大中臣能宣と素性法師



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和歌は「察する文化」です。
相手の良心を信じ、察し、一緒により高みに達していこうとするのが和歌の文化です。
そして、それこそが日本の心だと思います。

現代の御垣守の衛士、皇宮警察
20210614 皇宮警察
画像出所=http://www.ffvideo.biz/blog/2016/12/ffkicyou.html
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小名木善行です。

百人一首の四十九番歌の御垣守の歌です。

 御垣守 衛士のたく火の 夜は燃え
 昼は消えつつ ものをこそ思へ


この歌の一般的な解釈は、要するに恋の歌だというもので、
「御垣守のたく篝火のように、
 (私の恋心は)
 夜は燃えるけれど、
 昼間は消えてしまう。
 これって何なのでしょうね」
なのだといいます。

どうやら訳者の解釈によれば、作者の恋心は、夜は炎のように燃えるけれど、昼間は消えてしまうらしいです。
恋心がいつ燃えるかは本人の勝手ですが、昼間消えてしまうのは困ったものです。
お調べいただいたらわかりますが、たいていの解説書が、そのような解釈をしています。

和歌をどのように解釈するかは、読む人の勝手です。
ですから、恋心が夜しか燃えない(萌えない?w)という解釈であっても、それはその人の解釈なのですから、それはそれで否定はしません。

ただ、この歌を詠んだ大中臣能宣朝臣(おほなかとみよしのぶあそん)で、神祇大副(じんぎだいふく)といって、神祇官(かん)の副長官だった人です。
この時代、天皇直下の機構として、太政官、神祇官、弾正台の3つの役所が置かれていました。

太政官というのは、会社でいえば経営企画部で、企画部が考案したことは、役員会の決裁を経て全国の営業店に示達(じたつ)されます。
そしてこの時代、その示達機構の役割を担っていたのが神祇官です。

その神祇官は、一般には天皇の行われる祭祀のお手伝いをするところと説明されますが、その機能はそれだけではありません。
神祇官は全国の神社を統括し、神社のネットワークを通じて、全国の津々浦々に中央政府の意向を示達するという大事な機能がありました。
この時代、中央で例えば大化という元号が決まりますと、全国津々浦々におよそ三日もあれば完全に示達が行き届いたと言われていますが、そこには「全国の神社を神祇官が統括する」という朝廷の機能があったわけです。

作者の大中臣能宣朝臣は、その神祇官の大副、つまり副長官です。
いわば、神社界のナンバー2です。
とても偉い方なのです。
そのような偉い方が、果たして「私の恋心は夜しか萌えません」などという、アホな歌を詠むでしょうか。



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その天皇の側近の偉い人が何を歌ったのかと申しますと、まず「御垣守」とあります。
御(み)垣(かき)は、一般の建物の塀のことではなくて、「御」がつきますので、これは皇居の塀のことです。
その「衛士」ですが、これは皇居の門番さんです。
いまはこの「衛士」は皇宮警察が行い、彼らは国から給料をもらっていますが、江戸時代までは、実は無給でした。
江戸時代ですと、この皇居の門番は、各藩持ち回りで、経費は全部藩の負担です。
朝廷からは一円も給料をもらいません。

幕末に禁門の変がありましたが、この変は、会津藩が門番をやっていたところに、長州藩が押しかけてきた戦いですが、このとき門を護っていた会津藩は、会津若松から京の都までの交通費から宿泊費、食費から日当に至るまで、全部会津藩の自己負担です。
朝廷から一円の給料もありません。
このように江戸時代には各藩のお大名が持ち回りで皇居の番をしていましたが、経費は、全部お大名持ちです。

その前の時代、たとえば源平時代には、源氏や平家が皇居の門番をしましたが、これもまた経費は全額、源氏や平家の自己負担です。
さらに武士が登場する前の時代、武士というのは、平安時代の中頃に新田の開墾百姓として誕生したという話をお聞きになられたことがあろうかと思いますが、それ以前の時代ではどうかというと、これは、今も続く皇居勤労奉仕の一般庶民が、番兵を行っていました。
全国から天皇の威徳を慕って人々が上京し、その人達が番兵をしたのです。

いまでも皇居勤労奉仕をする方々は、皆さん、バスを連ねて皇居にやって来て皇居をお掃除しますが、この時の地方からやって来る往復の交通費、弁当代、宿泊代などは全部彼らの自己負担です。
大昔もこれは同じで、今ではお掃除だけですが、昔は粋の良い男性は、門番を委(ゆだ)ねられたのです。
こうした無給の庶民が、衛士を仰せつかると一晩中かがり火を絶やさない。
昼間は火は消すけれど、雨が降っても槍が降っても直立不動でその姿勢を崩さない。

