瀬織津比売と饒速日命から歴史を考える



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せっかく考える力を神様から授かった人間に生まれてきたのに、ただ怒ったり、喜んだりするだけの反応的な生き方をするだけなんて、もったいないと思います。
それでは犬や猫と同じです。
人間には思考力がある。
せっかくなら、その思考力を、未来を拓く建設的な力に使っていきたいものです。
そのためにこそ歴史があるのだと、私は思っています。
歴史は、古くて新しい、現代を生きる知恵の宝庫だからです。

20210305 グアム島ライン



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歴史を学ぶことでネガティブをポジティブに
小名木善行です。

瀬織津比売(せおりつひめ)は、我が国の正史となる日本書紀、そして古事記には登場しない神様です。
けれど不思議なことに瀬織津比売は、大祓詞(おおはらえのことば)にはしっかりと登場します。

もうひとつ不思議なことがあります。
それが饒速日命(にぎはやひのみこと)です。
日本書紀によれば、天孫降臨は宮崎に瓊々杵尊(ににぎのみこと)、畿内に「饒速日命(にぎはやひのみこと)」が、等しく天照大御神の天孫として降臨したとあります。
つまり、天孫の大八州(おほやしま、つまり日本列島)への降臨は、少なくとも宮崎と畿内の二箇所にあったということです。

この二つの事象は何を意味しているのでしょうか。

そこでひとつの大胆な仮説を提示してみようと思います。
それが二万年前のグアムラインと琉球ラインです。
年のため申し上げておきますが、あくまで仮説であって、こうだと決めつけているわけではありません。

さて、トップの図はグーグルマップを航空写真モードにしたものです。
海底の様子までわかるようになっていますので、たいへんおもしろいものですが、この写真から2万年前、つまり海面の高さがいまよりも140メートルほども低かった時代に、地上に露出していた場所のおおよそがわかります。

そのひとつは、東シナ海のような、いまでは大きな大陸棚となっているところです。
そこはグーグルマップでは、薄い水色で表示されています。
地図を拡大してみるとわかるのですが、東シナ海はかつての陸であり、琉球諸島も、いまのような小さな島ではなくて、ほぼ陸続きになっていたことがわかります。

東東亜平野と琉球諸島の間には、浅い内海があり、そこはまるでヒルのような形をした浅い塩水湖です。
水深が浅く、水も透き通っていたことでしょうから、水底まで太陽光が届き、そこには大量のプランクトンや海藻が繁殖し、またそれを捕食するたくさんの魚たちが、まるで水族館の大水槽さながらに泳いでいたことでしょう。



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2万年前という時代は、最終氷河期になりますが、このあたりには赤道からの暖流が流れ込みますので、気候は温暖で暖かく、魚類も豊富となれば人々が生活するにはもってこいです。

ちなみに我が国では、およそ3万8千年前に、伊豆諸島の神津島と伊豆半島の間の海上57キロを、船で往来していたことを示す遺物があります。
そのあたりの海は、非常に流れが速い海域ですので、よほどの航海術と船舶技術がなければ、その往復はできません。
そうであれば2万年前という時代なら、なおさら良好な船舶があったはずで、しかも内海ならば波も穏やかです。
そこで魚を獲って暮らす人々が、いまの琉球諸島のライン沿いに、一大文明圏を形成していたとしても、何ら不思議はありません。
そこで仮にこの文明圏を「琉球ライン」と名付けてみます。

もうひとつ、見逃せないポイントがあります。
それは、日本列島からグアム、パラオに伸びる小さな島の列島線です。
ここも2万年前の様子をグーグルマップで見ると、小さな島々が、日本列島から、やや湾曲しながらまっすぐにグアム島、パラオに向けて伸びていることがわかります。

ひとつの島に渡ると、その向こうにまた次の島が見えるのです。
そして島での暮らしというのは、長い年月をそこで過ごそうとした場合、ひとつの島が養える人口には限りがありますから、子孫が増えてくると、一部の人達は、また別な島に渡り住まなければならなくなります。

