「歴史にIFは禁物」という言葉はサヨクのプロパガンタだ!



よく「歴史にIFは禁物」といいます。

もし、マリーアントワネットが生きていたら、
もし、信長が生きていたら、
もし、坂本竜馬が生きていたら。
もし、太平洋戦争に日本が勝っていたら。
もし、原爆が投下されなかったら・・・等々

どうして、IFが禁物なんでしょう??

IFが禁物で、田母神論文のような歴史認識については、歴史家が判定するものですか??

日本が侵略国家であったか、なかったか、それは後世の歴史家が決めること??

ほんとうに、そうなのですか?

歴史というものは、いろいろな人が生きて、それぞれの人がそれぞれの立場で精一杯真実を目指した結果です。

勝った戦もあれば、負けた戦もある。

だけど、勝った方も、負けた方も、どちらも正義を信じて戦った。

勝った方が正しくて、負けた方が、間違ってる?

そんなの、単なる結果論でしょう。

負けたのは事実だ。だけど、負けないために一生懸命戦った人がいて、負けたといっても、それぞれの人がそれぞれの立場や役割の中で、必死に正義を実現しようとした。
それが歴史というものじゃないかと思うんです。

それを後世の「歴史家」が、Aが正しくてBが間違っていると裁定する?

そういうのを、日本語で「おこがましい」というんです。
いったい、いつから歴史家が判事になったのか?

昨日、コメントのお返事にボクは、こう書きました。

-------------------------------------------
歴史というものは、様々なものを引きづりながら動いていく。

だからこそ、何が正しいのか、どれが正しいかといった正邪で歴史を見ることに、ボクはおおいに疑問をもっています。

みんながみんな正義を信じて戦い、歴史を作っていく。
勝てば官軍。負ければ賊というけれど、じつはそうじゃない。
どちらも正義の使徒なのです。

だからこそ、歴史は、後年になって歴史家が正邪を判定するものではなく、人々がそうした過去の事実から、未来のために何かを学ぶためのもの、とボクは思うのです。

サヨク系の方は、戦前の日本は悪だった。日本は侵略国だったと決めつけたいようです。
そういう正邪で歴史を測ろうとすること自体が、大きな間違いです。

サヨク系の方は、歴史にIFは禁物だといいます。
それこそが、歴史に対する横暴であり、冒涜です。
もしミッドウイで勝っていたら。もし、日本が日本が先に開発したレーダーシステムをもっと早くに導入していたらなど、歴史を知り、そこにIFを考えることで、私たちは情報の正しさや、将官の心得、戦うことの厳しさなどを学ぶことができる。

そしてそうした、さまざまな人の営みを学び、未来の子供たちの明るい社会のために、歴史にあった事実を「活かしていく」ことこそが、次代を託された私たちに、いちばん必要なことだし、そうすることが、歴史上、消えて行った多くの人たちにたいする最大の敬意であるのだ・・・ボクはそう思うのです。
-------------------------------------------

「歴史にIFは禁物」・・・けだし、名言ですね。これほどの妄言はない。
はじめに誰が言い出したかはわかりませんが、この言葉ほど、戦後の日本人を惑わし、日本人に歴史を謙虚に学ぶ心を失わせた虚言はない。史上最悪、最低至極のセリフです。
謙虚さのかけらもない。傲慢です。不遜です。

