442部隊に学ぶ



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442部隊

手取側さんに触発されて、今日は442部隊のお話です。

正式名称は、第442連隊戦闘団(英:442nd Regimental Combat Team)。

第二次世界大戦中の米国陸軍において、日系アメリカ人のみで編成された部隊です。

部隊の要員数は、3,800名。

ヨーロッパ戦線に投入され、枢軸国相手に勇戦敢闘し、のべ死傷者数9,486人という激闘をし、米国史上、もっとも多くの勲章を受けた部隊です。

このお話には、前段があります。

そのお話は、以前、「アロハ・オエ」(http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-406.html)で書かせていただきました。

要約すると、ハワイ王国が滅亡の危機に瀕したとき、ハワイ国王の要請で、1885年、日本人25,000人がハワイに入植した。
当時、ハワイの人口が、わずか57,000人に減少したなかでの出来事です。

その日系人たちが、二世・三世となった1941年12月、日本と米国は戦争に突入します。

米国は、1942年2月には、アメリカ西海岸に居住していた日系人約12万人の全財産を没収。日系人全員を強制収容所に強制収容した。

当時の日本の戦争目的は、「人種差別の撤廃」です。
アメリカでの日系人強制収容は、当然、米国の横暴の典型となる。

日本は、世界に向けて、米国の日系人財産没収と強制収用を糾弾します。

このため、アメリカは、それにたいする反撥として、日系人による戦闘部隊の編成を決定します。

1943年2月、日系人による連隊規模の部隊が編制されることが発表され、強制収容所内などにおいて志願兵の募集が始まりました。

部隊名は第442連隊。

歩兵連隊である第442連隊を中核に、砲兵大隊、工兵中隊を加えた独立戦闘可能な連隊戦闘団です。

募集と同時に、募集定員1,500人の6倍以上の志願が殺到した。そこで急きょ定員が1,000人増やされ、442部隊は、3800名の連隊となった。

1943年9月、442部隊はイタリアのサレルノに上陸。29日にはドイツ軍と遭遇し、初の戦死者を出した。

1944年1月から2月にかけて、ドイツ軍の防衛線「グスタフ・ライン」の攻防。

1944年5月の、ローマ南方の防衛線「カエサル・ライン」の突破。
ローマへの進撃の途上で激戦地モンテ・カッシーノでの戦闘にも従事。

442部隊は、多大な犠牲を払いながらローマを目指します。

ところが連戦に次ぐ連戦で、多大な犠牲を払いながらいよいよローマに入場となったとき、442部隊に停止命令が出されます。

そして、後からやってきた白人部隊がローマに入城。
ローマ解放の栄誉を手にします。

1944年9月、442部隊はフランスへ移動します。

10月にはフランス東部アルザス地方の山岳地帯で戦闘。

10月には、ブリュイエールの街を攻ブリュイエールの町の通りに、「第442連隊通り」という名称がつけられています。

1944年10月、米国第34師団テキサス州兵によって編成されていたテキサス大隊が、ドイツ軍に包囲されるという事件が起きた。

テキサス大隊は“救出困難”とされ、「失われた大隊」 (Lost battalion) とまで呼ばれていた。
そのテキサス大隊救出命令が、442部隊に下されます。
命令はなんと、フランクリン・ルーズベルト大統領自身からの救出命令です。

