花よりほかに知る人もなし

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オオヤマザクラ
山桜0422


 もろともにあはれと思へ山桜
 花よりほかに知る人もなし


前大僧正行尊(さきのだいそうじょうぎょうそん)の歌です。百人一首では66番歌です。
歌を詠んだ行尊というのは、後に園城寺(おんじょうじ)で大僧正を勤めた人です。

園城寺は修験道のお寺です。
滝に打たれたり、お堂に篭ったり、山登りしたり、とにかく霊力を得るためにありとあらゆる荒行が行われます。厳しいお寺なのです。
その園城寺に、行尊は12歳で出家して寺入りして、そのまま厳しい修行に明け暮れました。

つまり行尊は青春の全てを、園城寺での修行に費やしたのです。
つまり、若い行尊にとって、園城寺は青春の全てだったし、行尊の全てであったわけです。

ところが行尊26歳のとき、その園城寺を全焼させられてしまいます。
何もかも全部焼かれました。
原因は放火です。
犯人は比叡山延暦寺の僧兵でした。


どうしてそのようなことになったのかというと、実は延暦寺も園城寺も、ともに天台宗です。
ところが延暦寺がインドからChinaを経由して渡ってきた、いわば正当派を主張する仏教であるのに対し、園城寺は、この天台の教えに我が国古来の神道の教えを融合させようとしたお寺です。

ところがこのことが延暦寺からすれば、おもしろくないのです。
園城寺は邪道だというのです。
それが言論だけのことならば良いのですが、当時の延暦寺はたくさんの荒ぶる僧兵を抱えています。
その僧兵たちが調子に乗って園城寺の焼き討ちをしてしまったわけです。

寺が焼けるということは、寺に備蓄してあった食料も焼けてしまうことを意味します。
行尊たちは、ただ焼け出されただけではなくて、その日から、着替えもなく、飯も食えない状態になります。

こうしたときに、どこかの国や民族のマインドならば、「ウリたちは被害者だ〜、侵略されたアル〜」と大騒ぎするのかもしれません。あるいはテレビに出て号泣するのかもしれません。
けれどここは日本です。
焼け出された園城寺の僧たちは、全員で黙って、近隣に托鉢(たくはつ)に出ました。
托鉢というのは、各家を周って寄付を募る活動です。

そして行尊は、托鉢のために吉野から熊野にかけての山脈を歩いているときに、山中で一本の山桜を見つけます。
その山桜は、風になぎ倒されて、折れてしまった桜の木でした。
季節は春です。
その折れて倒れた桜の木が、倒れながら、満開の桜の花を咲かせていたのです。

おそらく、前年の台風で木が倒れたのでしょう。
それから半年以上経過しているわけです。
にもかかわらず、その山桜は、倒れながらも立派に花を咲かせている。

『金葉集』(521)の詞書に、「大峰にて思ひがけず桜の花を見てよめる」とあります。

(山桜が)風に吹き折られて、なほをかしく咲きたるを(詞書)

 折りふせて 後さへ匂ふ 山桜
 あはれ知れらん 人に見せばや

 もろともにあはれと思へ山桜
 花よりほかに知る人もなし

深い山中で花を咲かせても、人の目にとまるわけでもないし、誰一人「きれいだね」と褒めてくれるわけでもありません。
風雨に晒され幹が折れてもなお花を咲かせている、そんな生きようとする健気な姿も、誰も見てくれる人などいません。
けれどそれでも、その山桜は精一杯、満開の桜を咲かせているのです。

自分たちも、誰も見ていないところで厳しい修行に明け暮れてきたのです。
誰が褒めてくれるわけでもない。
厳しい修行を、むしろあたりまえのこととして、必死になって頑張ってきた。
その拠点となる寺を、理不尽な暴力によって失ってしまった。

けれど、だからといって、暴力に暴力で対抗したところで、そこに残るのは、恨みの連鎖でしかない。
いま、自分たちに必要なことは、何もかも失ってしまったあとで、もういちど、寺を再建すること。
愚痴や泣き言を言って喜捨を募るわけでもない。
いつもの通りの托鉢をするだけです。
誰が同情してくれるわけでもない。
それでも頑張る。
それでも、人々の良心を信じて托鉢を続ける。
そうすることで寺を復興させる。
だって、あの山桜だって、あのように立派に咲いているではないか。
山桜にできて、自分たちにできないなどということもあるまい。

たった一本の山桜の姿に、心を動かされた行尊は、仲間たちとともに托鉢を続け、立派に園城寺を再建します。
そして厳しい修行を再開し、行尊は優れた法力を身につけ、白河院や待賢門院の病気平癒、物怪調伏などに次々と功績を挙げ、修験者としての名を高めていきました。
そして園城寺の権僧正にまで上りました。

