実は世界で大絶賛されている日本の武士道。知らぬは日本人ばかり・・かも?



我が国の武士道を西洋に伝えたのは、東京帝大教授、東京女子大学長を務めた新渡戸稲造氏の著書「武士道」です。

ちょっと前まで5000円札に書かれた人だったのだけれど、最近は樋口一葉にかわってしまいました。

お札のお顔を覚えておいでの方も多いかと思いますが、ちょっと見、マギー司郎みたいなお顔の方です^^b

新渡戸稲造氏が、「武士道」を著わすきっかけは、ある国の法学者と話しているとき、宗教の話題になった。そのとき相手の法学者から、

「あなたがたの学校には宗教教育というものがないのですか?」と尋ねられ、
ないと答えると
「宗教なしで、いったいどのようにして子孫に道徳教育を授けるのですか?」と繰り返された。

新渡戸稲造氏は、その質問に愕然とし、即答できなかったのだそうです。

で、新渡戸稲造氏は、一生懸命考えた。
そして、はたと思いつくんです。

近代日本の道徳観念は、封建制と武士道が根幹を成しているのではないか!

これを体系化し、本にして世に出すことになったのが、世界的に有名な著書“BUSHIDO”です。

この本、英文のものしかない(笑)
ただ、日本文化を知らない海外の人向けに書かれた本だけに、逆に非常に現代日本人にも、日本の武士道がわかりやすく書かれていると思います。
いまや道徳を忘れた亡国の日本人が、日本人の心を知るには、外人向けに書かれた本でそれを知るしかないのかもしれません。いやはやなんとも皮肉なお話で^^;

お札に新渡戸稲造氏を採用したことが、どこかでどうにか問題になったらしくて、諸般の事情への配慮から、いつの間にかお札の顔は樋口一葉にかわってしまいました。

ちなみに樋口一葉は、著作が売れ出した当時、まだ20代の若い娘さんで、渋谷に住んでいたのだそうですね。

で、貧しくて、着るものがない。

夏の暑い日などは、着ている服を洗濯したら、他に何も身につけるものがなくて、外から丸見えの開け放した長屋の中で、一糸もまとわない素っ裸で、作品を書いていたそうです。

そこに普通に、出版社の人が来て、連載ものの作品をもらって帰ったりしていた。

いまだったら、大騒ぎになりそうな話ですが、
つまりね、当時はそんな姿が、日本の日常的な、あたりまえの光景だったのですね。

武士道の新渡戸氏から、いきなり樋口一葉へ・・・
どんないきさつかは知りませんが、とりあえず、武士道を超簡略要点抜出一行紹介版(笑)で、簡単に内容をご紹介してみます。

1 武士道とは何か

武士道とは、「騎士道の規律」です。
高貴な身分に付随する義務として武士が守るべきものとされた。

成文法ではなく、長い時を経て、武士達が口伝で作り出してきた。
要するに偉い誰かが考えて示した道とかじゃなくて、長い年月の間に自然と規律として熟成されてできあがったもの。

成文化されてないから、よけいに縛られちゃうのかもしれませんね^^


2 武士道の源

新渡戸氏は、武士道の源を、まず仏教と神道に求めます。

仏教は、運命に対する信頼、不可避なものへの静かな服従、禁欲的な平静さ、生への侮蔑と死に対する親近感を与えた。

神道は、主君に対する忠誠、先祖への崇敬、孝心などをもたらした。

次いで孟子の人民主権的な理論も、思いやりのある武士たちに好まれた。
そして王陽明が何度も説いた「知行合一」。これが厳しい。

「論語読みの論語知らず」という言葉があるけれど、
孔子の言葉をただ振り回すだけの(どっかの国のヤン○ンみたいな)人を、武士は頭から嘲った。

なぜなら武士道とは、「男らしさの型」だから。

どんなに豊富な知識を持っていようとも、それが行動に結びつかなければ、何の意味もないと考える。それが武士道なのです。日本の心なのです。



そしてここから、新渡戸稲造氏は、ここから武士の、義、勇、仁、礼、誠、名誉、忠義を説いています。


3 義

「義」とは、サムライの中でも最も厳しい規律。

裏取引や不正行為は、武士道が最も忌み嫌うです。

幕末に蛤御門の変に敗れて自刃した尊攘派の武士真木和泉守が、こう説いた。

士の重んずることは節義なり。
節義はたとへていはば、
人の体に骨ある如し。

されば人は才能ありても学問ありても、
節義なければ世に立つことを得ず。

節義あれば不骨不調法にても
士たるだけのことには事かかぬなり

要するに、少々不作法であっても、節義を欠かさなければ男らしいのだっ!(笑)


4 勇

孔子は「義を見てせざるは勇なきなり」と言った。
つまり「勇」は「義」によって発動される。

水戸黄門は、こう述べている(←テレビドラマの黄門様ではありません。実在した黄門様のほうです^^;)

一命を軽んずるは士の職分。
なれば、

その場所を退いて忠節に成る事もあり
その場所で討死して忠節に成る事もあり

これを死すべき時に死し
生くべき時に生くといふなり

なんでもかんでもね、生きてりゃいいってもんじゃないと思うんですよね。
そりゃ命は大切なものだけど、何かを守るために自分の一番大切なものを捧げるってことは、そりゃ、ありありだと思いますよ。


5 仁

「仁」とは、思いやりの心、憐憫の心。
「愛」「寛容」「同情」という言葉でも置き換えられるのだそうです。

「仁」は人間の徳の中でも至高のものだけど、人は情に流されやすいから、伊達政宗は、

義に過ぐれば固くなる
仁に過ぐれば弱くなる

と言い、慈愛の感情に流されすぎることを戒めています。

「武士の情け=仁」ってのは、生殺与奪の力を背景に持ち、正義に対する適切な配慮を含んだうえで発動されるものなのです。

要するに、いまどきのサヨクには、仁がない!(笑)
「愛」も「寛容」も「同情」もない!
実際そうでしょ??@@
生殺与奪の力を持つ軍事力や、国を愛すること、君が代を愛することに反対なんだから(笑)

