「論」と書いて「あげつらふ」

幕末の維新の志士たちのみならず、武士はよく泣いたそうです。
彼らは筋道を立て、道理を重んじ、互いの尊厳を認めあい、互いに高め合おうとする強い意志を共有していたからこそ泣いたのです。
日本的な「論」、すなわち「あげつらふ」ことを、私達はもういちど見直すべきことだと思います。
なぜならそれこそが、欧米におけるディベートの精神そのものであるからですし、我が国の十七条憲法の教えでもあるからです。

20200517 涙
画像出所=https://www.irasutoya.com/2015/09/blog-post_716.html
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十七条憲法の原文には、不思議なことに「論」という字が三度も出てきます。
以下のとおりです。

一曰。以和為貴。無忤為宗。人皆有黨。亦少達者。是以或不順君父。乍違于隣里。然上和下睦。諧於「論」事。則事理自通。何事不成。
十七曰。夫事不可独断。必與衆宜「論」。少事是輕。不可必衆。唯逮「論」大事。若疑有失。故與衆相辨。辞則得理。


要点だけを抜き出すと、
第一条 
上(かみ)和(やわら)ぎ下(しも)睦(むつ)びて
事を論(あげつら)ふに諧(かな)うときは
すなわち事理おのずから通ず。何事か成らざらん。

第十七条
必ず衆とともによろしく論(あげつら)ふべし。
大事を論(あげつら)ふに逮(およ)びては、もしは失(あやまち)あらんことを疑う。


漢文では、基本的に同じ文字を繰り返し使うことをきらいます。
ですから二度、同じ字が繰り返されていれば、それは重要語ということになりますし、それが三度となれば、最重要語ということになります。
そして十七条憲法では、「論」と書いて「あげつらふ」と読んでいます。

漢字で書けば議論の「論」ですが、大和言葉は一字一音一義です。
「あげつらふ」というのは、
「あ」=生命を感じ取ること
「け」=放出
「つ」=集う、集まる
「ら」=場
ですから、現代語にすれば、「場に集まってそれぞれの思いを出し合い、それを互いに感じ取ること」を「あげつらふ」というということになります。
さらに「あげ」は、「言挙げせず」という言葉にもあるように、相手の言葉や思いを「上げる」、すなわち相手の主張を大切に扱うことでもあります。

また「つら」は「面(つら)」であって、顔の事を言います。
つまり議論を交わすときには、相手の顔を見て、相手の言葉を尊重してよく相手の思いを聞き取る。
また自分の意見も、相手の議論を尊重しながらこれを行うということですから、互いに相手の議論を否定し合うのではなく、どこまでもお互いの議論を尊重しあって、よりよいものにこれを昇華していくことが「論(あげつらふ)」ことの意義であると理解していることになります。


20200401 日本書紀
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20191006 ねずラジ
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この「あげつらふ」を、
第一条では「上に立つ人はやわらかく、下の人も互いに仲良く、お互いにその思いを「あげつらふ」。
第十七条では、「上に立つ人が何かを決めようとするときは、必ず人々と議論を交わしあう。特に大事なことは必ず互いに議論を重ねることで、事理は必ず成し遂げられる」といったことが述べられているわけです。

よく、日本人は「和」の民族だから、欧米人のような議論を嫌うなどと言われますが、十七条憲法のみならず五箇条の御誓文さえも「広く会議を興し万機公論に決すべし」とあります。
全然、議論を嫌っていないのです。
むしろ論議を交(か)わすことをすることを奨励しているのです。

欧米では、ディベート(debate)といって、異なる立場からの議論を大切にします。
このディベートについて、勘違いされている方が多いのですが、ひとつの事柄について、A案、B案と分かれて議論を交わす(ディベート)というのは、互いに相手の議論を否定し合うことではありません。
ましてや感情的になって罵り合ったり、詰(なじ)りあうことでもなければ、匿名で悪口を言い合うことでもありません。
そうではなくて、相手の論に自分の論を重ねて行きながら、より高い次元の議論(もしくは解)に至るのがディベートの特徴です。
ですからディベートにおける最良の結果は、A案、B案のどちらかが相手を論破して勝利することではなく、最終結果としてABのどちらもが有効な学びを得ることであり、さらに場合によってはディベートの結果、C案に至るということも歓迎されるわけです。