442部隊は、休養も不十分なまま、ボージュの森で待ち受けていたドイツ軍と激しい戦闘を繰り広げます。

一週間の激戦の末、442部隊は、ついにテキサス大隊を救出することに成功します。

逸話があります。

救出直後、442部隊とテキサス大隊は抱き合って喜んだ。
このとき、テキサス大隊のバーンズ少佐が、
「ジャップ部隊なのか」と言った。

442部隊の一少尉が怒ります。

「俺たちはアメリカ陸軍442部隊だ。言い直せ!」

少佐は謝罪して敬礼したといいます。


この作戦の2週間後の逸話があります。

11月11日の第一次世界大戦休戦記念日に、ダールキスト米陸軍少将が442部隊を閲兵します。
集合した戦闘団を見て、ダールキスト少将が不機嫌になります。

「部隊全員を整列させろといったはずだ。」

442部隊の連隊長代理が答えます。

「目の前に並ぶ兵が全員です・・・」

442部隊は、211名のテキサス大隊奪還作戦で、約2,800名いた兵員が1,400名ほどに減少していたたのです。

この戦闘は、後にアメリカ陸軍の十大戦闘に数えられています。

再編成を行った第442部隊は、ドイツへと移動します。

442部隊は、ドイツ軍との戦闘のすえ、ミュンヘン近郊・ダッハウの強制収容所の解放を行いました。
しかし日系人部隊が強制収容所を解放した事実は 1992年 まで公にされることはなかったのです。

ヨーロッパ戦線に投入された442部隊は、その活動期間と規模に比して、アメリカ陸軍史上でもっとも多くの勲章を受けた部隊となりました。
特にその負傷者の多さから、名誉戦傷戦闘団(Purple Heart Battalion)とまで呼ばれた。部隊は総計で18,000近くの勲章や賞を受けています。

こうした輝かしい武功をあげながら、第二次世界大戦終了後も、アメリカ白人の日系人に対する人種差別は変わることがなかったといいます。

442部隊解散後、アメリカの故郷へ復員した兵士たちを待っていたのは
「ジャップを許すな」
「ジャップおことわり」
といったアメリカ人たちの冷たい言葉であり、激しい偏見によって復員兵たちは仕事につくこともできず、財産や家も失われたままの状態に置かれました。

このような反日系人的な世論が変化するのは1960年代です。

1960年代のアメリカにおける人権意識、公民権運動の高まりの中で、日系人はにわかに「模範的マイノリティー」として賞賛されるようになった。

日系人には3つのイメージで語られます。

1 きれい好き
2 礼儀ただしく約束を守る
3 442部隊の勇猛さ

ジャパンタウンは、とても清潔です。このことは、米国社会において、他のタウンと比較してもきわめて特徴的といわれています。

442部隊は、第二次大戦後、1946年にいったん解体されます。

しかし1968年、ベトナム戦争が起こると、1968年には再編され、ベトナム出兵を行っています。

2005年3月には、ハワイ州兵大隊の一つとして、イラクにおける任務につき、2006年には帰還しています。

古代、都市国家形成からスタートしたヨーロッパ、アメリカの文化には、古くからのひとつの大原則があります。

それは、

「市民を守るために戦うものにのみ市民権はあたえられる」

というものです。

ここでいう市民とは、都市国家市民であり、現代社会では転じて、国家を指します。

つまり、自国を守る者にのみ、国民としての権利が与えられるのです。

言い換えれば、日本に住み、日本の憲法や慣習を大事にし、そして日本を守るために戦う者こそが日本国民、なのです。

他国の憲法を遵守し日本の法と秩序に従わず、その他国の徴兵にすら応じないような者は、少なくとも日本の国民ではないし、また彼らの国の国民ともえいない。
■参照:「警戒」を「差別」とすり替える在日朝鮮人
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-526.html

そしてそういう連中に安易に国籍を与えるなどという意見を持つ者は、悪いけれど国賊以外のなにものでもない。

もし、在日外国人が日本での市民権(国民権)を得たいなら、彼らは、日本人以上に日本のために戦わなければならない。それもできずに、「差別」がどうのとか、図々しいにもほどがある。


それから、もうひとつ。

激戦を戦い抜いた日系アメリカ人たちは、もちろん米国軍人として戦いました。
同時に、彼らひとりひとりの心の内に、「人種差別撤廃のために戦う」という、日本人としての熱い誇りと自覚があったことを忘れてはならないと思います。

なぜなら彼らは、そのために命を燃やし、米国陸軍史上、最大の名誉戦傷戦闘団(Purple Heart Battalion)の称号を得ている。

そして彼らは、いまも、戦地で戦い続けているのです。

442部隊の叙勲・・・・

○名誉勲章(議会栄誉章)
アメリカ軍における最高の栄誉。セラヴェッツァ近郊での戦いで数々の殊勲をあげ、1945年4月5日に友軍をまもるために、投げ込まれた手榴弾の上に自らの体を投げ出して戦死したサダオ・ムネモリ上等兵が受章。
第2次世界大戦における名誉勲章の授与数は464。
そのうち殊勲十字章から格上げされた20とあわせた21の名誉勲章が442連隊に与えられている。