逆に言うと、日本が他国に対して「仁政」を行うためには、国力に見合った軍事力と愛国心が不可欠だということです。

個人だって同じです。家族や愛する人に慈愛の情を発揮するためには、男はそれなりにちゃんと稼いで、力強く社会に生きていく強さをもっていなきゃならない。
あたりまえのことです。


6 礼

長い苦難に耐え、親切で、人をむやみに羨まず、自慢せず、思い上がらない。

自己自身の利益を求めず、容易に人に動かされず、およそ悪事というものをたくらまない、これが「礼」です。

「礼」は、相手を敬う気持ちを目に見える形で表現します。

それは、社会的な地位を当然のこととして尊重することを含んでいる。

だけど・・・ここからが肝心です・・・「礼」は、度が過ぎたら歓迎されない

伊達政宗は、「度を越えた礼は、もはやまやかしである。」と言い、仰々しいだけで心のこもっていない「礼」を軽視しました。

要するに中国的な度を越した儒教的「礼」は、「まやかし」として軽蔑したのです。

「礼」には、必要な条件というものがあって、泣いている人と共に泣き、喜びにある人とともに喜ぶ。「礼」とは慈愛と謙遜から生じ、他人に対する優しい気持ちにから発するという点を持たない、単なる「形式」は、もはや「礼」ではない。
このことって、すっごい大事と思うんですけど・・・


7 誠

「誠」とは「言」と「成」という表意文字の組み合わせです。

武士にとって、嘘をつくことやごまかしなどは、臆病なものと蔑視されるべきものでした。
商人や農民よりも社会的身分が高い武士には、より高い水準の「誠」が求められていると考えていたのです。
だから、「武士に二言はない」。

そのため、武士同士の約束には、たいてい証文などとらなかった。
言葉に嘘がない以上、改めて証文をとる必要がないからです。
むしろ、証文を書かされることは武士の体面に関わることであるとされた。

武士にとって嘘をつくことは、罪悪というよりも「弱さ」の表れであると考えられたのです。
そして、「弱い」ということは武士にとってたいへん不名誉なことであった。
言い換えるなら、「誠」がない武士は不名誉な武士であり、「誠」がある武士こそが名誉ある武士、と考えられた。

新撰組などは、嘘をついたら死罪・・・でしたよね?!


8 名誉

「名誉」は、幼児の頃から教え込まれた、武士の特色の一つです。

武士の子供は、

人に笑われるぞ
体面を汚すな
恥ずかしくないのか

という言葉で、その振る舞いを矯正された。

いまどきの子供は、お笑い芸人が憧れの職業で、
人に笑われて、体面を汚して、恥ずかしいことをして稼ぐのがいいこと、と思っている風潮がある。
そんなの、ありえねぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!(涙)

新井白石は、

不名誉は樹の切り傷の如く、
時はこれを消さず
かえってそれを大ならしむるのみ

と説いた。


西郷隆盛は、

道は天地自然の物にして、
人はこれを行なふものなれば、
天を敬するを目的とす。

天は人も我も同一に愛し給ふゆえ、
我を愛する心を以て人を愛する也

と、教訓を残した。

つまりね、名誉を守るってことは、人を愛するってことにもつながると考えられていたのですね。


9 忠義

武士道では、個人よりもまず国が存在する。
つまり、個人は国を担う構成成分として生まれてくると考えられた。

ソクラテスは、国家あるいは法について次のように説いた。

汝は我(国家・法律)の下に、生まれ、養われ、かつ教育された

にもかかわらず、汝と汝の祖先も我々の子および召使でない、ということを汝はあえて言うのか?

武士は、主君のために生き、そして死ぬ存在です。
しかし、主君の気まぐれや突発的な思いつきなどの犠牲になることについては、武士道は厳しい評価を下したといいます。

無節操に主君に媚を売ってへつらい、主君の機嫌をとろうとする者は「佞臣」。
奴隷のように追従するばかりで、主君に従うだけの者は「寵臣」と評されました。

家臣がとるべき「忠」とは、主君が進むべき正しい道を説き聞かせることにあると考えられていたのです。

中川秀直氏なども、どうやら新党への動きをあきらめ、麻生氏をたてて選挙における自民の勝利を目指すと昨日の昨日の記事にありましたが、あたりまえのことです。
党として選んだ宰相である以上、その宰相が進むべき正しい道を示すのが中川氏の役割のはずです。でなければ、彼に「忠」はない。

これにたいし民主党は、ちょいとひどいかもですね。
無節操に小沢代表に媚をうってへつらう佞臣や、小沢氏へのお追従だけの寵臣しかいない。
この一事をもっても、まだ自民のほうがましだと思う。


10 武士とお金

この項目については、ボクの論評を避け、原文の和訳のままを掲載します。

↓これ読んだらね、昔のセンセイが偉かった理由がよくわかります><;;
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現代では、頭脳訓練は主に数学の勉強で行っているが、当時は文学の解釈や道義的な議論がその役割を担っていた。
しかし、上記の通り、教育の目的はあくまで品性を高めることにあったため、教師という職業はできた人格を求められ、ある意味では聖職者的な色を帯びてきた。そのため、教師は武士の見本として尊敬されてきたのである。
武士の本性は、算術では計算できない名誉を重んじることに特質がある。
品性を育むという精神的な価値に関わる仕事の報酬は、金銭で酬いられるべきことではなかった。無価値だからではない。尊すぎて、価値がはかれないからである。
武士は、無償・無報酬の仕事を実践していたのであった。ただし、弟子たちが師匠にある程度の金銭や品物を持参するという慣習は認められていた。
清貧な教師たちは貧乏であったので、この贈り物を喜んで受け取った。
彼らは自ら働くには威厳があり過ぎ、物乞いをするには自尊心が高すぎた。
貧しい生活にも高貴な精神で耐え抜く彼らの姿は、鍛錬を重ねる自制心を持った生きた手本であり、その自制心は侍に必要とされたものであった。
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11 武士の感情

武士にとって、自分の感情を顔に表すことは、男らしくないことだと考えられたのだそうです。

それは武士が、自分の苦しみ・辛さを表情に出すことによって、他人の平穏をかき乱すことがないように、という他人への配慮のためでした。

やさしさってのは、男が女を口説こうと、ニコニコ笑顔でいるってことじゃないと思うんですよね。

宮部みゆきの大ヒット作、小説「模倣犯」の主人公の犯罪者は、スマイルというあだ名で、スマイルマークに似たいつもニコニコ笑顔。ところがこの男が、めちゃくちゃな殺人鬼だった><;

最近は、男が笑顔を絶やさないでいることが賞讃されるようだけど、それって、どうなん??