欧米でこうしたディベートが奨励されるようになったのは、やはり市民革命以降のことで、それまでは王や貴族のひとことですべてが決したのに対し、市民革命以降は、市民同士の議論によって意思決定が行われるようになったわけで、そこで自らの意思を集団の中で通すための技術としてディベートが広がったとされます。

学校の勉強と違って、世の中の事柄には、正解となる結論が決まっていません。
その正解となる結論を築いていくのが社会人としての仕事であって、そこが学校の試験と大きく異なる点です。
しかも学校で学ぶことは、過去の知識であり、社会人の仕事は、そうした知識に基づいてこれからの未来を築くことです。
そうした中にあって、大勢の人たちと力をあわせて新しい未来を築くための技術としてディベートが研究されるようになったのです。

ですからディベートの語源はフランス語の「戦う」です。
戦は、必ず敵味方双方に正義があるのです。
その正義、つまり正論と正論とがぶつかりあって、討論して、よりよい結果を導き出すのがディベートです。

そして欧米ではそうしたディベートが重要視されるようになった市民革命は、17世紀の英国の革命、18世紀末の米国やフランスの市民革命に端を発します。

ところが21世紀になったいまでも、チャイナやコリアのような上意下達型社会では、今でも議論は拒否されます。
なぜなら上意下達型の社会では、無理難題を押し付けた側が議論を挑まれれば、敗北することが明らかだからです。
それでは上位者の権威がなくなります。

では日本ではどうかというと、十七条憲法が世に出されたのが西暦604年、つまり7世紀のはじめであって、英国の市民革命に先んじること千年の昔です。
その十七条憲法は、「憲法(いつくしきのり)、十七条(とおあまりななのち)と読み下します。
「条」を「ち」と読んでいます。
この場合の「ち」は、知恵や知識と同じ意味です。
「いくつしき」は、「齋(いつき)」と同じ大切なことであり真実のこと。
「のり」は「則」や「糊」と同じで、いちどぴったりくっついたら離れないもの、つまり離れてはいけないものという意です。
つまり十七条憲法は、十七の万古不易の守らなければならない大切な知恵であり、真実の知識という意味です。

そしてその十七条憲法は、第一条の論にはじまり、第十七条の論に終わります。
つまり討論にはじまり、討論に終わっているのです。
そしてその論は「あげつらふ」ことであり、お互いを尊重して、互いの意見をよく聞き、これによって論の内容を高め合うことなのだと記しています。

十七条憲法といえば「和を以て貴しとなす」であり、議論するよりも和することを大事にしているような印象操作が行われていますが、もう一度、冒頭の条文をお読みになってください。

《原文》
一曰。以和為貴。無忤為宗。人皆有党。亦少達者。是以或不順君父。乍違于隣里。然上和下睦。諧於「論」事。則事理自通。何事不成。

《読み下し文》
一にいわく。
和を以(も)って貴(とうと)しとなし、忤(さから)うこと無きを宗(むね)とせよ。
人みな党あり、また達(さと)れるもの少なし。
ここをもって、あるいは君父(くんぷ)に順(したが)わず、また隣里(りんり)に違(たが)う。
しかれども、上(かみ)和(やわら)ぎ下(しも)睦(むつ)びて
事を論(あげつら)うに諧(かな)うときは
すなわち事理おのずから通ず。何事か成らざらん。

