敵すれど愛

20160812 小灘一紀 下照比売
小灘一紀先生画「下照比売」
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古事記の国譲り神話のところに、高天原から派遣されたキジを射殺した天若日子(あめのわかひこ)が、神罰によってお亡くなりになるシーンがあります。
このときちょっと不思議なお話が書かれています。

簡単に要約してみます。

中つ国で亡くなった天若日子の妻の下照比売は、夫の死を悲しみ、その哭(な)く声は風とともに響いて高天原まで聞こえてきたのだそうです。
これを聞いた天若日子の父の天津国玉神と、その妻子は、高天原から降りて来ると、哭き悲しんで、天若日子の亡くなったところに喪屋(もや)を作り、八日八夜、葬儀を行いました。

この時、阿遅志貴高日子根神(あちしきたかひこねのかみ)が、天若日子を弔(とむら)うためにやってきました。
すると天若日子の父や妻が、
「我が子は死ななかった。
 我が君は死なずにいてくれた」

と、みんなで阿遅志貴高日子根神の手足に取りついて哭(なげ)き悲しんだのだそうです。
古事記はここで、「天若日子と阿遅志貴高日子根神の二柱の神の容姿がたいへんよく似ていたから間違えたのだ」と書いています。


ところが阿遅志貴高日子根神は、これにおおいに怒り、
「我は愛(うるは)しい友だからこそ弔(とむら)いに来た。
 なにゆえに吾(あ)を穢(きたな)き死人に比べるのか」

と云うと、腰に佩(は)いた十掬劍(とつかのつるぎ)を抜いて喪屋を切り伏せ、バラバラになった喪屋を足で蹴散らし、そのまま忿(いか)って飛び去ってしまわれました。

このとき、天若日子の妻である高比売命(たかひめのみこと)は、兄の御名(みな)を知らせようとして、次の歌を詠んだとあります。

あめなるや おとたなはたの  阿米那流夜 淤登多那婆多能
うなかせる たまのみすまる  宇那賀世流 多麻能美須麻流
みすまるに あなたまはや   美須麻流邇 阿那陀麻波夜
みたに ふたわたらす     美多邇 布多和多良須
あちしきたかひこねのかみそや 阿治志貴多迦比古泥能迦微曾也


そして古事記は、「この歌は夷振(ひなふり)といい、いまも楽器とともに演奏されている歌です」と、この歌にまつわる物語を〆ています。

すこしやっかいなのですが、ここに出てくる下照比売と高比売命(たかひめのみこと)は、同じ女性のことです。大国主神と多紀理毘売命(たきりひめのみこと)との間に生まれた娘で、大国主神のところに、高比売命(たかひめのみこと)、またの名を下光比売命(したてるひめのみこと)と書かれています。
そして天若日子と結婚するのですが、やってきた阿遅志貴高日子根神の実の妹でもあります。

歌にある、
「あめなるや」は、天上界にいるです。
「おとたなはたの」は、若い機織り娘のです。
「うなかせる」は、うなじ、つまり首に架けている、
「たまのみすまる」は、宝玉を一本の緒で貫いた首飾り
「あなたまはや」は、緒で穴を貫いた玉よ、
「みたに」は、御谷、
「ふたわたらす」は、二つの谷をわたる
「あちしたかひこねのかみそや」は、阿遅志貴高日子根神や、です。
これをもとに歌を訳すと以下のようになります。

 天上界においでになる若い機織り娘が首に架けている首飾り
 その首飾りの緒で貫いた宝玉は
 二つの美しい谷を渡る
 阿遅志貴高日子根神なのです


この下照比売の歌が、よくある解説本では、兄の阿遅志貴高日子根神を讃えた歌だと解説しています。
私は、違うと思います。
愛する夫を失った下照比売が、ただ兄を讃えただけというのでは、話が通じないからです。

そもそも歌の中に「二つの美しい谷を渡る(美多邇 布多和多良須)」とあります。
天上界のひとつの宝玉が二つに渡るというのは、天若日子の魂と阿遅志貴高日子根神が、同じひとつの御分霊であるということです。
そしてその宝玉は「阿遅志貴高日子根神である」と詠んでいます。