歴史というのは、年号をまる暗記すれば足りるものではありません。

人々が、必死で良い世の中を作ろうと努力した。そして多くの過ちや失敗もした。
多くの人が命をかけ、そして死んでいった。

そうした様々な人の世の営みを、後世のボクたちが、謙虚に学ぶ。そして過去を未来に活かしていく。

そのことが、そのことこそが、先人たちへの最大の敬意であり、また、散って行った多くの命が、心から願ってやまないことなのではないかと思うのです。

だからこそ、歴史の事実を知り、もし、このときこうなっていたら?と考えてみる。
考えることで、成功のチャンスや、失敗しないための方法を見出す。

「歴史にIFは禁物」というのは、そうした知的な探究心や、事実を知ろうとする努力を、一定の「正邪の定義」のなかに押し込めようとする、ただのプロパガンタでしかない。

きわめて意図的かつ悪質な、世間をたぶらかす虚言、それが「歴史にIFは禁物」である。
そう思います。

日本人として知っておきたい誇りある国家観・歴史観 その参 1/3


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コメント

デコラドル

ねずきちさん お久しぶりです
久しぶりにブログを拝見したけど さすがですね。 よく調べてますし
忙しくてこれなかったけど またお邪魔します。

うわばみふかお

>サヨク系の方は、戦前の日本は悪だった。日本は侵略国だったと決めつけたいようです。そういう正邪で歴史を測ろうとすること自体が、大きな間違いです。
http://www.youtube.com/watch?v=-6Fu2FNBFAUサヨクの方は、こう云うのをどう定義づけするんですかね。
歴史に善悪なんてない。力のあるものに書き換えられてしまい、弱い者は歴史を奪い取られ、歪んだ物語を押し付けられる。
先人たちが遺して下さった英知や文化伝統と、美しい国土を後世に残し伝えることこそが歴史。

surnivers

うーん、議論する価値はありますね
歴史はもう厳然たる事実の積み重ねだと思います。
それをどう評価するのかは後世の仕事、これはワシ正しいと思いますが。
ただし、この時注意するのはその時の価値観で判断してはいけないと言う事でしょうね。
今の平成の価値観で明治時代をさばいたら大変な事になります。
それは断じてやってはいけないことです。

ただし、歴史に学ぶ事は重要でしょう。
どうして日本は開戦に踏み切ったか?
その結果どうなったのか?
日本は敗北し、原爆二発のおまけまで喰らいました。
有条件降伏なのに無条件降伏とか書かれています。
こう言う意事実をしっかり認識し、ここから何が学べるか?
それが大事かな?
と思いましたです。

あきつ

IFを使いたがるのはサヨクではないか?
みなさまこんばんは

変わった見方ですみません。
サヨクの連中こそIFを使いたがるのではないか?
そう思っています。

●戦争をやったので 多くの人が死んだ。
 まあ 結果としてそうだが・・
IF じゃあ やらなかったら その後どうなった?
今どうなっている・・ 証明せよ!!

過去を否定するなら そうじゃない場合を証明しなければならないと思いますが。
 大東亜戦争が起こらなくても それ以上の核戦争が起こる可能性もありますしね・・・
当然ながら、考えても結論は出ませんね。

単なる空想・・・夢の世界へ・・・
空想と現実 どう比較するの?

そんな世界観を彼らは持っているのではないでしょうかね?
コメントの流れとはずれましたが お許しください。


北の熊

「仮定」と「事実」
歴史の「仮定」はその時の前後を検証する場合に用いられる。
ただし、その時の「事実」は真実として、その立ち位置を変えてはならない。
歴史の「流れ」が変わろうとするときには(人生においても同じである)、必ずいくつかの選択肢があるはずである。
過去の歴史を振り返るとき、その時の選択肢にはどのようなことがあったのか、「もし」はそのときに過去の歴史の前後を検証するためには有効となるであろう。また、現在において未来を判断する材料となる得る。
左翼の「もし」が妄言という論理はそこで思考を停止させてしまうのである。
過去は悪であり、「こうでなければならない」または「こうなるべきである」。
都合の悪いことは隠蔽し都合のいいことにすり替える、かの国の歴史家の常套手段である。
また、そうしなければかの国はなりたたず、左翼も同じである。
人権についても法律よりも情に訴え(すり替え)、法治ではなく人治であることを露呈しているのだ。
そこには近代国家の姿は微塵もないのである。
最近の派遣村の騒動についても法律よりも情に訴え(すり替え)国政を糾弾している。
歴史問題についても、さまざまな個々の事象についてもそのような見方をすれば明らかになる。
原爆に関する団体の動き方も同じであるし、従軍慰安婦問題、靖国問題、等々すべて同じやり方である。
これ以上、赤の鬼畜の跳梁を許してはならないのである。

ナポレオン・ソロ

「歴史に学ぶ」と「歴史学を学ぶ」とは大いに違う
 歴史というのは記録だと云う考え方がある、検証された事実の積み重ねだ、「歴史を学ぶ」のではなく「歴史に学ぶ」というのは、歴史そのものが、資料に過ぎない場合だ。

 ダカラ、区別するに歴史学と言うモノが有る、その学問は其れこそIFで成り立っていると言って良い、その学問を修めるのならのならの歴史学を学と云えるだろう。

 歴史に学ぶ事が出来なければ、情況が同じなら同じ間違いをしてしまう、過誤が有った事を認める事が大事で、そこを変えると、全く参考にならなくなってしまい、失敗に正しく学べなくなってしまう、人間性は全く発展する機会を喪う、ダカラ、IFを持ち込んではイケナイ。

