天下の公民(2:菅原道真公)

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『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人! 第二巻: 「和」と「結い」の心と対等意識』
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菅原道真公2
この肖像画、どこか中山成彬先生にお顔がよく似ておいでです。


一昨日の記事で、日本の民衆は「天皇の民」であり、施政者はその「天皇の民」を預かっている人だ、というお話をさせていただきました。
世界中の国々がほんの近世まで、国の施政者と民衆の関係を、支配者と被支配者の関係、言い方を変えれば「王様と奴隷」の関係として構築した中にあって、なんと日本では、7世紀という古代に、「支配者というのは、民衆を代表して支配者よりももっと偉い人の民を預かっているという身分」という制度を構築し、これを定着させてしまったのです。

日本にも、身分の違いはあります。
貴族と平民では、その身分は違う。
けれど、それは会社における部長や課長が、部下となっているメンバーを会社から預かっているだけ、つまり「役割の違い」であって、支配者とその隷属者という関係とはまったく異なるものです。

そういう国のカタチを、国のトップから率先して築き上げてきました。
教育勅語の文末に、「朕爾臣民ト倶ニ拳々服膺シテ咸其德ヲ一ニセンコトヲ庶幾フ」とありますが、19世紀の明治時代の改革に際しても、まさに国のトップからの率先垂範が宣言されています。
それで民衆の徳性が高くならないはずがない。

どこかの国が、儒教国と称しながら、国のトップはわがままや贅沢のし放題。恨教育と称して国民を愚民化し、結果、国をあげてアホになっているような国とは、わたしたちの国は、その土台が違うのです。

だからこそ、日本人は、百姓町民に至るまで、相手が武家であろうが貴族であろうが、「こちとらだって五分の魂ってもんがあるんだ」という気概が、民衆にあります。
いまの時代でも同じです。
いまだって安部総理のことを「安倍さん」と呼んでいるメディアがいかに多いことか。
身分制の元なら、これは不敬罪です。
仮にも相手は一国の総理大臣なのです。
マスコミの方々は、おそらく「向こうが総理なら、こちとらメディアだい!」みたいな気概あってのことであろうと想像しますが、そういう「気分」を持つことが許容されるのも、日本が権力者と民衆が人として対等な関係にある国であり、そういう国柄が2000年以上も続いている国であることの証拠でもあります。
そういう意味では、マスメディアのみなさんは、「安倍さん」とはばかりなく公言できる日本人であるということ、日本に産まれ育っていること、日本という国柄に感謝すべきであろうと思います。
そのことのありがたさに感謝することもわすれ、そのことを自分たちのわがままやウシハクのために身勝手な主張のために用いるのなら、それはすでに日本人ではないということです。

日本の総理を、ルイ王朝やChinaの皇帝に見られるような絶対的支配者であって我々はその奴隷であるなんて思っているヒトは、おそらく日本には皆無であろうと思います。
江戸の昔も同じです。
たとえ相手が将軍様だろうが、お代官さまだろうが、民のことを考えないような施政者なら、オラたちだって考えがある。「オラたちは天下の百姓だ。たかが木っ端役人、なにするものぞ」といって実行されたのが百姓一揆です。
学校では百姓一揆というのは、打ち壊しのまるでChinaの暴動みたいに教えられますが、そのようなことが起きたのは、ごく限定的な、歴史の中で数えるほどしかないほど少ないものです。
いまでも国会周辺では、毎日のようにデモが行われていますが、あのことを、昔は一揆と呼んだ。
その参加者の多くがお百姓さんたちだったから「百姓一揆」と呼んでいたにすぎません。
そういう意味では、最近の議事堂周辺の反原発デモは、昔の言い方をすれば、反原発一揆だし、チャンネル桜さんのデモ行進は、昔風にいえば瓦版桜一揆です。

さて、前回、天皇のもとに公民があり、施政者はその公民の中から選ばれた人が、天皇から「認証」されて政治を行うという体制が、すくなくとも大和時代には、すでに日本に構築されていて、これが成文化されたのが7世紀だと申し上げました。
そしてこの体制のもとで、時代は奈良、平安と進みました。
そして平安時代の初期に、わたちたちの国では、菅原道真公があらわれて、Chinaとの交易を断ち、日本を鎖国しています。

この菅原道真公の行動は、実はたいへんな行動です。
なぜかといえば、海外との交易は、めちゃめちゃ儲かったものであったからです。
日本からChinaに品物を持っていけば、その品物は20〜30倍の高値で売れたし、そのカネでChinaでいろいろなモノを仕入れて日本に帰ってきてこれを売りさばけば、またまた20〜30倍の値段で売れたのです。

