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昨今は国立大学でも、日本人は生徒の3割で、残りの7割は支那人、韓国人になっています。
国立大でさえこれです。私立大学となると、推して知るべしです。
実際、行ってみると大学のキャンパスに日本人学生は少ないです。
親元を離れて暮らす日本人学生は、下宿代や学費のために大学に行かずにアルバイトに精を出し、入学金から学費まで日本国政府に全額面倒をみてもらい、生活費として月15万円の支給までされている支那、韓国の学生たちは、アルバイトに行くこともなく、キャンパス内で悠々と学び、遊んでいます。
こうした現象が起きる理由は、少子化のため大学の運営のための生徒数が足りず、その足りない生徒数を補うために外国人留学生の受け入れは、「やむを得ざる措置」と一般には説明されているようです。
けれど、これはおかしな話です。
なぜおかしいというのかというと、大学における教育が、本当に世の中の役に立つものなら、企業が社員の研修等のために大学に社員を派遣し、大学と企業が一体となって人材育成に取り組んだり、シルバー教育の場として、大学が利用され、活用されるはずだからです。
大学教育の需要は大学生にだけあるわけではありません。
本来、大学教育は専門的社会教育であるわけです。
ならば、大学教育は、本来「社会が求める教育」でもあるはずだと思うのです。
そうして広く世間を眺めてみれば、大学は何も支那人、韓国人学生に占領されなくても、日本人相手に十分経営していけるはずだと思うのです。
ところが振り返ってみれば、理系は別として、特に文系においては、戦後日本の大学教育が、経営でも経済でも実社会から相手にされることはありません。
むしろ大学で学んだ生徒がまるで使いものにならないから、就職が決まった学生には、企業はあらためて教育研修をしているのが実情です。
ということは、日本の大学教育は、世間で通用しない、つまり「ツカエナイ」、たわごと教育になっているということです。
そこで行われている教育は、教育に名を借りた、ただの趣味か暇つぶしでしかないということです。
いま、大手の企業の社員や管理職、経営者たちは、みなさん大学出です。
もし大学で、本当に社会人として世の中の役に立つ教育がされていたという実感があるのなら、経営学、経済学、法律学、国文学、外国文学その他、自分の会社の社員の育成のために、大学教授を企業の研修に招いたり、あるいは社員研修の場として、大学の広いキャンパスや教室を活用させてもらうケースがあっても良いと思うのです。
そう考えるのが普通です。
なぜなら自分が社会人になって、◯◯大学で☓☓教授の講義が、本当に役に立ったという実感があったのなら、その大学に、あるいはその教授に、自分の会社の社員の育成のために、講義をしてもらうということが、普通に行われると思います。
実際、米国の有名大手企業では、社員を大学に学びに派遣したり、あるいは教授を招いて研修をしたりということが、実に頻繁に行われています。
有名なところでは、ポーターの競争の戦略、あるいはゴヴィ博士の7つの習慣など、大学で研究され、開発された手法が、そのまま企業に、つまり実社会に有効なものとして活用されています。
ところが日本では、たとえば英語力を必要とする大手企業でさえも、自社の社員の英語力上達のために、大学の教授を招くことも、社員を大学に派遣することも、およそ皆無です。
ある大手企業は、最近、社員に英語検定のトイックで一定以上の点数を取ることを義務化したのだそうです。
そのことの是非はともかくとして、ではその有名大手企業が、優秀な大学の英語の教授を社員研修に招いたかというと、招いていません。私塾の教師を英語講師に招いています。
経営、経済も同じです。
現在起きている国際情勢について、企業が社員に研修を行おうとするとき、大学教授が呼ばれることはまずありません。
先程も書きましたが、呼ぶ側の企業幹部は、みんな大学出です。
大学教育を受けて社会人になっています。
にも関わらず、会社の非常時や、問題意識を抱いた時、あるいは大事な部下たちの研修をなそうとするとき、大学という、超一流であるはずの施設が利用されることは、皆無です。
