陛下の新年のお言葉と御製

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20160101 今上陛下


毎年元旦に、陛下は国民に向けて、新年のご感想と御製五首を賜われます。
この5首は、前年に陛下が詠まれたたくさんの御製の中から、陛下ご自身によって選ばれます。

たくさん詠まれた御製の中の5首なのです。
そこに国民に向けてのメッセー性が「ない」、あるいは、文字通り額面通りの歌としてしか読まない方が、私はどうかしていると思います。

つまり陛下の年頭の御製5首は、陛下の新年のメッセージと並んで、その年の新年を迎えるにあたっての陛下から国民に向けてのメッセージなのです。
そこで今日2日は、このご紹介をしたいと思います。

******
天皇陛下のご感想(新年に当たり)
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/gokanso/shinnen-h28.html</u>">http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/gokanso/shinnen-h28.html

昨年は戦後70年という年に当たり,多くの人々が先の戦争に思いを致した1年でした。
新年を迎え,改めて国と人々の平安を祈念します。

東日本大震災から間もなく5年を迎えようとしています。
未だそれまで住んでいた地域に戻れずにいる人々や,仮設住宅で苦労の多い生活を送っている人々があることが案じられ,こうした人々が寒さの厳しい冬を健康に十分気を付けて過ごされるよう,そして,被災地域の復興が少しでもはかどるよう,願っています。

私どもの住む日本は誠に美しい自然に恵まれる一方,自然災害を受けやすい環境にあり,今年も日本人一人ひとりが防災の心を培うとともに,お互いが気を付け合って,身を守る努力を続けられることを心より希望しています。

本年が日本と世界の人々にとって幸せな年になることを祈ります。


******

20151208 倭塾・動画配信サービス2

はじめに昨年が戦後70年であったことを述べられ、続けて「改めて国と人々の平安を祈念します」と述べられています。
戦後の70年は、保守系の多くの論者の方が、「戦前戦中は良かった。戦後の70年はひどかった」かのように述べられます。

けれど、それは違うと私は思います。
明治維新から終戦までが80年です。
日本は、この80年間に、戊辰の役、西南の役、佐賀の乱、日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦、支那事変、第二次世界大戦と、なんと8つもの大きな戦乱に巻き込まれています。
そして戦乱の都度、多くの生命が失われています。

世の中に、戦争ほど悲惨なものはありません。
多くの生命が理不尽に奪われるのです。
勝っても負けても、深い傷跡が残ります。
それが80年に8回です。
精神文化という面において、戦前の日本は極めて高い民度を持ちましたし、ひとつひとつの戦争は、それぞれ意味があって起きたことですし、ですから否定するつもりはありません。

ですが、その明治維新からの80年と、戦後の70年を比べたとき、「戦後の日本が戦争をしないで済んだ」ということは、これは戦後を高く評価し、見直すべきことなのではないかと思います。
昨日、元旦のこのブログに書きましたが、干支から見たとき、まさに「新たな60年」が始まっています。
その新たな60年が、平和と繁栄の60年となること。
そのことを陛下は「新年を迎え,改めて国と人々の平安を祈念します」と述べられているのだと思います。

一方、東日本大震災については、震災から間もなく5年を迎えようとしているのに、被災地は相変わらず瓦礫の山です。町の復興も遅々として進みません。
関東大震災のあとや、阪神淡路大震災あと、5年も経てばかなりの復興がすすんでいた、それができた日本なのに、東日本大震災に関しては、いまだ被災地は混乱の中にあります。

これは由々しき事態です。
なぜ、このように混乱しているのでしょうか。
原因は明らかです。
はじめの一歩が間違ったからです。
震災当時の政権は民主党政権であり、菅直人が総理大臣でした。
国のトップが、はじめの一歩でボタンの掛け違えた。たったそれだけのことで、5年も経って、いまだに被災地の復興が進まないでいます。

「はじめの一歩の間違い」というのは極めて大きな影響を持ちます。
あとからの修正がなかなか進まない。
その意味でも、昨年、今年、そして来年までの三年間は、今後の日本にとって、実は極めて重要な意味を持つ3年間になると思います。

陛下は、東日本大震災の被災地の人々について、「未だそれまで住んでいた地域に戻れずにいる人々や,仮設住宅で苦労の多い生活を送っている人々があることが案じられ,こうした人々が寒さの厳しい冬を健康に十分気を付けて過ごされるよう,そして,被災地域の復興が少しでもはかどるよう,願っています」と述べられています。

