検疫機能を持っていた太宰府のお話

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日本と台湾の絆


おもしろいのは大宰府が九州の筑前にしか置かれていないことです。
歴史を振り返ると、吉備の国に、ほんの一時期、できたての渤海国との交易管理のための監督官庁として吉備大宰府が置かれたことがありますが、こちらはすぐになくなってしまいました。渤海国との日本海交易には、大宰府は必要ないとみなされたからです。
他に大宰という名を冠した政庁はありません。
対外的な人の出入りの監督官庁は唐の国にもありますが、唐での名称は「都督府」です。
私達は、大宰府という名を冠した役所が筑前に置かれたことの意味を厳粛に受け止める必要があります。


太宰府の政庁跡
20200313 大宰府政庁跡
画像出所=https://hanami.walkerplus.com/detail/ar1040e60336/
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新型コロナウイルスが話題になっていますが、実は、そうした疫病と、かつて九州に存在した「太宰府(だざいふ)」が大いに関係していたというお話です。

大宰府といえば防人たちが活躍した古代から中世にかけての我が国の国防の最前線として有名です。
この大宰府、いまではすっかり「だざいふ」と読むのが一般化していますが、もともとは訓読みして
「おほ みこともち の つかさ」
と呼ばれていました。

今風に意訳すれば「大君の詔(みこと)をもって設置された府(つかさ)」という意味になります。
「だざいふ」と言われても、なんのことだかピンときませんが、このように訓読みで言われると、「なるほど」とわかりやすくなると思います。

問題はその「おほ みこともち の つかさ」に「大宰府」という漢字が当てられたことです。
「つかさ」は「君命をつかさどるところ」という意味ですから、お役所を意味する「府」でおかしくはありません。
国府(くにのつかさ)といえば、中央から派遣された国司がいるところです。
ちなみに国府も国司も、訓読みはどちらも「くにのつかさ」です。
言い換えれば国司=国府であったわけです。

そもそも大宰府の置かれた筑前国には、ちゃんと大宰府の他に国府がありました。
有名なところでは、筑前の国司に山上憶良(やまのうえのおくら)がいました。
そしてその時代の大宰府の帥(そち、長官のこと)が大伴旅人(おほとものたびと)です。

つまり通常の国府としての行政をこなす国司の他に、筑前にだけ、別に大宰府が置かれていたわけです。
しかもその名の「大宰(おほ みこともち)」は、天皇の命令によって特別に設置されたとわざわざ宣言されています。

では漢字の「大宰」にはどのような意味があるのでしょうか。
「大」はわかりやすいと思いますので省略します。
「宰」は、「宀+辛」で成り立ちますが、つくりの「辛」は調理用の刃物の象形です。
「辛」は「からい」と読みますが、食べ物の「辛(から)い」という食感は、実は舌が痛(いた)みを感じているからです。
昔の人は、これを舌を刃物で切られる痛さと同じ種類のものだと考えたから辛(から)いという食感を「辛」と書いたわけです。

その「辛」に、屋敷を意味する「宀」をかぶせたものが「宰」です。
つまり「宰」は、「嘘を言ったら舌を切りとるぞ」という辛味のある屋敷という字というわけです。
ですから大宰府は、大君(おほきみ)の命令いよって厳しく監督し、嘘を許さず、ときに抜刀して処罰を下す役所です。
だから大宰府という名がついています。

おもしろいのは、その「絶対に嘘を許さない」という大宰府は、九州の筑前にしか置かれていないことです。
歴史を振り返ると、吉備の国に、ほんの一時期、できたての渤海国との交易管理のための監督官庁として吉備大宰府が置かれたことがありますが、こちらはすぐになくなってしまいました。
渤海国との日本海交易には、大宰府は必要ないとみなされたからです。

他には、筑前以外に大宰という名を冠した政庁はありません。
対外的な人の出入りの監督官庁は唐の国にもありますが、唐での名称は「都督府」です。
わざわざ「嘘を言ったら舌を切り取るぞ」という大宰という用語は用いられていません。

私達は、大宰府という名を冠した役所が筑前に置かれたこと、その名称が「嘘を言ったら舌を切り取るぞ」という意味の名称であったことを、厳粛に受け止める必要があります。
騙す人と騙される人がいたら、我が国は誰もが「騙すほうが悪い」と考えますが、そうでない国も世の中にはあるからです。

この時代、我が国の交易相手は、大陸と半島だけではありません。
日本海のウラジオストックのあたりを交易拠点とする渤海国(ぼっかいこく)との交易が盛んに行われていました。
日本海は、日本列島沿いに暖かな対馬海流が北上し、樺太のあたりから大陸沿いに寒流のリマン海流が南下しています。
つまり日本海は、この二つの海流によって、反時計回りに潮流が回流しています。
この海流に乗って、日本は七世紀の終わり頃に生まれた渤海国と、さかんに交易をしていました。