どういうことかというと、天若日子は神に背いたいわば犯罪者です。
ですから直接その名を歌に詠み込めば、それは罪人を讃える(神に背く)ことになります。
つまり「言えないこと」です。

ところがその天若日子の御霊と、阿遅志貴高日子根神が同一の御分霊であれば、下照比売が阿遅志貴高日子根神を讃えれば、それは天若日子を讃えることになります。
つまりこの歌は、残された妻の、夫への失われぬ愛が読み込まれているとわかります。

本節の末尾には、「この歌は楽器とともに演奏される歌です」と書かれています。
天若日子と下照比売の愛が、長く歌い継がれたのです。

このように『古事記』は、たとえ罪人としてお亡くなりになった方であっても、ただ悪人だった、裏切り者だったと軽んずるのではなく、「結果として謀反人になってしまったけれど、真剣な愛に生きたという良い面もあり、また妻に心から愛された男であった」ということを、ちゃんと書いています。
そしてそのことが歌となり、永く語り継がれているとも書いています。

どんなに良くしてもらっても、戦いに破れたら手のひらを返したように、彫像までつくって通行人に唾をはきかけることを強要する国もあります。
けれど『古事記』は、どこまでも、人の愛を尊重しているのです。
それが日本のこころだと思います。
そして人の愛を尊重する、あるいは活きる、ないしは認められる社会というものは、たいへんに民度が高い社会であるということがいえようかと思います。

これは福沢諭吉が説いていることですが、民度が低く、誰もが自分の利益ばかりを追求するような国では、「咎人であってもその愛を尊重」するなどという甘いことは言ってられないからです。
すこしでも甘い顔をしたら、すぐに民がつけあがって、自分の利益だけを声高に主張し、我儘を押し通そうとする。
ですからそのような民を持つ国では、政府は厳罰主義で、一片の情のカケラもない苛斂誅求の辛き政府にならざるをえません。

そしてそのような国では、政府が民の民度を信じる姿勢を見せれば見せるほど、民衆はつけあがり、一部の者だけが利権を貪り、その利権を貪る者が、心が貧しくなった民衆を扇動して、より一層、愚かな貪りをし抜くようなになります。
悲しいことですが、そのような国においては、政府が民を人間と思ってはいけない。
李承晩は、朝鮮戦争のときに自国民を片端から虐殺しました。
朝鮮戦争による南朝鮮の死者は、北に殺された人の数より、自国の軍隊に殺された人の数のほうが圧倒的に多かったとも言われています。
そしてそのことの罪を問う声は、いまだに国の内外からひとつもあがっていません。
毛沢東も、1億人以上の自国民を殺したと言われています。
けれど彼もその国、その民族にとっては「偉大な英雄」です。

李承晩にしても毛沢東にしても、それぞれその本人にとっては、ある意味幸せで充実した生涯であったかもしれません。
しかし、そうした人をリーダーに仰ぎ、そうした人の持つ政府によって虐殺されたり収奪されたり、あるいはかろうじて生き残っても、極貧生活を余儀なくされる国民、あるいは民衆にとって、その時代は幸せな時代であったということができるのでしょうか。

なにより大切なこと。
それは誰もが豊かに安心して安全に暮らせる。
そういう社会なのではないでしょうか。
そしてそういう社会であり、民族であればこそ、たとえ咎を受けたとしても、その夫を愛する妻の想いとその心が大切に尊重され、歌にまでなって、永く讃えられたのではないでしょうか。

冒頭にある小灘一紀(こなだいっき)画伯の絵は、その下照比売です。
小灘一紀画伯は、古事記を題材に様々な絵を書き、展示会等を通じて古事記の普及に携わっておいでの境港ご出身の洋画家です。
どの絵も、とても美しい絵です。

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コメント

takechiyo1949

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一人の殺害は犯罪者を生み
百万の殺害は英雄を生む
数が(殺人を)神聖化する

