加藤清正に学ぶ義勇󠄁公󠄁ニ奉シ

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「ひとたび危急の大事があったならば、不可能を可能にする力を奮い起こして公のために身を奉じ、これをもって天壌(あめつち)に終わりがない皇運を支える。」
これが教育勅語にある「義勇󠄁公󠄁ニ奉シ」の意味です。

加藤清正像
20200925 加藤清正
画像出所=https://shirobito.jp/article/495
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小名木善行です。

「義を見てせざるは勇無きなり」は、『論語』の為政篇第二24にある言葉です。
そこには次のように書かれています。

「子いわく、その鬼(き)に非(あら)ずして之(これ)を祭(まつ)るは諂(へつらい)なり。義を見て為(な)さざるは勇無きなり」
(原文:子曰。非其鬼而祭之、諂也。見義不為、無勇也。)

現代語に意訳すると次のようになります。
「先生いわく、
 御魂でもないのに、さもありがたいことのように
 なにものかを祀(まつ)るのは、
 ただのまやかしであり、へつらいです。
 同様に、我が身を捧げるべきときに
 それをしないのは、
 勇気がないからです」

修身教科書にあるこの加藤清正の物語は、約束を果たすために我が身を捧げた清正の義勇をあらわしたものといえます。

「義」とは、漢語の意味は、我が身を神に捧げる羊のように、身命(しんみょう)を捧げることです。
大和言葉では義と書いて「ことわり」と読みますが、これはあらかじめ定まった道のことです。

「勇」の漢字は、重いものを持ち上げる力を意味し、そこから転じていさましいことをあらわします。
大和言葉では、「いさむ」と読み、「いさ」は差を埋めることですから、いわば越えられない壁を乗り越える力のことをあらわします。

ですから「義勇」とは、ひとことでいうなら、「不可能を可能にする力」です。
このことを題材にした物語が、戦前の教科書の尋常小学修身書巻五にあります。
加藤清正(かとう きよまさ)のお話です。


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 ***
「信義」

加藤清正は、豊臣秀吉と同じく尾張の人であります。
三歳のとき、父を失い、母の手で育てられていましたが、母が秀吉の母といとこの間柄でしたから、後ろには秀吉の家に引き取られて育てられました。
15歳のとき、一人前の武士として秀吉に仕え、たびたび軍功をたてて、次第に立派な武将となり、後には肥後(ひご)を領して秀吉の片腕となりました。

秀吉は、その頃乱れていた国内をしずめ、さらに明国を討つために、兵を朝鮮へ出しました。
清正は、一方の大将となって彼の地へ渡りました。

清正の親しい友だちに、浅野長政という人がありましたが、その子の幸長(よしなが)も、朝鮮に渡って勇ましく戦っていました。
ところがあるとき、幸長が蔚山(うるさん)の城を守っていたところへ明国の大兵(たいへい)が攻め寄せてきました。

城中には兵が少ない上に、敵が激しく攻め立てるので、城はたちまち危なくなりました。
そこで幸長は使いを清正のところへやって救いを求めました。

清正の手もとには、敵の大兵に当たる程の兵力がありませんでした。
けれども清正は、その知らせを聞くと、

「自分が本国を発つとき、
 好長の父・長政が、
 くれぐれも幸長のことを自分に頼み、
 自分もまたその頼みを引き受けた。
 いまもし幸長を早く救わなかったら、
 自分は長政に対して面目が立たない」
と言って、身の危険をかえりみず、部下の五百騎を引き連れて、すぐに船で出発しました。


味方の船は、わずかに20艘ばかり。
清正は、銀の長帽子(ながぼうし)のかぶとをつけ、長槍をひっさげ、船の舳先(へさき)に突立って部下を
指揮し、手向かってくる数百艘の敵船を追い散らし、囲みを破って蔚山の城に入りました。
それから幸長とここに立て篭もり、力を合わせて明国の大兵を引受け、さんざんにこれを悩ましました。

そのうちに兵糧(ひょうろう)が尽き、飲み水もなくなって、非常に難儀をしましたが、とうとう敵を打ち破りました。

格言「義ヲ見テ為(せ)ザルハ勇ナキナリ」

 ***


この義勇について、教育勅語には、
「一旦緩󠄁急󠄁アレハ
 義勇󠄁公󠄁ニ奉シ
 以テ天壤無窮󠄁ノ皇運󠄁ヲ
 扶翼󠄂スヘシ」

とあります。

「ひとたび危急の大事があったならば、不可能を可能にする力を奮い起こして公のために身を奉じ、
これをもって天壌(あめつち)に終わりがない皇運を支えなさい」という意味です。

