大和心とポーランド孤児

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ポーランド孤児1


平成7(1995)年1月17日、阪神・淡路大震災がおこりました。
被災者は、死者6,433名 行方不明者3名 負傷者43,792名の大惨事でした。

翌年、震災で親を亡くした子供たち30名が、ポーランドに招待されました。
3週間という長い期間です。
そして招待された子供達は、ポーランド各地で大歓待を受けています。

この招待旅行のとき、世話をした一人のポーランド夫人が語ったところでは、一人の日本人少年が、片時もリュックを背から離さないでいたのだそうです。
夫人が少年に理由を聞くと、震災で一瞬のうちに親も兄弟も亡くした、家も丸焼けになってしまったのだといいます。少年は、焼け跡から見つかった家族の遺品をリュックにつめたのです。
そしてそのリュックを、片時も手放なそうとしませんでした。
夫人は、不憫で涙が止まらなかったそうです。

ポーランドでの歓待の最終日、震災孤児が帰国するお別れパーティに、4名のポーランドの老人がやってきました。
4人とも、かつてシベリア孤児だった方です。
すでにご高齢で、歩行もままならない。

しかし彼女たちは、次のようにおっしゃられました。
そして、無理を押して、やってこられたのです。
「75年前の自分たちを思い出させる可哀想な日本の子どもたちがポーランドに来たからには、是非、彼らにシベリア孤児救済の話を聞かせたい」

4名の元シベリア孤児の老婆たちは、涙ながらに薔薇の花を、震災孤児一人一人に手渡しました。
会場は万雷の拍手に包まれました。


75年前・・・なにがあったのでしょうか。


その昔、ポーランドは、帝政ロシアの支配下におかれました。
これに対抗し、あくまで祖国ポーランドの独立を図ろうとするポーランドの愛国者たちは、シベリアに強制的に流刑となりました。
そうです。何もかも凍る凍土のシベリアは、ソ連の流刑地だったのです。

大正8(1919)年、ポーランドは、ロシアから独立しました。
このとき、ロシアは革命、反革命勢力が争う内戦状態にありました。
極東地域には政治犯の家族や、混乱を逃れて東に逃避した難民を含めて、十数万人のポーランド人がいたのです。

そのポーランド人たちは、飢餓と疫病の中で、苦しい生活を送っていました。
もともと、帝政ロシアの圧政下で、祖国の独立を果たそうと運動していた愛国者たちです。
たいへんに知的レベルも高い。
けれど、凍土と滞る食料配給の前に、多くの愛国識者たちが、病や飢えに倒れてしまったのです。

問題は、その愛国識者たちの子供達です。
親を失った子供たちは、より一層、悲惨な状態に置かれてしまいました。

「せめて、せめてこの子供達だけでも生きて祖国に送り届けたい」
大正8(1919)年9月、ウラジオストク在住のポーランド人たちは、「ポーランド救済委員会」を組織し、子供達をなんとかして祖国に送り返そうとします。
けれど、全員が流刑者なのです。
お金がない。
会員を募り、資金をカンパするけれど、子供達を飢えから救い、祖国に送り返すだけの資金がないのです。

翌、大正9(1920)年の春になると、ポーランドとロシアとの間に戦争が始まります。
孤児たちをシベリア鉄道で送り返すことは、これで完全に不可能となってしまいます。

そこでポーランド救済委員会のメンバーは、欧米諸国に、子供達を救いたいと援助を求めます。
けれど、ポーランドの孤児たちを支援することは、大国ロシアを敵に回すことになる。
ロシアとの紛争を避けたい欧州の諸国は、ことごとく救済委員会の申し出をしりぞけます。
シベリアにいるポーランドの孤児たちは、ヨーロッパ中の国々から、見捨てられてしまったのです。

救済委員会のメンバーは、窮余の一策として、日本政府に援助を要請しました。
救済委員会会長のビエルキエヴィッチ女史は、満州にいた日本軍の協力を得て、大正9(1920)年6月に来日します。
そして外務省を訪れ、シベリア孤児の惨状を訴え、援助を懇請しました。

この頃の日本は、独立間もないポーランドとは、まだ外交官の交換もしていない状態です。
外交官の交換をしていないということは、国家として未承認ということで、そんな未承認国家の、流刑者の子供達に支援の手を差し伸べるなど、普通ならありえないことです。

しかし女史の嘆願は、外務省を通じて日本赤十字社にもたらされ、わずか17日後には、日赤はシベリア孤児の救済事業を行なうことを決定したのです。

日赤の救済活動は、シベリア出兵中の帝国陸軍の支援を得て、決定からわずか2週間後には動き出しました。
その日、56名の孤児第一陣が、ウラジオストクを発って、敦賀経由で東京に到着したのです。

それから、翌、大正10(1921)年7月までに、都合5回にわけて、ポーランド孤児375名が来日しました。
さらに大正11(1922)年夏には、第2次救済事業として3回にわけ、390名の孤児が来日しました。

合計765名のポーランド孤児たちは、日本で病気の治療や静養をした後、第一陣はアメリカ経由で、第2陣は日本船により直接に、祖国ポーランドに送り返されました。

この孤児たちの来日にあたっては、「習慣や言葉が違う孤児たちを世話するには、ポーランド人の付添人をつけのがよい」ということから、日赤は孤児10名に1人の割合で、合計65人のポーランド人の大人を一緒に日本に招くという手厚い配慮までしています。

