日本人の博愛・・・ロベルトソン号事件を題材に

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「博愛(はくあい)」は、訓読みすると「ひろくあまねく、いとしくおもふ」です。
「博」という字の訓読みは「ひろし・あまねく」です。
たとえ自分が酷い目に遭わされたからといって、だから人を傷つけて良いことにはならない。
どこまでも愛。
それが日本人なのだと思います。

ロベルトソン号の記念碑(宮古島)
20181018 ロベルトソン号記念碑


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小名木善行です。

戦前の尋常小学校の4年生の修身の教科書から、「ロベルトソン号事件」をご紹介したいと思います。

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尋常小學修身書 巻四
第二十 博愛(はくあい)

明治六年、はるばる支那へやってきたドイツの商船ロベルトソン号は、ある日、海上で大あらしにあいました。
船は帆柱を吹き折られ、ボートを押し流され、荒れ狂う大波に三日三晩ゆられて、九州の南の宮古島の沖に吹き流されて来ました。
しかし運悪く、暗礁に乗り上げてしまいました。船員たちは、波にさらわれまいと、こわれた船に一生懸命に取り付いて、助けを求めました。

ロベルトソン号の難船を見つけた宮古島の見張りの者は、さっそく役人に知らせて、人々を呼び集めました。
役人は、よりぬきの漕ぎ手や医者を連れて駆けつけ、村々の人たちと一緒に助け舟を出しました。
しかしさかまく荒波を乗り越えて進むことは、どうしてもできません。
そのうえ、やがて日はとっぷりと暮れました。
人々は、仕方なく引き返しましたが、陸(おか)にかがり火をたいて、難船をした沖の人たちをはげましながら、夜を明かしました。

あくる日は、風もおとろえ、波もいくらか静かになりました。
島の人々は、
「今日こそは」
と勇み立ち、飲水や、かゆなどを用意して、大波の中へ乗り出しました。
あぶない岩の間をくぐり、大波にゆり上げられゆり下げられながら、力の限り漕いで、やっとロベルトソン号にたどり着きました。
そうして、身の危険も忘れて、疲れ切っている船員たちを、残らず助けて帰ってきました。
危ない命を助けられた船員たちの喜びは、どんなであったでしょう。

島の人々は、薬を飲ませたり、怪我の手当をしたりして、船員たちを介抱しました。
しかし言葉が通じないため、どこの人だかわかりません。
そこでいろいろの国の国旗を取り出して見せて、はじめてドイツの人であることがわかりました。

その後一ヶ月あまりの間、親切に世話をしているうちに、みんな元気になりました。
そこで船を貸して本国へ帰らせました。
出発の日には、島の人々は、海岸に出て、鐘や太鼓をたたいて見送りました。
役人たちは船に乗って水先を案内しながら、はるか沖合まで送って行きました。

船員たちは、月日を重ねて無事に本国に帰り着きました。
そうして、嬉しさのあまり、会う人ごとに、親切な日本人のことを話しました。
そのことが、いつかドイツ皇帝に聞こえました。皇帝は島の人々の親切をたいそう喜んで、軍艦を送って宮古島に記念碑を建てさせられました。
その記念碑は、いまもなお残って、ながくこの博愛の美談を伝えています。


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この記念碑というのが、トップの画像です。
現在のものは、当初贈られた記念碑が風雨で劣化したために、レプリカが建てられています。

この事件は、明治6年(1873年)7月に実際にあった出来事で、船はドイツのハンブルグからやって来た商船の「R.J.ロベルトソン号」です。
貿易品である茶を福建省で積み込んで、オーストラリアのアデレードに向けて航海していたところを嵐に遭遇し、マストも折れ、救命ボートも流されて、船員の多くも海に流されて、いつ沈没してもおかしくない非常に危険な状態で、宮古島の南岸へと流されて沖合のサンゴ礁で座礁したのです。

この座礁を目撃した英国の軍艦カーリュー号が、ボートを出して救出を企てたけれど、高波のため断念しています。
それほどまでに、海がひどいシケだったのです。
続いて宮古島の住民が船を発見します。
そこからが修身の教科書に書かれた上記の物語です。

座礁した船を発見した島の人々は、島から小舟を出して救出を試みたけれど、激しい暴風で救助ができない。
様子を見ていたロベルトソン号の乗組員は激しく落胆したけれど、島民は海岸でかがり火を焚くことで、難破船の乗組員を励まし続ける。
翌朝未明、高波を突いて小舟2艘を出し、船に残っていた救命ボート1艘とともに生存者8名を救出します。
救出されたのは、ドイツ人6名(うち女性1名)、Chinese船員2名です。

その直後。
ロベルトソン号は激しい波に洗われて木っ端微塵に破壊されたそうです。
まさに間一髪だったのです。

この物語が「博愛」として修身教科書が紹介していることには理由があります。
遭難事件の2年前に、宮古の船が嵐で台湾に漂着して、原住民によって乗組員54名が虐殺される事件(12名が生還)が起きているのです。

そんな経験を持つ宮古島の人々にとって、まさに「知らない人は恐怖の存在」であったし、島の人達にとっては、その事件の記憶がまだ新しい、そんな状況でロベルトソン号事件に遭遇しています。
しかしそれでも彼らは、難破船の乗組員の救助のために全力をあげました。

ちなみにこのときの台湾での事件について、当時の明治新政府は清国に厳重抗議を行っています。
ところが清国は、台湾は「化外の地」であるとして抗議を受け付けない。
やむなく日本は、独自に台湾出兵を行っています。
そしてこのことがきっかけとなって、日台の絆が生まれ、日本は日清戦争後に台湾の割譲を清国に要求し、台湾の人たちは正式に日本人となり、いまなお、台湾の人たちの多くは、日本を愛してくれています。

