小野小町とやごとなき君



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森田春代画「月華」(小野小町)
20150731 小野小町


上にあるのは、森田春代さんの描いた小野小町です。
森田春代さんは、海外で活躍されている日本画家で、きもの美人を描いた豪華絢爛な作風は、いまや世界中で大人気なのだそうです。
絵に筆字で歌が書かれています。

 うつつには さもこそあらめ
 夢にさへ 人めをもると 見るがわびしさ


小野小町の歌です。
森田春代さんは、この絵に、この歌を配置されました。
絵には背景にまっすぐな竹が配置され、遠目に高貴なお方を象徴するような欄干が描かれています。
願いが叶うと呼ばれている満月、そして月夜の晩です。
よく考えられた、歌にとてもマッチした絵だと思います。

けれど、一般にはこの歌は「夢の中でまで人目を避けて逢うなんて、なんてさみしいことでしょう」と嘆いているとか、あるいは「現実でも夢の中でも人目を避けなければ逢えない寂しさ」を詠んだ歌だとかと解釈されています。
嘆きや寂しさを詠んだ歌だというのです。
この美しい絵と、嘆きや寂しさでは、なんだかそぐわないような感じがします。

ところが歌を音読してみるとわかりますが、この歌からは嘆きや哀切感は感じられません。
むしろ透明感や可憐さや美しさを、ことばから感じます。
まさに絵のイメージとぴったりの感じを、歌そのものから私達は感じ取ることができます。
そして、だからこそこの歌は千年の時を超えて人々から愛され続けているのだと思います。

では、歌の本当の意味は、どのような意味なのでしょうか。


百人一首の本にも何度も書きましたが、和歌というのは明察功過、つまり互いの気持ちを察する文化です。
歌に書いてあることがそのまま言いたいことではなくて、何か言いたいこと、熱い感情を、何かに借りて詠む。
歌を聞く側は、その歌を手がかりに、その詠み人の気持ちを察する、そういう日本独特の察する文化がカタチになったものです。
そういう意味からすると、この歌も、ただ表面上の文字面から「逢えない寂しさを詠んだ歌」と決めつけてしまうのは、いかがなものかと思います。

この歌は『古今和歌集』に収蔵されていますが、その『古今和歌集』のカナ序文で、紀貫之は小野小町について、次のように書いています。
 *
小野小町は、古(いにしえ)の衣通姫(そとおりひめ)の流れなり。哀(あは)れなるようにて強からず、いわば好(よ)き女の、悩めるところあるに似たり。強からぬは、女の歌なればなるべし。
 *

要するに、紀貫之は小野小町を衣通姫にたとえているわけですが、その衣通姫というのは、日本書紀に、
 容姿絶妙無比
 其艶色徹衣而晃之
 是以時人号曰衣通郎姫也
として紹介されています。
現代語に訳しますと、「容姿の端麗さは他に比べる者がいないほどであり、その艶(いろ)っぽさは、衣服を通り抜けて、照り輝いて見えるほどで、だから世の人々は衣通郎姫(そとおりのいらつめ)と名付けたほどです」となります。

つまり紀貫之は、小野小町を、絶世の美女として名高い衣通姫と同じ絶世の美女とたたえ、その歌はたおやかにみえながら(つまり清純に見えながら)悩ましさをたたえた歌を詠んでいると絶賛しているわけです。

そしてその小町は『古今和歌集』の656番に、この歌が収蔵されていて、そこではただ「題しらず」となっているのですが、その同じ歌が実は『小町集』にも14番に収蔵されています。
そして『小町集』では、詞書に、

 やんごとなき人のしのび給に

とあります。
「やんごとない」は、高貴で尊い人という意味です。
そんな高貴な人が、ある夜、小町のもとに忍んで来たわけです。
これは、小町自身の体験なのか、それとも、小町と親しい女性の体験なのかは、歌からはわかりません。
とにかく、憧れの尊いお方が、忍んで来られた・・・ということをテーマにしています。

