「JIN-仁-」と佐藤泰然

21世紀となった昨今においても、国の制度は「西洋医学」でなければだめだ、というものになっています。
しかし西洋医学に傾倒することで、医療費はうなぎのぼりに増加しています。
一方、漢方医は、その根幹となる薬草が、ことごとくChina産になり、その安全性を疑問視する声もあります。
日本の農業の振興にあたり、薬草の栽培は付加価値が高い分、利益も上がりやすいといえます。
大切なことは、患者の健康と安全であって、いくら儲かるかではないはずです。
日本の医療も、抜本的な見直しが必要な時期にきています。

佐藤泰然
20200614 佐藤泰然
画像出所=https://www.juntendo.ac.jp/corp/history/president/successive.html
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10年ほど前にテレビで放映された大沢たかお主演の「JIN-仁-」という連続ドラマが、いまアマゾンプライムや、Huluなどの動画サイトで見放題になっています。
原作は村上もとか氏による連載漫画で、江戸時代にタイムスリップした現代の脳外科医が、江戸時代の終わり頃にタイムスリップして、そこで次々と難病を克服していくというストーリーです。

テレビ放映の頃は、テレビはほとんど観ないし、だいたいドラマといっても近年は韓流マインドの日本人的精神性を失った栲衾(たくぶすま;うるさいばかりで意味がないこと)のような番組ばかりだし、原作のマンガが素晴らしくても、何故かドラマになった途端に、その原作の良さをまるで打ち消すようなツマラナイ番組になってしまっていることが多く、最後はただ残念な気持ちにしかならないので、当時も「JINー仁ー」は良い番組だとは聞いてはいたけれど、まったく観ませんでした。

ところが神谷さんから勧められたアニメの「キングダム」がなかなか素晴らしく、これが映画化された劇場版の映画「キングダム」もまた原作に忠実で、一点を除いては、素晴らしい出来栄えで、特に驚いたのが王騎(おうき)という大将軍の役を大沢たかおさんが演じていて、これが見事な大将軍ぶりであったことから、同じく大沢たかおさん主演の「AI崩壊」、そして過去の作品の「JN-仁ー」を観たわけです。
これがまた大感動!!
特に「JIN-仁−」の出来栄えは、最高でした。
いまは無料でネット視聴できますので、これは是非みなさんにもお薦めです。
まったく毎回のドラマを観ながら、何回泣かされたことか。

映画の「キングダム」で一点残念だったのは主人公の殺陣(たて)です。
それ以外は、配役も、演技も、満点の娯楽映画でした。
残念だった殺陣というのは、原作がマンガであり、大薙刀を一振りしたら人が木の葉のように舞ったりするのは、あきらかなパロディだから構わないのです。
けれど、主人公が重たい大剣を持って、低い姿勢から大柄な相手に大上段に振りかぶって攻撃を仕掛けるというのは、これはありえません。
低い姿勢からではモーションが大きくなりすぎて、動きを相手に悟られてしまうし、そもそも剣を持った姿勢がへっぴり腰では、剣の戦いにもなりません。

実は日本の時代劇等の映画やドラマでは、まともな殺陣・・・つまり実際に使えるような殺陣は、GHQによって映像が禁止とされてきました。
幼い頃から、ちゃんとした剣技を観て育つと、大きくなってから、頭の中に残っているその映像イメージから、それなりにまともな剣や拳を使えるようになってしまうからで、これも日本弱体化戦略のひとつとして行われてきたことなのですが、戦後75年以上経過して、いまだに娯楽映画の中にさえ、ありえないような殺陣しか許可にならないのかと、この部分だけは暗澹とした気持ちになってしまいました。

さて、話が脱線しましたが、「JIN-仁−」のお話です。


20200401 日本書紀
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JIN-仁-
20200621 jin
画像出所=https://www.kadokawa-pictures.jp/official/jin/
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実はこのドラマの現代の病院のシーンの舞台となっているのが、東京・御茶ノ水の順天堂大学病院で、テレビドラマでは結ばれなかった綾瀬はるかさんの演ずる橘咲(たちばなさき)と南方仁(みなかたじん)は、原作のマンガの方では、結婚して二人で病院を営むという結末になっています。
そして現代において、その二人が開設した病院が、東京・御茶ノ水にある「仁友堂大学病院」となっているということで、「順天堂」と「仁友堂」と、音の似た病院名でリアルの現代とマンガのストーリーを重ねているわけです。

