江戸時代の愛と青春の旅だち 松崎慊堂

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20160122 江戸時代


産経デジタルのオピニオンサイト「iRONNA(いろんな)」に、拙稿が掲載されました。
http://ironna.jp/article/2697</u>">http://ironna.jp/article/2697
よろしければご欄ください。
「満洲の歴史に見る「破壊者」支那の流儀」のお話です。


***

渡辺崋山に、高野長英といえば、ともに江戸時代後期の蘭学者として有名です。
そしてこの二人は、ともに儒学者松崎慊堂(まつざきこうどう)の弟子でもあります。
なかでも渡辺崋山は、天保十(一八三九)年の蛮社の獄で逮捕されたとき、師匠の松崎慊堂が、老中水野忠邦あてに建白書を出し、そのおかげで死罪を免れています。
渡辺崋山にとって松崎慊堂は、師匠であるとともに、命の恩人でもあったわけです。

松崎慊堂は熊本の農家の出身で、幼名を松五郎といいます。家が貧しく寺に預けられていましたが、勉強好きだった松五郎は、学問で身を立てようと十三歳で江戸に出奔します。
江戸では浅草の寺の住職に拾われ、寛政二(一七九〇)年には設立されたばかりの、江戸湯島の昌平坂学問所(いまの東大)に入ります。
さらに江戸一番の儒学者である林述斎のもとで学んで、寛政六年には林塾で塾生のトップである塾生領袖になっています。
要するに、たいへん優秀で、かつ勉強熱心な男だったわけです。

さて松五郎が、林塾の領袖時代のことです。
ある日、松五郎が考え事をしながら歩いていると、町のならず者たちにドスンとぶつかってしまいました。
そして、彼らが手にしていた酒徳利を割ってしまいます。

「ごめんなさい」と松五郎がいくら謝っても、許してくれません。
それどころか、酔ったならず者たちは、「酒代を出せ!」と大金を迫ってきます。
ところが松五郎は、書生の身ですから貧乏です。
「そんな大金はありません」としきりに謝るのだけれど、ならず者たちは、ますます激昂して脅しをかけてきます。

この様子を、すぐ近くで旅籠の飯盛り女をしていたおすみという女性がみとがめました。
そしてならず者たちに近づき、
「あんたたち、よってたかって何やってんのさ」と間に割って入ります。

そして彼らが要求した額を、おすみはその場で全額立て替えて支払いました。
松五郎は恐縮してしまいます。
「必ずお金は返します。しかしいまはお金がないから、分割にしてください」とおすみに申し出ました。

ところが話を聞けば、月二分の生活費でやりくりしているといいます。
いまでいったら、月三万円です。
着ているものもみすぼらしい。
その少ない生活費から払うというのだから、おすみは同情して、
「分かりました。では、月二分を私があなたに払ってあげましょう」と約束してくれたのです。

それからのこと、毎月毎月、おすみから松五郎のもとにお金が届けられました。
頂いているうえに、届けてもらうのは申し訳ないからと、途中からは松五郎が自分でもらいに行きました。

月日がたったある月のこと。今月に限って松五郎が現れません。
松五郎の住む長屋に行っても不在です。
それっきり、松五郎から音沙汰がなくなりました。

おすみは、周りの女性たちから「バカねえ。あんた、騙されたのよ」と言われてしまいます。
松五郎は日本を代表する私塾の塾生です。
おすみは宿場の飯盛り女です。飯盛り女というのは要するに、私的売春婦です。
あまりにも身分が違うのです。

20151208 倭塾・動画配信サービス2


さらに何カ月かたった、ある日のこと。
おすみの住む宿屋に、立派な身なりをしたお侍さんが駕籠に乗ってやって来ました。
そして、宿屋の主人に、
「おすみさんはいますか?」とたずねたのです。

呼ばれて奥から出てきたおすみは驚きました。
あのみすぼらしかった松五郎が、見違えるような立派な姿で、そこに立っているではありませんか。

松五郎は、懐から六両のお金を出しました。
「いままでお世話になりました。これはお借りしたお金です」
そう言って、おすみにお金を渡しました。
「ようやく塾を卒業し、掛川藩に教授として召し抱えになりました。これから掛川に向かいます。いままで本当にお世話になりました。ありがとうございました」

そしておすみに、こう言いました。
「あなたさえよければ、私の妻になってください」

その後、二人はめでたく祝言をあげました。
まるで、リチャード・ギアが主演したハリウッド映画『愛と青春の旅立ち』そのもののようなストーリーですが、こちらは実話です。