12 切腹

切腹は、自分の罪を償って過去を謝罪するためであったり、友や一族を救うためであったり、武士が忌み嫌う不名誉の烙印を押されることから免れるためであったり、自分の誠実さを証明するためであったりと、目的は様々。

なぜ「腹」を切るのかというと、古い解剖学では、霊魂と愛情は腹に宿ると考えられていたためなのだそうです。

切腹は武士にとって、栄光ある死であったけれど、同時に、真の侍は、いたずらに死に急ぐことは卑怯なことと同じだと考えていた。
戦国時代の中国地方に山中鹿之助幸盛という武将がいた。
彼の主家は戦に敗れて滅んだが、彼は主家の再興を志してたいへんな苦境を戦い抜いてきた。その彼は、下記の歌を詠んだという。

憂き事の なほこの上に 積れかし
    限りある身の 力ためさん

ありとあらゆる困難と苦境に、忍耐と高潔な心を以って立ち向かうことを武士道は教えている。

そうすることで初めて真の名誉を得ることができる。
真の名誉は、天から自分に与えられた使命をまっとうすることである。
そのために死すことは不名誉なことではないが、天が与えようとするものから逃げようとすることは卑怯なことであった。17世紀、ある高名な僧侶は以下のように言っている。

平生何程口巧者に言うとも、
死にたることのなき侍は、
まさかの時に逃げ隠れするものなり
一たび心の中にて死したる者には
真田の槍も為朝の矢も透らず


13 武士の魂「刀」

「刀は武士の魂である」という言葉はあまりにも有名です。

刀は、武士道の力と武勇の象徴として扱われた。
刀を作るのは刀匠と呼ばれる鍛冶屋ですが、刀匠は単なる鍛冶屋ではありません。
彼らは、仕事を始める前に必ず神に祈りを捧げ、身を清めた。
その作業場は神聖な領域だった。
刀を鍛える作業は、ただの物理的な行為ではなかったのです。

そのようにして作られた刀は、持ち主に深く愛され、さらには尊崇の対象でもあった。それゆえ、刀をまたぐことは、武士に対する侮辱とさえいわれた。

このように武器以上の意味を持った刀に対して、武士道は適切に扱うことを強調しました。

不当な使用を激しく非難し、やたらと刀を振り回して威を見せる者は、卑怯者、虚勢をはる者として蔑まれました。

心が洗練されている武士は、自分の刀を使うべき時をしっかりと心得ていたし、そういう機会はめったに訪れない稀な場合であることも知っていた。

傑物に勝海舟は、多くの暗殺者に命を狙われたがけれど、後年、回顧録にこう記している。

俺は一人も斬ったことがねえよ。
腕の立つ河上彦斎は何人も斬ってきたが、最後は人に斬られて殺された。
俺が殺されなかったのは、一人の刺客も殺さなかったからだよ。

刀については、このブログでも、以前、
「なぜ刀は「武士の魂」なのか?」
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-187.html
という記事を掲載させていただきました。

実は、日本刀は、戦闘用の武器として考えたときには、3人も斬ったらもう脂にまみれて斬れなくなるし、折れるし、闘いで刃と刃が、チャリ~ンなんて合わさったら、そこから折れちゃうし、作るまでに時間がかかるし、はっきりいって、あまり役立つシロモノではない。

中国の「剣」や、西洋のソードなどは、鋳造といって、鋳型に流し込んで作るから、すぐにたくさん作ることができる。つまり、兵士全員に配れるし、取り換え用のものも、いくらでもすぐに用意することができる。

ところが、日本刀は、鍛造なので、とにかく作るのにめちゃめちゃ時間がかかる。
戦に出る兵士全員に持たせるなんて、とてもじゃないができるもんじゃないです。
それに、名刀なんていったら、戦で使うなんてもっってのほか。なにせもったいない(笑)

テレビの時代劇では、日本刀をまるで竹刀のように、チャリ~ンなんてやってるけど、あんなことしたら刃こぼれするし、そのこぼれたところから、刃が折れちゃう。
だから古武術の剣術などを見ると、刃と刃を合わせるなんてことしない。
敵の刃に触れることなく、斬る!!

だから日本の武装には、楯がないんです。世界中どこの国に行っても、剣と楯はセットなのだけど、日本の武装には楯がない。楯を使っているのは、現代の機動隊くらいなものです^^

だって、刀が、楯にガーンってあたったら、もったいない。楯を使うこと自体が卑怯だとされていた^^


14.武士道が求めた女性の理想像

武士道は男性のために作られたものです。
その武士が求めた女性の理想像・・・・
家庭的であると同時に、男性よりも勇敢で決して負けないという、英雄的なものだでったといいます。

だから武家の若い娘は、感情を抑制し、神経を鍛え、薙刀を操って自分を守るために武芸の鍛錬を積みました。
薙刀の鍛錬は、戦場で戦うためではありません。個人と家の防衛のためです。

そして武家の少女達は成年に達すると「懐剣」を与えられた。
その短刀は、彼女達を襲う者に突き刺さるか、あるいは彼女達自身の胸に突き刺さるものでだった。
そして多くの場合、懐剣は後者のために用いられた。女性といえども、自害の方法を知らないことは恥とされていたのです。

さらに、死の苦しみがどんなに耐え難く苦しいものであっても、亡骸に乱れを見せないために両膝を帯紐でしっかりと結ぶことを知らなければならなかった。

男性が忠義を心に、主君と国のために身を捨てることと同様に、女性は夫、家、家族のために自らを犠牲にすることが、たいへん名誉なこととされた。

武士階級の女性の地位が低かったわけではない。

女性が男性の奴隷でなかったことは、男性が封建君主の奴隷ではなかったことと同様です。
戦場など、社会的、政治的な存在としては、女性はまったく重んじられることはなかった。
だけど、妻として、母としての家庭での存在は完全であったし、多くの場合、家庭内で夫は妻に頭があがらなかった(笑)