当時ウラジオストックは東京龍原府と呼ばれ、そこには遠くペルシャからペルシャ商人がやってきました。
ペルシャは砂漠の国ですが、砂漠地帯というのは、砂漠への落雷によって、砂漠の中に多数のガラス片が生成します。
つまりペルシャではガラスが原始取得できたわけです。
ガラスは熱を加えると自在に加工できますので、そのガラスを用いた様々な工芸品が作られていました。

一方日本には砂漠がありませんから、ガラスは自然形成されません。
ですから透明なガラス製品は、たいへんに珍しいものでした。
その日本では、今度は東北地方を中心に、川で水を掬(すく)えば金色の砂がたくさん拾え、山中に入れば金色の成分を含む石がいくらでも原始取得できました。
つまり金(ゴールド)を大量に原始取得できました。

こうしてペルシャ人は元手ただで原始取得したガラス品を、日本人はやはり原始取得した金(ゴールド)を持ち寄って交換交易が行われました。
この交易には、ペルシャ商人たちにとっては、たった一度の交易で一生遊んで暮らせるだけの金(ゴールド)を得ることができるというメリットがあり、日本人は、特に東北地方はお米が取りにくい代わりに、ペルシャ製のガラス品を中央に献上することによって減税を得るという節税対策ができました。
要するに日本人、ペルシャ商人、両方にたいへん大きなメリットがあったわけです。

ところがこの渤海国との交易について、我が国は「嘘を言ったら舌を切り取るぞ」という名の役所を置いていません。
単に吉備や越前越後の国府が交易管理の任務にあたっただけです。

このことがこれがなにを意味しているかというと、それだけ半島との人の出入りには、嘘つきに気をつけなければならなかったということです。
そうでなければ、渤海や、その他唐や半島以外の諸国ともさかんに交易が行われていながら、半島に面した大宰府だけが、大宰という名称にされた合理的説明がつきません。

また大宰府がいまの九州福岡の太宰府市に置かれたのは、他にも「検疫」のための役所であったことも見逃すことができないことです。
細菌学があった時代ではありません。
ただ、何故かわからないけれど、大陸や半島からは伝染病がもたらされる。

実際、伝染病のほとんどは、九州から上陸して東に移動し、多くの人の命を奪いました。
これを水際で阻止するためには、九州の大宰府が強権をもって、人の出入りを監督し、あきらかに不審な患者を持つ船は、非情なようだけれど、武力を用いてでも上陸させない必要があったわけです。
そうでなければ、何万人もの死者が国内で出てしまうのです。

それでも伝染病は防ぎきれない。
それだけに、内外にそこがきわめて辛(から)い、つまり厳しい役所であることを「太宰府」という名称で宣言し、実際、感染症が疑われる患者を乗せた船がやってきたら、断固としてその上陸を拒否するということが、太宰府で行われていたのです。

このことは、他の港には、わざわざ「宰」と宣言した役所がなかったことでも明らかです。

その大宰府の防人の長たちが、お正月に集まって詠んだ歌が万葉集に掲載されています。
それが「初春は令(よ)き月にして、気は淑(よ)くて、風和み」で有名な、令和の元号のもとになった額詞を持つ歌です。

令和年間の始まりにあたって、まさにその感染症が大きな社会問題になったことは、何か不思議な符合を感じさせます。
我が国にはいま太宰府はなく、そのないなかで実際にクルーズ船における感染症の問題が起き、そしてまるで「辛くない」対応しかできない日本の姿が浮き彫りにされたからです。

共産主義史観に染まった人たちは、人類も歴史も進化するものであり、いまよりも昔は常に劣った時代であったと規定します。
けれど、古代の人の智慧の方が、もしかするといまよりも数倍まさっていたのかもしれないのです。

そしてこの時代に書かれたものが、古事記、日本書紀、万葉集の三点セットです。
拙著では、すでに古事記と万葉集を出版させていただきました。
そして来月には、いよいよ待望の日本書紀が出ます。

乞うご期待です。

お読みいただき、ありがとうございました。


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コメント

宮崎マンゴー

ねず様、いつもお疲れ様でございます。
長き愚文綴りまして、申し訳ございませんでした。何か、不都合な部分がございましたでしょうか…
失礼申し上げました。これからも、宜しくお願い申し上げます。祈