だから「衛士のたく火の夜は燃え昼は消えつつものをこそ思へ」と歌っているのが、この歌なのです。
それを神祇大副であり、しかも伊勢神宮の斎主であった大中臣能宣朝臣が和歌にして詠んでいるのです。

そのどこが「私の恋心は夜は燃えるけれど昼は消える」のでしょうか。
そういう解釈をする先生は、夜しか恋心が燃えないのかもしれませんが、悪いけれど一緒にしないでもらいたいものです(笑)

もっとも、偉い先生方が、「私の恋心は夜しか燃えない」というのは、まずはそのように説明して、
「先生、それは違います!」
と言い出す生徒を待っているからなのかもしれません。
和歌は、察する文化です。
相手の良心を信じ、察し、一緒により高みに達していこうとするのが和歌の文化です。
ですので、先生方の解釈には、実は「ウラがある」のかもしれません。


──────────
三 戦のあとに
──────────
もう一つ。
これは百人一首の二十一番歌の素(そ)性(せい)法(ほう)師(し)の歌をご紹介します。

 今来むと いひしばかりに 長月の
 有明の月を 待ち出でつるかな


歌にある「つるかな」というのは女言葉です。
つまりお坊さんが「愛するあの人は、今来むと・・・すぐに帰ってくると言って出て行ったきり、もう長月(九月)になってもまだ帰らない。有明の月(夜明けの月)が出る明け方まで待ったのに、まだ帰ってこないですわ」と詠んだというのが、一般の解釈です。
そして百人一首のカルタをもしお持ちでしたら是非ご覧いただきたいのですが、この素性法師の絵札には、必ずと言ってよいほど、気の弱そうな、少し女性っぽい、ちょっとポッとしたお坊さんの絵が描いてあります。

20170817 素性法師


これを読んだ子供たちは、素性法師の歌をどのように感じるでしょうか。お坊さんは女人禁制です。きっとこのお坊さんはオカマちゃんだったに違いないと思ってしまうのではないでしょうか。
もう全部、そういう解釈です。
さっきも言いましたけれども、書店に行ったり図書館に行ったりしてお調べ下さい。
本当に全部そういう解釈です。

ところが、素性法師という方は、生まれた時からお坊さんだったわけではないのです。
お坊さんになる前には良(よし)岑(みねの)玄(はる)利(とし)というちゃんとした名前があったのです。
そしてこの人がどういう役職にあったかというと、左(さ)近(こんの)将(しょう)監(げん)です。
この役職の有名人は後の世の徳川家康です。
左近将監というのは、それほど立派な役職なのです。
今で言ったら自衛隊の幕僚長、昔の陸軍なら、陸軍大将ぐらいの立派な肩書です。

この左近将監の良岑玄利は、ある大きな戦いに、部下を連れて出征しました。
戦いですから、多くの敵味方の命が失われました。
そこで、戦が終わったあと、良岑玄利は亡くなった部下たちのために、一件一件の家を訪ね歩いて、お経を唱え、そして最後には地位も捨て家族も捨てて仏門に帰依しました。
仏教界では、その功績を讃えて彼を権(ごんの)律(りっ)師(し)という、お坊さんの中でもとても高い役職を与えています。

そんなある日のこと、良岑玄利がある家を尋ねると、ひとりの女性が出てきました。
妻なのか母なのか姉なのかまではわかりません。
その女性が、
「あの子は、今来ぬと
・・・今度の戦は短いから、
すぐ帰って来られるよと言って、
ニッコリ笑って家を出て行ったのです。
けれどあれから何ヶ月も経ちました。
夜明けまで待っても、
あの人はまだ帰ってこないのですよ」と言って、一筋の涙をこぼしたのです。
素性法師は、そのことを詠んでいるのです。

世界中、どの国においても、いつの時代においても、兵はただ戦に勝つための消耗品として扱われました。
けれど日本では、兵はその一人一人に家族があり、生きた若者達だったのです。
だから戦のあと、亡くなった部下や敵の将兵たち御霊を安んじようと、多くの将が出家しています。
近現代においても、例えば先の大戦のあと、陸軍関係では、もう数えきれないくらいそういう方がおいでになります。
そこで、海軍から、特攻隊を送り出した玉(たま)井(い)浅(あさ)一(いち)司令をご紹介してみようと思います。

司令は戦争が終わった昭和二十二年の猛暑の日、最初の特攻兵となられた関(せき)行(ゆき)男(お)大尉の愛媛県の実家に、大尉の母のサカエさんを訪ねています。そして関大尉の母に両手をついて深く頭を下げると、次のように言いました。