日頃からお慕いしていた男性です。
でも、本当にそんな男性が目の前に現れたら、きっと私はあまりの嬉しさに顔をあげてその男性のお顔を見ることさえできないでしょうと詠んでいます。
夢の中でさえも、顔をあげて正面から見ることができない相手なのです。
そんな人とリアルで会ったら、それこそ真っ赤になってうつむくばかりで、声も出せない。見ることもできない。
だからこそ、そんな自分を「わびしさに」と詠んでいるのではないでしょうか。

冒頭の一般の解釈では、人目を避けてリアルに逢う、もしくはリアルに逢えない寂しさを詠んだとしています。
けれど、私にはそのような歌にはどうしても思えないのです。
むしろこの歌は、大好きな人だけど、夢の中でさえ想いがつのって恥ずかしくて顔をあげてその人の姿やお顔を見ることさえできないでいるのに、リアルに逢ったら、それこそ、どうしましょう、どうしたらいいの?となってしまう。
そんな高ぶる感情を詠んだ歌に思えるのです。

 うつつには   現実には
 さもこそあらめ さすがにそうなってしまいますわ
 夢にさへ    夢の中でさえ
 人めをもると  人目を避けて
 見るがわびしさ 顔を上げて見ることもできない、そんなわびしさ

夢にまで見た憧れの君です。
夢の中でさえ、恥ずかしくって、
正面からお顔をみることさえできないのに、
現実にお逢いするなんて、
あまりにも恥ずかしすぎてお顔さえ見れない。
それでとってもわびしくてもったいないことですのに。

そんなニュアンスの歌なのではないでしょうか。

いま、トム・クルーズさんが来日しています。
映画『ミッション・インポッシブル』の公開のためなのだそうですが、カッコよくて大スターのトム・クルーズに憧れる女性がいたとして、そのトム・クルーズとふたりきりで逢うことにでもなったら、それこそ顔をあげてみることさえもできない。
例えがいまいちかもしれませんが、雰囲気はわかっていただけるのではないかと思います。

つまりこの歌は、一般の解釈のように「人目を避けて逢うことへの嘆き節」だとか、「夢だけじゃなくリアルにも逢えない辛さ」だとかいうような「しみったれた歌」などでは全然なくて、絶世の美女と人に讃えられた、そんな小野小町であっても、大好きな人との出会いにふるえる、そんな純粋な心を持った乙女であることを象徴した歌ということができます。

輝くばかりの美女でも、心の中は、純粋で恥ずかしがり屋の少女であり乙女なのです。
その意味では、一般の普通の女性そのものです。
人は外見ではない。
心の純粋さや、内側にある心は、美女であっても、普通であっても、みんな同じです。
そして、そのような心を持った女性を、美女と讃えたのが日本の古代です。

少し考えたらわかることですが、このとき忍んで行った男の子の側も、なんたって小野小町という絶世の美女のもとに忍んで行くのです。
もしかしたら、自分なんて歯牙にもかけてもらえないかもしれないという不安な気持ちを持ちながら、小町のもとに忍んで行ったに違いないのです。
つまり、小町も、相手の男性も、お互いに夢にまで見た相手とリアルに逢っています。
そして逢いながら、お互いに恥ずかしくて顔を合わせることさえできないでいます。
すこし生臭い表現をしますが、心の高鳴りやトキメキこそが大事なのです。

近年、男女の仲を、ただの肉体の関係みたいに扱うドラマや小説が増えてきているような気がします。
しかし人間は獣(けだもの)ではありません。
愛しあう心のふれあいや、心の高鳴りがあって、はじめてそこに悦びがあります。
そういうことがわからないと、女性をただの性の道具に見立てる馬鹿者が生まれます。

典型が、慰安婦性奴隷という、韓流日本人の造語です。
心こそ大事。
そう思うからこそ、戦前の日本人は、ただの売春婦に、兵隊さんが亡くなる前に最後に接してなぐさめ安心させるご婦人という意味で慰安婦と名づけているのです。
性奴隷と慰安婦では、そこに天地ほどの意味の開きがあります。