 歴史學を学ばねば、国の成り立ちに必要なモノや、維持して行く上で行き当たる問題やその解決方法を、予め用意することは出来ない、つまり、社会は全く発展しない事になる、ダカラ、IFを用いなくてはならない。

 2つは同じ様で僅かに違う、前者は人間対人間、社会対社会の異なる意見の対立を観察した人間学だと言って良いが、後者は、社会実験上の試行錯誤の成果を検証によって学び取る事である。、

 サヨクの連中には、頭ごなしに、歴史にIFイケナイとか言っている連中もいるが、歴史「学」は逆に、IFが無ければ成り立たない事を果たして理解しているだろうか。

ぬた

たぬの言ってることわからねえw
たぬ、おまえはバカだ。

人間には想像力ってもんがあるじゃねえか。
その想像力で「もし○○だったら」と考えてみる。
ねずきちさんの言っているのは、
そうやって、

考えることで、新しい未来を築く。
そのために「もし」って発想してみるってことだ。
そうやって考えて、学ぶことが、歴史を担ってきた先人達に対する最大の敬意でもあるって、言ってるんだ。

おまえ、そんなことすらわかんねえのか??
ばっかじゃねえの??
顔でも洗って人生やり直してきな!

たぬ

ただ左翼を叩きたいためだけの頭の悪いエントリですね。統計学がだめなら、歴史もだめだめなのでしょうか。

歴史を現在の価値観だけで正邪を判断できないということは理解できます。でも、そこからなぜ「『歴史にIFを持ち出すのは禁物』が妄言」につながるか全くわかりません。

歴史のある一事象にIFを持ち出したって何の意味もないでしょう、そのIFが成立するためにはその前提になる更に別なIFが必要なわけで極端な話「坂本龍馬が生まれなければ」とか「ハルノートを受け入れてれば」なんてIFが必要になってくるかもしれません。
管理人氏が言ってることと韓国人が「日朝併合がなけれざウリは独力で繁栄できたニダ」とホルホルするのとどう違うんでしょうかね。

歴史で安易にIFを用いることこそ先人を踏みにじることだと思いますが。

KIM

自分的には
人が歴史を学ぶのは未来を予想するためだと思うのです。
過去を知り現在を知れば、未来を予想できる。
この考え方において、歴史のifを考えたとするなら、それは、歴史のifを問いかけることにより、未来をいかに進むかということですね。
人生では、成功することよりも失敗することの方が多いですよね。
失敗の価値とは、そこからいかに教訓を得て、未来につなげるかと言うことです。
それは、歴史においても同じこと。
歴史のifを持ち出して、ホルホルする韓国とかは論外ですが、ビジネススクールとかでも、よくケーススタディとか、歴史のifを持ち出して勉強しているみたいですね。
歴史のifは結構重要なことだと思いますよ。

北の熊

歴史を学ぶー時代背景と真実を
こんばんわ。たぶん、わたしも含めて日本の歴史の真実を正確に論ずることができる日本人は現代には存在しないかもしれない。
日本の近代史を見ていく上で幾多の戦いがあったが、政治、経済、人種問題などあらゆる面から見なければ本当の歴史の真実は把握できないだろうと思う。
また、そうであるから、左側からも付け込まれるのだ、とも言える。
歴史の正誤の判断は時代背景を無視し、現在の価値観から判断することで正誤の判定をしているもので全く無意味であるし、それこそ誤った歴史感を創造することになる。
日本国のあり方としての現在の仮想平和憲法には、本来の日本国としてのあり方、国民の希求するべきもの(精神的なもの)がスポイルされている。このことが、教育のありかたや道徳(日本人としての)
をおろそかにさせ、左翼の侵入を許している。
近代国家となってまだ140年足らずの日本なのだ。
しかし、世界史に多大な影響を与えてきたことも事実である。
人間の存在価値は組織にあってはどれだけ他の人間に影響を与えることができるかで判断されるとするならば、国家も同様であり、日本は戦争して、敗戦もしたがそのことは誇れると思う。
善悪ではなく、そこには真実、あるいは事実しかないのである。
正誤、善悪の判断で思考停止するよりはより多くの未来に向けての判断をする際の教科書たりうるはずである。
昨今の増すゴミの糞コメントなぞ不要であり、真実事実のみを報道し、視聴者に判断を委ねる、そのような報道姿勢が正当であるのにもかかわらず、視聴者の思考停止を誘導する。
左巻きの常套手段である。
これこそ、村山談話の「国策を誤り」に直結することになるであろうと考える。
ねずきちさん、がんばってください。
応援します。

