天野康景と代官の判断

犯罪を犯した者を逮捕し、法で定めた通りに処罰するだけなら、裁判所も裁判官も要りません。これからAIの時代になりますが、そういうことだけなら、むしろAIに裁判官になってもらった方が良いかもしれません。
AIと人間の違い。それは責任を取ることができるかできないかの違いです。
そして、現代のような無責任に、機械的な裁断を下すだけの法治なら、その社会の行き着く先は、どんなに法を破っても「捕まりさえしなければ構わない」という社会です。そうならないように、予防し、民の情況を察し、事前に手を打って問題そのものが起こらないようにするというのが、本来の政治や行政や法のあるべき姿です。

天野康景
20201015 天野康景
画像出所=https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E9%87%8E%E5%BA%B7%E6%99%AF
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小名木善行です。

天野康景は徳川家康の家臣で、義に生きた武将として有名な人です。
とにかく筋を重んじる人で、家康から甲賀忍者の統率を任せられたりもしました。
その天野康景が、駿河の興国寺藩1万石の藩主となっていたときのことです。
彼はたいへんに農政を重視した殿様で、その結果、領内の農民たちはたいへんに活気づき、新田の開墾から堤防整備や、さまざまな普請事業などにも、農民たちがせいをだすようになったのです。
ところが、そんなある日、農民たちが城普請に使うために保存しておいた竹を大勢で盗みに来たのです。

番をしていたのは、ひとりの足軽でした。
足軽は農民たちを下がらせようとしました。
けれど多勢に無勢で、こちらを守れば反対側から盗まれる。反対側を守ればこちらを盗まれる。
やむなくその足軽は、農民のひとりを斬りました。
びっくりした農民たちは慌てて逃げて行きました。

翌日、その農民たちの一部が、代官所に仲間が殺されたと訴え出ました。
代官は驚いて天野康景に取調べのため犯人を引き渡すようにと使いを出しました。

天野康景はどうしたでしょうか。
彼は言いました。
「城の用材を守ろうとした者に罪はない。
 もし罪があるとしたら、
 その罪は命じた私にある。
 足軽に罪はない」
そう言って、断固、足軽の引き渡しを拒んだのです。

相手は殿様です。困った代官は家康に報告しました。
家康は「罪は足軽にある」と言いました。
トップである家康の判断を得た代官は、天野康景に、
「君命である」
と、あらためて足軽引き渡し求めました。

すると天野康景は、
「どのように言われても足軽に罪はない。
 家臣だから君命に従えというのなら、
 私が家臣でなくなれば良いのであろう。
 1万石はご返上申し上げる」
と言って、興国寺を去って浪人になってしまったのです。

報(しら)せを聞いた家康は、失ってはならない家臣を失なったことに気付きました。
そして代官を更迭しました・・・というのが、世に伝えられているお話です。

さて、みなさんが天野康景なら、足軽の引き渡しに応じるでしょうか。
あるいは家康は、なぜ失ってはならない家臣を失ったと感じたのでしょうか。

この問いに、正しい答えはありません。
なぜならそれらはすべて、後世の我々が考えることであって、当時の足軽の気持ちや、農民がなぜ竹を欲しがったのか、あるいは代官の判断、家康の判断などの理由、藩を捨てて去っていった天野康景の気持ちなどは、我々が想像するしかないことだからです。

けれどもそういうことを考えることが、実は「歴史を学ぶ」ということなのではないかと思います。
なぜなら歴史は、人生を学ぶ、今風に言うならケーススタディともいえるものでもあるからです。


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すこし考えてみます。
まず、農民たちがなぜこのとき竹を集団で盗みにきたのかです。

農民たちをそこまでの行動に踏み切らせたには、それなりの事情があったからであろうとみることができます。
竹が「なければ困った」から、農民たちは大勢で城にやってきたのです。
そしてもし農民たちが、冷静に「竹を少し分けてもらえないか」と城に申し出、それなりに彼らの事情が明らかになれば、殿様である天野康景はよろこんで竹を分けたであろうと思います。

ところが警固をしていた足軽に与えられていた任務は、あくまでも保存していた竹の警備です。
足軽に竹を分け与える権限は与えられていません。
話を上につなげば、という見方もあろうかと思いますが、相手は大勢です。
しかも、いまこの瞬間に、竹が持ち出されているのです。
その場での対処が必要な(つまり緊急対応が必要な)状況下にあります。
それでもみ合いになり、足軽はついにひとりの農民を斬ってしまったわけです。

ここで2つ目の問題が起こります。
農民たちは、「人が斬られた」という事実だけをもとに、代官所に訴え出たわけです。

もともとの原因をたどれば、ちゃんとした窓口に事情を話して、普通に竹を分けてもらおうとしないで、いきなり目の前の竹を奪おうとした一部の農民たちの行動に問題があります。
ところが、そういう経緯を一切無視して、ただ「殺されました」と被害者を装う。
これを讒言(ざんげん)といいます。
最近は、これが特に日本人になりすました元共産パルチザンたちによって、まるで流行のようにさえなっていますが、要するに、いつの時代にも被害者ビジネスはあったわけです。

