『米百俵』と教育の大切さ



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『米百俵』の記事は2015年3月から毎年掲載し、毎度、その主張内容を更新しています。今回も事実の記述については(変えようがないので)同じですが、主張の書き方は、全部更新しています。ただし、言わんとすることは毎度同じです。日本は必ず正気を取り戻してよみがえる、ということです。

20210303 米百俵
画像出所=https://youtu.be/kn7I1ViPLVE
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小名木善行です。

教育の大切さは、これは誰も否定できないことであろうと思います。
ただ、「何をどのように教育をするのか」となると、多くの方が教育の大切さという総論には賛成であっても、各論になると賛否両論。しまいに感情的な対立まで生まれてしまいます。
そこで幕末に活躍した小林虎三郎(こばやしとらさぶろう)の逸話から、教育についてあらためて考えてみたいと思います。

小林虎三郎(1828年〜1877年)は、幕末を駆け抜けた天才・佐久間象山の門下生の中でも「二とら」と讃えられたうちのひとりです。
「ニとら」というのは、吉田松陰と小林虎三郎のことで、吉田松陰の通称が「寅次郎(とらじろう)」、小林虎三郎もまた「虎」であることから、そのように言われたものです。
佐久間象山は、この二人について、
「義卿(松陰)の胆略、
 炳文(虎三郎)の学識
 稀世の才」
と褒め称えています。

「義卿、炳文」というのは、それぞれ松蔭、虎三郎の「諱(いみな)」です。
寅次郎や虎三郎というのは「通称《字(あざな)》とも言う」で、普段はこちらの名を名乗ります。

ちょっとだけ脱線すると、この時代の武士の名には、「諱(いみな)」と「字(あざな)」があるのが一般的でした。
「諱(いみな)」に使われている「諱」という漢字は、訓読みが「かくす」で、要するに普段は隠していて名乗らない名前です。
普段、使わない(名乗らない)なら、そんな名前など必要ないではないかと思われるかもしれませんが、人間の肉体は魂の乗り物だというのが、この時代の普通の考え方です。
ですから、当然のことながら、自分の魂にも名前があると考えられたし、死ねば肉体は失われ、肉体が名乗っていた名前も失われるけれど、魂は永遠のものだから、ちゃんと魂にも名前を付けたわけです。

そういわれてみれば「字」という漢字も、家の中の子というつくりです。
要するにこの世で生を受けた(親から肉体をもらった)、その肉体の名前が「字(あざな)」であるわけです。

さて、こうして吉田松陰と「二とら」と並び称された小林虎三郎ですが、新潟の長岡藩の武家の出です。
幼い頃に疱瘡を患って、片目が失明していましたが、その分、たいへんな努力をして、長岡藩では若くして藩校の教授を勤めるほどになっていました。
そして23歳のときに、藩命で江戸で洋学を教える佐久間象山門下生となるわけです。

この頃、黒船が来航するのですが、このとき幕府の老中であった長岡藩主の牧野忠雅(ただまさ)に横浜開港を建言したのが小林虎三郎です。



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このことが原因で小林虎三郎は帰国謹慎を申しつかるのですが、結果として虎三郎のこの案は幕府の採用するところとなり、何もない「川崎の横の砂浜」に、わずか三ヶ月という、おどろくべき短期間で港町が建設されました。
こうして生まれたのが「横浜」で、いまではすっかり大都市の「横浜市」になっています。

横浜市が幕末にできた人工都市だったなんて、まさか、と思われるかもしれませんが、現に東海道五十三次は、品川宿、川崎宿の次は神奈川宿、保土ヶ谷宿、戸塚宿、藤沢宿で、そこに「横浜」の名前はありません。
都内から横浜にクルマで行く時には、横浜ベイブリッジを通りますが、あの美しい橋も、もとをタドせば小林虎三郎の建議があったから・・・であるわけです。

さてその小林虎三郎、幼いころ天然痘を患い、その後遺症が左顔面に残る人でした。
けれど一生懸命に努力して、長岡藩校で若くして助教を務めるほどの俊才となり、長じて佐久間象山の門下生になりました。

長岡藩は勇敢に戦いました。
この戦いは戊辰戦争中最大の戦いであったともいわれています。
が、結果は敗北。
そのため14万2700石あった藩の収入は、6分の1の2万4千石に減じられてしまいます。

減封になったからといって藩士の数が減るわけではありません。
藩士たちはたいへんな貧窮のどん底に追いやられてしまいます。

あまりの藩内の貧窮ぶりに藩主の親戚の三根山藩の牧野氏がみかねて、長岡藩に米を百俵送ってくれることになりました。
飢えに苦しむ藩士たちからしてみれば、ひさびさに米にありつけるありがたいことです。
けれど百俵の米というのは、藩士とその家族の数で頭割りしたら、ひとりあたり、わずか二合程度にしかなりません。

そこで当時、藩の大参事となっていた小林虎三郎は、その百俵を元手に、藩に学校を造ろうと提案したというのが、有名な「米百俵」のお話です。
この「米百俵」は2001年に、小泉内閣発足時の総理の国会所信表明演説で引用されたことで有名になり、同年の流行語大賞となりました。

