古くて新しい教育勅語と日教組

kyouikutyokugo2

うちの亡くなったオヤジは、子供のころに覚えた、歴代天皇の名前をひとり残らず言えることと、教育勅語をいまだに諳んじることができるのが自慢で、ボクも子供のころからよく聞かされました。

教育勅語は、1890年の発布ですから、いまから120年も昔に世に出されたものです。正式名称は『教育ニ関スル勅語』です。

発布の契機は、西洋の学術・制度が入り、ともすれば知識の伝授に偏る学校教育を修正して、道徳心の育成も重視するように求めたことによるといいます。

明治天皇ご自身も、道徳教育に大きな関心を寄せていたとか。

NHKの番組などをみると、明治期においていわゆる天皇礼賛が行われ、やや絶対君主制に近い体制が築かれたかのごとく非常に偏った見方がされているけれど、我が国天皇制は、決してそうした絶対君主制のような社会制度を志向したのではないことが、この教育勅語を一読すれば明らかになります。

教育勅語は、陛下が国民に語りかけるという形式をとっています。
そして陛下ご自身さえも、祖先を敬い、自らを律してひとりひとりの国民と共に、立派な日本人となるよう一緒に努力していきましょうと説いている。

教育勅語は、冒頭でまず「日本の柱は徳にある」と説きます。

朕惟フニ
 我カ皇祖皇宗
  國ヲ肇ムルコト 宏遠ニ
  ヲ樹ツルコト 深厚ナリ

・・・私は、私達の祖先が、遠大な理想のもとに、道義国家の実現をめざして、日本の国をおはじめになったものと信じます。

そして、教育の根本は忠義と孝行の実現にあると説く。

我カ臣民
 克ク忠ニ 克ク孝ニ
  億兆心ヲ一ニシテ
世世厥ノ美ヲ濟セルハ
 此レ我カ國體ノ精華ニシテ
  教育ノ淵源亦實ニ此ニ存ス

・・・我が臣民は、忠と孝の道をもって心を一つにし、世々にわたってその美をなしていきたのは、これこそ我が国体の誉れであり、教育の根本もまさにその中にあります。

そして私たち日本国民は、親に孝行し、兄弟、友人、配偶者と仲むつまじくし、互いに助け合い、信じ合い、学を修め、言動を慎み、国法を遵守し、いったんことあれば忠勇無双の働きができるよう自らを鍛えよと続きます。

爾臣民 父母ニ孝ニ
 兄弟ニ 友ニ 夫婦相和シ
 朋友相信シ 恭儉己レヲ持シ
 博愛衆ニ及ホシ
 學ヲ修メ 業ヲ習ヒ
 以テ智能ヲ啓發シ
 器ヲ成就シ
 進テ公益ヲ廣メ 世務ヲ開キ
 常ニ國憲ヲ重シ 國法ニ遵ヒ
一旦緩急アレハ 義勇公ニ奉シ
 以テ天壤無窮ノ 皇運ヲ扶翼スヘシ

・・・国民の皆さんは、子は親に孝養を尽くし、兄弟・姉妹は互いに力を合わせて助け合い、夫婦は仲睦まじくし、友人は胸襟を開いて信じ合い、そして自分の言動を慎み、全ての人々に愛の手を差し伸べ、学問を怠らず、職業に専念し、知識を養い、人格を磨き、進んで、社会公共のために貢献し、また、法律や、秩序を守ることは勿論のこと、非常事態の発生の場合は、真心を捧げて、国の平和と安全に奉仕しましょう。

是ノ如キハ
獨リ朕カ忠良ノ臣民タルノミナラス
又以テ爾祖先ノ遺風ヲ顯彰スルニ足ラン

・・・これらのことは、善良な国民としての当然の努めであるばかりでなく、また私達の祖先が、今日まで身をもって示し残された伝統的美風を、いっそう明らかにすることなのです。

そして最後に、汝、臣民とともに、朕も一緒に徳を打ちたてていきますと結びます。

斯ノ道ハ
 實ニ我カ皇祖皇宗ノ遺訓ニシテ
 子孫臣民ノ倶ニ遵守スヘキ所
 之ヲ古今ニ通シテ謬ラス
 之ヲ中外ニ施シテ悖ラス
 朕爾臣民ト倶ニ
 拳々服膺シテ
 咸其ヲ一ニセンコトヲ庶幾フ

・・・かかる道は、祖先の遺訓であり、私達子孫の守らなければならないものです。
この教えは古今を通じて変わらぬ正しい道であり、日本ばかりでなく、外国で行っても、間違いのない道です。
私もまた国民の皆さんと共に、祖父の教えを胸に抱いて、立派な日本人となるように、心から念願するものであります。

ボクは、教育勅語、素晴らしいと思うなぁ。

すくなくとも、戦後の日教組が推し進めてきた教育の現場からの徳育の排除とは、教育勅語は対局にある。

教育勅語が目指した日本人は、夫婦相和し、親に孝行し、先祖を敬い、友を信じ、秩序を守り、自己を鍛えて、すすんで社会公共のために貢献する人です。

学問をする目的も、世間のお役にたてる立派な人間(=徳の高い人間)になるために身につけるのだという、明確な目的性が、そこにあります。

これに対し、戦後日教組あたりが推し進めてきたのは、教育の現場からの徳育教育の排除です。

いいかえれば、世間の役に立つ立派な人間に成長するという目的性をもたずに、単に教師が教える学問を学ぶ。その学問はなんのためかといえば、テストで良い点をとるため。ひらたくいえば、テストというクイズに上手にはやく答えれる技術を教えるのが学校であるとした。

ところが、そういう目的であれば、進学塾、学習塾の方が、特化している分、よほど上手に教えることができる。
結果、学校は、夫婦共稼ぎの一人っ子を預かる単なる保育園と化した。

学校の崩壊、教育レベルの低下が問われて久しいけれど、その根本原因は、教育現場が、学校教育から徳育という「柱」を失ったことによるのではないか。

進学という目的をもったクイズの正答率をあげる訓練は学習塾に委ね、さりとて徳育教育も放棄した学校では、もはやすることといえば、規定の時間、子どもたちを預かることくらいしかない。こうなると学校ですることもない。
暇にまかせて日教組は、君が代を否定し、日の丸を否定し、日本の未来を担う子供たちに日本は悪者だと教えた。

日本という国は、どっか遠い所にある他人の住む国ではない。
わたしたちがいま生きて生活している、ここが日本です。
そして日本という国は、私たちひとりひとりの国民の集合体です。

日本が悪者であるということは、私たちひとりひとりの国民が、悪者であるということになります。
日本が悪者なら、そこに住むみんなも悪者。教師も同級生も、恋人も妻子も、自分自身もみんな悪者。ならば「先生の言うことを聞きなさい」というのは、すなわち「悪者の言うことを聞きなさい」と言っていることになる。
これはおかしい。

要するに、日教組が教育の現場でしてきたことは、日本人の持つ徳を崩壊させること。すなわち、日本社会の根底にある「徳」を破壊すること。
夫婦の和、友人との信頼、親子の絆、祖先への感謝、そうしたすべてを、過去60年間にわたり、日教組は否定し続けてきた。

そして教育委員会を組成し、強力な政治的圧力団体となっていった。

是非、もういちど教育勅語を読み返してみてください。
日教組の教育観と、教育勅語の教育観。
どちらがほんとうに世のため、人のための人材育成に役立つ理念といえるのでしょうか。

----------------------------------
教育勅語(原文)

朕惟フニ我カ皇祖皇宗國ヲ肇ムルコト宏遠ニヲ樹ツルコト深厚ナリ

我カ臣民克ク忠ニ克ク孝ニ億兆心ヲ一ニシテ世世厥ノ美ヲ濟セルハ此レ我カ國體ノ精華ニシテ教育ノ淵源亦實ニ此ニ存ス

爾臣民父母ニ孝ニ兄弟ニ友ニ夫婦相和シ朋友相信シ恭儉己レヲ持シ博愛衆ニ及ホシ學ヲ修メ業ヲ習ヒ以テ智能ヲ啓發シ器ヲ成就シ進テ公益ヲ廣メ世務ヲ開キ常ニ國憲ヲ重シ國法ニ遵ヒ一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ

是ノ如キハ獨リ朕カ忠良ノ臣民タルノミナラス又以テ爾祖先ノ遺風ヲ顯彰スルニ足ラン
斯ノ道ハ實ニ我カ皇祖皇宗ノ遺訓ニシテ子孫臣民ノ倶ニ遵守スヘキ所
之ヲ古今ニ通シテ謬ラス之ヲ中外ニ施シテ悖ラス朕爾臣民ト倶ニ拳々服膺シテ咸其ヲ一ニセンコトヲ庶幾フ

明治二十三年十月三十日
御名御璽
----------------------------------

人気ブログランキング ←最早日教組はいらないと思う方、クリックよろしくお願いします。

「教育勅語排除,失効決議」の無効確認決議が必要,慶野義雄(3-1)

この記事が気に入ったら
いいね!しよう
\  SNSでみんなに教えよう! /
\  ねずさんのひとりごとの最新記事が届くよ! /

あわせて読みたい

コメント

某大学生

No title
本日、大学の教職課程の講義で教育勅語が取り上げられました。
敏捷の下手さはご容赦を。

第1段落の「忠孝」は忠誠心と孝行心で、忠誠心は国に対する忠誠心だと言い、
つまり、天皇制絶対主義体制(天皇主権)に対する忠誠心だということでした。
孝行心は両親に対する孝行、そして祖父母に対する孝行、
そして曾祖父母に対する孝行、…、皇室の祖先に対する孝行なんだということでした。
第2段落に関しては、公(オホヤケ)は大きな建造物のことで、それは行政府、
つまり、国家を意味していて、一方、
公(コウ)はpublicを意味していて、この語源はpub(居酒屋)ということで、
フランス革命時の民衆が生活困難を愚痴り、次第に貴族に対する疑問を持つことに
至り、革命に進んだというところか来ているとのことでした。
そして、「緩急」は「変化」→「事変」→「戦争」とし、
第2段落は、
 緩急→義勇→公(国)→皇運(天皇制)を支える
という、戦争教育なんだということでした。
第3段落は「まとめ」ということでした。
教育勅語の作成主体は天皇であり、天皇が設定した一大教育方針ということでした。
教育勅語の対象は臣民であり、臣民とは、天皇に対してかしづく家来・家臣なんだ
ということでした。

学校には御真影が配られていて、宝物殿というところに飾られていて、
子供達は毎朝登校時に一礼をすることが習慣づけられていて、
それを繰り返し行わせることにより、皇祖・皇宗への敬意を体で覚えさせ、
「天皇制打破」という思想が生まれづらい状況にしたということでした。

最後に「勅」とは「高貴な方が述べる」という意味なので、
教育勅語とは教育に関して天皇が述べた言葉ということでした。
天皇は主権・神格・不可侵なので、
勅語には修正や疑義を挟むことができない、
つまり、疑義による修正を許さない作り方であったということでした。



最後のところが最も引っかかりました。
修正を許さない。
法律にだって御名御璽はある。
当時、どんな法律も修正されたことは無いのか?

