ところがその体育館は、すでに長いこと使用されていませんでした。
巨大な施設ですが、山中にあり、立地が良くないことに加え、市には、他にもっと利便性のよい体育館施設があるのです。
つまり、市民も利用しない施設であったわけです。
もちろん、宿泊だけの利用の見込みはないこともありません。
なにせ山の中ですから、自然派志向のお客様がとれないことはない。
ところが、2011年3月に、東日本大震災が一帯を襲いました。
こうなると、もはやまったく再起の見込みはありません。
そこで同年5月には、早々に、その宿は体育館施設とともに売りに出されたわけです。
このような次第ですから、その宿にも体育館にも、再建の目処はまったくありません。
いくら「寄贈」とはいっても、稼働の目処が立たない体育館を、市が受け取るわけにもいきません。
なくても、市民生活に何の不都合もない体育館なのです。
「寄贈」といえば聞こえは良いのですが、「寄贈」されても内装工事をしないと使用できないし、その内装工事には2千万円もの経費がかかるし、インフラや再稼働後の人件費支出など考えると、市にとっても市民にとっても、何のメリットもないのです。
メリットがあるのは、隣接している、M社が買い取ったホテルだけです。
市が体育館を保有し、様々なイベントがこの体育館で行われるようになれば、場所が場所だけに、旅館の稼働が見込めるからです。
つまり、市への「寄贈」といいながら、その実態は、特定企業への便宜の供与でしかないのです。
ですから当然、市のなかには多数の反対意見がありました。
そもそも仮に寄贈を受けるにしても、M社の都合に市が合わせる必要性自体、まったくない話です。
ところが「なぜか」、担当部長(現・副市長)が急いで寄贈を受けようと進めていました。
そして市長と、その担当部長とで、なぜかこれを承認してしまったのです。
体育館には、税金で内装工事が施され、人員も配置されました。
そして市の教育委員会が管理することになったのですが、いまもほとんど稼働実績はありません。
このためか、こんどはM社が買収したホテルそのものについて、上下水道の料金を減免してほしいと言い始めました。
しかし、
1 一企業だけに減免を行うことは市行政の公平性と公明性に問題がある。
2 減免申請に、減免のための理由が示されていない。
3 減免の割合、減免期間についての根拠を示すことができない。
のです。
これでは議会の承認を得ることなどできません。
実際に減免を行うとなると、その根拠としての「条例」が必要です。
そしてこれまでにないことを始めるならば、新たに市の「条例」を作らなければなりません。
そしてその新たな「条例」は、当然、市議会の承認を得なければならないことだからです。
ところがなぜか、担当部長(現・副市長)と市長は、
(1) 東日本大震災による影響で集客が難しくなった。
(2) 実際の減免対象はM社のホテルだけだけれど、名目上は「過疎地域活性化のため」ということにすればよい、
ということで、「条例」に代わる「要綱」をつくり、この要綱に基づいて、この上下水道料金の50%減免を、実施してしまうのです。
「要綱」の名前は、
「過疎地域活性化のための水道料軽減及び下水道使用料の減免に関する要綱」
といいます。
どうして担当部長(現・副市長)と市長は、このような不可解な案件をゴリ押しして通してしまったのでしょうか。
不信に思ったある人が、調査をしたのだそうです。
するとなんと、この担当部長の息子さんが、M社の社員であったというわけです。
また、どうして担当部長のこのような横暴を市長が反対もせずに同調しているのかというと、市長の家はもともとある製造会社を行っていたのですが、この会社の経営が行き詰ったときに、担当部長の叔父の暴力団が、その不渡りを買い取って支援したという経緯があるのだそうです。
そして、こうした背景によって、M社はこの3年間で、はっきりわかっているだけで、3000万円の便宜を受けているのだそうです。
*
私たち日本人は、なんだかんだと文句を言いながららも、どこかで、「お上は、民のことを大切に思ってくださっている、行政は責任をもってしっかりと仕事をしてくれている」と信じて行動しています。
また多くの行政のお役人も、どこまでも市民のために、責任をもって奉仕することが公務員としての自分の努めであると信じているし、そのように思って行動しています。