そして実は、リアルの「順天堂」もまた、本当に幕末期に外科手術と本道(いまの漢方医療)を融合させて、患者さんに最先端の治療を行うことで設立された病院であったのです。

江戸時代の文久年間(1861~1864)といえば、明治維新(1868)のすこし前の時代です。
ジェームス・カーティス・ヘボン(James Curtis Hepburn)という米国人が、横浜にやってきました。
「ヘボン式ローマ字」を生んだヘボンです。
ヘボンは、米国長老派教会からの医療伝道宣教師として派遣されて来日した、この時代を代表する最先端の外科医でした。

ちなみにこの時代、基本的に西欧における医師は、教会に付属していました。
キリスト教では、心と肉体は一体のものですから、心の健康も肉体の健康も、教会の仕事だったのです。

そのヘボンのもとに、ある日、卵巣水腫の病人がやってきました。
卵巣水腫は、卵巣に水が溜まって袋が出来てしまうという難病です。
いまなら卵巣を摘出手術すれば助かる病気ですが、当時は、まだそれは理論上は可能でも現実には困難とされていました。
理由は麻酔の技術がまだ進歩していなかったのです。
患者は女性です。
それが生きたまま、麻酔なしで身体にメスを入れられるのです。
耐えられるものではない。

ですから病人を診断したヘボンは、
「手遅れです。
 これは難病なので
 治療方法がありません」
と答えました。

ところがたまたま横浜でヘボンと親交のあったのが、南方仁(みなかたじん)です・・・というのは嘘で、佐藤泰然(さとうたいぜん、1804〜1872年)です。
話を聞いた佐藤泰然は、
「開腹手術をしましょう」
と、ヘボンに申し出ました。

ヘボンが驚いたのは当然です。
本人は、進歩した西洋から、遠く離れた未開の蛮国にやってきたと思っているのです。
できるはずがない。
ですからヘボンは、
「そんなことをしたら病人が死んでしまう」
と怒りました。
これもまた当然です。
医術を軽く見られたら困ります。

ところが佐藤泰然は、10年ほど前に、同じ病気にかかった2名の開腹手術を成功させ、しかも完治させていたのです。
ヘボンはびっくりして「信じられない」と答えました。

この佐藤泰然が、順天堂大学の創始者です。
生まれは文化元(1804)年で、川崎で育ち、26歳のとき蘭方医を志して高野長英に師事し、31歳で長崎に留学。そこで蘭医ニーマンの指導を受けました。
天保9(1838)年に江戸へ帰って、両国薬研堀に「和田塾」という外科専門の病院を開設しています。
「和田」というのは、母方の姓です。

ちょうどその頃、全国で疱瘡(天然痘)が大流行しました。
いまでこそ克服された天然痘ですが、当時は死亡率が40%もある難病で、しかも感染力が強い病気です。
平安時代に都で貴族がバタバタと死んだという記録があったりしますが、多くがこの疱瘡です。
この病気はやっかいなことに、治っても顔や手足に「あばた」が残る。
ですから人々に大変恐れられていました。

このとき佐藤泰然は、自分の子どもに疱瘡の「うみ」を少しだけ接種することで、免疫を持たせることに成功し、これを江戸で普及させていました。
この時代、大阪の緒方洪庵、江戸の佐藤泰然が、まさに疱瘡対策の二大巨頭だったのです。

ところでこの種痘、いまではあたりまえに普及していることですが、当時は随分と反対運動に遭ったようです。
疱瘡が恐ろしい病気でしたから、紙に書かれた疱瘡封じのお守り札(ふだ)がバカ高い値段で取引されていたのです。
こちらは全国組織ですから、種痘などで病気が治られては困る。
商売の邪魔になるのです。

それで何を佐藤泰然や緒方洪庵が何を言われていたかというと、
「疱瘡の膿を付けられると人が牛になる。」
いまにしてみればあまりにも馬鹿げた荒唐無稽な話ですが、ところが大衆文化の中においては、真面目くさった学術論や実際の証拠などよりも、この手のカルトチックな話の方が功を奏します。
馬鹿げているから伝播力がないのではなくて、馬鹿げているから伝播力があるのです。