そう考えると、この授業、結構偏っていた、あるいは、
学説の一つに過ぎないのかなと思い、
ネットをいろいろ見ていたところ、ここにたどり着き、
拝読させていただきました。

福島より

教育勅語の物凄さ
 開明的であれと言いながら、皇祖や国民みんな祖先が歩んできた道だと言う。そういうことを言える立場の人間が日本以外にどこに存在するのか?真の苦難にあったときこの言葉が蘇った。

たまこ

日本人にとっては当たり前とも思えること
日本ではずっとずっとはるかな昔から色々な言葉で教えられてきたことの集大成が教育勅語のように思えます。
言われてみれば、日本人としては当たり前のことのようにも思いますが、一旦崩れ始めると、こんなに簡単になくなっていってしまうものなのかと、ため息が出ます。
ただ日本人が自分の国を胸をはって誇りにできない戦後の教育はもうすでに60年以上もなされているのです。
天皇制にアレルギー反応のある人がいても無理のないこと。(私もかつてはそうでした)
気付いた日本人は、もう間に合わないかもしれないと、焦る気持ちで一杯ではあるかもしれませんが(私もそうです)、早く他の人も教育しなければ、の焦りは禁物かもしれません。(かく言う私も人から意見を押し付けられるとそれだけで反発してしまう性質ですので、意地になる気持ちは良く分かります。)
私は思います、皆さんがおっしゃっていることは書かれていることの内容の素晴らしさについてなのです。
誰が誰に語った言葉かが問題なのでははありません。
天皇陛下が臣民に語ったということでアレルギーを起こす人がいるのであれば、両親が子供に語った言葉として教えても良いではありませんか。
誰が語った言葉であろうと、正しいことは正しく、素晴らしいものは素晴らしい。
日本人が日本人としてこうあってほしいと、受け継がれてきたものを、もう一度取り戻し引き継いでいきたいと願うばかりです。

ねこ

聖徳太子に倣う
不浪人さんとは私も意見が異なりますが、対立する意見を排除する方々の姿勢には島国根性丸出しで非常に残念に思いました。それぞれが立派な方ばかりでしたので...
自分とは違う意見にも真摯に耳を傾けたほうがより建設的ではないでしょうか。攻撃して撃沈できたとしても何も生み出しません。
客観的立場から見て、不浪人さんには悪意が感じられませんでした。おそらく心底信じている事を正直に論述なさっているのでしょう。そうお見受け致しました。

人同士どうしても解り合えないという事はあります。例え結果がそうなったとしても、相手の魂に対しては敬うこころを失わずにいたいものです。
話し合いにはルールが在り、個人の「人格」までも否定してはならないというのがその一つ。
否定するのはあくまで「意見」に対してに停めるべきで、ご自身の品格迄落としてはなりません。

本日こんなに素晴らしいブログに出会え大変嬉しく思うと共に、公共の利益の為に骨身惜しまずご尽力くたさる無私の
ねずきちさんに深く感謝申し上げます。

氷連

No title
遅レスですが、「臣民」と「隷属」って明らかに違いますよね?
「臣民」は特定のグループを指す言葉だし、「隷属」は状態を指す言葉です。
ついでにいうと臣民は死ねと言われたら死ぬような便利なものじゃないし、決められたこと以外は言う事を聞かなくても全然問題ないです。

日高よし子

立憲(天皇)君主制が理想
教育勅語は素晴らしいです。戦前の日本人が利他心を持ち得たのはその精神教育のお蔭でしょう。生まれつき『良心の塊』の人間などいない。稀にいるとすれば先祖に「そういう人」の割合が多かった、そのDNAの所以だと思いますが、その確立に頼るのは危なく是非とも学校教育に導入すべきと思います。
 このねずきちさんのブログに訪問させて戴いてコメントらしい事を発するのは最初ですが、教育勅語に関しての『臣民』論議興味深く拝見しました。教育勅語が気に入らない方の抗弁にも無理があったようですね。日本が西洋列強に植民地化されないように文明様式すべてを西洋に学んだ、その中には憲法も同じくで、以前読んだ本の中(司馬遼太郎氏の『日本とはなにか』)に【西洋はキリスト教の神を中心に据えている。それを真似て日本は「万世一系の天皇国を統治する」と明治憲法第1条に入れた】、とありました。でも議会のある立憲君主制だったという事で『臣民』が天皇の私有でない事は最初から明らかです。当コメント<LAYさんの『臣民の意味』>は的確な答えでした。日本の江戸時代の『家「臣」』と『農民等の平「民」(盲民ばかりではなかったですが)』の合成語が『臣民』ということでしょう。
 現在までの政治、そしてこれからの選挙に向っての各党の様相を見ていると暗澹たる気持ちになり、我利に走らず、国民に迎合ばかりしない君主(天皇)戴く立憲君主制が理想的政治体制ではないかと非現実的とは分っていても考えたくなります。

教育勅語、素敵です
教育勅語のなんとも言えない・・・品格とでも言うのでしょうか?に心を打たれました。

よく昔の時代劇などで見かけて、いい教育の仕方だな。
と、思っていたのが素読でした。
それが、よく聞いていると実に長い難しい素読を、あどけない子供が何度も繰り返し暗記しているのです。

その時に意味なんて分らなくても彼らは己の人生の中で思い出したり、「そういえば」と振り返り道標としたりしたのでしょう。

人には困難に直面した時に自分を支える教育が必要ですが、それが小さい時に聞いた父母や祖母の小さな言葉だったりもします。

それが、こんな教育勅語だったらどんなに良い事かと、しみじみ思ってしまいました。

教育は人を助け救う重要な要素だと思いますが、人は教育が全てではありません。
教育を下地に人との関わり、困難の克服、愛との葛藤、その他、様々な紆余曲折を経て、折々で自分なりの道を見つけていくのが人生だと思います。

その道標がこんな教育勅語であったなら・・・人々はどんなに豊かな(便利、楽という意味ではありません)人生を築けるでしょう。
細かい解釈は時代と個人の自由ですしね。
信じるに値すると己が思う事を信念とすればよいのです。
細かい事は気にするに及びません。

自分の子供や子孫が、この品格ある教育勅語の教えにより育っていく世を私は強く望みます。

bb

だから~
もう来なくていいよ。都義選勝ったんだから。居心地の良いブログに帰りな。私たちは傷口なめ合うから。よかったね。でもね。最後に勝つのは、私たちだよ。舐めんなよ。私は戦うことに決めたんだ。女を舐めるなよ。わたしゃ江戸っ子だ、四の五の言わずにお帰り。

ねずきちさん、品が無くてごめんなさい。

Taro

国民道徳協会
このページに載っている「国民道徳協会」の教育勅語の訳について調べてみました。
結局、国民道徳協会訳というのは「佐々木盛雄」という人の訳ということらしい。
ついで「佐々木盛雄」を調べると、以下の関係がわかりました。

大日本愛国党
http://aikokutou.jp/newpage1.html

大日本愛国党青年隊
http://www.geocities.co.jp/WallStreet/6551/

ここに、国民道徳協会訳として佐々木盛雄氏の訳が載っています。

かぐやひめ

教育勅語の復活を、熱望
教育勅語の復活を熱望します。

最近は、教育勅語を、全く知らない人も増え「戦争に利用したーという言いがかり」も、なんなら「日本が戦争をしたことさえも知らない」人も増えているので、普及は案外たやすい気がします。

ただし、「邪魔をする勢力」が完全に言論封鎖してくるから・・・

しかし、正直、そうやって、日本人を特亜と同じレベルにして、困るのは自分たちじゃないのかなあ・・・
日本までが信用できない国になったら、どうするのかねえ・・・
困るのは、日本人だけにとどまらないのに・・・

みんな一緒に教育勅語を暗唱しましょう。(*^^)v

Taro

そこまでレベル低くないです
本質論を言いたいわけです。
人の考えを決めつけられているようで気分良くないです。

***************************************************
政治思想の概念としては、1人の人間が終身で支配する政体
を指す。歴史上のほとんどの事例がこの定義に収まるが、例
外もある。現代でもマレーシアやサモアは任期制の君主国で
ある。歴史学では、君主制のうち君主の権力が制限されない
政体を絶対君主制(専制君主制)と言い、憲法によって制限さ
れる政体を立憲君主制と言う。近代以降、徐々に後者の形体
を持つ国家が増加していき、絶対君主制を敷く国は現在では
数える程しかない。また、時を同じくして君主制を敷く国家その
ものも減少していった。
***************************************************

世の中が不景気になったり、政情不安になったりして人身が不安定になると、歴史的に「国粋主義」が台頭しやすいので、
一部の極端な思想集団に政権が偏る懸念をしているだけです。

