昭子(あきこ)さん

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遠く離れた異国の地で、最後まで死力を尽くした男たちがいました。女たちがいました。
過酷な戦場の中に咲いた一輪の花のような恋もありました。
今生では子は望めないと覚悟した二人が、敵とはいえ少年の命をかばって自らの命を失いました。
こうした一つ一つが、決して忘れてはいけない私たち日本人の心であり、日本の歴史です。
この物語は、これまで何度もこのブログでご紹介してきたお話ですが、今回は私なりの所感を末尾に初めて書かせていただいています。


志村立美「初詣」
20181221 志村立美「初詣」
(画像はクリックすると、お借りした当該画像の元ページに飛ぶようにしています。
画像は単なるイメージで本編とは関係のないものです。)


拉孟(らもう)の戦いは、昭和19年6月から9月まで、ビルマと中国の国境付近で行われた壮絶な戦いです。
守備隊は最後の一兵までこの地を守り抜き、120日間という長期戦を戦い抜いて玉砕しました。
守備隊1280名のうち、300名はほとんど体の動かない傷病兵でした。
そして、そのなかに15名の女性たちもいたのです。

遅いかかった敵は5万の大軍でした。
是が非でも援蒋ルートを確保したい蒋介石が、国民党最強といわれる雲南遠征軍を拉孟に差し向けたのです。
それは米国のジョセフ・スティルウェル陸軍大将が直接訓練を施した米軍式の最新鋭装備の軍でした。

戦いの末期、守備隊に飛行機で拉孟に物資を届けた小林中尉の手記があります。
「松山陣地から兵隊が飛び出してきた。
 上半身裸体の皮膚は赤土色。
 スコールのあとで、
 泥にベタベタになって
 T型布板の設置に懸命の姿を見て、
 私は手を合わせて
 拝みたい気持ちに駆られた。

 印象に深く残ったものに、
 モンペ姿の女性が混じって
 白い布を振っている姿があった。

 慰安婦としてここに来た者であろうか。
 やりきれない哀しさが胸を塞いだ」

上空からみた拉孟を死守する我が軍の周囲が全部、敵の陣地と敵兵によって埋め尽くされていました。
小林機は低空から二個の弾薬包を投下しました。
これに応えて守備隊の兵や女性たちが手をちぎれるほど振りました。
小林中尉はこの何分か何十分後かに戦死しているかもしれない彼たち彼女たちの顔を心に刻み込もうと、飛行機から身を乗り出すようにしました。
けれど溢れる涙で眼がかすんで前が見えなくなったそうです。




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熱い思いに駆られた小林中尉は、弾薬包を投下したあと直ちに離脱すべしとの命令だったのですが、敵の弾幕をくぐって急降下してあらんかぎりの銃弾を敵陣に叩き込みました。
愛機を敵弾が貫きました。
敵弾が体をかすめました。
それでも弾倉が空になるまで撃ち続けました。
その気持、痛いほどわかる気がします。

守備隊に混じっていた女性たちは軍人ではありません。
軍とともに移動してきた慰安婦たちです。
慰安婦と言えば聞こえはいいですが、要するに売春婦です。
現代の倫理では理解しがたいことですが、売春は人類の社会史始まって以来の女性の職業でした。
東西の文学にも、パリのオルセー美術館の名作にすら、それは登場しています。

軍隊は健康な青年の集団です。
ですからどの国の軍隊にもそれは付随しました。
無いのはおそらく今の自衛隊くらいなものです。

しかし慰安婦の存在は、決して陰惨な存在ではありませんでした。
前線近い日本の兵隊が如何に彼女たちを大切にし、彼女たちも誠心それに応えたかは、歴戦の下士官であった伊藤桂一氏の著作に屡々活写されています。

彼女たちは戦いが始まるずっと前に、
「ここは戦場になる。危ないから帰れ」
と勧められていました。
けれど彼女たちは帰ろうとしませんでした。

拉孟にいたら生きて帰ることはできないかもしれない。
けれど彼女たちは兵士たちと家族のように親しくしていました。
男と女の情が通っていました。
だから彼女たちにとって、その場を離れるということは、肉体が生きていても心が死ぬことを意味したのです。
無理に帰そうとすれば女たちは薄情だと怨む。
彼女たちは自分たちも守備隊の一員と考えていたのです。
こうして20名いた女性たちのうち、半島出身の女性5名だけが先に拉孟を離れ、日本本土からやってきていた15人の慰安婦は、戦場に残ったのです。

守備隊の中に、戸山という伍長がいました。
戸山伍長は戦いが始まる前、折に触れては女たちの中の菅昭子(すが・あきこ)さんという女性に、辛く当たっていました。
昭子さんは熊本県天草から慰安婦としてやってきたとても美しい女性です。
その昭子さんに戸山伍長は、
「おまえは道具じゃないか」
と罵ったのです。
腹をたてた昭子さんは、以後、戸山伍長がいくら金を払うと言っても一切そばへも寄せ付けませんでした。

戦いがはじまりました。
戸山伍長は爆風で両目を失ないました。
その戸山伍長の看護をしたのが昭子さんでした。

二人は結婚を約束しました。
戸山伍長はほんとうは昭子さんのことが好きだったので辛く当たっていたのだということを、昭子さんは女の直感でちゃんとわかっていたのです。
それに男っ気の強い戸山伍長に惚れてもいました。
昭子さんは、慰安婦としての自分の歴史に終止符を打ち、人の妻として死にたいという女としてのただひとつの願いに、このときすべてを賭けたのです。