ところが行尊67歳のとき、園城寺は再び延暦寺の僧兵たちによって焼き討ちにあってしまいます。
寺は再び全焼しました。
このときもまた、行尊らは、高齢となった体を、一介の托鉢僧にして、全国を歩き、喜捨を受け、再び寺を再建しました。

数々の功績を残した行尊は、僧侶の世界のトップである大僧正の位を授かるにまで至りました。
そして81歳でお亡くなりになりました。

その亡くなるとき、行尊はご本尊の阿弥陀如来に正対し、数珠を持って念仏を唱えながら、目を開け、座したままの姿であの世に召されて行ったといいます。
それは、まさに鬼神のごとき大僧正の気魄というものでした。

前大僧正行尊(冷泉為恭による絵)
前大僧正行尊


園城寺、そして行尊の偉いところは、延暦寺の僧兵たちに焼き討ちに遭ったからといって、報復や復讐を考え行動するのではなく、むしろ自分たちがよりいっそう立派な修験僧になることによって、世間に「まこと」を示そうとしたところにあります。

そしてそのことは、誰も見ていなくても、誰からも評価されなくても、山桜のようにただ一途に自分の「まこと」を貫いて精進していこうとする、冒頭の歌の中に、その決意がしっかりと込められているのです。

ところが最近の百人一首の解説本、どの本を見ても、
「この歌は山中で孤独に耐える山桜に共感した歌」としか書いてありません。
本によって表現こそさまざまですが、いずれもこの歌は「孤独や寂寥感」を詠んだ歌だとしか解説していない。
それはとても残念なことです。

人は、生きていれば、耐え難い理不尽に遭うことが、必ずあります。
何もかも失って、生きていても仕方がないとまで思いつめてしまうようなことだってあります。
けれど、そんなときこそ、
たとえそんな辛さを知る人が自分一人しかいなかったとしても、
たとえ、心が折れてしまったとしても、
1本の山桜だって、花よりほかに知る人もいない。
幹だって折れてしまったけれど、それでも山桜は、なお咲いているのです。

行尊の歌は、そんな、人生の辛いときにこそ、心に沁みる歌なのではないかと思います。

というよりも・・・・
もっと簡単に言ったらこの歌は、

「俺たちはな、
 幹が折れたって
 立派に咲くんだ。
 山桜なんかに
 負けてられっかよ!」

と言っているのです。

いま日本は、お隣の国からさんざん叩かれています。
あることないことどころか、ないことないことを言われて中傷され、非難されています。
それに乗る政治家や官僚やメディアもいます。

けれど、だからといって彼らの行う言葉の暴力に、同じく言葉の暴力をもって立ち上がるというのは、違うと思います。
もちろん政治の世界では、情報戦争への対抗措置は必要です。

けれど私達ひとりひとりの個人のレベルでの日本人は、私達日本人自身が、世界中の誰から見ても、そんな中傷を跳ね返すだけの立派な人間になっていくことこそ大事なことだと思います。
それが「雄々しく」ということではないかと思います。

日本人全部なんて、そりゃあ無理だ、と思う方もおいでになるかもしれません。
けれど、戦中の軍人さんたちは、まさにそれをやってきました。
戦後の復興期にもまた、ありえないことをやってきました。

戦争が終わったとき、日本は世界の最貧国状態だったのです。
国土は占領され、東京裁判まで開かれ、WGIPによって洗脳工作まで受け、もう二度と日本は立ち上がることができないところまで追い詰められました。
けれど日本は、みるみるうちに復興しました。
気がつけば世界の経済大国です。

日本人が大東亜共栄圏にしてきたことが間違いではなかったことを、わたしたちの先輩たちは、世界中からありとあらゆる非難を浴びている中で、堂々と焼け野原と成った国土の復興というカタチで、それを見事に証明しています。

これに対し、戦後的価値観はいかがでしょう。
東日本大震災から、もう5年です。
ぜんぜん復興が進まない。
何が正しいのか、どう生きなければならないのかという価値観そのものを見失い、ただ享楽的になっているだけでは、ものごとは解決はしないのです。

「もろともにあはれと思へ」だけでは、かわらないのです。
「花よりほかに知る人もなし」であったとしても、たったひとりでもしっかりとした姿勢を崩さず、立派な日本人になれるように努力をし続けるから、変われるし、成長できるのです。
そういうことが大事だということを、行尊は教えてくださっているように思います。