問題は「本心」「本音」は何なのかということです。

君主制をとっていても、実権は誰が持っているかというのは、また別な話です。

傀儡政権の場合もありますから。

だから、君主制そのものより「君主制を実現しようとする人(たち)の本音)が重要なのです。

今、民主党に順風が吹いているようですが、民主党は「外国人参政権」を成立させようとの意図がある。こんな重要事項をあまり表に出さない。
日教組が大きな支持母体であるにもかかわらず、質問してもこのことに関してはノーコメント。
本音は何かとよけいに勘ぐりたくなるのです。

立憲君主制
二ヶ月前のエントリが盛り上がっててちょっとびっくり。
でも良い盛り上がり方でないのは残念ですね。

>Taro さん

貴方は憲法に言及しているくせに「立憲君主制」というものを全く理解していないのですね。
簡単に言えば、君主も国民も憲法に従う。憲法を無視して勝手なことはできない。そういう制度です。

明治憲法下の日本は立憲君主制です。
確かに主権は天皇にあるとされていますが、実際に国を動かしていたのは内閣であり議会です。
天皇が好き勝手に法を作ったり命令を出したりはできないシステムになってました。
だからこそ、アメリカとの戦争に反対だった昭和天皇も開戦を止めることはできなかったのです。
開戦は「国民の意思」であり「内閣の決定」だったのですから。

貴方が言っているように、大政奉還が行われるということは現憲法は変更、または破棄されて新たな憲法が制定されるということです。
そこに、明治憲法と同様に天皇の権限を制限する条文が明記されれば、貴方が言うような「国政はすべて天皇の命令で行われる」ということにはなりません。

貴方は君主制というものに、相当な偏見を持っているようですね。
君主制であっても、憲法が君主の権限を制限していれば独裁ではないし、国民の立場も隷属では無いのですよ。

かぐやひめ

bbさん、八潮さん
最後の決め台詞、最高です。

こんだけからまれてみて、「やっぱり教育勅語しかない」と、日ごろの思いは「確信」に変わりました。

そう、日本人には「教育勅語」があるじゃないか!
これを、しっかり打ち建てることができたら、何も怖いものはない。
なにも、恐れることはないと、「荒らされれば、荒らされるほど」その確信は深まります。

>私はそうですが、何か?<と、
八潮さん。
「私も、そうです。何か?」後に続かせてください。

bb

ねずきちさん、こんばんは。
ここで、しつこく、出てくる人(たち)、教育勅語が世界数十カ国の道徳教育で採用されている実績もご存知で、あまりの素晴らしさに、逆の意味で琴線に触れたのでしょう。

いくら、理屈をこねても、これだけ世界中で評価されている物を、一部の言葉尻だけ取り上げて、全部を否定しようとしても、本質論にはならない。放って置こうと思いましたが、ちょっとだけ、言ってしまいました。taroだっけ。もう来なくていいから。おしょうさん待ってるよ、「明日にかける橋」で、手ぐすね引いて。

なお、私に何を言っても答えません。卑怯で、礼儀知らずですから。

No title
黙って読んでいたら、図南も素浪人もTaroも同一人物としか思えません。アク禁になると瞬時にHNを変えて再登場ですか。
不愉快な人です。

Taro

それならつじつまが合いますね
互いのやりとりの仕方について、侮辱的か誹謗中傷があるかは文面を見ればわかります。
ただし、それらの言葉使いがない限り、例え訴えないにしても「気分が悪い」という個人的な感情については、法的には関知しませんから、もっぱら問題になるのは言葉使いです。

さて、天皇に統治権を譲るということ、つまり大政奉還に賛成ならば、それはそれで一国民としての主張は権利ですから、それを実現するには、憲法を変えなければなりません。
憲法を変えるには、国会へ憲法改正案を提出しなければなりません。国会で承認を受けた後、国民投票による承認も必要です。
天皇が統治するということになれば、国民の主権はなくなり、国政はすべて天皇の命令で行われる。
こういう国体を希望してみえるということですね。

ならば、その意味においては臣民という語でいいではないでしょうか?
わざわざ国民に変える必要はないと思います。

天皇が統治し、国軍の復活を望んでみえるのですか?

八潮

私はそうは思いません。
Taroさん、こんにちは。
ねずきちさんも書いておられますが、こうした場での議論というものは、なんらかの意思決定を求めるものではなく、互いに学びあうためのものだと思います。
それだけに相手に対する尊敬、互譲の心が大切と思いますね。
素浪人さんが発せられた質問に対して我々はお答えしましたけれど、残念なことに素浪人さんにはそれに対するお礼の言葉はなく、かえって自説に固執し、答えた我々を非難している。
その繰り返しでは、なんの生産性もありません。
すくなくとも、内容はともかくとして親切でこたえたものを、小馬鹿にするような態度をとられて、私自身は非常に気分が悪かった。
他人にそういう思いをさせることは、非礼になるのではないですか?

>天皇に統治権が移れば、今の国民は天皇の命令に従わなければならないのではないですか?
そういう社会を希望されているということでしょうね。

私はそうですが、何か?

Taro

国民道徳協会
ずっとROMしてました。
まず、教育勅語の訳として"国民道徳協会"の訳を載せているところからして信用度は疑問ですね(何か意図的なものを感じる)。
素浪人とやらのやりとりでは、このサイトに同意している側が感情的でいただけません。
非礼なのは、このサイト側の人たちと思います。

天皇に統治権が移れば、今の国民は天皇の命令に従わなければならないのではないですか?
そういう社会を希望されているということでしょうね。

ねずきち

素浪人さんへ
議論というものは、互いに相手から学びあうという基本姿勢がなければ成り立たないものです。
あなたのご質問にたいし、たくさんの方々が、お忙しい時間を割き、丁寧に回答を書いてくださっています。
それをご自分で理解しようともしないあなたの投稿は、ご回答いただいた皆様に対しても、また、ここを訪れる多くの皆様にとっても、非常に不愉快なものとなっています。
したがいまして、素浪人様からの以降の投稿は、禁止とさせていただきます。
もし、私の禁止措置に不服があるのなら、その旨、私宛にメールで申し出てください。
なお老婆心ながら、禁止措置に対する不服申し出の前に、素浪人さんご自身の投稿に、他人に対する非礼がなかったを十分にご反省なされることをお勧めします。
ねずきちのメールアドレス
nazu621@yahoo.co.jp

Lay

臣民の意味!
素浪人さん

>国民のことを「臣民」と言っているでしょう。 臣民とは、天皇に直接支配される人民のことを言います。 だから、教育勅語下では、国民は天皇に隷属するものです。<
なるほど、あなたはそう考えたのですね。 では当然下記のような「臣民」の意味をご存じないでしょうね。

「臣民」の意味 (あるブログより)
 
>臣民の言葉は、近世までは用語例は少なく、特に、帝国憲法で法律用語として使はれたことによつて注目された。

そもそも、「臣」と「民」とは全く異なつた概念である。
臣とは、治者である君主に仕へる「人臣」(臣下)であり、民とは、被治者である。臣の文字は、象形文字で、下に伏せて俯いた目を意味し、民の文字も象形文字で、目を針で突いて目を見えなくした姿を意味するとされる。同じく目(知見)に関する文字で、これらが寓意するやうに、治者側と被治者とは峻別されるものである。

ところが、それを帝国憲法において一体混合したした概念として創造したのは、「臣たる民」として民を臣に昇格させ、天皇の下に一視同仁の平等社会を実現する理想に基づくものである。

これは、まさしく『五箇条ノ御誓文』においても明らかである。

それは、
一 広ク会議ヲ興シ万機公論ニ決スヘシ
一 上下心ヲ一ニシテ盛ニ経綸ヲ行フヘシ
一 官武一途庶民ニ至ル迄各其ノ志ヲ遂ケ人心ヲシテ倦マサラシメンコトヲ要ス
一 旧来ノ陋習ヲ破リ天地ノ公道ニ基クヘシ
一 智識ヲ世界ニ求メ大ニ皇基ヲ振起スヘシ

とあり、「民」を「盲(めしひ)たる民」(盲民)とせずに「臣たる民」としたことにあり、「臣民」とは、神国日本の民の自覚により「神民」となり「公民」、そして「皇民」となるための名称である。

そして、この「臣民」概念は、現代においてまさにその効用が求められてゐる。

「国民」は、言語的には「国の盲民」を意味したままであり、官(臣)と民とは待遇においても隔絶されたままである。<

さ~て素浪人さん、謙虚に勉強しましょうね。

八潮さんが書かれた「私にはね、臣民と隷属という言葉の持つ意味には、天と地ほどの差があると思いますがね? 」をはじめ、あなたに反論されてた方々の解釈が正しいのですよ!

あきちゃ

No title
[隷属]
他の支配を受けて、その言いなりになること。

[臣民]
君主国において、君主の支配の対象となる人々。

言いなりになることとは書いてませんよね?

臣民の説明の中には、
明治に入り、教育勅語において「臣民」という言葉が登場。これにより、日本国民は天皇の下に等しく平等となり、同一の倫理を求められることとなった。

とあります。
言いなりにならないといけないわけではありません。

こんな言葉遊びをしたいわけではないのですが、、、、
なんで隷属にしたいんですか?

教育勅語を読んで、支配しています。いいなりになりなさい。
って書いてあると思えるんですか?

あぁ、、、あなたの解釈は
・日本という国は、天皇の祖先が作った。
・だから、天皇のものである。
・国民は、いざというときには、己のすべてを投げ出して、天皇をまもらなければいけない。
というものでしたね、、、、orz
2項目3項目は勝手な独自解釈としかいえません。


解釈が違いますね が結論ですね。

臣民という表記がどうこうなんて話をするまでもないですよね。
あなたはその解釈を曲げるつもりもないようですし、
議論終わりにしましょう。

そもそも議論にしてしまったのは私たちですが、、、
それはあなたの解釈を納得できないと思っての
ことでしたので、歩み寄る余地なしということで
ご苦労様でした。

素浪人

話を拡大しなくてもよろしい
問題の焦点から離れて、拡大して焦点をぼかす。
そういう風にとれる。
私の問題にしているのは「臣民」の意味ですよ。

解釈が異なる以前の問題です。
私は現在、発刊されている辞書によっているというだけです。
ここでは、その意味を否定している人がいるから「それでは、辞書に修正を求めるのですか?」というわけ。

意見が合う、通じ合うと言う前に「共通の言語」「共通の辞書」が必要です。

誰かの言っている「臣民」は「国民」の意味って何ですか?
臣民でなければ、市民とか公民と言うのだと思いますがね。

単語の意味が共通していなくちゃ、話になりませんね。

かぐやひめ

解釈論ですか?
教育勅語に何が書いてあるか、その解釈が、あなたと私では異なるってことですね?