要するに実社会で働き、会社組織を動かしている大学出の幹部社員たちは、自分の経験として、「大学で教授たちから学んだことは、実社会では何の役にもたたない」と知っているということです。
役に立つなら、企業が招いています。
役に立たないから、企業が招かないのです。
経済、経営、法科だけではありません。
国文だって同じです。
日本人としての情操をきちんと担うことができるだけの内容のある教授がされているのなら、企業は大学教授を招くし、社員を大学に派遣します。
英米文学その他外国文学だって同じです。
たとえばフランスと商売上の取引をしようというとき、フランス人とはどのような人たちなのか。
それをフランスの歴史や文学から紐解いて社員たちに学んでもらうには、そのフランスの文学や歴史を生涯にわたって研究し続けているはずの大学教授に講義をしてもらうのが、企業にとっていちばんのはずです。
ところが、そのようなことは一切、行われません。
大学教授は「ギャラが高いから」なんてことはありません。
私が元いた会社では、ある2泊3日の研修のために外国人講師を招きましたが、3日の講義報酬が◯千万円でした。
企業は、「役に立つ」と思えば、それなりの費用は出すのです。
なぜなら、生き残り、勝ち残りのために、必死だからです。
真剣勝負のビジネスの世界にあるのです。
だから「役に立つ」と思えば、何億でも出すし、逆に「役に立たない」と思えば、ビタ一文出さないというのが、企業です。
その企業が、真剣勝負に大学教育が「役に立たない」と感じているから、大学に1円も出さないのです。
出さないどころか、大学で経済経営学等を学び、卒業した新卒社員たちを、入社後すぐに研修センターに押し込めて、宿泊研修までして、脳みそを入れ替えています。
これが戦後社会の実態です。
つまり、日本の大学教育(特に文系)は「世間に何の役にも立っていない」ということです。
だから大学を潰せといっているのではありません。
生徒数が足りないからと、安易に外国人を招き、そこに政府が莫大な補助金を出すくらいなら、もっと違う展開があるのではないかといいたいのです。
教育を受けたい人は、たくさんいるのです。
それは現役のビジネスマンであったり、引退した高齢者であったりします。
都内の公的な研修施設は、少々場所が悪くて、駐車場さえなくても、なかなか部屋をとれません。
教育施設の需要はあるのです。
大学には、キャンバスがあり、図書館があり、談話室があり、教室があり、食堂や売店もあり、教育のための集いに必要な全ての施設が整っています。
なるほど社会人向けの日曜教室に取り組んでいる大学もあります。
けれど人が集まらないといいます。
集まるわけがありません。
その講義には、大学という権威があるだけで、中身がないからです。
大学教授の中には、真剣な研究を行っている教授もいます。
けれど、そういう教授は、往々にして大学を追い出されます。
早い話が、慰安婦の実態を大学教育に取り入れようとすれば、それだけでたいていその教授は大学を追い出されます。
大学が教育の場ではなく、左翼政治の場になっているのです。
そして左翼政治が社会に何の役にも立たないことは、ソ連の崩壊と三年間の民主党政権がこれを証明しています。
いま日本の大学には、720人の学長、729人の副学長、6万7千人の教授がいます。
准教授や講師、助教授、助手まで含めると、大学教育専従者は、約17万人です。
17万人もいて、企業から、つまり実社会から一切相手にされないというのは、いったいどういうことなのでしょうか。
なるほど少子化の世の中です。
けれど、だからといって外国人留学生を国費をかけて招かなくても、社会人が大学の最先端の研究成果や、大学教育による人材の育成が「役立つ」と思えば、大学には広いキャンパスもあるし、教室もあるし、図書館もあるし、研究室もあるし、食堂もあるし、教育のためのありとあらゆる設備が整っているのですから、企業は、あえて自社の社員のための研修センターなど作らなくても、大学をもっと活用するという選択があるのです。
大学にしてれみれば、なるほど生徒数はかつての3分の1しかいなかったとしても、企業とタイアップすることによる社会人教育によって、大学そのものの生き残りは十分に可能なはずなのです。
にも関わらず、一切そのような問題意識が起こらないということが何を意味しているか。
その意味していることは1点だけです。