また、島によっては鳥島のように、鳥が大量に生息し、そのために人が住めない島もあります。
あるいは火山活動が活発すぎて住めない島。
あるいは小さすぎて真水が取れないために住めない島。
人が住めない島もたくさんあったことでしょうけれど、その逆に、人々が生活するのにたいへん適した島もあったことでしょう。

こうして日本列島から、島伝いにグアムやパラオ方面までをつなぐ、ひとつの大きな文明圏があったと想像することができます。
仮にこれを「グアムライン」と名付けてみます。

美しい海と島。
島から島へと海を渡って暮らす人々。
まるで『モアナと伝説の海』さながらの暮らしが、おそらくグアムラインの人々の生活であったものと思われます。

万年の昔から、このあたり一帯に住む人々にとっての神々とは、ご先祖のことを指しました。
つまり人々は死者とともに暮らしていたのです。
このことは、縄文時代の集落跡が、集落の真ん中に墓地を持つこと。
あるいはいまでも南洋の島々に暮らす人々や、元・倭人と言われている南米のインデオたちが集落の真ん中に共同墓所を持っていることなどからもうかがい知ることができます。
死者は魂(霊(ひ))となって自然と溶け合い、村の守り神になるのです。

そしていまでも日本では、仏式のお葬式では、死んだ人の魂は「あの世に行く」とされるし、そのための別れの儀式が告別式なのだけれど、神式の葬祭では、亡くなった人の魂は浄化されて家の守り神になります。

琉球ラインに住む人々、グアムラインに住む人々、両方を合わせても、当時の人口は15万〜20万人です。
それでいて何千年も経過すれば、すべての部族はみんな血がまじります。
つまり全員が親戚になります。
琉球ラインから、グアムラインまでは、広大なエリアですが、海を渡って暮らす人々にとっては、それらはひとつの広大な生活圏です。

ただ、違いは、グアム島ラインが小さな島がポツポツ並んでいるのに対し、琉球ラインは列島を形成していて陸が大きいことです。
陸が大きいということは、平野部が広がっていて、そこで養える人口が大きくなります。
つまり力関係でいえば、琉球ライン側に住む人々の方が人口が多い分、力がある。
また、その王の屋敷は、おそらくサンゴや貝殻のパールで飾られた建物で、太陽の光を浴びて美しく輝いていたことでしょう。
もしかすると、そんな美しい場所を、大昔の人々は「タカラのハラ」と呼んだのかもしれません。
そして王宮は、太陽の光を浴びて、貝やサンゴが輝く、まさに「天(アマ)の太陽が照らす」王宮と呼ばれていたのかもしれません。
これが後に、「タカラのハラ」の「アマテラス」となり、万年の時を越えて神格化された・・・のかもしれません。

もう少し続けます。
一方、海を渡って暮らすグアムラインで生活する人々にとって、島で帰りを待つ女性たちは、まさに「浅瀬(セ)に居(お)る」神に等しい存在です。
女性は子を産むのです。つまり新しい生命を生み育む。
瀬(セ)に居(オ)りつ女性たちは、海で漁をして暮らす男たちにとって、まさに神そのものであったのかもしれません。
それが万年の時を越えて、「セオリツヒメ」として神格化されたのかもしれません。

上のタカラのハラ、アマテラス、セオリツヒメなどに関する記述は、あくまで想像です。
そうだったのだ、と決めつけているわけではありません。
ただ、そういう想像をかきたてるところに、古代史のロマンはあるといえます。

さて、1万5千年前から1万年前にかけて、氷河期が終わり、陸上の氷が徐々に溶けて、海面が上昇しはじめます。
海岸線は、現在のものに近くなっていきました。
その間に、グアム島ラインでは、多くの島が水没し、わずかな島が広大な海原に点在するだけになっていきました。
琉球ラインでも、広大な東東亜平野が失われ、琉球諸島もまた頂上のあたりがわずかに顔を出すだけの島になりました。
そして、波が穏やかで魚の多かった「ひる湖」は、水没して失われてしまいました。

生き残った人々のうち、琉球ラインの人々は、一部は島に残り、一部を九州に上陸させました。
グアム島ラインの人々もまた、日本の本州に上陸して、そこで暮らすようになりました。
おそらくそれがはじまったのが、気温変化からすると、およそ1万年前のことです。