宮崎マンゴー

ねず様、いつもお疲れ様でございます。
ありがとうございます。

今回の太宰府の記事を読み始め、都府楼跡の事なのだと…学生時代、太宰府に住んでおりましたわたくしにとっては、懐かしくまた、太宰府は大宰府としての「検疫」の為の役所(水際対策としての)を詳しく学ばさせていただきました。都府楼跡が馴染んでおりましたわたくしは(天満宮近く住まい)、都府楼跡を訪ねますと、広い敷地の中に石碑が残っており、天満宮の賑やかな人々の往来に比べ(この数年は、中国、韓国の観光客でいっぱいでございますが…)、わたくしの知る限りの都府楼跡は、凛とした趣きある深く心に染み渡る歴史の余韻や風冴え感じられる地でございました。現在は、住宅街が取巻き…危惧してもおります。命の綱の役割処と申しても、過言ではないかとねず様の御発信にて存じました。
何度も訪れておりますのに、歴史の記述も眺めておりましたのに、肝心な部分を抜け読みしていたのだなと情けなく存じました。改めて、太宰府(大宰府)の地全てに纏わる荘厳な歴史を日本人として、九州人としてありがたく誇りに存じました。本日の日本書紀の記事にても、現実日本に生きる国民皆へ是非拝読致していただきたいと存じました。話は逸れるかもしれませんが、スイス民間防衛に対して、日本書記を元にして我国独自の日本民間防衛を作る事へも繋がるのではないかと(憲法改正含)、ふと思いました。
九州は、玄界灘に面し(貿易、文化、入国往来、経済、観光等々)色々な意味でも玄関口の役割を果たしております。現に今回のウィルス拡散は早くから九州人は予想し危惧していた事でございます。
福岡から鹿児島迄、凡ゆる観光地を見れば分かる事でございます。(多くの移住者もございます。)昨年11月半ばにはネットにて、武漢が厳しい状況と伝えられ、いち早く台湾や香港は水際対策強化へ動いている事を知り、わたくしもネットへ直ぐに投稿致しましたが…何故なら玄関口の九州の危機を想うと。けれど時は遅しの我国でございました…大宰府の行い来た役割が活かされなかった今の日本を残念にも存じましたが、安倍総理を中心とされたブレーンの政府の早急な対策の取組みは、素晴らしく存じます。
ピンチをチャンスに変えて行こうとする現在の様々な国民の姿勢に[日本の誇り]を取り戻そうとの、勢い冴え感じられます。民間、政府、自衛隊との連携や動きにこれから起こり得る緊急なる危機に対しても希望の気配が伺えます。
ここで、九州の玄関口博多港について…
豪華客船が多く停泊致し(中国等)、夜も煌びやか場所となりましたが、其処には引き揚げ記念碑がございます。二日市保養所は、筑紫野市二日市温泉街の福祉施設「むさし苑」駐車場に「水子地蔵」がまつられ、毎年5月14日に済生会二日市病院にて「水子慰霊祭」がおこなわれます。賑わう玄関口にて、纏わる戦争の犠牲、被害と遭われた多くの日本女性の哀しく壮絶なる残酷な真実は、忘却の彼方として葬り去ってはならないということも、我々は忘れてはならないのではないのでしょうか。わたくしは、年に数回も福岡へ往来しながらも、二日市保養所の跡地を通り過ぎていたことに、情けなく無念に存じました。必ず伺い手を合わせ、お弔いを致したく存じます。
戦後75年といわれる日本は、いまだ戦争は終わってはおりません…戦争もした事のない愚国が入りの現実現状。途絶えぬ犯罪事件による多くの弱者の被害、犠牲はマスコミは報道致しません。ネットにて知る程でございます。被害、犠牲者の数だけ、悲しむその家族も存在するのでございます。チベット、東トルキスタン、内モンゴルの現状を優しき日本国民は案じ危惧しておりますが(わたくしもその一人でございます)、危機なるは、日本国内なのであるということを知らねばならないのであります。三國からの留学生や観光客、孔子学院などの行方の先を見極められない対応に凍りつきます。
以前、ネットでの新聞記事にて、通化事件の写真と現場証言として「千人に近い屍体が裸にされ、凍土の上を滑らかされ川の中に捨てられるのも見た」と。又、ねず様の通州事件の真実の酷さ。21世紀、令和を迎えても、かの愚国の民度は変わらないということ…現在のかの三國の国内状況を把握すれば分かります様に。
申し訳ございません…脱線致してしまいました。[国を護る]ことをお伝え致したかったのでございます。全ての危機への水際対策強化を図らねば、国は、民は、途絶えてしまうのでございます。かなしいかな、その被害は犠牲は弱者である多くは、子供や女性なのであります。日本人一人一人が[国を護る]という強き誇りを持ち立ち上がれば、日出づる島国日本の夜明けを迎え、「陽はまた昇る」、再生致すと信じ祈ってなりません。
長く綴りまして、申し訳ございませんでした。ねず様へ感謝でございます。祈
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小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
連絡先: nezu3344@gmail.com
電話:080-4358-3739
出身:静岡県浜松市
住所:千葉県野田市
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「明治150年真の日本の姿」、「日本と台湾の絆」、「奇跡の将軍樋口季一郎」、「南京事件は4度あった」、などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。
日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
《著書》
『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』
『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦
『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』
『誰も言わない ねずさんの世界一誇れる国 日本』
最新刊
『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』
『ねずさんの世界に誇る覚醒と繁栄を解く日本書紀』

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