《第9期 日本史検定講座》受講生募集中!!詳細はコチラ→http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-3868.html《大人のための修身入門》(動画) 講師:小名木善行
第一回
『修身教育とは何か?』第二回
『誠実とは何か?』第三回
『孝行とは何か?』第四回
「礼儀とは何か?」第五回
「博愛とは何か?」第六回
「公益とは何か?」 
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画像は単なるイメージで本編とは関係のないものです。)二十七番 中納言兼輔
みかの原わきて流るるいづみ川
いつ見きとてか恋しかるらむ
(みかのはらわきてなかるるいつみかは いつみきとてかこひしかるらむ)
一般的な解釈は「京都府の木津川市に湧き出て流れる泉川ではないけれど、いつか見たからだろうか。こんなにも恋しいのは」といった意味の歌だというのですが、
・歌に解釈の手がかりとなる人間関係が示されていない
・情況を説明する詞書もない
そのため、
・男女関係がない状態で詠んだ恋の歌なのか、
・かつての恋人について詠んだ歌なのか、
・単なる想像上の恋を描いた歌なのか
まったく不明であって、要するに「よくわからない歌」で、このようなよくわからない歌は、もしかすると藤原兼輔の歌ではないのではないか、などといろいろと言われている歌です。
なるほど新古今集に掲載されたこの歌の解釈というのなら、そういうレベルでの解釈もおもしろいのでしょうが、百人一首を編纂した藤原定家は、この歌の歌人の名前を個人名の藤原兼輔ではなく、役名を添えた中納言兼輔としています。
つまり藤原定家は、ただの恋の歌ということではなく、なんらかの意味で中納言という高位にふさわしい意味をこの歌から得て、百人一首に掲載しているわけです。
歌に「恋」という文字があるから、男女関係にまつわる歌だと決めつけるのは、和歌の解釈としては十分ではないと思います・・・というわけで詳しいお話は当日。
なお、百人一首塾は、年内いっぱい(つまり今回を含めてあと3回)で終了です。
来年からは、ゼミナール形式で、百人一首+アルファの塾にしていこうと思っていますので、歌の世界そのものからの学びの機会は、あとわずかです。
是非、皆様のご参加を。
お待ちしてます。
1 日 時 平成30年10月27日(土曜日)18:30~20:30
開場 18:00
開始 18:30
終了 20:30(予定)
2 場 所 タワーホール船堀 407会議室
〒134-0091 東京都江戸川区船堀4丁目1−1
都営新宿線「船堀駅」駅前
3 講 義 テーマ「中納言兼輔」
講 師 小名木善行
5 タイムスケジュール
(1) 18:30〜19:30 講義1
(2) 19:30〜19:40 休憩
(3) 19:40〜20:30 講義2
(4) 20:30〜 後片付け
6 参加費 お一人様2000円
ご夫婦でお越しの場合はお二人で2000円
未成年者無料です。
7 参加方法
会場に直接お越しください。
お飲み物などをご用意してお待ちします。
Facebookご利用の方は、下のURLから参加ボタンをクリックください。
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https://www.facebook.com/events/247223245926369/8 懇親会はありません。
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【お知らせ】◆
<東京・倭塾、百人一首塾他>会場は都営新宿線船堀駅前にある「タワーホール船堀」です。10月8日(月)13:30
第55回 倭塾 研修室 1330-16010月27日(土)18:00
第30回 百人一首塾 407会議室11月13日(火)18:00
第31回 百人一首塾 307会議室11月25日(日)18:00
第56回 倭塾 研修室12月6日(木)18:00
第32回 百人一首塾 301会議室12月24日(月)13:30
第57回 倭塾 研修室1月14日(月・祭日)13:30
第58回 倭塾1月26日(土)18:00
第33回 ねず式ゼミナール2月2日(土)13:30
第59回 倭塾2月23日(土)18:00
第34回 ねず式ゼミナール<関西・倭塾>10月19日(金)19:00
倭塾・関西 第三回 (IK歴史勉強会 大航海時代と大国主)11月9日(金)19:00 倭塾・関西 第四回 (IK歴史勉強会 唐の皇帝と日本の天皇)12月8日(土)14:00
倭塾・関西 第五回 (IK歴史勉強会 稲作の歴史と古墳のお話)<国内研修>12月16日(日)~17日(月) 一泊二日
神話を体感する会11月の倭塾関西の日程が11月11日(日)から、11月9日(金)19時に変更になっていますのでご注意ください。『ねずさんのひとりごとメールマガジン』
登録会員募集中 ¥864(税込)/月 初月無料!
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コメント
くすのきのこ
かつて聖武帝が一時遷都した恭仁京(くにのみやこ)奈良県北部・山城
国相楽郡 みかの原(三香原・瓶原)その野を分けて/分きて 湧き流れ
いづる/いづみ川(現在の木津川)
・・いつだったか見た風景だなあ なんだかなあ・・せつない 涙。。
そうですね~中納言・・お察しします・・心痛の涙ではないですか?
醍醐帝の皇太子が御二人も続いて逝去(923・925)日蝕のあった年に
(901)左遷され没した菅原道真の祟りではという噂。度重なる彗星到来、
日蝕、台風、洪水、干害、鳥海山噴火(915)紀伊の津波(922)
再び日蝕(921)清涼殿に落雷し被害者が。(930)醍醐帝は倒れ、
そして朱雀帝の御代へ・・。
まるで・・万葉集1060と3908のようですね。
三香の原 くにの都は 荒れにけり 大宮人のうつろひぬれば
(道真が左遷されて死とは・・)
たたなめて いづみの川の水脈(みお)絶えず 仕えまつらむ大宮所
(ですが皇室の血脈が続くようにお仕えいたします)
2018/10/20 URL 編集