たおやかに やまとなでしこ 咲きにけり りんと気高く たじろぎもせず

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河原撫子(かわらなでしこ)
かわらなでしこ


長谷川伸といえば「沓掛時次郎」、「 一本刀土俵入」など 股旅もので、一性を風靡した作家です。その長谷川伸の書いた本の中に、「日本捕虜志」という著書があります。

第4回菊池寛賞を受賞した本なのですが、その中で、二木可南子さんという実在の女性が紹介されています。

彼女は、日本が降伏した昭和20年当時、数え年20歳でした。
東京で陸軍に徴用され、同じ年頃の娘3人とともに、シンガポールの医薬部隊に配属されます。

可南子さんの父、二木忠亮氏は、はイギリスのロンドンで個人商店を営んでいました。
そのため可南子さんはロンドンで生まれ、ロンドンで育っています。

ある日、可南子さんの母がロンドンで亡くなり、父は娘を連れて日本に帰国します。

やがて戦争が始まり、父は徴用され、大尉相当官の英語通訳を命ぜられ、マレー半島の攻略軍に配属されました。

娘の可南子さんは徴用されたとき、「父のいるシンガポールへ行きたい」と条件をつけたのが聞き入れられて、医薬部隊に配属されます。

医薬部は軍医少将の指揮下で、軍医中佐3人と、薬剤の中佐と主計少佐などが6人、そして徴用の技術者が600人いました。

女性は可南子さんのほかに3人。
いずれも英語が書けてタイプが打てます。
ことにロンドン生まれの可南子さんの英語は格調が高かったそうです。

終戦を迎えたとき、このシンガポール医薬部には、イギリス人が部局の接取にくることになっていました。

医薬部としては、接収のときのもつれを未然に食い止めるためにも、英語が堪能でタイプの打てる4人の日本人女性はいてもらいたい人たちです。

しかし接収に来るイギリス人が、すべて敬虔で紳士的とは限らない。
乱暴狼藉をはたらかれる危険はじゅうぶんにある。
結局一人ひとり説得することとし、可南子さんには軍医官があたりました。

軍医官は勇気を奮ってこう言います。

「あなた以外の三人の女性にも、残留してもらいたいと、それぞれ今お話をしています。」

「喜んで残留いたします。」

軍医官の言葉が終わると同時に可南子さんはそう答えた。

「え?」

「わたくし、東京へ帰っても父はおりません。」

「そうでしたね。あなたのお父さまはあのころから消息が絶えたのですね。」

可南子さんの父はその言動が軍の一部の怒りを買い、危険な地域に転出され、消息が絶えていたのです。

「ええ、ですから残留を喜びます。父はいつになってもシンガポールに、わたくしがいると信じているはずです。父は消息が絶える少し前に言いました。『父子のどちらが遠くへ転出となっても、一人はシンガポールにいようね。もう一人はいつの日にかシンガポールに必ず引き返してこよう。いつの日にかシンガポールで再会の時があると信じて』」

「二木さん、有難う。今後の仕事はあなたを疲労させるでしょうが元気を出してやってください。お願いします。」

「はい。愛国心は勝利のときだけのものではないと、散歩しているとき父がそう言いました。」

「そうでしたか。勝利のときより敗北のときこそ愛国心をと、お父様が言ったのですか・・・・。
二木さん、もう一つ、人すべてが善意を持っていはいない。
忌まわしい心を持つものもいます。
僕は、いや僕たちはあなた方4人の女性に危機が迫ったとき、人間として最善をつくすために、死にます。
これだけがあなたがたの残留に対して、わずかに確約できる全部です。」

「いえ、そのときには少なくともわたくしは、一足お先にこれを飲みます。」

襟の下からチラリと見えたのは青酸カリでした。

軍医官が唇をかみ締めて嗚咽を耐えたが、ついに咳を一つします。
それは咳ではなく押し殺したしのび泣きでした。

可南子さんは言います。

「できたらどうぞ、わたくしの死骸にガソリンをかけて、マッチをすっていただきたいのです。」

当時、終戦で復員する日本人を狙って、乱暴をはたらき、その女性が死んでもなお恥ずかしめをあたえられるという事件が実際にあったのです。

9月1日キング・エドワード病院にイギリスのハリス軍医中佐が、イギリスの300名の武装兵とともにやってきました。

4人の女性は青酸カリに手をかけて、窓のカーテンに隠れるように成り行きを見ています。

ハリス中佐と老紳士が印象的でした。
老紳士は、医学博士のグリーン氏です。

彼は穏やかなまなざしで言います。

「日本人の皆さん、私はまだあなたがたの気持ちがのみこめないので、武装した兵を必要としました。
日がたつにつれ、武装しない兵をごく少数とどめるだけにしたいと思います。
皆さんはそうさせてくれますか」とにこっと笑った。

