お寿司のお話



本日、倭塾、13時半から富岡八幡宮婚儀殿で開催します。
テーマは「ご先祖から預かった大切な日本」です。
お足元が悪い中ですが、どうかお気をつけてお越しください。
詳細は→https://www.facebook.com/events/453891059222691


昨日、ねずブロは5000話を達成しました。
みなさまのおかげです。
ありがとうございます。


味は心がつくるもの。
だからこそ板さんは、その心を鍛えるためにきびしい修行を積んだのです。
日本食は、日本の文化のひとつです。
そして日本の文化は、だれでもわかる入り口の広さが特徴ですが、奥行きがものすごく深い。
ただのパクリでは、日本の味は真似できないのです。

20210917 寿司
画像出所=https://epark.jp/epark-report/gourmet/g-tamachi-st-sushi/
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歴史を学ぶことでネガティブをポジティブに
小名木善行です。

江戸前寿司は、江戸時代の文化文政年間に生まれました。
この時代は、まさに江戸の庶民文化が花開いた時代で、ですから江戸時代を描く時代劇では、たいていこの時代が舞台になります。
たとえば銭形平次や、火盗改方の鬼平さん、大岡越前守や遠山の金さん、浮世絵や歌舞伎が世の人気をさらったりする時代が、まさに江戸の文化文政年間です。

これより少し前には元禄時代がありましたが、こちらはどちらかというと上方(大阪)文化が花開いた時代で、大阪の豪商、淀屋辰五郎が大名をもしのぐ大金持ちとなって天井に水槽を築き、そこで魚を飼ったなどという逸話が残されました。
赤穂浪士の物語が、この元禄時代の物語ですが、討ち入りは江戸ですけれど、大石内蔵助の芸者遊びなどは、京都での出来事です。

文化文政年間は、元禄より100年ほどあとの時代で、第11代将軍の徳川家斉(いえなり)が、将軍職を引退して大御所となって権勢をふるった時代で、このため大御所時代とも呼ばれます。

将軍家斉というのは、とかく賛否両論のある人で、将軍としての職務と責任は12代将軍の家慶(いえよし)に全部まかせ、自分は贅沢三昧して遊び暮らしたという豪気な人で、おかげで江戸市中にお金がよくまわり、結果、江戸の町人文化が花開きました。

文化文政時代に出た有名人としては、東海道五十三次の安藤広重、世界的に有名な歌麿、北斎、東海道中膝栗毛を書いた十返舎一九、天才歌舞伎役者として有名な七代目市川団十郎。
学問の世界では、35年がかりで古事記全巻の通訳本を出した本居宣長、解体新書を出した蘭学の杉田玄白などがいます。

そして、この時代に生まれたのが、「酢」と「江戸前寿司」です。

寿司自体は、たいへん歴史の古い食べ物で、紀元前4世紀には、米の中に塩味をつけた魚を漬けて発酵させ、これによって魚肉を長期間保存を可能にした「なれずし」が始まっていました。
これは、魚からモツ(内臓)を取り出して、身の部分をお米のご飯に漬ける、というもので、ご飯の自然発酵作用によって、魚の保存性を高めたものです。
要するにご飯の中に「塩から」を包み込みこんで保存したわけです。
発酵に用いられた米は捨てていました。

「なれずし」で有名なのは、滋賀県琵琶湖の鮒寿司や、和歌山県の「サンマのなれずし」などで、なかでも和歌山県の「サンマのなれずし」は、30年も保存可能でる。
これ自体驚きですが、実は栄養価抜群で、美肌効果、アンチエイジング効果があるだけでなく、一日一舐めするだけで、整腸、便秘解消、体内毒素の排出効果など、味のおいしさもさりながら、きわめて健康に良い食品といわれています。

この「なれずし」が大阪に行って生まれたのが、バッテラです。
いわゆる押し寿司です。
そしてこの押し寿司が、大きく変化したのが、文化文政時代の江戸だったのです。

最近では、大阪の押し寿司も酢飯を使いますが、もともとは米を使って発酵させて作るものだったようです。
ところが、発酵食品というのはどれもそうですが、出来上がるまでにものすごく時間がかかります。
魚を仕入れて、米に漬けて発酵させて、いざ食べれるようになるまでには、早くて1~2週間、長いものでは一年以上かかるわけです。

気の短い江戸っ子が、そんなに待ってなんていられねえ!とばかり、炊きたてのご飯に「酢」を混ぜることで、発酵米もどきの味をつけ、そこに新鮮な魚をちょいと乗せ、わさびを加えて、
「ハイ、お待ち!」
お客さんは、これをちょいと醤油に浸して、ポンと口に入れていただく。
これが江戸前寿司で、手軽に作れて、すぐに、しかも早く食べれることから、気の短い江戸っ子にぴったり!ということで大評判になり、いっきに江戸の町で普及しました。