《現代語訳》
和を大切にしなさい。相手を呪詛(忤)してはいけません。人には誰でも主張があるものです。一方で真理に達している人はすくない。そのために上司や父にしたがわずに争ってみたり、隣村といさかいを起こしたりすることが起こるのです。
けれども、上に立つものが意図して態度を軟化させ、下の人たちも心を開いて互いに問題を討論していくならば、互いの心の思いは必ず通じるものです。そうなれば、どんな難問だって解決できます。


あらためてお読みいただくとわかると思いますが、どこにも議論がいけないとは書いていません。
それどころか文意からすれば、ここで言わんとしていることは、心を開いて「議論しなさい」ということが主題になっています。
さらに十七条です。

《原文》
十七曰 夫事不可独断 必與衆宜論 少事是輕 不可必衆 唯 逮論大事 若疑有失 故 與衆相辨 辞則得理

《読み下し文》
十七にいわく
それ事(こと)は独(ひと)り断(さだ)むべからず。必ず衆とともによろしく論(あげつら)うべし。
少事はこれ軽(かろ)し。必ずしも衆とすべからず。
ただ大事を論うに逮(およ)びては、もしは失(あやまち)あらんことを疑う。
故(ゆえ)に、衆とともに相弁(あいわきま)うるときは、辞(ことば)すなわち理(ことわり)を得ん。

《現代語訳》
(上に立つ者は)物事(ものごと)を独断で決めてはなりません。かならずみんなとよく討論して物事を決めなさい。
些細な、手軽なことまで討論しなさいと言っているのではありません。そういうことはみんなと決める必要がない。
しかし大事なことは、必ずみんなと討論して決めるようにしなければなりません。なぜならもしも大事な意思決定に誤りがあっては取り返しがつかないことになるからです。
そしてこのときのみんなとの討論(議論)にあたっての言葉は、かならず筋道を建てることを大切にしなさい。そうすることによってはじめて道理が立つのです。


ここでいう「辞(ことば)」というのは、互いの鋭利な議論のことを言います。
また「ことわり」というのは筋道を立てることです。
議論がいかに白熱しても、そこで感情的におちいるのではなく、どこまでも筋道を立てることを大切にしていけば、必ず道理がたち、よりよい意思決定をなすことができると述べているわけです。

つまり、十七条憲法は、心を開いて議論しなさいから始まって、その際には筋道を立てて議論しなさいという言葉でシメているのです。
どれだけ議論を大切にしてきたかということです。

昨今では、議論を「人の意見の足を引っ張ること、評論し評価すること」と勘違いしている風潮があると言われています。
そうではないのです。
それらは「評価、評論」であって、「議論」ではない。
たいせつなことは、場に集まってそれぞれの思いを出し合い、相手の言葉や思いを「上げる」、つまり互いに高め合うこと(これを昇華と言います)が大事であり、これこそが十七条憲法の精神なのです。
「和が大事だから議論してはいけない」などという、軟弱なものなどでは決してないのです。

幕末の維新の志士たちのみならず、武士はよく泣いたそうです。
彼らは筋道を立て、道理を重んじ、互いの尊厳を認めあい、互いに高め合おうとする強い意志を共有していたからこそ泣いたのです。
日本的な「論」、すなわち「あげつらふ」ことを、私達はもういちど見直すべきことだと思います。
なぜならそれこそが、欧米におけるディベートの精神そのものであるからですし、我が国の十七条憲法の教えでもあるからです。

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コメント

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『あげつらう』って、純日本語の、しかも『良い意味の言葉』だったのですね。

現代日本で、あげつらう=揚げ足を取る、のような使い方で貶めるニュースキャスターは、たくさんいます。

『忖度』も、もともとは良い意味の言葉であり、まだまだ日本は戦後から何十年前と同じ、反日勢力の方が日本を知っているんだなと。

ねず先生、これは長期戦だ。後進の育成、なされてますか?よろしくお願い申し上げますよ!

