単純多数決という意外と馬鹿げた方法

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現在行われている政治システムが不動不変の最高の至上のシステムとばかりはいえません。もしかすると古い時代の日本のシステムの中に、いまよりも実はもっと優れたシステムと、思考があったのかもしれない。すくなくとも責任ということについては、江戸時代までの日本社会のほうが、明治以降に日本が外国から輸入したシステムよりも、はるかに優れていたといえるのではないかと思います。


20190730 会議
画像出所=https://www.microsoft.com/ja-jp/business/industry/gov/community/clipart01.aspx
(画像はクリックすると、お借りした当該画像の元ページに飛ぶようにしています。
画像は単なるイメージで本編とは関係のないものです。)


古典を学ばせていただき、その視点から現代を見ると、いま「あたりまえの常識」と思われていることの中に、とんでもなくおかしなことがあることに気付かされることがあります。
そのなかのひとつが「多数決」です。

多数決は、権力者による横暴を防ぎ、民衆の意見こそを神々の意思とする、民主主義実現のための最良の方法とされています。
ところがすこし考えたら誰にでもわかる簡単なことですが、その問題(扱おうとする問題)に、何の責任も負わず、興味も関心もない人がそこで賛成とか反対とかの票を投じて多数決が決するわけです。
何の興味も関心もなくて、その問題について充分な知識も判断材料も持ち合わせず、何の利害も負わない人が票を投じて意思決定がなされるのです。
それは「おそろしいこと」です。

多数決では、結果責任を負いたくない人は、常に多数決で反対に回ることになります。
なぜなら結果がどうなろうと、反対をしておけば、もしその意思決定が失敗であれば、「だから私は最初から反対していたのだ」と言えるし、もし成功すれば「あの意思決定には私も参加していたのだ」と偉ぶることができるからです。
しかしそういう人が意思決定に伴う責任を負うことは決してありません。

責任を負わないという意味では、賛成者もまた同じです。
もしその意思決定による行動が大きな損失を生むことになったとしても、自分は組織の一員として賛成票を投じただけであり、決定の事実そのものについての責任を負うものではないという理屈が成り立ってしまうからです。

責任を負わないということは、その決定によって不利益が生じた・・・もっというなら結果として大災難がもたらされたとしても、誰もその責任を負わないということです。
それは無責任というものです。
要するに多数決というのは、現状では、まるっきり誰も責任を負うことのない、いい加減かつ無責任な手法でしかないということができるのです。

もっというなら、こういう責任という視点から見るならば、いまメディアで垂れ流している報道番組など、何の責任も負わない人たちが、身勝手な意見を述べているだけの、極めて無責任なものでしかない、ということです。



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20190317 MARTH

では江戸時代までの日本では、問題解決のための議論をどのように行い、誰が責任を負担してきたのでしょうか。

古事記にある有名なお話として、天照大御神が天の石屋戸にお籠(こも)りになられたとき、八百万の神々が天の安の河原に集って会議を行ったお話があります。
ところが安の河原に集まったのは、「八百万の神々」と言いながら「八百万の神々の全て」ではないのです。

たとえば建御雷神(たけみかづちのかみ)の父の天之尾羽張神(あめのおはばりのかみ)なども、このときの安川での会議に参加していません。
理由は簡単で、この時点ではまだ建御雷神は生まれてなかったし、天之尾羽張神は、そもそも伊耶那岐大神(いさなきおほかみ)の所有する十拳剣(とつかのつるぎ)の神様であって、邪気や魔を払う剣にとっては、そこが暗闇であろうが明るい昼間であろうが、まったく関係ないからです。

従ってこの会議に参加したのは、世の中が真っ暗闇に閉ざされてしまったことに問題意識を持った、つまり利害関係があり、実際にその問題の解決にあたって、何らかの行動ができる神々です。
これはいまふうに言えば、「利害関係者だけが集まって会議を行った」ということです。