ちなみにこの小文は、朝鮮半島での戦いの模様を表していますが、本文をお読みいただくと、そこに攻め寄せてきたのは「明国の兵」と書いてあることがわかります。
よく「秀吉の朝鮮征伐」と言いますが、これは戦いがあった場所が半島であったことを言っているのであって、秀吉の軍が戦ったのは、あくまで明国の兵であったことを意味します。
日本が戦ったのは、あくまで明国であって、李朝ではありません。

この時代、半島にあったのは李氏朝鮮王朝ですが、この王朝に半島の政府としての機能も意思もありません。
いわば半島にあった暴力団の組長のようなもので、行政機能を持ちません。
ですから半島では国民への教育も行なわれていませんし、半島の人々も、自分たちが李朝の国民、つまり李氏朝鮮国の国民であるという「李氏朝鮮国民」としての自覚も意識も認識もありません。

そういう情況ですから、戦いが始まっても、半島人にとっては、外国人たちが自分たちの土地で勝手に戦っているという程度の認識しかなかったし、まして国を守るなどという意識もありません。
そもそも守るべき国を持っている認識自体がない。

その意味では「秀吉の朝鮮征伐」という言葉は、「川中島の戦い」という語と同じで、戦いが行われた場所が半島内であったというだけで、川中島に住む人々が戦いの当事者ではないのと同じものであるというのが、我が国の古くからの認識です。

***

下にある動画は、涼恵さんの歌う君が代です。
君が代の持つやさしい響き、高天原に通じる美しい響きを、神官でもある涼恵さんが歌い上げています。
君が代をオペラのように歌う歌い方もありますが、君が代の歌詞に込められた古代からの私たちの祖先の想いは、もっとやさしく、もっと美しい、清陽(すみてあきらか)なものだと思います。
その清陽を、見事に歌い上げていると思います。

ちなみに、このプロモーション・ビデオで、君が代を2回歌っていますが、これが本来の歌い方です。
我が国では、単独のものは必ず二度繰り返す。
手紙が1枚なら、何も書かれていない紙を後ろに付けるし、何かをするときも同じことを二度繰り返すか、あるいは2名で行います。
報告も2系統から行われる。
そうすることで、思いを確実なものにしていくというのが、我が国の伝統文化です。

争わず、やさしさを保持して生きることができる社会こそ、人類の理想といえる社会です。
そんな国柄を護る、やさしさを護る。それがやまとおのこのつとめです。
男は男らしく。女は女らしく。
そうすることで互いの良さを最大限に発揮できる社会こそ、私達が取り戻そうとしている豊葦原の瑞穂の国です。
そして君が代は、そんな大和の国を皇国臣民のみんなで讃える歌です。
君が代こそが、国歌です。



お読みいただき、ありがとうございました。
歴史を学ぶことでネガティブをポジティブに
小名木善行でした。


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松さん

児童に教えられたこと
迷子の小2女児を保護した小5男児が警察署から表彰されました。

子供が子供を助けた事案は、調べると結構沢山あります。
明るいニュースにホッコリです。

それにしても、電話で的確に対応した航空自衛官のお父さん!
困ったらすぐ電話をしなさい!
実に素晴らしい家庭教育です。
(今時、子供からの携帯電話にすぐ出るお父さんっていますか?)

しかし!
世間にウジャウジャいる大人達。
子供の考えとは違うようす。

善意を犯罪にされるかも?
人生が台無しになるかも?
見ても手なんか出さない?
そんなの当たり前のこと?

日本の成人98%はこんな考え?
マスコミの言説なと信じないとしても、現象は大陸の人心荒廃にそっくりです。

児童達は言っています。
大人がやらないなら自分が!
困っている人は助けようって、学校の道徳で学んだ!

世の成人の皆様。
恥ずかしく無いですか。
こんな大人ばかりでは、迫る国難に立ち向かえる筈はありません。
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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
連絡先: nezu3344@gmail.com
電話:080-4358-3739
出身:静岡県浜松市
住所:千葉県野田市
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「明治150年真の日本の姿」、「日本と台湾の絆」、「奇跡の将軍樋口季一郎」、「南京事件は4度あった」、などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。
日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
《著書》
『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』
『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦
『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』
『誰も言わない ねずさんの世界一誇れる国 日本』
最新刊
『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』
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