○陸軍殊勲十字章 52
このうちの20に関しては、2000年6月に再調査の上で名誉勲章に格上。

○銀星章 560
複数回獲得を表す樫葉の追加28。

○勲功章 22
○陸軍軍人章 15
○銅星章 4000+樫葉追加が1200。
○名誉戦傷章 9486
○大統領部隊感状 7枚
第442連隊としては7枚目となる「大統領部隊感状」は、トルーマン大統領が自らの手で連隊旗に括り付けた。
これは合衆国陸軍では初めての出来事です。
7枚という数字は合衆国陸軍の最多受賞部隊でもあります。

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1942-43 Japanese Relocation and the 442nd Regiment in Color

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コメント

虎さん

No title
日系部隊に米に対する忠誠心を強制したのですね。四二二部隊の事は昔テレビで放送されて知っていました。アメリカ社会で日系人が認められるように勇猛果敢にヨーロッパ戦線で戦ったと放送された記憶があります。
白人至上主義の人種差別と戦った日本人、いやおうなく戦わされた大東亜戦争、戦うも亡国、戦わざりしも亡国と、ここまで追い詰められて止む無くアメリカのシナリを通りに突き進んだ大東亜戦争。多大な犠牲を払いながらも見事にアジア諸国を独立させた先人達はなんと素晴らしい人達だったのですね。我々は先人達、戦いで亡くなった英霊に対し感謝し、忘れてはならないと思います。先人達は偉大なアジア解放をし、決して無駄死にではなかった事を証明してくれました。私たちはこの事を忘れずに後世に伝えていく義務があるのではないでしょうか。
そして、この様な先人達が居たということに誇りを持ち日本という国を正しく取り戻し、立て直していこうではありませんか。

かぐやひめ

戦後の戦争
GHQがいなくても、よしんば、学校の先生がいなくても、青少年の育成について大切な話をしよう!という空気は、なかなか作れるものではありません。

アメリカの洗脳政策・占領政策は大大大成功ですよ。
けれど、つまり、私たちは、ここから始めるしかないのです。

私は、子供たちに日本的なもの、古典的なものを学ばせることをしています。
正面切って大東亜戦争のことは言わないけれど、それを「聞ける下地づくり」です。

マジンガーZとか、鉄腕アトムとか、あるいは、アルプスの少女ハイジ、さらには「おしん」
こういった日本発の文化の芯に「大和魂」が潜んでいること、気づいていらっしゃいますか?
日本人が作ったら大和魂が入ってしまうのです。

そして、その大量のアニメが東欧の少女たちまでコスプレに走らせる。
なぜ、日本のアニメが好きですか?と尋ねると「哲学があるから」と答えるそうです。

現在の日本の戦は、実はここにあるようです。
ミサイルも弾丸も飛ばないから、敵は油断している。

でも、そのすきに世界中の青少年の精神構造をサブカルチャ(大和魂)で染め抜いているのです。

だから、最近の日本ブーム、日本食ブーム、日本アニメブームが熱いのです。

麻生首相の目の付けどころは、けだし偉大なのに!
彼は、早く来すぎた天才かな。

靖国の英霊に感謝

知れば知るほど好きになる国 日本
このNHK二つの祖国はアメリカでは放送されなかったそうです。
通常大河ドラマは毎年アメリカで放送されていたのに、
東京裁判が戦勝国の茶番裁判、広島、長崎の原爆を戦争犯罪ともドラマの中で言ってました。
そのことが気に食わなかったのでしょう。
高校の先輩なのでよくドラマのことは覚えてます。
知れば知るほど好きになる国 日本 
知れば知るほど嫌いになる国 韓国
自分だけのことだけでなく、この国のためにできることをしたい。
そのように思うのは、ねずきちさんやコメントのみなさまが
この日本に住んでいるからだと思います。
この国を少しでももっといい国にしたい そのような人が増えてほしい

