マネー教信仰と日本の形



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世界は、マネー教の信者から、目をさますことができるのでしょうか。
私は、それは「できる」と思っています。
そしてそのときに、重要な役割を果たし、世界の先例となるのは、日本です。
日本が目覚めることによって、世界は変わるのです。

20200430 富本銭
画像出所=http://otakarajoho.blog10.fc2.com/blog-entry-431.html
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歴史を学ぶことでネガティブをポジティブに
小名木善行です。

最近では、特にネット言論の世界では、マネーの持ついかがわしさというか、実は世界中の人々がすっかり「マネー教」というカルト宗教に染まってしまっていて、世界中のあらゆる民族、あらゆる人々がたいせつにしてきた神よりも、マネーそのものが神のように信仰される時代になっているとまでいわれるようになりはじめました。

これはその通りで、本来なら人が生きていく上において、いちばん大切だったはずの「愛すること、働くこと、奉仕すること」という精神が失われ、誰もがマネー教という新興宗教による洗脳によって欲望を刺激され、多くのマネーを得ることが幸せになる道であり、そのためには犯罪を犯すことさえも、まるで良いことであるかのような錯覚に縛られる、そんな時代になりました。

そのため日本も、かつては「エコノミック・アニマル」という言葉が生まれました。
このように言われたのは、日本が経済的に繁栄したというだけでなく、まるでそれは欲望のためだけに生きる動物のようだ、そこに知性のかけらもない、といった認識があったからだといえます。
まだその頃は、学校においても、あるいは一般常識においても、
「お金よりも大切なものがある」
「本当にたいせつなものは、お金では買えない」
といったことが話題にのぼっていたし、議論の対象になっていたし、「ゼニカネの問題じゃねえ!」といった言葉が、巷間よく聞かれる言葉でもありました。

しかし昨今では、そんな言葉さえも聞けなくなってきたし、サブカルチャーといえるアニメやマンガにおいてさえも、そのようなセリフはまったく死語になってしまいました。
つまり日本人は、まったくマネー教の強情な信者になってしまったようです。

そしてこのことは世界においても同様で、世界では日本以上に、より欲の深いもの、欲望のために他人どころか、お金のために他国を蹂躙(じゅうりん)し、その国のトップの選挙さえも干渉し、誤魔化し、しかもそれを正当化することさえも、マネーのためにあたりまえになってしまっているし、さらにいえば、人を病気にすることさえも、あるいは病気と偽ることさえもあたりまえになってしまっています。

こうした行為の背景にあるもののことを「拝金主義」と呼ぶ人がいますが、これらは主義などという軽いもの(あえて軽いものといわせていただきます)ではなく、もはや主義やそれに基づく政治以前の、信仰そのものになっています。
そしてこの教団に入ると、誰もが人間性を失い、愛や良心よりも、ゼニカネ本尊だけを信仰する亡者となっています。

そのマネーのことを、我が国では昔、「銭」と言いました。
この字は旧字が「錢」で、これは「金+戈+戈」の組み合わせでできている文字です。
もともとの意味は、金物の戈(ほこ)。
つまり銭という字は、戈が重なることで、金物さえをも、戈・戈・戈でズタズタにしてしまうことを意味しました。
つまり昔の人たちは、「銭」というものは、「便利なだけれど、あらゆるたいせつなものを、ボロボロになるまでズタズタに引き裂いてしまう」と考え、だから「銭」という字を、そこに当てていたのです。

その銭が、日本ではじめて登場したのは、いつのことかというと、これが永らく708年の和同開珎(わどうかいほう)といわれてきました。
この頃、奈良の大仏が建造されていたのですが、どうにも銅が足りない。
困っているところに、偶然、良質な和銅の大鉱脈が発見されて、大喜びした朝廷が元号を和銅とあらため、またこれを記念して、記念硬貨である和同開珎を発行した、というわけです。

ところが平成11年に、その伏線となる銅銭が発見されました。
奈良の飛鳥池遺跡から発見されたもので、「富本銭(ふほんせん)」といって、これが『日本書紀』に記述のある「今(天武12年・687年)よりは銅銭を用いよ」ということで発行されるようになった、我が国最初の銭だといわれています。