「話せばわかる」とは、犬養毅が言った言葉です。
でも、話しても分からない証拠に彼は殺されました。

「わかる」というのは、どういうことかと言うと、同じ事態ないし物事に対して、共通の経験値がある場合にのみ、「話し合い」の効果があります。
それ以外の場合は、話せば話すほどお互いの距離は開きます。

「わかる」人同士は、ほとんど言葉の助けを借りなくても分かります。
「わかりあえない同士」には、言葉はむしろむなしい。

あなたとの間では、どんな言葉も、あなたの胸に響いているとは、感じられないし、あなたから投げ返される言葉のどれをとっても、誤解されていると感じる。
「話合えない」から、ディベートも成り立たないのです。

あなたが、こだわる言葉のどれも、なぜこだわらなければならないのか、私にはわからない。

ひとつひとつの言葉の解釈が根本的に異なっている。
これは、たぶん、今までの経験や境遇に共通点が少ないのでしょう。
だから、もう、やめましょう。無駄なことです。
さようなら。

あきちゃ

ちゃんと読んでますか?
臣民とは、

1.国家権力の行使を受ける対象としての人民、特に君主国におけるものをいう。
2.共和政体における、主権者としての国民と対を成す概念である。
3.第二次世界大戦以前の日本においては、皇族と天皇を除く国民を指す。

つまり、大東亜戦争以前の日本においては、国民のことなんですよ?

bb

素浪人さん
それはそれよかったでした。楽しくお過ごし下さい。
礼儀正しいといったのは、わたしことではありませんよ。貴方に真剣に答えいた方々のことです。

私は前にも書きましたが、ちゃきちゃきの江戸っ子なので、相手の言うことを正しく理解せず、あるいは理解する気も無いのに自己主張して、ごちゃごちゃ言う人が肌に合わないだけ。言いたい放題言ったのだから、もういいでしょう。

わたしゃこれで終わり。なに言っても答えないよ。みんなのように優しくもないし、気が長いわけでもない。礼儀知らずだし~。

素浪人

なるほど
>でも君ほどじゃないわ。生きいくの大変でしょう?
>周りと合わなくて。頑張ってね。

こういうのが、礼儀正しいのか?

私の環境はそういう感覚ではないね。

皆様のおかげで、仲間はたくさんいます。
つきあいは多いですが。

bb

No title
素浪人さん

>礼儀正しい?
>あなた、精神病院で、一度見てもらった方がいい。

こういう人が礼儀正しいんですか?

考え方が変わってますね。<

これ私のこと?
ウン変わってるってよく言われるよ。でも君ほどじゃないわ。生きいくの大変でしょう?周りと合わなくて。頑張ってね。

かぐやひめ

ポイントとなる言葉
ポイントは何だと思いますか?

かぐやひめ

コメントが入れ違いましたね
少し安心しました。お返事を聞いて。

かぐやひめ

確かに
八潮さん、まずかったです。
だって、病気なら、病院で治るでしょうけど、
それとは、違うもの、考え方の方向は、医者では治らないです。

そこで、重ねてお願い、教えてほしい。
図南さん素浪人さん・・・あんたたち、本当に日本人なの?
日本人なのに英霊のことも天皇陛下のことも、そんなに、冷たい口調で突き放せるのですか?
それは、なぜ?
私たちみたいに、英霊や陛下のことで、かっかするのは異常だと思いますか?あるいは、理性の程度が低いと?情にばかり流されると?そう、思いますか?

素浪人

何ですかこれは?
>なぜ、私は、硫黄島のことを、思うだけで、冷たい水をもって、
>駆けださずにいられないのに、あなたたちは、平気なのでしょう?
>その理由を教えてほしい。

その理由って、私は何も言ってませんよ。
人の心を決めつけておかしくないですか?

戦争に行って命を落とした人のことを思うと、当時の軍国主義には腹が立ちますよ。

>教育勅語を読んでも「いいことが書いてある」とは思わず「こ
>れで、もって、戦場に送って殺したな?」と思うのはなぜ?
>親の教えですか?

そんなことも言ってませんね。
12の徳目だけ見たら、いいことが書いてありますよ。
いいところも、よくないところもありますね。

私は「正しい解釈をせよ」と言っているだけ。
ポイントとなる言葉を正しく受け取らないと、まずいと思うよ。

素浪人

変なの
>日本人なのに英霊のことも天皇陛下のことも、冷たい口調で
>突き放せるのですか?

そういうことについては、何もまだ発言していません。

戦争に行って命を落とした人には、尊い犠牲だと思っています。
天皇も、普通の「人間」だと思っています。
(神だとは思っておりません)

面会するようなことがあれば、失礼のないようにしたい
とは思いますが、これは他の人に対しても同じです。

しかし、教育勅語の正しい解釈を追究しているのに、なぜ
感情的に(私にはそう思える)なるのかわかりません。

もしかしたら、天皇崇拝、大政奉還に賛成の人には、激情型の人が多いんでしょうか?

だとしたら、危険ですね。

良い世の中にしたいと思ったら、自分とは違う考えを持つ人にはよく耳を傾けるべきだと思います。

>最後のとことで八潮さんの一本勝ちですね。
>理由はあきちゃさんが説明しています。
>素浪人さん、これ以上はみっともないから、やめておいたほ
>うがいいです。

勝ち負けの勝負なんかやっておりません。
言葉の意味を変更して、都合のよいようにする人の方が、みっともないと思いますがねえ。

反論は、感情を交えず、その意見に対して具体的に述べるべきです。

「臣民」の解釈はどうなったんです?

辞書を改訂する要求でもしますか?

「天皇陛下万歳」と唱えたい人を反対するわけじゃありません。
それはそれで個人の考えでいいじゃないかと思う。
だが、それには「憲法」を変更しなければなりませんね。

素浪人

礼儀正しい?
>あなた、精神病院で、一度見てもらった方がいい。

こういう人が礼儀正しいんですか?

考え方が変わってますね。

かぐやひめ

いやだ、そんな日本人!
英霊たちに、捧げる真心のない人が、日本人だとは私には、思えません。
いくら、戸籍を見せてくれても、私には、考えられません。

本当に、最近の日本人は、そういう人が増えているのですか?

反対に教えてほしいわ。
図南さん素浪人さん・・・あんたたち、本当に日本人なの?
日本人なのに英霊のことも天皇陛下のことも、冷たい口調で突き放せるのですか?
もし、そうなら、それはなぜ?
なぜ、私は、硫黄島のことを、思うだけで、冷たい水をもって、駆けださずにいられないのに、あなたたちは、平気なのでしょう?
その理由を教えてほしい。
教育勅語を読んでも「いいことが書いてある」とは思わず「これで、もって、戦場に送って殺したな?」と思うのはなぜ?
親の教えですか?


bb

ねずきちさん、こんにちは。
またですか!?

図南さんがやっと去ったかと思ったら。こういうタイプに丁寧に説明しても、無駄です。かぐやひめさん、八潮さん、あきちゃさん、大変お疲れ様でした。そしてありがとうございます。私の言いたいことを、全部言ってくださって。、ここの住人は、みな優秀で、優しく、礼儀正しい。私なら、ちゃぶ台(古!)ひっくり返して、いい加減にせい!!です。

図南さん、またお越しのようですね。

蕎麦屋のおやじ

No title
はじめてコメントします。
なにやらコメントのところがにぎわっていたのできてしまいました。
素浪人さんとのやりとり、拝読させていただきました。
最後のとことで八潮さんの一本勝ちですね。
理由はあきちゃさんが説明しています。
素浪人さん、これ以上はみっともないから、やめておいたほうがいいです。

あきちゃ

どうしようもありませんな(苦笑
臣民とは、

国家権力の行使を受ける対象としての人民、特に君主国におけるものをいう。共和政体における、主権者としての国民と対を成す概念である。第二次世界大戦以前の日本においては、皇族と天皇を除く国民を指す。

つまり、国民のことです。

素浪人

人の考えを決めつけないこと
>それで、あなたは臣民=隷属とお考えのわけですね?

そんな風に考えておりません。
臣民≠隷属
です。

意味は説明したでしょう?

(1) 「臣民」=君主国において、君主の支配の対象となる人々。

(2) 「隷属」=他の支配を受けて、その言いなりになること。

(1)(2)より

「臣民」とは「君主国において、君主隷属する人々。

となります。

>あなた、精神病院で、一度見てもらった方がいい。

まじめに意見を言っている者にこういうあなたの方が
・・・でしょう。

侮辱罪が成立する可能性がありますね。

これらは、記録しておきます。

八潮

素浪人さん
なるほど。

それで、あなたは臣民=隷属とお考えのわけですね?

私にはね、臣民と隷属という言葉の持つ意味には、天と地ほどの差があると思いますがね?

臣民と隷属・・・画数も違うしなぁ・・・
見た目も違うしなぁ・・・・
それでも、素浪人さんには、同じにみえるんですねぇ

人間、偏りがはじまると臣民と隷属が同じにみえるらしい。

素浪人さん、悪いことはいわない。
あなた、精神病院で、一度見てもらった方がいい。

素浪人

言葉の意味を正確に
>自分さえよければという個人主義

「自分さえよければ」というのは個人主義ではありません。

それは「利己主義」と言うのです。

****************************************
[隷属]
1 他の支配を受けて、その言いなりになること。

2 てした。配下。部下。

[臣民]
君主国において、君主の支配の対象となる人々。

※大辞泉より
*****************************************

言葉の意味は確認して使っております。

八潮

議論のすり替えはやめていただきたいですね
素浪人さん、

あなたがご自分で書かれた文章を、もう一度読み直してください。

2009/07/10(金) 14:08

> それから、私の言う「臣民」という言葉だけなぜパスするのですか?
再度言いますが、臣民という言葉を使うということは、国民は君主(天皇)に隷属する者という意味ですよ。

文にあきらかな通り、“臣民”を“隷属”と置き換えたのは、素浪人さん、あなたご自身ですよね?