チャールズ・チャップリンの『殺人狂時代』を思い出しました。

くすのきのこ

No title
こんにちは。
古事記とは言え、編者の意図があるわけです。いくつかの写本であり原本で
はない。漢字表記の時点で、当時の言葉そのものの表現を曲げていたり意味
付けしたりもできてたりするわけです。それで日本書紀や風土記と内容とか
表現が違ったりする。さらにご先祖の中の古事記大好き~な方々の解釈本・
古事記伝でも差異がでるwもちろん、風土記などは後世に都合の悪い所?が
消失してたりするなんてのもあるわけで・・ww(ですから言葉で表現する
ドグマを使わない神道は本当に智慧があるw言葉は解釈によって人々を対立
させてしまいますから。キリスト教やイスラム教の宗派対立は酷いものです)
そんな問題をはらんでいる書物であっても、それを維持保存し続けてきた事
そのものが偉業なんですね。
そして、当時の人々の常識は現代人の常識とはかな~り違っていただろう・・
とはいえ歌に込められた意味には、考えに考えて詠んだだけあって古今東西
普遍のものがあったりする。これが面白い。
あまなるや・・の歌の前にww
まず、アヂスキタカヒコネ・・古事記で最初から大御神と呼ばれているのは
天照大御神と迦毛大御神(かものおおみかみ)だけだそうで。この迦毛大御
神の別名がアヂスキタカヒコネ。・・む?・・鴨氏に含みがある?この出雲
勢力の大和への移動?・・大国主命と宗像三女神のタキリビメの間の子。タ
キリビメは九州は筑紫の宗像神社に祀られている。筑紫は出雲勢力と関係が。
スサノヲ尊の剣をアマテラス大御神が噛み切って生まれた三女神の中の一人。
次にシタテルヒメ(下照比売命)下を照らす?・・アマテラスの対?
いつのまにかタカヒメ(高比売命)に・・高く格が上がっちゃった?こうな
ると、夫だったアメノワカヒコも格が上がっているのが妥当だから・・邪心
を射抜かれて果てたが正しく蘇ったアヂスキワカヒコネという説もありか?
あるいは同一人物ではないとしたら、出雲~筑紫と大和の間を取り持つ人物
としてアメノワカヒコに代わって採り上げられたのがアヂスキタカヒコネか?
・・・以下は自由連想です。
 あまなるや おとたちばなの うながせる たまのみすまや 
 みすまに あなたまはや みたに ふたわたらす アヂスキタカヒコネ
ww天上の織り人であればアマテラス大御神なのでは?その首の勾玉飾り。
それはアマテラスの勾玉から生まれて葦原中国に最初に遣わされたアメノ
ホヒ・・しかし大国主命に心服したとされる。では、みすま(御統)・・
統治・・首飾りをまとめる・・には別の穴のあいた玉が必要ですね・・見
事に(筑紫~出雲)と大和の間の溝(谷)を渡す事ができるのは、アヂス
キタカヒコネ神ですよ。アマテラスにより剣より生じた女神の御子です。
多分・・鴨氏がバックに付いたかも?・・ついでに・・アメノホヒは出雲
国造神賀詞ではそれなりに活躍しているようで・・でも玉から生まれただ
けあって・・上品だったかもしれませんね・・・・元々、他国にお前の勢
力をよこせ~と言っても、すぐにかなうはずもなし。この後タケミカヅチ
神とフツヌシ神の武力と交渉術の登場となるわけで。w








-

No title
しかし、未だに中国にしても、韓国にしても、民衆はそのような事を望んではいませんよ
安心して暮らせる生活を望んではいない
人が織りなす地獄の山を、我も我もと上へ上り、地獄の王者となる事しか望んでいないから、下からの改革は全く無い

これを、人間と言う生物とは言えないと思いますよ
問題は、そこまで落ちたモノの集団と、付き合うのか?、付き合うとすれば、どう付き合えるのか?
もはや、ここまで来たら、もう民度じゃ無いでしょう
別の生き物ですよ
それでも、人間扱いしますか?

