天野康景と現代政治

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江戸時代、額面通りに処罰をするだけなら代官はいらないと考えられてきました。
なぜならそれは、「どんなに法を破っても捕まりさえしなければ構わない」という世相を生むからです。


20171030 竹林
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天野康景は、幼少期から徳川家康に仕え、家康が人質になった際も行動を共にし、本多重次、高力清長とともに三河三奉行と称された人です。
家康が関東に移ったときには、江戸町奉行の職にあり、さらに慶長6年(1601年)に駿河の興国寺(現在の静岡県沼津市根古屋)で1万石の所領を与えられて大名となっていた人物です。

ある日のこと、天野康景の知行地でちょっとした事件が起きました。
城普請に使うために保存しておいた竹を、大勢の農民たちが奪いに来たのです。
竹の番をしていた足軽は、農民たちを下がらせようとしたのですが、多勢に無勢です。
こちら側を守れば反対側から持って行かれる。
反対側を守ればこちら側を持って行かれるといった具合で、ラチがあきません。
やむなくその足軽は、農民のひとりを斬りました。
びっくりした農民たちは慌てて逃げて行きました。

翌日、農民たちの一部が、代官所に仲間が殺されたと訴え出ました。
代官は驚いて、天野康景に取調べのため犯人を引き渡すようにと使いを出しました。

すると天野康景は、
「城の用材を守ろうとした者に罪はない。
 もし罪があるとしたら、
 その罪は命じた私にあって、
 足軽に罪はない」
と断固として足軽の引き渡しを拒んだのです。

報告を受けた代官は、家康に上奏しました。
判断を仰ぐためです。
家康は「罪は足軽にある」と言いました。
トップである家康の判断を得た代官は、天野康景に、
「君命である」
と、あらためて足軽引き渡しを求めました。





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古事記3の一部



すると天野康景は、
「どのように言われても足軽に罪はない。
 家臣だから君命に従えというのなら、
 私が家臣でなくなれば良いのであろう。
 1万石はご返上申し上げる」
そう言って高国寺を去って浪人になってしまいました。

家康は報告を聞くと、上奏した代官を更迭処分にしました。

さて、この話には、いくつかのポイントがあります。
まず、農民たちがなぜこのとき竹を集団で奪いにきたのかです。
具体的事情は伝わっていません。
ただ、そこまでの行動に農民たちを踏み切らせたのには、それなりの事情があったであろうことは、容易に察することができます。
なぜなら「急に一定量の竹がなければ困った」からこそ、農民たちは城にやってきたといえるからです。
金目のものを盗むとか、米を持っていくとかではありません。
目当ての品は竹なのです。

ということは、おそらく農民たちが冷静に「竹を少し分けてもらえないか」と城に申し出、彼らの事情が明らかになれば、殿様である天野康景はよろこんで竹を分けたであろうと思われます。
ところが、そこが門番の哀しさです。

警固をしていた足軽に与えられていた任務は、あくまでも保存していた竹の警備であって、竹を分け与える権限は与えられていません。
話を上につなげば、という見方もあろうかと思いますが、それは警備の足軽にすることではなくて、別の窓口に申請すべきことです。

ところが集団でやってきた農民たちは、目の前に積み上げられた竹、そして頑として竹の引き渡しに応じない足軽を前に、おもわず勢を頼みに、ついつい手を出してしまったわけです。
それでもみ合いになって、足軽はついにひとりの農民を斬ってしまうという不幸な事態を招いています。

するとそこで、
事情の如何を問わず、
斬ったという結果だけで
人殺しだと
代官所に訴える者が出てくるわけです。

もともとの原因をたどれば、ちゃんとした窓口に事情を話して、普通に竹を分けてもらおうとしないで、いきなり目の前の竹を奪おうとした一部の農民たちの行動に問題があります。
ところが、そういう経緯を一切無視して、ただ「殺されました」と被害者を装う。

このようなことを讒言(ざんげん)といいます。
そういう卑劣な者というのは、いつの時代もいるし、最近ではそれが得意な集団が、どこの誰とは言いませんが国内にあったりします。

たとえば関東大震災において自分たちが火付けを行って14万もの人を殺害しておきながら、根拠もなく「6千人が殺された」と騒ぐ人たちや、自分たちから暴力的な悪さを仕掛けておいて、それを糾弾する者たちに「ヘイトスピーチ」なるカタカナ新語を造語して、逆に自分たちを被害者にみせかけたりするような人たちです。
こうした卑劣漢は、いつの時代にもあるわけです。

そこでお代官です。
このとき代官は、目の前にある「人殺しがあった」という事実だけをみて、その者の処罰をしようとしました。
事情を無視して結果だけで判断しようとするのは、これまた昨今の日本の施政に共通する事柄です。
法に「人を殺すべからず」とあれば、その語句だけを頼りに処罰をしようとする。
法律家に多いのですが、それでは世の中は良くなりません。