実は、この日本書紀に記述された687年の「銅銭」(つまり和同開珎よりも以前の銅銭)が、どのようなものであったのかは、長いことわからなかったのです。
このためおよそ200年くらいの間、その687年の銅銭が「あった、なかった」で大論争が繰り返されていました。
多くの学者さんが、そのようなものはなかった、と主張したし、特に戦後は、チャイナやコリアよりもはるかに遅れた国である日本に、そのような発達した錢など、あるわけがない、という意見が学会の主流意見・・・というより学会の定説になっていました。
ですから、我々が小中学校で習った教科書でも、記念コインである和同開珎が、我が国最初の錢と書かれていました。

ところが神々というのは、おもしろいもので、平成11年に、見事にそうして定説となった歴史認識をくつがえす発見を我が国にもたらすのです。
本当に考古学というのはおもしろい学問です。
歴史学の認識を、たったひとつの発見で、すべてくつがえしてしまうからです。



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これで論争にケリが付いたはず・・・なのですが、学会も頑固で、なかなかこれを認めません。
なんと今の教科書には、「和同開珎の前に富本銭が使われていたという《説もある》」と書いています。
事実は否定できないので、「説もある」と曖昧な記述にして、誤魔化しているわけです。
学会の歴史家たちにとって、平成11年の発見は、それほどまでに「悔しかった」わけです。

さて次に発行されたのが和同開珎です。
この銭は、(和銅)の鉱脈がおもいがけず(珎)に発見(開)されたということが、そのまま名前になっています。
ちなみに「銅」という字が刻印では「同」となっていますが、これは昔は彫金する際に編を省く習慣があったことによります。

一方、その前に出された「富本銭(ふほんせん)」の名前の由来は、642年に唐で書かれた『芸文類聚(げいもんるいじゅ)』にあります。
そこに、
「民を富ませる本は食(食べ物)と貨(通貨)」という文があり、ここから「富本銭(ふほんせん)」という名がつけられました。

ところが、ここがおもしろいのですが、まず第一に、当時の唐で、こうして提案された「貨」は流通しないのです。
代わりにそれが日本で実現した。
ところが第二に、その日本は、『芸文類聚』の言葉をそのまま使うなら「富本貨」とでも名付けるべきところを、「富本銭」と、ここにわざわざ「銭」という文字を使っています。

これが何故かというと、なるほど唐の国でいう「貨」は富をもたらすというし、便利なものではあることは間違いない。
けれど、これを多用すれば、世の中のたいせつな、妻や子を愛することや、働くこと、奉仕することといった心が、ズタズタに引き裂かれてしまい、世の中の人々は、ただ「貨」を得ることばかりに腐心するようになる。
だから富の本として便利だけれど、あえて「貨」ではなく、「銭」の文字を使って、「富本銭」という名前にしたというわけです。
ちなみに「貨」はお金を意味する貝の化(か)わり、という意味の漢字です。

要するに、「富本銭」は、
「便利で人々に富をもたらすけれど、
 富以外のものをズタズタに引き裂く(銭)、本(もと)となる」
だから「富本銭」と命名したのです。
名前を付けた人たちが、「どれだけ先見の明を持つ優秀な人たち」であったか、ということです。

お上がこういう認識ですから、富本銭も、和同開珎も、我が国の通貨として、まったく普及しませんでした。
和同開珎1枚は、麻織物一反、または米一俵と等価とされていましたら、重たい荷物を持たなくても、銭を持つほうが、はるかに楽です。
けれど、自然災害が多発する我が国において、自然とともに暮らしていた私達の祖先にとって、いつ襲われるかわからない災害のための準備として、食料としての米を蓄えておくことは、生き残るうえで、もっと大事なことです。
銭は、いくら貯め込んでも、いざというとき食べることができないからです。

その銭が、ある程度我が国で市民権を得るようになるのは、ずっと時代が下がって、戦国時代くらいになってからのことです。
戦国時代というのは、いまどきは「戦国大名たちが毎日戦(いくさ)ばかりをして暮らしていた時代」であるかのように誤解している人が多いのですが、まったくそれは事実誤認です。

戦国時代というのは(その名称の是非は別として)、お米の生産高が飛躍的に増大した時代です。
田が、たくさんできれば、当然、利水権をめぐる争いが頻発します(*)。
戦国大名たちが戦(いくさ)をしたのも、多くの場合、ここに問題の争点がありました。

(*) 利水権は、水田耕作を行うに際して死活問題ともなる大事です。ですからいまでも利水権を調整する利水組合(用水組合、土地改良組合などともいう)は、農家に絶大な力を持っています。