多くの場合、この手のデマには根拠が明示されません。
あいつはカルトだ!
あれはインチキだ!
という言葉はよく聞きますが、なぜカルトで、なぜインチキなのかの説明がない。
あっても、ただ悪意に満ちたものでしかなく、聞くに堪えないただの人格攻撃や中傷だったりします。

ちなみに日本人の場合、あまり悪口を言うことに慣れていないというか、まさに「人の噂も75日」なのですが、半島からの渡来人さんたちの場合、75日どころか75年でも云い続ける。
完全に否定されても、ほとぼりが冷めた頃にまた同じことを言い出す。
幼児が「ママ、あれ買って〜〜」と、買ってくれるまで泣き続ける幼児と同じです。
これを幼児的固執性というのだそうです。
特別な要求があるわけでもなく、ただ人を中傷することで、自分が偉くなったような自己満足を得たいがためだけなのだそうですが、あわれなものです。

さて、そういうことで、佐藤泰然や緒方洪庵の種痘は、それまでのいわば「お札利権」と衝突したわけで、おかげで、いまでこそこの二人の医師は高く評価されていますが、当時は、泰然や洪庵がやってくるだけで、「ウシにされる」と子どもたちまで逃げ出したといいます。

だから佐藤泰然は、我が子に種痘を行い、疱瘡から我が子を護るという荒業をやってのけたわけですが、世の中で一番可愛いのは、我が子です。
おそらく本人も相当悩み、また精神的にも追い詰められていたのかもしれません。

ところが縁というのは奇なもので、この「我が子に種痘を行った」ということが江戸で評判になり、佐藤泰然は佐倉藩主の堀田正睦(ほったまさよし)に招かれます。
佐倉藩主の堀田正睦は、徳川幕府の老中まで勤めた大物で、蘭学かぶれと呼ばれたほどの蘭学好き。
藩士を長崎に送って修業させたりもしていました。
そして佐藤泰然を千葉の佐倉に招き、彼を藩校の教授に据えたのです。

この招きに応じた泰然が、天保14(1843)年8月に、佐倉城下の本町に開いた塾が「佐倉順天堂」です。
この建物はいまでも現存していて、記念館になっています。
行ってみるとわかりますが、吉田松陰の松下村塾と同じく、とても小さな木造の建物です。

現代の空調まで完璧に整えられた最新型の病院施設からみたら、ただの普通の木造の一軒家でしかないこの建物で、どうやって衛生管理をしていたのだろうかとまで不安に思いますが、聞けば、当時は、いまどきの病院などよりも、よほど清潔で、廊下から柱に至るまで、毎日2回、きれいな水と雑巾で舐めても大丈夫なほど拭き清められていたのだそうです。

ちなみに「佐倉順天堂」の「順天」とは、中国の古書にある言葉で、「天の道理に順(したがう)」という意味で、佐藤泰然がこの言葉を塾の名前に付けたのは、「順天」こそ医者として人間として、最も大切なことと考えたからと言われています。
この「順天」の心が「仁」です。

「人有りて我有り
 他を思いやり慈しむ心
 是れすなわち仁」

これが佐藤泰然が描いた順天堂の建学の精神です。

佐藤泰然によって、佐倉順天堂の治療は国内の最高水準を極めました。
高弟であった関寛斎(せきかんさい)が「順天堂外科実験」という書を著しているのですが、そこに記載された治療例は、当時の世界にあって、並ぶもののない世界最高水準のものとなっています。

たとえば嘉永2(1849)年には、牛に天然痘のうみを植え付けて、そのワクチンを人に接種し、天然痘の予防に成功しています。
また嘉永4(1851)年12月には、日本初の膀胱穿刺(ぼうこうせんし)手術に成功しています。
膀胱穿刺というのは、尿が詰まって激しい痛みを起こす病気で、膀胱に針を刺して尿を取る大手術です。
さらに翌、嘉永5年には、冒頭の卵巣水腫摘出のための開腹手術や乳癌の摘出手術を成功させています。
ドラマにあった帝王切開や、乳がん摘出手術も、まだ西洋でさえも無理とされていた手術を、順天堂は成功させています。