ということはどういうことかというと、仮に往復とも30倍だったと仮定すると、日本を出るとき、100万円分の商品を仕入れ、これをChinaに持っていって売りさばき、さらに向こうで儲かったカネで、Chinaの物品を仕入れて帰って来ると、なんと、最初の100万円が30倍×30倍=900倍、つまり、100万円が9億円に大化けしたのです。

鎖国をするということは、これだけの利権を、国として手放すということです。
交易業者、その交易業者から多額の献金を受けている貴族、政治家など、そりゃあ猛反対します。
そして鎖国しようとする菅原道真公には、ありとあらゆる非難が浴びせられます。
そして道真公は、ついには政権の中枢から引きずり降ろされて、太宰府で憤死しています。

ちなみに道真公は、周囲の財力を持った貴族たちから猛反発を浴びながらも鎖国に踏み切ることができました。
なぜでしょう。
その答えが、百人一首の道真公の歌にあります。
そこで道真公は「神のまにまに」と詠んでいます。
つまり道真公は、ご自身がたいへんに立派な人でありながら、そのすべての行動や意思決定は、常に八百万の神々のご意思のもとにあるという立場を貫き通していたのです。
このことは、政治的な主張をするときの姿勢として、わたしたちに大きな示唆を与えてくれます。

さて、ではなぜ菅原道真は、Chinaとの国交を絶つという決断をしたのでしょう。
交易は儲かるのです。
これを「国」として行えば、国庫が潤うのです。
民の生活だって、豊かになるかもしれません。
にもかかわらず、なぜ、道真公は、交易を辞めてしまったのでしょうか。

しかもです。交易をすることで経済が発展し、豊かになることを辞めてしまった道真公が、没後には「天満天神」として人々からあがめられ、信仰される神様にまでなっています。
おかしくありませんか?
儲かる海外交易を辞めた人が、「天満天神(てんまてんじん)」です。

道真が怨霊となっただの、祟りが怖かったからだのという色々な説がありますが、人々に害をなす怨霊が怖くて祀るなら、すくなくとも「天満天神」なんていうおめでたい名前はつけません。
「天満天神」というのは、文字通り、天に満ちる天の神です。天の慈悲、神の慈悲を施す神という意味です。
貿易をやめて人々に大損させた挙げ句、怨霊となって祟った人に付けるような名前の神社ではありません。

つまり、交易をすること以上に、つまり儲かること、利益を得ること以上に、交易を続けることによって深刻な問題が、当時の世の中にあり、これが抜き差しならないものとなっていたからこそ、道真公は大英断をもって交易を辞めたということです。

そしてこのことを考える上で、もうひとつ大切なファクターは、日本では、施政者というのは絶対権力者ではない、ということです。
ですから道真公が交易を辞める、と決断した背景には、他の多くの施政者たちが、みんな口を揃えて「もういい加減、やめてほしい」という意向になっていたということです。

どうしてやめてほしかったのでしょう。儲かるのに。
理由は簡単です。
交易によって、ただモノやカネが入ってくるだけではないのです。
ヒト、モノ、カネはセットです。
まして大儲けできるとなれば、そこにヒトが集まってきます。
そしてそのヒトは、日本人ばかりでなく、ChineseやKoreanが数多く、交易とともに、日本に入り込んできたわけです。

彼らは、絶対的支配者がいて、民衆は奴隷という社会に育った人々です。上に立つ者と下の者との関係は、常に王様と奴隷の関係です。
だから上に立つ者は、下の者に対して、何をやっても構わない。
殺そうが、奪おうが、犯そうが、それが当然の権利のように考えるという文化を持った人たちです。
そういう連中が、日本に来る。

ここは日本なのだから、郷に入っては郷に従いましょうという人も、中にはいたかもしれない。
けれど、その中の一部は、日本に来て暴徒や犯罪集団となった。
村人たちを襲い、残酷な福岡一家殺害事件や、連続強姦魔が日本中にはびこったわけです。

いくらお金が儲かったって、民の生活の安全が脅かされ、殺されたり奪われたり犯されたり、そのようなことが度々起こるようでは、何の意味もない。
そんなことくらいなら、少々貧乏でも構わないから、国を閉ざして、また昔のようにみんなで協力しあって暮らしていきたい。
そう考えるのは、ごく自然な成り行きです。

けれど、大儲けしている連中からしてみれば、自分が殺されたり犯されたりしたわけではないのだから、へいっちゃらです。
そのもうかる商売を道真公が強制的に辞めさせようと言うのなら、何がなんでもこれを阻止したいし、実際に辞めてしまったのなら、恨み骨髄です。そもそも斜め上の国の文化は「恨み」の文化なのだそうで。

