日本書紀講義9 伊弉諾尊の引退



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20211221 ねぶた祭り
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日本書紀講義9 伊弉諾尊の引退


▼ 原文と読み下し

すさのをみこと  こひてまをさく 素戔嗚尊請曰
 みことのりをば  うけたまはりて  吾今奉教
 まさにねのくに まかりなむとす  将就根国
 ゆへにしばらく たかまのはらに まうでまし 故欲暫向高天原
 あねのみことと あひまみへ  与姉相見而
 のちにひたふる まかりなむ  後永退矣
これをゆるすと のたまひて 勅許之
すなはちあめに まうでます 乃昇詣之於天也
これよりのちに いざなぎみこと 是後伊弉諾尊
かむことすでに をえたまわりて 神功既畢
みたまをうつし たまふなり 靈運当遷
これよりは   かくれのみやを 是以構幽宮
あはじのくにに つくりたまひて 於淡路之洲
しずかにながく おかくれましき 寂然長隠者矣
またいはくには いざなぎみこと 亦曰伊弉諾尊
いきおひほきく あめにのぼりて 功既至矣徳文大矣
かへりごとされ         於是登天報命
ひのわかみやに すまふといへり 仍留宅於日之少宮矣
(少宮、これをば「わかみや」といふ 此云倭柯美野)

《現代語訳》
 素戔鳴尊(すさのをのみこと)は、父の命令に従って言いました。
「私は父大神からの教(みことのり)をお請(う)けし、まさにいまより根(ね)の国に出発しようと思います。
しかしその前に、高天原にもうでて、姉の天照大御神に会いに行き、その上で永遠に根の国に向かおうと思います」
 こうして素戔鳴尊(すさのをのみこと)は、父大神の勅許(ゆるし)を得て、姉のいる高天原に向かうことになりました。

 一方父の伊弉諾尊(いざなぎのみこと)は、ここに神様としてのすべての功績を畢(お)えられ、その御霊(みたま)をお移しになられました。
具体的にはこれより後(のち)「幽宮(かくれのみや)」を淡路島に造られて、静かに永くお隠れになられたという説、いまひとつは伊奘諾尊(いざなぎのみこと)が偉大な神様なので、この後(のち)天に昇られて、それまでの一切のご報告を行われ、その後「日の少宮(わかみや)」にお住まいになられたといいます。

▼どんなときでも相手の立場に立つ

 非常に興味深いのは、素戔鳴尊(すさのをのみこと)が父の伊弉諾大神(いざなぎのおほかみ)から「おまえは出ていけ!」と言われたことについて、日本書紀はこれを「吾今奉教」と書いていることです。
これで読み下しは「教(みことのり)をば 奉(うけたまはり)て」なのですが、使われている漢字からすれば「教え奉(たてまつ)らむ」です。
父大神のお怒(いか)りの言葉を、「教え奉(たてまつ)る」と書いているわけです。

現代日本語の使い方なら、これは主客転倒の間違った用語の使い方になります。
なぜなら教えているのは父であって、吾(われ)ではないからです。
けれども我が国の古典文学では、このように相手の立場に立ってものを言うということの方が、むしろ常識であったようです。

 実は、いまでも学校で教えない日本語の用例では、このような表現は、ごく自然に使われています。たとえば子供の会話です。A君の家に遊びに行ったB君が帰り際(ぎわ)、
「じゃあ、また明日、遊びに来るね」
この場合、B君は相手《つまりA君》の立場に立って「来るね」と言っていることにお気づきいただけますでしょうか。
日常のふとした会話の中に、こうした日本人の古来(こらい)からの精神性がちゃんと息づいているのです。

出勤時の若夫婦の会話、
妻「あなた、今日は何時頃お帰り?」
夫「うん、何時になるかわからないけど、早めに帰って来るね。」
この場合も同じく、夫は妻の立場で「来る」と述べています。
外国語にはあまり用例のない、日本語の独特な表現方法であるといえるのですが、わがままで父の言いつけを守らない素戔鳴尊(すさのをのみこと)であっても、父に叱られ、追放処分まで受けていながら、それでも父の立場でものを考え、行動するという習慣が、こうしたところにもしっかりと息づいているのです。

▼人が生きる基本姿勢

 そして父の言いつけ通りに根の国に向かおうとする素戔鳴尊(すさのをのみこと)は、ここで父大神に、根の国に行く前に、高天原に立ち寄って、姉の天照大御神に会いに行くことの許可を求めています。
これをお読みの皆様なら、このあと高天原で姉の天照大御神が武装して素戔鳴尊(すさのをのみこと)を待ち受けたという展開をご存知のことと思います。
そして素戔鳴尊(すさのをのみこと)は、そのあと高天原で大暴れするわけです。

しかし高天原(たかまがはら)に向かうことは、ちゃんと父大神の許可のもとで行っているということを、日本書紀はあらかじめ書いています。
すると父も許している素戔鳴尊(すさのをのみこと)の高天原訪問について、なぜ姉の天照大御神が武装してこれを待ち受けるという挙(きょ)に出たのかが疑問になります。
実は記紀はその答えもちゃんと用意しているのですが、そのことは次回以降のお楽しみにしたいと思います。

ただ一点、わがままだとされていた素戔鳴尊(すさのをのみこと)が、父大神の立場に立って発言をし、また高天原訪問についても、ちゃんと父の許可を得ているということについては、あらためて注目が必要です。
ただのバカ息子ではないのです。
そもそも三貴神のうちの一柱である偉大な神様なのです。
昨今ではすぐに対象を全否定する傾向がありますが、そうではなく、その相手の全体像をちゃんと把握するということは、人が生きる上においての基本姿勢であると思います。