日本は天皇のシラス国であり、天皇はすべての領土領民を「おほみたから」としてくださっていて、その天皇によって親任された行政の長、そしてその行政で働く人たちは、どこまでも国土と民のために真摯に真面目に働いてくださるものであると、これは日本では神話の昔からそのように考えられてきたし、実際にそのことは、天智天皇、天武天皇の時代に、完全に日本の国家の形として定着が図られたし、それはつい最近まで、日本人にとっては常識であり、あたりまえのことでもあったわけです。
江戸の昔なら、不祥事を起こした役人は、即、切腹だったのです。
近年の学校では、共産主義教育の賜物(?)で、江戸時代の百姓一揆は、差別され、虐げられた農民が一揆や打ち壊しを行った階級闘争であったと教わりますが、階級闘争などというものは、大正時代以降くらいから日本に入ってきた言葉であって、そもそも江戸の昔に階級闘争などという概念はありません。
「百姓」というのは、「百」は文武百官の「百」で、「様々な」という意味です。
「姓」というのは、もともとはひとつの血族集団を示す用語で、その血族集団毎に、7世紀の大化の改新で、全国の戸籍が整えられた際に、名字を漢字二文字で書き表すようにと定められたことが原因です。
だから日本人は二文字漢字の名字を持っているのです。
つまり、姓というのは、様々な血族集団に、天子様(天皇)に認められ、天子様から与えられた誇りある名字なのだという理解が、先にあります。
また「一揆」の「揆」という字は、手でコンパスを回して円を描く会意文字で、同族を意味します。
つまり「百姓一揆」というのは、天子様からいただいた様々な名字を持つ一族が、みんなで一致団結するという意味の言葉です。
どの家にも、先祖伝来の誇りがあります。ですから、
「オラッチは、◯◯天皇の御代から続く誇り高い家系だ。
木っ端役人、何するものぞ!」
という誇りをもって、正しいことを役人に意見するためにデモをした、それが百姓一揆です。
いまでいうなら、
「俺達は誇りある日本人なのだ。
左翼政権なにするものぞ!」
という保守系の人たちのデモのようなものです。
一方、そのお役人の方は、派遣されてその辺り一帯の代官を勤めていました。
そして任地でこのようなデモが多発すると、それはお上の耳に入ります。
すると、「任務不行き届き」とされて、更迭の対象になります。
場合によっては、切腹、お家断絶となります。
お代官もたいへんだったのです。
なぜたいへんかといえば、責任を負わなければならなかったからです。
戦後、「警察官は敵だ!行政は敵だ!」などといって、左翼主義者や在日外国人が大騒ぎしました。
とにかく我が国の国体をひっくりかえしたい左翼主義者や在日外国人にとって、日本国内における最大の障害は警察であったわけです。
多くの日本人が、何も知らずにこうした工作に踊らされました。
いまの日本では、その警察が、彼らのデモを守っているのですから、世の中は不思議なものです。
こうした工作活動があってもなお、多くの日本人は警察も政府も行政も、ちゃんと仕事をしてくれる、民衆を責任を持って守ってくれる存在であると信じています。
メディアを通じて垂れ流される「そうではない」という激流のような、戦後71年もかけた工作があってもなお、日本の庶民は困ったことがあれば、110番しますし、警察や行政に相談にいきます。
なぜなら信頼の歴史が古くて深いのです。
ところが昨今、左翼主義者や在日外国人が、その官庁に日本人のような顔をして潜り込むようになりました。
彼らは、日本人と違い、役所の仕事を真面目にこなすことに、そもそも重きを置いていません。
役所の中で仕事をすることよりも、いかにして人の上に立ち、権力を握るかだけを、目的とします。
役所の日常において、常に役所内の上下関係と出世だけにしか関心がない人と、与えられた仕事をきちんとこなすことを仕事の第一と考える人では、おのずと差が出ます。
なんでもそうですが、仕事というのは、やればやるほど、問題が発生するし、失敗も生まれるものです。
何もしなければ、問題を起こすことはないし、失敗することもありません。
つまり、本当は、問題が出る、失敗があるということは、物事が動いている、仕事が行われているということなのです。
もちろん、失敗はないに越したことはないし、問題は出ないに越したことはないのですが、逆に問題が出ない、失敗がない、という状況は、実は決して歓迎できる状況ではありません。
なぜなら、それは、「物事が動いていない、何もしていない」ということだからです。
多くの会社や、とりわけお役所というところは、単純減点方式という愚を犯しています。