-

話し合う、議論するというのは相手を論破する事や自説に拘るのではなく、問題になっている事をあらゆる角度から検討して一番適切な解決を見つけ出すためではないでしょうか。
目の不自由な方が数カ所触っただけでは紐か木の幹か大蛇かわからなくともあらゆる角度を触りまくればどうやら大きな動物らしいことはわかるしやがてそれが象であると気付くでしょう。
議論によってより良い解決策を見つけ出すという本筋を理解していないで話し合っても、
強大な他国から理不尽な要求をされた時に戦うのか恭順するのかといった場合、武人や軍人は自分の活躍の場が来たと勢い主戦論を主張しがちで勝てるか負けるか国の行く末や自国民の被害まで考えたりは立場上難しく、かなりの知恵者が敢えて腰抜けの汚名を被ってでも臥薪嘗胆他日を期すことで国や国民の長い目で見た勝利を目指すべきと言っても中々受け入れて貰えないかもしれません。折角の正解であるかも知れないのですが。
議論は参加者が右や左だけでなく山のあらゆる方向から最上を目指してまた最短ルートだけでなく時に下ったり何周もグルグル周りながら登ったりして合理的論理的データ的にも倫理的にもより良い解答を見つけ出すために行うべきものだと思います。
あ〜これがわかってないどこぞのカミツキガメやらは早く退場してくれないでしょうかねぇ…。

湘南童子

改めて
大変勉強になりました
ありがとうございました



日本人の天命が完うされますように

takechiyo1949

誹謗中傷の嵐
「討論」という単語を聞くと福沢諭吉翁を思い出しますね。

学生時代のサークルでは、酒場に移動しても討論してました。
ディベーターは何時も二人の先輩で、説得(洗脳)力を競っているように見えました。
喧しいから黙ってると、賛成者扱いされましたね。
あれが「ディベート」だったかどうかは分かりません。

社会人になって、会議の多さには閉口しました。
元々「議論」が苦手なので。

上司抜きの「開発会議」
発案に対して『△△たからダメ』や『XXだから不可能』など、否定的な指摘ばかり。
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「◯◯すれば出来ますよね」
こんなことを言おうものなら、睨み付けられます。
勝った!負けた!ばっかり。
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『いつまでやっとる!早く席に戻って手を動かせ!』
会議室に怒鳴り込んで来る上司もまた然りでした。

社長抜きの「なぜなぜ分析」
大量の不良が発生し、その原因を分析する緊急会議です。
不良状況を判断し「なぜ?」を繰り返して原因を探します。
最後の結論は?
突き詰め過ぎると、殆どが『社長が悪い!』になります(笑)

選挙前の党首討論会や国会中継やテレビの討論番組など。
ディベートの雰囲気は感じますが、まぁ酷いものですね。
黙って聴かないし、即興で外れたテーマまで持ち出します。
すぐヤジや感情的口論になり、平気で人格攻撃もします。
ルールも何も無茶苦茶です。

こういうの観てると、ホントに嫌になりますが、論理が通じない者に何を言っても、全くの無駄だということです。
また、どんなに立派な理屈を並べても、それだけでは他人様は動かない時代を感じます。
こんな捨て台詞もあります。
『世の中!理屈じゃ無い!』

ねず先生は、物事を論理的に考え言説を纏めます。
そして、何よりも場数を踏んでいらっしゃいます。
しかし、どんなに力説したいことがあっても、聴いてもらう場所と相手が居なければ話になりません。
聴いた他人様がどう思うか?
それは別問題だと思います。

今、世の中には誹謗中傷の嵐が吹き荒れています。
やめろ~!といくら叫んでも止むことは無いでしょうね。
それは…私もですが、人は「感情で物事を判断する」ことが多いからだと思うのです。

しゃあ?どうするの?
今夜は眠れなくなりそうです。
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小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
連絡先: nezu3344@gmail.com
電話:080-4358-3739
出身:静岡県浜松市
住所:千葉県野田市
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「明治150年真の日本の姿」、「日本と台湾の絆」、「奇跡の将軍樋口季一郎」、「南京事件は4度あった」、などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。
日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
《著書》
『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』
『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦
『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』
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