利害関係があるということは、その結果は、そのまま参加した神々の身に降りかかるということです。
従って解決のためには、会議の決定事項に従って、自らも汗を流さなければなりません。
実際、この会議のあと、玉祖命(たまのおやのみこと)は八尺の勾玉を作っているし、布刀玉命(ふとだまのみこ)は太占(ふとまに)を行うし、天児屋命(あめのこやねのみこと)は祝詞(のりと)を奏上したし、天手力男神(あめのたぢからをのかみ)は、天照大御神様のお手をとる役割を勤(つと)めたし、天宇受賣命は岩戸の前で舞い、天照大御神のお声をお待ちしています。
つまり天の安の河原に集った神々は、利害関係者として意思決定に参加しただけでなく、その後の集団としての行動に、それぞれ責任をもって勤めています。

このことが意味していることは重要です。
それは「何事も利害関係者が集まって、みんなで意見を一致させて行動し、決まったことにはそれぞれが責任を持ちなさい」という教えだからです。

こうした神語にある教えを受けて、我が国では、たとえば河川の堤防の補強工事をしようとか、村の御祭神の神社の建て替えをしようとか、そうした集団の決議によって行われるべき事柄については、常に当該事案に関する利害関係者(その中には工事をする人夫さんや、人夫さんにお弁当を出す女性たちも含まれます)全員が参加して議論を交わし、全員一致して工事等が遂行されるという仕組みができあがっていました。

そのために複数の村が関係するときは、個々の村ごとに村落内の利害関係者全員が集まって協議し、決まった結果を複数の村の代表が集まる惣会(そうかい)において、関係する村の代表が集まって協議し、それぞれの代表は、また村に議題を持ち帰って村内での会議を行うといったことが繰り返され、最終的に決まったことには、利害関係者の全員が参加し、そしてその決定事項については、奉行が全責任をもち、万一、それが失敗に終われば、奉行が腹を切るという約定のもとに、工事が利害関係者全員の責任のもとに遂行されていったのです。

もちろんそうした利害関係者、全員参加型の意思決定は、時間もかかり、スピードの早い現代社会にはなじまないのではないかといった議論もあろうかと思います。
けれどそれをいうなら、これだけネットが普及した現代において、ひとつのニュースが流れれば、それについてのコメントがまたたく間に数百、数万と集まるというご時世なのです。
工夫の仕方はいくらでもあると思う。

要するに、現在行われている政治システムが不動不変の最高の至上のシステムとばかりはいえない、ということです。
もしかすると古い時代の日本のシステムの中に、いまよりも実はもっと優れたシステムと、思考があったのかもしれない。
すくなくとも責任ということについては、江戸時代までの日本社会のほうが、明治以降に日本が外国から輸入したシステムよりも、はるかに優れていた部分があったかもしれない。
もちろん、今のほうがずっと良いことだってたくさんあります。

過去を肯定し、現在を否定する。
過去を否定し、現在を肯定する。
あっちが悪い、こっちが悪い。
そればかりを繰り返しても、まるで輪のようで堂々巡りをするだけです。
そうではなく、過去も現在も、どちらもあるがままを認めて、そこからよりよい未来を築いていく。そのために努力する。
あたりまえのことですが、それが本来の姿であると思います。
これを古い言葉で、「なかいま(中今)に生きる」と言います。

お読みいただき、ありがとうございました。


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コメント

Ludwig.von.Wittelsbach

議論
要は、多数決は手段であって、目的ではないのですね。
多数決に至るまでの議論が必要であり、そして議論をする為には、
正しい広範な知識と感情論を排した冷静さと論理性が必要だと。
遺憾ながら、学校とかいうものは、知識に限定を与え、安易な大衆迎合を薦めるだけの機関のようです。
支韓の反日現代史に対しては、だんまりを決め込むだけ。
現代史の部分は事実の羅列すら行わないようになりました。
これでは、取り敢えず、(今流行りの言葉でいえば)「空気を読んで」多数派へ、無思考で投票するだけでしょう。
思考をわたしたちの手に取り戻すためにも、禁忌を設けず、幅広い意見を聞きたいものです。
ねずさん、いつもありがとうございます。