大学教育が、世間になんの役にも立たないということです。
そしてその傾向は、ますます強まっています。
戦後の公職追放によって、まともな学者は、全員、大学から捨てられました。
その空席に、戦中に刑務所に入っていた、頭のイカレタ共産主義者や、反政府主義者が大学教授のポストに就きました。
そして、本来なら、教授を越える生徒が生まれることが教育の理想であるにもかかわらず、教授の思想の範囲を一歩も出ない生徒しか認められない、つまり左向きに偏向した学生しか、大学に残れないシステムが学内に作られました。
そして実社会とかけ離れ、まったく役に立たなくなった大学に、昨今では、支那人、韓国人の学生が大量に入り込み、助手や、助教授、准教授、そして教授のポストまで、日本語もたどたどしい頭のおかしな外国人が、占めるようになりました。
この傾向は、最先端技術に関係する理系の大学や、医科大学においても顕著になっています。
そしてこうした外国人が日本の大学を出て日本の企業に就職し、大学から新規採用する新卒社員も、外国人を優先して採用するようになってきています。
そして行政は、そんな外国人のために、巨額の経費をかけて援助金を出している。
これで日本の大学教育が、今後、まっとうな方向に向かうかは、はなはだ疑問です。
まっとうというのは、世間に役立つか否かということです。
もちろん、大学教授のすべてがよろしくないとは言っていません。
素晴らしい研究と教育をされ、実社会に有能な人材を送り出している素晴らしい教授も何十人かいます。
けれど、17万人のなかの何十人でしかないのです。
日本の大学教育の正常化は、いまの日本にとって、また将来の日本にとって、重要な課題だと思います。

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コメント
渡辺
2015/11/07 URL 編集
ななし
EUが、EU域内で似たようなことをしていますが、EUは域内移動の自由が大原則で、例えばフランス人はフランス国内で採用されなくても、域内の加盟国全てで「対等の人間として競争」することができます。
日本の場合は、そうではありません。本来、「日本人だけ」が採用されるべきポストに、尋常とは思えない数の中韓人を正規職員として採用しようとしている。
最近のテレビで、やたら混血ばかり採用されており、スタジオの風景に強烈な違和感を感じています。これも同じ事で、本来ならば日本人だけが採用されるべき場所から、日本人が排除されている。それに対する批判は、なぜか沸き上がってこない。
これが外国でしたら、「日本人の雇用の場が不当に奪われている外国人を追い出せ」というデモ・暴動に発展するのですが。
2015/11/07 URL 編集
阿部
個人的に思うことは、大学の存続等々の様々な理由もあるのかも
しれませんが、一言でいえば、我が国を目の敵にする国家からの
留学生に対しては感化してしまえということではないのでしょう
か。
もしそうならば、この日本国は将来に対しては明らかに間違った
選択をしているものと考えます。ですが、修正は難しそうです。
この国の中枢には、我が国日本が栄えることが大嫌いな連中が
いる様子です。ここが肝心なところですが、大嫌いだからこそ、
大好きな連中の御用聞きを嬉々としてやる。
わたくしは、人種を問わず、真に学ぶことを欲する若人がいるので
あれば、それこそ真剣にこの国と言わず、いわゆる世の中を創る
人物を良識をもってちゃんと育てることが教育だと思っています。
ですが、この制度は日本の若人を除外するもの以外の何物でもない
と思います。いつでしたか、奨学金の返済が出来ないで困っている
卒業生がいるとのことを報道で知りましたが、いずれも就職難で
仕事を得られず、生計はアルバイトで生活もままならない若い
連中でありました。自国の若い連中も救えないで、この国の政府
にはあきれてしまいます。やることが逆だろう。怒り心頭です。
2015/11/06 URL 編集
町工場の親方
むしろ大学で学んだ生徒がまるで使いものにならないから、就職が決まった学生には、企業はあらためて教育研修をしているのが実情です。
・・・
>ということは、日本の大学教育は、世間で通用しない、つまり「ツカエナイ」、たわごと教育になっているということです。
産経新聞、「正論」---27.9.29.