父や夫が出陣して家を留守にしがちな時は、家の中のことはすべて女性がやりくりしていたし、時には、家の防備を取り仕切ることもあった。

日本の結婚観は、キリスト教の結婚観よりもはるかに進んでいます。

アングロ・サクソン系の個人主義のもとでは、夫と妻は別の二人の人間である、という考え方から抜けることができない。
そのため、二人がいがみ合う時は、それぞれに「権利」が認められることになる。
日本の場合、夫と妻は独りでは「半身」の状態であり、夫妻がそろうことで一個の形になると考えている。
いわば、お互いがお互いの一部になっているようなものです。

社交上、夫が自分の妻を「愚妻」と表現することがあるのは、妻に対して蔑みの言葉を投げているのではなく、自分の半身を謙遜しているからなのである。

このような武士道独特の徳目は、武士階級だけに限られたものではなかった。
時と共に、それ以外の階級の日本人たちも武士道に感化されていき、日本の国民性というものが形成されていったのです。


15.大和魂

武士は一般庶民を超えた高い階級に置かれていた。かつてどの国でもそうであったように、日本にも厳然とした身分社会が存在していました。

その中で、武士は最上位に位置づけられていた。

江戸時代、日本人の総人口における武士階級の割合は決して多くはなかったけれど、武士道が生み出した道徳は、その他の階級に属する人間にも大きな影響を与えた。

農村であれ都会であれ、子供たちは源義経とその忠実な部下である武蔵坊弁慶の物語に傾聴し、勇敢な曾我兄弟の物語に感動し、戦国時代を駆け抜けた織田信長や豊臣秀吉の話に熱中しました。
幼い女の子であっても、桃太郎の鬼が島征伐のおとぎ話などは夢中で聞いていた。このように、大衆向けの娯楽や教育に登場した題材の多くは武士の物語だった。

武士は自ら道徳の規範を定め、自らそれを守って模範を示すことで民衆を導いていったのです。

「花は桜木、人は武士」

武士は日本民族全体の「美しい理想」でした。

「大和魂」は、武士道がもたらした。
武士道は大和魂そのものだった。

日本民族固有の美的感覚に訴えるものの代表に「桜」があります。

桜は、古来から日本人が好んだ花だった。
西洋人はバラを愛でるけれど、バラは美しさと甘美さの裏にトゲを隠している
バラは散ることなく茎についたまま枯れ果てる。それはあたかも生に執着し、死を恐れるかのようです。

けれど桜は、裏にトゲを隠し持っているようなことはない。そして自然のおもむくままに、散る。
淡い色合は華美とは言えないけれど、そのほのかな香りには飽きることがない。

このように美しく、はかなげで、風で散ってしまう桜が育った土地で、武士道が育まれたのもごく自然なことかもしれません。


16.最後に 武士道は甦るか

上記のように、武士道は「武士」と呼ばれた階級に属した人々により形成され、その心は日本人全体に受け継がれていきました。

しかし、明治維新によって「武士」階級は姿を消し、武士道が育まれた土壌は消え去った。

では、武士道はこのまま消えてしまうのか?

答えは「否」だと新渡戸稲造氏はいいます。

欧米諸国から「小さなジャップ」と侮られた日本人は、先の日清戦争の勝利で証明された。

日清戦争の勝利は、近代軍備の力とか近代教育の効果とか言われているが、それらは事実の半分にも到達していない。

武器だけで戦争に勝てるだろうか?
学問だけで勝てるだろうか?

何より大切なものは、民族の精神です。
維新を進め、新たな近代国家「日本」を作り上げた原動力となった人々は、紛れもない「武士」たちであった。

武士道は、一個の独立した道徳として復活することはないかもしれない。
はっきりとした教義を持たないからである。
しかし、武士道が残してきた徳目の数々は、決して消え去ることはない。

時代が流れ、武士道は城郭・武具と共に崩壊した。
既に、その役目を終えたかのようでもある。
しかし、不死鳥は自らの灰からのみ甦ることができる。
武士道の栄誉は再び息を吹き返し、散った桜の花のように風に運ばれ、その香りは人々を祝福し続けるだろう。

-----------------------------------------

いかがでしたか? 新渡戸稲造氏の武士道。

ボクはね、なんでもかんでも古いものがいいなんて、口が裂けても言うつもりはないです。

だけど、日本が育んだ武士道の精神というものは、混迷する現代にあって、いま最も求められているものじゃないかと思うんです。

そして、サヨクや三国スパイが破壊しようとしてるもの、それもまさに日本の武士道の心そのものではないかと思うのです。

その心を守れるのは、私たち、ひとりひとりしかない。
そんな気がします。

新渡戸稲造 『武士道』 要約


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コメント

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MATHRAO

何年も前の記事にコメントするのも気が引けますが、

いまどきの子供は、お笑い芸人が憧れの職業で、
人に笑われて、体面を汚して、恥ずかしいことをして稼ぐのがいいこと、と思っている風潮がある。
そんなの、ありえねぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!(涙)

私は芸人さんのように人を笑わせて飯を食ってる生き方は素敵だなと思います。あなたの発言は武士道を理解している方の言葉だとはとても思えません。人を平気で見下す神経を疑います。数年前の記事でしたが、どうしても我慢できなかったのでコメントさせて頂きました。失礼致しました。

かぐやひめ

バックナンバーに来てみました
コメントが入っているので、見に来ました。
そっか、お笑い芸人ねえ・・・いろいろありますね。古典落語から、吉本新喜劇、漫才師、タレント・・・年取ったせいか、最近のお笑い芸人ていうものが、どういうジャンルなのかわからなくなりました。笑われてなんぼ・・・と、自身で自覚しているタイプもあるような気がします。たしかに「笑わせて、なんぼ」が正解ですね。

