟」という約定がなされます。司馬遼太郎などがしばしば著作中で言及していることでよく知られています。その内容とは、

農民、百姓は太古より天皇の「おおみたから=大御宝」である。そして、その百姓をあずかる庄屋という役職はまさに天皇より直に与えられた神聖な職であり、そういう意味では同じように天皇に役職を賜る将軍と何ら立場は変わらない。将軍やその陪臣の大名づれに何を偉そうにされる理由があるのか。もし上士が理不尽な仕打ちを仕掛けてきた場合は討ち果たしても良い、と宣言したものです。

この鹿持雅澄の甥・武市半平太や庄屋層出身の中岡慎太郎や吉村虎太郎らが中心となって土佐勤王党が結成され、土佐藩での尊王攘夷運動が行われ、さらに維新後には自由民権運動が活発に展開することになります。
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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
連絡先: nezu3344@gmail.com
電話:080-4358-3739
出身:静岡県浜松市
住所:千葉県野田市
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「明治150年真の日本の姿」、「日本と台湾の絆」、「奇跡の将軍樋口季一郎」、「南京事件は4度あった」、などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。
日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
《著書》
『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』
『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦
『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』
『誰も言わない ねずさんの世界一誇れる国 日本』
最新刊
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