ある日、日本刀が幾振りも隠されていたのが発見されます。
グリーン博士は激しく怒った。

「ここの日本人が私を裏切ったのが悲しい。
私の憤りを和らげうる人があれば、言うがよい。」

可南子さんは、軍医の意を受けて発言します。

芸術としての日本刀の在り方、名刀の奇蹟の数々、新田義貞が海の神に捧げて潮を引かせた刀、悪鬼を切り妖魔をはらった刀などの伝説等々。

日本の言葉で昼行灯という言葉があります。
これを人にあてて薄ぼんやりした人のことをいいます。
マレー人の言葉では、白昼に灯を点じていくとは、心正しくうしろ暗いことのない人をいいます。

「人種と言葉の差のあるところ、感情と思慮にも差があるはずです」とユーモアを交えて可南子さんは説きました。

苦りきったグリーン博士の顔は、いつか和らぎ、何度もふきだしそうにした。

グリーン博士は、時折、可南子さんのロンドンなまりの英語を懐かしむように眼を閉じて聞います。
グリーン博士はロンドン生まれだったのです。

可南子が席につくと、グリーン博士は言います。

「発見された日本刀は直ちに捨てます。日本刀を捨てたものの追求はやりません。」


軍医たちは語りあいます。

「いつか警備隊員で色男ぶってるのがいたろう。
あいつが上村美保江さんに失礼なことを言ったのさ。
すると彼女は、『汝は警備隊員か侵略隊員か』と毅然として言ったそうだ。
後でグリーン博士は『お前の頭の中の辞書にはレディという項がないのだろう』と言ったそうだ。
そこでその兵は転属を志願して二度と顔を見せなくなったそうだ。」

「それはね、可南子さんが教えたんだ。
降伏直後、3人の女性を集めて、イギリスの女性という超短期講座を開いたそうだ。だからあの4人はイギリスの兵隊につけこまれることはない。
だけど、その3人は、イギリス人の将校に階段で会えば、どうぞお先に道を譲るけど、可南子さんは決して譲らないね。
僕は何度も見ているよ。
あの子はロンドン育ちだけど、それだけじゃない。
国は負けても、個人の権利をそのために自分で進んで割り引くのは卑劣だという信念があるのだね。」

グリーン博士がかくも寛大だったのには、昭和17(1942)年イギリス軍が降伏して日本軍が入ったとき、博士も捕虜になった経験があったからです。

監獄はひどかったが、やがて日本軍が、敵と味方を一つに視て、双方をあわせて供養した無名戦士の碑を建てたという話を聞いた。

そして、たびたび監獄に来て、私財を投じて食糧や薬や日用品をながいあいだ贈ってくれた何人かの日本人がいた。

グリーン博士は、「自分たちが生き延びたのはこのお蔭です。いつの日か報いたい」と語り合っていた。

「わたしは、チャンギー監獄で日本人によって人間愛を贈られたのです。わたしはこれに答えなければならない。」

雨季に入ってグリーン博士はロンドンに帰り、後任としてカンニング博士がくることになった。

ある日、カンニング博士が着任します。

前日に可南子さんがタイプした、残留60人の日本人の名簿を博士に提出した。

グリーン博士がその名簿を読み上げた。
「上村美保江、守住浪子、成田由美子それから二木可南子」

「Oh! フタキ。フタキですね。」

「そうです。カンニング博士」

「私はこの名をずっと尋ねていたのです。」

まもなく二木可南子さんが呼ばれて部屋に入ってきた。
カンニング博士は、またたきを惜しむように可南子さんを凝視した。

「ドクター・カンニング、お忘れになっている言葉をどうぞ」と可南子さんは毅然として言った。

「あっ、おかけください」

「ぶしつけに見つめて大変失礼しました。私があなたをみつめたのは、あなたの顔に見出したいことがあったからです。タダスケ・フタキを知りませんか?」

可南子さんの心は胸打ったが、声に変化はいささかもありません。

「私の父です。」

「OH!」

「1940年、東京へ帰るまでロンドンにいた二木忠亮ならばです。」

「そうです。そうです。そして1942年にシンガポールに日本軍の通訳でいた人です!」

「父です、確かに。」

可南子さんの頬が赤く染まった。

「あなたはあの人の娘か。」

「父をご存じですか?」

「忘れるものですか。」

「父は生きていますか?」

「ああ、あなたも私と同様、あの人の現在を知らないのですか。」

カンニング博士は可南子のそばに来て抱き寄せ、
「カナコの父が、カナコの前に立つまで、私がカナコの父になります。」とささやいた。

カンニング博士も日本軍のマレー攻撃で捕虜になってチャンギー監獄に入れられていたのです。

200名の捕虜はそこから連れ出されて、タイとビルマをつなぐ鉄道の大工事にかりだされた。

その時の捕虜係通訳が二木だった。

二木は捕虜の辛苦をます生活の中で献身的につくします。
病人やけが人、衰弱者があるごとに二木はできるかぎりのことを尽くした。
捕虜たちは二木を、神の使徒ではないかと噂しあった。