さて、ロベルトソン号の乗組員たちの救助後です。
島民たちは、海岸に打ち寄せられたり、海に浮かんでいた船の積荷や、身の回りの品などを拾い集めて、船員たちにそのまま手渡しています。
けれど、ドイツ人の船員の一部は、
「濡れて商品にならない物などいらない」
となじる一幕があったと、これは船長のヘルンツハイムが日記に書いています。

普通、世界中どこの国においても、当時の列強と呼ばれた西洋にあってすら、漂着物等は略奪の対象になった時代です。
ところが宮古の人たちは、なにひとつ自分のものにすることなく、漂着物を丁寧にひとつひとつ拾い集めて、洗えるものはきれいに洗って船員たちに引き渡しています。
日本人ならではの行動だといえます。

ちなみに「宮古島」は、沖縄本島よりももっと南側、ちょうど沖縄と台湾の中間に位置する島です。
おもしろいもので「宮古」の読みは「みやこ」で、それを漢字で「古い宮」と書いています。
宮古島に「マムヤ」という美女の伝説がありますが、その伝説は、マムヤがあまりに美しかったために、権力者たちが列をなして求婚したというところから始まります。
小さな島に権力者たちが集ったというところからして、大昔にはもしかすると宮古島が我が国の都か、それに準ずるような時代があったのかもしれません。

これはまた別な稿で述べたことですが、日本列島の気候は、万年の単位で見ると、熱くなったり寒くなったりを繰り返しています。
寒冷化が進めば、人口が日本列島全体で20万人以下であり、土地の所有権も国境もなかった時代です。
人はより住みよい場所に移動する。
そして2万年前頃には、海面はいまよりもずっと低くて、瀬戸内海も黄海も陸でしたし、台湾は大陸と地続き、都島はいまよりもずっと大きな島で、鹿児島あたりの気候が、いまの稚内(わっかない)くらいの気候でした。
衣料がまだ十分発達していなかった時代であれば、より住みよい場所を求めて、我が国の都が宮古に置かれていても、何の不思議もないのです。

さて島民と救助された8名は、言葉が通じなかったけれど、宮古の人々は遭難者たちを手厚く保護し、宮古島の
村番所(いまの公民館)を宿舎に提供して、米や鶏肉を与えています。

難破救出から34日後、島の人々は、たまたま宮古に寄港していた琉球王の船を彼らに与え、ドイツ人らはチャイナを経由してドイツへと帰国し、このときの逸話を、ロベルトソン号のヘルンツハイム船長が、
『ドイツ商船 R.J.ロベルトソン号宮古島漂着記』
と題して新聞に発表しました。

その記事を読んだドイツ皇帝ヴィルヘルム1世が、宮古島の人々の博愛精神に感動し、3年後の1876年に軍艦チクローブ号を日本へ派遣します。
チクローブ号は横浜に入港し、明治政府と宮古島への記念碑を建てる相談をした後、那覇へと赴き琉球藩王を表敬訪問し、ドイツ皇帝の誕生日でもある3月22日に宮古島の中心港を見渡せる斜面に建立した・・・それが冒頭にある写真の記念碑です。

「博愛(はくあい)」は、訓読みすると「ひろくあまねく、いとしくおもふ」です。
「博」という字の訓読みは「ひろし・あまねく」です。
たとえ自分が酷い目に遭わされたからといって、だから人を傷つけて良いことにはならない。
どこまでも愛。
それが日本人なのだと思います。


※この記事は2019年10月の記事のリニューアルです。
お読みいただき、ありがとうございました。
歴史を学ぶことでネガティブをポジティブに
小名木善行でした。


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コメント

にっぽんじん

武漢コロナの検証
昨年12月から始まった武漢コロナ感染の拡大が続いている。
ヨーロッパでは第2波の感染拡大で外出禁止に踏み切った国もある。
日本も感染が続いているが感染者数が増減している状況で、ヨーロッパとは異なっている。

その中で、中部大学の武田先生が虎ノ門ニュースで面白いことを話していた。
インフルエンザの感染者数がここ3年で変化しているという。

9月の1週間の感染者数の3年間の比較だ。
2018年は500(詳細数字は省略)人前後だったのが2019年は何故か10倍の5000人前後に急拡大した。
しかし、その後の武漢コロナの発生で減少に転じ、結果的に例年より少なくなっている。

しかも面白いのは今年(2020年)の9月のデータだ。
感染者数が1桁に急減している。
これを見ると今年のインフルエンザ予防ワクチンは不要かも知れない。

よく見て欲しいのは死亡者の数だ。
第1波の感染時には多数の死者が出たが、第2波ではそれほど増加していない。
感染者数より死亡者数を見るべきではないか。

日本の武漢コロナ感染者数が10万人を超えたが、武漢コロナの前のインフルエンザ感染者数は年間で1000万人、死者は1万人前後だった。しかもインフルエンザは発症者数で発症してない感染者は含まれない。

厚生省は今までのデータを詳細に検証し、これからの対応を検討して欲しい。
効果が分からないワクチンより重症化しない治療薬を開発した方が良いかも知れない。

PCR検査は止め、発症すればインフルエンザ検査でA型かB型かを判定し、いずれでも無ければPCR検査を行う。それでよいような気がする。

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小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
連絡先: nezu3344@gmail.com
電話:080-4358-3739
出身:静岡県浜松市
住所:千葉県野田市
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「明治150年真の日本の姿」、「日本と台湾の絆」、「奇跡の将軍樋口季一郎」、「南京事件は4度あった」、などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。
日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
《著書》
『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』
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