どういうことか、火事にたとえてみます。
火災が起きれば、近隣にまで被害が及びます。
昔は全部が木造住宅ですから、風によっては大火となり、町中全部を燃やしてしまうという大災害をもたらすこともありました。
そういう事態が起きてから、
「犯人は誰だ、処罰しろ」
と騒ぐのは、実は、施政者としては
「責任逃れでしかない」
と考えたのが、昔の日本社会だったのです。

どういうことかというと、火災にしても事件、事故にしても、起きてからでは遅いのです。
ですから日頃から起きないように予防するのが、施政者の役割です。
そのために教育があるのだし、日頃からの訓練や備えや予防措置があります。

そして実はここが重要なポイントになるのですが、
教育や予防だけではダメなのです。
防ぐためには、起こりそうな事態の徴候を察して、その徴候に対してあらかじめ手を打つという能力と行動が求められるのです。
それが治世というものであり、経世済民であり、政治であり、行政の肝(きも)です。

つまり、施政者には、ごくわずかな徴候で、その後に何が起こるのかを「察する」能力が求められるのです。
事件が起こるということは、その「察する」能力が施政者に欠如しているということです。
ということは、事件が起きたとき、その責任は事件を起こした犯人にあるのではなく、事件を招いてしまった施政者にその責任がある。
そのように考え行動したのが、昔の日本の統治だったのです。
だからこそ日本においては、古来、人の上に立つ施政者が、民から絶大な信頼を得てきたのです。

逆に施政者が、あらかじめの備えや、徴候を察するということをしないで、起きた事件にだけ対処し、事件を起こした者を処罰するだけの存在になってしまったらどうでしょう。
それは実は結果として、
「捕まらなければ何をやってもよい」
という社会を築くことになります。

なぜなら見つからなければ、処罰されることはないのです。
だったらバレないようにしさえすれば、どんな悪逆非道も思いのままです。
そして世の中には、いつの時代にも、そのような考え方をする不埒不逞なヤカラというのが、必ずいるものです。
逆にいえば、そうした不埒不逞なヤカラが、不埒不逞な行為に走れないようにするのが、人の上に立つ者の要諦といえます。

その察するということが、不十分であったがゆえに、竹を刈りすぎて農民たちが困ってしまったのです。
それで「すこし分けてもらえないか」と、彼らは交渉にやってきたのです。
おそらく困ったのは、ひとりふたりのことではありません。
村人たちみんなが困る事態になったから、彼らは集団でやってきたのです。

けれどもその交渉の窓口は、竹の警固をしている足軽ではありません。
別にちゃんと、相談窓口があったはずです。
そして、そういうときのための窓口を、ちゃんと農民たちにあらかじめ知らせておくのが、知行をしている天野康景の役割であり責任です。
ところがこれが十分ではなかった。
そのために、人がひとり死んでいるわけです。

だから天野康景は、
「責任は斬った足軽にはない。
 私にあるのだ」
と述べています。

ところが代官は、単にこれを「足軽による農民殺傷事件」として、天野康景に足軽を引き渡すように命じました。
天野康景はこれを拒否しました。
なぜなら天野康景は、この事件を「施政の責任」とわきまえているからです。

代官は家康に「どのようにいたしましょうか」と判断を仰いでいます。
ここは良い点です。
ちゃんと報告をし、上長の判断をあおぐ。これは大切なことです。
そしてこれは家康の偉いところでもあります。
つまり家康は、
「みずからに不都合なことであっても、
 包み隠さずちゃんと報告できる」
という家風を、日頃から築いていたことを意味するからです。
だからこそ家康は、誰もが納得する天下取りになれたのです。

ところが、代官の報告は、結果として讒言(ざんげん)になってしまいました。
なぜなら代官は、事の経緯を明確につかまず、ただ「足軽が人を斬ったという訴えがあった」という認識しかしていないのです。
そのように報告されれば、家康も、
「罪は足軽にある」とミス・ジャッジをしてしまいます。

そしてそのミス・ジャッジを意図して引き出した代官は、天野康景に対して高圧的に足軽の引き渡しを命じています。
その結果、天野康景は、一万石を返上して浪人になりました。

一万石の大名が、碌(ろく)を返上したとなれば、これはお家の一大事です。
当然、何があったのか、先ほどの代官とは別なルートから、家康に報告があがります。
その結果、家康は、自分が代官の片務的な報告によってミス・ジャッジをしたことに気付くわけです。