ここで大事なことが二つあります。
ひとつは、掛川藩にお抱えになったばかりの松五郎が、売春婦であるおすみを妻に迎えているという点です。
もし日本人が、売春婦を卑しい職業と考えていたのなら、松五郎がおすみを妻にすることはありえません。
これから藩の若侍たちに学問を教える人物が、卑しい職業の女性を嫁にするなど、許されることではないからです。
ところが掛川藩は、松五郎の妻のことを全く問題にしていません。
それどころか藩の重要な任務となった朝鮮通信使の通訳兼交渉役にさえ、松五郎を抜擢しています。

そしてもうひとつの大事なことは、おすみが宿屋の売春婦でありながら、松五郎に仕送りしたり、ならず者にからまれてカツアゲされたときに、そのお金を代払いしている点です。
よく、戦後の時代劇などでは、売春婦たちは子供の頃に女衒によって連れてこられ、売春宿の主人に借金漬けにされ、年季があけるまで無理やり働かされたという設定がなされています。
要するに、これが噓だ、ということです。

女衒に買われてきたのは事実です。
仕事ですから、つらいこともあったでしょう。
けれど経済的には、彼女たちは実に豊かでした。

当時の売春婦というのは、十七歳から二十二歳くらいまでしか働かせてもらえません。
それ以降は、それまでに貯めたお金で、自分で小さなお店を開いたりしました。
売春婦たちには、それくらいの稼ぎと経済的余裕が、実はあったのです

幼い頃から雇い入れ、申し訳ないけれど商売に使わせていただく。
その代わりに、彼女たちが一生食うに困らないだけの貯えと、教養と技能を、しっかりと身につけさせようというのが日本の風俗の伝統です。

商売以上に、人を大事にする。
それが、私たちの日本であり、それができたのは、権力者の上位に、天皇というありがたい存在がいるため、権力者は天皇の民である私たち民衆を私物化することができないという国のカタチ(構造)があるからにほかありません。

松五郎は後に松崎慊堂と改名し、日本を代表する学者になりました。
そしておすみは、冒頭にお話しした渡辺崋山や、高野長英など、江戸後期の名だたる論客や学者たちから、母のように慕われながらこの世を去りました。

職業に貴賤はありません。
そして職業や身分よりも、その人物が、人として尊敬できるかどうかや、人としての矜持(きょうじ)を失わずに生きているかどうか、そういうことを大切にしてきたのが日本人です。
それは、ひとりひとりの人間を公民(皇民)として扱うという日本古来の伝統・考え方から生まれ育まれた、日本人の美質です。

20160122 慰安婦の給料


上にある写真は、せんだって韓国国内のネットで公開された「従軍慰安婦と呼ばれた売春婦の収入」です。
月給1万円なんていう猛者もいますが、この同じ時代の日本の内閣総理大臣の給料が800円です。
兵隊さんは9円です。
その時代に月1万円の稼ぎというのは、いまの時代なら、月収3億円にあたります。

なぜ一介の売春婦に、日本はそんな大金の稼ぎを認めたのでしょうか。
その答えと、その意味するところを、是非、今日の松崎慊堂の物語からお汲み取りいただきたいと思います。


※この記事は拙著『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人・第二巻』でご紹介した記事です。

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コメント

くすのきのこ

No title
こんにちは。川上貞奴もすっご~いですよww
商家の娘として生まれ、芸妓として伊藤博文、西園寺公望に贔屓にされる。
岩崎桃介と知り合うが、桃介は福沢諭吉の娘婿になり実業家”電力王”への
道へと進む。貞奴は、自由民権活動家で新派劇の創始者の川上音二郎と結
婚。1899年アメリカで興行、翌年は欧州ロンドン、パリへ。マダム貞
奴として活躍。フランスよりオフィシェ・ダ・アカデミー勲章を。帰国後
は、音二郎と共に帝国座開場へと奮闘。帝国女優養成所を創立。1911
年、音二郎が亡くなり、程無くして引退。いろいろあったが、1920年
に桃介と同居する仲へ。住んだ邸宅の二葉御殿は、政財界のサロンだった
と。桃介を見送り、8年後の1945年に75歳で昇天。
・・・あげまん・・・ですよねえww

憂国のトラッカー

昔より遊郭や色里の遊女や女郎と言われる女性達は「地女の及ぶ処に非ず」と言って、今で言うプロとしての自覚とプライドを持っておられた様です。それは、性技だけに及ばず、読み書き、歌舞音曲等、それこそ当時の素人女にはとても及ばない教養を持っている人達だった様です。ですから現代に於ても花魁が身請けされて、遊郭から出る時の練り歩き(今で言うパレード)が、再現され語り継がれる程の物として残ってるんだと思います。
彼女達はただの売春婦では無かったんです。

