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最新の量子物理学は、量子の世界を解き明かすことによって、古くからの日本の教育や日本人の生きる姿勢の素晴らしさを、いま、まさに証明しつつあるように思います。
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第52回 倭塾 公開講座物理のご専門の方には、あまりにも常識なのでしょうが、「次元(じげん)」というのは、私たち素人にはなかなかわかりにくいものです。
簡単にまとめると、
0次元=点「・」、0
1次元=線「ー」、x軸
2次元=面「□」、x軸✕y軸
3次元=立体 x軸✕y軸✕z軸
では、4次元とは何かと言うと、縦横高さに、さらにもう一本の軸が加わった世界ということになります。
3次元の世界では、袋の中に何が入っているのかは、袋を空けてみなければわかりませんが、4次元ですと袋の内側からの風景も同時に広がるので、袋の中身は、取り出さなくてもわかるようになるのだそうです。
ドラえもんの「どこでもドア」は、離れている別な場所に瞬時に移動できますが、それは4次元空間を使えば、簡単にできることになります。
4次元を語るときに、よく言われるのが、
縦✕横✕高さ✕時間
ですが、時間の経過に点が動くことは、1次元の線でも、2次元の面でも起こりますので、時間を加えるときは、次元とは別に「時空間」という言葉を用いて区別します。
さて、戦地でお亡くなりになった息子さんが、そのお亡くなりになった同時刻にお母さんのもとにあらわれたという話は、よく聞く話です。
我々の肉体は、三次元空間の中で生活していますが、実際には目に見えない4次元以上の高次元空間に魂が存在しているとよく言われます。
次元の概念が、ただの概念ではなく、実在するものであるというのなら、それは十分にありうることということになります。
つまり、我々が目に見えているものだけがすべてではない、ということです。
現代の最先端の量子学では、11次元+1次元までが理論的に解析されているのだそうです。
その理論からすると、人間の脳の中には、11次元の空間まで折り畳まれて入っているのだそうです。
つまり昔の人は、その高次元の存在のことを「魂」とか「霊」と呼んでいたのです。
その高次元空間の中では、時間をも超越してしまうのだそうで、現代や未来が過去に影響を与えるということもあるのだそうですから、なんとも不思議な事です。
デカルトは、有名な「我思うゆえに我あり」という言葉を残しましたが、量子論的には、実在していると私達が認識している世界は、私達自身が「こういうものだ」と認識しているだけのものであると規定されます。
自分が認識しているから自分があり、周囲の環境もあるのです。
その後スピノザは「我の完全な認識は不可能だから、我もなければ思うもない」としてデカルトを批判しましたが、量子論的には、それもまた真実で、最新の量子物理学では、
「認識によって世界は形を変える」という解答を導いています。
ですから「世界は暗い陰謀の渦中にある」と認識する人にとっては、世界はまさにそのような世界です。
自分自身も、周囲の人達も、誰もがそのような人達で構成されるようになり、その人にとっての世界は、まさに暗い陰謀の世界になっていきます。
一方、この世界を「愛と喜びと幸せと美しさ」と認識する人にとっては、自分も周囲も同じように愛と喜びと幸せと美しさを感じることのできる環境になっていきますから、まさにこの世は暖かで愛情あふれる世界になっていくことになります。
私たち日本人は、かつては、日本書紀があたりまえの常識でした。
なぜなら子供達が学ぶ国史の教科書は、1300年前からずっと日本書紀だったからです。
そして日本書紀の記述は、なによりもまず、この世は「豈国(あにくに)」、つまり「よろこびあふれる楽しい国にするためにという明確な意思をもって、神々が築かれた」ということを、いの一番に学びました。
そして、愛も喜びも幸せも美しさも、ただ毎日がそうあるわけではなくて、人にも社会にも、神々にさえすらも、次々にさまざまな試練が襲う。
その試練を乗り越え、乗り越え、また乗り越えることで、神も人も、愛と喜びと幸せと美しさを確実なものにしていったのだというのが、日本書紀を通底する立場です。
江戸時代中期、将軍吉宗の時代は江戸の享保年間ですが、その20年の間に、江戸の小伝馬町の牢屋に収監された囚人の数はゼロです。
それはお役人たちがさぼっていたからではなくて、お役人も、江戸の人々も、誰もがみんなで、犯罪のないよろこびあふれる楽しい国、愛と喜びと幸せと美しさを、自分たちの努力で現実のものにしようとした結果に他なりません。
国会では相変わらず、もりかけと文書偽造のことばかりやっていますが、すべての人がきれいなわけではないし、すべてのひとが悪ということもありません。
誰もがほんのすこしの良いところと、ほんのすこしの悪いところを持っているのが現実です。
その現実の中で、すこしでも愛と喜びと幸せと美しさという理想に近付こうと努力してきたのが日本人です。
それを、対立と闘争、疑惑と批判、否定と嫉妬ばかりにしてしまうことが、果たして国の、あるいは日本人のあるべき姿といえるのでしょうか。
よろこびあふれる楽しい国「豈国(あにくに)」。
最新の量子物理学は、量子の世界を解き明かすことによって、古くからの日本の教育や日本人の生きる姿勢の素晴らしさを、いま、まさに証明しつつあるように思います。
そしてそれは、私たち日本人が、決して忘れてはいけないものであると思います。
お読みいただき、ありがとうございました。

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コメント
くすのきのこ
が、弥生期の人達は渡来系・縄文系などいろいろと入り乱れている。
・・これは骨考古学者の片山一道氏の研究結果です。ちくま新書で
”骨が語る 日本人の歴史”という御本があります。またYouTubeにて
高校講座 骨が語る日本人の歴史(1と2がある)でご本人のお話が
聴けます。ただしあくまで出土した骨標本の研究結果です。骨標本が
半世紀過ぎても残っているなんてのは通常あまりないのだそうです。
貝塚に染み込んだ貝の成分がそうさせたのだとw
また現代人の遺伝子研究の結果であるネアンデルタール人とかデルソ
ワ人の遺伝子のカケラが、現代人の中で活動している話は範囲外のよ
うですね。日本という国名にした天武天皇以前の日本列島を縄文列島
と呼称されていますが・・日本という呼び方の方が縄文という呼称よ
りも千年以上古いというのもあまり意識にないようで・・研究者とい
う立ち位置の為でしょうねw
2018/03/31 URL 編集