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(本日の記事の白黒の写真は、以前、正論に掲載されたものです。以下同じです。)この写真の女性は誰でしょうか。
中山恭子先生です。
中山恭子先生は、群馬県立前橋女子高校をご卒業されたあと、東京大学文学部仏文学科に入られました。
大学を出た後、外交官になりたくて外務省に勤務されたのだそうです。
ところが、この当時は、女性では外交官にならせてもらえない。
そこで東京大学法学部にあらためて学士入学されたのだそうです。
(これまた普通の私など凡人には真似のできないことです)。
そして昭和40(1965)年に、国家公務員上級甲種に合格され、翌年大蔵省に入省されました。
このとき大蔵省入省の同期が、のちに夫となる中山成彬先生をはじめ、武藤敏郎、中島義雄、長野庬士(元大蔵省証券局長)などの先生方です。
この頃の大蔵省は、まだ女性が国家公務員上級職として入省されことがたいへんにめずらしい時代だったそうです。
しかもたいへんな美人の先生がはいってきた。
まあ、当然のことですが、恭子先生の先輩諸氏をはじめ、大蔵省内の若手男性職員は、全員が恭子先生に夢中になってしまい、(わかる気がします)
とにかく、誰が恭子先生を口説き落とすか、もう省内の若手職員の中で、たいへんな話題になったそうです。
中山ご夫妻新婚時代

そのなかに、東大をトップで現役入学し、国家公務員上級にも一発合格して大蔵省に入省したとびきりの秀才がいました。
しかも合気道、空手の有段者で野球球児です。
しかも人柄は誠実そのもので、無口で不器用。だけど笑顔のとってもさわやかな男性です。
この無口な男性も、ほんとうは美人の恭子先生のことが気になって仕方がない。
ところが、これは、わかる人はわかってくれると思うのだけれど、あんまりにも神々しく美しい女性が近くに来ると、話しかけるどころか、身体が硬直してしまって口もきけなくなる。
まあ、昔の硬派の男は、みんなそんなものです。
とにかく若き日の成彬先生は、美人の恭子先生が気になって仕方がないけど、口もきけない。
恭子先生は恭子先生で、同じ同期でありながら、他の男性たちのようなエリートらしい洗練された雰囲気をまるで持たない(ごめんなさい。実際そうだったと聞いたもので)成彬先生が、なにか気になる。
それで、これは恭子先生にお伺いすると、ある日成彬先生が、
「まるで意を決したかのように、話しかけてきた」のだそうです。
ところが成彬先生にお伺いすると、
「恭子先生にある日突然話しかけられたンだ」なのだそうで、果たしてどちらがほんとうなのか(笑)。
お二人は、周囲の祝福を得て、晴れてご結婚されます。
大蔵省入省時の記念撮影
前列中央が恭子先生、前列向かって左が中山成彬先生

お二人とも大蔵官僚として忙しい日々を送っていたのですが、お二人が夫婦喧嘩になったことは、ほとんどなかったそうです。
ちなみに恭子先生は、若いころ、税務署長を歴任されているのですが、その任地では、いまでも地域の人達や当時部下だった人達から慕われ続けています。
これは本当に、慕われていて、特に元部下だったある方は、
「はじめは女性が署長にやってくると聞いて、前例もなくて驚いたのですが、実際に赴任してこられたその瞬間から、もう命がけでこの人を支えていこうという気になってしまいました。在任中はとにかく仕事がおもしくて仕方がなかったです」とお話されていました。
官僚であれ民間義企業であれ、サラリーマン人生で、本当におもいっきり仕事ができるときというのは、本当に良い上司を得た、限られたごく一時期だけで、そういう経験をすることができたというだけで、(ほとんどの人はそんな経験もなく定年に至ったりしますので)、ものすごく幸せなことだと聞いたことがあります。
その方は、まさに、恭子先生が上司だったとき、本当に本気で仕事ができるときという、すごい体験を積まれたのだと思います。
その恭子先生、若い頃からいまでもですが、ほとんどお化粧をなさらないそうです。
ほぼスッピンです。
にも関わらず、いまだにこれだけおきれいです。
以前「秘訣は?」とお伺いしましたら、
「よく寝ること」なのだそうです(笑)
中山恭子先生をお近くで拝見して感じるのは、美しさというのは魂の輝きのことなんだなあ、と感じます。
心の輝きが、姿になって現れる。
お化粧や、ましてや整形などでは決して生まれない命の輝きと魂の美しさこそが、いくつになって人を輝かせるのだなあ、ということです。
そんな恭子先生は、ご結婚されてからいまに至るまで、ご夫婦でお過ごしになることができる日は、必ず恭子先生が手料理を作られるのだそうです。
(ウチの娘は、旦那にコンビニ弁当を食わせるときがあるのだそうで、こんど、このことを話して叱っておきます!(笑))
というわけで、Facebookに「中山恭子先生を応援し支える心優しき保守の会」を友人の光太郎さんが作ってくださいました。
よろしければぜひみなさまもご参加を。
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コメント
森木弘
先ほど私の地元にお越しになられた中山両先生の立ち会い演説会に行き、両先生とお話させて頂きました。
仰る通りの品格はよくわかりました。
小名木先生の大ファンです。
2015/09/04 URL 編集
記
2015/09/04 URL 編集
tbsasahinhk
次世代の党が初めから彼女を党首にしていれば、その後の展開は変わっていたと残念です。