と、言うわけで、「武士道」という大切なページを開くきっかけをくださってありがとうございました。

田母神さんは、確かに会津です。でも、明治以後の会津は賊軍と言うことで長州にひどいめにあっているようで、大切な人材を北海道に移動させられたり「藩の力」をいちじるしくそがれたのではないでしょうか。
10年ほど前「白虎隊を尊敬して」会津に旅しましたが、流行遅れの白いハイソックス(名前を忘れました)をはいている女子高校生の様子に幻滅し、地元の人が白虎隊を忘れてしまっている感じに落胆しました。
国内でも「戦に負ける」とは、こういうことなのだと思いました。
北の熊さんが、おっしゃるように日本は、戦後60年以上を経て、今こそ敗戦から立ち上がり
>再び、日出ずる国として極東に燦然と輝かなければなりません。

-

「お笑い芸人」について
>>いまどきの子供は、お笑い芸人が憧れの職業で、
人に笑われて、体面を汚して、恥ずかしいことをして稼ぐのがいいこと、と思っている風潮がある。

「お笑い芸人」は「人に笑われる」ことを目的としていません。「人を笑わせる」のが目的です。
テレビ番組の内容として「笑われる」役目を負うことも多々ありますが、彼らの多くは「笑わせたい」という気持ちがあって「お笑い芸人」の道を歩んでいるのです。
武士道のお話が大変感動的であったからこそ、管理人様のお笑い芸人という職種に対する偏見じみたご意見には失望を禁じ得ませんでした。

ゲンソウ

意見
長岡出身の人に山本五十六元帥がおられます。

 ミヤビ

有難うございます
ねずきちさんの仰るとおりです。幕府軍も官軍もそれぞれの立場で日本のために必死でした。正邪の判断などできるはずもありません。
大東亜戦争にしても同じです。
どちらにしても、私たちは日本人としての誇りと自覚で良い国になるようにこれからを生きていかなくてはいけませんね。やさしいコメント有難うございます。こういう疑問はタブーで誰にも聞けないので、ねずきちさんが親切に説明してくださるので有難いです。心より感謝いたします。

ねずきち

>舞桜さん
コメントありがとうございます。

≪何と差し替えても、くいのない、熱い熱い想いがある 何と比べても負けない、強い強い想いがある≫
そういう熱い思いというのは、なによりもかけがえのないものだと思います^^b


>辰の春さん
コメントありがとうございます。

≪愚直に頑固に真っ当に戦う会津魂≫
素晴らしいですね。
≪それが、いま日本に最も必要である≫
おっしゃる通りと思います。


>椿さん
コメントありがとうございます。

田母神氏も会津っぽですね~~
会津に武士道精神・・・息づいてますっ!
いあ、ほんとにっ!
いまだにね、お年寄りなど、薩摩や長州の作った政府なんざぁ・・なんて言葉が普通にでますからね^^


>bbさん
コメントありがとうございます。

≪庶民レベルでもわが国は格調高く、誇り高い暮らしを営んできました≫
そうなんですっ!!

今回の記事では武士道を扱いましたが、ボクは思うに、日本という国は、そうした庶民を愛し庶民の味方となろうとした武士という存在と、そうした武士のもとで、自由に言論し、文化の担い手となった庶民によって構成されていると思うんです。

だいたい日本の食の文化なんて、まるっきり庶民文化そのものです。
世界中どこの国に行ったって、最高の料理は、権力者のためにある。

だけど日本では違うんですね。日本食で最高にうまいものは、生産者が食べている(笑)
武士の食事なんてのは、大名さんでも、そりゃひどいものです。
目黒のさんまで大喜びする(笑)
最高にうまい、日本食。たとえば刺身なんて、なんだかんだいって、漁師さんが釣ったばかりの魚を船の上で捌いてくれたのが最高!!
なんたって、刺身を箸でつまんでもちあげたとき、身がしならない!!ピンと張ってるんですよね~~

祭りなんてのも、庶民の文化です。武士はみるだけw
なんたって、世界一の識字率だったんです。文化の担い手は、実は庶民だった。
ご意見に激しく賛同です^^v


>KIMさん
コメントありがとうございます。

実行にうつすこと。とても大切なことですね^^


>A子さん
コメントありがとうございます。

武士道が、道となったのは、徳川の治世が平和だったから。
そうなんですよね。
家康が政権を取った後、幕府は、武士が髭を生やすことすら禁じた。
髭を生やすのは、武威を張ることだからけしからん、というわけです。
そうして築かれた300年の太平の世の中で、武士が生きる道が確立されていった。
だからこそ、武士道が美しいものに昇華した。そういえると思います。

武士道というのは、「道」というように、人の生きる道を説いたものと思っています。
本来、武家であれば、戦いに勝つことが何よりも優先される。
しかしそれは「兵法・軍学」なんですね。
江戸期、武士たちの間ですら、士道が、そうした兵法・軍学よりも心得として優先された。
そのため、幕末の戦乱期、先祖伝来の大砲を持ち出して、上野のお山によいしょよいしょと登らせ、薩長軍が迫ってきたときに、ド~ンと撃った。撃ったはずだった。

ところが、大砲は山の上、敵は、山の下。大砲の口は下を向いています。
せっかくこめたはずの大砲の弾の鉄球が、大砲の口から、ポロリ・・・
そのまま弾が、ゴロゴロと坂道を転がり、幕軍は転がる弾をおいかけ、下の薩長軍は、爆弾とともに幕軍が攻めてきたと思って、大混乱!!
命を的に、日々白刃の下に身を置くという心構えだけで、実際の戦闘と武士がいかに無縁であったかということです。
武士道とは、人の心の道、ということなのでしょうね^^


>ジョニーさん
コメントありがとうございます。

クライマーズ・ハイ・・・日航機墜落事故の映画ですね~~
まだ観てないっ!><
観ます!!観ます!!
すごいよさそうだっ!!