a

>a #OARS9n6I つづき

「自分は幸せになれなくていい、そのかわり自分の命一つで全ての人が幸わせになれるならそれでいい」という風に考えたんですが、過去の先人もどうしようもなく行き詰った時に自分と同じように考えていたのではないか、とも当時思うようになっていったんです。
自分が経験したことが、過去の先人たちの想いと重なったのはこの時ですね。例えば大東亜戦争のときなんか、なるほど、そりゃみんな命懸けるわ、と思いましたよ。

こういう想いを日本人に目覚めさせたくないために「生きる意味」をマスゴミどもは、過去の哲学者とかを使って生きる意味を「わからない」だの「意味はない」だのと言うんでしょうかねえ。

ナポレオン・ソロ

歴史にはIFは禁物かも知れないが、歴史「學」には必須です。
 歴史は学問でも有りますが、歴史自体は出来れば、厳密な検証を基にした事実の記録の連続である事を理想とします、そこに、IFを入れて考えれば混乱する素因となるから禁物だと云うのなら、或る意味判ります。

 しかし、歴史が事実の連続の記録ダケに過ぎないのなら、歴史自体にそれ程の価値はありません、歴史ををドゥやって学問して、現実に資するのかと云う目的を達成する事を考える歴史学の存在があるから、歴史は貴重な記録となりうるのです。

 歴史学は、歴史の行方を決める決断や、事象の如何が、如何なる道程や状況下で行わたかと言う、歴史に記された事実を知って、その事象が人類に与えた影響を評価し、確定する事で学問足りうると思います。

 亦、その学問を役立てるには、拠り好い結果を導くには、ドゥ有るべきだったかとか、実際に出した結論や決断が示した方向性が、その後の情況に如何なる影響を与えたかと言う事を、是亦、現実に出た結論を参考にする事で、来るべき未来で起こるかも知れない擬似的情況への備えに資する対策を考案する目的を持ってこそ学問を役立て得ると考えます。

 ドゥ有るべきかを考える時、其処にIFが無いはずがない、つまり、「歴史に学ぶ」に、IFは有って当然だと言う殊になるでしょう。

 簡単な例を挙るに、では、日本が日露戦争に負けて居れば、ドゥ成ったかを考えれば良く分かる、何故なら、世界中が日本が強大国ロシアに勝てるはずがない、と思っていたからです、事実、英国のブックメーカーで、この掛けに勝った米国の新興ユダヤ財閥(ロスチャイルド系)は、日本の勝利で大儲けしています。

 勿論、韓半島はロシアの領土にされたでしょう、自前の軍隊を持たない大韓帝国では、端から自分の領土さえ護る事は不可能でしたが、李氏朝鮮王朝自体、日本とロシアのどちらに召集国に成って貰うか天秤に掛けていたワケですから、彼らの事大主義から云って、100%ロシアに領土を献上した事でしょう。

 すると、満州開発を目論んで居た米国は、全くの当てが外れ、日本ではなくロシアと対峙する羽目になるワケですから、日本を支援する他はなくなります、米国からの支援を受けた日本は、軍備を立て直し、引き続き日本海には緊張関係が続いた事でしょう。

 しかし、その後直ぐにロシア革命が起こります、是は、英国ユダヤの工作と支援の賜物です、しかし、日露戦争に勝ったロシアは革命で倒れるのに、カナリ時間を要した事でしょう、ひょっとしたら革命そのものが頓挫していたかも知れないのです。

 すると、日露戦争の勝敗の行方は、日本や極東だけでなく、世界の歴史の大きな分岐点であったと言うことも判ってきます、日本が勝つと負けるとでは、戦後世界が大きく違っている事が用意に判るからです。

 しかし、日本海海戦が日本の勝利に終わるまでの、各国の予想は、逆に上記のモノの方が拠り現実的であったワケです、当然日本が負けた際の準備や工作をしていたでしょう、此処にもIFが、必然として有る事になります、そう言う「読み」を建てる事が出来なければ、外交官、否、政治家など出来るはずもないのは明白でしょう。

a

ねずきちさんに今回のブログで私の思っていることを全て言われちゃいましたね。(・ω・`)