今の腐れ自民党における安倍総理の地位も随分窮屈なものだと推察されますが、中山恭子党首率いる党と緊密な連携のもと、少しずつでも腐れ自民党の売国分子を追い出して堅固な保守政党にしていただき、”ポスト安倍”が中山恭子女史になるように切望しています。
尚、今回の中共の戦勝記念?パフォーマンス、これこそが歴史修正主義そのもではありませんか、西洋諸国は安倍総理をそれと決めつける前に習キンピラにこそその称号を与えるべきではありませんかと言いたい。
2015/09/04 URL 編集
詩季
「命の輝きと魂の美しさこそが、いくつになって人を輝かせる」
その通りだと思います。
ご主人との馴れ初めも良いお話ですね。
これからのご活躍楽しみに致しております。
2015/09/04 URL 編集
ポッポ
政治家に望むことは、愛国心、知識と政治感覚のあることは前提として、胆力と責任感です。
これを中山恭子氏は持っておられます。(安倍首相もお持ちです。)
ですから、今低迷している次世代の党を何とかしていただけると、頼ることができると思っています。
これが民主党の政府にはありませんでした。やったことは、獲得した権力を振り回すことだけでした。
巡視船が中国漁船に衝突されたときの対処を見れば、これが証明されています。
最近、国会で防衛省の内部文書が野党によって暴露されていますが、これは公務員による業務上の秘密の漏洩に当たります。調査の上、情報元を処分しなければいけないと思います。
昨日の読売新聞夕刊・よみうり寸評に掲載されていましたが、中共では「抗日戦争勝利70年」記念日を迎え、カイロ宣言という映画が封切られるそうです。前宣伝のため、ポスターなどが公開されているそうですが、この映画においてはカイロ会談(1943年)に出席していない毛沢東が登場することから、「史実の脚色だ」との批判がネット上で渦巻いたそうです。この会談に出席したのは蒋介石です。
中共では、映画が歴史上の資料となる可能性があると思います。
このような国と歴史観を共有した場合、歴史の事実がねじ曲げられ、気が付けば真実の歴史など消滅して、彼等に都合の良い歴史を共有することを要求されることになる可能性があります。
歴史とは事実を記録するもので、彼等のものは都合良く解釈する「歴史認識」だと思います。
日韓で共同の歴史教科書を使うというような動きがありましたけれど、韓国の都合に合わせて事実を歪曲し、捏造するような歴史認識を共有することを、日本は受け入れてはならないと思います。それ以上に、韓国が世界に流布した歪曲・捏造された歴史を、事実に基づいた歴史とするよう研究するとともに、事実の歴史を日本国民に教育し、これを世界に広報しなければならないと思います。
大東亜戦争中、日本軍が中国人に与えた被害については、蒋介石氏は320万人と主張しました。これを中国共産党が拡大につぐ拡大を重ねた結果、アメリカがクリントン大統領の頃には3,500万人の死傷者になりました。
クリントン大統領はこの数字を3,500万人の死者と読み間違えたそうです。すると、中国は翌日から3,500万人の死者としました。さすがに、まずいかったと見えて、しばらくすると元の3,500万人の死傷者に戻されました。
ところが、今回の抗日戦争勝利70年に際しての演説では(日本は、中共と戦争をしていません。)、3,500万人の死者に変更されています。
これが、中共の歴史認識の一例だと思います。
日本の歴史は事実を示すものですが、中共にあっては自国に都合の良いものが歴史(歴史認識)とされるのです。
このような国と、歴史を共通で研究することや歴史観を統一することは、日本の国と日本人にはなじまないと思います。まして、歴史教科書を共通のものにすることなど、あってはならないことだと思います。
2015/09/04 URL 編集
あばら家 送達
・・・あなた正気か? と言わせていただきたい。
残念だけどあなたには、その実力もないし、信用もない、魅力も何もあったもんじゃない、と思いますよ。
あなたにあるのは、くだらない自己顕示欲やルサンチマンくらいのものだ。
きつい言葉になってしまったが本当の事なんだから仕方がない。
とりあえずあなたは身の程を弁え、中山恭子先生の爪の垢でも煎じて飲んでいればそれでいいよ。
2015/09/04 URL 編集
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国家観、歴史観、教養、品格をお持ちの方は(国会議員の女性議員とよばれる中で)恭子先生だけです。
日本国を代表して何処に出ていただいても恥ずかしくない方です。
講演会などで、まだ二回しかお会いしたことがないのですが、「一目会ったその日から」という言葉がありますが、まさにその通り、不思議なオーラに惹かれてしまいました。
人間が人間に惚れ、中山両先生がおられる(といっても成彬先生には是非返り咲いてほしい)党に入党しました。
応援しています。
余談です、人の出会いの中で「類は友を呼ぶ」と言いますが、こうして日本国を憂う皆さんとの出会いは、(ブログを通してでもよいのですが)まさにそれではないかと思います。
「魂と魂の触れ合い」その様にも思います。
と言うことは、ねず先生のブログ、そして日本国を憂いブログを立ち上げておられる方々とも魂と魂が触合っていると言う事になりますね。
つまり、松蔭先生の言うところの同志ですね。
頑張りましょう!
2015/09/04 URL 編集