そこで、みなさまに質問です。
「気付いた時点で、どうして家康は天野康景を呼び戻そうとしなかったのでしょうか」

実はこれはできないことです。
足軽が刃傷沙汰を起こしてしまう原因を作ったのは、まさに天野康景の責任です。
理由は上に述べた通りです。
そしてみずから責任をとって一万石を返上し、退職した者を慰留したら、家康は治世にあたって、施政者の甘えを許したことになってしまいます。

ですから、戦乱の世を終わらせ、これから新しく安定した治世を築こうとする家康にとって、天野康景のような有能な人材は不可欠でありながら、同時に彼を許すことはできない。
薄情なようですが、治世というのはそういうものです。

天野康景は浪人し、その年のうちに神奈川県足柄の西念寺にはいって出家し、6年後に死去しました。77歳でした。
しかし息子の康宗は、あらためて千石取の旗本として家康によって起用されました。
そして徳川260年を実直に仕え、家はいまも存続しているのだそうです。

一方、ちゃんとした調べもせずに、ただ額面通りにしか法の解釈ができなかった代官はというと、家康に目通りが許される直参旗本から、非直参の旗本へと降格されました。
彼は、御定法を守ったし、家康への報告もきちんとしたのです。
けれど、
「額面通りに処罰をするだけなら代官はいらない」
のです。

現代社会においても同じことがいえます。
犯罪を犯した者を逮捕し、法で定めた通りに処罰するだけなら、極端な話、警察も裁判所もいらない。
民間の警備会社に委託でも構わない。
なぜならそれだけなら、「どんなに法を破っても捕まりさえしなければ構わない」という世相を生むからです。

そうならないために犯罪を未然に予防し、民の情況を察して事前に手を打って問題そのものが起こらないようにするためにこそ、警察も裁判所もあります。
ただ、法の表面だけを守っていれば良いというものではないのです。

戦後教育の中においては、そうした察するという日本古来の文化の深さが忘れられ、単に欧米の法制度の猿真似が正しいとされてきた風潮があります。
上にある足軽のような、下級役人なら、それでも良いかもしれない。

政治は、目先の利権調整や、選挙区民への利益誘導が本来の仕事ではなく、国の根幹を真っ直ぐにすることで、民が豊かに安心して安全に暮らせるようにしていくことが、本来の仕事です。

そういうことがしっかりできるようにと、あらゆる権力より、もっというなら法よりも上位に、国家最高権威をいただくという国作りをしてきたのが我が国の過去のご先祖たちです。
そのことを、私たちはあらためて、認識し直していかなければならないのではないかと思います。

※この記事は2014年10月の記事のリニューアルです。

お読みいただき、ありがとうございました。

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コメント

takechiyo1949

こ商いの劣化
不良品を販売してしまうと、物凄いモンスターが現れます。
販売者は平身低頭…何時間も謝り続け、代金を返したり、大変な対応に追われます。
そんなクレーム処理ばかり担当していると、男でも女でも妙なテクニックが身に付きます。

ある日、出入り業者が納品でチョンボしました。
すると、彼等はここぞとばかりにクレーマーに変身し、自分が聞き続けてきたモンスターテクニックを連発します。
まるで893の恐喝です。

「不良品を仕入れ、検査もせずに売るのは良く無い。安かろう悪かろうは、日本では通用しません。生産国のためにも、現地で指摘指導するべきでは」
何を進言しても聞く耳など全く持たない。
見つからない不正は不正では無いと思ってる。
そんな者共が増えてる気がしてなりません。

明察功過に関連して、他の「ねずブロ」でコメントしました。
『為政者は勿論ですが、大多数の民衆こそ身に付けなければならない生き方だと思います』
今もそれは変わりません。
性善説?現実は実に程遠い。

ポッポ

No title
>戦後教育の中においては、そうした察するという日本古来の文化の深さが忘れられ、単に欧米の法制度の猿真似が正しいとされてきた風潮があります。

日本の法律は、性善説に基づいて作られています。
ところが、終戦後はGHQがWGIPにより、善悪すらも都合で隠しました。
また、敗戦利得者が事実すら報道しない自由を行使して、ねじ曲げた報道をします。
そして、法律の穴を見つけ、違法でないからやっても良いと、悪事を働く者が戦後は増えました。

日本人のベースにある民族性でなら、察することで行動し、違法を作らないように出来るのかも知れませんが、法律の穴を見つけて違法でないなら、やっても良いとの思考が蔓延するならば、違法を行ったものが十分に罰せられるとの、脅しで罪を起こしたものに後悔させる制度に切り替える方が良いと思います。
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小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
連絡先: nezu3344@gmail.com
電話:080-4358-3739
出身:静岡県浜松市
住所:千葉県野田市
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「明治150年真の日本の姿」、「日本と台湾の絆」、「奇跡の将軍樋口季一郎」、「南京事件は4度あった」、などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。
日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
《著書》
『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』
『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦
『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』
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