ハタラキアリ

日本とアメリカ。
忠誠を誓う祖国は違っても、同じ日本人。
祖国アメリカの為に立派に戦った442部隊の勇敢な兵士の皆さんに敬意を彰します。

大東亜戦争敗戦と謂う歴史の中、唯一の救いは「日本軍と日系人部隊」が戦わずに済んだ事でしょう。
日本人同士殺し合わずに済んだ事は、お互いに救いだったかも知れません。

一般庶民

No title
こんばんわ ここ最近のねずきちさんのトピック、楽しみに読ませていただいます。 
もちろん批判や、危惧を訴えていくことも必要ですが、こういう日本人が知らない、われわれ先祖が行った涙がでるほど、すばらしい事実を、もっともっと伝えていくことも大切だと思います。

学校で北京原人なんて習っても、子供たちに日本人の誇りは育たないでしょ。 そんな時間があるなら、こういった近代史を学ばせるべきですね。 あ・ 無理か 日教組だもんな。 

手取川

ありがとう
ねずきちさん、ありがとうございます。
私がこの442部隊の存在を知ったのは漫画なんですよ。
望月三起也でいいのかな?この方が描いた漫画で、日系の若い兵隊達が白人の上官の偏見に耐え、仲間の死を乗り越え、ナチと戦うストーリーでした。
今から30年前なんです。 その頃私も若かった。
さてそれからしばらくして知人の家に日系のご夫妻が半年ほど滞在されまして、紹介された時に、自分は442部隊の従軍牧師をしていたと。 えぇっ!びっくりしました、 漫画の世界から突然本物が目の前に現れるんですからね。
二世部隊で最も有名なのがハワイ選出のダニエル井上上院議員でしょう、彼はヨーロッパ戦線で片腕を無くしています。
実際のところ、私達は今の日本で彼らのことを知る機会はまず無いというべきでしょうね。
歴史の教科書で見ると、日本史にはまず出ない。
世界史のアメリカ、第二次大戦の際に、日系人が全員収容所に送られた、ここでのエピソードとして語られるかもしれない。その程度でしょう、いずれにしても受験には出ないでしょうね。
しかし忘れてはいけないと思います。
日本兵と二世部隊は立場が違うけれど、いずれも祖国のために戦った事は同じです。 日本兵は祖国を守るため、二世達は新しい祖国の一員である証として。

 戦後彼らは何処にも就職出来なかった、これは確かにねずきちさんの言われるとおりです。
そこで彼らがした事は自ら起業することでした。
その代表的なものが、野菜作りと、花作り、そして庭師(ガーディニア)だといわれています。
いまやアメリカではジャパニーズガーデンがステータスだとか、このコンテストが毎年行われています、時代が変わったんですね。
現在のジャパンタウンの構成は過半数がコリアンだそうで、元の日系人達はコリアンが嫌いで出て行くのだとか。 近い内に日系は全ていなくなるのではと言われています。
 この原因はそれまで培ってきた日系人の信用とか信頼をぶち壊すような事を平気でするので、いたたまれなくなって逃げ出すのだそうです。コリアンはアメリカでも嫌われ者ですが、ジャパンタウンで商売をしているというだけで、信用度が上がるわけです。  歯がゆいですね、全く。


bb

ねずきちさん、こんばんは。
先人たちの努力に報いるべく、頑張ります。気力が湧いてきました。私たちは素晴らしい素養を持っているのですね。無駄には出来ません。

gotou

ねずきちさんがんばれ!!
ねずきちさんがんばれ!!

 始めて投稿させていただきます、gotouと申します、その昔、山崎豊子著、二つの祖国を思わず思い出しました、詳しくはあまり思い出せないが、主人公の天羽健児(?)の弟がヨーロッパ戦線で壮絶な死を迎える場面です、二つの祖国に翻弄されるが、日本人ではなく、あくまでもアメリカ人として、アメリカに忠誠を誓う、日本人として描かれていましたね、小説とはいえ、心に感じるものがありました。

 今さらながら、ねずきちさんの文章を読まさせていただき、改めて感謝いたします、本当に当時の人たちは国とはなんぞや、国民とは何ぞや生きるとは何ぞやを真剣に考えていたのでしょう。