こうして土地が開拓改良され、田が開かれて、食糧事情が良好になると、世の中は合理性を求めるようになります。
同時に争いも多発します。
どこでも腕のたつ武者が歓迎されるようになり、武芸者たち全国を旅して腕を磨き、用心棒をしたり戦に参加したりして糧を得る暮らしをしていました。
そしてクニからクニへと移動する日々においては、重たいお米を持ってウロチョロするよりも、どこでも手軽にお米と交換できる銭を持ち歩いたほうが、合理的です。

しかし銭は、伝統的にあまり歓迎されない。
そこで新たに生まれたのが、「両」という概念です。
「両」は、旧字が「兩」で、でんびんで重さを量ることを意味する字です。
つまりお米と銭とを、等価で交換しますよ、ということが、そのまま通貨の単位になったわけです。
ここからお米と銭を交換する「両替屋」などが台頭しています。

さらにこの時代、慶長小判などに代表される大判、小判が登場しています。
「判」という字は、「半分に引き裂く」という意味の漢字です。
要するに天秤を使って、お米と等価で交換するということが、そのまま名称になっているわけです。

こうした両や判が、円に変わったのが明治新政府になってからです。
明治新政府は、江戸時代の両や判に変わって、円札を発行しましたが、これは、「1両=1円=1ドル」・・・つまり世界はひとつという思想に基づくものです。
なぜなら円の旧字は「圓」で、この字は人々が食事をするまるい鼎(かなえ・食台のこと)の周りをぐるりと囲んだ字、つまり、世界中の人々が、一緒に食事をする仲間、といった意味を持ちます。

ちなみにこの時代、チャイナの通貨が「元」で、似た発音の通貨単位ということで、日本では「円」が使われるようになりました。
現代では日本の影響下にあった台湾、コリアが「원(円)」で、チャイナは「元」と「圆」が用いられています。

さて、通貨というのは、「それで税を支払うことができるもの」のことをいいます。
お札で税は払えますが、スーパーのポイント券では、税を払うことができません。
つまりスーパーのポイントは、いくら貯めても、ポイントでしかなく、マネーになりません。

これと同じことが、お米と銭(兩、判)などについても言うことができます。
近いところでは、昭和20年の8月15日に日本は自主的に戦闘行為を終結させましたが、このあと、とんでもない食糧難が我が国を襲いました。
このとき子を持つ母たちは、食べ盛りのわが子の食欲を満たすため、なんとかしてお米を調達しなければなりませんでした。

そこで多くの都市部の母たちは、我が子を食べさせるために、防空壕や土蔵の中に大切にしまいこんで焼け残った嫁入り道具の高価な反物や、先祖伝来の鎧や刀などを持って汽車に乗り、田舎に出かけていって、農家でそれらの品々をお米に交換しました。
いまで言ったら一反数百万円はくだらない高価な反物や、数百万円になるであろう刀剣類が、こうしてわずか10〜20キロ程度のお米(いまの相場にしたら5千円〜1万円)と交換されていったのです。

つまり、いざ食糧不足となったとき、お金や財など、いくら持っていても、何の役にも立たない。
人が生きるためには食べ物が必要です。
いくら高価な物品であっても、食べることができなければ、いざというとき、役に立たない。

我が国は、震災や大水、大風、大雪、凶作、日照りなど、様々な自然災害が頻発する国です。
そして重大な食糧危機を、私達の祖先は、人生の間に幾度となく経験してきました。
そうした経験を通じ、生きる上でたいせつなことは、お金ではなく、食べ物である、ということを知っていたのです。
そして冷蔵庫がなかった時代において、唯一の備蓄可能食料が玄米でした。

そしてそのお米を得て、そして蓄えることで、子や孫を餓死させることのない、愛すること、働くこと、奉仕することに、大切な価値を見出してきたのです。

そこから古くから日本ではずっと、大切な価値は、愛すること、働くこと、奉仕することにあるのであって、そのために決して子や孫を飢えさせない、日頃からの食料備蓄にこそ、価値があるとされてきました。
お金は、いくらお米と等価交換できるとはいっても、いざとなれば、紙くずです。
数千万円のおカネが、たった一杯の飯と交換されてしまうような事態にもなる。
だったら、「貯め込むのは、お金でなく、お米だ!」
それが、私達の国の国是となっていたわけです。