誇り高き臣民を、隷属などという侮辱的な単語に故意にすり替える。

はなはだ失礼なものの言い方ではありませんか?


ついでに申し上げますが、素浪人さんのおっしゃる、

> 兵隊は「天皇陛下のために」と言わなければ、軍から処罰されるので、言わされていたのです。

これもおかしい。

「処罰されるので、言わされていた」などと、どうしてそうに決め付けれるのですか?
あなた個人のお考えですか?
それともどこかに書いてあった?

基本的な間違いを1点、ご指摘しておきますね。

当時の考え方として、陛下は、人ではありません。

陛下は、日本の国体であり、祖国の象徴でもあります。

「陛下のために」という言葉は、「祖国のために」、「父母のために」、「子供たちのために」と同義なのです。

そのことを理解しようとせずに、ただ言葉のうわっつらだけを見て批判するのは、正しい態度とはいえないですよ。


それと、「偏向教育のところで、歴史を持ってくるのは要注意。」と書きながら、あなたは、「従軍慰安婦のことでもそうであるが、真実を知る人はごく一部しかいない。もっと言えば当事者でしかわからない」と書いている。

わからないなら、それを記述する教科書は、おかしい・・・のではありませんか?


> ところで、教育勅語を持ち出すなら、現行の道徳教育と比較しなければならないのではと思いますが、再度言いますが現行の道徳教育についてどうなのですか?

質問の意味が、はなはだ不明確です。

教育勅語を、現行の道徳教育と、なぜ比較しなければならないのか?

どこをどう比較したいのですか?

あなた自身は、どこがどのように異なると思っているのですか?

「現行の道徳教育についてどうなのですか?」って、何がどうなのですか?


それとね、末尾に「言葉の意味を自分で勝手に作らないように」と素浪人さんは書いておられますが、臣民=隷属と、言葉の意味を勝手に作っているのは、素浪人さん、あなた自身です。

そのことを棚にあげて、他人に対して「~するように」というのは、それこそ「上から眼線」です。読んで大変不愉快です。

そういう失礼なものの言い方は、やめてもらいたいものです。

そもそも、私がこうしてあなたに対して、いちいちお答えすること自体、悪いけどあなたへの親切でしてあげていることです。

それに対し、自分の非を棚にあげて、命令口調で、「言葉の意味を自分で勝手に作らないように」。

どれだけ失礼な人なのですか? あなたという人は。

我々は、あなたのような礼をわきまえない人が世に出てくることを憂いているのです。

すくなくともあなたのその非礼な態度は、教育勅語の精神とは対極にあります。

素浪人さん、あなた、もういちどねずきちさんの教育勅語の解説を、もっと謙虚な気持ちで読んでみることをお勧めします。

素浪人

補足
現在の教育に「道徳」の時間があるということを知らない人がいるんですか?
道徳の学習指導要領もあるんですけどね。

素浪人

すり替えてはいけません
「隷属」とは
1 他の支配を受けて、その言いなりになること。
2 てした。配下。部下。
の意味です。

「奴隷」とは
1 人間としての権利・自由を認められず、他人の私有財産として労働を強制され、また、売買・譲渡の対象ともされた人。

の意味です。

「家臣」とは
家に仕える臣下。

の意味です。

偏向教育のところで、歴史を持ってくるのは要注意。
なぜかと言えば「歴史は作られる」と言われるほど、何が真実か不明で、たびたび修正が行われるからである。
「従軍慰安婦」のことでもそうであるが、真実を知る人はごく一部しかいない。もっと言えば「当事者」でしかわからないわけです。
仁徳天皇陵の疑問もあるし、歴史教科者は常に疑問を抱えています。
問題は「あえて」「意図的に」そう教育しようとするかです。

ところで、教育勅語を持ち出すなら、現行の道徳教育と比較しなければならないのではと思いますが、再度言いますが現行の道徳教育についてどうなのですか?

現行の道徳教育を廃して、教育勅語に置き換えたいのですか?

※言葉の意味を自分で勝手に作らないように。



あきちゃ

何か、、、、
図南さんと同じ匂いがします。
語り方が同じなんですよね、、、

素浪人さんは、どこかのサイトか本を見てその知識(認識)を
身につけられたのではないですか?
もしくはわざとやっているか、、、、(工作員)

そんなに日本や天皇陛下を貶めたいですか?
日本は世界に誇れる国だと思いますよ。

八潮

素浪人さんへ 追加
> 兵隊は「天皇陛下のために」と言わなければ、軍から処罰されるので、言わされていたのです。 本当に、日本の兵隊が心からそう思って戦っていたのかどうかは、遺品を調べた結果わかったのです。 遺品の記録には「家族のこと、母親のこと」が書かれていて、国や天皇陛下のことを書いた人はいなかったということ。

遺品を調べなくてもわかります。
江田島の海軍兵学校跡に行ってごらんなさい。特攻隊員の手紙が、そのまま展示されています。
「きけ、わだつみの声」という本もあります。
ネットでもいくらでもでてきます。

祖国は母にたとえられます。
陛下は、父です。

そして実の父母同様、祖国や陛下はわれわれ日本人の血を分けた父母と認識しておられた。

だから、彼らの遺書にある「おかあさん、おとうさん」は、実の父母であり、同時に祖国日本や陛下でもあったのです。

あなたはそこを理解していない。

>現行の教育を批判している人がいますが、現行の教育の何が「偏向」なのですか。
また、現行の道徳教育がどうなのかご存じですか?

ハイ。存じ上げているから、偏向と申し上げている。
では聞くが、追軍売春婦を強制された従軍慰安婦と置き換え、ありもしない南京虐殺をあったことと断定してする教育は偏向でないのか?

軍国主義という言葉があるが、当時の世界に、軍の力にものをいわせない大国があったのか?

いま、道徳・修身の教育がされている?

なんていう教科書ですか?
まさか偏向の塊の公民など指していないと思いますが?(笑)


>それから、私の言う「臣民」という言葉だけなぜパスするのですか?
再度言いますが、臣民という言葉を使うということは、国民は君主(天皇)に隷属する者という意味ですよ。 でなければ、単に「国民」あるいはもっとはっきりするなら「市民」「公民」としなければならない。

パスなどしていませんよ(笑)
そこまで説明しなくても、普通の脳みそを持っている方なら、それくらいわかると思ったから、いちいち講釈をしなかっただけです。

臣民は「隷属」などしていませんよ。

では聞くが、会社勤めのサラリーマンは、会社に隷属しているのですか?

戦前の我が国の国家体制は、天皇を頂点とする体制です。

たいへんご無礼な言い方になるが、あえて申し上げるならば、日本株式会社の社長が陛下。国民は、その社員と認識せられた。

臣民は、いわば家臣の意です。
間違っても奴隷ではない。

言葉の遊びはやめていただきたいものです。

八潮

素浪人さんへ
>教育勅語の訳をあえて部分的にパスしたり用語を変えたりしてはいけません。

そのとおりです。
あなたにも、その言葉をそっくりお返しします。

>戦前、教育勅語を基本に、臣民として戦争へ行くことを教育されたのは事実ですよ。

そのとおりです。

>それとも、また「大政奉還」して、天皇に統治権を渡して、国民は「臣民」となることに賛成なのですか?

ハイ、賛成です。
国を守るということは、愛する者をまもるということと理解しています。
愛する者のために命を捧げることは、尊いことと信じております。

逆に、愛する者を守ろうともせず、ただ言葉遊びをしているような者を、私たちは「腰ぬけ」、「軟弱者」と軽蔑します。

福田元首相の言葉をお借りします。
素浪人さん、わたしたちは、
「あなたとは違うんです」(笑)

素浪人

新興宗教に近いですね
兵隊は「天皇陛下のために」と言わなければ、軍から処罰されるので、言わされていたのです。
本当に、日本の兵隊が心からそう思って戦っていたのかどうかは、遺品を調べた結果わかったのです。
遺品の記録には「家族のこと、母親のこと」が書かれていて、国や天皇陛下のことを書いた人はいなかったということ。

現行の教育を批判している人がいますが、現行の教育の何が「偏向」なのですか。
また、現行の道徳教育がどうなのかご存じですか?

それから、私の言う「臣民」という言葉だけなぜパスするのですか?
再度言いますが、臣民という言葉を使うということは、国民は君主(天皇)に隷属する者という意味ですよ。
でなければ、単に「国民」あるいはもっとはっきりするなら「市民」「公民」としなければならない。

私は現行の教育がすべてよいとも言っていませんよ。
日教組に賛同しているわけでもありません。

冷静に客観的に見る必要があります。

教育勅語の訳をあえて部分的にパスしたり用語を変えたりしてはいけません。

戦前、教育勅語を基本に、臣民として戦争へ行くことを教育されたのは事実ですよ。

それとも、また「大政奉還」して、天皇に統治権を渡して、国民は「臣民」となることに賛成なのですか?