二木は長期間捕虜達と一緒だったけれど、1944年に入って突然姿を消し、二木の後任者も彼がどうなったかを知らなかった。

カンニング博士は可南子に遭遇してから、イギリス軍、アメリカ軍、オーストラリア軍、オランダ軍と二木の生死を照会したが一向にわからなかった。

激しい雷雨が去ったある日、カンニング博士が、

「カナコ、誰かカナコを呼んできてくれ」と言った。

可南子さんが姿を見せると

「カナコ、お父さんは生きていたよ! 妻から電話で知らせてきた。 グリーン博士も電話で知らせてくれた!」

そのときの可南子さんの深い微笑みを、後でカンニング博士は「東洋の神秘の花」とたたえたそうです。

「カナコ、お父様はフィリピンにいた。アメリカ軍が今朝知らせてくれた。すぐに希望のところに二木を送還するそうだ。」

これを聞いて可南子さんの眼に涙があふれてきた。

可南子さんは一人シンガポールにとどまり、フィリピンから来た父と再会できたのでした。


~~~~~~~~~~
たおやかに
  やまとなでしこ
    咲きにけり
 りんと気高く たじろぎもせず
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父を慕って、シンガポールの医薬部に単身、赴任した可南子さん。
強いというか、たくましいです。

敗戦によって施設が接取されることになったときに、
「愛国心は勝利のときだけのものではない」と、自ら残留を望んだ可南子さん。
この精神性の高さ。素晴らしいです!

そして、万一、残ってもらう女性の身に何かありそうになったら、「自分は人間として最善をつくすために死にます。これだけがあなたがたの残留に対して、わずかに確約できる全部です!」と、嗚咽した軍医官もすばらしい。

自分の彼女でもなんでもないのです。
いってみれば同じ職場のスタッフの女性です。

その女性のために「万一のときは、自分は人間として最善を尽くして死にますっ!」

しかも、

「それが自分に確約できる全部ですっ!」

多少の訓練は受けていたとはいえ、軍医官です。お医者さんです。
そのお医者さんが、職場の女性のために、自分に残されたすべてを賭して、あなたを守って死にます、って言うんです。

ボクなどには到底及びもつかない精神の高みです。
しかし自分もそういう男でありたいと、本気で思います。

「いいえ、もしそういうことがあれば、私はこれを飲みます」と青酸カリを見せる可南子さん。
そして可南子さんは言いました。

「できたらどうぞ、わたくしの死骸にガソリンをかけて、マッチをすっていただきたい」
これって、死後の自分の遺体をきれいなままで守りたいっていうことです。
もうこんなこと言われたら、ほんと絶句です。

そしてイギリス軍が接取にやってきたときも、凛として是非を主張した可南子さん。

イギリス人の軟弱男が、女性に下品な口をきいたとき、「汝は警備隊員か侵略隊員かっ!」と、凛として言い放つ。すごいです。

そうした凛とした人としての高みにある女性。それが大和撫子というものだと思うのです。

可南子さんにいたっては、階段の道すらも譲らない!!気丈です! 

考えてみてください。
当時のイギリスは、大英帝国です。
イエローは、家畜以下の存在でしかない。

身長だって、当時の日本女性は150cm少々。
対する英国人は、平均身長190cm以上。

大柄なイギリス人将校が前からやってきて、小柄な可南子さんが、道さえ譲らす凛として胸を張って階段をすれ違う。

現代日本人よ、その凛々しい姿を見よっ!と言いたくなります。

そうした気丈さに心打たれたイギリス人の将校が、可南子さんのために、父親を探してくれるんです。

父親が見つかった知らせを受けたときの可南子さんの微笑みを、博士は

「東洋の神秘の花」

と讃えた。
わかる気がします。

当時のことです。捕虜の日本人女性は化粧などしていません。
スッピンです。

でも、命の輝きというか、人格からにじみ出る美しさというのは、下手な化粧などよりも、はるかに気高く美しい。
そういうものだと思います。

可南子さんのオヤジさんも立派な方です。

捕虜のために、ほんとうに必死で、私財までつぎ込んで働いた。
当時、日本人にすら、配給食や医薬品が行き届かない時代です。

飽食に慣れたイギリス人の生活水準と、日本のそれとでは天地ほどの開きがあった。そういう中で、捕虜のために最善を尽くしたお父さんも、ほんとうに立派な方です。


この物語には、後日談があります。

ある日、グリーン博士が、
「帰還の目処がついた、昭和21(1946)年の桜の花咲く頃に、あなたがたは日本に帰れるでしょう」とうれしい知らせを告げにきたとき、ちょっと気になることを言ったのです。

「ジェロンの収容所にいる日本人諸君が、あるイギリス人に不満をもっているそうですね。そういう話を聞いていますか?」

「いえ、聞いていません」

「私も確実には知らないのですから、今の話は取り消します。」

それは実は、こういうことです。

ジェロン収容所はシンガポールから5マイル離れたところにありました。

日本への復員船が3隻あったのだけれど、輸送指揮官の少佐が男だけ乗せて、女性の乗船を許さなかったのです。

その後、暴風雨が吹く季節風が吹く時期となり帰還船は停まってしまいます。

そこで日本人女性のなかで、怨嗟の声が起こったのです。