あまりの人気に、江戸前寿司は関西にも流れ出て、押し寿司の大阪寿司まで酢飯が用いられるようになったわけです。

この酢飯誕生に、同じ文化文政の時代の「酢」の量産化が進んだことが重なりました。

どういうことかというと、文化元(1804)年に、尾張名古屋の半田村で、造り酒屋を営んでいた中野又左衛門という人物が、江戸に出てきたのです。
そして酒粕を用いて、「酢」を作る技術を開発しました。

ここで生まれた「酢」が、大阪から江戸に進出してきた寿司と出会うわけです。

「なれずしを作るには時間がかかりすぎる。
 そこで、炊きたてのご飯に酢を加え、
 食べやすい大きさにご飯を握って
 その上にネタを乗せて出したらどうか」

この提案に飛びついたのが、華屋(はなや)という発酵寿司店を営んでいた、華屋与兵衛(はなやよへい)でした。
華屋与兵衛は、福井県南部の若狭の生まれです。
伝染病のために両親が相次いで他界したため、与兵衛は単身、江戸に出て、小さな発酵寿司の店を開いていたのです。
若狭といえば、サバ寿司が有名ですよね?

そこに現れたのが、酢造り職人の中野又左衛門です。
米をいちいち発酵させなくても、酢を加えれば、あっという間に酢飯ができる。
というわけで、これに「なるほど!」と納得した与兵衛は、さっそくこれに「江戸前握り寿司」と名前をつけて商品化しました。
これが、大ヒット!

なにせ発酵食品と違って、手軽に作れる。
早い、安い、旨い。

華屋はまたたく間に江戸っ子にもてはやされ、毎日長蛇の列ができるほどの繁盛ぶりとなりました。
こうなると次々に真似をする者も現れます。
おかげで、にぎり寿司屋は、瞬く間に江戸中に広がって、江戸の名物になりました。

江戸には、屋台で廉価な寿司を売る「屋台店」が市中にあふれ、料亭のような店舗を構えて寿司を握る者、あるいは持ち帰りや配達で寿司を売る者、宅配する者など、あっという間に江戸中に普及していきました。

そして箱寿司が主流であった大阪にも、江戸前寿司の店は広がり、天保年間には名古屋にも寿司店ができるようになりました。
こうして手軽な握り寿司は、あっと言う間に全国に広がったのです。

江戸前寿司が普及するにつれ、酢の需要もうなぎ上りに増大しました。
おかげで「酢」造りの中野又左衛門の、酢屋も、またたく間に巨大なメーカーに育って行きます。

この中野又左衛門が創業した酢屋は、いまでも残っています。
その社名が「ミツカン」です。
そうです。あの「株式会社ミツカン」です。
ミツカンは伝統で、いまでも社長は中野又左衛門(中埜又左エ門)を名乗っています。

ちなみに、昨今関東で見かける「華屋の与兵衛」というファミレスは、これは関西資本のライフコーポレーションが設立したチェーン店で、寿司を始めた与兵衛さんとは関係はないそうです。

ちなみに、どうも戦後の歴史教科書というのは、とにもかくにも江戸時代は貧しい時代で、武家が贅沢三昧な王侯貴族のような暮らしをし、庶民は貧窮のどん底暮らしを余儀なくされていたという荒唐無稽な歴史観を無理矢理生徒たちに刷り込んでいますが、これは違います。

そもそも、武家しか米が食べられないような社会情勢だったのなら、江戸前寿司が江戸町民の間で普及するなんてことは、起こりえません。
それでも、武家に搾取されていたなどと、子供じみたデタラメを言うような教師や学者には、二度と君たちは寿司を食うな!と言いたいくらいです。

そもそも日本の歴史を、共産主義思想による階級闘争史観で図ろうとするところからして、無理があるのです。
日本の歴史は、支配するものと支配される者、収奪する者と収奪される者という二極化した階級闘争の歴史ではありません。

天皇のもと、身分という社会的な役割の違いを互いに尊重することで秩序を築いてきた歴史を持つのが日本です。
従って、日本における身分制は、
「社会の秩序を保持するための制度」であって、チャイナやコリア、あるいは西洋にあるような
「富の収奪のための制度」ではありません。

そもそも武家の屋敷というのは、実に簡素で空っぽです。
西洋の王侯貴族のように、屋敷中に高価な宝玉がそこここに飾り立ててあるなんてこともありません。
ないということは、贅沢をしていなかった、ということです。

むしろ、士農工商という江戸身分制度は、富の順番からすれば「商工農士」の順で、自らの貧窮をかえりみず、民を豊にすることこそ武家の役割とされていたのです。

だからこそ、町民は「宵越しの銭」を持たなくたって、ちゃんと生活が成り立ったし、農家においては、祭りの際に豪華な屋台や御神輿を作れるくらいのゆとりさえあったのです。
そもそも歌舞伎だって、町人文化です。

そうそう。「握り」の話が出たので、もうひとつ。
世の中で一番美味い「おにぎり」って、なんだかわかりますか?