それまでの人々は、琉球ライン、グアム島ラインの人々ともに、もともとは海洋民族でしたが、生活の拠点となっていた島々を失うことで、陸上での生活を重視した生活を始めるようになりました。
なぜなら彼らは「島はいつか沈む」という体験をしてきているのです。

ところが多くの人々が住むようになった日本列島は、北も南も東も西も、自然災害の宝庫でした。
火山の爆発はあるし、大地震はあるし、台風は毎年やってきます。
そして大きな自然災害があると、陸上食べ物が失われ、餓死者が出ます。

とりわけ大きな事件となったのが、7300年前の九州鹿児島沖のアカホヤの火山の大噴火でした。
この噴火は破局噴火といって、巨大な島ひとつがまるごと吹き飛んだほどの大噴火です。

アカホヤの噴煙は大量のガラス質を含みました。
これを吸い込んだ人々は、肺にガラスが刺さって、呼吸不全を起こして死にました。
わずかに生き残っても、空は何年にもわたって噴煙が覆い、地上の作物には火山灰が降り積もり、極端な冷夏となり、また海にもガラス繊維が大量に溶け込んで、魚たちを殺しました。
このときの火山灰は、東北地方にまで降り積もっています。

人というのは、おもしろいもので、それだけの大被害をもたらした大噴火であっても、生き残る人というのはいるものです。
そうした人たちの一部は、当時、まだ人が住んでいなかった朝鮮半島に新たな居住地を見つけに行くようになり、また、火山灰は風の関係で鹿児島沖から、日本列島に沿って東北地方に降り積もりましたから、琉球諸島の側に住む人々は、割と暮らしを守ることができました。

そして火山灰が沈静化し、真っ黒に灰をかぶった大地に、ふたたび緑が戻った頃、琉球ラインの太陽が照らす「アマテラス国」から、母から稲の種籾をいただいて、二度目の九州に上陸を果たした人たちがいました。
いわゆる天孫降臨ですが、このときに降臨したとされるニニギノミコトの別名が、
「天之杵火火置瀨尊(あめのぎほほぎせのみこと)」です。
「タカラのハラ」の「アマテラス国」から、沖の瀬で火を吹いた火山のあった場所を置いてやってきた尊(みこと)」という名が日本書紀に記されています。

稲作がチャイナからトライした技術だという説がありますが、賛成できません。
なぜなら稲が水田で栽培されるようになるためには、熱帯で自生する米を食べていた人々が、気候変化によって温帯化し、熱帯を人工的に演出するようになる必要があるからです。
必要こそ発明の母です。
そうであれば、広大な大地があったかつての琉球ラインの列島に広く分布していた熱帯性植物の稲が、気象が温帯化することによって、自然には育たなくなった。
そこで人々が工夫して、温帯でも稲が育つように、水田を営むようになったと考えたほうが、突然、稲が自生できない内陸部で、突然稲の水耕栽培が始まったと考える現在の学会の主流派の説よりも、はるかに自然です。

一方、火山灰の影響をモロに受けた畿内以東、以北の人たちはどうしたでしょうか。
グアム島ラインの人たちは、もともとが海洋族です。
火山灰が10センチ以上も積もり、陸上のでの生活ができないとなれば、船に乗って住める場所へと移動します。

本州を島伝いに、アカホヤの噴煙の影響の少ない場所まで北上すると、青森県にたどり着きます。
こうして三内丸山遺跡のあたりに、生き残った人々が住むするようになります。
おそらく一部は北海道へも流れたことでしょう。

幸いなことに、アカホヤの噴火のあと、日本列島の年平均気温が2度ほど上昇し、青森から北海道のあたりは、いまの関東なみの気温になっていたようです。
当時の青森は、温暖で住みよかったのです。(いまが住みにくいと言っているわけではありません。いまほど雪に閉ざされることがなかった、ということです)

アカホヤの噴火後に生き残った人たちは、日本列島全体で、おそらく1万人以下だったことでしょう。
もしかしたら、数千人だったかもしれない。
けれど、その後、人々は繁殖し、次第に人口が増え、また噴火の影響がおさまるにつれて、人々の居住場所は、日本列島全域に広がっていったと考えられます。