それに残った男どもが声を合わせるから、不満はますます大きくなる。

3月下旬にやっと1隻入ったが、このときもやはり女性の乗船は許されません。

少佐に対する怨嗟の声は、ますます高まった。

やっと次の引き上げ船がタンジョン・バガーの大桟橋に入ってきたとき、ようやく女性たちと子供全員の乗船が許されます。

女性たちは満腔の不満を胸いっぱいにして乗船してきた。

するとそのイギリスの少佐がお別れにきてこんなことを話しました。

「皆さんは私を怨んでいたそうですね。

でも私は皆さんに少しでも楽に日本で帰れることのほうが、私は大切だったのです。

私は船が入港するたびに検分しました。
そして一番気になるところを見に行きました。

この船には婦人用のトイレを心して作ってあります。

これならば、ほかのところもよいだろうと思いました。

私は戦時用の輸送船にあなたがたをおしこめて、不快な不自由な思いをさせたくなかったのです。」

女性たちの顔から恨みや不満の表情が消え、感謝の表情に変ってきた。

そしてその船が桟橋を離れる時、少佐へのせめての感謝のしるしにと、どこからともなく「蛍の光」が歌われ、歌声は60人ほどの女性たちの声で唱和されたのです。

イギリス軍の兵隊達はいついつまでもその船の影が見えなくなるまで見送っていたそうです。

このイギリス人少佐の日本人復員女性にたいする対応は、彼の意識の中に、二木可南子さんによる、日本人女性に対する畏敬の念があったからだといわれています。

たったひとりの女性の毅然とした姿が、勝者である英国人将校の心まで変え、多くの日本人女性を救ったのです。

このことは、私たち戦後の日本を生きる者も、忘れてはいけないエピソードではないかと思います。

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コメント

せーちゃん

No title
良い話を伺いました。
戦後の日本には「白洲次郎」という頼りになる、かけがいのない「オトコ:漢」がいたのは多くの日本人の知るところですが、女性の方でも「二木可南子」さんという女丈夫(失礼!)が居られたのですね。

女性の立場から日本国のために尽くしていただいたことに今更ながらに感謝申し上げます。

白洲さんと二木さんが「あの世」で会うことができたのだろうか?
お二人で日本国の将来を語りあい、この国を今でも見守って居られるのだろうか?
興味は尽きません。

てす

強さとは何か
はじめまして。とてもいいお話を紹介して頂きましてありがとうございます。
女性はどんな時代でも強いとは思います。ですが、戦前の「強さ」は「したたかさ」であったと感じるのですが、現代はもっと直接的な「強さ」でしかなくなってしまっているように感じます。
普段はたおやかでも、危難に際しては凛としてひかない。
柳に喩えられるような「いざ」の時の強さ。
そういう日本人として生きていくことを改めて考えさせられました。

かぐやひめ

日本を救えるのは女性
感動とともに、現代女性とのあまりの違いに・・・絶句。

価値観が「欲望一点張り」になってしまった今、
一番説得力がある「こたえ」は「どちらが得か、どちらがより儲かるか」だけになってしまっています。
まして、純潔を守るという思想は、どこにいってしまったのでしょう?
あとかたもなく消えたように思えます。平気で金で売る時代になってしまったように思います。

ほんのこの前まで、純潔を失なったことを、悲観した自がは、昭和末期までは、実は、しばしば見られたのだそうですが。死ぬのも正しいとは思えませんが。

あのころ、女性週刊誌に「女子高校生の処女率」なる統計が特集され「え~?」と、驚いていると「これは週刊誌ネタよ。現実は、昔と変わらないって」と、言ってくれた人があり、胸をなでおろしたものの、

あの週刊誌の面白おかしくの「売らんかな主義」が、結局、何度も何度も活字化され、喧伝され、時代さえリードしてしまったと思います・・・・でも、抵抗のしようがなかった。

ほんとうに、戦後だらしなくなったのは「男性」だと思うけれど、それさえも「育てた」のは女性(母)です。
女性が、本当の意味でしっかりしないと、日本は崩壊します。

それは、言いかえると、女性が、頑張れば日本を救えるということです。

子供たちが結婚する時、息子には「いい籤が当たりますように」と、祈るしかなかったけど、娘には「あなたが家を支える、家族を幸せにするのも不幸にするのもあなた次第」と言って送り出しました。

関西には「女紋」と言って「代々女系で受け継ぐ紋」があります。家紋は男系の紋で、家の紋です。
女は、母から、母は、その母から、その母は、そのまた母から「女紋」を受け継ぎます。
正装をしたときの「紋つき」の紋は夫婦で異なるのです。

いくらなんといっても、日本女性は「耐えてこらえて、男を立てて、自分は一歩引いて、家を守るために、身を捧げて」無名の人生を終えてきました。
可南子さんのように、祖母たちは、凛として生きました。

伯父たちの理想の女性は「母親」であったそうです。
帝大を出て、社会的地位をえた、いい年をした伯父たちは、互いに「お前の理想の女性もお母さんか」と、言って墓参りの墓石の前で泣いたと聞きました。

祖母の生き方の潔癖さは、母に伝わり、母は曲がったことは大嫌いでした。私もまた「背負う女紋」に掛けて、祖母に恥じないように生きようとしてきました。