ポーランド孤児2


日本に到着したポーランド孤児たちの回想です。
~~~~~~~
ウラジオストックから敦賀に到着すると、衣服はすべて熱湯消毒されました。
そのあと、支給された浴衣の袖に、飴や菓子類をたっぷ入れてもらいました。
とっても感激しました。

特別に痩せていた女の子は、日本人のお医者さんが心配して、毎日一錠飲むようにと特別に栄養剤をくれました。
その栄養剤が大変おいしかったので、一晩で仲間に全部食べられてしまって悔しかったです。
~~~~~~~~

到着したポーランド孤児たちは、日本国民の多大な関心と同情を集めました。
この孤児たちのためにと、日本では、無料で歯科治療や理髪を申し出る人たちもいました。
学生の音楽隊も、慰問に来てくれました。
仏教婦人会や慈善協会は、子供達を慰安会に招待してくれました。

他にも個人で慰問品を持ち寄る人々、寄贈金を申し出る人々が後をたちませんでした。

ある日のことです。
腸チフスにかかっていた子供を、ある日本人の若い看護婦さんが、必死に看病してくれました。
けれどその看護婦さんは、チフスが伝染し、殉職してしまったのです。

そんな事件があったのだけれど、人々の好意は、それでも尚、あとをたちませんでした。

大正10(1921)年4月6日には、赤十字活動を熱心に後援されてきた貞明皇后陛下(大正天皇のお后)も、日赤本社病院で孤児たちを親しく接見されました。
皇后陛下は、可憐な3歳の女の子のギエノヴェファ・ボグダノヴィッチをお傍に召され、その頭を幾度も撫でながら、健やかに育つように、とおっしゃられました。

こうして、日本の手厚い保護により、到着時には顔面蒼白で見るも哀れに痩せこけていたシベリア孤児たちは、急速に元気を取り戻しました。

日本出発前には各自に洋服が新調されました。
さらに航海中の寒さも考慮されて、全員に毛糸のチョッキが支給されました。
さらに多くの人々が、子供達に衣類やおもちゃの贈り物をしてくれました。

横浜港から祖国へ向けて出発する際、幼い孤児たちは、親身になって世話をした日本人の保母さんとの別れを悲しみ、乗船することを泣いて嫌がったといいます。

埠頭の孤児たちは、「アリガトウ」を繰り返し、泣きながら「君が代」を斉唱し、幼い感謝の気持ちを表しました。

神戸港からの出発では、児童一人ひとりにバナナと記念の菓子が配られ、大勢の見送人たちは、子供たちの幸せを祈りながら、涙ながらに船が見えなくなるまで手を振っています。


子どもたちを故国に送り届けた日本船の船長は、毎晩、ベッドを見て回り、1人ひとり毛布を首まで掛けては、子供たちの頭を撫で、熱が出ていないかどうかを確かめていたそうです。
その手の温かさが忘れられない、と一人の孤児が回想しています。

こうして祖国に戻った孤児たちの中に「イエジ・ストシャウコフスキ」という少年がいました。
彼は、17歳の青年となった昭和3(1928)年、シベリア孤児の組織「極東青年会」を組織し、自ら会長に就任します。
彼の会は順調に拡大発展し、国内9都市に支部が設けられ1930年代後半の最盛期には、極東青年会の会員数は640名を数えます。

昭和14(1939)年、ナチス・ドイツのポーランド侵攻の報に接すると、イエジ青年は、極東青年会幹部を緊急招集し、レジスタンス運動参加を決定しました。
彼の組織には、シベリア孤児のほか、彼らが面倒を見てきた孤児たち、さらには今回の戦禍で親を失った戦災孤児たちが参加し、やがて1万数千名を数える巨大レジスタンス組織になります。

彼は、ワルシャワを拠点として地下活動を展開したのですが、当然、これにナチスドイツが目をつけます。
ある日、イエジが隠れみのとして使っていた孤児院に、多数のドイツ兵が押し入ってきて強制捜査を始めたのです。

このとき、急報を受けて駆けつけたのが日本大使館の書記官でした。
日本人書記官は、武装したナチスの兵士たちを前に、「この孤児院は日本帝国大使館が保護している」と強調しました。
そして、孤児院院長を兼ねていたイエジ青年に向かって、
「君たちこのドイツ人たちに、日本の歌を聞かせてやってくれないか」と言います。

イエジたちは、日本語で「君が代」や「愛国行進曲」などを大合唱した。
ドイツ兵たちは呆気にとられ、
「大変失礼しました」といって直ちに引き上げ、イエジ青年たちは一命をとりとめています。

当時、日本とドイツは三国同盟下にあり、ナチスといえども日本大使館には一目も二目も置かざるを得ない。
日本大使館は、この三国同盟を最大限に活用して、イエジ青年たちを幾度となく庇護したのです。


平成7(1995)年10月、ポーランド大使を務めていた兵藤長雄氏は、阪神淡路大震災の日本人孤児たちの前に、8名の元ポーランド孤児だった老婆を公邸に招待しました。
全員が80歳以上のご高齢です。
一人のご婦人は体の衰弱が激しく、お孫さんに付き添われてやっとのことで公邸にたどりつきました。