-

No title
ねず、手前も相当幼稚だな。
そんなに、俺がお前を一切相手にしていない事が悔しいか?ゴキブリ。
そういうディすり方が陰湿なんだよゴキブリ。
何の事?ってしらばっくれんだろうけどよどうせ、ゴキブリだからよお前。
手前には関わりたく無いんだよ俺は。気違いだからなお前は。
手前が一度、俺をお前のブログでディスったから、こっちが関わらないようにしてるのをいい事に、調子ぶっこいてんじゃねえぞ屑ねず。
釣られてやってる事を有難く思えよ、ゴキブリ。
何が”信号機”じゃ、ひねったつもりか?ゴキブリ。

Toshiro Akizuki

歴史から学んだチャーチル
民主主義は最悪の政治システムである、と言ったのはチャーチルです。英語の原文は覚えていませんが、私の記憶では、民主主義は最悪の政治システムである、ただし、歴史上今までにためされたことのある他の政治制度を除いて、と言ったといわれています。他の制度とは、共産主義とか、ヒットラーの国家社会主義とか、歴史に現れて採用されたことのある制度のことで、それに比べればイギリスの民主主義が優れているにきまっている。しかし、理論上は考えられるが、ためされたことのない政治制度が、民主主義よりも優れた政治制度として未来にでてくることはありうるという趣旨の発言です。チャーチルは英国の民主主義の問題を知り尽くしており、その限界の中で、第二次世界大戦を戦いぬき、戦勝国、連合国のリーダーとしていまでも世界中で尊敬を集めています。開戦時に首相に選ばれる前の浪人中の数年間、ナポレオンと戦争したチャーチル家のご先祖様の戦史を徹底的に研究して本を書き、ヒットラーとの戦争の準備をしていたというのはよく知られています。大陸の独裁国家が、歯止めのない膨張主義でヨーロッパを破壊するのは歴史の法則であり、ヒットラーも例外ではないと見抜いていた。敵性国家のソ連と手をにぎり、平和主義のルーズベルトを拝み倒して参戦に引き込んでヒットラーを包囲する戦略は、チャーチルがご先祖さまの教訓から学んで立案し、実行したものです。チャーチルの歴史学は、ねずさんの言う歴史から学んで将来の行き方の糧とするという歴史学の姿勢と通ずるものがあると思います。

岡義雄

No title
こんにちは!
今日も拝読させていただきました。シェアさせていただきました。
ありがとうございます。
昨今のメディアの無責任さと言ったら、それはもう酷いものです。
特に「朝日新聞」「毎日新聞」「東京新聞」などですが、社説や論評が、かつて無いほどに反日、侮日、反政権、親韓を全面に打ち出し、
何の根拠もないフェイクニュースを垂れ流し、韓国メディアの
言うがままのコメントを出したりと枚挙に暇がありませんね。
今回の韓国に対する「ホワイト国」除外問題でも、原因が全て韓国側にあるにも関わらず、反日的言論界や敎育界のバカタレ共といっしょになって「取り消せ」「大変なことになるぞ」「日本にも実害が」「インバウンドが」「かつて無いほど若者は韓国が好きだ」上げればきりがないほど発信しています。
ここはきちんと報道の責任を明確にし、罰則を設ける事をしないと、メディアがやって無罪放免なのに、個人や団体がやるとヘイト!ってありえませんから。

takechiyo1949

余命の限り学び、役立てたいです。
就職し初めて体験した現実の壁。
「自分には何かが足りない」
それは…学生時代にはサボりまくってた歴史の勉強。
半世紀以上も生きた頃…ねずさんに言われました。
『歴史から謙虚に学びましょう』

今を生きる…歴史はそのための知恵や勇気を与えてくれる。
今を生きる…そんな私達が未来を築いていく。

遅蒔きではありますが「中今に生きる」を心に、余命の限り学び、役立てたいと思っています。
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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず

Author:小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず
連絡先: nezu3344@gmail.com
電話:080-4358-3739
出身:静岡県浜松市
住所:千葉県野田市
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんのひとりごと」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「明治150年真の日本の姿」、「日本と台湾の絆」、「奇跡の将軍樋口季一郎」、「南京事件は4度あった」、などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。
日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
《著書》
『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』
『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦
『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』
『誰も言わない ねずさんの世界一誇れる国 日本』
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『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』
『ねずさんの世界に誇る覚醒と繁栄を解く日本書紀』

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