「自己弁護になりますが、
 簡単に死ねない定めになっている人間もいます。
 私は若いころ、空母の艦首に激突しました。
 ですから散華された部下達の、
 その瞬間の張りつめた恐ろしさは、
 少しはわかるような気がします。
 せめてお経をあげて部下たちの冥福を祈らせてください。
 祈っても罪が軽くなるわけじゃありませんが。」

この後、玉井司令は、日蓮宗のお坊さんになりました。
そして海岸で平たい小石を集め、そこに亡き特攻隊員一人一人の名前を書いて、仏壇に供えました。
そしてお亡くなりになるその日まで、彼らの供養を続けられました。

昭和三十九年五月、江田島の海軍兵学校で戦没者の慰霊祭が行われました。
そのとき日蓮宗の導師として枢(すう)遵(そん)院(いん)日覚(にちがく)という高僧が、役僧二人をともなって着座しました。
戦友たちは、その導師が玉井浅一さんであることに気づきました。
玉井さんの前には、軍艦旗をバックに物故者一同の白木の位牌が並んでいました。
位牌に書かれた一つ一つの戒名は、玉井さんが、沐浴(もくよく)をして、丹精込めて、何日もかけて書き込んだものでした。

読経がはじまると、豊かな声量と心底から湧きあがる声は、参会者の胸を打ちました。
来場していた遺族や戦友たち全員が、いつのまにか頭を垂れ、滂沱の涙を流しました。会場に鳴咽がひびきました。
導師の読経と、遺族の心が、ひとつに溶け合いました。
その年の暮れ、玉井浅一さんは六十二年の生涯を閉じています。

武将であれば、国を護るために戦わなければなりません。
けれど戦えば敵味方を問わず、尊い命をたくさん失うことになります。
戦えば人が死ぬのは当たり前と、人の命をなんとも思わない将軍や王が、世界の歴史にはたくさん登場しますが、日本の将は、昔も現代も部下たちの命を、どこまでも大切にしてきたのです。
この素性法師の歌は、そういう日本の武人の心を、見事に象徴している歌なのです。

この歌を百人一首に選んだ藤原定家は、この歌の詠み手の名前に、元の左近将監だった頃の良岑玄利の名ではなく、そっと「素性法師」と添えました。
その心、それが古来変わらぬ、日本人の心です。

人には言葉にできない思いがあります。
その言葉にできない思いを描くために、万言を用いるか、それとも短い言葉にその思いを凝縮するか。
それは文化の違いといえるかもしれません。
日本人はたった三十一文字の和歌の中に、伝えたい思いを凝縮する技術を築いたのです。
そしてその和歌の心が、今尚、多くの日本人の心の中に息づいているのです。
それがホモのオネエさんの歌なのですか?

和歌は「察する文化」です。
相手の良心を信じ、察し、一緒により高みに達していこうとするのが和歌の文化です。
そして、それこそが日本の心だと思います。

日本をかっこよく!!


※この記事は、『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』からの抜粋で、文章をリニューアルしたものです。

お読みいただき、ありがとうございました。
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コメント

夢やのどんちゃん

日本の兵隊さんたちのカッコ良さ・・・毎回ありがとうございます
今、大谷翔平君の激走で、サヨラナ勝ち!!で興奮しております。
最高のルーズベルト・ゲーム!!
先日の大乱調から大逆転勝ち・・・今日の大活躍でのリカバリー・・・感動です!!
良いチームになりました^0^

先日、折島一平さんの「古本屋探訪」の動画で、三島由紀夫の自刃の署を・・・あの船坂弘さんが!!
戦場のでの超人ぶりばかり動画などで知ってはいましたが、終戦後の活動こそ凄い!!
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%88%A9%E5%9D%82%E5%BC%98

小名木先生とは一つ違いなので・・・
昭和のTV黎明期、映画全盛期では、兵隊さんは偉かったとした作品・番組も随分ありましたね・・・

お花畑パヨクと、気分屋で目立ちたがり屋で博打根性の山本五十六が大嫌いです。
ですが・・・
米国で出来なかった、複数空母からの航空機での編成攻撃。それを成功させて魅せた=今の大谷翔平君の活躍を彷彿させますよね🎶

乃木将軍か後藤新平が指揮したなら、勝てた戦でした。
亡くなられた英霊に名誉を、とお祈りいたします。

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小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
連絡先: nezu3344@gmail.com
電話:080-4358-3739
出身:静岡県浜松市
住所:千葉県野田市
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「明治150年真の日本の姿」、「日本と台湾の絆」、「奇跡の将軍樋口季一郎」、「南京事件は4度あった」、などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。
日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
《著書》
『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』
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