かぐやひめ

素浪人さんを責めないで
幼いやわらかい心に「階級闘争」を植え付けられ、つねに、社会は勝者と敗者に分けられ、いつもいつも心穏やかにはいられなかった・・・そういう日本にしてしまったのは、私達の世代の「油断」でした。
素浪人さんが、文字通り「浪人生」なら、大学に入れるかどうかも分からないのに、大学を出たところで、その先の人生が見えない・・・それが、今の若い人に、私達の世代が味あわせている現状なんです。
かつては、若ければ、なんとかなりました。
今は、若ければ若いほど絶望が深い仕組みになっています。

八潮さん、私達はわかっているけど、(八潮さんのご意見には、素直な清潔なお人柄が見えて素敵です)
若い子は、わかりたくても、素直に分かれないのです。

受けた偏向教育のすさまじさ・・・男女共同参画社会の呼び声のせいで、大方の家庭は崩壊しています。
日本社会は破壊されてしまっているんです。
だいたい、親が子を殺す!?ありえないです。
子供の死以上に悲しいことは、この世にはないんです。(自分のDNAを地球に残せないという生物学的な意味も含めて)本能的に一番の悲痛事なのに・・・それができてしまう・・・どこまですさんでいるかということです。

そして、その原因は「教育勅語」を失ったところにあります。
「教育勅語を、守れなかったあんたたちに、何か言えるか?」どうせ、本気じゃないだろう?と、迫られたら、謝るしかないと思います。
私達の油断です。
何もしなければ、何も変化しないと、考えた甘さでした。
守るべきを、守るためには戦わなければならないと、気付かなかった私達大人の世代の失敗でした。
若い子に、正しく勅語を伝える根強い努力、自らが、これを実践する誠実な生き方、さらに、社会の空気に負けない信念が、必要です。
世の中を変えるためには、今は、多勢に無勢の「無勢の側」に立たなければなりません。大マスコミが、日本の敵になっている現状、図南氏が、いみじくも「乗っ取る」という言葉を遣いましたが、まさに、日本の相当部分はすでに工作員によって、乗っ取られています。

正直「おかしい」「おかしい」とは、ずっと前から思っていました。
日本がどんどん劣化していることも、感じていました。

けど、ことの真相は、これら政治ブログなど、ネットで知ったのです。
私が、本気でネットを見だしたのは昨年秋からです。
そして、私と同じころに目覚めた数は、とても多いと感じます。

ようやく、真相がわかって、そうだったのか?と、膝をうった。
だから、NHK解体のために動き出した。
かつて、天皇陛下の子供であった私達は「お上」に従順でした。お上に従順であることは慣れています。けど、日本で、いまだかつて「お上」を外敵に盗られたことは、なかったのです。

だから、今から、私達が、残された命をかけて戦わなければならないのは、史上初めての戦いです。
どうやって、戦えばいいのか、まだ、知恵は浮かびません。まだ、決意しかない。
原則は、いつでも「今ここ」。踏み出す一歩は、今、ここから・・・それしかわかりません。あだ、理論武装も足りないと思う。勉強します。

八潮

素浪人さんへ
かぐやひめさんが、ズバリ書いてくださったので、私からは、ひとことだけ添えさせていただきます。

教育勅語について、ご自分で身勝手な解釈をする前に、ねずきちさんの本文をもう一度よくお読みになることをお勧めします。

そしてね、頭から否定的に読むのではなく、なぜ戦前の人たちが、教育勅語に素晴らしさを感じたのか、そのことを自分なりに理解しようという姿勢で読んでみていただきたい。

亡くなられた日本の将兵にとって、あなたがご指摘される特攻兵の皆さんも、皆、ひとしく、祖国を母、陛下を父として、その祖国を守るために死んでいったのです。

教育勅語はね、素浪人さんのおっしゃるような言葉の遊びなどではないのですよ。
日本人の血肉なんです。

言葉じりをつかまえて、自分勝手に解釈して、それでわかった気になっているだけ。
そんなあなたには、誰かのために命をかける、命を捧げるなんて生き方は、おそらく永遠にわかるまい。

でもね、あなたの命は、戦ってくださった英霊たちのおかげで、いま、ある。
そうしたことに、なんの報恩感謝の心も持ち合わせていないなら、あなたはもはや日本人ではないし、大和男でもない。

見下げ果てたただの階級闘争主義者です。

かぐやひめ

微妙にニュアンスが違うと思うけど
天皇陛下のために=お国のために・・・という言葉のニュアンスが違うのです。

当時、天皇陛下は神でした。神は全知全能の正しい存在です。
日本人は、この世でもっとも尊いもののためになら、死ねた…と、言うことです。

今、素浪人さんは、天皇陛下を普通の人間としかみてらっしゃらないでしょう?
つまり、西欧の皇帝のようにおっしゃっています。
エリザベス女王のために死ねるか?カイゼルのために死ねるか?
そんなもの、死ねません。

日本人が天皇のために死ねた、あるいは、死ななければならないと思えたのは、天皇が「人間ではない、神だったから」
神とは、絶対的に正しい義。理想。
理想のために日本人は死んだのです。

それと、天皇陛下と臣民の関係をあなたは「階級闘争」の概念でみて「臣民?下に見るのか?」と思っていらっしゃるでしょう。
そこも違います。当時臣民は天皇陛下の子供でした。天皇陛下と臣民は親子でした。心から愛し合い、信じあっていました。

そして、今でも、私は義のために生き、義のために死ぬ決意で生きています。天皇さまをいただく国の民として。

素浪人

違うでしょう
原文の精密な解釈はまたにするとして、戦前では「天皇陛下のために=お国のために死ねるように」という教育が行われたのは事実でしょう?

その基になっているのは「教育勅語」ですよ。

教育勅語の始めの部分はつぎのような意味。
-------------------------------------
天皇である私が考えてみると、私の先祖がこの日本という国を始めたのは、天地が出来たと同時で、はるか遠くの昔のことである。それは、これからも幾千万年の後の時代までも変わることのないこととして定まっているのである。
-------------------------------------------------
そして、以下のような部分がある(訳)
-------------------------------------------------
我が臣民は天皇のためによく忠義を尽くしており、また、両親に対しても孝行をしている。
・・・・・
万一、戦争でも起こった場合には、皆、勇んで「君国(天皇国家)」のために一身を捧げて大いに尽くすように心がけなければならない。そして、いついつまでも、天地とともに、無限の皇位が、栄えることを助け奉るべきである。
-------------------------------------------------

「臣民」とは国王などに仕える人民に使うことですよ。
万一、戦争が起こった場合は、天皇国家(天皇の国家)の
ために身を投げ出せと言っているわけです。

その最たるものの例が「特攻隊」でしょう。

兵隊はみな「天皇のために」と言わされたのです。
「天皇」といった瞬間に直立し、姿勢をたださなければいけなかった。

「天皇の祖先は神であり(天皇も神であり)」と教え神格化にも
利用されたのです。

これらが正しい解釈です。

ああなたがたは、いざとなれば天皇のために命を
投げ出せますか?


かぐやひめ

素浪人さん
どこにも、そんなこと、書いてありません。

天皇家は、国を始めたとは、書かれています。
そして、それ以来、ひたすら「徳」を深く厚くしようと努めてきた。
だから、天皇家の子孫も、臣民たちも、一緒に「徳」に励みましょう。と、書かれてあります。

皇運を扶翼すべし・・・とは、自分を守れと言っているのではありません。文脈から、当然わかってもらえるはずですが、皇室は=「徳を大切にする祈りの機関」です。陛下のご公務が、祈りであることは、ご存知でしょうか?外国の要人とお会いになることばかりではないのですよ。

日本は、国をあげて「徳」を大切にする国でありたい・・・だから、一大事が起こった時には、正しい勇気で「徳を」を大切にして、みんなのために身を捧げよう・・・そう書かれています。

今の人は、皇室が何かとか、陛下のご公務とか、あんまり御存じないから
義勇といえば=戦争に行く
皇運=天皇個人と、読み違えるんでしょうね・・・
違うんですよ。安心してください。

あきちゃ

・・・・
>素浪人さn

どこにもそんなこと書いてないよ、、、>ポイント
支配とか隷属とか勝手な解釈だなぁ、、、

どこの国の方ですか?

素浪人

教育勅語の訳が間違っていますよ
意図的に間違えて訳しているんですかね。
12の徳目だけ並べてみれば、何も悪いところはありません。

教育勅語のポイントは、

・日本という国は、天皇の祖先が作った。
・だから、天皇のものである。
・国民は、いざというときには、己のすべてを投げ出して、天皇をまもらなければいけない。

というところです。

国民のことを「臣民」と言っているでしょう。
臣民とは、天皇に直接支配される人民のことを言います。
だから、教育勅語下では、国民は天皇に隷属するものです。

天皇の名前を覚えることが、なぜ大切なのか私にはわかりません。

素浪人

日教組に味方はしないが
日教組を支持する気は毛頭ありませんが、教育勅語の解釈に異議があります。
12の徳目自体に問題はないとしても、国民を「臣民」として、いざとなったら、すべて自分を捨て天皇を守るようにと書いてあります。
日本国は天皇の祖先が作ったものであり、天皇のものであるとしています。
これらには同意できませんね。

愛信

国籍法で腎臓移植する。臓器売買が商売繁盛!
連休あけに臓器移植法案が改正されます。

国籍法で腎臓移植する。臓器売買が商売繁盛!