 好いた惚(ほ)れたと
 けだものごっこがまかり通る世の中でございます。
 好いた惚れたは、もともと心が決めるもの。
 こんなことを申し上げる私も、
 やっぱり古い人間なんでござんしょうかね。


鶴田浩二の「傷だらけの人生」の歌にあるセリフです。
この通りと思います。
そして心のトキメキをなにより大切にしてきたのが、日本人だし、1200年以上昔の小野小町が詠んだこの歌が、いまでも多くの日本人に愛されている理由だと思います。

小町の詠んだ歌は、女性の立場からの歌ですが、こうした心理は、中高年になってからでもあるものだと思います。
密かに想う憧れの君がいる。
夢にまで見てしまう。
けれど、リアルにその人と会うと、ただのおじさんやおばさんを演じてしまう。
そんな自分を見る(感じる)さみしさ、みたいな感じです。

 うつつには さもこそあらめ
 夢にさへ 人めをもると
 見るがわびしさ

それにしても、小町の心をここまでとろかした「やんごとなき君」って、いったい誰なんでしょうかね。
まさに男冥利に尽きるというか。。。。

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コメント

takechiyo1949

才色兼備?
美人の規格はその時代に依るものだし、恋の歌も現代人にはそぐわない…婆さんが「燃えるような恋をしたい」など、薄気味悪いだけ…江戸時代の美人画など美人とは思えない…そんな意味のコメントをどこかで拝見しました。

ねずブロの読者は博識者が多く披露なさる蘊蓄にはいつも感心してばかりです。

私はド素人ですけどね。
そんな現代だからこそ、古き時代を生きた方々を想像し、そこからの心の学びに価値があると思うんです。
高学歴で見目形が良い今風の方々…履いて捨てるほどいます。
才色兼備?
簡単には識別できません。

くすのきのこ

No title
こんにちは。和歌とは面白いものですね。江戸中期にも百人一首を題材とし
たパロディや、珍解説がはやったそうです。古典落語の”千早振る”などは、
在原業平の歌が花魁の話になりおおせてない?ようなオチ?ww
ちはやふる神代もきかず龍田川 唐紅に水くくるとは
古今和歌集の枕書には、屏風の絵に描かれた龍田川の紅葉流れる様がお題で、
藤原高子が清和天皇がまだ皇太子の頃の春宮にいた時の歌。だそ~です。ww
この高子さんと業平は恋仲だったという噂で、伊勢物語にも題材に使われて
いたりしますね。大胆な発想で川の紅葉を華麗に詠んでいるとの事です。
wwwど~も自分の連想は違うんですが・・嘆息を感じるのですが、美しさ
に呑まれた感慨ではなく、哀感と諦観のため息です。
ちはやぶる神代もきかず あの勢いのあった神々の代にも聞いたことはない
たつたがわ     (いつも崇高に)立ち続ける流れのはずであったのに
唐紅を         深紅の赤・・つまり濃い血統の維持を
水くくるとは      水に薄めるようにしなくてはならないとは