失敗をする、すると減点される、という方式です。
ところが、仕事を真面目に一生懸命する人は、同時に必ず問題を起こすし、失敗をすることがあります。
仕事をサボって、真面目に仕事をしない人、たとえば組合活動ばかりしていて、会社の仕事そのものはまったくしない人というのは、仕事をしていませんから、仕事上の失敗も、問題を起こすこともありません。
こうなると仕事を第一とする生粋の日本人と、仕事をしないで上下関係つくりばかりしている人では、当然のように評論に差がつきます。
仕事を真面目にする生粋の日本人社員(職員)は減点され、出世競争から脱落し、
仕事をまるでしない者は、減点されないから、出世競争で上位に立つことができます。
そもそも減点方式という評価基準がよろしくないのです。
なぜならそれは、すでに起きた事件や事故を評価するものだからです。
仕事をしない者や、重大問題を引き起こした者は、処分してあたりまえです。
それは処罰の問題だからです。
勤務評定は、処罰ではありません。
あくまでも評価です。
そうであれば、評価基準は減点方式ではなく、仕事の質と量に関する加点方式にすべきものなのです。
さて、上に述べた青裳里県戸輪打市という都市の物語は、このような事情のもとに生まれています。
仕事をしないで、もっぱら権力闘争だけをしてきた日本人の顔と名前を持った人非人が、副市長という実質的な最高権力の地位に就き、人の良さそうな顔をした市長を担いで傀儡にして、個人の利得を図る。
まさに行政の闇が、そこに生まれています。
ちなみに、上の問題に関する「起案書」や、これに基づいて出された「要綱」などの写しは、いま私の手元にあります。
またトップの写真は、どことは言いませんが、この件の体育館です。
日本に住んで、日本国籍があり、日本語を話し、日本国政府に税金を治めていたら日本人なのではありません。
日本人としてのアイデンティティを持ち、仕事を通じ、あるいは生活を通じて自分の出世よりもより多くの民衆のために役立つ人生を歩もうとする者が日本人です。
そしてそれを守るのも日本人です。
日本人を憎み、日本人を嫌い、日本人を蔑み、仕事よりも、自分の懐を肥やすことにしか興味がない者は、日本人ではありません。
私たちは、そこをしっかりと見極めていかないと、大切な、もとからある素晴らしい日本を失うことになります。
*
そうそう。
そういえば、こんなニュースもありました。
ご参考に。

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コメント
猫めでる婆
多分四十年以上前、母は十和田湖を訪れたようです。
母は旅先で知った事柄を子供に楽し気に伝え、私たちも心待ちにしていました。
お母ちゃんが、楽しい話をしてくれると心待ちにしていました。
母が静岡を訪れたときには、「あの清水の次郎長が、英語学校をやってたんだってさ」とか、「あの当時はヤクザが国のために働いてたんだってさ」とか。
十和田湖を訪れた母は、高村光太郎夫妻の悲劇的な結婚生活も知ったうえで、子供に余計な刺激を与えないよう配慮しながら話してくれたのでしょう。
狂人の妻とその彫刻家の夫とかは、子供には話せない内容でしょうし。
かつての母の旅をトレースする気はないのですが、私はいつか十和田湖畔に立つ乙女像を見たいと長年思い続けました。
でも、もう嫌気がさしました。
訪れたくないのです。
私は年金をちょっとづつ貯めながら北海道のお友達に会いに行きたいと計画している乗り鉄見習いですが、悪いけれど十和田市には立ち寄る気持ちが萎えました。
余談ですが、ささやかすぎる年金の一部は地域猫さんたちの不妊手術代となりました、わははっw
2017/03/24 URL 編集
ねずさんのひとりごとを読んだ戸輪打市民(元官吏)
そのトップ
死弔は汚邪魔惰 庇
蝮死弔は荷死霧裸 魔詐卑賂
たった二人の不正なヤカラのため全国からさげすまされるマチになり、せっかくほこれる開拓の歴史もこの二人に消されかけている。こんなことが許されるのか‼︎
今こそ立ちあがろう‼︎
これだけの背任行為が許されるわけはない‼︎
2017/03/24 URL 編集
十和田をきれいにしたい住民
2017/02/26 URL 編集
くるみ
地元紙は無理でしょうね。これこそ書くべきだと思うのですが。
2017/02/24 URL 編集
十和田市より
2017/02/24 URL 編集
くすのきのこ
愛の反対は無関心。マザーテレサの悲痛な言葉です。郷土愛が薄れ無関心へ?