しかし、このことは、ただ額面通りに「被災地」に限定したお言葉と解釈したら、解釈を誤ります。
なぜならその前の段で陛下が「国と人々の平安を祈念」すると述べられているからです。
つまり陛下の「未だそれまで住んでいた地域に戻れずにいる人々や,仮設住宅で苦労の多い生活を送っている人々があることが案じられ,こうした人々が寒さの厳しい冬を健康に十分気を付けて過ごされるよう,そして,被災地域の復興が少しでもはかどるよう,願っています」というお言葉は、そのまま「国と人々の平安を祈念」する人々へのお言葉であると拝します。

つまり、「国と人々の平安を願う」人々が、
未だ本来の日本に戻れずにいる。
仮の日本で苦労の多い生活を送っている。
国と人々の平安を願う人々が、戦後という日本の精神文化の冬の時代のなかにあって、寒さの厳しい冬を過ごしている。
そして日本精神の復興が少しでもはかどるよう願っています、と述べられていると拝することができようかと思います。

国の価値観が拝金主義となり、拝金主義の敗戦利得者たちが国の政治を壟断して個人の巨富を得る一方、日本人の普通の若者や中高年男性が、まともな就職にさえありつけない。
父親の月収よりも、高校生の娘のコンビニのアルバイトの方が収入が高かったり、そもそも子育て世代のご婦人が、子供よりも生活費を稼ぐことを優先しなければならない世の中というのは、やはりどこか間違っています。

初代の神武天皇以来、日本における「ただしい政治」というのは、とにもかくにも「みんなが食える世の中」を築くことにあります。
あくまでも「みんな」です。
一部の在日の大金持ちが、不正不当な手段で個人年収数百億円から数千億円を得ていて、その一方で、生活保護費以下の所得でも、頑張っている多くの日本人がいるわけです。
これはおかしな事態です。

なぜこのようにおかしくなるかといえば、世の中の価値観がお金にしかないからです。
稼ぐ人が勝ち組で、稼げない人は負け組などという発想は、そもそも日本人の発想ではありません。
たくさん稼げる人も、そうでない人も、みんなで助けあって、より良い未来を担っていこうとしてきたのが日本の歴史です。
そこには、上下という概念もありません。
誰もが人として対等なのです。

そういう対等感に支えられた日本を復興する。
陛下は、東日本震災の被災地の方々のことだけでなく、そういうことまでも含めて、このお言葉を述べられているのだと思います。

 *

続けて、陛下の年頭の御製です。
五首あります。

 父君の蒔かれし木より作られし
 鍬を用ひてくろまつを植う

 作られし鯨もいでて汐を吹く
 集団演技もて国体開く

 深海の水もて育てしひらめの稚魚
 人らと放つ富山の海に

 開拓の日々
 いかばかり難かりしを面穏やかに人らの語る

 この年もあがたあがたの田の実り
 もたらさるるをうれしく受くる


一首ごとの解説をしてみたいと思います。

 父君の蒔かれし木より作られし
 鍬を用ひてくろまつを植う


この歌は、昭和58年に石川県で開催された第三十四回全国植樹祭の際に、昭和天皇がスギの種子をお手蒔きになられ、その杉の間伐材で作られた鍬で、今上陛下が昨年5月に同県で開催された全国植樹祭においてクロマツの苗木をお手植えになったことをお詠みになられたものです。

父君のお手蒔きになったことといえば、終戦の詔勅があります。
その勅の末尾には次の言葉があります。
「持てる力のすべてを未来への建設に傾け
 道義を重んじて
 志操を堅固に保ち
 誓って国体の精髄と美質を発揮し
 世界の進む道におくれを取らぬよう心がけよ」


戦後の日本は、まず「持てる力のすべてを未来への建設に傾け」てきました。
それは、焼け野原となった日本において、まさに戦後復興の槌音となりました。
戦後の日本は、焼け野原から瞬く間に復興し、高度成長を遂げ、人々の暮らしは戦前では考えられないほど豊かになりました。
その復興は、主に住むところや食うことのために費やされました。
そりゃそうです。
食う寝るところに住むところがなかったのです。
だから国民は一丸となって、未来への建設のため、まさに寝る間も惜しんで働きました。

けれどその間、道義を重んずることや、志操を堅固に保つこと、国体の精髄と美質を発揮することは、後回しとなりました。
気がつけば、金権腐敗、カネが全ての世の中になり、学校教育でさえも、道義心や志、操などの観念は、まるで教えられないどころか、教えないことがまるで正義であるかのような論調まで生まれました。

けれど70年前に、先帝陛下によって、しっかりと種は蒔かれているのです。
そして昨年、今上陛下は、その先帝陛下の蒔かれた種によって育った杉材で、くろまつの植樹をされました。

