国民的常識をどこに置くかで、世の中は180度変わります。
一見小さなことに見えることが、実は世の中を変える大きなことになるのです。
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倭塾・関西 第五回 (IK歴史勉強会 稲作の歴史と古墳のお話)子育てと家庭は、とても大切な関係にあることは、みなさま十二分にご理解のことと思います。
ところが、この「とても大切な家庭」を根本で否定した育児書が、世界中で最早まったく相手にされなくなっているのに、なぜか日本ではいまだに、後生大事に「権威ある育児書」として流通しているのが「スポック博士の育児書」です。
終戦の翌年の昭和21年に、米GHQによってもたらされたものです。
この育児書は、日本の乳幼児の子育てに、たいへん大きな影響を与えました。
どのような内容かというと、次のような内容が書かれています。
◆泣き癖をつけないように泣いても子を抱いてはいけない。
◆頭の形を良くするために、ベビーベットには、うつむけに寝かせなければならない。
◆母乳よりも消毒液に浸した哺乳瓶を使った方が良い。
◆離乳食は雑菌のない缶詰を食べさせる、
etc...
この育児書が招いた結果は、ご存知のとおりです。
子供にアトピーやぜんそくが蔓延し、集中力がない、親子の縁が薄い、軽度の人格障害など、様々な現代病が生まれました。
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一方、国家レベルでは非承認ながら、赤ちゃんがお腹の中にいるうちから、母親が中心になって、お腹の子供に様々なことを話しかけたり、美しい音楽を聞かせたりする。
するとその子がとてつもなく優秀に育つという事例は、近年枚挙にいとまがないものとなっています。
また、母や兄や姉の背中におぶわれて、子守唄など聞きながら育った子は、とても愛情豊かでまっすぐに生きようとする大人になるということも、近年、明らかになってきたことです。
なんのことはない。
昔からの日本人の育児が、外来の「スポック博士の育児」などより、はるかにまともなものであったということです。
同様に、幼いうちから道徳心の基礎を教えることもまた、とても重要なことであるということは、欧米ではすでにあたりまえの常識となっていることです。
米国の場合、国自体に歴史がありませんから、彼らはそれを聖書で補います。
つまり彼らの道徳心の根幹は、幼年期から接してきた聖書に基づくわけです。
歴史のある古い国では、これが神話になります。
神話が、個人の道徳心の基礎となり、その個人の集合体である国家の基礎になるのです。
神話は、磨製石器の登場、つまり新石器時代にまでさかのぼる知恵であるといわれています。
ですから西洋における神話は、エジプト文明、メソポタミア文明、あるいはその前のシュメール文明から始まるもので、およそ7千年の歴史を持つと言われています。
その磨製石器の時代は、我が国では欧米よりもさらに古くて、およそ3万年前に始まります。
つまり日本は、3万年という時の裁判を生きのびてきた世界的にみても稀有な神話を持つ国です。
その日本神話には、イザナキとイザナミという創生の神が「豈国」、すなわち「よろこびあふれる楽しいクニ」を求めて、この地上をつくり、神々を生んだと書かれています。
その神々の直系の子孫が、私たち日本人です。
そうであれば、我が国において、国民が共通すべき最大の神話は、我が国が神話に基づく「よろこびあふれる楽しいクニ」であるために存在しているのだという共通認識であるといえます。
そういうことを、しっかりと国民的常識として共有してきたのが、実は、江戸時代までの日本であり、戦前戦中までの日本です。
だから日本は強かったし、日本人は強かったのです。
逆にいえば、国民的常識をどこに置くかで、世の中は180度変わってしまうということです。
一見小さなことに見えることが、実は世の中を変える大きなことになるのです。
国政の問題とか省庁の問題とか、議会の問題、メディアの問題、憲法問題など、様々な政治課題があります。
それぞれにいろいろなご主張があって、互いに対立し、罵り合っています。
それは妥協点のない平行線であったりもします。
妥協できるはずがないのです。
なぜなら根本を持たないからです。
根本を持たないということは、同一の地点に立っていないということです。
これでは猿と人間が森の権利をめぐって言い争っているようなもので、両者はともに一歩も譲らない。
かつての時代なら、「では実力で」という展開になったのでしょうが、現代社会ではそれも許されない。
となると、猿がキーキーわめき、人間がガーガーと主張するだけで、そこに妥協点などあろうはずもないのです。
憲法論議など、その最たるものです。
どう変えるか、あるいは変えないかという議論しかありません。
それは手段・方法の議論であって、目的と目標がありません。
軍を進めるにあたって、戦車部隊をどのように配置し、砲兵をどこから撃たせ、歩兵部隊をその程度配備するか、ということが手段方法論議です。
しかし軍を動かすというなら、その戦闘の目標はどこなのか。
そもそもその戦闘は何のために行われるのかという目的。
この二つが、先に明確になっていなければなりません。
目的も目標もない戦闘など、テロにさえ及ばない。
順番が逆なのです。
先に目的を明確にする。
次に目標を示す。
そのうえで、必要な手段・方法を考え、行動に移す。
日本は、古代から豈国(よろこびあふれる楽しいクニ)を目指してきた国です。
だから日本を「よろこびあふれる楽しい国」にするという、これが目的です。
そのために「誰もが豊かで安心して安全に暮らす」ことができる国にする。
具体的には、誰もがという以上、日本人として保護する対象は誰なのか、どういう人なのかを明確にし、誰もが豊かに暮らせるよう経済の促進を計り、富の偏在をなくし、生命財産衣食住のすべてにおいて安心して安全に暮らせるように水の問題、農業の問題、土地開発の問題、森林保護の問題等々、分野ごとに様々な手段が生まれます。
要するに、根本をひとつにする。
そのために必要なことがリボルブ、つまり回転です。
これは復古とも名付けられます。
日本の、日本人の原点を明確にする。
私たちにはそれができるのです。
なぜなら私たちは世界で最も古い、しかも古くに成文化された古事記・日本書紀という原典を持つ国だからです。
「よろこびあふれる楽しい国」にするとは、日本書紀に書かれた事柄です。
なんのためにかは、古事記に書かれています。
それが「諸命以(もろもろのみこともちて)」です。
すべては神々の御心なのです。
いずれもとてもシンプルな言葉です。
しかし、その誰にでもわかるシンプルで小さな言葉こそが、国家千年どころか万年の大計を築くのです。
お読みいただき、ありがとうございました。

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コメント
えっちゃん
ブログで読んでいますが、縦書きの文章を読むとまた違った味わいです。やはり、視線の上下運動もいいのかなと???
今日の、記事の中で、笑えたのが「猿がキーキーわめき、人間がガーガーと主張するだけです」この場面が国会の様子を彷彿とさせました。
スポック博士の育児書を調べたら、最新版がアマゾンで載っていました。まだ購入する人がいるのに驚きです。
2018/05/21 URL 編集