同時に、税を徴収する国や行政機構にしても、お米であれば、いずれは「つかわなければならなく」なります。
永遠に保存することはできないからです。
食べなければお米が傷んでしまう。
お米は、貯め込むことができないのです。
だから一定期間中に、民衆から税として集めたお米は、使わなければならないし、それは災害の多発する日本では、きわめて合理的なことでした。

お金なら、いくらでも貯め込むことができますが、お米が税なら、集めた税は、必ず使い切らなければならなくなるからです。

お米をたくさん持つ人は、それだけ多くの人を養うことができる人です。
お米は経年劣化しますから、そうしなければならないのです。
けれどそれが銭なら、人を養うのではなく、自分の懐に貯まる銭だけを勘定していれば良いのです。

お伊勢様に生きますと、そこここに、
「元々本々」
という字に行き当たります。
こう書いて「もともとをもととす」と読みます。
本当にたいせつなことは、もともとあるもの、もともとそうしてきたものの中にある、というのです。

人は、肉体を持つ生物である限り、食べなければ生きていくことができません。
これからの世界は、人口が現在の80億から、2100年には120億人になるという予測があります。
けれど、地球上の食糧生産力は、100億人を養うのがやっと。
つまりこれから世界は、深刻な食糧不足(それはあたかも終戦直後のような事態)になるといわれています。

世界は、否応なしに変わらざるを得ないのです。
いま、世界のたった8名の大金持ちが、世界の人口のなかの36億人分の年収を得ていると言われています。
けれど、食料を生産している36億人が、食料の販売をしてくれなければ、その8人の持つ資産は、何の意味ももたなくなります。
世界の価値観は、これから大きく変わると予測されています。

そこで問題になるのが、持続型社会です。
日本は、縄文時代、1万年以上にわたって社会を持続させてきた実績を持ちます。
そこで何が必要なのか。
どのようにして社会を持続させてきたのか。
こうしたことが、いま、新たな研究テーマになる時代になってきました。
そしてこの研究は、マネー教からの脱皮を可能にするかもしれないといわれています。

果たして世界はマネー教から、目をさますことができるのでしょうか。
私は、それは「できる」と思っています。
そしてそのときに、重要な役割を果たし、世界の先例となるのは、日本です。

日本が目覚めることによって、世界は変わるのです。


お読みいただき、ありがとうございました。
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コメント

シルバー仮面(ジャイアントじゃない方)

莫用銀錢
> これが『日本書紀』に記述のある「今(天武12年・687年)よりは銅銭を用いよ」
> ということで発行されるようになった

これには続きがあって「詔曰、自今以後必用銅錢、莫用銀錢」(詔に曰く、今より以後は必ず銅銭を用いよ。銀銭を用いることなかれ」となっており、銅銭以前に銀銭を使っていた(それを使うな)ことが推定されます。飛鳥時代から近江朝のころに発行されたと思われる無文銀銭(銀地金)が各地から出土していますが、教科書では和同開珎ないし富本銭といった銅銭が強調され(和同開珎は銀銭も発行されていました)、銀銭の存在には教育しない自由が適用されています。

これは隋唐でさえ発行していた銅銭で、朝鮮半島では「貨幣? それ何? 食べられるの?」という時代に銀貨が(大規模でなくても)流通してのはまずいと考える謎の勢力がいるからでしょう。くっきりとした姿が見えているわけではないけど、おぼろげ​ながら浮かんできたんです。
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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
連絡先: info@musubi-ac.com
昭和31年生まれ。浜松市出身。上場信販会社を経て執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」を運営。またインターネット・ブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。「歴史を学ぶことでネガティブをポジティブに」という理念を掲げ活動する。古事記・日本書紀・万葉集などの原文を丁寧に読み解き、誰にでも納得できる日本論を発信。

《著書》日本図書館協会推薦『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』、『ねずさんと語る古事記1~3巻』、『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』、『ねずさんの世界に誇る覚醒と繁栄を解く日本書紀』、『ねずさんの知っておきたい日本のすごい秘密』、『日本建国史』、その他執筆多数。

《動画》「むすび大学シリーズ」、「ゆにわ塾シリーズ」「CGS目からウロコの日本の歴史シリーズ」、「明治150年 真の日本の姿シリーズ」、「優しい子を育てる小名木塾シリーズ」など多数。

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