そのご婦人のお話です。
~~~~~~~~~
私は生きている間にもう一度日本に行くことが生涯の夢でした。
そして日本の方々に直接お礼を言いたかった。
しかしもうそれは叶えられません。

だけど大使から公邸にお招きいただいたと聞いたとき、這ってでも、這ってでも伺いたいと思いました。
なぜって、ここは小さな日本の領土だって聞いたからです。

今日、日本の方に私の長年の感謝の気持ちをお伝えできれば、もう思い残すことはありません。
~~~~~~~~~

老婆たちは70年以上昔の日本での出来事を、細かなところまでよく覚えておいででした。
別の一人の老婆は、日本の絵はがきを貼ったアルバムと、見知らぬ日本人から送られた扇を、いまでも肌身離さずに持っていると、みんなに見せてくれました。

同様に日本を離れる際に送られた布でできた帽子、聖母マリア像の描かれたお守り札など、それぞれが大切な宝物として、いまも大切にたいせつに持っているものを、互いに見せあいました。

ポーランド極東委員会の当時の副会長ヤクブケヴィッチ氏は、「ポーランド国民の感激、われらは日本の恩を忘れない」と題した礼状の中で次のように述べています。
~~~~~~~~~~
日本人はわがポーランドとは全く縁故の遠い異人種である。
日本はわがポーランドとは全く異なる地球の反対側に存在する国である。
しかも、わが不運なるポーランドの児童にかくも深く同情を寄せ、心より憐憫の情を表わしてくれた以上、われわれポーランド人は肝に銘じてその恩を忘れることはない。

われわれの児童たちをしばしば見舞いに来てくれた裕福な日本人の子供が、孤児たちの服装の惨めなのを見て、自分の着ていた最もきれいな衣服を脱いで与えようとしたり、髪に結ったリボン、櫛、飾り帯、さては指輪までもとってポーランドの子供たちに与えようとした。
こんなことは一度や二度ではない。しばしばあった。・・・

ポーランド国民もまた高尚な国民であるが故に、われわれは何時までも恩を忘れない国民であることを日本人に告げたい。
日本人がポーランドの児童のために尽くしてくれたことは、ポーランドはもとより米国でも広く知られている。

ここに、ポーランド国民は日本に対し、最も深い尊敬、最も深い感銘、最も深い感恩、最も温かき友情、愛情を持っていることをお伝えしたい。
~~~~~~~~~

平成11(1999)年8月、ポーランドから「ジェチ・プオツク少年少女舞踊合唱団」が来日しました。
合唱団はヘンリク・サドスキさん(88)からの次のようなメッセージを携えてきました。

~~~~~~~~~
20世紀の初め、孤児が日本政府によって救われました。
シベリアにいたポーランドの子供は、さまざまな劣悪な条件にありました。
その恐ろしいところから日本に連れて行き、その後、祖国に送り届けてくれました。

親切にしてくれたことを忘れません。
(合唱団は)私たちの感謝に満ちた思いを運んでくれるでしょう。
日本のみなさん、ありがとう。
~~~~~~~~~

さんざん日本に世話になっていながら、日本人が復員を始めた終戦時、日本人から略奪・殺人・強姦をほしいままにしておいて、それを抗日戦線だったなどとうそぶく特ア人の心。

日本の恩を忘れず、いまも互いの良心を大切にするポーランドの人々の心。

私たち日本人は、これから先、どちらの心を持った人になろうとしているのでしょうか。

大和心とポーランド魂


記事の記載には、国際派日本人養成講座「地球史探訪: 大和心とポーランド魂」を参照させていただきました。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogindex.htm


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コメント

遠藤

No title
 遠い異国の孤児を受け入れた日本。この時の恩を忘れず、今日に語り継ぐポーランド。こういう国こそ、世界に燦然と輝く大国だと言いたいものですね。両国の好ましい関係がいつまでも続きますように。

kakinoki

No title
素晴らしいお話です。ぜひ転載させてください。

日本太郎

共匪と戦いましょう(本当の反核とは)
 札幌医科大学の高田純教授(札幌医科大学教授)の現地調査による結果が発表されました。中国が東トルキスタンで実施した核実験による被害で同地区のウイグル人(現新彊省地域)ら19万人が急死し、 また急性の放射線障害などで甚大な影響を受けた被害者は129万人に達するとの調査結果が発表されました。 ウイグル自治区(自治区は名前のみ)やチベットには地下資源が豊富で、中国共産党はチベット人やモンゴル人(墓標なき草原参照)と同じようにウイグル人の虐殺を繰り返し「民族浄化」を行つて、ウイグル人の先祖の土地から資産を奪い取っています。 中共やり方はヒットラーや金さんよりも巧妙で残虐性があります、詳しくは日本ウイグル協会のホームページをご覧になって下さい。 日本ウイグル協会の方が共産党・社会党の主催する原水爆反対運動に参加しょうとしたら、ここは親中国の団体だから参加する事は出来ませんとの事です。 中国・北朝鮮の核実験は黙認していますとの返事でした(間違えなく賛成しているようです)。 日本人が長崎・広島の原爆の被害者として核実験に反対するなら、中共の出先機関惰ある共産党・社会党系の反核団体に騙されずに日本ウイグル協会を応援して反核運動をしましょう。 日本太郎

Causal

ご皇室についておもうこと。
初めてお便りいたします。
過日、「ポーランド魂と大和こころ」 という本を
読みましたが、日赤、外務省その他多くの理解者が
いた事には触れられておりますが、この救済事業の
最終決断者の名は記されてはおりません。