こうして日本は、主にグアム島ラインの人々が東日本に住み、主に琉球ラインの人たちを祖先に持つ人達が西日本に暮らすようになっていったと考えれます。
ただし、数百年もすれば、すべての人は地が混ざり合うので、日本全国誰もが親戚なってしまいますが。

個人的に、日本人が北のバイカル湖のあたりからやってきた北方系と、大陸から半島を経由してやってきた大陸系に分かれるという説は、成立しにくいと思っています。
なぜなら、大陸からやってきたのだという説は、人が生きるために塩分を必要としているという、原資生活における基本的な課題を忘れているように思えるからです。

着るものもろくにない裸の猿が、食べ物を得て安心して暮らすためには、森で生活するよりも、海で生活するほうが、はるかに楽だし合理的です。
実際、いま、なんらかの天変地異でいきなり文明が崩壊した場合、森で獣や樹の実をとって生活するのは、普通に考えて、まずたいへんなことです。
うさぎやたぬきを捕まえようと思っても、そうそう簡単につかまるものではない。
けれど捕まえて食べなければ、人が死んでしまうのです。
しかも着衣さえない。
ハダカで森を走り回ったら、草木で体が傷だらけになります。

ところが海なら、海で魚や海藻や貝を拾って生活することが、素人でもある程度可能です。
ただし、人には真水が必要ですから、陸があり、山があり、川が流れるある程度の大きさのある島でなければ、人は生活できません。

さて、万年の単位で、人々の営みを考えるときには、地形の変化や気温の変化といった問題は、考古上、避けて通れないものであるように思います。
そうしたことを、ちゃんと考慮した、新たな古代史研究がなされるようになると、おもしろいのではないかと思います。

何千年も前のこと、万年の昔のことなど、いま考えても、何の役にも立たないではないかと思われる方も多いかと思います。
私も、そう思います。

ただ、大切なことは、古代がどうだったのかという知識にあるのではありません。
従来説をただ鵜呑みにするのではなく、さまざまな事実から、自分なりの仮説を立てて、これをストーリー化し、それを記述し、さらに周りの人を説得し理解を得るという技術にあります。
それは、わたしたちがいま抱えている様々な難問や課題に取り組もうとするときに、そのまま応用できることだからです。

歴史を学ぶということは、いわゆる歴史マニアになることとは違うと思うのです。
歴史を学ぶということは、我々が現代を生き、未来を拓く力を得ることにつながる。
そこに歴史を学ぶ意義があるのだと思うのです。

だいたい、せっかく考える力を神様から授かった人間に生まれてきたのに、ただ怒ったり、喜んだりするだけの反応的な生き方をするだけなんて、もったいないと思います。
それでは犬や猫と同じです。
人間には思考力がある。
せっかくなら、その思考力を、未来を拓く建設的な力に使っていきたいものです。
そのためにこそ歴史があるのだと、私は思っています。
歴史は、古くて新しい、現代を生きる知恵の宝庫だからです。


お読みいただき、ありがとうございました。
歴史を学ぶことでネガティブをポジティブに
小名木善行でした。


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小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
連絡先: info@musubi-ac.com
昭和31年生まれ。浜松市出身。上場信販会社を経て執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」を運営。またインターネット・ブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。「歴史を学ぶことでネガティブをポジティブに」という理念を掲げ活動する。古事記・日本書紀・万葉集などの原文を丁寧に読み解き、誰にでも納得できる日本論を発信。

《著書》日本図書館協会推薦『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』、『ねずさんと語る古事記1~3巻』、『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』、『ねずさんの世界に誇る覚醒と繁栄を解く日本書紀』、『ねずさんの知っておきたい日本のすごい秘密』、『日本建国史』、その他執筆多数。

《動画》「むすび大学シリーズ」、「ゆにわ塾シリーズ」「CGS目からウロコの日本の歴史シリーズ」、「明治150年 真の日本の姿シリーズ」、「優しい子を育てる小名木塾シリーズ」など多数。

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