>北の熊さん
コメントありがとうございます。

≪昭和天皇が崩御されたときのことを思い出してください。国中、喪に服したことを。
特に米国はそのとき、あれほど戦後の教育や体制を変革したはずなのに、とほぞを噛んだということでした。 日本人の心根は変わっていない≫

だからこそ、平成にはいってから徹底的に右側思考が排除されるようになってきた・・・そういうことかもしれませんね。

だけど、おっしゃるとおり、
≪我が民族のアイデンテティを復活させるときが来ています。 再び、日出ずる国として極東に燦然と輝かなければなりません。≫
まったく同感です。

≪それこそが大東亜に散華した先人たちへの本当の供養だと思います≫
激しく同感です。


>八目山人さん
コメントありがとうございます。

C.W.ニコルさんの記事、拝見しました。
とっても感動しました。
ありがとうございます^^b


>日本の桜姫さん
コメントありがとうございます。

清々しい生きざまでいたい。
最近、とくにそう思います^^v


>ナポレオン・ソロさん
コメントありがとうございます。

武士道は、人の心の道として非常にレベルの高い高度な高みにあるものと思います。
そこまでの文化を作った日本という国、日本人という民族は、ほんとうに素晴らしい。
そこまでの文化を築き上げて、これを亡くすることが、日本や日本人、そして世界にとって、どれほど大きな損失になるか。

そのことを、日本人である私たちが、まずはわきまえないといけないのでしょうね~^^


>うわばみふかおさん
コメントありがとうございます。

やむにやまれぬ・・・・

ですね^^b


>あきちゃさん
コメントありがとうございます。

日教組ねぇ・・・
ある意味、武士道と対局ですね^^;


>ミヤビさん
コメントありがとうございます。

≪心ある正義の人ほど、口は重い≫

敗軍の将兵を語らずといいますが、事実は事実。やってもないことを、やったやったと騒ぐような愚かしい連中に、いちいち反論するのもバカらしい。
わかる人にはわかる。それでいい。そんな心境なのかもしれません。

しかし、わざわざ声を大にせずとも、伝えなきゃならないこともある。
そういうことだと思います。

靖国については、むつかしいですね。
国内の戦乱を避けるために、大政を奉還し、江戸城も明け渡しにもかかわらず、なお追撃を図った薩長連合。その攻撃性が、結果として対東亜戦争を招いたといえるかもしれない。
幕軍は、敵であっても、手篤く葬る心を忘れなかったといいます。
これに対し、幕臣の祭祀を拒んだ官軍。おっしゃる通り、歴史はむつかしいですね。
実は、ウチも、徳川さんの直参だった。祖父、祖祖父も、靖国への参拝はしていません。
だからといって、幕末から明治にかけての薩長土肥の官軍の行動に対しては、それなりに讃嘆する気持ちも多いに持っています。
歴史というものは、そういう様々なものを引きづりながら動いていく。
だからこそ、何が正しいのか、どれが正しいかといった正邪で歴史を見ることに、ボクはおおいに疑問をもっています。

みんながみんな正義を信じて戦い、歴史を作っていく。
勝てば官軍。負ければ賊というけれど、じつはそうじゃない。どちらも正義の使徒なのです。
だからこそ、歴史は、後年になって歴史家が正邪を判定するものではなく、人々がそうした過去の事実から、未来のために何かを学ぶためのもの、とボクは思うのです。

サヨク系の方は、戦前の日本は悪だった。日本は侵略国だったと決めつけたいようです。
そういう正邪で歴史を測ろうとすること自体が、大きな間違いです。

サヨク系の方は、歴史にIFは禁物だといいます。
それこそが、歴史に対する横暴であり、冒涜です。
もしミッドウイで勝っていたら。もし、日本が日本が先に開発したレーダーシステムをもっと早くに導入していたらなど、歴史を知り、そこにIFを考えることで、私たちは情報の正しさや、将官の心得、戦うことの厳しさなどを学ぶことができる。

そしてそうした、さまざまな人の営みを学び、未来の子供たちの明るい社会のために、歴史にあった事実を「活かしていく」ことこそが、次代を託された私たちに、いちばん必要なことだし、そうすることが、歴史上、消えて行った多くの人たちにたいする最大の敬意であるのだ・・・ボクはそう思うのです。


>しゃまさん
コメントありがとうございます。

日本刀のこと、ありがとうございます。

おっしゃる通り、武具として日本刀は最強です。
このことは、「日本刀」でYOUTUBEを検索すると、関連動画がいっぱい出てきます。

日本刀は、ほんとうにすごいです。
放たれた鉄砲の銃弾すら、真っ二つに斬り裂いてしまう。
鉄ですら、真っぷたつにしてしまう。

切れ味も、日本刀のうえからひらひらと紙を落とすと、その紙が吸い込まれるように日本刀によって、まっぷたつにきりさかれる。
ほんとうにすごいです。

ボクが本文で書いたのは、ただ、これが集団戦の戦という中にあっては、作るのに時間がかかりすぎ、全兵士にいきわたらせることができない。

ひとたび戦闘があると、取り換え用の刀を用意するのに、めちゃめちゃ時間がかかってしまう等、繰り返し何度も乱戦が行われる集団戦、団体戦、長期戦をむねとする大陸型の戦闘には、やはりなじまないものであるという点なのです。

そこのところは、誤解しないでくださいね。
ボクも、日本刀最強武具論者なのですから^^b

しゃま

日本刀の実用性が低いというのは大きな誤解です。
確かに使用後は刀身がぐらつくそうですし、多数を相手にした後は曲がってしまうし刃の先の方が刃こぼれしてしまいすが、
まっとうな日本刀は強靭にして実用的というのが専門家の見解です。
というのも、日本刀は数種の金属の地金を重ね、それを何度も打っては折り打っては折りを繰り返して鍛えるからです。
それにより数千もの金属の層ができ、たぐいまれな強さを実現します。
さらに、こん棒にもなる巨大なカミソリのようなものですから、斬・打・刺・防の全てをこなせる万能武器なのです。
侍は盾を持ちませんよね。
(また日本刀は、ちゃんと刃筋を立てなければ藁束も斬れません)

ネックは多人数を相手にするのはやっぱりきついことと、よほど修練を積んだ人でなければ鞘から抜くことすらままならないことです。
刀身が長いから抜くのも大変な上に足を切る危険もあるし、
切れ味も世界最高峰ですから抜くときに指を切り落としかねませんしね。