しかし。多くの孤児達を守護されたその方の御名を導き出すことは簡単なはず。

驚くべき速さで、外交関係もない国に対し、莫大な費用も
省みず、見返りなどはなから求めず、ただただ孤児たちに
深い同情の念をよせ、限りなき愛情を注がれ、異国の彼らを保護救済された。そして政府はおろか帝国陸軍まで
動かすお力をもたれていたその方の御名は。

当時の日赤の名誉総裁は皇后陛下節子様。そして
当時の臣下は常に天皇陛下の大御心を体して職務に励んでおりました。私にはご皇室の意向が臣下を動かしたとしか思えません。
と言うよりは「ご皇室の意向そのもの。」であったと
思われるのですが。
皆さまのご意見はいかがでしょうか。

-

No title
私もこのエントリーは好きです。

>困った時に手を差し延べあえる

個人であれ国家であれ、そうなるにはお互いが自立しあっている事が前提だと思います。
「ユスリ」「タカリ」を「助け合い」と勘違いはしない様にしていかねばなりませんね。

Lotus

ありがとうございます
ねずきちさん、初めまして。

私は日本人とポーランド人のハーフです。
今日初めてこちらのブログに来て、この記事を読ませて頂きました。
なにか、縁のようなものを感じています。

ポーランド人の苗字と顔を持った私は、日本の学校で何年も人種差別によるいじめにあってきました。

「生まれてこなければ良かった」などと、
いろいろと悩み、苦しみました。

勿論今は日本と日本人の方々を心から愛していますが、
この素晴らしい記事を読んで、改めて古い心の傷が溶けていくようでした。
日本人とポーランドの血を持って生まれてきて良かった!
とても幸せです!!!

地球の生き物である私たち、地球人として生きて行きたいですね。

本当にありがとうございます。
感謝の気持ちで一杯です。






かざぐるま

愛すべきポーランド人と日本人の精神
「大和心とポーランド魂」の動画は以前から大好きで何度も繰り返し拝見していました。
しかし、ねずきちさんのブログでも取り上げてくださっていたとは…!
すごく嬉しいです。

日本船の船長さんが子供一人一人に気を配っていらっしゃったことなど
初耳なことも多く
ためになるとともにポーランド人と当時の日本人の優しさと義理堅い心に
改めて深い感銘を受けました。

人も国家も困った時に手を差し延べあえるのが本当の友人だと思います。
日本とポーランドの温かい交流が
これからもずっと続いていくことを心から願います。

猫様

No title
心の洗われるような素晴らしい事実を教えていただきありがとうございました。仕事柄、ポーランド人、トルコ人などにも会う機会がありますので、大変勉強になりました。これからも日本の美しい史実を教えてください。

しん

ねずきちさん有難う。ちくしょう 目から汗が止まらん

太郎

日本人の心
礼儀智信。仕事の関係で世界中行きましたが、日本人は素晴らしい道徳感を持っていることを再認識させられます。

tomo

初めて知りました。
今日、深夜TVを見てこんなことがあったんだと初めて知りました。
なぜこんな大事な出来事を、今まで知らなかったのかと恥ずかしく思うと同時に、不思議に思い、どのくらい知られているのか検索してみました。
そして、ねずきちさんに辿り着きました。
改めて詳しく両国間の事を知り、当時行動した日本人を誇りに思い、私ってそんなステキな国に住んでいるんだって嬉しいです。
ずっと感謝して返してくれる、返してくれようとしているポーランドの人々に、心が熱くなってありがとうと思います。

こんなに心を動かす話なのに、何故あまり取り上げられないんですか?
疑問で終わるコメもどうかと思うのですが、世間知らずですいません。
皆さんのコメントの他にも理由があるのですか?
日本は何か制限のある国なのでしょうか?


ねずきち

コメントありがとうございます。
>りょうこさん
コメントありがとうございます。

人を愛するということは、すべてを愛するということにつながっていると思うのです。

恋人を愛する。親や子を愛する。友を愛する。故郷を愛する。国を愛する。人類を愛する。みんな等しくつながっている。

なぜなら、国といったって、所詮は人々の集合体にすぎないからです。

だから、恋人を愛しなさい、友を愛しなさい、学校を愛しなさい、親兄弟を愛しなさい。だけど、国は悪いことをするから、愛してはいけません・・・日教組流の方程式ですが、どうもボクにはわからない。

国を愛してはいけないということは、国を構成しているのは地域だから、地域を愛することもイケナイことになる。地域にある、人々や学校も愛の対象ではなくなる。学校を愛せないなら、友も、家族も、恋人も、ぜんぶ愛せない。
こんなのって、変だと思う。。

日本は、狭い国土に人々がひしめきあって暮らしている。そのことは昔も今もかわりません。

いや、人口を考えたら、江戸時代の日本の人口は2600万人。戦前が6千万人。現代は1億2700万人です。
人口の密集度は、江戸の昔より現代の方がはるかに濃い。

ならば現代は江戸のむかし以上に、人々が、互いに仲良く日本という共同体の一員として、一定の節度を守り、互いを信じ、助けあって生きていくことが望まれるのかもしれない。

でも現代社会は、それとは真逆の方向に進んでいる。

ほんとうにこれでいいのか。ボクにはよくわからない^^;