ただし・・・
上にも書きましたが、この時代、まだ麻酔がありません。
麻酔は、紀州の華岡青洲(はなおかせいしゅう)らが研究していましたが、当時はまだ、あまりにも大きな危険をともなうものでした。

ですから患者は、麻酔なしで体を切り開かれました。
いまならとても残酷なことです。
しかし当時の外科手術の最先端は、まだそういう時代でした。

佐藤泰然は、痛みより病人の命を大切にしました。
そして患者とその家族は、その佐藤泰然を信頼し、信じました。

無菌室も止血剤も輸血もなかった時代です。
出血を考えると、手術は相当手際よく行われなければならず、おそらく今の時代なら佐藤泰然はまさに「神の手」として世界から絶賛される外科医となっていたであろうと思われます。

それにしても、手術を行った佐藤泰然もすごいですが、麻酔もなしで手術に耐えた患者さん、身内の方ともすごかったと思います。
生きたまま、体を切り開かれるのです。
これをなし得たのは、医師への信頼以外にありえません。
その信頼に足るだけの医師であったし、我慢強い患者とその家族の愛の支えがなければ、これは実現できないことです。

佐倉順天堂(千葉県佐倉市)
旧佐倉順天堂


数々の難病に対する手術の成功で、佐藤泰然は嘉永6(1853)年2月には、町医から藩医にとりたてられます。
そして佐倉順天堂は、大阪の緒方洪庵の蘭学塾「適塾(てきじゅく)」と並んで、その名を全国に知られるようになりました。

佐倉順天堂では、塾生がオランダ語の習得と書物だけの勉強をするだけでなく、実際の診療に役立つ知識・技術を習得させることを目指した教育が行われました。
この結果、佐倉順天堂からは、明治医学界を担う多くの優秀な人材が育ちます。

佐藤泰然は、安政6(1859)年、病気を理由に家督を養子の佐藤尚中(さとうたかなか)に譲り、55歳で隠居します。
そして、文久2(1862)年、佐倉を離れ、横浜に移住していました。
冒頭のヘボンとの交流のあった時期は、その横浜在住のときの逸話です。

泰然は、明治5(1872)年、東京下谷茅町(現台東区池之端)に移り、肺炎のため没しました。
享年60歳でした。

家督を相続した佐藤尚中は、明治に入ってすぐ、東京に出て順天堂病院を興しました。
これがいま東京・御茶ノ水にある順天堂病院です。

一方、佐倉の順天堂は同じく佐藤泰然の子の佐藤舜海(しゅんかい)に委ねられ、施設を拡充し、昭和27(1952)年跡取り不在で閉鎖されるまで、およそ一世紀にわたって世界最先端の治療にあたりました。

さて、その佐藤泰然の曾孫に、佐藤登志子がいます。
彼女は結婚して姓が変わりました。
夫の名を「鴎外(おうがい)」といいます
そうです。
森鴎外です。

佐藤泰然が藩医にとりたてられた嘉永6(1853)年といえば、ペリーの乗った黒船が浦賀に来航した年です。
このときペリーは、日本の開国・通商を求める米大統領の親書をもって来日していますが、幕府側が一年の猶予を求めたため、ペリーはいったんひきあげています。
そして翌安政元(1854)年1月16日、再びペリーは来航し、今度は東京湾に直接侵入します。

そして約1ヶ月の交渉の末、同年3月に締結したのが、日米和親条約で、その条約の第九条に日本が、
「片務的最恵国待遇を米国に与える」
という記述があります。
これが治外法権を法的に認める根拠になっています。
外交というのは、いっけん玉虫色の表現の中に、極めて恐ろしい事実や含みが隠されているものです。

不平等条約がなぜ「不平等」かといえば、それは「治外法権」を外国に認めたからです。
外国人が日本で犯罪を犯しても、日本政府はこれを取り締まることができない、だから不平等条約です。
しかし考えてみれば、現代社会でも世界共通で、外国人の犯人が大使館に逃げ込んだら、当該地の国家の法律は大使館の中までは及びません。
これもまた「治外法権」です。