お節介者

不思議な絵ですね
本文に関するコメントではないのですが、冒頭の絵の女性が20歳にも50歳にも見える不思議な見栄えですね。

K

オリンピックに想う
リオで活躍している体操の内村航平さんが「君が代」を「声が裏返るほど歌ってやろう・・・」と言った発言に国内サヨクが噛みついているようです。ホントにサヨクって間抜けですね。
報道では、「奇跡の金メダル」とか言っているけど、内村氏のこの真摯な愛国心に神仏のご加護があったためだと私は思っています。
私は国歌「君が代」についての詳しい知識があまりないので、ここにコメントしてくださる見識ある方々にいろいろ教えていただきたいです。
「荘厳で美しいメロディーだなぁ…」と常々思っていましたが、欧米の人は「何か辛気くさくてパッとしない国歌」って思う人が多いと聞いて、何でだろう?と思ってしまうのです。
ちなみに、ポルトガル、フランス、シナ等の国歌の歌詞は「武器をとれ」とか「のどを掻き切る」とか「敵を蹴散らす」とか穢れた内容が多いのに驚かされます。
世界には193の国家があり、それぞれに国歌と国旗がありますが、曲調が短調の国歌は、たった2カ国しかないそうです、1つは日本。もう1つはどこだと思いますか?
それはイスラエルです。
みなさんは、イスラエル国歌を聴いたことがありますか?
私個人の感想ですが、日本の君が代に雰囲気が似ていると思います。とても美しいメロディーですが、どこか「悲しみ」が感じられます。
君が代を聞いてから、イスラエル国歌を続けて聞くと、君が代のスピンオフ2番に聞こえてしまします。
逆にイスラエル国歌を聞いた後に君が代を聞くと、ユダヤ人の希望が日本で成就したように聞こえるのです。もし、お時間がありましたら、↓のYou Tubeで聞いてみてください。

イスラエル国歌「希望」https://www.youtube.com/watch?v=6jjVBdplmvY
国歌「君が代」 https://www.youtube.com/watch?v=h0j5lClcdmU

-

これからの国際社会で通用するためには、民族の特徴を良く学び区別し、自分の不利益、犯罪の被害に遭わないようにすることではないでしょうか。
人種のルツボのロンドンでは、韓国人、中国人は、「ある点」では信用していないというのが常識です。

その区別をはっきりとして、仲良くお付き合いをしていました。

日本人と同じに扱ってもらえない彼らを見て、最初は驚きましたが、同じに扱うと不都合があると知っているので、厳しい対応がされていたのだと今ではわかります。

日本人は、島国で世界の常識を知らないので、どのように区別して仲良く暮らしていくかを学ぶことは、国際社会を生き残っていくためにとても大切なことです。

-

No title
中国、韓国の道徳判断からは、日本人の倫理はおかしいということにもなる。ヨーロッパからでも、中東からでもそう。自国の自慢ばかりして他国を貶めるのは、日本の謙譲の美徳からかけはなれているのでは?それに、多様な文化を認めないいうのはこれからの国際社会では通用しない。

ラベンダー

ねず先生、おはようございます♪

今朝は美しい絵と古事記のお話をありがとうございました。

あめなるや おとたなはたの  阿米那流夜 淤登多那婆多能
うなかせる たまのみすまる  宇那賀世流 多麻能美須麻流
みすまるに あなたまはや   美須麻流邇 阿那陀麻波夜
みたに ふたわたらす     美多邇 布多和多良須
あちしきたかひこねのかみそや  阿治志貴多迦 比古泥能迦微曾也

初めてこの歌を知りました。
どんな想いを込めたものなのか、ねず先生の解説をヒントにしながら
考え続けていきたいと思います。

きっと豊玉姫、弟橘媛、式子内親王、と共通した、日本女性の愛の形が込められているのでしょう。

最近、読み返した小桜姫物語の中に、
弟橘媛は

「竜宮界りゅうぐうかいを訪おとずれた時ときに、この弟橘姫様おとたちばなひめさまが玉依姫様たまよりひめさまの末裔みすえ――御分霊ごぶんれいを受うけた御方おかたであると伺うかがいました」

とありましたので、御分霊という考え方は、謎を解決するような気がします。

そんな女神様の「愛の在り方」を、末裔の御分霊である私たちが思い出すということは、日本だけでなく世界をも救う、キーワードなのだと思います。

junn

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小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
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出身:静岡県浜松市
住所:千葉県野田市
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「明治150年真の日本の姿」、「日本と台湾の絆」、「奇跡の将軍樋口季一郎」、「南京事件は4度あった」、などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。
日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
《著書》
『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』
『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦
『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』
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