>走馬の介さん
おひさです。

コメントありがとうございます。

すこし、シリーズで、こうした近代日本の良い話を続けてみようかと考えています^^


>2児の母さん
コメントありがとうございます。

昔の日本人だけじゃなく、その心のDNAは、現代日本人の中にも、色濃く生きている、とボクは思っています^^

こうしたお話は、すでに「教科書が教えない歴史」とかで、種々紹介されています。

先輩達が、すでに本にされているなかで、ボクなど、とてもとても^^

でも、おほめいただいて、うれしいです^^v


>かぐやひめさん
コメントありがとうございます。

紙芝居、是非、実現させましょうよ^^

途中で涙で読めなくなったっていいじゃないですか。

子供たちの心の眼に、物語とかぐやひめさんの涙が、生涯消えない思いとして残るかもしれない。

偉業です。立派な行いです。そして物語もさりながら、読まれるかぐやひめさんの涙が、なににもまして子供たちに日本人の心を伝えることと思います。


>sivaさん
コメントありがとうございます。

光栄です♪


>基準点さん
コメントありがとうございます。

『6月25日、NHKを集団告訴!!』

ボクも、喜んで「原告」の輪の中に加わらせて頂きます。

教えてくださってありがとうございました^^



>ROM専さん
コメントありがとうございます。

「明治日本は、人種差別撤廃を国是とした」という核心をはずしたら、物語は薄っぺらなものになってしまうのではないかと思います。

そこが、とても残念です。


>愛信さん
貴重な情報をありがとうございます。

それにしても鳩山氏、小沢氏と違って、つぎつぎと政策面で馬脚をあらわしますね。
うまく政治的にしっぽをつかまれない発言をするところは、小沢氏の方が数段上です。

考えようによっては、馬脚を顕わにする鳩山氏が代表についたことは、日本のためによかったのかもしれない。

悪に口をつぐむ者は、悪に加担したのと同じ。

どんどん攻撃していきましょう。


>めだかさん
コメントありがとうございます。

このポーランド孤児の物語は、是非ともショパンの調べにのせて語りたいですね。


>bbさん
コメントありがとうございます。

「ひとり」が「みんなのため」になれる「ひとり」を育てる。
育った「ひとり」が、さらに多くのみんなのために「ひとり」を育てる。

いつの世も、時代を変えるのは、たったひとりからです。

期待しています。


>dekotyanさん
コメントありがとうございます。

≪これこそ学校で教えるべきこと≫

ボクもそう思います。


>椿さん
コメントありがとうございます。

今回、椿さんから触発されて、記事を書いてしまいました。

≪『強い』事は良いこと≫

ボクもそう思います。

そして、「正しい心」を持った人や国が「強い人」や「強い国」であることは、もっと良いことだとも思います。

≪私はたとえ日本が核を持っても、アメリカや中国のように、己の利益の為に、軍事力の無い国を「核恫喝」するような事はなく、むしろ日本は、中国やアメリカに、苛められている小国を助けてあげる事が出来ると確信しています≫

↑これにも激しく同感です。

≪私は、日本の子供達が『英霊達の遺産』を受け継ぎ、“正しい強さ”の使い方を学び、日本だけでなく、困っている多くの人々に貢献できる『立派な日本人』になって欲しいと切に願います≫

まったくその通りです。

≪同じ人間として生き、一生を終えるなら、例え貧しくとも、英霊方のように生きたいと思います。シナ・朝鮮やアメリカのように、捏造や大嘘をついて、他人を騙し、他人を欺き、傷つけ、殺すことによって、現生で物質的に豊かな生活を得ても、罪にまみれた魂で、あの世に行きたくはないと、日々思うこの頃です≫

↑これって、すごく大事なことだと思います。


>おれんじさん
コメントありがとうございます。

松山のお話。心に沁みます。

そのお話も、また記事にしていきたいと思います^^


>MMさん
コメントありがとうございます。

かぐやひめさんの紙芝居、子ども達に読ませるというのもいいかもしれませんね。

でも、やっぱりボクは、かぐやひめさんに読んでもらいたいな^^

かぐやひめさんの涙は、物語の筋よりも、もっともっとたいせつなものを、子どもたちの心に訴えると思いますもの。


>あきちゃさん
おひさです^^
コメントありがとうございます。

(⌒▽⌒)アハハ!
お昼休みに、ごめんなさいです^^;

でも、もしあきちゃさんが感動して下さったのなら、ボクも書いた甲斐があった^^b
ありがとうございます。


>にゃんきちさん
コメントありがとうございます。

おばあさんに、是非、聞いてみてくださいな^^

共産主義というものは、あらゆる事柄を「階級闘争」としてとらえます。
ボクはそこが納得できない。

闘争よりも、心と心がつながり合うことのほうが、もっともっとたいせつなんじゃないかっておもうからです。

にゃんきち

祖母はポーランド人
ねずきちさん こんにちは
今日はとてもいいお話で、すがすがしく感銘させられました。また出た大和魂!恩は忘れないことは、常識のある国民なら普通にあって当然といえば当然とは思いますが、共産圏がこれほど、変えてしまったとしかいえません。ポーランドの赤ちゃんは当時1番美しいとされ、ヒトラーが誘拐するほどだったようです。私の主人はカナダ人ですが、父はフランス人で母はカナダ人ですが、母のお母さんがポーランドからカナダに戦乱の中来たそうで、今86歳です。ウォッカが、大好きです。料理や野菜作りなども、苦労したせいかとてもじょうずで、祖母の作ったレモンパイはとてもおいしいです。そして日本人の私にとてもやさしく接します。今思えばこの話のせいかな?いつか聞いてみたいと思います。

