古典に学んだ織田信長の誇り

いまの日本人に不足していること。
それが国民精神です。
その国民精神の復活には、現状の時事問題に右往左往するのではなく、我々自身が古典を学び、古典に書かれた歴史伝統文化の精神の再確認が必要です。

20200611 桶狭間の戦い
画像出所=https://spicelab.mampuku.com/notices/61509
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織田信長(1534〜1582年)といえば、桶狭間の戦いのあと、次々と近隣の大名を抑えて国内の再統一を行い、長く続いた戦国時代を終わらせた人物として有名です。
信長といえば「天下布武」の言葉を標榜(ひょうぼう)し、比叡山攻めや本願寺との戦いを通して仏教界から武装勢力の排除を図って仏敵、あるいは第六天の魔王などと呼ばれ、また豊臣秀吉が信長を怖ろしい武人として描いたことから、近年では強烈な個性を持った冷酷な武将と描かれます。
しかしその信長の足跡を見ると、実はあるひとつの理念につらぬかれたものであったことがわかります。それが信長の所属する氏族が勝旗織田氏、別名「織田弾正(おだだんじょう)」であったことです。

弾正(だんじょう)というのは、もともと8世紀における律令体制の元にあった天皇直下の機構です。
律令体制は、天皇直下に太政官、神祇官、弾正台の3つの役所が設けられましたが、この中で太政官は、政治上の様々な意思決定や国政の管理を行う役所です。
そこで決められた新たな政策等は、たとえば新元号の制定なども、おおむね3日もあれば、全国津々浦々にまで浸透したといわれています。

ではどうして3日で全国に政策を示達できたのかというと、この役を担ったのが神祇官です。
神祇官は、天皇の祭祀を司るとともに、全国の神社の総元締め的な役割を果たしていました。
そしてこの神祇官のもとに、全国の神社は天社(あまつやしろ)と呼ばれる後の官幣大社のような神社、その下に国単位に置かれた国社(くにつやしろ)、その下にいまでいう市町村ごとの神社である神地(かむどころ)、そして末端に、ご近所の氏神様である神戸(かむべ)が系列化されていました。


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太政官で考察され、天皇の勅許を得た示達は、こうして神祇官の所轄する全国の神社のネットワークを経て、またたく間に全国津々浦々にまで示達されていたのです。
おもしろいことにこのネットワークは、示達された結果について、民衆がどのようにこれを受け止めているか、また政策の実施状況がどうなっているのか等について、やはり神社のネットワークを通じて、今度は下から上に情報が示達されていました。
そして全国の民の声は、最終的に天皇直下の神祇伯(じんぎはく)を通じて、天皇に上奏される仕組みになっていたわけです。

さらにこの下から上の情報ルートは、神社とは別に太政官が主催した国司のルートからも上奏される仕組みになっていました。
つまり、下から上への情報ルートは、二重に確保されていたわけで、これによって民意が常に国家最高権威にまで伝えられる仕組みになっていたわけです。

ところが、そうした情報ルートも、あるいは政策的意思決定機関も、内部が腐ってしまっていては、まったく意味を持ちません。
そこで設置されていたのが弾正台(だんじょうだい)です。

弾正台は、天皇直下にあって、太政官や神祇官の高官で不忠を働くもの、あるいは私腹を肥やして民生を省(かえり)みない者がいた場合、問答無用で斬捨御免の権能を与えられていました。
いわば弾正台は、政治家や行政機関を対象とした警察機構です。(民間に関する警察機能は、太政官の中の刑部省が担いました。)

我が国の歴史を通じて、この弾正台が不正を働いた官僚や政治家を一刀両断のもとに斬り倒したという事例はありません。
だから「弾正台が形式的に置かれていたが、まったく機能しなかった」という先生もおいでになりますが、そうではなくて、弾正台という重石があったからこそ、弾正台が機能する必要がなかったというのが、我が国の歴史です。