二人は、戦いの中で仲間たちに祝福されながら、先ほど決死隊を見送る際に使った盃に水を注ぎ、三三九度をかわしました。
けれどそこは戦場です。
結婚したところで幸せな家庭も、可愛い赤ちゃんも望むことはできません。

「けれど」と二人は言ったそうです。
「もし来世があるのなら、
 その来世で、
 心も体も
 真実の夫婦(めおと)になりたい!」

婚儀の数日後、戦場に戸山伍長と、そばに寄り添う妻・昭子さんの姿がありました。
昭子さんは、全盲の戸山伍長の眼になって、手榴弾投擲の方向と距離を目測し伝えていました。

その日の第三波の敵が来襲しました。
敵の甲高い喚声を聞いた戸山伍長は、
「少年兵?」
と昭子さんに聞きました。
そして手榴弾の信管を抜こうとした手を一瞬止めました。

砲弾が唸る中、昭子さんは、
「十五、六の少年兵ですよ」
と叫びました。
敵兵とはいえ相手は年端もいかぬ子供です。

そのとき、その少年兵が投げた手榴弾が、夫婦の足元に転がってきました。
手榴弾は轟音とともに炸裂しました。
戸山伍長と昭子さんは、こうして壮烈な戦死を遂げられました。

戦場で死を待つばかりで子を持つことも叶わない二人は、たとえ敵兵といえども少年を殺すことがはばかられたのでしょう。
二人の御魂は神に召されました。

戦時中に下士官以下の兵としてお亡くなりになられた方々は、戦後のベビーブームのときに、一緒に亡くなられた上官たちから「先に生まれ変わりなさい」と言われて、現世に生まれ変わったと教わりました。
きっと戸山伍長と昭子さんの夫妻も、きっとその頃の日本に生まれ、戦後の高度成長と平和な時代をご一緒に、そして相思相愛の素敵な人生をお過ごしになられたのだと思います。

私達日本人は、魂は死なずに生きていて、ときに生まれ変わり、またときに神となって護国に尽くすと信じてきた民族です。
私達が失ってはならないもの。
それは、日本人としての魂と、そして何より平和を愛する心なのだと思います。

最後に、戦いの後日談を申し上げておきます。
最後の突撃の日、先頭にはその時点で指揮官となっていた真鍋大尉が立ち、その後ろに聯隊旗手として黒川中尉、そのまた後ろを、かろうじて動ける兵たちが、一塊になりました。
自力で歩けない兵たちは、互いに刺し違えました。
意識のない兵、手も足も動かせぬ重傷兵は戦友がとどめを刺しました。
生き残っていた女性たちは、先立った昭子さんを除く14名でしたが、彼女たちは何より大切にしていた晴着の和服に着替え、戦場のススで汚れた顔に口紅をひいて次々に青酸カリをあおられました。
この日まで喜びも悲しみも辛さも苦しさも分け合ってきた男たちの運命に殉じて、残る14名の女性たちも共に戦死されました。

そんな拉孟(らもう)の玉砕の日、報告行の命令を受けた木下中尉が、ひとり、本体への報告のために、奇跡としか言いようのない生還を果たしました。
木下中尉は、第五十六師団の前線にたどり着き、戦闘の様相を克明に報告しました。

重傷の兵が片手片足で野戦病院を這い出して第一線につく有りさま。
空中投下された手榴弾に手を合わせ、必中の威力を祈願する場面。
尽きた武器弾薬を敵陣に盗みに行く者。

そして15名の慰安婦たちが、臨時の看護婦となって、弾運びに傷病兵の看護に、炊事にと、健気に働いた姿など、語る木下中尉も、報告を受けた五十六師団の面々も、ただただ涙あるばかりだったそうです。

この戦いの中、蒋介石が次のような督戦状を発しました。
「騰越(とうえつ)および拉孟において、
 日本軍はなお孤塁を死守している。
 (中略)
 ミートキーナ・拉孟・騰越を死守している
 日本の軍人精神は
 東洋民族の誇りであることを学び、
 これを範として
 我が国軍の名誉を失墜させるべからず」

この督戦状は蒋介石が、自軍の督戦のために出したものです。
しかし内容が日本陸軍の優秀さや強さを讃える内容になっていたことから、後に「蒋介石の逆感状」と呼ばれています。

拉孟ばかりではありません。
遠く離れた異国の地で最後まで死力を尽くした男たちがいました。
女たちがいました。
過酷な戦場の中に咲いた一輪の花のような恋もありました。
こうした一つ一つが、決して忘れてはいけない私たち日本人の心なのだと思います。

※この物語は拙著『誰も言わないねずさんの世界一誇れる国日本』のリニューアルです。



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コメント

はらさり

ハナミズキ
こんばんは。夜分遅くにすみません。

この話を「いいなぁ。」と思って読みました。悲劇なのですけど、みなさん生まれ変わっていま頃何処かの土地で幸せになっている。と想うとホンワカしました\( ˆoˆ )/。

ちょっと話がズレますが頭の中で一青窈のハナミズキがエンドレスに流れてきましたよ。二人の身体は戦場に散りましたが愛情や魂はむしろ強まっていたでしょうね。

慰安婦は売春婦の様ですが、兵の傷の手当てをしたりして大変だったみたいですね。最期に和装に着替えて口紅をさし、散っていったのですか。こう言う話はもっともっと伝わって来ていいのに。



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私は最近の馬鹿高い御節や蟹を買わずに、餅だけ購入して雑煮を作ってのほほんと過ごします。
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小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず

Author:小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず
連絡先: nezu3344@gmail.com
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんのひとりごと」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「奇跡の将軍樋口季一郎」、「古事記から読み解く経営の真髄」などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。

日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
(著書)

『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』

『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦

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