うまく立ち回れない。あるいは損な生き方だったかもしれない。でも、岐路に立つたび、「女紋」を思い出す。
ひそかに、縫い込められた代々の願い、生き方、私の代で曲げることなく、まっすぐ娘に継いでいきたい。

今の日本を救えるのは実は女だと私は思っています。
日本の国は国難のたびに女性が立っていませんか?

だからといって、小池百合子を首相にと言っているのではありません。いやですよ。

おれんじ

素晴らしいお話をありがとうございます
可南子さんの凛とした精神はどこで培われたのでしょう?
お父様から日本精神をしっかり受け継がれていらっしゃったのではないでしょうか?

あの頃は陵辱されるより青酸カリを飲んで死を選ぶ方が沢山いらっしゃいました。その毅然とした行動に哀悼の祈りを捧げつつも深い尊敬の念を覚えます。

レイシズムが当たり前の時代に日本人の誇りを持って生きた可南子さん、お父様に心から感動しました。

ねずきち

>日本の桜姫さん
コメントありがとうございます。

戦前は男尊女卑だったとか、封建家族制の下、女性は差別され、不幸だったとかいわれています。
しかし、誇り高く凛と花咲くのが女性の素晴らしい姿だとするならば、現代のほうがまったくだらしないのかもしれませんね。


>ハハサウルスさん
コメントありがとうございます。

≪人が真価を問われるのは逆境でこそ≫
おっしゃる通りかもしれません。
そしてその逆境を跳ね返すだけの力が、人にはきっとあるのだと思います。

ハハサウルス

心に沁みます
良いお話を有難うございます。人の心の気高さは素直に心に沁み込んで、精神に活力を与えてくれるものですね。

日頃の自分の言動を考えると恥ずかしいような気がしますが、折に触れ自分の身を振り返ることができれば、遅々としてでも前に進めるのではないかと思っています。
人の真価が問われるのは逆境においてなのでしょうね。私はいまだそのような経験がありません(それはそれで感謝しています)が、もしそうなった時にこそ「凛として」生きていける自分であれたらいいなと思います。子供達に残せるものは、物質的にはたいしたものはありませんが、精神的に残してやりたいものは沢山あります。「育児」と「育自」の途中というところです。

日本の桜姫

遅れましたが・・・
 初めまして、とても感動するお話に泣けました。
 有り難う御座いました。
 モンテルバの夜は更けても懐かしいものでした。
 
 

ねずきち

>花うさぎさん
コメントありがとうございます。

実は・・・・ボクも泣けました^^;


>椿さん
コメントありがとうございます。

≪『命より大切なもの』を私達は 先人達の歴史から、もう一度 考え直すべきなのではないでしょうか? ≫

そうなんですよね。
命の重さばかりが強調されて、≪命よりも大切なもの≫を守る心が、どっか破壊されている。
これって、なにか変だと思うんです。

日本人と偽り売春する韓国人!!
ひどい話ですね。
でも、結局は、日本人をさんざんののしり、創氏改名を強制されたなどと言っていながら、日本人の方が、高く売れる=価値があるって認めているわけでしょ?

それにしても、こういうことには、日本は、声高に厳重抗議してもらいたいものですね。
てか、そこまでなめられて、黙っている日本が情けない。

実は今日の記事に書いたのですけどね、武士道にいう「仁」というのは、相手の生殺与奪の武力の背景あってのことだってことです。

弱腰サヨク思想では、こういう問題は絶対に解決しない。
それとも人権派のサヨク信者の人たちは、韓国人には「日本女性の振り」をして、
海外で売春する人権がある、とでも言うんでしょうかね?


>一期一会さん
コメントありがとうございます。

ブランドで身を飾る。昨今は男の子までピアスで身を飾る^^;
身を飾るものは、そういった外見じゃないんですよね~><;

二木親子の後日談ですが、ボクもネットで検索してみたのですが、残念ながらどこにもなかった><;;

でもね、思うんです。この親子のように高潔な精神を持った方々は、きっと、決して当時のことを吹聴したり、自慢したり、講演したりなどしないだろうって。

あたりまえのことをあたりまえにした・・・
きっと、この親子はそう思ってらっしゃるのではないかと。
だから、表になど、決して出ることはない。

日本人て、そういうものなんでしょうね。


>中西さん
コメントありがとうございます。

日本人で良かった。日本に生まれて良かった。
私たちだけではなく、私たちの子や孫が、そうおもえる日本を創る。
それが、私たちの世代に課せられた使命だと思います。

凛として生きる。
ものすごくむつかしいことですけど、それを目指すことはできる^^b


>九州男さん
コメントありがとうございます。

日本人、日本国自体の滅亡というのは、なにも国土がなくなるということではないと思うんですよね。
日本人がその精神性を失うこと。これこそがまさに亡国であり、滅亡だと思うんです。

戦後のGHQによる言論統制、そして現代に続くサヨク思想、第三国の謀略・・・

そういうものに、日本は骨の髄まで変質させられている。

だけど、これだけは言えると思うのは、そうした亡国論に従った先に、日本の、日本人の未来の幸福は、絶対に、ない! ということです。

