オトポール事件と樋口季一郎陸軍中将



第87回倭塾 令和3年10月16日(土)13:30開催
詳細は⇣から。
https://nezu3344.com/blog-entry-5020.html


日本には日本の歴史があります。
私たちは、戦後に教わってきたことが、本当に、正しい歴史であったのか。
いまいちど、冷静に考え直してみるべきときにきていると思います。

樋口季一郎陸軍中将
20191018 樋口季一郎
画像出所=https://bunshun.jp/articles/-/8962
(画像はクリックすると、お借りした当該画像の元ページに飛ぶようにしています。
画像は単なるイメージで本編とは関係のないものです。)



人気ブログランキング
応援クリックこちらから。いつもありがとうございます。

歴史を学ぶことでネガティブをポジティブに
小名木善行です。

昭和13(1938)年3月、ナチスの迫害から逃れてきたユダヤ人、満洲に入国できずにソ連のオトポール駅で立ち往生となっていました。
駅舎からあふれた人々は、吹雪の中で野宿同然の状況となっていました。
身の回りの物だけを持ってようやくたどりついた難民たちです。
オトポールの3月の気温は、夜にはマイナス30度の極寒です。
食糧もすでに尽きており、飢えと寒さで凍死者さえも出はじめていました。

満洲国は、日本の同盟国でした。
その日本はドイツと同盟関係にありました。
「もしユダヤ難民を受け入れれば、
 ドイツ側から抗議を受ることになる」
満洲の役人たちは、そのことを心配してユダヤ難民の受け入れを拒否しました。

オトポール駅は、ヨーロッパとつながるシベリア鉄道のアジア側の終点です。
次々とやってくるユダヤ難民たちは、ついにその数、2万人に達するものとなっていました。

満州のハルビン市で特務機関長をしていた陸軍の樋口季一郎(ひぐちきいちろう)陸軍少将のもとにハルビンユダヤ人協会会長で医師のカウフマン博士がやってきました。
そして樋口陸軍少将に、ユダヤ難民の救出を依頼してきました。
しばらく考えていた樋口少将は答えました。
「わかりました。
 すべての責任は私が負います。
 博士は難民の受け入れ準備に
 取りかかってください」
この言葉を聞いたとき、カウフマン博士は滂沱の涙を抑えることができなかったそうです。

樋口陸軍少将は、すぐ満鉄の松岡洋右(ようすけ)総裁に特別列車の手配を依頼しました。
オトポールのユダヤ人たちは、すでに多くが満足に歩けない状態となっていました。
駅から満洲の国境までは、わずか数百メートルです。
そこには満鉄の日本人職員が待ち構えていました。

ユダヤ人たちはすでに息も絶え絶えの状況でした。
待ち構える日本の職員たちは、
「頑張れ、もう一息だ!」
と叫びました。
ようやく国境にたどり着いたユダヤ人たちを、職員たちが背負って列車まで連れて行きました。
こうして、すべてのユダヤ人が救出されました。

特別列車は、二日かけて、ハルビン駅に到着しました。
列車が停車すると、救護班の医者がまっさきに車内にとびこみました。
病人や凍傷で歩けなくなった人たちがつぎつぎにタンカで運び出されました。
やつれた幼い子供たちには、暖かなミルクが振る舞われました。
子供も大人も、そのそのビンを見ただけで泣き出しました。

数時間後、樋ロ陸軍少将はオトポールの難民すべてが収容されたという報告をうけました。
十数名の凍死者、および病人と凍傷患者二十数名を除き、すべてのユダヤ人が無事に保護されました。
もし救援があと一日遅れていたら、この程度の犠牲者ではすまなかっただろうと医師たちは言いました。

ユダヤ難民たちは、日本やアメリカへ渡り、残りの人たちはこのハルピンの開拓農民として生活していくことになりました。
日本に着いたユダヤ人たちは、在日ユダヤ人会と協力して、神戸に受け入れ施設を作られました。
日本の警察も、乏しい食糧事情の中で、トラック何台ものジャガイモをユダヤ人に贈りました。