 しかし、時代は特に、日本人においては、平和が続いているこの60数年間、平和が当たり前、どうして平和なのか、憲法9条だあるから平和などと言った蒙昧な認識で容れるのか、決してそうではあるまい、かつて血を流し、寒さに震え、また、灼熱の太陽の下で、鬱蒼としたジャングルで飢餓と伝染病そして、敵と戦い、同僚の屍を越え、砲身が焼けただれるまで戦ったのです。

決して、他国に侵略されてはならない、愛する妻、愛する子供達を守ることが全てだったのです、そんな私たちの先輩たちが体を張って築こうとしたこの日本をいとも簡単に他国に侵略されてはいけません。

 また、問題は、朝鮮が嫌いとか、中国が怖いと言う問題ではないと思います、私たち日本人は今、どれだけの気概をもって諸国や、イデオロギーの違う左派の人たちに物申すのかです、しっかりとした歴史観をもち、しっかりとした信念が重要です。

 他国に簡単に踊らされるようなポンクラな思考回路を持ってはいけないのです、毅然とした日本男児の登場をただ心に描いていただけではならないでしょう。

 国を愛するみんながそれぞれに手を取って大きな力とすることが今、まさに求められているのでしょう。

 最後に、ねずきちさん、いつも私の心に感じ入る文章ありがとうございます、通常忙しい御身でありながら、力作の数々悼みいります、また、季節柄、御身大切にご自愛をお祈り申し上げます。

taizou

No title
いつもすばらしい記事をありがとうございます。
ブログランキングの中でも一番楽しみにしてます。
恥ずかしながら今回のこの話は知りませんでした。
本当に日本人は知れば知るほどすごいですね。

サトル

No title
日本人として恥ずかしくないよう行動しなくては(汗

かぐやひめ

民族って
東へ東へ流されてきた諸国の人々が混血してできたのが日本民族だと私は思ってきました。
顔立ちだって、大きくは縄文系と弥生系にわかれています。必ずしも共通する特徴はありません。
黄色人種だというだけ。

それにしても、なぜ、日本語だけほかの国の言葉と言語体系が違うのか。

なぜ、日本人だけが「秋に鳴く虫の声を左脳で聞き情緒を感じる」のか。

なぜ、万世一系の天皇家を守り通せたのか。
(血が途絶えてないなんて嘘だとか、何々朝の天皇はあやしいだとか諸説ありますが、なんと怪しんでも「同じひとつの王朝が、一度も転覆しないで2000年続くなんていうのは、世界の奇跡です)

アインシュタインが「神様が日本という国を作ったことに感謝する」と、言ったとか言わないとか・・・

奇跡の国であることは、確かです。
それは、火山が多く、国土の「気」を受けるからかと、思っていましたが、母国を離れ異国にあっても「日本人らしさを失わずに命をかけた人々がいた」のなら、
民族って、すごいですね。

逆もまた真だとしたら・・・恐ろしいことです。
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ねずさんのプロフィール

小名木善行(おなぎぜんこう)

Author:小名木善行(おなぎぜんこう)
連絡先: nezu3344@gmail.com
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出身:静岡県浜松市
住所:千葉県野田市
執筆活動を中心に、私塾である「倭塾」、「百人一首塾」を運営。
またインターネット上でブログ「ねずさんの学ぼう日本」を毎日配信。他に「ねずさんのメールマガジン」を発行している。
動画では、CGSで「ねずさんのふたりごと」や「Hirameki.TV」に出演して「明治150年真の日本の姿」、「日本と台湾の絆」、「奇跡の将軍樋口季一郎」、「南京事件は4度あった」、などを発表し、またDVDでは「ねずさんの目からウロコの日本の歴史」、「正しい歴史に学ぶすばらしい国日本」などが発売配布されている。
小名木善行事務所 所長
倭塾 塾長。
日本の心を伝える会代表
日本史検定講座講師&教務。
《著書》
『ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!和と結いの心と対等意識』
『ねずさんの 昔も今もすごいぞ日本人!日本はなぜ戦ったのか』
『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』日本図書館協会推薦
『ねずさんと語る古事記 壱〜序文、創生の神々、伊耶那岐と伊耶那美』
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