意味は、

「百俵の米も食えばたちまちなくなる。
 だが教育にあてれば
 明日の一万、百万俵となる」です。

米一俵は、おおむね一両に相当します。
一両はだいたいいまの六万円くらいです。
つまり米百俵とは、金額にすればおよそ六百万円ということになります。
一藩の財政という点からすれば、決して大きな額ではありません。
逆にいえば六百万円が藩論をゆるがすほどの大金とされるほど、当時の長岡藩は財政的にも、また食糧自給の面においても、追い詰められていたということです。

長岡藩では、大激論のうえ米は売却され、売得金によって明治3年に長岡の坂之上町(現大手通2丁目)に国漢学校を開校させました。
この学校が、現在の長岡市立阪之上小学校で、実はこの小学校は、明治政府による学制の布告(明治5年)以前に建てられた小学校です。

明治新政府の学制の布告は、ただ布告をしただけで、学校建設のための用地の取得や校舎の建設、机などの什器備品代から教師を雇う費用などの一切は、民間で旧藩士や地元の庄屋さんたちが集まってお金を出し合って整えていますが、長岡では、それらに先んじて、藩費で、しかも藩の財政が極貧状態にあるときに、しっかりと学校建設を図ったわけです。

しかもこの学校には、士族だけでなく、一般の庶民の入学も許可されました。
藩士たちだけでなく、庶民までもが「納得して虎三郎に協力してくれた」から、これが実現したのです。

本当に苦しいときにこそ、自制し、明日の幸せのために行動する。
決して目先の欲望のために道義や道徳観を失って非行に走ってはならない。
世界の多くの国々が、いまなお、苦しいとき、たいへんなときに非行に走り、あるいは巨万の富を得た者が幼児云々の非行に走る。
なぜそのようなことになるかといえば、何が正しいかということについての価値観がない、つまり教育がないからです。

教育というのは、ただ連立方程式が解ければ良い、主語が何を指しているのか正確に答えることができれば良いというものではありません。
教育の本質は、価値観の育成にあります。
そして日本には、明確な価値観があります。
それは、民衆が「おほみたから」であり、民衆が豊かに安全に安心して暮らせる社会こそがよい社会であるという認識です。
そしてその認識は、日本にある古くからの歴史伝統文化に基づきます。

さて、以上の小林虎三郎の物語は映画化されていて、いまはyoutubeでも無料で視聴することができます。(下に貼ります)。
この映画ができたとき、主催者が映画の試写会の案内を長岡市内の六十六ある学校に出したそうです。
けれど試写会にやってきたのは、わずか七校だけでした。
平成5年(1993)のことです。

まだ日教組華やかりし頃です。
しかし逆にいえば、日教組が強大な実力を発揮していたときであっても、すくなくとも一割強の学校では長岡の歴史を忘れず、米百俵の映画の試写会に学校の者を出席させました。

おそらくいまなら、もっと多くの学校が参加することと思います。
時代は、変わるのです。
そして日本から正気が失われることは決してないのです。


※『米百俵』の記事は2015年3月から毎年掲載し、毎度、その主張内容を更新しています。今回も事実の記述については(変えようがないので)同じですが、主張の書き方は、全部更新しています。ただし、言わんとすることは毎度同じです。日本は必ず正気を取り戻してよみがえる、ということです。

映画『米百俵』
無料で全編ご視聴いただくことができます。


お読みいただき、ありがとうございました。
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小名木善行でした。


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コメント

-

拝見致しました。
1:13:00

離縁なさっているのに、虎三郎氏のカミさんの尽力が印象的でした。

今の長岡市は、日本でも有名な米の生産地、確かに、だからこそ米が食えずに商品作物として出荷されるのを指を加えて見送るのは、辛い事だったと思います。

しかしながら『今だけカネ(米)だけ自分(の世代)だけ』では、未来はない事、

虎三郎氏の苦悩は、だからこそ相当なご苦労だったと感じました。これは、俳優の方々の迫真の演技からも伝わるもので、
久しぶりに、いや何十年ぶりに素晴らしい時代劇を拝見したとも思い出しました。

有難うございました。

でもってなんだ?

> 横浜開港を建言したのが小林虎三郎です。

小林が献策したのは「神奈川湊」の開港です。日米修好通商条約で幕府が米国に開港すると約束したのも「神奈川湊」でした。神奈川湊は神奈川宿のすぐ隣、東海道に近接している場所です。なので米国は神奈川湊の開港を強く求めたのです。条約締結後、欧米が神奈川宿周辺に領事館を置き始めると幕府は「こりゃいかん」と方針転換、「横浜村も神奈川湊の一部だから」と言い訳しながら神奈川宿から離れた横浜に新しい港を作っていまの関内に外国人居留地を設置。同時に神奈川湊には神奈川台場(砲台)を築いて外国船を近寄せない構えを示します。神奈川台場は現在では台場公園(石碑ぐらいしかない)となっており、その沖合が山内埠頭――すなわち横浜港の一部で、神奈川湊か横浜湊かを論じるのが無意味なほど横浜港は巨大化しています。
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小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
連絡先: nezu3344@gmail.com
電話:080-4358-3739
出身:静岡県浜松市
住所:千葉県野田市
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「明治150年真の日本の姿」、「日本と台湾の絆」、「奇跡の将軍樋口季一郎」、「南京事件は4度あった」、などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。
日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
《著書》
『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』
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