こうして事件が落着した2週間後、日本国政府に対してドイツ政府から強硬な抗議文が送られてきました。
関東軍の司令部の東条英機参謀長は、樋口陸軍少将を呼び出しました。
樋口陸軍少将は、東条英機参謀長に答えました。
「ドイツは日本の同盟国です。
 しかしドイツのやり方が
 ユダヤ人を死に追いやるものであるならば、
 それは人道上の敵です。
 私は日本とドイツの友好を希望します。
 しかし日本はドイツの属国ではありません。」

そして参謀長の顔を正面から見据えて言いました。

「参謀長!
 ヒトラーのお先棒をかついで、
 弱い者いじめをすることを、
 正しいとお思いになりますか」

東条は天井を仰いで言いました。  
「樋口君、よく言ってくれた。
 君の主張は筋が通っている。
 私からも中央に、
 この問題は不問に付すように伝えておこう」

そして日本国政府は、ドイツの抗議を、
「当然なる人道上の配慮」
として一蹴しました。

数年後、転勤で樋口少将がハルピンを去る日、駅には二千人近い群衆が集まりました。
遠く数十キロの奥地から馬車をとばして駆けつけたユダヤ人もいました。
それは樋口少将が土地や住居を世話したユダヤ難民たちでした。
樋口陸軍少将の乗った列車が動き出すと、群衆はホームになだれ込み、
「ヒグチ!」「ヒグチ!」「ヒグチ! バンザイ!」の声がいつまでも響きました。

オトポール事件から約七年後、大東亜戦争の末期に突如侵攻してきたソ連軍を撃退した樋口陸軍少将は、ソ連に恨まれて、終戦後に戦争犯罪人として裁判にかけられそうになりました。
このとき樋口陸軍少将を救ったのはユダヤ人たちでした。

「命の恩人ヒグチを救え!」
「ヒグチに恩を返すのは今しかない!」
世界ユダヤ協会は、世界中のユダヤ人に連絡してアメリカ政府に働きかけ、樋口を救いました。

かつての満洲は、いまは中共の東北省と、ロシア領に分断統治されています。
そこには、かつてのロシア帝国の元貴族たちや、こうして樋口季一郎元陸軍中将に助けられた多くのユダヤ人たちも平和に暮らしていました。
日本が戦争に敗れたとき、満洲には、China共産党軍とソ連軍がなだれ込み、満洲国はなくなりました。
そして、そこにいたロシア帝国の元貴族やユダヤ人たちは、いまでは誰も残っていません。

運の良いものは、難を逃れてアメリカやヨーロッパに亡命することができました。
けれど、それをすることができたのは、1000人にひとりもいなかったといわれています。
国を失うということが、そこに住む人々に何をもたらすのか。
そして責任ある将官と、その将官に率いられた軍の存在こそ、人々の安全を護るものであるということを、私たちはいまいちど考えてみる必要があると思うのです。

日本における軍は、上古の昔の神倭伊波礼毘古命に率いられた御軍の時代から現代の自衛隊に至るまで、常に公正無私、人々の生活の安全と安心を護る軍でした。
ですから日本人にとって、軍人といえば、それはいまの自衛官や機動隊員と同様、常に正義の味方です。

ところがこのことは、日本人の常識であっても、諸外国の常識ではありません。
大陸や半島においては、自国の軍は常に暴徒であったしヤクザ者であったし、ギャングの手先で有り続けました。
西洋においては、軍といえば傭兵で、傭兵は常に食いはぐれた愚連隊の集合体でした。
そしてその軍を動かすものが支配者でした。
ですから支配者=収奪者であったし、だからこそ、そこからの自由のために民衆が軍と戦ったという歴史を持つのが西洋社会であり、その収奪者から逃れて、自由のために新大陸を目指したのがアメリカです。
日本とは国の成り立ちが違うのです。