かぐやひめ

こどもたち!いいですね
できたら、子供たちに、お年寄りの前で読んでもらいたいものです。
今年中に実現できなくても、少しづつやってみます。

大人の方が泣いちゃうでしょう。
こどもは、なぜ、みんなが泣いてくれるのか、その時はわからないかもしれません。

でも、きっと、いつかわかるでしょう。

あきちゃ

泣かされました、、、
ぃぃお話ですね。
会社のお昼休み中なんですが、うるうるしちゃってます(゚Д゚;)

多くの人に広めていきたいと思います。
ありがとうございます。

MM

No title
かぐやひめさま

子ども会での読み聞かせ、素晴らしいアイデアだと思います。ぜひ、実現してください!

ただ、読んでいて泣いてしまうとのこと。確かに読み手が泣いては聞きにくいですね、。でも、子どもにはなぜ泣いているか、伝わると思います。


小学生の時、先生が国語の教科書の「ごんぎつね」を朗読中、必ず泣いてしまった、と友達から聞きました。
でも、生徒は皆、なぜ先生が泣いているかよく分かっていたようです。
そして、先生は自分で読めなくなると他の生徒に、続きを読ませていたそうです。


そこで提案なのですが、子ども達に読ませる、というのはどうでしょうか?
高学年の子達に、1話づつ読んでもらう。

子ども達の中に朗読が得意な子、上手な子はきっとっ数名はいるはずです。そういう子達に任せてみてはどうですか?
みんなの前で、特に年下のこの前で読むとなればきっと練習を何度もして、上手に読んでくれると思います。

LAY

人命は地球より重し
椿 様  コメントありがとうございます。

福田元首相ですよね。 よく覚えております。「人命を第一に尊重したい!」と言いたかったのでしょうが、私は三つの間違いを犯したと思っています。
第一は人命と地球という比べられないものを比較する愚。第二は宇宙論を出すまでもなく、優先順位は地球が断然先。第三はテロリストに法外な金を渡したので、この局面では日本人の命は救ったが、長期的に見ればテロリストにより、その何十倍もの他国の被害者を出していることになり、目先の利しか判断できない愚。
文系(東大法学部)首相の限界を感じましたね。 耳障りのよい言葉を使い、効果は目先のことばかり。 いまの民主党の党首と何やら似ていませんか?

ところで、>私はたとえ日本が核を持っても、アメリカや中国のように、己の利益の為に、軍事力の無い国を「核恫喝」するような事はなく、むしろ日本は、中国やアメリカに、苛められている小国を助けてあげる事が出来ると確信しています。

私は、日本の子供達が『英霊達の遺産』を受け継ぎ、“正しい強さ”の使い方を学び、日本だけでなく、困っている多くの人々に貢献できる『立派な日本人』になって欲しいと切に願います。

その第一歩である『真実の歴史』を子供達に、語り伝えるお仕事をされている、かぐやひめさんのような方は、実に立派だと思います。 < には私も強く賛同したいです。


おれんじ

これは素晴らしい話ですよね
ねずきちさん、みなさんこんばんわ。

このお話は何度聞いても麗しく、感動します。
実は以前、テレビ東京で日本と外国との美談を色々と紹介する番組があったんです。

ところが、このお話の時、突然臨時ニュースが!

福田総理辞任のニュースでこの秘話の紹介がキャンセルに!

福田という人物は最期までホントに(略)。

ところで、今日午後6時のNHKニュースで、日露戦争の捕虜としてロシア兵と一緒に松山にやってきたポーランド兵がかの地で亡くなり、ロシア兵と共に松山の墓地に眠っていらっしゃるという報道をやっていました。

在日ポーランド大使がお寺の住職さんから詳細なポーランド兵の方々の記録を見せられて感激されている場面も。

ロシア兵、ポーランド兵のお墓は日本人のお墓と分けられ、きれいに維持されています。今でも地元の方や高校生・中学生がお掃除とご供養をされているそうです。→日本人の美しい心に大感動!

「反日ワクチン」というブログにも日本人の美しい生き方が沢山紹介されていますが、こうしたお話を一杯読んで、私達のご先祖様に敬意を表したいと思います。

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かぐやひめ

紙芝居を読む人
椿さん、私は、トルコの難破船のことを1番に、ポーランドの孤児のことを2番目に、そしてユダヤ人を助けた千畝氏のことを、3部作にして、10分程度にまとめようと、考えました。
夏休みのこどもお楽しみ会で、聞かせようと・・・

でも、ひとつ困ったことがあります。

私、絵も描く、文章も書けます。

でも、きっと、声に出して読めない・・・・
一番最初に涙にくれて、読み上げられないと思います。

この物語の尊さに感動するだけでなく、

尊厳をもちながら、正反対にいやしめられた日本のこと、
先人のこと、英霊のこと・・・次から次へと、思いが広がって、私は、泣いてしまうと思うのです・・・

漫才師が、自分で吹いたら、客を笑わせられないように、

読み手が、先に泣いたら、聞き手には、何も伝わらない・・・困った。

人生体験の豊かな、高齢者にしみじみと読んでもらおうかとも思うけれど、

誰に読んでもらったらいいのか、わからないのです。
もしも、これを、泣かずに読める人がいたら、そんな人には読ませたくない。

何度も何度も練習して、いっぱい泣いた後なら、読めるでしょうか?