透析患者は生活保護受給しています。臓器移植で 腎臓じんぞうをもらえればこの苦痛から逃れられるのです。
命との 交換。。透析患者であればだれでも望むこと。 従って、第4案の病院の倫理委員会といった第三者機関
の判定は抑止力を持たない、訳ありの臓器が廃棄される事はない。

【動画ニュース掲示板】
http://www.aixin.jp/axbbs/kzsj/kzsj6.cgi

ねずきち

>bbさん
コメントありがとうございます。

そうですが。端午の節句でお孫さんに会いに^^

すくすくと育つ孫の元気な姿を見て、ゆくゆくこの子たちが大きくなったとき、私たちが、この子たちにいったい何を残してあげることができるのだろう。。。と、ボクなどもよく思います。

この子たちが立派に成人していくこと、そしてこの子たちにとって明るい未来を残していくこと。自分でできること、社会のみんなでしていくこと等々。。。

私自身がこの歳になって気付いたのは、両親や祖父が、折々に語ってくれた日本人としてのから“心”。
それが、実は一番の財産だったのではないか、ということでした。

≪この辺で、もう一度戦後の総決算をして、憲法の改正を含め、真剣な議論が必要≫

おっしゃる通りと思います。

≪いつまでも、おとなしくしていては駄目ですね≫

そうですね。

≪一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ≫

おっしゃる通りです。


>かぐやひめさん
再投、ありがとうございます。

≪じっと地図を見ているうちに気がつきました。
日本という極東の島には、黒潮をわたって来た民族、大陸からの騎馬民族、東南アジア、さまざまな人種が流れ込んできています。
そして戦前のアジアは日本人のルーツ(故郷)がことごとく白人に蹂躙されていました。
遠い父祖の地が踏み荒らされるのを、黙って見過ごせなかった・・・体の芯にあるDNAが立ち上がり命を捨てて挑みかかったのが、大東亜戦争だったと思います。≫

いや、これは新説ですね。
しかしなんだかものすごく説得力がある。

ユングの深層心理には、知覚できる表層意識というのは、いわば氷山の一角でしかなく、水面下には、膨大な先祖伝来の記憶ともいうべき無意識層があると説かれています。

DNAの記憶。なるほどもしかしたらそうなのかもしれないと、感じました。

そして日本は、ポツタム宣言を受託し降伏したけれど、戦いの目的は達成した。東亜から白人支配を取り除いたのです。

≪「やむにやまれぬ大和魂」は、私たちの中で、まだ生きている≫

そう信じてこれからも戦っていきましょう!^^


>ねこきちさん
コメントありがとうございます。

いやはやbbさんといい、かぐやひめさんといい、皆様からほんとうに素晴らしいコメントをいただけるので、ほんとうに毎日、うれしいやら、恐縮するやら、ほんとうに頭が下がる思いです。
ありがたいです。

ねこきちさんのおっしゃる通り、ボクなども、海外にいくと、やはり日本人であるということを実感します。
そして日本人同士というのは、やはりどっか共通しているものがあるような気がしますね。不思議なものです^^

やっぱかぐやひめさんのおっしゃる、それがDNAなんでしょうかねぇ^^


>椿さん
コメントありがとうございます。

≪『侵略国だと言われているが、何故『特攻隊員の方達や英霊方』に、強い誇りを感じるのか?』≫

そうなんですよね。実に素朴な疑問です。

そんなもの人によるのでは?と、どこかで言われそうな気もしますが、戦いに散って行かれた幾万の英霊にたいし、いまの私たちは、ほんとうにこれでいいのか。
たしかに戦前とは比べ物にならないくらい、日本は豊かな国になった。それはとてもよいことなのだけれど、だからといって、日本をシナや、韓国に売り渡すようなマネは、許せない。

わたしたちには、経済的豊かさ以上に、もっと誇るべき何かがあるのではないか。

そんな気がします。


>新緑さん
コメントありがとうございます。

とっても恐縮です。

ボクは決して頭がいいわけでもなく、ごくふつうのオヤジにすぎません。人様に意見できるような偉い人でもない。

だからこそ、謙虚に、いろいろな人から学んで行きたいと思っています。

それだけのことです^^;


>風さん、
コメントありがとうございます。

そうですね。
特に本文では、解説が長くなるので、十二の徳目は省かせていただきました。

風さんに補足いただき、とてもありがたく思います。

この十二の徳目の中では、ボクは、「朋友の信」と「公益世務」、「義勇」という言葉が特に好きです。

他の十項目は、いまでもある程度言われる言葉なのですが、この3つ「朋友の信」「公益世務」「義勇」は最近ではほとんど聞かれなくなりました。

しかし、対語を考えると、実に現代の世相が見えてくる気がするのです。

「朋友の信」(互いに信じ合う)
  ↓↑
 利用主義的に人を利用する」


「公益世務」(世のために励む)
  ↓↑
一坪地主になって公共事業の邪魔をする


「義勇」(勇気をもって忠義を尽くす)
  ↓↑
 自分さえよければという個人主義

なんか、よくないですよね;;;

他の十項目にしても、ひとつひとつ見ていくと、昨今では死語となり、なくなろうとしているものばかりな気さえもします。

「夫婦の和」→離婚率の増加
「謙遜」→売り込み

勇気をもって真心を尽くして、正しい心を語って行きましょう!!


>翡翠さん
コメントありがとうございます。

おっしゃる通りですね。
教育勅語に書かれた内容は、今の世の日本人にこそ、必要とされている宝玉のような言葉の数々だと、ボクも思います。

翡翠(ひすい)

ウチの父も歴代天皇陛下の御名を暗唱できました。
世の中が悪くなっていくのは、「教育勅語」を
廃止したからだ。と言ってました。
修身の話もしてくれていました。
「教育勅語」は原文で朗読するのが好きです。
あの文章のままが良いのです。素晴らしいのです。
格調高く、日本人として人間として大切なことを
簡潔に書かれています。
もう一度、この教育勅語を我々の中に
取り戻したいのです。
子供たちにも教えたいんです。

教育勅語の原文は読み辛い人が多いと思いますので、後に口語訳も併せて載せてはいかがでしょう。

以下、明治神宮のHPより
http://www.meijijingu.or.jp/about/3-4.html


【教育勅語の口語文訳】
 私は、私達の祖先が、遠大な理想のもとに、道義国家の実現をめざして、日本の国をおはじめになったものと信じます。そして、国民は忠孝両全の道を全うして、全国民が心を合わせて努力した結果、今日に至るまで、見事な成果をあげて参りましたことは、もとより日本のすぐれた国柄の賜物といわねばなりませんが、私は教育の根本もまた、道義立国の達成にあると信じます。

 国民の皆さんは、子は親に孝養を尽くし、兄弟・姉妹は互いに力を合わせて助け合い、夫婦は仲睦まじく解け合い、友人は胸襟を開いて信じ合い、そして自分の言動を慎み、全ての人々に愛の手を差し伸べ、学問を怠らず、職業に専念し、知識を養い、人格を磨き、さらに進んで、社会公共のために貢献し、また、法律や、秩序を守ることは勿論のこと、非常事態の発生の場合は、真心を捧げて、国の平和と安全に奉仕しなければなりません。そして、これらのことは、善良な国民としての当然の努めであるばかりでなく、また、私達の祖先が、今日まで身をもって示し残された伝統的美風を、さらにいっそう明らかにすることでもあります。

 このような国民の歩むべき道は、祖先の教訓として、私達子孫の守らなければならないところであると共に、この教えは、昔も今も変わらぬ正しい道であり、また日本ばかりでなく、外国で行っても、間違いのない道でありますから、私もまた国民の皆さんと共に、祖父の教えを胸に抱いて、立派な日本人となるように、心から念願するものであります。

~国民道徳協会訳文による~



【教育勅語の十二の徳目】
孝行 親に孝養をつくしましょう
友愛 兄弟・姉妹は仲良くしましょう
夫婦ノ和 夫婦はいつも仲むつまじくしましょう
朋友ノ信 友だちはお互いに信じあって付き合いましょう
謙遜 自分の言動をつつしみましょう
博愛 広く全ての人に愛の手をさしのべましょう
修学習業 勉学に励み職業を身につけましょう
智能啓発 知識を養い才能を伸ばしましょう
徳器成就 人格の向上につとめましょう
公益世務 広く世の人々や社会のためになる仕事に励みましょう
遵法 法律や規則を守り社会の秩序に従いましょう
義勇 正しい勇気をもって国のため真心を尽くしましょう

新緑

はじめまして

 私は、ねずきちさん のことは
中韓を知りすぎた男さんのブログ コメント欄で
知りました 数あるご意見の中で優しくわかり易い文章に一際、好感を持てました
今回のご提言は戦後生まれの私に目を開かせて下さいました 子供の頃、親に戦争中の事や教育勅語も聞かされていましたがなんか古臭くて難しいと思っていて頭に入りませんでした
 現代語での解説を付けて下さったので良く理解出来ました
これを素晴らしいコメントされた方々を含めてコピーして娘(二人の子持ち)に今度会った時に渡し、見て貰おうと思っています
有難うございました
 

椿

日本の歴史を知らない人は日本人ではない。

むかし、『教育勅語』と『歴代天皇陛下の御名前』を聞かされた時、あまりの難しい言葉と、歴代天皇陛下の多さにビックリして、子供心に「この時代に生まれなくって良かった」と、ホッと胸を撫で下ろした記憶があります。(実に勿体ない事ですが…)

ですが、大学生になって“この事”を思い出した時、
・『おかしい、私達は日本人なのに、一番大切な事を本当は教えてもらっていないのではないか?』
・『何故日本人なのに、歴代天皇陛下の御名前も知らないのか?』、
・『他国であれば絶対に子供の頃から教育していたに違いないのに…』
・『そもそも“神道”ってなんなのか?』
・『侵略国だと言われているが、何故『特攻隊員の方達や英霊方』に、
強い誇りを感じるのか?』と、色々な思いが交差し、

『教育勅語』を知らない、『歴代天皇陛下の御名前もそらんじれない』戦後の私達は、“本当はとてつもなく不幸”なのではないか?と思いましたが、今考えてもその通りだと思います。

経済的には豊かな中で育ててもらった事は、大変感謝していますが、これほどまでに日本の歴史・伝統を無視して教育されてきたのかと思うと、愕然とさせられます。祖父母や両親の『日本人としての誇りを持ちなさい』という教育が無ければ、本当にどうなっていたかと思います。

この素晴らしい『教育勅語』を私達も学び直し、子孫にも伝え続けねばならないと強く思いました。

今日は素晴らしいトピックスを紹介して頂き、本当にありがとうございました



ねこきち

すばらしいです。
ねずきちさん!今日のテーマは特にすばらしいです。そして、コメントのかぐやひめさん、bbさんも。大変勉強になりました。
ねずきちさんのお人柄が文にあらわれているので、こちらのブログに集まる方も品性の良い方が多いようにみうけられます。
海外にいると自分が日本人だなぁということを非常に意識させられます。
私は当地で「和魂洋才」をモットーとしております。