クロマツというのは、雄松とも呼ばれ、枝も幹も太く、葉も固い種です。
日本固有で、生命力が強く、大樹になると春日神社のクロマツのように樹高が66メートルに達します。
海岸の岩の上や、砂浜海岸に植えられている防潮林は、ほとんどがこのクロマツです。
そのクロマツは、環境汚染に強い種としても知られています。

そしてクロマツは、人が手を入れることで生育する種でもあります。
自然放置では育たない。
つまり、これから日本が道義を重んじ、志操を堅固に保ち、国体の精髄と美質を発揮する日本として、クロマツのように強い種として新たな成長をしていくためには、そこに人為が必要なこと、そして汚染に強いことが肝要であるわけです。
まさに、これからはじまる新たな時代、新たな世紀に向けての植林であり、幕開けを詠んだ御製であるといえます。


 作られし鯨もいでて汐を吹く
 集団演技もて国体開く


この歌は、昨年9月に和歌山県で開催された国民体育大会開会式に御臨席になられたときに、式典前演技において大型の鯨の模型が競技場の中央に引き出され、汐を吹く様を現した様子を御覧になっての御製です。

前の歌に詠まれた新しい日本は、日本人らしい集団性を元にしたクジラのような巨大な日本であり、またクジラの潮吹きのように世界に向けてその道義心、道徳心、日本文化が発信されるものでなければなりません。
陛下は、その思いをこの歌に託されたのではないでしょうか。


 深海の水もて育てしひらめの稚魚
 人らと放つ富山の海に


この歌は昨年10月に富山県での全国豊かな海づくり大会において、富山湾の深層水で育てられたヒラメの稚魚を御放流になったことをお詠みになった御製です。
実は陛下は、まさにシラス国(知国)の最高位の人として、日本国内に起きている様々なことを実に詳細にご存知になっておいでになります。
そして、戦後70年、深海に埋もれていた日本のこころの息吹が、まさに昨年、解き放たれたのです。
それは、まだ稚魚かもしれません。
けれど、確実に新しい時代は始まっているのです。
そして稚魚はやがて大魚となり、海洋国家日本は、悠然と世界の海へと泳ぎだすことになります。


 開拓の日々
 いかばかり難かりしを面穏やかに人らの語る


この御製は、戦後七十年に当たった昨年、天皇皇后両陛下が6月から8月にかけて、戦後の引揚者により開拓された宮城県蔵王町北原尾地区、栃木県那須町千振地区、長野県軽井沢町大日向地区を御訪問になられた際に、各地区で入植者らと懇談され、その話をお聞きになられたときのことを詠まれた御製です。

戦前戦中に、満洲開拓団として大陸に渡り、終戦後に艱難辛苦の末にようやく日本に帰ってきた開拓団の人々は、すでに国内に行く宛もない状況となっていました。
そうした人々が、あらためて開拓地として宮城県の蔵王や、栃木県の那須に入植し、そこで土地を拓いて行ったのです。

陛下は、それら入植者らと懇談されました。
懇談した方々が体験したご苦労は、まさに筆舌に尽くしがたいものがあります。
けれどその苦労を経た開拓団の人々のお顔は、実に穏やかな気品に満ちたものとなっています。

戦後、闇市のデンスケ賭博やパチンコマネー、あるいは牛や豚の窃盗、企業製品に故意に異物を混入させてライバル企業を破綻に追い込んで利権を握る等々、ありとあらゆる悪事の限りを尽くして財を成し、いまや国政さえも壟断する敗戦利得者がいる一方で、筆舌に尽くしがたい苦労を重ねて戦後を過ごしてこられた方々もいるわけです。

本来、社会に求められていることは、一部の大金持ちが贅沢三昧をする世の中ではありません。
地道にコツコツと努力を重ねる多くの人々が、安心して普通に暮らせる世の中こそ、求められる社会の姿であるし、日本はそういう国作りを、天皇を中心にずっと行ってきたのです。


 この年もあがたあがたの田の実り
 もたらさるるをうれしく受くる


この歌は、毎年の新嘗祭において、各都道府県の農家から献上された新穀が供えられて、その際に天皇皇后両陛下が各都道府県の関係者と献上農家に直接お会いになって感謝の気持ちをお伝えになる行事に際して詠まれた御製です。
歌にある「あがた」は、「県」のことです。
ですから「あがたあがた」は、全国のそれぞれの県という意味です。

陛下がお喜びになるのは、日本が、餓死者を多数出している貧しい国から大量に果物や野菜を買ってきて、日本人が飽食の時代などと天狗になることではありません。
日本人が、日本で採れるお米に感謝し、それを大切にいただける、そういう国を望んでおいでなのだと思います。