少し気になりましたので申し上げさせて頂きました。

 ミヤビ

複雑な心境です
確かに武士道は日本の素晴らしい心です。
たしか女性には婦女子の鑑?というような本を読んだことがあります。
私の知り合いは幕臣の末裔であり、会津、長岡贔屓だそうです。彼は会津・長岡藩恭順の申し出を一蹴し、新型火器で勝利した官軍を祭ったのが靖国神社だと言います。また軍エリートの野望が昭和の戦争を起こしたとも言います。
仕事柄、70代後半の方と接することが多いですが
満州から引き上げた方も言葉少なくその時代を語ってくれます。
しかし、熱弁されません。洗脳という恐ろしさを知り尽くしたかれらに共通することは、事実を自分の判断力で見極めなければいけないということのようです。もう自分たちは先がないので、後のことは次世代に任せせめて残り少ない人生は楽しく生きていきたいようです。
靖国にも複雑な事情があり、今の流れのような靖国参拝、愛国教育、憲法改正にはその時代を生きた方々の立場で意見はわかれるのだな~と感じました。心ある正義の人ほど、口は重いものなのでしょうか。靖国に参拝するのは日本人として当然と思っていたのに、徳川好きの幕府軍贔屓の私は官軍しか祭られてないのは幕臣が可哀相!と思い始めてしまいました。歴史って難しすぎます!

あきちゃ

10 武士とお金
尊すぎて価値がはかれない
深いですね。

日教組教師に見せてあげたいですね。

あ、、

無駄ですね、、、、

一期一会

こんな本もありますよ
武士道、こんな素晴らしい日本人の精神的価値観を置き去りにはできません。日本人の背骨の部分です。眠っていたり、忘れていたりするなら、覚醒し、またさせなければなりません。皆さんならご存知と思いますが、こんな本もありますよ。

http://www.amazon.co.jp/gp/aw/d.html/376-2598414-0282215?uid=NULLGWDOCOMO&a=4478733449

うわばみふかお

期せずしてキャッチーなねずきちさんの“解題”は
まさに我が意を得たり。
 
 かくすれば
 かくなるものと しりながら
 やむにやまれぬ 大和魂(吉田松陰)…

ナポレオン・ソロ

私の武士道論
 武士道は、日本の伝統精神を基盤にして咲いた花でしょう。

 日本の伝統精神とは、庶民中心の頂点に神のお言葉を預かるスメラミコトを頂く天津、国津、秋津三族の大和で成り立つ日の元つ国を支える和の心でありましょう、民草として等しく神の御光を浴び(神の前の平等)、天地社稷の神々に感謝を捧げ乍(公を重んじ)、耕筰を無し(勤労を称揚し)、子孫を繁栄させる(大和民族として結実させる)、モノだと解釈しております。

 武士道とは、その公を預かるモノとしての心得でありますが、基本精神は日本精神と変わらないモノでしょう。

 つまり、日本精神を晴洋に紹介するに、それを在るが儘に云ってしまえば、宗教に拠って規範が成立している西洋社会の住人にとって、著しく宗教的に偏って見える場合がでてくる、否、事実、端から日本人は、自然崇拝から生まれた太陽信仰族である、と言う解釈で切って捨てられている場合が多い。

 其処で、日本精神の中に、西洋の精神と通底するモノを探すに、「公を奉じる」観念が通底している事を発見した。

 「公」を奉じるのは、文明社会を形成するに不可欠な基本的な精神です、「公」とは、相互信頼の上になり立つモノで、常に「私」に優先するモノでなければならないのです、公が重んじられない社会では、経済が滅茶苦茶で貨幣が安定しませんから、治安が乱れ、男盗女娼が当然の、狐狸が支配する社会となるのです、是は古今東西変わらぬ社会形成上の摂理です。

 ですから、公に接する日本人の心の在り方を描けば、日本独自の精神を其処に見い出すことが出来ると考えたモノと推量いたします、それが武士道かと。

 先日のエントリでコメントした「強きに在って驕らず、弱きにあって撓まず」と云った心掛けも、「平常心の維持」と言う日常鍛錬の目標で、武士道の一部です、簡明に云えば「白刃の下で平常心を維持できるか」と云うことです。

 人生は生々流転を旨とします、「今日の勝者も明日は、泥田に屍を曝す(源義仲の様に)」のが、世の倣いです、「功利に淡々と在れ」と言うのは、「あらゆる執着こそ、人間の苦しみの基である(スッタニパータ「矢経も教え」)」と言う釈尊の教えに通底します。

 楽は苦の種、苦は楽の種」と言うのも、「自らの発した波動は、其れが善で在れ、悪で在れ、何れ倍加して我が身に還ってくる(華厳経「重々無尽の理」)」と云った様に、仏の教えに深く関わっています。

 そして「白刃の下にこそ極楽が在る」と云う、剣禅一致の境地に至れば、東洋は精神世界に措いて、西洋の現実主義を遙かに凌駕するのです。

 そう言う意味で、武士道は日本文化の昇華、花足りといえましょう。

日本の桜姫

 好きな句一句置いて行きます
 
 「敷島の大和心を人問はば朝日に匂う山桜花」

 

八目山人

C.W.ニコルさん
丁度、国際派日本人養成講座で、C.W.ニコルさんが、日本の森と武士道に就いて書いておられたので、貼っておきます。(文責は伊勢雅臣氏)
http://archive.mag2.com/0000000699/20090201000000000.html

北の熊

大日本国。ここにありて
本日も素晴らしい投稿ありがとうございます。
敗戦によって捨て去ったもののなかに、これぞ日本なり、というものがいかに多くあったのか。
国家としての体制は失うにしても我々の文化はうしなわれては居ないと思います。
恐らく有事のときがあるのなら再び一億火の玉となるでしょう。
昭和天皇が崩御されたときのことを思い出してください。国中、喪に服したことを。
特に米国はそのとき、あれほど戦後の教育や体制を変革したはずなのに、とほぞを噛んだということでした。
日本人の心根は変わっていない。
江戸ー明治ー大正ー昭和と我が民族は最も近代化に遅れを取りましたが、西洋文化を自らの文化に融合させて列強に名を連ねました。
今、敗戦で失ったものを取り返したとしても、我が民族は戦前に回帰することなく正しい判断のもと現代に融合できるものと考えています。
武士道精神、大和魂、教育勅語、愛国心・・・
我が民族のアイデンテティを復活させるときが来ています。
再び、日出ずる国として極東に燦然と輝かなければなりません。
それこそが大東亜に散華した先人たちへの本当の供養だと思います。