人が斬られたという事実がある以上、代官としては取り調べをしなければなりません。
そこで代官は、目の前にある「人殺しがあった」という事実だけに着目しています。
ここに3つ目の問題があります。
事情をわきまえず、単に「結果だけを見て」判断が行われているという点です。
これは昨今の施政に共通する事柄といえます。
被害者ビジネスが横行する理由も、実はここにあります。

法に「人を殺すべからず」とあれば、その語句だけを頼りに処罰をしようとする。
これを罪刑法定主義といい、刑法学においては基本中の基本とされるものです。

しかしここで、ひとつ考える必要があります。
イズム(主義)というものは、実は「ないものねだりだ」という事実です。
民主主義がないから、民主主義を求めるのです。
自由がなくて、支配が横行しているから自由主義が求められるのです。
同様に、事件が起こったとき、恣意によって事案が捻じ曲げられてしまうことが横行しているから、罪刑法定主義が求められるのです。

罪刑法定主義は、西欧の絶対王政において行われた罪刑専断主義に対応して造られた主義(イズム)です。
罪刑専断主義というのは、あらゆる判断は、最終的に王がジャッジする、というものです。
ですから王に器がなければ、あるいは王に讒言する者があれば、間違った(歪んだ)判断が起こり、その結果、大勢が間違って殺されることになってしまいます。
だから刑罰は法によってしか科してはならないとする罪刑法定主義が求められたのです。

ところがこの罪刑専断主義と罪刑法定主義には、どちらにも共通して不足している概念があります。
それは、責任をあくまで罪科を行った者にだけ求め、罪科の有無の判断を行う者への責任を考慮していないという点です。
責任を負わない者が判断をするとどうなるかというと、それは無責任な判断を招きます。
つまり、起きた現象に対して、法に即して機械的に刑罰が科されるだけで、誰もその判断に責任を持たなくなるのです。

機械的で無責任な判断が横行するようになれば、民に不満がつのります。
そして責任を持たない権力者の横暴だけが、世にはびこることになります。
そしてそれは国の乱れのもとになるし、法を逃れることさえできれば、何をやっても構わないという社会風潮を招くことになります。

家康や天野康景が生きた時代というのは、それ以前が戦国時代です。
何をやっても構わないというような功利主義がまかり通り、欲と欲のぶつかり合いから多くの命が奪われた時代を、いかに建て直していくのかが、最大の懸案事項となっていた時代です。
そうであれば、判断をする人の責任を、しっかりと問うて行かなければならない。
誰ひとり、施政者の側に責任を負わない者があってはならない。
そういうことが大事にされた時代であったし、家康がもっとも気を配ったのも、まさにその点にありました。

このことは、犯罪を火災に例えるとわかりやすくなるかもしれません。
代官の姿勢は、
「火災が起きたので、火元となった犯人を罰する」というものです。

しかし火災が起きれば、近隣まで被害が及びます。
昔は全部が木造住宅ですから、風によっては、火災が大火となり、町中全部を燃やしてしまうという大災害をもたらすこともあります。
そういう事態が起きてから、犯人は誰だ、処罰しろと言うのは、実は、施政者としての「責任逃れ」です。

なぜなら、火災にしても事件や事故にしても、起きてからでは遅い。
ですから日頃から起きないように努力を重ねるのが、施政者の役割です。
そのために施政者には権限が与えられているのです。

では、実際に事件や事故が起きてしまったらどうするのか。
それは「起こさないための権限」を持った者の怠慢です。
事態によっては、当然、腹を斬ることになります。
なぜなら権限と責任は常に一体だからです。

そうであれば、事件や事故を扱う者(代官)は、命がいくつあっても足りませんから、当然に事件や事故を予防するために最善をつくすことになります。
こうした「権限と責任は常に一体」という考え方を失うと、ただ起きた事件にだけ対処し、事件を起こした者を逮捕し処罰すれば良いという安易な思考に走ることになります。
ここに、天野康景と代官の考え方の違いがあります。

この事件では、農民たちはどうしても竹材が必要だったから、竹がほしいとやってきたのです。
そしてそのための窓口は、竹の警固をしている足軽ではありません。
別にちゃんと、そういう窓口があったはずだし、またそういうときのための窓口を、ちゃんと農民たちにあらかじめ知らせておくのが、知行をしている殿様の天野康景の役割であり責任であったわけです。
だから天野康景は、
「責任は私にある」と明言しています。

