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明治政府は、明治3年から廃仏毀釈を推進し、国内から仏教を廃し、国家神道を国教にしようとしました。 このため大阪住吉大社大伽藍は破壊されたし、奈良興福寺の食堂も破壊、仏塔さえも捨値で売りに出され、千葉の鋸山ではすべての五百羅漢像が破壊されたりしました。 こうした一連の取り組みの中で、仏教を尊ぶ童子教は不要とされるようになり、結果として、明治以降、童子教は徐々に忘れ去られていくことになったわけです。 以下に童子教の前文を掲載しますが、ご一読いただければ、人として何が大切なのか、また師弟関係とはどのようなものか。 そして江戸時代の庶民がなぜ民度が高かったのかなどをご理解いただけるのではないかと思います。 |
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Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
連絡先: info@musubi-ac.com
昭和31年1月生まれ
国司啓蒙家
静岡県浜松市出身。上場信販会社を経て現在は執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」を運営。
ブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。Youtubeの「むすび大学」では、100万再生の動画他、1年でチャンネル登録者数を25万人越えにしている。
他にCGS「目からウロコシリーズ」、ひらめきTV「明治150年 真の日本の姿シリーズ」など多数の動画あり。
《著書》 日本図書館協会推薦『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』、『ねずさんと語る古事記1~3巻』、『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』、『ねずさんの世界に誇る覚醒と繁栄を解く日本書紀』、『ねずさんの知っておきたい日本のすごい秘密』、『日本建国史』、『庶民の日本史』、『金融経済の裏側』、『子供たちに伝えたい 美しき日本人たち』その他執筆多数。
《動画》 「むすび大学シリーズ」、「ゆにわ塾シリーズ」「CGS目からウロコの日本の歴史シリーズ」、「明治150年 真の日本の姿シリーズ」、「優しい子を育てる小名木塾シリーズ」など多数。
コメント
cotton
童子教を理解し、骨身に染みこませ、人徳を磨きたいと感じました。
言霊が難しく、理解出来ない箇所があるので、夜学に勤めたいと思います。
素晴らしい教え、有難うございました。
これからもアイデンティティが高められる素晴らしい情報、よろしくお願いたします
2019/06/12 URL 編集
通りすがり
また人を育てる為に社会を蔑ろにするのも必要ないと思います。
バランスが大事だと思います。ですが、これらはあくまでも正しくあろうとする者、また社会があってこそ通用するものだと思います。世を乱そうとするもの、人を蔑ろにする社会のルール、それらを大事にしてまで人や社会を無条件で守るのは如何なものでしょうか。
何事も状況次第でどう判断するかは変わってきます。その判断の後にどう生きるかはその人の真心次第です。私が思うに子供の頃は誰しも持っていると思うのです、真心の芽は。
私たち大人は、その芽を大切に育ててあげる立場に在るのだと思います。
2019/06/11 URL 編集
kusuko
「日本の師弟関係はしきたりがやかましく、厳しい躾(しつけ)をしたものでした。まるで敵同士であるかのような気持ちで、また弟子や後輩の進歩を妬みでもしているかのようにさえ思われるほど厳しく躾していました。
例えば最も古い感情を残している文楽座の人形遣いなど、少しの手落ちを咎めて、弟子を蹴飛ばしたり、三味線弾きは撥で殴りつけたりした。
そういうことは以前はよくあった。そうした躾を経ないでは一人前になれないと考えられてきたのです。
(中略)それに耐えられなければ死んでしまえという位の厳しさでした。」
(折口信夫:座談会「日本文化の流れ」・昭和24年12月)
折口信夫は、そうなるのは古代の神と民衆の関係を師弟関係が無意識のうちになぞっているからだと示唆しています。
簡単に言うと、
神の理不尽な怒り(地震・台風・洪水・旱魃・冷害や飢饉・病気など)
→「自分にはこのような仕打ちを受ける謂われはない」と思う
→それでも神をひたすら信じ・神の指し示す道を黙々と歩む
「神よ、この清い私を見てくれ」
これは、日本の民衆が「貴種流離譚」を好む理由でもあるのだそうです。
歌舞伎批評家・山本吉之助氏による解説
https://anond.hatelabo.jp/20180930185240
http://www.kabukisk.com/geitohito33.htm
2019/06/11 URL 編集
takechiyo1949
来る者は拒まず
「来る」は「くる」では無く「きたる」ですね。
まともに読めない人もよく使う言葉です。
『オイラは度量が広い』
そう仰りたいのでしょう。
今の時代…そんな楽観は要注意だと思います。
実はとても悲しいことなのでしょうけどね。
信用失墜で人が去ってしまった…追っ掛けても仕方無いと思います。
しかし『信用してやって来ました』の言葉で酷い目にあったことは沢山あります。
こういう経験は良く憶えているものです。
斯くして『来る者は選ぶ』ことに切り替えました。
ところで、最近一番驚いたこと…50年も60年も生きて来た方が『教育勅語の存在も内容も全く知らなかった』と言ってました。
会えば、今の世相について利いた風な自説をひけらかす御仁です。
戦後派なんてそんなもの?
笑ってる場合じゃ無いよな~と考え込む次第です。
2019/06/11 URL 編集