ジョニー

「武士は食わねど高楊枝」

どんなに貧しくとも、自分を厳しく律して自らの美意識を以って生きる

という意味だと自分は解釈しております。
自尊心とは見栄や傲慢やおごりではなく、確固たる自分を持ち、己の人生を全うしていくための心の大黒柱ではないのかと私は思います。

現在の金欲物欲まみれの世の中に置いて、なかなか難しい課題ではありますが…。

余談ですがクライマーズ・ハイ という映画はご覧になりましたか? 近年日本映画の国内評価が高まっているのが頷ける内容だったと思います。マスコミ諸氏には歓迎されないでしょうが、こういった映画が沢山世に出てくれればと思いますね。

A子

武士が殺生与奪の力を持つことは必須ですが、 平和も大事ですわね
 武士というのは頭目を頂く軍事集団の構成員ですから、 命令系統が機能しなければ組織がうまく動きませんね。 ここに『忠』が根本として据えられたのでございましょう。
 そこに『義』など、 諸々のものが加わって武士道ができ上がったのだと思います。

 それを可能にしたのは長期に渡る、 戦乱のない徳川の統治でしょう。
 家康は世界の指導者の中ではかなり変わった人で、 天下人になったにもかかわらず、 ある程度の質素倹約を体現した人です。 秀吉はキンキラ好みでしたし、 世界中似たようなものです。
 重税を課したとか、 評価は様々でしょうが、 とりあえずは民が判官贔屓になることを許すような下地をつくりました。

 戦乱が続いていれば武士道は生まれなかったことでしょう。 家康の軍勢も大坂夏の陣では町人相手に暴虐の限りを尽くしています。 『道』というのは元来、 少なくともある程度、 太平の世に磨かれる美意識だと思います。 その文化は人間の行動を規定します。

 明確な封建時代は日本とヨーロッパにしかなく、 武士道は騎士道に通じるものがあるに違いありません。
 前回のエントリのお話も、 そういう文化土壌の観点から読めば、 より納得できると思います。

KIM

提案
今、日本は反日マスコミに覆われて、ネットに接することがない方が真実を知ることができない状態であります。そのために、次の選挙では民主圧勝の話が出てきているわけであります。
そこで提案なのですが、自民党の政策内容と、麻生首相のいいところを載せたチラシをポスティングするというものはどうでしょうか?
たとえば、現在作成されている、自民党の政策のチラシ
http://members3.jcom.home.ne.jp/takaaki.mitsuhashi/keiki_taisaku.pdf
や、「日本前向新聞」の新聞
http://blog.livedoor.jp/maemuki_news/
等です。
この方法であれば、ネットで情報を収集しない方・できない方でもネットの情報を得ることができます。
一人が10部配れば、10人が真実を知り、10人が一人10部配れば、100人が真実を知り、100人が 一人10部配れば、1000人が真実を知ることができます。
真実の情報を知れば、誤った情報を信じて民主党を支持していた方も自民支持、麻生支持になると思うのです。
パソコンとプリンタとちょっとのやる気があれば、だれでもできることだと思います。
そして、このことは、日本人として日本に住んでいてネットで情報を得ることのできる者の責任でもあります。
今こそ草莽発起のときです。
このような草の根活動こそが、日本を救うことになると信じています。
我と思う方は今すぐ実行に移しましょう。

ここを参照(2ちゃんねる:日本前向新聞配達活動スレ)
http://schiphol.2ch.net/test/read.cgi/offmatrix/1231610438/

bb

ねずきちさん、こんにちは。
今日は節分、明日は立春ですね。今我が家の向かいのお寺で豆まきが始まりました。
私の専門は民俗学、子育てで一時お休みしてましたが、少しずつ村々を訪ね聞き書きをしています。学生の頃は明治生まれの古老からお話を聞きましたが、今はもう昭和初年の方たちが調査の対象になってしまいました。時の流れは止められませんから当たり前ですが、戦後教育で、特に昭和30年ごろに地域に伝承されている行事をことさら排除しようとした時期がありました。でも最近見直されてきています。村に伝わる行事はそれぞれいろいろな意味がありますが、それはそれは格調高く、厳かなものです。特に住んでいる地域に残る「元服」は、今の成人式のようなお祭り騒ぎではありません。大体中学入学ぐらいから高校生が元服するのですが(数年に1度しか行わないため)、終わればもう一人前として大人になるための訓練を受けます。主に神楽、祭りの主役として責任を果たします。武家社会ももそうですが、もっと庶民レベルでもわが国は格調高く、誇り高い暮らしを営んできました。今でも簡略化されては居ますが脈々と受け継がれています。調査して、書き残していきたいと思います。

椿

田母神氏も“会津出身”ですね。

そういえば『日本は侵略国家ではない』の田母神氏も、会津出身でしたよね?

やはり武士の国会津には、
まだまだ武士道精神が息づいているのでしょうか?
素晴らしいことです。


辰の春

会津魂
最近、星亮一著「よみなおし戊辰戦争」を読み終えた。愚直に頑固に真っ当に戦う会津魂こそ
今の日本に最も必要であると、痛切に感じた。

舞桜

好きな自分の詩です
今、大切な想いがある・・・

心の中に、かけがえのない、想いがある

何と差し替えても、くいのない、熱い熱い想いがある
何と比べても負けない、強い強い想いがある

真実を知ったものの、心の内より、生まれてくる・・・

情熱は、勇気となってかがやき、
世を照らす、未来への、道しるべ
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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
連絡先: nezu3344@gmail.com
電話:080-4358-3739
出身:静岡県浜松市
住所:千葉県野田市
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「明治150年真の日本の姿」、「日本と台湾の絆」、「奇跡の将軍樋口季一郎」、「南京事件は4度あった」、などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。
日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
《著書》
『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』
『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦
『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』
『誰も言わない ねずさんの世界一誇れる国 日本』
最新刊
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『ねずさんの世界に誇る覚醒と繁栄を解く日本書紀』

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