いやむしろ逆に、日本の、日本人の思想というものが東亜に広がった先にこそ、東亜の庶民の幸福すらある。
そんなふうに思います。


>KIMさん
コメントありがとうございます。

行動を起こす!
それはとっても良いことです!


>舞桜さん、
コメントありがとうございます。

心こそ大事。

おいら、ボロは着てても、心は錦さぁ~^^b


>ジョニーさん
コメントありがとうございます。

≪「お父さんみたいになっちゃダメよ」 この一言で子供は幸せになるきっかけをひとつ失うと思います。自信もひとつ失う≫

いあ、これ、ほんとですっ><;;

すごいわかりますっ!!


>ナポレオン・ソロさん
コメントありがとうございます。

≪戦争は殺し合いと言う地獄≫
そうですね。
そして、いまの政界は、きっと、≪政局はののしり合う地獄≫にある。

≪泥沼に咲く一輪の蓮の花≫
これがなくては、日本の未来はない。


>ミヤビさん
コメントありがとうございます。

DNAの問題なのかもしれませんね^^

ボクなども、戦後教育を受けて育った世代だし、学生時代など、赤軍サヨク全盛期
で、毛沢東の赤本などが珍重され、学校の先生は日教組で、ストのたびに学校を休んでた(笑)

授業でも、国なんてなぁ、庶民をいじめることくらいしか考えてないんだと、先生から教わった。
それでも、マンガや邦画などには戦記ものとかもあった。

現代では、学校だけじゃなく、メディアも一様に左傾化。

にもかかわらず、愛国心というものがちゃんと芽生える。

やっぱDNAなんでしょうねぇ^^


>bbさん
コメントありがとうございます。

なんでもかんでも環境のせいにしちまえば楽です。
だけど、すべてを自分自身の出来事として覚悟をきめて生きるってことは、ちと辛い(笑)
でも、きっとそれがいちばん大切なことなんでしょうねぇ~~^^


>A子さん
コメントありがとうございます。

おぉ('∀'*)♪ 出ました! 白洲次郎氏!!

いやぁ、白州氏、めちゃかっこいい(笑)

あそこまでいっちゃうと、もう、ボクなんか、とても論評なんてできないw
まいりました!と降参するしかない(笑)

はっきりいって、キムタク主演のヒーローなんかよりも、すっごすごいし素敵だ^^

こんど書いちゃおっかな♪

A子

もちろん、基本は人間性ですが
 たぶん皆さんと同じぐらい、 感動して記事を読ましていただきながら、 心の隅に、 微妙に素直になれない自分がいます。

 可南子さんご本人を存じ上げないので無責任ではございますが、 果して彼女は『たおやか』な人であったのでしょうか。
 どちらかというと『りんと気高くたじろぎもせず』が似合う人でしょう。 この二つの美称表現は同居するのが難しいと思います。

 素晴らしいご両親に恵まれ、 日本人としての、 そして人間としての誇りを教えられていたことは想像に難くありませんが、 少なくとも英国生まれの彼女にとっては、 階段ですれ違う男が道をゆずるのは当然のことであったでしょうね。
 『おかけ下さい』と言わない英国男に『言葉をお忘れじゃ…』と言う発想は日本女性にはありませんし、 そのような表現自体が極めて英国的です。
 これがフランス人相手だと、 もっと摩擦は増えていたと思います。 むろん、 フランス語を流暢に操り、 頭の良い人ならそれなりの対応はあるでしょうけれど。

 誠心誠意が異文化の中で常にうまく通じるものかという問題もあります。

 ともあれ、 爽やかな話題を有難うございました。
 白洲次郎の名を挙げて筆を置きます。

bb

ねずきちさん、おはようございます。
自身を省みて、何だか恥かしくなりました。事に当って凛としていられるか?たおやかに生きているか?環境が異なるとはいえ、もう一度自分に問いかけてみようと思いました。

 ミヤビ

素晴らしいお話ですね
感激いたしました。
人間の心の奥底には悪魔と神が両方存在していると思いますが、平時でなく、非常事態になった時、神がでるか悪魔がでるか人間の分かれ道です。
可南子さんも、今の時代に生きていれば自分の中の神に気づくことなく、普通の女性として楽しく青春を謳歌していたことでしょう。
このような素晴らしい母に育てられれば母を思い家族を思う子どもが成長し、愛国心のある国民に育っていくのです。
いつも笑顔と愛を人に降り注ぎながら、正しい国のあり方を子どもたちに伝えていく母になり、戦争に巻き込まれない為の軍事力強化と国防、正しい国家間の外交、愛国心を育て、汗水たらして真剣に生きている母にならなければいけませんね。
不思議なことは・・・
愛国のために亡くなった方々の魂がまたこの日本に生まれ変わってきているかのような今の子どもたちがたくさんおります。
やはり日本人の血は濃いいのです。
どんなことがあっても、甦るのです。
嘘のニュースが溢れても、少しの事実を知るだけで覚醒していく日本人としてのDNAは凄いです。
私の二人の子どもが知らないうちに愛国心が強いことを知りびっくりしています。
そういう子が多いという話で再び驚きます。
日本人の子どもって偉大です!
教育の大切さを痛感します☆

ナポレオン・ソロ

モンテンルパの夜は更けて
 このお話に接して、「至誠は天に通ず」と言う言葉を思い出しました、人間として、婦人として毅然としていれば、文化や風習が異なっていても相手の心に届くモノがある、と言う見本でしょうか。
 