ところが取り調べを任された代官は、単に足軽の処罰のことしか考えていません。
なぜ事件が起こったかについても、そもそもどうして農民たちが竹を必要としたのかには関わりなく、ただ、人が斬り殺されたという点についてだけを問題視しています。
だから天野康景に、足軽を引き渡すようにと命じたのです。

要するに代官は、この事件を単なる「警備の足軽による農民殺害事件」としてのみ捉えています。
一方天野康景は、この事件を「政治の責任」と捉えています。
捉え方のレベルが違うのです。

しかも悪いことに、代官は家康に、単に天野康景が犯人の引き渡しを拒んでいるとのみ報告しています。
報告した事自体は良いことです。
また、見方によっては代官の汚点にもなる「引き渡しを拒まれた」という事実を、代官が家康にちゃんと報告したことも、褒められるべきことです。

なぜなら、代官は、「みずからに不都合なことであっても、包み隠さず、ちゃんと報告した」のだし、家康もまた、自分に不都合があっても、それをちゃんと報告することができるという家風を、日頃からちゃんと築いていたということだからです。
そういうことができたからこそ、家康は、誰もが納得する天下取りになれたのです。

ところが代官は、犯行の責任を追求しただけで、なぜ農民たちが竹を取りに来たのかという姿勢の責任を見落としています。
そしてこのことこそが、最も重要な政治責任であるといえます。
ところが代官は、事の経緯をつかまずに、ただ「足軽が人を斬った」ことにだけ反応してしまいました。
そして家康のジャッジを得た代官は、天野康景に対して高圧的に足軽の引き渡しを命じました。
その結果、天野康景は、一万石を返還し、浪人しました。

一万石の大名が、碌(ろく)を返上したとなれば、これは一大事です。
当然、「なぜそのようなことになったのか」が調査されます。
その結果、家康は、自分が代官の片務的な報告によってミス・ジャッジをしたことに気付いたのです。
藩内の出来事は、藩主の責任です。
代官は、先ず、藩主の責任を問うべきだったのです。

では、家康は、気付いた時点で、どうして家康は天野康景を呼び戻そうとしなかったのでしょうか。

答えは、「できない」です。
なぜなら、足軽が刃傷沙汰を起こしてしまう原因を作ったのは、まさに天野康景の責任だからです。
みずから責任をとって一万石を返上し、退職した者を慰留したら、家康は治世に施政者の甘えを許したことになってしまう。
つまり、施政者の責任性を否定することになってしまうのです。
だから呼び戻すことができない。
戦乱の世を終わらせ、これから新しく安定した治世を築こうとする家康にとって、天野康景のような有能な人材は不可欠でありながら、同時に彼を許すことはできないのです。

天野康景は浪人し、その年のうちに神奈川県足柄の西念寺にはいって出家し、6年後に死去しました。
77歳でした。
家康は、息子の天野康宗をあらためて千石取の旗本として起用し、天野家はいまも続いています。

一方、ちゃんとした調べもせずに、ただ法を額面通りにしか解釈できなかった代官は、家康に目通りが許される直参旗本から、非直参の旗本へと降格されました。
彼は、御定法を守ったし、家康への報告もきちんとしたのに、どうして降格になったのでしょうか。

答えは簡単です。
額面通りに機械的に処罰するだけなら、代官はいらないからです。
代官というのは、二度と同じような事件が起きないようするのが、本来の勤めです。
起きた事件(この場合なら足軽による殺傷)について、当事者の足軽を逮捕し処罰するだけなら、猿にもできることであって、代官という要職など必要ないし、そういう判断しかできないような者を直参にしておく理由はないのです。
これが徳川政権の、治世のいわば「肝(きも)」といえるものです。

現代社会においても同じことがいえます。
犯罪を犯した者を逮捕し、法で定めた通りに処罰するだけなら、裁判所も裁判官も要りません。
これからAIの時代になりますが、そういうことだけなら、むしろAIに裁判官になってもらった方が良いかもしれません。
AIと人間の違い。
それは責任を取ることができるかできないかの違いです。

そして、現代のような無責任に、機械的な裁断を下すだけの法治なら、その社会の行き着く先は、どんなに法を破っても「捕まりさえしなければ構わない」という社会です。
そうならないように、予防し、民の情況を察し、事前に手を打って問題そのものが起こらないようにするというのが、本来の政治や行政や法のあるべき姿です。

天野康景のこの事件を通じて、いろいろと思うところを書いてみました。
みなさんはどのようにお感じになられたでしょうか。
たいせつなことは、この天野康景の事件が、何年に起きたかという年号ではありません。
そこから大切なことを学び取ること。
それが本来の歴史学であり、単なる年号学と異なる点なのではないかと思います。

お読みいただき、ありがとうございました。
歴史を学ぶことでネガティブをポジティブに
小名木善行でした。


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小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。
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日本史検定講座講師&教務。
《著書》
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