だからこそ、道真公は、中央を追われた。
追われたけれど、まっとうな庶民は、道真公が、どうして交易を辞めるという政治的決断をしてくれたのかよく知っている。
民の安穏な生活を守るためです。
それこそ天の意思、神の意思に通じるものがあります。
だからこそ、道真公は「天上の慈悲、自愛の心の満ちた、天の神様のような人だ」というので、「天満天神」となったわけです。

怨霊がどうのとかいうのは、道真公を讃える神社を造ろうという動きに、「あんにゃろう、ワシらの商売を邪魔して、ワシらに大損させやがった」と道真公を恨みに思っている、一部の交易商人や、それに連なる大金持ちの権力者たちを、黙らせるため、そういう話をでっちあげた。
大金持ちさんたちも、憎い道真が怨霊になったというなら、ざまみろ、くらい思って納得したかもしれません。
けれど、神社を造って祀られた道真公は、天満天神です。
当時の民衆の心がわかろうというものです。

そして道真公が、交易を廃止したその最大の理由が、「民の生活の安穏」にあった、ということは注目に値します。
つまり、民は、天皇の民、つまり公民であって、施政者である道真公は、天皇からその民を預かっている立場、という認識が、根底にあるからです。

民が、奴隷であり、民の生活などおよそ考えなくても良いという立場の施政者なら、道真公の決断はありえません。
根底に、民を大切にする。民は公民であるという意識、道真公の決断とその後の失脚には、そういう公民を預かるという施政者の姿勢と、そんなの関係ねえとばかり、自分たちの金儲けだけを考える政治的立場、もっといえば道徳主義と、金満主義との政治的対立があった、ということです。

そして道真公は、「金満」主義を否定し、道徳主義をうち立ててくれたから、多くの民がこれを感謝し、道真公こそ「天満」だ、としたわけです。
それがわたしたちの国の庶民の心意気の歴史なのです。


※この記事は2013年1月のものをリニューアル再掲したものです。



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コメント

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No title
消された政治家菅原道真という本で道真公が官僚だったころの資料が殆ど残っておらず時平により公の功績に関わる文献が殆ど抹消されたのではないかと推察されていました。
ねずさんのご推察されてることに関わる資料があったのかと思うと残念でなりませんね。
道真公の神輿を担いで九州から京まで民衆達の行列が上ったと言いますから、ねずさんの言うとおり一般民衆には有難い神様で金の亡者の貴族達には恐ろしい怨霊だったのだと思います。

-

No title
私は、太宰府市にかつて10年ほど住んでおりましたが、今もなお、菅原道真公の護りが、太宰府市には存在すると感じています。子供は天満宮幼稚園に入れましたが、とてもよい躾をしてくれる幼稚園でした。

菅原道真公は、本当にすごい方だったと、日本人はもっと知った方がよいですね。

りんご

お恥ずかしながら、菅原道真公については勉学の神様という認識だけでした。

ねずさんの今も昔も凄いぞ日本人第一巻でこの事を知り、
はじめて尊敬する歴史上の人物が私の中で出来ました。

そういえば中山成彬先生に似ておられますね^^

にこちゃん

No title
テレビを見ると安倍総理を安倍さんと言っている人が多いので本当に不愉快に思っていました。
私はコメントするときなど意識して総理と書いています。
でも意識しなくても、枝野や岡田は呼び捨てになってしまいます。
ねず先生、かくまる枝野にも、さんってつけたほうが良いですか?
結構真剣に質問しています。
寒いのでお身体にはくれぐれもお気をつけ下さいね。

-

No title
まさに今の日本も全く同じ状況ではないでしょうか。やっぱりシナとは鎖国するのがよろしいのではないでしょうか。

感謝超星

No title
ブログ更新ありがとうございます。
皇居勤労奉仕ありがとうございます。
ねずさんがそのように行動されていることを知ると、
本当に慈愛をこめて書いておられるのだなと実感できます。
ブログを読ませていただくのが楽しみになります。
皇居勤労奉仕の様子をまた書いてくださいね。
楽しみにしています。

-

天神さま
いつもありがとうございます。
福井藩主松平春嶽も天満天神である道真公を深く崇敬されていて、民にも天神信仰を奨励された事は有名ですね。そのお陰のせいか今でも福井県民は、天神様の屏風を自宅で祭っている家庭が多いそうです。学力も福井県民はいつも上位なのは道真公を信仰しその徳風が行き渡っているからですね。素晴らしい事です。
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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
連絡先: nezu3344@gmail.com
電話:080-4358-3739
出身:静岡県浜松市
住所:千葉県野田市
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「明治150年真の日本の姿」、「日本と台湾の絆」、「奇跡の将軍樋口季一郎」、「南京事件は4度あった」、などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。
日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
《著書》
『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』
『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦
『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』
『誰も言わない ねずさんの世界一誇れる国 日本』
最新刊
『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』
『ねずさんの世界に誇る覚醒と繁栄を解く日本書紀』

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