 可南子さんの父上が、敵兵に施したのは、強きに在って驕らず、弱きにあっても撓まない、灼かな人間としての理念に基づく人間愛でしょう、だから、敵であっても共感を呼ぶのです。

 同じ様な話がフィリピンにも在りました、マニラ近郊のモンテンルパの刑務所で、弁護無しの人民裁判で死刑判決を受けて、服役中だった大量の旧日本兵(約500人)を一曲の歌が当時のセラノ大統領の胸を打ち、全員釈放帰国への道を開いたと言う、歌手わたなべはまこさんの話にでてくるものです。

 やはり、嘗て捕虜として拘留されていたセラノ氏に、なにくれと無く水や食糧を差し入れて、命を繋がせた日本人兵士が3人も死刑囚の中に含まれていた事が、セラノ大統領を悩ませていた、それに、裁判自体全くマトモなモノではなく、死刑判決の理由となった虐殺現場に行った事も無ければ、場所の名前すら知らない場合が殆どで、顔の判別も着かない情況なのに、全て、証言だけが判決理由だったからだ。

 負け戦とはこういうモノだと言う好例でしょう、南方では、オランダ人兵士やオーストラリア人兵士による、日本兵の拷問、リンチの末の虐殺が頻発していて、約千人が刑場の露と消えましたが、戦勝国軍司令官は全くの無関心だったのですから。

 しかし、セラノ大統領自身、日本軍との市街戦で自分の妻子の全てを喪ってしたワケで、日本軍を恨む理由は十二分であったワケです、しかし、何処か心に引っかかる処があった、それは、前述した、強きに在っても、人間としての正道を踏み外さない強く優しい心から放たれた光であったと云うべきでしょう。

 その光を看取してそれに感謝で応えられるのも、同じ光を発する事が出来る心を持った人なのだと思えて成りません。

 戦争は殺し合いと言う地獄ですが、我々はそんな中でも、泥沼に咲く一輪の蓮の花の様な心を内在して措かねばならないのだと感じました。

 良いお話のご紹介、ありがとうございました

ジョニー

いつも楽しく拝見させていただいております。今日のお話はとても心に響き、考えさせられました。
私も含め現代人は自尊心というものが低下しているのだと思います。
見栄をプライドという言葉で飾り付け、体裁を傷つけられる事に激昂する。
はたして尊厳とはいかなるものなんでしょうか。人に対して、自分に対して、我が子に対して。

「お父さんみたいになっちゃダメよ」

この一言で子供は幸せになるきっかけをひとつ失うと思います。自信もひとつ失うと思います。

明るい未来を子供達に残すためにも、私たちもしっかりせねばと思います。

脱線してすみません。これからも応援しております。

舞桜

誰でも、どのような人でも
例え どのような場所からでも
それぞれの その人に合った一歩はある

傷ついたり、悲しみに打ちひしがれ 
動けなくなったり・・・
でも、いつまでも、立ち止まってばかりもいられない

・・・・時が来て、
また そこから 勇気を振り絞っての一歩は
それがたとえ、小さくとも、その人の人生の中では、
大きな大きな輝く一歩に なっていると思う。

たくさんの悲しみを乗り越えて、
その想いを胸に刻んだら 、これからの日本は 
きっと魂は、大きく強くなって
世界を救えるようになっていくと思う

日本という国は・・・・
そういう尊い精神の人たちが 住んでいる国だと思う

そういう国に自分は、いま 生まれているのだと思う ・・・

KIM

提案
今、日本は反日マスコミに覆われて、ネットに接することがない方が真実を知ることができない状態であります。そのために、次の選挙では民主圧勝の話が出てきているわけであります。
そこで提案なのですが、自民党の政策内容と、麻生首相のいいところを載せたチラシをポストに投函するというものはどうでしょうか?
たとえば、現在作成されている、自民党の政策のチラシ
http://members3.jcom.home.ne.jp/takaaki.mitsuhashi/keiki_taisaku.pdf
や、「日本前向新聞」の新聞
http://blog.livedoor.jp/maemuki_news/
等です。
この方法であれば、ネットで情報を収集しない方・できない方でもネットの情報を得ることができます。
一人が1部配れば、一人が真実を知り、10人が一人10部配れば、100人が真実を知ることができます。
真実の情報を知れば、誤った情報を信じて民主党を支持していた方も自民支持、麻生支持になると思うのです。
パソコンとプリンタとちょっとのやる気があれば、だれでもできることだと思います。
そして、このことは、日本人として日本に住んでいてネットで情報を得ることのできる者の責任でもあります。
今こそ草莽発起のときです。
このような草の根活動こそが、日本を救うことになると信じています。
我と思う方は今すぐ実行に移しましょう。

ここを参照(2ちゃんねる:日本前向新聞配達活動スレ)
http://schiphol.2ch.net/test/read.cgi/offmatrix/1231610438/

t

素晴らしいお話でした
はやり日本人はこのようにあるべきですね
わたしも日本人として恥ずかしくないよう、生きていかねば

ねずきちさんのブログからは、やさしさが溢れています

九州男

ねずきちさん、こんにちは。

初めてコメントさせていただきます。

私の両親の兄達は、先の大戦で二人とも20代前半の若さで亡くなっています。