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コメント

takechiyo1949

やっぱり山桜はいいですね
昨日は天気が良かったので、久し振りに相方と電車に乗って、群馬県高崎市の昼散歩に行きました。
高崎と言えば白衣大観音!
観音山は、観音様を囲んで染井吉野や山桜など数千本が今を盛りと咲き誇っていました。
色々な桜を楽しみました。
やっぱり山桜はいいです。
それにしても…大陸人や半島人は何処にでも居ますね。
桜の枝を引っ張ってスマホの自撮りをしてる若い女二人連れが居ました。
触摸是没用的!
触っちゃダメ!と反射的に注意したら、思いっきり睨み返されました。
「愛でる気持ちも無いのに花見になんか来るなよ!」
日本語で呟く私に相方が言いました。
『言っても無駄!みたいね!』
ホントに困ったもんです。

ポッポ

No title
東日本大震災が発災後、何故こんなに復旧・復興が遅れたかの理由については、菅首相以下の危機管理についての対応のできないものが、自分たちだけで対応できると考えて、それをやってしまった事にあります。

できないのならばこれを自覚して、霞ヶ関にいる各省の官僚に処理案を提出させ、もし気に入らない場合には修正させた上で、担当する各々の部分を所管する省庁のトップに指示するべきでした。

K

No title
大僧正行尊の当時の心境は以下のようだったと推察します。

やさしさを 押し流す 愛 それは川
魂を 切り裂く 愛 それはナイフ
とめどない 渇きが 愛だと いうけれど
愛は花 生命の花 きみは その種子
挫けるのを 恐れて 躍らない きみのこころ
醒めるのを 恐れて チャンス逃す きみの夢
奪われるのが 嫌さに 与えない こころ

死ぬのを 恐れて 生きることができない

長い夜 ただひとり 遠い道 ただひとり
愛なんて 来やしない そう おもうときには
思いだしてごらん 冬 雪に 埋もれていても
種子は春 おひさまの 愛で 花ひらく

https://www.youtube.com/watch?v=9Q-MgM4oR4o

にっぽんじん

自己責任
自分の行動の責任は自分が取る。これが大人の資格です。子供は責任が取れないから扶養している親が責任を負い、子供の犯罪は「少年法」で裁きを受けます。しかし、18歳は子供か大人か曖昧です。

酒、たばこは許されず、選挙権は与えられました。知能が幼稚化している日本は選挙権年齢を上げたほうが良いくらいです。ところが政治家は18歳に選挙権を与え、自分の票に取り込もうとしています。

学校外での選挙活動も認めています。「選挙違反」がないとは言えません。選挙違反は少年法には規定がなく、当然公職選挙法で裁かれます。選挙違反で逮捕されれば内容によっては刑事罰があります。当たり前です。

逮捕者が出た場合の責任は誰が取るのでしょうか。それとも見て見ない振りをするのでしょうか。学校は処罰するのでしょうか。停学処分、あるいは退学処分。子供だからといって処分なしはないでしょう。大人の世界では犯罪行為は社会的に処罰されます。

逮捕者が出ないことを祈るしかありません。

井上龍夫

No title
何が正しいのか、どう生きなければならないのかという価値観そのものを見失い、ただ享楽的になっているだけでは、ものごとは解決はしないのです。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
今こそ質素倹約の時代ですね。

-

ソメイヨシノはあっというまに散ってしまう改良種なので日本人の心とは言いがたいです。古来から桜と言えば山桜です。
吉野の桜を観に行きたいですね。

多里須

No title
マスコミはあまり伝えませんが、東北には山桜の精神で頑張っていらっしゃる方がおられます。私はただ、福島産、宮城産、岩手産の産品を黙って買うだけです。

junn

No title
【今日は何の日?】ソ連、日ソ中立条約を更新しない旨を通告(4/5)
http://blog.livedoor.jp/acablo-nakagawayatsuhiro/archives/44109883.html

junn

No title
「外国籍者」多数のメディア

 もう一つ指摘すれば、件のメディアは全てが「国民」ではないと現実だ。たとえば、調査隊の推計による凡例ながら、在日コリアンの比率が3人に1人の毎日新聞、2.8人に1人の朝日新聞など。日本国籍を有さない、つまり外国籍者の比率が高いメディアが「国民の知る権利」を盾に、国の安全と平和にかかわる「国家機密」を教えろ、報道する義務が有ると主張すれば何を意味するか。どうなってしまうのか。

南北朝鮮に筒抜けの賊らを多数含む組織に、「国家機密」を渡すに等しいのではないか。

http://torakagenotes.blog91.fc2.com/blog-entry-2382.html
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小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
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住所:千葉県野田市
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「明治150年真の日本の姿」、「日本と台湾の絆」、「奇跡の将軍樋口季一郎」、「南京事件は4度あった」、などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。
日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
《著書》
『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』
『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦
『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』
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