ちなみに今年は伊勢神宮のある三重県でサミットが行われる運びになっていますが、伊勢神宮では、神職の方々の食べ物から、衣服に用いる麻や絹、諸道具類、各柱にかかっている榊(さかき)から神宮内の各施設の木材に至るまで、そのすべてが神宮の境内内の敷地からとれるもので賄われています。
つまり伊勢神宮は、それ自体が自給自足なのです。

ですからこの御製は、陛下が日本人に、あるべき価値観を取り戻しなさいと詠まれている御製なのではないかと解きます。

陛下は古来、政治には直接関与しない存在です。
けれど、政治に何が必要なのかという、そのメッセージは歌に託して詠まれます。
そして、およそ政治家たるものは、いかなる主義主張があろうと、「承詔必謹」みことのりを受けては必ずつつしめ、というのが日本の基本です。

そういう社会を、これから再び日本は取り戻していく必要がある、それが今年の日本の大きな課題であり、陛下の大御心に添うことなのではないかと思います。

 *

陛下は年間にたくさんの御製を詠まれます。
そして前の年の「たくさん」の御製の中から、5首を選んで新年の御製として公開されます。
たくさん詠まれた御製の中の5首なのです。
そこに国民に向けてのメッセー性が「ない」と考える。あるいは、文字通り額面通りの歌としてしか読まない方が、私はどうかしていると思います。
つまり陛下の年頭の御製5首は、その年の新年を迎えるにあたっての、陛下から国民に向けてのメッセージなのです。

古来、日本における天皇は「政治権力者」でもなければ、「政治指導者」でもありません。
天皇が政治に口を出さない。政治よりももっと上位の国家最高の権威であることが、我が国の国体です。
天皇が民衆をおおみたからとしてくれいるから、民衆は権力者によって私有化されない、自由の民でいられたのです。
ですから天皇が直接政治に口をだすこともありません。
出す時は、政治が統治能力を失った異常時だけです。

ただし、だからといって天皇は架空の存在ではなく、実在の存在です。
ですから目の前にある政治や民衆の活動等に、天皇はその思いを歌に託されます。
天皇は「政治に口をはさまない存在」ですから、当然、その歌も、一見したところで、政治にも行政にも国家統治にも無関係に見えます。
けれど、そこから察するのが日本人であり、日本人の文化であり、日本人の伝統なのです。

「明察功過」は聖徳太子の十七条憲法の第11条の言葉ですが、いまも、その憲法は日本人のなかに生きているのです。



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コメント

くすのきのこ

No title
こんにちは。
ムラヤマ氏は、自民党に丸投げしたのですよ。

ポッポ

No title
>関東大震災のあとや、阪神淡路大震災あと、5年も経てばかなりの復興がすすんでいた、

関東大震災のことは分からないのですが、阪神淡路大震災のときには社会党の村山首相でした。彼は初めてのことでと無知であると言ったために顰蹙を買い、無能力であることを晒したのですが、逆に良い結果をもたらしたこともあります。

それは、対応については官僚に任せたことです。これによって官僚達は、彼等が思う最良の方法を示したのではないでしょうか。


ところが、東日本大震災のときには民主党の菅直人首相でした。彼は、震災後しばらくしてからは言わなくなりましたが、当初は自分は原子力災害のことは詳しいと言っていました。そして、官邸主導という無知識な政府による、無謀な対応を行いました。それだけではなく意味不明と言っても良い位に、○○会議を立ち上げたのではなかったでしょうか。
これらの会議には、本部長、委員長や副本部長、副委員長の役職には首相や官房長官には入っていますし、その他の部員等には大臣が入っています。災害で全員が忙しいのに、会議を開く暇はありません。
これで、各委員会は、まともに機能すると考えたのでしょうか。計画を立てれば解決すると思い込む、典型的なとんちんかんです。

これらの無能が、事故の実態を理解せずに命令を乱発したことと、その後の復興を被災者の希望に任せたことが、復興の期間を徒に遅らせる結果を招いたと思います。

-

新年のご挨拶
明けましておめでとうございます。

昨年は先生のありがたいお話を拝見させて頂きました。
また、百人一首本を読ませて頂きました。先生の解説を読む度に和歌に込められた意図・願い等が一気に溢れ出して、正に感動の嵐でした。

今年も有りがたく、面白いお話を拝見致したく思います。

宜しくお願い致します。

えっちゃん

No title
今日もありがとうございます。

明察功過 日本人ならでは出来ることですね。

感性を研ぎ澄まし、感じることができるのは。。。



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小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
連絡先: nezu3344@gmail.com
電話:080-4358-3739
出身:静岡県浜松市
住所:千葉県野田市
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「明治150年真の日本の姿」、「日本と台湾の絆」、「奇跡の将軍樋口季一郎」、「南京事件は4度あった」、などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。
日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
《著書》
『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』
『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦
『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』
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