かぐやひめ

いかようにでもご使用ください
ねずきちさんに評価をいただくのは感激です。
さて、私の母は二十歳で終戦を迎えました。小学生のころ、戦争のことを聞くと「負けてよかった。男女平等になったし。」と、アメリカに感謝している風でした。

終戦を小学生~20歳で、迎えた世代、今の85歳~72歳ぐらいの世代は、「国内での戦争犠牲者」であり、他の世代と趣を異にします。女は、婚約者を待っても待っても帰ってこないので、別の人と結婚したら、あとから恋人の生存を知るケースがたくさんありました。
こどもたちは、軍事教練の兵隊さんになぐられいじめられました。
それでも「天皇陛下のために死ね」と言われ、戦争目的もなにもわからないまま、信じていたのに、敗戦と同時に「アメリカさまさま」に、なり、教科書を塗りつぶす羽目に。一夜にしての価値観の転換についていけるはずもなく、「何も信じない」生き方になっているようです。
現在の日本を崩壊させたのはこの「不信の世代」だと、私は感じています。大江健三郎氏なんか典型じゃないでしょうか?
そして、この世代が育てた子供世代が、本格的に社会を破壊しはじめ、さらに孫世代が「ありえない殺人、幼い自殺」の中心世代だと考えます。

「男女が平等になった」ことをアメリカからのプレゼントとして喜ぶ母に戦前の様子を聞くと「男女6歳にして席を同じうせず。」「長幼序あり」(儒教)と答えました。
だから、当然、教育勅語に、同じ表現があるはず・・・戦前のものだから・・・そう思って探した私は「兄弟に友に」「夫婦相和」の語に驚きました。
兄の優位を解かない=友に=とは、対等ですよね。夫婦も、対等ですよね、夫唱婦随とか、亭主の好きな赤烏帽子じゃないのです。
じゃあ、戦前の日本はなんだったのか?
明治大帝の大御心を、実現していなかったのではないでしょうか?
教育勅語を本当に捧持できるのは、もっと先の時代になりそうです。

それに、何度も言いますが、国家神道の時代に、一片の宗教色もない、仏教の諦観もない、神道の「清め」もない、キリスト教の愛でもない。いわんやイスラムの独善!
いわば、古代日本のおおらかさが、あふれています。おひさまの下に恥じない、人としての本来の生き方があると謳いあげた言葉に思えます。

教育勅語あればこそ、大東亜戦争で、日本はアジア解放の理想を果たしたのです。
300万の日本兵が、アジアのどこまで出兵したか・・・その広汎な地図に驚きました。どう考えても無理すぎる。死ぬ気か?そういう無謀な戦でした。なぜ?かしこい人もいただろうに、こういう無謀なことを?

じっと地図を見ているうちに気がつきました。
日本という極東の島には、黒潮をわたって来た民族、大陸からの騎馬民族、東南アジア、さまざまな人種が流れ込んできています。
そして戦前のアジアは日本人のルーツ(故郷)がことごとく白人に蹂躙されていました。
遠い父祖の地が踏み荒らされるのを、黙って見過ごせなかった・・・体の芯にあるDNAが立ち上がり命を捨てて挑みかかったのが、大東亜戦争だったと思います。

女は子宮で考えるという言葉がありますが、あの戦争はDNAに駆り立てられた・・・だから理屈もなにもない。戦略もない。

数々の悲惨なこと、おびただしい犠牲者を出したけれど「日本は戦に負けて、戦争には勝った。なぜなら、戦争目的を果たしたのだから。」老人たちは誇らかに、そう言いました。

NHKがどんな嘘で塗り固めようとも、戦前の地図と戦後の地図の色を確かめるだけで戦争目的が達成されたことはわかるのです。どんなに悔しがっても過去を変更することはできません。

あのとき立ち上がった「やむにやまれぬ大和魂」は、私たちの中で、まだ生きている。DNAの中に、言霊の中に生き続けます。

bb

ねずきちさん、おはようございます。
本日、端午の節句。という訳で、可愛い孫に会いに行きます。昨年妹ができた初孫は、兄貴ぶって妹を面倒見るのですが、これが「危険が危ない」状態!!

日教祖の作戦は着々と成功しているように見受けられます。少なくとも、私たちの年代は、両親や祖父母から戦前の教育の片鱗を学びました。母からは歴代天皇の名前を、父からはアメリカの捕虜時代、南方の激戦地のエピソード。父のお腹には鉄砲の弾の破片が残っていて、子どもの頃よく触らせたもらいました。実感として戦争があったことを覚えている世代です。両親は学校教育をまだ信じていたのでしょう、子どもに教育を施すことが大きな喜びだったと思います。それがどうでしょう、その気持ちを逆手に取るような裏切りを、日教組は強いてきたのです。

この辺で、もう一度戦後の総決算をして、憲法の改正を含め、真剣な議論が必要でしょう。幸いNKHが材料を提供してくれました。突っ込みどころ満載の。いつまでも、おとなしくしていては駄目ですね。

 一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ

ねずきち

Re: 教育勅語がある限り日本は再生する
かぐやひめさん
コメントありがとうございます。

てか、やばいw
本文と、このコメント、交換してもらいたい^^;
ていうより、このコメント、すばらしすぎ(笑)

ほんとうにかぐやひめさんのおっしゃる通りです。
是非、本文で引用させてください^^

ねずきち

Re: 誤字指摘 その他
風さん、ありがとうございます。
誤字、直しておきました^^

かぐやひめ

教育勅語がある限り日本は再生する
戦後教育を受けた私は、当然のことのように教育勅語は「時代遅れで非民主的で軍国主義で悪だ」と、思い込んでいました。原文に出会ったのは平成6年のことです。出会ってみて、なぜ、これが、戦後排除されたのか?激しく驚きました。
一番の特徴は「宗教色」がまったくないこと。二番目に驚いたのは「儒教やら、朱子学という中国伝来の精神」が入ってないこと。純粋に「日本」の国体を「徳」という面から言いきってあること。
今は、隠されているが、これがある限り日本は再生できると思い、暗記しました。
同じころ、老人会の人々から大東亜戦争の原因といきさつ、慰安婦問題のインチキさを教わりました。
ところで、ねずきちさん、私はいつも思うのですが、明治大帝は「ヨク忠ニ、ヨク孝ニ」と、仰せです。なぜ、「ヨク孝ニ、ヨク忠ニ」ではないのでしょう?ここに、大和民族の公共性が端的に表れているのではないでしょうか?
孔子は「先生は常に孝が最高の徳だと言われますが、では、泥棒をした親を警察に告発するのが孝でしょうか?内緒にするのが孝でしょうか?」と、問う弟子に向かって「内緒にするのが孝だ」と言い切っています。
つまり、血族だけが大事で、国家や社会は二の次であるわけです。それが、中国4000年の鉄則だから、中国人同士でさえ血族以外は信用できない。国民が互いに信じあえない社会です。

教育勅語のはじめのはじめで「血族でない他人へのまごころ=忠」が「血族へのまごころ=孝」の前におかれています。他人同士が許しあい信頼しあう社会、自分より他を先にする社会をこの短い「忠孝」の語が物語ります。
中国は国土は広いですが、鉱物資源を生まない大地です。北朝鮮とチベット、つまり地層が収斂した地域にしか何も埋まっていないのです。だから、周辺地域の占領を続けないと死活問題になってしまいます。中国の資源は「ありあまる人口」だけです。・・・それなのに、このありあまる人口は団結できない、互いにだしぬこうとして、ばらばらにコピー商品をつくり食い合い自滅します。気の毒なことだと思います。

日本に生まれることのできた幸せを思うと、もう、何も言えません。この幸せを子孫につなぐ責任だけを重く重く感じます。
非公開コメント

検索フォーム

ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず

Author:小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず
連絡先: nezu3344@gmail.com
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんのひとりごと」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「奇跡の将軍樋口季一郎」、「古事記から読み解く経営の真髄」などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。

日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
(著書)

『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』

『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦

『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』
『誰も言わない ねずさんの世界一誇れる国 日本』
最新刊
『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』
近日発売
『日本書紀』(タイトル未定)

スポンサードリンク

カレンダー

01 | 2020/02 | 03
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29

最新記事

*引用・転載・コメントについて

ブログ、SNS、ツイッター、動画や印刷物作成など、多数に公開するに際しては、必ず、当ブログからの転載であること、および記事のURLを付してくださいますようお願いします。
またいただきましたコメントはすべて読ませていただいていますが、個別のご回答は一切しておりません。あしからずご了承ください。

スポンサードリンク

月別アーカイブ

スポンサードリンク

ねずさんメルマガ

ご購読は↓コチラ↓から
ねずブロメルマガ

ご寄付について

ねずブロはみなさまのご支援で成り立っています。よろしかったらカンパにご協力ください。
【ゆうちょ銀行】
記号番号 00220-4-83820
【他金融機関から】
銀行名 ゆうちょ銀行
支店名 〇二九(店番029)
種目  当座預金
口座番号 0083820
口座名義 小名木善行
【問い合わせ先】
お問い合わせはメールでお願いします。
nezu3344@gmail.com

講演のご依頼について

最低3週間程度の余裕をもって、以下のアドレスからメールでお申し込みください。
テーマは、ご自由に設定いただいて結構です。
講演時間は90分が基準ですが、会場のご都合に合わせます。
E-mail nezu3344@gmail.com

講演テーマ
<ご参考>
古事記に学ぶ経営学
古事記に学ぶ日本の心
百人一首に学ぶ日本の心
女流歌人の素晴らしさ
日本人の誇り
その他ご相談に応じます。

スポンサードリンク

お薦め書籍1


日中戦争-戦争を望んだ中国 望まなかった日本


江戸の自治制


幻の黄金時代


ドキュメント自衛隊と東日本大震災

コメントをくださる皆様へ

基本的にご意見は尊重し、削除も最低限にとどめますが、コメントは互いに尊敬と互譲の心をもってお願いします。汚い言葉遣いや他の人を揶揄するようなコメント、並びに他人への誹謗中傷にあたるコメントは、削除しますのであしからず。

スポンサードリンク