その、国の成り立ちが違う人達が、日本の軍のあまりの強さを見て恐怖して、戦後70年間、必死になって行ったことが、「日本の軍は怖い存在」というイメージです。
ところが、70年もかけながら、現実には、「日本の軍は怖い存在」というイメージは、ただの言葉遊びにしかならず、これを政争の道具にすればするほど、それをする野党は、日本の世間から見放されてきました。
また、これを教育よって日本人に刷り込もうとすればするほど、自衛隊への入隊希望者が増えています。

日本には日本の歴史があります。
私たちは、戦後に教わってきたことが、本当に、正しい歴史であったのか。
いまいちど、冷静に考え直してみるべきときにきていると思います。


◆参考文献
服部剛著『教室の感動を実況中継! 先生、日本ってすごいね』


※この記事は2016年10月の記事のリニューアルです。
お読みいただき、ありがとうございました。
YOUTUBE 日本の心をつたえる会チャンネル


人気ブログランキング
↑ ↑
応援クリックありがとうございます。

講演や動画、記事などで有償で活用される場合は、メールでお申し出ください。
info@musubi-ac.com

 最新刊
 

《塾・講演等の日程》
どなたでもご参加いただけます。
2121年11月27日(土)13:30 第88回倭塾(於:タワーホール船堀研修室)
  https://www.facebook.com/events/819411838658553


20200401 日本書紀
◆ニュース◆
最新刊『ねずさんの知っておきたい日本のすごい秘密』2020/9/19発売。
『[復刻版]初等科国語 [高学年版]』絶賛発売中!!
『ねずさんの世界に誇る覚醒と繁栄を解く日本書紀』絶賛発売中!!
『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』絶賛発売中。


『ねずさんのひとりごとメールマガジン』
登録会員募集中 ¥864(税込)/月  初月無料!


             
この記事が気に入ったら
いいね!しよう
\  SNSでみんなに教えよう! /
\  ねずさんの学ぼう日本の最新記事が届くよ! /

あわせて読みたい

こちらもオススメ

コメント

非公開コメント

検索フォーム

ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
連絡先: info@musubi-ac.com
昭和31年生まれ。浜松市出身。上場信販会社を経て執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」を運営。またインターネット・ブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。「歴史を学ぶことでネガティブをポジティブに」という理念を掲げ活動する。古事記・日本書紀・万葉集などの原文を丁寧に読み解き、誰にでも納得できる日本論を発信。

《著書》日本図書館協会推薦『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』、『ねずさんと語る古事記1~3巻』、『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』、『ねずさんの世界に誇る覚醒と繁栄を解く日本書紀』、『ねずさんの知っておきたい日本のすごい秘密』、『日本建国史』、その他執筆多数。

《動画》「むすび大学シリーズ」、「ゆにわ塾シリーズ」「CGS目からウロコの日本の歴史シリーズ」、「明治150年 真の日本の姿シリーズ」、「優しい子を育てる小名木塾シリーズ」など多数。

講演のご依頼について

最低3週間程度の余裕をもって、以下のアドレスからメールでお申し込みください。
むすび大学事務局
E-mail info@musubi-ac.com
電話 072-807-7567
○受付時間 
9:00~12:00
15:00~19:00
定休日  木曜日

スポンサードリンク

カレンダー

09 | 2021/10 | 11
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31 - - - - - -

最新記事

*引用・転載・コメントについて

ブログ、SNS、ツイッター、動画や印刷物作成など、多数に公開するに際しては、必ず、当ブログからの転載であること、および記事のURLを付してくださいますようお願いします。
またいただきましたコメントはすべて読ませていただいていますが、個別のご回答は一切しておりません。あしからずご了承ください。

スポンサードリンク

月別アーカイブ

ねずさん(小名木善行)著書

ねずさんメルマガ

ご購読は↓コチラ↓から
ねずブロメルマガ

スポンサードリンク

コメントをくださる皆様へ

基本的にご意見は尊重し、削除も最低限にとどめますが、コメントは互いに尊敬と互譲の心をもってお願いします。汚い言葉遣いや他の人を揶揄するようなコメント、並びに他人への誹謗中傷にあたるコメント、および名無しコメントは、削除しますのであしからず。

スポンサードリンク