よく「人間の生きる意味は何か」ということが話されたりしますよね。
あれって自分の考えなのですが、「日本の未来のために命を懸けて散っていった先人たちの想いをこれからの人たちに伝える」という風に考えてます。

自分はその人たちの想いを無駄にすることなんてできません。わかるんです。自分も過去に、まあまだ若かったからですが、諸事情から将来に全く希望が持てなくなったことがありました。その時なんですが、「自分は幸せになれなくていい、そのかわり自分の命一つで全ての人が幸わせになれるならそれでいい」と神様に祈ったものです。

だからこそ「伝え」ないといけないと思うんです。

古血継人

文章ネチャクチャだったら許しておくれ。酔っても懸命に書いた
今週初めの日放協ラジオ、朝8時過ぎの番組の中で、田母神論文を、「歴史家から見ればですね、あのような論文は、何とも子供じみて笑えるんですよ。2.26事件のような軍の暴走が、後の日中戦争とか、太平洋戦争(太平洋戦争だってよ。笑笑笑┐(~ー~;)┌)を引き起こしたんです。航空自衛隊のトップが、あんな極端に曲がった歴史観を持っていたコトは、非常に恐ろしいコトですね。」ってね、聞いてるコッチが恥ずかしくなる、恥ずかしい論調を強力電波で大意張りで言った出演者(歴史家?)がいたの~~~~。おいらはね、は???ってね、唖然としたわい。
日本の多くの自称歴史蚊(笑笑笑)はね、何故か、祖国を貶めたい輩が多いのが現実でね、ろくに祖国の歴史も勉強してない人間にしたらね、「評論家」「歴史家」ってね、「家」が付くと、まともに信じちゃうワケなのよ(爆爆爆)
だから、日放協、マスコミは、初めからそーゆー人しかキャスティングしないのさ(笑笑笑)
もーーーーー。いい加減さ、みんな気づけって。って言ってもね、今の年輩の人って、ネットなんぞ出来ない人が多いみたいだし、携帯持ってても電話だけとかね、未だに新聞テレビの、政治、外交論を鵜呑みにしてるのが現状なのかね~~~~~~。ε= (´∞` ) ハァー
ま、「if」なんぞ言ってもね、は??????だろね。


このまま、子供たちに自虐史観でもなんでも植え付けてろや。それが、左人間自身が気付いていない、我が国にとって正しい、これからの日本を背負う、現代の子供達や若者にとって良い思想なんだろ?日本だけだぞ?こんなの。頭が狂いそうになるわい。
いいか?毎度言うが、自分の身を投げ撃って、残して下さった人が居た結果が、今の日本だ。その中で生かさせて頂いているのが、今の日本人じゃないのか?あ?
ハッキリ言うが、かの戦争でな、日本が列強に屈して、戦いもせずに負けたらね、今の仮想平和生活はなかったかもしれんのさ。うん、確かに、これは「if」なのね。

で???「if」無しでね、当時の世界状況、於かれた日本の立場、大日本帝国として、その後世を考慮の上での、当時に於いての大東亜戦争回避論をね、反時計回りにはね、これからの日本國を担う若者や我が子の為にもね、教えて語って欲しいの~~~。

わしはガキなのかもしれん。だが、我が子には、我が国の歴史の真実は一つしか教えられん。
何故なら、いかなる国に於いても、歴史の真実は一つしかないからだ。

それをも生まれた祖国を否定する、したい人間は、文句なんぞの子供じみたコト言わずに、愛する祖国に帰れ。もしくは純血日本人が反日を言ってるのら、まあ、勝手にやってろ┐(~ー~;)┌かの~~~~。












 ミヤビ

一貫性なんてありえません
官軍は好きじゃないけど西郷さんや坂本竜馬は好きだ。徳川幕府は好きだけど井伊や慶喜は好きじゃない。篤姫は尊敬するし、大大ファンだ。
山本五十六は好きだし乃木大将は好きだけど、日本軍は肯定できない。
歴史において一貫性はありえないし、立場によっていろんな見方ができるのが歴史であり、大東亜戦争で侵略したかもしれないし、そうでなかったかもしれない。どちらかを否定するのではなく、すべてを謙虚に受け止めて、これからを生きていくのが、過去の方たちの命に報いることだと、ねずきちさんの
お話でわかって救われました。
私の最大のIFは坂本竜馬が暗殺されなければ、もっと違った歴史になったかもしれないということです。
もし、孝明天皇があと10年長生きされたら。
来年の大河ドラマが楽しみです☆