それは、母親が幼子の遠足のためにと作る「おにぎり」だったり、あるいは新婚ホヤホヤの新妻が愛する夫のために作る、すこし形のおかしな「おにぎり」だったりするのだそうです。
これは、愛情のこもったおにぎりが、その食材そのものの味わいよりも、もっと大きな味わいと美味しさを持つからだと言われています。
すべてのものは振動によって出来ているといいますが、その振動に愛情の波動が乗る、ということなのかもしれません。

料亭の板前さんや、寿司屋の職人さんというのは、単に最高級の食材を仕入れ、包丁の使い方から調理の仕方まで、その技術を鍛え上げるというだけでは、実は、本当に美味しい味を引き出すことはできないのだそうです。
だからこそ、何十年もかけて、母の愛に勝てる味わいを出せるように修行を積むのです。

昨今では、お寿司も廻り寿司で簡単に食べれるようになりましたが、一昔前までは、寿司はお寿司屋さんで握ってもらうのが常でした。
すると、同じお店で、同じ材料を使って握っているのに、親父さんが握るお寿司と、修行中の息子さんが握る寿司では、まるで味が違う、なんてことが、よくありました。
ですから、修行は、まさに消費者に直結していたのです。
単にネタがでかいとか、新鮮だとか、米や酢が良いとかいった物理的なものだけでない何かが、そこにあるのです。

味は心がつくるもの。
だからこそ板さんは、その心を鍛えるためにきびしい修行を積んだのです。

さて、その寿司ですが、近年、寿司や海鮮丼がたいへんな人気で、おかげで外国資本の寿司屋さんが、日本にも、米国にもたくさんできるようになりました。
看板は派手なんですよね。
ところが味はとみると、もう最悪。
店内は生臭く、ネタもただ解凍しただけの、氷状態であったり、水っぽかったり。
シャリと呼ばれるご飯も、酢飯の具合がわからないらしく、ただの普通のご飯であったり。

江戸前寿司というのは、ただシャリの上に刺身が乗っていれば寿司になるわけではなくて、すべてが活きの良さによって成り立つものなのであろうかと思うのですが、キムチなどの超辛い食品ばかりを口にしていると、微妙な味覚が崩れてわからなくなってしまうのかもしれません。

都内の高級寿司バーも、値段は張るのですが、味は素人のおばちゃんたちが造るスーパーのお寿司のお弁当のほうが、はるかにマシだったりすることがあったりします。
逆に、銀座の小さな回転寿司屋さんが、実に見事な味だったり。

もともと江戸前寿司は、ご飯を醗酵させるのではなく、単に酢を混ぜることで、手軽に誰でも簡単に作れるようにした食品です。
けれど、簡単で単純なだけに、奥がものすごく深い。
そういうことがちゃんと理解できる日本人の経営者が、しっかりとした味を追求し、かつ、修行を積んだ日本人の寿司職人さんが握るお店が、お寿司はやっぱり美味しいです。

日本食は、日本の文化のひとつです。
そして日本の文化は、だれでもわかる入り口の広さが特徴ですが、奥行きがものすごく深い。
ただのパクリでは、日本の味は真似できないのです。


※この記事は2012年12月の記事のリニューアルです。
お読みいただき、ありがとうございました。
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20200401 日本書紀
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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
連絡先: info@musubi-ac.com
昭和31年生まれ。浜松市出身。上場信販会社を経て執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」を運営。またインターネット・ブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。「歴史を学ぶことでネガティブをポジティブに」という理念を掲げ活動する。古事記・日本書紀・万葉集などの原文を丁寧に読み解き、誰にでも納得できる日本論を発信。

《著書》日本図書館協会推薦『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』、『ねずさんと語る古事記1~3巻』、『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』、『ねずさんの世界に誇る覚醒と繁栄を解く日本書紀』、『ねずさんの知っておきたい日本のすごい秘密』、『日本建国史』、その他執筆多数。

《動画》「むすび大学シリーズ」、「ゆにわ塾シリーズ」「CGS目からウロコの日本の歴史シリーズ」、「明治150年 真の日本の姿シリーズ」、「優しい子を育てる小名木塾シリーズ」など多数。

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