えっちゃん

No title
「職業に貴賤はありません。
そして職業や身分よりも、その人物が、人として尊敬できるかどうかや、人としての矜持(きょうじ)を失わずに生きているかどうか、そういうことを大切にしてきたのが日本人です。」  

 そうしたことに影響を受けたのが、ゴッホです。
ゴッホは、日本に行くことを願い、日本の絵画を参考にして絵を描きました。ゴッホは浮世絵を400点以上のコレクションを持ち、浮世絵は印象派の人達に大きな影響を与えていました。
 
 きっと、矜持を失わず、皆がいきいきと描かれている様子を、浮世絵から洞察したように思われてなりません。

-

No title
先ほどコメントを送りました者です。
追記です。

従軍慰安婦という言葉も存在しません。
ただの職業売春婦です。

従軍慰安婦というのであれば、過酷な戦場で戦っている将兵の皆さんの事を思い、軍に身も心も捧げ、いくばくかの物は頂いてもレンガと言われるほどの札束は受け取らないでしょう。
そのように思います。

-

No title
お疲れ様です。
強制連行だの何だのと騒いでいるお隣さんですが、強制され働かせられていたのであれば、「レンガ」(中には慰安婦の皆さんの事をそう呼んでいたとも言われています)程の札束を何時も持っていたのが不思議ですし、当時の大臣の給料よりも多いいなんて信じられません。

要は、貰うものはしっかり貰っていたのにもかかわらず、強制連行されむりやり働かされたといかにも日本軍を極悪非道の言い回しをしていますが、真実を知ったら恥ずかしくて人間としてその様な事は言えないはずです。

ついでに言いますが、強制連行し、むりやり働かせたのであれば、つまり、お隣が言ってるのは極悪非道なやり方をしたと言ってるのです。
その様なやり方をしたのであれば、私だったら家が一軒、二軒建つほどの給料なんて払いませんわ。

要は、ねずさんも仰っていますが、日本軍が彼女達が働くのを職業として認めていたからに他なりません、それも破格な給料で。
もっと言わせて頂くとすれば、給料を見ただけでわかるように、待遇されていたとしか思えません。
普通の頭で考えれば解ることです。

>職業に貴賤はありません。
そして職業や身分よりも、その人物が、人として尊敬できるかどうかや、人としての矜持(きょうじ)を失わずに生きているかどうか、そういうことを大切にしてきたのが日本人です。
それは、ひとりひとりの人間を公民(皇民)として扱うという日本古来の伝統・考え方から生まれ育まれた、日本人の美質です<

仰る通りです。
戦時下であれ、日本はそれを守ってきたのです。

よって日本の、そして英霊の皆様の名誉にかけて、強制連行などという事はあり得ませんし、その様な言葉も存在しません。






ポッポ

No title
昨日の山本権兵衛の記事も、今日の松崎慊堂の記事も、日本人にとっては良い話です。
しかし、日本人でなかったら、バカの話になるのでしょうか。

日本人は飯盛り女、芸妓、遊女達を、人間として差別していなかったということになります。
山本権兵衛も松崎慊堂も、妻とされた女性が良い人だったから結婚されたのでしょう。

飯盛り女や、遊女の中に、慰安婦も含まれると思うのですが、慰安婦がお金を貯めたことを表彰した陸軍の将軍がいました。
言い方は悪いかもしれませんけれど、家族の都合で売られた女性が結果として娼婦や慰安婦になったのですが、一流の大夫さんは尊敬されました。二流、三流は・・・・どの仕事でも、同じです。

娼婦も慰安婦も仕事ですし、税金も納めたとも聞きました。
先日、自民党の○田議員が韓国との慰安婦問題に関し、「職業としての娼婦、ビジネスだ。犠牲者のような宣伝工作に(日本は)惑わされ過ぎている」と発言したことが、問題にされましたけれど、これを問題にした人こそが、差別意識を持っていると思います。

慰安婦問題は、女性を強制的に慰安婦にしたことが問題であって、本当に糾弾されるべきは、女性を拉致した者なのです。
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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず

Author:小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず
連絡先: nezu3344@gmail.com
電話:080-4358-3739
出身:静岡県浜松市
住所:千葉県野田市
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんのひとりごと」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「明治150年真の日本の姿」、「日本と台湾の絆」、「奇跡の将軍樋口季一郎」、「南京事件は4度あった」、などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。
日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
《著書》
『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』
『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦
『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』
『誰も言わない ねずさんの世界一誇れる国 日本』
最新刊
『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』
『ねずさんの世界に誇る覚醒と繁栄を解く日本書紀』

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