あきつ

歴史にIFは・・・
私は少し違う考えをします。
歴史をすべて肯定するです。
今、私たちが存在するのは、過去に戦争が起こったからです。
つまり、戦争を否定することは 私たち自身の存在を否定することです。

よって 正邪もございません。

否定する人間は 自分自身を否定してしまいます。
根なし草ですね・・・ 
それが蔓延すると 自分自身の存在意義がなくなってします。
壁にぶつかると容易にあの世へ逃げてしまうのではないでしょうか?

先人も我々も 刹那 刹那を一生懸命生きることではないでしょうか?




A子

子や孫に良い資料を
 ねずきちさんに一票。 まったく同感ですわ。
 一般論としては、 過去を未来に生かすことこそ、 歴史の役目です。

 後世の評価といっても、 必ずその時代の利害がからみますね。
 ですから、 あたくし達は子や孫のために良い資料を残してやる必要がありますね。
 それはとりもなおさず、あたくし達が、誇れる生き方を続けることだと思います。
 もちろんそれは現在にも生きるはずです。

bb

ねずきちさん、こんばんは。
およそ学問には仮説が必要不可欠、歴史学は史料をもとに、その史料の真贋を証明し、読み解きその時代を解明していくものですよね。視点をどこに置くかで、政治史、文化史、宗教史・・・古代であれ中世であれ新しい資料が見つかれば歴史は塗り替えられていきます。また同じ史料でも解釈の仕方は読む人の世界観と切り離せません。IFがなければ学問としての歴史は終わるでしょう。たとえば、もし信長が生きていたらという仮説を立てて、史料を探したって良いわけで。最初は定説と違いすぎて教授から叱られ、周りから変わり者と言われるでしょう。でも解りませんよね。そういう視点で史料探しをしているうちに書き換えられる可能性だってあるわけです。

私は、ともすれば権力者に重きを置く(史料が多いから仕方ないところもありますが)歴史解釈より、その時代を一生懸命生きた普通の人々に優しい視線と共感の持てる歴史の読み方をしていきたいと思っています。なので、ねずきちさんのお考えにいつも励まされています。

123

「だろう運転」じゃなくて
「かもしれない」運転を
心がけるように、歴史をIFで検証して
未来の糧にするって感じですかね

IFは禁物


その通りだと思います。
「IFは禁物」です。

シナ・朝鮮が日本の支配下にあったこと、
日本に多額の援助と技術援助があって、
これだけ立派に近代化できたという事実は、
隠蔽できません。

IFも何もないです。
シナ・朝鮮が日本より遥かに
民度も実力も何もなかった事は
変えようがない【真実】です!!!



p

本当にそう思います。
エントリーを読んで、うかつにも涙が出そうになりました。

心の中で、もやもやしていた気持ちを代弁してくださって、ありがとうございました。

ここに来ると、心が満たされます。

ttttt

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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
連絡先: info@musubi-ac.com
昭和31年生まれ。浜松市出身。上場信販会社を経て執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」を運営。またインターネット・ブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。「歴史を学ぶことでネガティブをポジティブに」という理念を掲げ活動する。古事記・日本書紀・万葉集などの原文を丁寧に読み解き、誰にでも納得できる日本論を発信。

《著書》日本図書館協会推薦『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』、『ねずさんと語る古事記1~3巻』、『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』、『ねずさんの世界に誇る覚醒と繁栄を解く日本書紀』、『ねずさんの知っておきたい日本のすごい秘密』、『日本建国史』、その他執筆多数。

《動画》「むすび大学シリーズ」、「ゆにわ塾シリーズ」「CGS目からウロコの日本の歴史シリーズ」、「明治150年 真の日本の姿シリーズ」、「優しい子を育てる小名木塾シリーズ」など多数。

講演のご依頼について

最低3週間程度の余裕をもって、以下のアドレスからメールでお申し込みください。
むすび大学事務局
E-mail info@musubi-ac.com
電話 072-807-7567
○受付時間 
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