▼すべてが満たされる国

 素戔鳴尊(すさのをのみこと)の最終目的地は、父大神の言付(いいつ)けによって「根の国」と定められています。
この「根の国」がどこであるのかについては、古来様々な議論があります。

日本書紀ではこの「根の国」の語は、「遠き根の国、下りて根の国を治める」など、全文中に十一例あります。
漢字の「根」は根本とか本質といった意味もあるので、母なる大地を持つ国なのではないかなどといった議論もあります。

古事記では「根の堅州国(かたすくに)」と表現され、文意からあたかも地中の国であるかのような扱いとなり、また大祓詞(おほはらいことば)では、あらゆる現世の罪や穢(けが)れを海に流して最後に根の国の底の国におわす祓戸大神(はらへどのおほかみ)の速佐須良比売(はやさすらひめ)に処分してもらうとあり、地底というより海中にある国であるかのような表現になっています。

ただ日本書紀の記述を見る限り、すくなくとも素戔鳴尊(すさのをのみこと)は、約束を守る男神であり、また父大神の命令によって最後には根の国に永く退(しりぞ)くことが約束されていることが、今回の原文の文中からも伺えます。

素戔鳴尊(すさのをのみこと)は最終的に、奥出雲の山中の須佐(すさ)に落ち着かれるのですから、そうすると「根の国」というのは、奥出雲のあたりの大昔の地名であり、そこは木の根に囲まれた国であった、といった意味あいになるようにも思われます。

ちなみに日本語は一字一音一義ですが、「ね」という音には「満たす」とか「満たされる」といった意味があるのだそうです。
漢字の「根」は単に当て字でしょうから、そういう意味では「根の国」は、そもそも素戔鳴尊(すさのをのみこと)にとって、すべてが満たされる国、すなわち素戔鳴尊(すさのをのみこと)が「すがすがしい」と歌に詠んだ奥出雲の須賀の地を指していると考えるのが、もっとも的を得ているように思います。

このように考えると、素戔鳴尊(すさのをのみこと)の高天原訪問は、素戔鳴尊(すさのをのみこと)が、すべてが満たされる安住の地を得る前に、ひとつの試練を得るための選択であったと見ることができます。
そしてこのことを、次に続く伊弉諾大神(いざなぎのおほかみ)の行く末が見事に象徴しているといえます。

▼報命(かへりごと)の大切さ

 そこで続く文を見ますと、まず「父の伊弉諾尊(いざなぎのみこと)は、ここに神様としてのすべての功績を畢(お)えられた」とあります。
神々にはそれぞれ使命があり、その使命をまっとうすることで、神々はその国の守り神となられます。

これは人間も同じで、縄文以来の日本人の神道の考え方で、お亡くなりになった方は、その家やムラの守り神になられます。
ですから神式のお葬式は、神葬祭(しんそうさい)と呼ばれ、香典袋は不祝儀袋、表書きも「御香典」ではなく「御霊前、御神前、御玉串料」などと書きます。
多くの葬儀は仏式だと思いますが、仏式の場合はお亡くなりになった方の御霊は極楽浄土へと旅立たれますので、別れを告げる「告別式」になります。
もっとも仏式でも御霊がお位牌に備わって仏壇に収まったりしますが、これは神仏習合が進んだ結果のきわめて日本的なしきたりです。

 話が脱線しましたが、伊弉諾大神(いざなぎのおほかみ)は、こうして御霊(みたま)を淡路島にお移しになられます。
なぜ淡路島なのかというと、国生みの始まりが淡路島からだったからです。
つまり国のはじまりの原点に「幽宮(かくれのみや)」をお造(つく)りになられて、そこで静かに永く御鎮座されたわけです。

そして別な説によれば、「伊奘諾尊(いざなぎのみこと)は偉大な神様なので、この後(のち)に天に昇られて、それまでの一切のご報告を行われ、その後「日の少宮(わかみや)」にお住まいになられた」と書かれています。
淡路島の記述だけでも足りそうなところを、わざわざ「天に昇られて報告された」とあるのは、ここが我が国の伝統文化の大事な一文でもあるからです。

それが何かというと、ここでいう「報告」のことを本文では「報命(かへりごと)」と書いていることです。
「報告」と「報命(かへりごと)」の違いが何かというと、報告は単に文書や電話、メール等での報告を含みます。
しかし「報命(かへりごと)」は、関係者一同がそろったなかで、顔を出してオフィシャルな報告会議を行うことを意味します。
日常の報告は文書でも足りるのですが、最終報告は、ちゃんと顔を見せて「報命(かへりごと)」しなさい、というのが、我が国の古くからのしきたりです。

この記事は、日本弥栄の会が発行する月刊誌『玉響』に連載している日本書紀講義の過去記事の文です。
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小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
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昭和31年1月生まれ
国司啓蒙家
静岡県浜松市出身。上場信販会社を経て現在は執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」を運営。
ブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。Youtubeの「むすび大学」では、100万再生の動画他、1年でチャンネル登録者数を25万人越えにしている。
他にCGS「目からウロコシリーズ」、ひらめきTV「明治150年 真の日本の姿シリーズ」など多数の動画あり。

《著書》 日本図書館協会推薦『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』、『ねずさんと語る古事記1~3巻』、『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』、『ねずさんの世界に誇る覚醒と繁栄を解く日本書紀』、『ねずさんの知っておきたい日本のすごい秘密』、『日本建国史』、『庶民の日本史』、『金融経済の裏側』、『子供たちに伝えたい 美しき日本人たち』その他執筆多数。

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