一人は台湾沖に、一人は沖縄近海の敵艦に向かって突入戦死したそうです。

戦後、復員した同期の隊員の方が出撃の朝の模様と、遺書なる母宛の手紙を持って尋ねて下さったそうです。
そして、その手紙には「私が日本の国を、そしてお母さんや兄弟達を守るために行く。日本のお役に立てるのだから喜んで下さい。」と書かれていたそうです。

父曰く、「今の日本はダメだね。戦争で死んだ人は犬死だわ。」と言っていたのを思い出します。

時代が違うと言われればそれまでですが、このままでは日本人、日本国自体が滅亡してしまうのではないかと危惧してしまいます。

今日の日本人、特に一部の政党、政治家諸氏に、先の大戦で亡くなった方たちの爪の垢でも煎じて飲ませたいと切に思う今日この頃です。

中西

ねずきち様
初めまして。中西と申します。
いつもブログを拝見しております。
私は日本に生まれた事に、本当に感謝しております。
もし、私の両親が戦争により命を亡くしていれば、今の私は日本に存在しない訳です。
私達の先人が、命をかけて守った国に受け継がれた命なのですから、その事に感謝し「凛」として生きたいと思います。

椿

日本女性と偽り、売春する韓国人達!!!


大変です!
韓国人が「日本女性の振り」をして、
海外で売春しています!!

http://blogs.yahoo.co.jp/x1konno/22866059.html



一期一会

いいお話ですね
日本人の美徳を再確認させていただくとともに、今これだけの「凜とした」女性、どれくらいいらっしゃるのかと考えてしまいました。このお話に登場するイギリス人男性もまた美しいですね。今の女性は、必要以上に男女同権(ジェンダーフリーなど)など権利を声高に叫んだり、ブランドで身を飾ることに熱心で中身はどうなんでしょう。もちろん、ねずきちさんも本文で言及なさってますが、(女性以上に)戦後男性のレベル低下、女性化は否定しがたいものがあります。このような美しい日本人の逸話を聞くにつけ、自身を恥じるばかりです。やはり「卑怯」な行いを戒め、それが「美しい」か、考えながら生きていきたいと思いますが、「言うは易し、行うは難し」です。こういうお話は自身の背筋を伸ばしてくれますね。ねずきちさんは、この二木親子の再会後の「後日談」はご存知なんでしょうか?その後のお話もご存知なら伺いたいです。本日もありがとうございました。

椿

素晴らしいお話ですね!

ブログ主は『ムルデカ170805』という、DVDを観たことがありますでしょうか?インドネシア独立に貢献した日本軍人のお話です。

これに出てくる島崎少尉という方は、
まさに武士の魂を持った『大和男子』なのです!

コレを観たとき、日本の女性が何故『大和撫子』と言われ、物静かな中にも凛とした気品と強さを持っていたのかが、心底理解できました。

日本男子は圧倒的に強かったのです!
特に大和魂という精神的な強さは
『比類ない強さ』だと思いました

これほど高潔で気高く強い男性が
目の前にいたのでは、
女性は自然と淑やかで、優しく、気高く
ならざるおえないのではないでしょうか?


かっての日本人は男性も女性も
本当に“気高き人たち”であったのだと、
子孫として誇らしく思うとともに、
現状の日本に「恥ずかしさ」も覚えます。

『命より大切なもの』を私達は
先人達の歴史から、もう一度
考え直すべきなのではないでしょうか?

花うさぎ

ありがとう
素晴らしい話をありがとうございました。涙が止まりませんでした。今後のご活躍を祈念致します。
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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず

Author:小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず
連絡先: nezu3344@gmail.com
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんのひとりごと」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「奇跡の将軍樋口季一郎」、「古事記から読み解く経営の真髄」などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。

日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
(著書)

『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』

『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦

『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』
『誰も言わない ねずさんの世界一誇れる国 日本』
最新刊
『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』
近日発売
『日本書紀』(タイトル未定)

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