さて、佐藤泰然は卵巣摘出手術などについて、まさに世界に先駆けて成功していますが、肝心なことは、佐藤泰然が、ただの西洋医学を行う蘭方医というだけではなかったことです。
佐藤泰然は、日本古来の本道(いまでう漢方)の治療法も並行して行っています。
蘭方医師の多くが、ただ蘭学の医術を極めただけであったのに対し、佐藤泰然は日本古来の治療術も並行して行いました。

つまり彼は、病人を治すという本来の医術を行ったのであり、そのために西洋医術も用いるけれど、同時に根治療法としての漢方医の手法も採り入れたわけです。

21世紀となった昨今においても、国の制度は「西洋医学」でなければだめだ、というものになっています。
しかし西洋医学に傾倒することで、医療費はうなぎのぼりに増加しています。
一方、漢方医は、その根幹となる薬草が、ことごとくChina産になり、その安全性を疑問視する声もあります。
日本の農業の振興にあたり、薬草の栽培は付加価値が高い分、利益も上がりやすいといえます。
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日本の医療も、抜本的な見直しが必要な時期にきています。

※この記事は2013年の記事のリニューアルです。
お読みいただき、ありがとうございました。


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コメント

-

ねず先生

有難うございます、JINを拝見いたします。

さて、
私はヘボンが大嫌いです。

理由は、私自身のエピソードにあります。
私は日本が大好きな白人、最近の日本好き系の反日外人ではなく本当のほうの、の友人がいます。

彼は千葉に住んでいますが、引越し前からウキウキとイライラを私にスカイプでぶつけて来たのです。

文字チャットと並行して、日本の標識の話になった時に、ハングルや簡体記号の併記は論外として、
このヘボン式ローマ字に、彼はカンカンに怒りました、何と過去の訓令式ローマ字の標識の時代の画像まで探してきて、

千葉は、TIBA だろ!チャイバじゃないぞ!
CHIBAってなんだ?チャイバってチャイナみたいじゃないか!ヘボン式?
欧米では訓令式がほとんどだよ!
TIBAのが、画数少ないから効率的だろ!
何で標識変えた?看板利権か!
日本人は、バカなのか!?
俺は死ぬまで、千葉は TIBAだ!!

ねず先生、過去のブログでも構いません、
似たような内容がございましたら、
どうか先生のお話を拝聴したいものです。

よろしくお願い申し上げます。
有難うございます。

若葉

ご講義ありがとうございます
候補は、いかがでしょうか

日本文化の反対でお年寄りを大切にしないダメなところはあるが、、、



TTMつよし【しゃべり場】
【東京都知事選】桜井誠が語る山本太郎、立花孝志、宇都宮健児について!
https://www.youtube.com/watch?v=zDiKfwWEiNU

※ つよしさん、ありがとうございます。

にっぽんじん

緊急避難
武漢コロナ肺炎が収束したはずの中国で、北京を含む複数の省で第2波が広がっています。
中国の鳴霞さんの情報では、人民解放軍や武装警察などにも感染が広がっているようです。
状況の詳細は不明ですが、北京では医療関係者が不足しているようです。

中国に進出している企業の日本人家族は早急に帰国すべきではないでしょうか。
帰国を急ぐ理由はコロナ肺炎だけではありません。
重慶周辺の豪雨で多くのダムが決壊し、多数の被害が出ているとも言います。
政府発表では800万人に影響が出ているようです。

死者数はわかりません。
政府も把握出来ていないようです。
危ないのはこれからです。

世界最大の水力発電所の三峡ダムが満水状況で危険な状態だといいます。
鳴霞さんの話では10cmほど動いたようです。
もし決壊すれば上海など下流地域は全滅し、数億の人に影響が出ると思われます。

現実に起きるかどうかは分かりません。
が、リスクは出来るだけ避けるべきかと思います。
三峡ダム下流域で暮らしている日本人で帰国が可能な人にはしばらくの間緊急避難を勧めます。
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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
連絡先: nezu3344@gmail.com
電話:080-4358-3739
出身:静岡県浜松市
住所:千葉県野田市
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「明治150年真の日本の姿」、「日本と台湾の絆」、「奇跡の将軍樋口季一郎」、「南京事件は4度あった」、などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。
日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
《著書》
『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』
『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦
『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』
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