在原業平自身が父方、母方を辿れば桓武天皇という親族結婚の濃い血統です。
古来、天皇は親族婚の中に新しい血を入れてうまくやってきていたのです。
しかしそこに、藤原氏の嫁だけが天皇の母として続くという外戚政治のため
の仕組みが入りこんでしまった。清和天皇の父上の文徳天皇の御子を見ると、
藤原氏の女性の子供が少ないか生まれていない。他の氏の女性は複数、ある
いは1人は御子を産んでいるのです。流産は2~3ヶ月が一番多いから、多
分、藤原氏の女性達は気付いてしまった?高子さんも。通う回数は藤原氏を
優先していたのでは?清和天皇の祖父・仁明天皇(病弱41没)父・文徳天
皇(病弱31没)御本人・清和天皇(31没)この方は氏姓を問わず女性を
入内させたそうです。ナゼかな~?高子さんは3人お産みになりまして多い
方です。その中から次の陽成天皇が。ところがところが、この方は宮中での
禁忌を破ったとの事で8年で降ろされてしまうし、在位中は正式な妃も入内
なしで、後継をつくるな~・・みたいなwwおまけに藤原氏の治世ボイコッ
トにもあい降ろされるが、その後なんと81歳まで生存。??タネ違うんで
な~い・・?って思っちゃダメかな~?ど~せどっかの天皇の血筋ではある
はずです。周り中そうだから。高子さんの恋仲は業平さんだったよ~な?け
れども文徳天皇下では昇進せず、清和天皇の下で昇進してた業平さん・・こ
の辺はよくわかりません。ライバルの惟喬親王に仕えていたのにね?え?口?
で結局、仁明天皇の御子で文徳天皇の弟君の光孝天皇を臣下から格上げして
即位と。嫁は藤原氏ではありませ~んで3年で(58没)・・。某F氏の謀
略?その次の宇多天皇は藤原氏の嫁を娶ってますがww突然譲位。(65没)
しばらく、光孝天皇の血筋が続いていきます。
ダークホースとして、源融なんてどうでしょう?光源氏のモデルと言われる
内の1人です。伊勢物語初段に登場。嵯峨天皇の御子。なんとなく長生き。
(73没)業平(55没)ww

ポッポ

No title
こんなのが、ありました。

『中国人』 「抗日戦争の勝利は本当に中国が日本を負かしたのか? なんか教科書が変なんだけど。」
第二次大戦のアジアの戦場のポイントは太平洋区域だったと思う。
教科書には中国共産党がどうこうの、遊撃戦、地雷戦で日本軍に重傷を負わせたと書いてあり、それから国民党が負けただのなんだのと書いてある。
米軍の箇所にはふたつの原爆のことが書いてあり、「側面」からの日本軍の失敗を加速させたと書かれている。
最後に奇妙な結論が出ている。
中国の抗日戦争は、半植民地反封建の弱国とファシズムの強国の間の生死を賭けた戦争であった。
小さく弱い中国が大きく強い日本を負かしたことは、弱国が強国を倒した典型例だ、と書いてある。

これが、中国の何の教科書のことか分からないのですが、中国でこんなことを教えていたのなら、日本と歴史認識を同じにすることはあり得ないと思います。

それから、中国共産党は中華民国が1971年まで国連に入っていず、等千億連の常任理事国でもなかったわけですが、このことをどう教えているのかと思います。

民主主義者

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絵画とてもとても上手で見蕩れました。

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ちょっと関係ない話ですが、8月1日に戦後初めて「通州事件」の慰霊祭が靖国で行われたようです。
http://www.news-us.jp/article/423543471.html?reload=2015-08-04T13:22:06
この残酷な事件を南京大虐殺として捏造しているシナ人の浅ましさは許せません。あきらかな民族性の違いをすべての日本人は知るべきです。

junn

No title
竹林はるか遠くに・最後に不覚にも涙http://blog.goo.ne.jp/hosononoomiyasan/e/3c28e348cadb0b6fafd122ee96374304
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小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
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昭和31年1月生まれ
国司啓蒙家
静岡県浜松市出身。上場信販会社を経て現在は執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」を運営。
ブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。Youtubeの「むすび大学」では、100万再生の動画他、1年でチャンネル登録者数を25万人越えにしている。
他にCGS「目からウロコシリーズ」、ひらめきTV「明治150年 真の日本の姿シリーズ」など多数の動画あり。

《著書》 日本図書館協会推薦『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』、『ねずさんと語る古事記1~3巻』、『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』、『ねずさんの世界に誇る覚醒と繁栄を解く日本書紀』、『ねずさんの知っておきたい日本のすごい秘密』、『日本建国史』、『庶民の日本史』、『金融経済の裏側』、『子供たちに伝えたい 美しき日本人たち』その他執筆多数。

《動画》 「むすび大学シリーズ」、「ゆにわ塾シリーズ」「CGS目からウロコの日本の歴史シリーズ」、「明治150年 真の日本の姿シリーズ」、「優しい子を育てる小名木塾シリーズ」など多数。

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