古田博司・・・筑波大学院教授
「中韓、『過去からの攻撃』、に備えよ」、より。
[企画に弱いインテリエリート]
さて今度は日本の番だ。徳川時代の中世を終え、西洋近代化の諸要件をこなして先進国にキャッチアップした。学問は次々に、「企画化」、されてスピードアップした。歴史には緩急性があるのだ。
立憲君主制の輝かしい近代の幕開けに、隣国に古代を見た。時は帝国主義時代、ロシアの南下から国を守り、安全保障するには朝鮮半島を必要とした。格差がありすぎるので、植民者が民間の生活で現地人と交流した痕跡はほとんどない。法的、経済的に近代化を促すことにした。ピザロやコルテスのようなことはしなかった。常識で考えてほしい。同じ顔をしたものにひどいことができるだろうか。
戦争の失敗は、「規格可」、だろう。艦船攻撃とか突撃攻撃の日露戦争勝利の、「規格可」、が、現実を見えなくした。時のインテリエリートは陸軍大学や海軍兵学校出の軍幹部である。インテリエリートは規格に弱い。「規格」、試験を次々にクリアして出世は早いが現実が見えなくなる。
【戦後の成功は、インテリエリートの核心を学者身分に閉じ込め、権力を剥奪したことだ。】
当時は資本主義と社会主義のどちらの近代化が勝つか分からなかった。インテリエリートたちはドイツ式の歴史直線史観と社会主義を選んだ。
[形成される反日トライアングル]
「曲学阿世」、の東大総長・南原繁は、全面講和で国際警察軍の駐留を望んだ。その孫弟子の坂本義和は米軍を追い出して非核武装の国連軍に替えろと主張した。いわゆる、「非武装中立論」、ある。
戦後の日本は知識人が二分された唯一の国である。
【実務家エリートは常識があったので、】
日米安保条約で国を社会主義から守った。だがインテリエリートたちは米軍駐留の現実からさらに中立性を志向するものだから、ソ連側に転がり込んでいった。結局、非武装中立論は、「闇夜の稜線」、だったのだ。
1968年、ソ連がチェコに戦車で侵略する不安を先取りし、平田清明・名古屋大助教授(当時)は、ソ連は市民社会が欠如していたのであり、社会主義が悪いのではないと、社会主義の、「規格」、を守った。91年、ソ連邦は崩壊した。
安保法制に反対していたインテリエリートとその政党は、社会主義経済の近代化が失敗し、「闇夜の稜線」、の向こう側に大義がなくなつてからも、冷戦期の、「規格」、を守ろうとした。今ある稜線の向こう側は、東洋的専制主義の軍拡大国とその朝貢国たちである。
韓国は政府・軍部・マスコミに至るまで北シンパが入り込み反日が常態化した。北朝鮮は韓国の支援を待っている。「東アジア反日トライアングル」、は完成しつつある。安保法制と日米ガイドラインで一層堅く日本を守らなければならない。
勿論主役はわれわれ庶民である。市民派のインテリや運動家は滅びの歴史を刻み続けることであろう。
※
特に重要と考える文章は私が本文にない、【】をつけました。
2015/11/05 URL 編集
名無しMAX
文系が講師招くとか、全く想像でき無いね。
理系の場合、その学校にしか無い測定機とかが有ったりするから(実際、大学の最終学年で試験やってデータ渡したりしてたから)分かるんだけども。
2015/11/05 URL 編集
受験生の母親
2015/11/05 URL 編集
beany
私は国文の文法屋として通学していました。ワープロ競争が激化のピークだった頃で、私はコンピュータの内部動作がわかりプログラムが書けて学校文法と時枝文法の両方が解る奇才として全メーカーと商社が嗅ぎつけてスカウトに来まくるという冥加な立場にいました。
ゲームを作りたいという野望があって、その畑は去ったといえば聞こえは良いのですが、いろんなことをやりすぎてその後4回留年したんです。
その頃思っていたのは、大学を4年で出て行く奴って大概は何にも修めてないんだな…ということでした。
優秀な卒論を書いて出て行く学友ともそれなりに親しかったのですが、彼らは大学にはあまり居つきませんでした。
高校時分から趣味のレベルで深い洞察と確信に満ち、国会図書館や方々の大学で参考文献を掘ったり、わけのわからない溜まり場で激論してきたり、下宿に籠もってひたすら何か読み込んだりして、自分のテーマとひたむきに向き合った奴らだけが目を見張るような論文を書いて卒業していきました。ほかはトコロテンですね。