椿

大きな“徳”をお持ちですね。
かぐやひめさんへ、

>これから、「日本賛美の物語」を、紙芝居にして公演して歩こうと思います<

さすがです!ねずきちさんもそうですが、かぐやひめさんも、本当に陰の徳=陰徳を積まれている方ですね。そうやって紙芝居にして、“ご先祖様の徳を子供達に伝えていく。地道ながら、子供達の心に“大きな希望”と“誇りを抱かせる、本当に尊いお仕事をなさっていると、深く感動致します。

日本の政治家や反日マスコミや日教組も、かぐやひめさんの爪の垢でも煎じて飲んで、見習ってくれればと思いましす。そうすれば、どれだけ日本の未来も明るくなることか…。

かぐやひめさん、私は思うのです。『強い事は良いことだと…。特に日本が軍事的にも強くなることは、アジア全体の平和に、立派に貢献できるはずだと思うのです

あのインドネシアの独立もインドの独立も、台湾・満州・朝鮮併合での近代化の援助やインフラ整備も、日本は決して己の軍事力を背景に、白人帝国主義のように「弱い者」から搾取したりせず、むしろ日本の強い力を使って、弱い国々を助け、援助してきました

このポーランド孤児救済も、日本に強い力がなければ、達成できなかったことだと思います

私はたとえ日本が核を持っても、アメリカや中国のように、己の利益の為に、軍事力の無い国を「核恫喝」するような事はなく、むしろ日本は、中国やアメリカに、苛められている小国を助けてあげる事が出来ると確信しています

私は、日本の子供達が『英霊達の遺産を受け継ぎ、“正しい強さの使い方を学び、日本だけでなく、困っている多くの人々に貢献できる『立派な日本人』になって欲しいと切に願います。

その第一歩である真実の歴史を子供達に、語り伝えるお仕事をされている、かぐやひめさんのような方は、実に立派だと思います。

私はまだまだ、そこまでは到達できませんが、少しでも、今自分が祖国日本に対して出来る事を、一歩、一歩、着実に実践して行くだけです。

コレは余談ですが、私の母が私が幼い頃によく、
人間というのは、この世に独り生まれ、独り去り、独り来て、独り死んでいく、独生独死、独去独来」という事を教えてくれました。

人はどんなに莫大な財産を持っても、どんなに愛する家族に恵まれても、死にゆく時には、全てこの世に残していかなければならない。けれど、生きている間に積んだ“徳”と、犯した”罪”だけは、あの世に一緒に持って行くことになるんですよ。生きている間、出来るだけ、多くの人々の御役に立ちなさいね。』と教えてもらった事を思い出します。

ご先祖様方のこのような、『ポーランド孤児救済』や『エルトゥールル号救済』や『アジア諸国の独立解放』、『英国海軍兵士達の救済』などを振り返ると、少なくとも、私達のご先祖様は、あの世で神様に、『恥じる事なき生涯でありましたと、お伝えになっている事と思います。そして迷うことなく、神様の下で、私達子孫を見守っていて下さると思っています

同じ人間として生き、一生を終えるなら、例え貧しくとも、英霊方のように生きたいと思います。シナ・朝鮮やアメリカのように、捏造や大嘘をついて、他人を騙し、他人を欺き、傷つけ、殺すことによって、現生で物質的に豊かな生活を得ても、罪にまみれた魂で、あの世に行きたくはないと、日々思うこの頃です。

ずいぶん長くなってしまいましたが、読んで下さってありがとうございます。



dekotyan

またまた涙が~~。
滅多にコメントは書き込みしないのですが、毎日こちらを訪れるのが日課となっています。
そして、いつも感心・感動しています!

以前にこのエピソードは聞いて知ってはいたのですが、今回更に詳しく知って、また感動しました。
涙・涙です・・・。
でも、どうして日本ではあまり知らされていないのか?
がとても残念です。
これぞ学校でも教える事だと強く思います。

bb

ねずきちさん、こんにちは。
久し振りにすっきりした青空がひろがり、ねずきちさんのお陰で心も快晴、眼ににわか雨。

「ポーランド国民もまた高尚な国民であるが故に、われわれは何時までも恩を忘れない国民であることを日本人に告げたい。」

日本人はこの誇りを失いつつありますね。私はたいしたことは出来ませんが、「みんなのため」になれる「ひとり」を育てたいと思います。

ショパンの美しい調べのもとに、この精神があると思うと、あらためてピアノ聞きたくなりました。

めだか

力のあった日本
あのショパンを生んだ国ですね。

1920年(大正9年)と言えば 国際連盟の設立にあたり 日本は 人種差別撤廃条項を盛り込むことを求めて 米ウイルソン大統領を怒らせた年です。
第一次世界大戦の勝者側の 日本は 政治、軍事に勢いがあり 正義を堂々と主張をし、そして迫害されている人々を救う事業ができたのだと思います。

ROM専

No title
この話意外とテレビでやってるんですよね。数年前フジで「ワルシャワの秋」ってドラマ。史実を台無しにするような糞ドラマだった気がします。その前にTBSのふしぎ発見ではいい感じに取り上げられててよかったので期待していたのですが。
TBSってふしぎ発見とかウルルン滞在記(ラバウルで日本兵に感謝の思いを抱き「海行かば」「夕日」を歌える老人との交流の回)ではまともなもん作ったりするんですよね。どっちもクイズ番組だから異常思想が入らずに済むんでしょうか

基準点

NHKを集団告訴、原告参加しませんか?
ねずきちさんおはようございます!
こんなのを見つけましたのでご紹介します。

『6月25日、NHKを集団告訴!! 
チャンネル桜 水島社長「来る6月25日。私達はNHKを集団で告訴いたします。裁判所に告訴状を提出すると共に、司法記者クラブで記者会見を行います。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm7256089
http://www.youtube.com/watch?v=aJVtl1tDGkE 』

 わたくし基準点も、喜んで「原告」の輪の中に加わらせて頂きたいと思います。   
 日本が大好きです!

siva

No title
感動しました。
有難うございます!