あるいは無気力なのかな?この人口規模の自治体が狙われやすいという事ですか?・・・なによりも核となる人々が現れなければ対処は難しい。
六ケ所村の核廃棄物再処理工場の問題もつきつめれば同根では?地方の行政
をないがしろにし、都市集中、一極集中型で日本の経済を引き上げ・・戦後
の復興まではそれでよかったかもしれないが・・ドルショックもオイルショッ
クも切り抜け・・ますますの拝金主義でカネが飛び回ったバブル・・良し悪
しだった?好事魔多し・・ガイジンも日本庶民より太った模様。
都市と地方の格差が広がり、地方の過疎を引き起こし、郷土愛による伝統行
事は観光資源?・・原発も核や工場廃棄物も田舎に押しやり、代わりにカネ
を。経済のみに集中した結果が地方空洞化?・・やりすぎましたね。太った
ガイジンに狙われたりもする。地方の行政で頑張る人材がガイジン絡みでは
ど~にも・・。やはり必要なのは、人材と民間防衛意識では?スイス政府編
民間防衛という本は面白いようですよ・・ターゲットが無抵抗で腑抜けになっ
た時に大量移民という策もあるそうです。
・・なによりも、先祖や子孫の恥にならないように動くという意識が希薄に
なった事が問題なのかもしれません。人生は理不尽の断続だったりしますが、
そんな中に意味を見出すべく産み出されたのが人類・・1世代では解決でき
ない問題を数世代で解決するために、先祖や子孫を考えて行動するのが人類
の智慧ではないのかな?そして我々は個々人で生きていながらも、実は社会
の一部としても生きており、その社会が壊されると生存は難しい。その日本
の社会が連綿と続いてきたという拠り所が皇室の存在です。
2017/02/24 URL 編集
ポッポ
十和田市は新渡戸稲造氏の功績を展示する「十和田市立新渡戸記念館」がある素晴らしい都市だと思っていたのですが、こんな不思議なことを行うとは、信じられない話です。
もっとも、2014年末に新渡戸記念館の耐震調査を行ったところ、コンクリート強度が低く補修不可能で倒壊の恐れがあるとして、市は2015年3月末に休館とし、さらに市議会で同館の廃止条例案を提出しましたが、これには館長の新渡戸氏が反対して記念館の存続を訴えました。
こんなことを市役所が考えるのでは、市民の皆さんも大変だと思います。
リコールをするか、市長選挙の際には落選していただきたいと思います。
2017/02/23 URL 編集
海坊主
2017/02/23 URL 編集
都民
今は小池都知事になり、悪徳利権、悪徳議員が暴かれて晴れ晴れした気持ちです。
十和田市民の方々も、ぜひ名誉挽回なさってくださいね。
正義感のある議員さんは、有権者と共に頑張ってください!!
2017/02/23 URL 編集
市職員
2017/02/23 URL 編集
雪ん子
2017/02/23 URL 編集
埼玉より
是非拝見したいです。
2017/02/23 URL 編集
匿名でお願いします
怖くてこんなホテルや薬局、レストランやデパートには行けませんね。
2017/02/23 URL 編集
十和田市民
2017/02/23 URL 編集
十和田湖町の市民
2017/02/23 URL 編集