ただし弾正が我が国の歴史の中で唯一機能した事例があります。
それが織田信長の桶狭間の戦いです。

信長のいる尾張国に攻め込もうとした今川義元の今川家は、赤穂浪士で有名になった吉良家の分家です。
その吉良家は、もともと足利一族の分家です。
つまり今川氏は、足利家の分家のさらに分家という位置にありました。
その今川氏が、天下を狙って上洛しようというわけです。

家格からすれば、これは許されるべきものではありません。
ということは、弾正の家柄を持つ織田家としては、これをみすみす見過ごすわけにいかない。
たとえ相手が強大な武力を持っていようと、これを打ち倒すのが弾正の名を受け継ぐ織田弾正家の使命です。
そもそも弾正は、相手が強大であるとか、政治権力を持つとか、そういうこととは関係なしに正義を貫くのが役割です。

職業の誇りというものは、人に勇気と知恵を与えます。
刑事さんであれば、どんな悪党の巣窟であっても、そこに出かけていくし、悪と対峙します。
これと同じです。
主君である信長が、弾正としての職責を果たすとなれば、先祖代々織田家に仕えてきた家臣一同も奮い立ちます。
いまこそ織田弾正の家に生まれた使命を果たすときなのです。

このことを、信長が出陣前に舞った謡曲の「敦盛(あつもり)」が象徴します。
源平合戦の折りの一ノ谷の戦いで、平清盛の甥(おい)の平敦盛(あつもり)は、退却に際して青葉の笛の「小竹」を持ち出し忘れたことに気付き、これを取りに戻ります。
ところがそこを源氏方の熊谷直実(くまがいなおざね)に呼び止められ、一騎打ちを挑まれる。
相手にしないで逃げようとする敦盛に、熊谷直実は「兵に命じて矢を放つ」と威迫します。

多勢に無勢、雑兵に矢を射られて死ぬくらいならと、一騎討ちに応じるけれど、百戦錬磨の直実に熱盛は組み伏せられてしまう。
直実が、頸(くび)を跳ねようと組み伏せた相手顔を見ると、まだ元服も間もない紅顔の若武者です。
「人間五十年 化天(げてん)のうちを 比(くら)ぶれば
 夢幻(ゆめまぼろし)の 如(ごと)くなり
 一度(ひとたび)に 生を享(う)け
 滅せぬものの あるべきか」

どうせ一度は死ぬ命。
ならば堂々と戦って死のうという決意が、この敦盛に象徴されているわけです。

覚悟を決めた信長は、同じく主君とともに討ち死にの覚悟を決めた2千の手勢を率いて、桶狭間で今川義元の本陣を急襲して、見事、義元の頸(くび)をあげる。
まさに、弾正としての職責をまっとうするのです。

こうして律令時代から続く武門の筋を通そうとする信長のもとには、全国から同じ志を持った優秀な部下たちが集まります。
それらの武士たちを養うためには、我が国史上初となる専業武士団を形成しなければならない。
そしてそのための費用を賄うために信長が行った財政政策が楽市楽座です。

そして先祖代々の弾正としての職責を象徴するのが、信長が用いた印に刻印された「天下布武」の朱印です。
天下布武は、チャイナの史書にある七徳の武の引用だという説もありますが、そうではありません。
「武」の訓読みは「たける」です。
そして「たける」とは、ゆがんだものを竹のように真っ直ぐにすることを言います。
つまり「天下布武」とは、「天(あめ)の下に、たけるを布(し)く」、もっと現代風にいえば、「天下の歪みをまっすぐに正す」という意味の言葉です。

そして同時代にあって、その歪みの最強のものが、仏教界が持つ武装勢力でした。
本来、人倫を説き民衆の救済をすべき仏教が、僧兵を雇い、その武力にものを言わせて、あたかも国内の別勢力を形成している。
それを、朝廷の傘下に戻し、民衆救済という仏教の本義に戻すためには、仏教勢力から武闘派勢力を削がなければならない。
そこで行われたのが、比叡山の焼き討ちであり、本願寺攻めであったわけです。