しかも国文といっても、ほとんどの学生が写真原稿の古文書が読めません。本文はまあ注釈本を当たれば適当な現代仮名遣いは見つかるんですがカンモツつまり漢文的に書かれた余白の書付がまったく読めない。
台湾には路上で水書を披瀝する古老がたくさんいらっしゃるが、そのような書くレベルどころか旧字体をほとんど知らないのです。あるいは国文の学生よりも暴走族のほうが旧字体を知っていたかもしれません。
行書や草書が書けないから読めないんです。意味じゃなく字が判読できない。国文科は草書と行書を義務化すべきですね。
ちょうど2年前になりましょうか。中共プロパガンダ記事の看板署名記事を書いては槍玉にあがる小豆沢の紀子っていますよね。あの署名記事で慰安婦強制連行の証拠となる膨大な記録書類が見つかったというのがありました。
某掲示板で、添付された写真を拡大しながら翻刻しようと呼びかけて、叩き台の初稿を挙げたのですが、第二矢三矢と翻刻してくれた方々はどうも国文屋ではない感触がありました。
作業の結果、小豆沢の主張を自ら付した資料を訳して退けたことには満足でしたが、日誌ごときの訳出に国文屋が集結も個人的取り組みもせぬことへの落胆と怒りも感じました。
旧字体やその行書と草書が書けることは本当に初歩です。そこをしっかり教えない国文科など要りません。今はそう思います。
2015/11/04 URL 編集
-
少子化対策で便宜を図るなら、日本国内の社会人や企業との連携を盛んにすべきですが、これに反対運動をする教授たちがいると聞きます。
2000年代に入ってから、日本の大学へ来た海外の優秀な教員や学生は、中韓優遇に愛想をつかし、さっさと帰ってよその国へ行くそうです。
2015/11/04 URL 編集
蓮華丸
私は工学系の学科を専攻している大学生です。
少なくとも私の学科では、全てとは言えずとも今後役立つであろう授業は多くあります。学んだ事を役立てるも無駄にするも生徒次第です。「学校の勉強は意味がない」と言う小中高生をよく見かけますが、私は小中高で学んだ事を日常生活で活用しています。国数英理社から体家美など全てです。また授業の内容には直結しなくとも、学問を論じる上での心構えや勉強の仕方など大学で学べる事は沢山あります。
実際に社会に出て得られる物も非常に多いと思うので、どっちが…とは言えませんが、「世間に何の役にもならないとの」ねず様の主張は極論と言わざるを得ないと考えます。
また、冒頭の外国人7割に対し日本人が3割という話は少し信憑性に欠ける気がします。「ある大学の」「ある学部の」「ある学科の」「ある研究室の」「ある補助を受けている」という事なら納得できますが……。少なくとも私や兄弟、友人の通っている大学において、生徒の7割が外国人という話は聞きませんし感じません。私も顔を合わせる人にいちいち「貴方は日本人か」と尋ねるわけではないので私の認識に誤りがある可能性も否定できませんが、少し無理があると考えざるを得ません。
私も「外国人留学生に対する援助を減らすべき」「補助対象者の選考を厳しくするべき」と考えますし、今の大学教育が完璧だとは思いません。むしろ問題だらけです。
しかし、それを論ずるに当たって根拠の不明な現実離れした数値を出してしまうと、論全体の信憑性を貶めかねないと考えます。
2015年度 大学・短大・高専の留学生数(JASSO)
69,339人
ttp://www.jasso.go.jp/statistics/intl_student/data13.html
2011年度 大学学部生数(文部科学省)
2,570,000人
ttps://sites.google.com/site/daigakulabo/data/jinkou/studentfigure
まだ社会に出てすらいない、若輩者ですが僭越ながらコメントさせていただきます。
2015/11/04 URL 編集
愛信
http://jp.reuters.com/article/2015/11/04/japan-post-ipo-idJPKCN0ST03120151104
【関連情報】
【足銀国有化の見直しの掲示板】
http://www.aixin.jp/axbbs/kzsj/kzsj3.cgi
【郵政民営化のイカサマ】
http://www.aixin.jp/ysmss.cgi
詳細は
【株式ニュース】最新版