かぐやひめ

椿さんへ
ポーランドの物語は、椿さんの推薦でしたよね。

椿さん、これから、私はシリーズもので、うまく左翼の目をごまかしながら「日本賛美の物語」を、紙芝居にして公演して歩こうと思います。

パラオの物語を話すには、いまでも、まだ、「しめつけ」がありそうです。また、戦争をよく知る世代は、亡くなってしまったので、伝えづらいです。

トルコの話、そのほかに、ご推薦の「人道的な」歴史があれば、教えてください。

なぜ、神戸でもポーランド孤児のことが、語られないのか・・・思えば、日本は「自分の手柄を自慢たらしく」語り継いだりしない国だからでした。

しかし、よそから受けた恩を、ポーランドのように堅く語り継いでいるかどうかは、少し心配です。

かぐやひめ

紙芝居にしようと思います
いつも、涙なしでは読めないできごと、心がきれいになる映像を、ありがとうございます。

ほんとうに、こういうことを、私は、なぜ、今まで知りえなかったのか・・・なにより、それが不思議で、なにより、それがくやしいです。

しかも、孤児たちの一部は神戸港から故国へ帰ったというのに、なぜ、神戸でさえ語り継がれなかったのか・・・
しかも、阪神淡路大震災の後、ポーランドに招かれたというのに、なぜ、大々的に思い出させるための報道がなされなかったのか・・・

あらためて、マスコミは何をしているのか、日本にとっては百害あって1利あるかないかだと・・・その存在に疑問を持ちました。

しかし、読み進みながら、どうしても、心にかかることがあります。
「日本政府の対応」です。

日本人は、もし、今同じことが起これば、同じように、医者も援助を申し出るでしょう。庶民は、着ている服でも脱いでプレゼントするでしょう。

阪神淡路大震災の後の仮設住宅に、私たちは、出来る限りのことを、しようと頑張りました。それは人として当たり前のことです。

日本人は、民衆は、少しも変わらず親切だと思います。
そういう人間というものへの信頼があるから、あの大震災でも、粛々と列を作り、誰を恨むこともなく耐え、再建への努力を重ねているのです。

でも、思い出したくもない当時の「村山首相」
日本政府は、違ってしまった・・・戦争に負けるということは、国家主権を他国に奪われるということは、
悔しいことですね。

もし、今、同じことが起これば、日本政府は「まず、アメリカ様の顔色をうかがい、ついで、中国に気を遣い」おおかた、自分では何も決断できないでしょう。
まんいち、総理が大胆な人道的な決断をしたら、同じ党内から「・・・いかがなものか」と、発言する”古参の売国奴”が、出て、マスコミが、その発言を何度もテレビで映すでしょう・・・

もう、誰かにまかせてはおけない。
ねずきちさん、私は、子供たちの集まりをお世話する立場にいます。
この物語を「紙芝居」にして、見せます。

エルトゥールル号のことも、描きます。
映像で紹介するのもいいけど、感動は「手作りの媒体」の方が、深く伝わります。

もう、年取ったから・・・なんて言っていられない。

2児の母

No title
ねずきちさんのブログをなによりも楽しみにしています。今回もとても素晴らしいお話で涙が出ました。

以前に紹介されてらしたトルコのエルトゥール号の話といい、昔の日本人はなんて清らかな心を持っていたのでしょう。しかし、どうしてこれらの話が人々にあまり知られていないのでしょうか。残念でなりません。

私もネットで真実を知るまでは、学校やテレビでの「自虐史観」に洗脳されていた一人です。いまこそ子供達に先人達の立派な行いを教えていくべきだと思います。

ねずきちさん、先人達の心温まるエピソードを集めて児童書として出版なさってはいかがですか?左翼が一番嫌がりそうなことですけどね・・・。

走馬の介

ありがとうございます
日本に生まれたことに、ほこりが持てます。
こんなことがあったこと・・・・
初めて知りました。

りょうこ

国籍法改正から色々ネットで教えて頂きました。
知れば知るほど日本人に生まれて良かったと思います。

ねずきち様の語り口大好きです。
いつもありがとうございます。
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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず

Author:小名木善行(おなぎぜんこう) HN:ねず
連絡先: nezu3344@gmail.com
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんのひとりごと」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「奇跡の将軍樋口季一郎」、「古事記から読み解く経営の真髄」などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。

日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
(著書)

『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』

『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』

『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦

『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
『ねずさんと語る古事記・弐〜天照大御神と須佐之男命、八俣遠呂智、大国主神』
『誰も言わない ねずさんの世界一誇れる国 日本』
最新刊
『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』
近日発売
『日本書紀』(タイトル未定)

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