ちなみに信長の逸話として『信長公記』におもしろい話があります。
天正8年のこと、無辺(むへん)という僧侶が石馬寺に住み着いて、不思議な力を持つと人々の間で評判となったのだそうです。
信長が無辺を引見して出身地などいくつかの質問をすると、無辺がわざと不思議な答えをする。
そこで信長は、
「どこの生まれでもないということは、
 妖怪かもしれぬから、火であぶってみよう。」
と、火の用意をさせます。
すると無辺が、今度は事実を正直に答えたという。
しかも無辺は信長の前で、不思議な霊験も示すことができなかった。
そこで信長は、無辺の髪の毛をまばらにそぎ落とし、裸にして縄で縛って町に放り出して追放しました。
ところが、追放後も無辺は、迷信を利用して女性に淫らな行いを繰り返していたことが判明し、ついに信長は無辺を逮捕し処刑させています。

信仰の名のもとに人を騙し、あるいは女淫にまみれるなど、もってのほか、ということです。
ここでも弾正信長の本領がいかんなく発揮されています。

要するに信長は、我が国の歴史と文化を古典に学び、そこから我が国の国民精神を得るとともに、みずからが弾正の家系であるという誇りを大切に生涯を貫いているのです。
歴史伝統文化を古典に学ぶことは、誇りを育むということです。
そして誇りを育むということは、国民精神を身にまとうということです。
これを英語でかっこよく言ったら、アイデンティティを得るということになります。

いま日本人に不足していること。
それこそが国民精神です。
その国民精神の復活には、現状の時事問題に右往左往するのではなく、我々自身が古典を学び、古典に書かれた歴史伝統文化の精神の再確認が必要であると思っています。

お読みいただき、ありがとうございました。


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コメント

日本を愛する日本人より一言。

織田信長像確信できて良かったです。
 織田信長は私の評価として歴史に残る素晴らしい人材だったと理解していましたが、最近、明智光秀は信長が天皇になろうとの野心を持っていたため本能寺の変となったとかの情報に少し疑心暗鬼になっていた自分がありました。
 今日のお話で信長を再評価させていただくとともに行基以外にはほとんど天皇を狙った日本人はいないのだと確信しました。どうもありがとうございました。
背景を知ると説得力が違いますね。

-

ねず先生

松永弾正は有名ですが、織田家にも弾正の家があったとは、驚きました。

また、表面的な脚本の大河ドラマやカルト創○の喧伝、または『信長の野望』というゲームで、ほとんどの若者や国民は織田信長を、

野望と野心にまみれた強欲な武将で、最期はそれを明智光秀に謀反で諫められ命を落とした、因果応報な無冠の帝王、というイメージ先行で、

幼い頃から私には、そんな怒りん坊な武将に人望があったのだろうか?と思っておりました。

やはり、ねず先生の日本史の掘り起こしで、氷解しました。ブログの文は触り程度で、先生はもっと読者に伝えたいのでしょう。
まずは有難う御座います。

松さん

人は一代、名は末代
多勢に無勢!
衆寡敵せず!
などと怯えてる場合ですか。
国防に右も左もありません。
国民全員で自分の国を護る。
やるべき時にはやるのです。

『じゃあ自分ひとりでやれば!』
すぐにこう返す方々がいます。
『憲法九条は大切ですけど…』
著名な人でもこんな感じです。
大切?
けど?
それに続く御立派な持論も、既に聞く価値はありません。

降り懸かる火の粉も拂わない?
見て見ぬ振りの野次馬。
国売りに走る亡国の徒。
国の利を害する者共は意外と多く、例え同胞でも、見逃してはならないと思います。

『古典を学び国民精神の再確認』
人の一代は短いですから、末代まで引き継ぎましょう。
今朝も良いお話でした。
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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず

Author:小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず
連絡先: nezu3344@gmail.com
電話:080-4358-3739
出身:静岡県浜松市
住所:千葉県野田市
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんのひとりごと」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「明治150年真の日本の姿」、「日本と台湾の絆」、「奇跡の将軍樋口季一郎」、「南京事件は4度あった」、などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。
日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
《著書》
『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』
『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦
『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』
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