http://www.aixin.jp/axbbs/jsks/jsks.cgi
2015/11/04 URL 編集
-
とは大学のあり方に問題があれば
同様の作用をするのですね
2015/11/04 URL 編集
カミナリ
高い金額でセミナーを案内し、大手上場企業幹部はご招待、中堅企業からは席をおさえたということで、恩を売りながら定価を頂く集客方法は見事でした。
エクセレントカンパニーを書いた著者の一人、トムピーターは、後の著書で、あれはウソでしたと書いていますが、誰も問題にしていませんね(笑)。
そもそも、その大手コンサル会社自体、何度も破綻し、その度に、銀行が支援を行い、まだ生き残っていますが、創業者は戦後、GHQで検閲を引き受けており、その時の秘書も大手人事コンサル会社を創業し、日本の産業界の「欧米か?」に多大な貢献を行ったようです。(笑)
2015/11/04 URL 編集
匿名(ニックネーム:バタンガス)
2015/11/04 URL 編集
-
2015/11/04 URL 編集
ポッポ
そんな余裕があるのなら、日本人の優秀な学生に支給していただきたいと思います。
文部科学省の職員は、世間を知らない学生が学業の傍らバイトをするものが、気がつけばブラックバイトで汗を流している状況を知らないのでしょうか。はたまた、自分もそうだったからと、それで済ましているのでしょうか。
>私が元いた会社では、ある2泊3日の研修のために外国人講師を招きましたが、3日の講義報酬が◯千万円でした。
ちょっと、講義報酬が高すぎるように思います。
元いた役所で大学の教授や准教授に、講演をお願いしたことがありますけれど、そんな講義報酬なんてとてもとても・・・・・
講演費があまりにも安くて、申しわけない思いでした。
2015/11/04 URL 編集
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日本の子供達で大学へ行きたくても行けない子供を支援するのが当たり前じゃないですか。何を考えて私達の税金で他国の反日学生を養ってやらなければならないのが全く意味不明です。こんな制度即刻廃止して下さい。
向学心のある日本の子供達を無償で大学に行かせて学ばせる方が先決でしょ!
2015/11/04 URL 編集
一有権者
日本人学生が学費に苦しみ教育をまともに受ける権利を阻害されているならばそれこそ憲法違反ではないですか。普段人権擁護を訴えている左翼、リベラル派はこのような事を声高に訴えればいいのにこのような事には一切だんまりを決め込む。こんな人たちだから信用など一切できないのです。
文科省も日本政府もおかしいとは思わないのでしょうか。?一部の役人や政治家の売国政策をいつまでも日本国民が無関心のまま放置して居てはいけません。
日本人の若者らがしっかり勉学にいそしみ将来の日本を背負って立つ人物が多く輩出できるようにしなくてはならないのに我が国の関係省庁は何をしているのか。?訳わからん大学は淘汰しいわゆる教授らも淘汰していくべきと思います。
左翼的な思想を持ち自虐史観を植え付けるような教育では日本の国に誇りをもって頑張っていける日本国民が増えるわけがありません。
自分が良ければそれでいいというような国では日本国はなかったはずです。
自由と権利を教えるとともにそれには義務と責任が伴う事を教えない教師達。
そのような形で戦後70年経った今の日本国は治安も悪化してきていますよね。
日本を取り戻すには教育の見直しが絶対必要です。
最後に関係ない話ですが。毎日新聞の中台首脳会談の記事中最後の部分に太平洋(大東亜)戦争後第二次国共内戦により敗れた蒋介石率いる国民党が台湾に逃れ中台分断が始まりという言葉がありました。
記事を書いた記者は歴史を知らないか知っていてねつ造をしたのか。?毎日らしいと思いました。
正確には台湾は日清戦争後大東亜戦争に敗れるまで50年日本国として一緒に日台双方の人たちが暮らしていたまぎれもない一緒の国であり大東亜戦争後に中台が分断したわけではない。このように反日マスコミは嘘をつく。
これ防ぐには歴史の勉強もしっかりとしなくてはならない。日本国と日本国民の一番の敵は一部の日本人なのかもしれませんね。
2015/11/04 URL 編集
junn
2015/11/04 URL 編集